振り下ろす刃を信じ寒稽古

作者:奏音秋里

「えいっ! えいっ! えいっ! えいっ!」
 山中の道場で、独り模造刀を振るうおじいさんがいた。
 重さ約1キログラムもある日本刀を、リズムよく振り下ろす。
 道場には跡継ぎがおらず、そのため弟子をとらなくなって久しい。
 だが己は、己の生きている限りはと、鍛え続けていた。
「へぇ、期待できそうじゃん! お前の、最高の『武術』を見せてみな!」
 すると何処からか現れた少女が、刀を片手で受け止めて叫ぶ。
 虚ろな眼を少女に向けて、技を放ち続けるおじいさん。
 しかし少女は笑うばかりで、まったくの無傷である。
「僕のモザイクは晴れなかったけど、お前の武術はそれはそれで素晴らしかったよ」
 そうして大きな鍵で容赦なく、おじいさんの胸を貫いた。
 倒れる足許から現れたドリームイーターが、袴の帯を締め直す。
「下れば誰かいるんじゃないか? お前の武術を見せつけてきなよ」
 少女の言葉に、ドリームイーターは駆け出すのだった。

「みんなにお願いがあります! ドリームイーターを倒してほしいのです!」
 笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)は、今日も元気。
 けれどもその眼は、とても真剣だ。
「幻武極っていうドリームイーターが、武術を極めようと修行に励んでいる武術家を襲う事件が発生しています! 自分に欠損している『武術』を奪って、モザイクを晴らすのが目的みたいなのです!」
 そんな幻武極にとっては残念なことに、今回の襲撃では、モザイクは晴れなかったよう。
 代わりに、武術家のドリームイーターを生み出して暴れさせようとしているらしい。
「襲われたのは、剣術を使う道場の道場主さんです! 出現するドリームイーターは、道場主さんが目指す究極の技を使いこなします!」
 いまから向かえば幸い、このドリームイーターが麓の集落へ到着する前に迎撃できる。
 ケルベロスも含めて、技の届く範囲に家屋やヒトの姿はないとのことだ。
 ひとまずは、被害を気にしなくて構わないだろう。
「ドリームイーターの武器は日本刀なんだけど、みんなとはちょっと違う技を使うみたいです! 動きもすばしっこくて、遠距離攻撃も仕掛けてきます! 武器を打ち壊しにくるので、受け止めるときには気を付けてくださいです!」
 ちなみにドリームイーターは自身の得物の特性を理解しているため、壊すことは難しい。
 ほかにも近距離だが、列の全員を攻撃してくる技もある。
「今回のドリームイーターは、自らの武道の真髄を見せつけたいと考えているみたいです! 戦いの場を整えれば、相手から挑んでくるはずです! よろしくお願いします!」
 ねむ曰く、被害者は道場に倒れている。
 ドリームイーターを倒すまでは、眼を覚まさない。
 おじいさんに声をかけるかどうかは任せますと、ねむは付け加えた。


参加者
陶・流石(撃鉄歯・e00001)
ユスティーナ・ローゼ(ノーブルダンサー・e01000)
ロウガ・ジェラフィード(金色の戦天使・e04854)
九条・櫻子(地球人の刀剣士・e05690)
フィオ・エリアルド(ランビットガール・e21930)
アデレード・ヴェルンシュタイン(愛と正義の告死天使・e24828)
瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)
エレス・ビルゴドレアム(揺蕩う幻影・e36308)

■リプレイ

●壱
 ケルベロス達は、道場の近くでドリームイーターと遭遇した。
 胴着姿で鞘に納めたままの刀に手をかけ、時機を見計らっているようである。
「最近の幻武極にしては珍しく正統派じゃないか……」
 先陣を切ったのは、瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)だ。
 雷の霊力を這わせた斬霊刀を抜くと、次の瞬間には突きを繰り出していた。
「同じ刀使いとして、ひとつ真っ向勝負といきますかね」
 小細工なく勝負できる相手は久方ぶりで、気持ちの昂ぶっているのが自分でも分かる。
「お手合わせ願いましょうか」
 九条・櫻子(地球人の刀剣士・e05690)も、すらりと日本刀を抜いて立ちはだかった。
 すると瞬間的に膝を折り、居合い斬りを撃ってくる。
「古の龍の眠りを解き、その力を解放する。桜龍よ、我とともにすべてを殲滅せよ」
 しかし、これは櫻子の作戦どおり。
 振り下ろす日本刀を追うように桜を纏った古龍が現れ、ドリームイーターを貫いた。
「究極の技を目指すか……わらわも究極の正義を求めるものとしてシンパシーを感じるが……技とは心と体が備わり始めて究極となるもの……」
 輝く純白の翼を暴走させれば、全身が眩い光の粒子へと変化する。
「体と技を高めても心を捨て去ったデウスエクスに究極とは、程遠い境地じゃのぅ……」
 アデレード・ヴェルンシュタイン(愛と正義の告死天使・e24828)の、俊足の一撃。
 ドリームイーターの右脚を、アデレードの翼が強打した。
「貴方の剣術は無関係なヒトを傷つけるために習得したものではないはずです」
 言いながら、エレス・ビルゴドレアム(揺蕩う幻影・e36308)が胸の前で印を結ぶ。
「本来あるべき姿に戻ってください」
 眼差しは、ドリームイーターの一挙手一投足を追いながら。
 エレスはディフェンダーに、バッドステータス耐性を備えた、分身する幻影を纏わせた。
「幻武極も随分と長いことちょろちょろしてる気がすんな」
 陶・流石(撃鉄歯・e00001)は、有利な地形へと移動して、戦闘準備を整える。
 念には念を入れて、ドリームイーターの退路をも塞ぐ位置どりだ。
「自分の探し物を探してるだけたぁ思うが、誰かに唆されてたり利用されてたりなんてぇのだと、ちぃとばかり面倒かねぇ」
 寒い場所が苦手なため、ポケットに懐炉を忍ばせつつ。
「流石くんの言うとおりだね。そろそろ尻尾を掴みたいところなんだけど……へっくし!」
 応える、フィオ・エリアルド(ランビットガール・e21930)は、寒さが苦手ではない。
 ただし冬の山は話が別で、ケルベロスコートの前をしっかりしめていても、寒い。
「寒い……動き始めるまでが辛ーい」
 日本刀はくるりと緩やかな弧を描き、腕の腱のみを的確に斬り裂いた。
「武術、もまた夢か……そうね、そういうものなんでしょうね」
 ユスティーナ・ローゼ(ノーブルダンサー・e01000)の全身の装甲が、じわりと輝く。
 前列の仲間達の超感覚を覚醒させ、状態異常への抵抗力を高めさせた。
「この子も私の夢のようなものか……あなたと一緒にデウスエクスとの戦いは初めてだけど、よろしくね」
 撫でながら呼びかけると、ウイングキャットはひとつ鳴いて翼を羽搏かせる。
 するとドリームイーターが、右上段から重い攻撃を放ってきた。
「剣の道に励む者の『時間』を弄び悪用するなど、許せるものか。命を護る為の剣、思い知らせてくれる」
 刀斬りを、ロウガ・ジェラフィード(金色の戦天使・e04854)が大盾で受け止める。
「流れゆく刃、清く激しく万事を穿つ……」
 その体勢のままで、エアシューズに流星の煌めきと重力を宿した。
 大盾ごと跳躍し、支えがなくなってバランスを崩した背中へ、飛び蹴りを炸裂させる。

●弐
 3巡目、ドリームイーターはユスティーナに相対して袈裟斬りを繰り出した。
 しかし咄嗟に、同じくディフェンダーのウイングキャットが庇ってくれる。
「っ……どんな暗闇でも、心に宿した光がある限り歩もう。魂が唄う限り」
 思い入れを持つのが怖くて付けられないでいるから、名を呼ぶことはできない。
 それでも心からの歌声を贈り、魂に刻まれている前進するための強い想いを喚起させる。
「型通りってわけにはいかないけど、私だって刀はそれなりに扱えるんだよ。そう簡単に倒せるとは思わないで!」
 日本刀をバトンのようにくるくると振りまわしながら、右手へ左手へ持ちかえるフィオ。
 そのうちに貯めていた雷の霊力を、突くと同時にドリームイーターの身体へ放出した。
「櫻子、今度はわらわが先に攻撃する番じゃ」
「お願いします、ヴェルンシュタインさん」
 クラッシャーのアデレードと櫻子は、できるかぎり連携攻撃を仕掛けている。
 ドリームイーターの状態や命中率を慮り、ターンごとに最善策を考えて。
 先にアデレードが、加速させたドラゴニックハンマーで以て強烈な殴打を入れた。
 その傷を、櫻子が空の霊力を帯びた日本刀を使って正確に斬り広げていく。
「刃に舞うは末期の華、踊り狂うは刹那の剣風、乱れ華やぎ美しく――生命の理、この刃にて封ず!!」
 真っ直ぐな長髪に咲く薔薇から生み出されるのは、赤・青・紫・黒・白の五色の花弁。
 周囲に花弁の舞う刃で高速の剣戟を繰り出せば、その剣風は敵の身体を氷で包み込む。
 だがロウガを、受け止める星座剣ごとドリームイーターの刃と毒が襲った。
「ロウガさんから離れるんだ」
 割り入って刀を弾き、右院は日本刀で緩やかな弧を描く。
 急所を狙うその一閃は、すんでのところで躱されてしまったのだが。
「ばっちりですよ、右院さん。幻影で心と身体を癒します」
 しかし回復の時間を稼ぐには充分で、エレスがオーラのような幻影を発生させる。
 負傷した上半身をその幻影が包み込み、ロウガの精神へと働きかけた。
「おう、目ぇ逸らしてんじゃねぇよ」
 流石の真っ赤な瞳が、鋼のように冷たく鋭く、ドリームイーターを捉える。
 治療の邪魔をさせまいと向けた視線が、敵の心身に憔悴や動揺の感情を抱かせた。

●参
 また更に数巡。
 ドリームイーターも残る力を振り絞って、最大限の攻撃を放ってくる。
 ここまで耐えてきたフィオの日本刀に、亀裂が奔った。
「問題ないよ。喰い千切る!」
 それでも攻勢を崩さず、意図的に自身の凶暴性と身体能力を跳ね上げるフィオ。
 紅の尾を引く眼光は死角を捉え、猛獣の如き急襲を叩きこむ、ほんの一瞬の出来事。
「時の理、この刃にて封じる!!」
 ロウガは蛇使い座の宿るゾディアックソードから、時間を凍結させる弾丸を精製する。
 無駄のない流麗な動きで剣を横薙げば、衝撃波で弾丸が発射された。
「あたしの銃に捉えられねぇもんはねぇんだぜっ!?」
 2丁のリボルバー銃から放たれた、目にも止まらぬ速さの弾丸が凍結弾を追う。
 最前線で流石は、ドリームイーターを翻弄しつつ致命傷を避けるように動いていた。
「仇なす敵を喰らい尽くせ!」
 黄金に輝く美しい刀のオーラに、五匹の狼の幻影がまとわりつく。
 右院の声を合図に、その爪や牙で掻き切るかの如き連続攻撃を繰り出した。
 たいする袈裟斬りには、ユスティーナのウイングキャットが盾になる。
「ありがとう、大丈夫? あなたの分まで攻撃するわ」
 風を吹かせるウイングキャットの前に立ち、爆破スイッチを押すユスティーナ。
 予め戦場にばら撒いておいた見えない地雷を、一斉に起爆させた。
「そろそろ終わりそうですし、攻撃にまわりましょうか」
 回復を急がずともよい状況に、後列のエレスも愛用の如意棒を握りしめる。
 勢いよく、如意棒の幻影を真っ直ぐに伸ばした。
「成程……速さも威力も一般的なヒトのそれよりは遥かに高い境地にあるが……じゃが! 圧倒的に正義が足りぬ! 正義なき技などただの暴力……それで極みにいたろうなぞ……笑止千万というやつじゃ!」
 アデレードが、怒りにも似た感情を乗せて愛用する簒奪者の鎌を投げつける。
 回転しながらドリームイーターを斬り刻み、アデレードの手のなかへ。
 間髪入れず、櫻子が放つ達人の一撃で、遂にドリームイーターは倒れるのだった。
「ふぅ……ヤダ、そんなに見ないでください。恥ずかしいですわ」
 息を吐き、眼鏡を外す櫻子が、レンズの汚れを拭きながら頬を赤らめる。

●肆
 ドリームイーターの消滅を見届け、周囲の被害をヒールしてから。
 ケルベロス達は、道場へと足を向かわせた。
「邪魔をするぞ。あやつか?」
 扉を開けて覗き込んだアデレードの視線の先に、おじいさんが倒れている。
 板間に足裏を冷やしつつ全員で近くへと寄り、腰を下ろした。
「おじいさん、目を覚まして」
 櫻子が何度か優しく肩を叩くと、道場主は意識を取り戻す。
 知らぬ間の来訪者に驚くも、足がふらついて上手く立てないようだ。
「あぁ、よかった。道場主さん、俺達はケルベロスだよ」
「敵はあたし達が倒したぜ。怪我はねぇか?」
 右院も流石も、道場主が無事であったことに胸を撫で下ろす。
 きちんと身分を証明してから、丁寧にゆっくりと、事の次第を説明し始めた。
 敵意のないことは理解してくれたらしく、大人しくその場へ正座をする道場主。
 ふむふむと話を聴き、事情も呑み込めたのだろう。
「あなたの武術は本当に強かった。悪用される前に俺達が止めたから安心してほしい」
 ロウガの言葉に道場主は、素直に喜ぶわけにはいかないけれども、ちょっと嬉しそう。
「迷惑をかけたのぅ、ありがとう」
 と、感謝を表明した。
「それにしても道場って寒いね。風邪ひくといけないから、あったかくしてね」
 暖房器具があるわけでもなさそうな道場に、フィオは道場主の健康が心配になる。
 そうじゃの、と笑いながら、厚い半纏を羽織った。
(「鍛え続けることで、私にもなにか、見えてくるものがあるのかしら……」)
 道場主の強さを目の当たりにして、ユスティーナも自分の可能性を信じたくなる。
 自信に溢れた表情で、でも何処か頼りなく静かに、ウイングキャットを抱き締めた。
「たび重なる戦争で武道に興味を持ったヒトが増えているかもしれません。もう一度、跡継ぎを探してみては?」
 エレスも笑顔で、道場のこれからについてともに考えてみる。
 希望を失わないでほしいと、メンバーは口々に励ますのだった。

作者:奏音秋里 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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