決戦黄のナトリ~オール・アウト

作者:零風堂

 トレーニングジムに残り、ひとりで筋トレをする男がいた。
「…………」
 己の限界を超えるべく、額に汗を浮かべながら、男は疲労感を訴える自身の肉体に抗い、トレーニングを続ける。
 呼吸が早く、血流と鼓動も早くなる。だがもっと、もっとだ。もっと強くなるために――。呪文のように心の中で繰り返し、男は身体を動かし続ける。

「すごーい、お兄ちゃん、とっても強そうだね」
 不意に掛けられた言葉に、男は戸惑いながらも振り返った。
 そこに居たのはひとりの少女。どこか濁ったような黄の瞳がこちらを見ている。
 少女が無邪気に微笑むと、男の身体が、黄色い炎に包まれた。
「!?」
 突然の灼熱と、痛み、苦しみ。
 絶望の中で男は声にならない悲鳴を上げて……。変化する。
 身の丈3mはあろうかという巨体の騎士、エインヘリアルへと。
「お兄ちゃん、体の調子はどう?」
 直立すればジムの天井に頭がつくのだろうか、跪いた体勢のエインヘリアルに、黄の瞳を持つ少女が声をかける。
 死者の泉の力によって生まれた新たなエインヘリアルが頷いたのを見て、少女はにっこり微笑んだ。
「ナトリ、お兄ちゃんの事応援してるから、精一杯頑張ってきてね! お兄ちゃんならきっとできるよ! じゃ、またね」
 ジムの窓を破壊し、夜の街へと飛び出して行くエインヘリアルを、少女――黄のナトリは、満面の笑みで見送るのだった。

「有力なシャイターンの情報が掴めました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はそう言って、集まったケルベロスたちに話を切り出した。
「あの忌まわしい力……、滅ぼすべき……」
 セリカの傍らで、祟・イミナ(祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟・e10083)が小さく呟き、セリカと視線を交わして頷く。
「こちらのイミナさんの調査をもとに予知を行った結果、『黄のナトリ』が次に事件を起こそうとする場面を特定するに至りました。以前であれば彼女がエインヘリアルを生み出し、姿を消した後に駆けつけていましたが、今回は『彼女がエインヘリアルを生み出そうとする』その場面に介入することができます」
 つまり、エインヘリアル化を止めることができるかもしれない。
 そして、黄のナトリを倒すことも、できるかもしれない。
「ここで黄のナトリを倒すことができれば、シャイターンの炎彩使いによる一般人のエインヘリアル化の犠牲者を減らすことが出来るでしょう」
 事件に終止符を打つためには、避けて通れない相手ですとセリカは告げる。
「予知によって判明したのは、ナトリが新たなエインヘリアルを生み出そうとしている場面です。場所は深夜のスポーツジムで、トレーニングしていた男性が狙われてしまうようですね」
 ここを止めなければ、その男性がエインヘリアルにされてしまう。それは阻止するべきだろう。
「男性がエインヘリアルになると、ナトリは目的を達成したので逃亡するか、エインヘリアルとナトリの2体を同時に相手にすることになってしまいます。あまり時間をかけず、ナトリとの戦闘に持ち込むのがいいでしょう」
 周囲には他に一般人の姿はないから、気兼ねなく戦闘を開始できる。選定された被害者も、救出できれば後は勝手に逃げてくれるだろう。
「ナトリはシャイターンの炎の力や、目に宿る魔力を用いた攻撃、マインドリングに似た力を首の輪から使って戦うようです。戦闘能力は高いようですので、十分に注意してください」
 そこまで話すと、セリカは一同に向き直る。
「何度も新たなエインヘリアルを生み出してきたシャイターンの選定ですが、ナトリの撃破でまたひとつ、原因を止めることが出来ます。厳しい戦いになるとは思いますが……、皆さん、よろしくお願いします」
 セリカはそう言って、ケルベロスたちを激励するのだった。


参加者
伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)
ムギ・マキシマム(赤鬼・e01182)
葛葉・影二(暗銀忍狐・e02830)
ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)
レイ・ジョーカー(魔弾魔狼・e05510)
祟・イミナ(祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟・e10083)
アスカロン・シュミット(竜爪の護り刀・e24977)
ルチアナ・ヴェントホーテ(波止場の歌姫・e26658)

■リプレイ

 一定のリズムを保ちながら、トレーニング機器のウエイトが上下され、呼吸が刻まれる。まるで機械の一部になったかのように規則正しく、男の運動は続けられた。
「すごーい、お兄ちゃん、とっても強そうだね」
 自分の他に人は居ないはずのここで、声が聞こえた。驚き振り返る男の前には、濁った瞳で男を見据える、黄色の少女が佇んでいた。
 微笑む少女の身体から、ちりっと炎の力が滾り――。
「あなたたちのしてきたことは聞いたわ。勇者を探しているんですってね?」
 そこに勢いのある声が割り込んで来た。少女が弾かれるようにそちらを見れば、ルチアナ・ヴェントホーテ(波止場の歌姫・e26658)が、簒奪者の鎌を振りかぶっている。
「教えてあげるわ黄のナトリ、わたしたちこそ最強の勇者よ!」
 ルチアナは戦いを挑むように声を上げ、エピリアの刃を投げ放つ。呼ばれた相手――黄のナトリは咄嗟に腕を交差させ、腕輪の部分で刃を弾く。
「ケルベロス!? もーっ、邪魔しないでよね!」
 ナトリは怒った様子で両手に炎を纏わせる。同時にルチアナも、弾かれた鎌をキャッチした。
 がががががががっ!
 繰り出される炎の突きを、ルチアナは辛うじて鎌で受け、弾き、後退る。
 掠められたか、ケルベロスコートの端がぶすぶす煙を上げていたが、ルチアナは黙ってそれを払い、消す。
「これじゃー間に合わないかな? 仕方ない。ちょっと遊んであげるよ」
 そう言って微笑むナトリの瞳に、昏い殺意が灯った気がした。

「ケルベロスのムギというもんだ、急な事で混乱してしまうかもしれないが、今は何も聞かずこの場から外に逃げてくれ」
 ムギ・マキシマム(赤鬼・e01182)が、呆気に取られていた男性を立ち上がらせて、軽く背中をポンと叩く。
「此処は拙者等が食止める故、早く避難を」
 葛葉・影二(暗銀忍狐・e02830)は駆け出した男性にそう告げて、彼とは逆方向――、ナトリの方へと駆けていく。
「だいじょぶ、あれはやっつける、ぼくのしごと」
 去っていくその背を見送って、伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)は改めてナトリへと視線を向ける。平坦な口調ながらも勇名は武器を構え、ナトリへの狙いを絞り始めた。

「ナトリの邪魔はさせないんだからー」
 黒いタールの翼を広げ、床の上を滑るようにナトリは走り始める。そのスピードに追いすがるように、レイのライドキャリバー『ファントム』が突っ込んでいく。
「よーやく会えたな、可愛い嬢ちゃん。そんなヴァルキュリアの真似事なんてしてねーで、俺とお茶でもどうだ?」
 レイ・ジョーカー(魔弾魔狼・e05510)はウインク交じりに軽く言いながらも、銃のトリガーを引いていた。
「……でも、まぁその前に……。命を弄んだ償い、受けさせてやるよ」
 ファントムが衝突する瞬間に合わせ、弾丸がナトリの身体を撃つ。
 ナトリは衝撃を受けて僅かに体勢を崩しながらも、むくれたように頬を膨らませた。
「いったーい! 酷いなあ、もう!」
 言いながらもナトリは掌の炎を大きく滾らせて、燃え盛る炎塊を形作る。
 ごっ!
 辺りの空気すらも焦がすかのような灼熱の炎が、祟・イミナ(祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟・e10083)の身体へと叩き込まれた。
「…………!」
 イミナの色白の肌が焦がされ、血が蒸発し肉を溶かしていく。
「……。絶対に祟るから」
 血の混ざった煙の異様な匂いに包まれながらも、イミナの赤い瞳は揺るがずにナトリを見据えていた。
「ふむ、次の相手はナトリおねえじゃな。この戦いにも無事勝利して、次に繋げたいのう」
 ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)は言いながらも、被弾したイミナの患部を確認。魔術切開で炭化した組織を素早く切除し、治癒の魔力で一気に再生。疑似的に再建した皮膚を繋ぎ合せ、何とか形を取り戻させる。
「……此処は丁度ジムなのでな、お前を糧に鍛えるとしよう」
 言いながら、イミナは再生したばかりの腕で黄金の果実を掲げ、その光を自分たちへと浴びせかけていった。
「んうー、あとはどかーんって、するだけ」
 その間には勇名がケルベロスチェインを操作し、ナトリを捕らえようとしていた。
「あーん、この鎖しつこいっ!」
 勇名の精神操作で迫ってくる鎖から逃れようと、ナトリはジムの床を縦横無尽に疾走していく。
「よく狙え、俺がその手伝いをしてやる」
 ムギが影二とアスカロンに向けて光の粒子を飛散させ、精神を研ぎ澄まさせる。
「強引に導き、人に害為す手駒にするなど、不埒極まる。其の極悪非道の所業、断じて許さぬ」
 影二は素早く走るナトリを狙い……、方向転換の一瞬に、氷の螺旋を撃ち出した。
「わわっ!?」
 咄嗟に掌の炎を向けて、ナトリは直撃だけは避けたものの、体勢は大きく崩れた。
「よくもまあ今迄コソコソと面倒な事をやってくれたな、この場で仕留めさせて貰うぞ」
 アスカロン・シュミット(竜爪の護り刀・e24977)が咆哮を上げるかのように、竜の力を砲弾として発射する。ずがんと盛大な爆裂音が響き、ナトリの表情にも、余裕でないものが浮かび始めたようだった。

「ふーん、けっこうやるんだね。すごーい!」
 愉快そうに笑いながら、ナトリは首輪を輝かせる。そこから生み出される光の輪を指先で弄ぶようにしながら、踊るように舞い始める。
「!? 気をつけろ!」
 何かに気づいたムギが声を上げ、咄嗟に筋肉に力を込める。
 次の瞬間、視界の端を駆け抜けた閃光が、ムギの腕を浅くではあるが薙いでいた。
「あははっ、どんどんいくよー」
 踊りながらナトリは笑みを零す。黄色い髪が、衣が揺れて、回転する光の輪を巧妙に隠している。思わぬ方向やタイミングで、光の輪は次々に飛来してくるようだった。
「っ……! シャイターンより激しい、竜の炎をみせてあげる!」
 辛うじて反応したルチアナだったが、光の輪を避け切れずに脇腹が薙がれる。それでもルチアナは怯まずに吼え、竜の影から炎を撃ち出した。
「わわっ!」
 足元で炸裂する業火の勢いに押され、ナトリは僅かによろめき、後退る。首輪の光を消して翼をばさりと大きく羽ばたかせてから、ルチアナへと鋭い視線を向けてきた。
「もう……、やーだなー」
 ――禍々しい殺気を、その濁った瞳の奥に灯らせながら。

「守り通す、その為の筋肉だ!」
 ムギが気合いと共に自身の経穴を突き、筋肉を活性化させていく。ウィゼも作り出した黄金の果実から光を放ち、仲間たちの耐性を高めていった。
「にがさないって、いった」
 ナトリには勇名が詰め寄り、追い打ちを仕掛ける。接触直前に急加速して、エアシューズのローラーから炎を溢れさせた。
「……いったっけ? まあいいや、今いった」
 胴を狙って撃ち出された炎が、ナトリをジムの壁まで押し切って炸裂する!
 大の字で壁にぶつかったように見えるナトリだったが、翼と衣、手足を使って受け身のような形をとっており、衝撃は抑えていたようだ。
 レイが白銀の銃身を持つ銃を構え、冷気を宿した光を撃ち出す。しかしナトリは壁を蹴って跳びあがり、一撃を避ける。そのまま天井を蹴って急降下しつつ、手にした炎をアスカロンの方へと向けた。
「逃さぬ」
 影二がその動きに追走し、手にした青い刃に雷光を纏わせていた。踏み込むと同時に柄で炎を宿す手を下に払い、掲げた刃を突き入れる!
「……っ!」
 ナトリの胸に稲妻が叩き落とされ、流石にその表情も歪み、大きく後ろに後退る。
 床を踏み締めて奥歯を噛み、ナトリはぎりっと憎悪の視線を向けてきた。
「にしても、その外見にその口調……。なんか少し調子狂うな」
 アスカロンはナトリの姿に視線を向けながらも、星の輝きを足元に集めていた。フェアリーブーツの爪先に闘気を集中させ、振り絞るように一気に蹴り出す。
 星の輝きを受けて僅かに揺らぐナトリだが、いまだに敵意は衰えていない。
「……黄の呪いを上書きする程の呪詛を、その体躯に埋め、刻む……。祟る祟る祟祟祟祟祟祟……」
 イミナが杭に呪力を込めて、ナトリへと襲いかかる。強引に突き出された杭はナトリの肩口を捉え、肉へと喰らい付いた。呪力と痛みが、ナトリの身体を蝕むように注ぎ込まれていく。
「った! ……こ、のぉ!」
 羽衣でイミナの腕を掴み、腹部を蹴ってナトリが距離を取ろうとする。しかしイミナは杭を離さず、渾身の力で呪力を注ぎ続けた。

「…………!」
 イミナの杭が血を滴らせながら抜かれ、イミナ自身もトレーニング機器の中に放り出される。がらがらと崩れるダンベルの山の中で、イミナは乱れた髪の隙間から、ナトリを強く睨み続ける。
 ルチアナがナトリを抑えるように詰め寄って、足技を中心とした格闘戦へともつれ込んだ。
(「見かけによらず、速くて、重い……!」)
 ルチアナの打撃を受け払い、紙一重で避けて反撃に転じてくるナトリ。僅かな心の焦りを見い出すかのように、ルチアナの眼をそっと覗き込んで来た。
(「いけない……!?」)
 催眠の魔力がルチアナの精神に手を伸ばし、搦め取る。
「強そうな相手、す、て、き……」
 ルチアナがナトリの嗜好をなぞるかのように、ぼそぼそと呟く。そして手にしたエピリアの刃を、ムギへと投げつける。
「おっと! ……活性化せよ筋肉、不屈の意思を持って立ち上がれ!」
 催眠からの攻撃にもムギは焦らず、ダッシュでルチアナの背後へと回り込もうとする。
「おっとっと、邪魔はせんことじゃ」
 ウィゼが無人機を展開し、ムギやルチアナの周囲を旋回させる。その間にムギは経穴へと気を流し込み、その乱れを整えさせた。
「もう……、いい加減にしてよね!」
 激闘は、ナトリの身体に無数の傷を刻み付け、疲労させていた。忌々しそうに呟くその口に、レイは素早く照準を合わせる。
「悪いけど、仕留めさせてもらうよ」
 素早く撃ち出された弾丸を受け、血を流しながらもナトリが跳ぶ。その動きを追いながら、影二は手裏剣に稲妻の霊力を籠める。
「くっ!?」
 しかし投げ放たれた手裏剣は、ナトリが翼を羽ばたかせて避けてしまった。
「……だが、そこで終わりではない」
 影二に動揺はなく、ただちらり、と目線だけを横に向けていた。
 そこではアスカロンが、右手の幽明を大きく開き、光を収束させている。
「家族が帰りを待ってるんでな。終わりにさせてもらう!」
 竜砲弾が轟き、ナトリの翼をぶち抜いて炸裂した。ぐらりとバランスを崩したところへ、勇名がフォートレスキャノンの砲口を真っ直ぐに向ける。
「どかーん」
 勇名の言葉とほぼ同時に轟音が響き、衝撃をまともに浴びたナトリは床にべたりと倒れ込む。
「も、もお……、やめてよね……」
 うわ言のように呟きながらも、その掌には炎が灯っていた。狙いは、立ち上がったばかりのイミナだろうか。
「やらせるかぁあああ!」
 立ち塞がるようにムギが飛び込み、全身の筋肉に力を込める。燃え盛る炎に一歩も退かず、ムギはその場で耐えてみせた。
 ビハインド『蝕影鬼』がポルターガイストの性質を利用し、周囲のダンベルをナトリに落としていく。
 その様を眺めながら、イミナは攻性植物に力を注ぎ込んでいく。
「……縛り上げるは苦の蔓、呪いを以て……」
 伸びた蔓草がナトリの四肢を縛り、大の字に拘束する。それはまるで、藁人形の如く。
「……呪いは使えば自分にも返る……。今、代償を支払う時だ……」
 イミナは呟き、駆け出すルチアナの背を見送っていた。
「悲しみを広げるだけのあなたを、放ってはおけない。これで終わりよ!」
 喚び出した幻竜の吐いた炎弾を、ルチアナはナトリに押し込むように蹴りつける。その踵が、ナトリの胸のど真ん中、黄色い宝石をばきんと砕き、背まで貫いた。
「あ、ああ……」
 炎の中で崩れ去る、炎彩使い・黄のナトリ。その最後を見届けて、一同は深く、息を吐くのだった。

「……忌わしい黄色の呪いの炎、命の灯と共に消すまで……」
 炎が消え去り、微かな煙が空に霧散していく様を眺めながら、イミナはぽつりと呟いた。
 ――戦いは終わった。
 こうなればもう憎み合う必要はないと、ルチアナはナトリと、彼女の犠牲となった人たちのために鎮魂歌を捧げ始める。
「おやすみ黄のナトリ、良き旅路を……」
 ムギも小さくそう言って、全力で戦った相手の旅立ちを見送るのだった。

作者:零風堂 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月1日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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