舞槍花

作者:雨乃香

 廃村にぽつんと建つ年期の入った一軒の武道館。
 降り積もる雪の重さに、今にも押し潰されてしまいそうな外観とは裏腹に、その造りはしっかりとしているらしく、その内から響く激しい戦闘の音に反して、一向に揺るぐ様子を見せないでいる。
「お前の武術はその程度か?」
 武道館の中、突きだされる槍の一撃を避け、そう相手を煽るのは大きな鍵を手にした一人の少女。その少女はひたすら繰り出される槍の攻撃をいなし、避け、その穂先をかすらせることすらない。
 対して少女に向け槍を振るうのは、その総白髪からも年の伺える老爺。
 しかしその動きは見た目に反して鋭く、機敏で無駄がない。流れるような槍の攻撃は舞いの如く美しく、一切の加減がない。
 それでも尚少女を捉えきれないのは、その実力差が余りも開きすぎているせいだろう。
 少女の鍵が槍を打ち払い、互いに後退した両者の距離が開く。
「僕のモザイクは晴れなかったけど――」
 少女はそこで言葉を切り、踵を返し背を向ける。
「お前の武術はそれはそれで素晴らしかったよ」
 その言葉は老爺にはもう届いていなかった。大きくゆらいだ彼の体は静かに武道館の床に倒れ付していた。

「皆さんは武器と聞いたとき、まず何が思い浮かびますか? 王道の剣? 実用の銃? はたまたいついかなる時でも信頼のおける鈍器? 状況によってはそれら様々な物を使い分けるということもあるでしょう」
 ニア・シャッテン(サキュバスのヘリオライダー・en0089)は集まったケルベロス達の顔を確認しながら、それぞれの獲物を頭に思い浮かべつつ言葉を弾ませる。
「逆に、一つの武器に拘り続け、それを昇華させるという方もいるでしょう。そんな思い入れを槍に持ち、その扱いを極めようとした一人の武術家が、幻武極というドリームイーターの襲撃を受けるということが、マイヤ・マルヴァレフ(オラトリオのブレイズキャリバー・e18289)さんの調査によって判明しました」
 幸い今回の襲撃で幻武極のモザイクが晴れることはなかったものの。襲われた武術家の目指していた究極の武術を体現したドリームイーターが生み出されてしまったため、それを倒してきてほしいというのが、今回の作戦の概要であった。
「今回の目標は槍の扱いを極限まで磨いた武術を使用してきます、基本的には近接戦闘が主体となりますが、投擲など遠距離への攻撃手段も持っているようですので、油断はしないでくださいね?」
 続くニアの話によれば、この武術家は人里から離れた廃村の武道館を買い取り、そこで修行を行っていたため、すぐさま周辺に被害が出るような事はないため、各自戦闘に全力を注いでほしいという事だ。
「ゲームなんかでは渋い武器のポジションに置かれることが多い槍ですが、実際にはそのリーチや盾や騎馬との相性、様々な面で古来から生き長らえて来た武器です。侮らずに、盗める技術は盗んできてしまいましょう」


参加者
ソロ・ドレンテ(胡蝶の夢・e01399)
分福・楽雲(笑うポンポコリン・e08036)
虎丸・勇(ノラビト・e09789)
マイヤ・マルヴァレフ(オラトリオのブレイズキャリバー・e18289)
ラズリー・スペキオサ(瑠璃の祈り・e19037)
キアラ・カルツァ(狭藍の逆月・e21143)
セレス・アキツキ(言霊の操り手・e22385)

■リプレイ


 廃村の中唯一明かりを灯し、ひっそりと佇む年期の入った武道館。
 人の住んでいないその村の中は静かで、音までもが降り積もる雪の中に閉じ込められてしまったかのような錯覚を覚える。
 この廃村の唯一の住人とも言うべき武術家の老爺は、その修行の場である武道館の真ん中で、意識を失い倒れていた。
 今この武道館の主は彼ではなく、その奥、板張りの床の上に座し、モザイクに覆われた面を伏せる、老爺と瓜二つの背格好をした、一人のドリームイーターであった。
 指先一つ動かすことなく、彼はただじっと待っていた。
 しばらく前から感じている、自らの望む戦いを、その武を試すに相応しい相手を。
 伏せていた顔を上げ、その視線を武道館の入り口へと彼は向ける。
 立て付けの悪い扉が、静寂を破って鈍い音と共に開く。
 そこには、既に万端の準備を済ませたケルベロス達が立っていた。彼らの姿を一瞥しながらも、ドリームイーターは怯むことなく、座したままケルベロス達を出迎える。
 その落ち着き払った敵の様子に、先頭に立つギルフォード・アドレウス(咎人・e21730)は警戒をさらに強くする。
「えらく肝っ玉の座った御仁だなぁ」
 動かぬ敵を牽制するように分福・楽雲(笑うポンポコリン・e08036)は言いながら、ギルドフォードと共に身構えつつ、視線はちらりと、彼らのちょうど間に倒れている老爺へと向けられている。
 すぐにでも動ける布陣をとるケルベロス達に対し、尚ドリームイーターは微動だにしない。
 恐る恐る、慎重にじりじりと老爺との距離をラズリーとキアラの二人が詰めても、それをお気にした様子もない。
「随分と紳士的だね」
 その後方から敵に怪しげな動きがないか、その一挙手一投足に気を張りながら虎丸・勇(ノラビト・e09789)がドリームイーターに声をかけるものの、やはり彼は無言。
 その間にラズリー・スペキオサ(瑠璃の祈り・e19037)とキアラ・カルツァ(狭藍の逆月・e21143)の二人は無事、老爺を確保し、武道館の隅までつれていくと、その体に毛布をかけ、戦線へと戻る。
 それを確認してようやく、ドリームイーターは音もなく、すっと立ち上がり、その手にどこからともなく取り出した、長柄の槍を構える。
「元になったお爺ちゃんの資質、なのかな?」
「あるいは、単に見くびられているか、だな」
 マイヤ・マルヴァレフ(オラトリオのブレイズキャリバー・e18289)の疑問にソロ・ドレンテ(胡蝶の夢・e01399)は意地悪く返しつつ、敵と向かい合い、高下駄を鳴らす。
「なんにしろ、見極めさせてもらいましょうか」
「長年の修行の果てに産み出された武術のさらにその理想、それがどれ程のものか、楽しみだ」
 セレス・アキツキ(言霊の操り手・e22385)が杖を構え、ギルフォードは両の手に刀を握る。
 八人を前に動じる事もなく隙すらも見せない、敵を前に、ケルベロス達は、息を飲みながらも、先手を打った。


 道場の床を蹴ってギルフォードがまずしかけた。
 敵の攻撃に備え姿勢を低く、飛び出した彼の体は一瞬にして間合いを詰め、敵の懐へと潜り込む。武器を満足に振り回すことのできない位置まで踏み込み、そのまま最短距離を狙い、真っ直ぐに突き込まれる、紫電を纏う刃。並の使い手であれば反応することすら許されない流れるような一撃。
 その切っ先は吸い込まれるように、ドリームイーターの構えた槍の柄にぶつかり軌道を逸らされ、その脇腹を浅く切り裂くに止まる。
 それを察したギルフォードは刀を引き戻しつつ、後退。その鼻先を、ソロの掌から現れた、幻影の竜の放った炎が掠めていく。
 燃え上がるドリームイーターの体。すぐさま畳み掛けるように、放たれたマイヤと楽雲の攻撃。左右から、各々を獲物を手に繰り出す、渾身の一撃。
「えっ」
 それらの攻撃はドリームイーターに届く事なく気づけば二人の手からは武器が弾き飛ばされ、武道館の壁や床に突きたっている。
「ッ……手品かよ!」
「手品でもグラビティでも何でもない、武器を巻き取られたんだよ」
 その技の一部始終を、気をその両目へを集中させた勇はしっかりと見ていた。その目にも止まらぬ武器の扱いによる、一瞬の速業を。
 そのまま敵は槍を回し、一瞬無手となったケルベロス達へと襲いかかる。
「させません!」
 言葉と共に飛び込むキアラの放つ蹴りに、ドリームイーターは攻撃を中断し、一歩退く。
「上出来よ」
 その隙にすかさず、セレスが周囲に振り撒いた粒子がケルベロス達の力を引き出し、
「これでばっちり、元気よく暴れておいでよ」
 ラズリーの展開する光輪の盾を壁に、マイヤが飛び込む。
「負けないよ、ラーシュも力を貸して!」
 名をよばれたボクスドラゴンのラーシュの放つブレス、防ぎ用のない無形の攻撃に怯む敵へと、マイヤは頭上から力一杯に重い武器の一撃を叩き込む。
 その攻撃を受け止めたドリームイーターの槍が音を立てて砕け、モザイクへと解ける。確かな手応えに、笑みを浮かべる暇もなく、新たに敵の手に生成された槍の穂先が、したから跳ねあがり、マイヤの喉元を目掛け、突き出される。
 光輪の盾をものともせず、貫く槍の一撃がマイヤへと届く直前、弧を描き翻る斬撃が槍を跳ね上げ、間髪入れず踏み込むギルフォードはそのまま身を回し、手にした刀が再び弧を描く。
 一閃。
 文字通り、武術において土台となる敵の足元を切り裂く一撃は、人同士の戦いであればもはや決着がついていただろう、しかし、その姿こそ人なれど、敵はドリームイーターだ。
 傷口からモザイクが覗きこそするものの、戦闘に大きな支障をないらしく、再び槍を構え直す。
 両者ともに足を止めて、再び睨み会う。
 冷たい緊迫した空気の中、表情のないドリームイーターの顔に、微かに笑みのようなものが浮かんだように見えた。
「こいつはさぞかし骨が折れそうだ」
 その一瞬の表情に、楽雲はそう呟き。
「いや骨折ですむなら御の字だな」
 同じようにニッと笑みを浮かべ、鋭い呼気と共に、再度しかける。


 激しい戦いに軋み音を上げる武道館。
 ケルベロスとドリームイーターの攻防に、所々が破壊され、冷たい雪と風が外から流れ込む。
 ゆらゆらと揺れる雪は彼らの動きに会わせ再び舞い上がり、冷たい床の上に落ちてようやくその姿を消す。
「ソロちゃん、援護よろしく!」
「援護といわず、これで決めよう」
 楽雲の言葉にそう返しながら、高下駄を鳴らし、ソロが先に仕掛けた。
 彼女の周囲に淡い蒼い光が集い、その手に身の丈程の光刃が生まれる。
 武器を絡めとり、弾き飛ばす構えをとっていたドリームイーターはソロの手にした武器を目にし、すぐさま構えを解いて、その一撃を避けようと身を捻る。
 降り下ろされた一撃は、敵の肩口を捉え、そのまま武道館の床までをも切り裂き、切り飛ばされた敵の左腕が、モザイクへと消えていく。
 そのまま流れるように楽雲の放つ武器の一撃は右腕に握った槍で辛うじて防御。
「何が飛び出すか、当ててみな!」
 その一撃を囮に、楽雲は自身の足元から産み出した氷獣、凍てつく狸を敵の足元へと食らい付かせる。
 その牙をうけた箇所から凍てついていく、敵の体。
 すかさず、そこへ攻撃を仕掛けようとしてたいた勇を制すように、ドリームイーターは咄嗟に手にした槍を投擲。
「そんな攻撃、怖くないよ!」
 勇の頭を貫こうと投擲されたそれを、割って入ったマイヤが正面から受け止める。
 バランスのとれない片腕の体勢から放たれた苦し紛れの槍の一撃。しかしその威力は十二分にあり、オウガメタルを纏い防御するマイヤの腕を貫き、そのまま彼女の体をきりもみに回転させて、吹き飛ばす。
「マイヤ!」
 思わず、セレスの口から悲鳴にも近い声が上がる。
「大丈夫だ、こっちは任される」
 すぐさま駆け寄ったラズリーがマイヤの治療に辺りながら声を上げる。それでも尚不安気に視線を向けるセレス。
 しかし敵の方は待ってはくれない。動揺を見せた彼女に対し、ドリームイーターは、失った腕の代わりに棒のようなモザイクの腕に、新たな槍を携え、襲いかかる。
「エリィ」
 勇の言葉に応えるように、ライドキャリバーのエリィがセレスへと向かう敵の体を横合いから弾き飛ばす、そ揺らいだ体を勇の放った霊力の投網ががんじがらめに締め上げる。
「これでさっきの借りはチャラだよ」
 セレスへと向けられる勇の視線、
「おね――セレス、攻撃、合わせます!」
 次いで発せられるキアラの名前を呼ぶ声。
 それらに背を押され、セレスは唇を食みながら、後方から視線を逸らし、前を向く。
 キアラの広げられた翼から放たれる聖なる光がドリームイーターを貫き、
「本人が平気でも私は許さないわよ……お返しに夏の暑さと冬の寒さ、両方味合わせてあげる」
 渾身の力を込めて放たれる、炎を纏った蹴りの一撃。
 暗い武道館に点る赤い炎の輝き。それが敵の体を一瞬で飲み込む。
 業火に包まれ、しかし尚闘志を見せるドリームイーターのその原動力とは、果たしてなんなのか。決して槍以外の攻撃を放つ事はなく、戦い以外の場では非道な手を使うこともない、その姿勢。
 それを体現するかのような下段から延びる槍の渾身の一撃を、ドリームイーターは満身創痍の体で放つ。狙うのは、その眼前に立つ、セレスただ一人。
 その穂先がセレスの喉へと突き立つよりも早く、ドリームイーターの胸に三叉の手槍が突き立っていた。
 それを放ったギルフォードの体は既に、敵の頭上。
「……落ちろ……極星」
 頭上から降る青白い閃光が敵を穿つ。
 流れ星の如く、青白い光は武道館にその残光を残しながら瞬く間に消え、後には倒れ付した敵の姿と、変わり果てた武道館があるだけだった。


 暗い人気のない村の道に、点々と灯る明かり。
 一仕事を終え、帰路につくケルベロス達の口許から漏れる息は白く、暗い闇へと溶けて消える。
「あー、激寒ぃ……」
 愛用のヘッドフォンを耳当てがわりにしても、やはり寒いものは寒いのか、ギルフォードの口からは思わずそんな言葉が漏れる。
「外程ではないとはいえ、武道館もかなり気温が低かったね。よくあそこで生活をして風邪をひかないものだね」
 寒がるギルフォードの言葉に、勇は目覚めてすぐに、寒そうにすることもなく、元気にしていた老爺の事を思い出して、不思議そうに首を捻っている。
 なにせ外とそう大差のない気温の場所に、道着だけで生活しているのだから、それを不思議に思うのも無理のない事だろう。
「まあこのご時世にあのお歳まで生き残ったおじいちゃんともなれば、ただ者ではないだろうさ」
「その上、その時間を武術に捧げてきたのだから、敵のあの強さも納得がいくというものだな」
 楽雲の言葉に、ソロが頷きながら続け、つい先程まで戦っていた敵の事を思い起こす。
 槍だけを一筋に磨き続けた老爺から生まれたドリームイーターを相手に、ケルベロス達も学ぶことは多かった事だろう。
「そうね、正直焦ったわ……本当に大丈夫マイヤ?」
 その話題にセレスはマイヤの受けた傷の事を思いだし、もう何度目ともわからない確認を行い、
「もう大丈夫だよ、ラズリーの手当てもうけたし」
 それを呆れるでもなく、心配されていることをわかり、気恥ずかしそうに笑みを浮かべ、マイヤは返す。
 ふと強い風が吹いて、足を止めたマイヤはラーシュと共にぶるりと震え、いいことを思い付いたとばかりに提案する。
「でも、寒いからお鍋食べたい……豆乳鍋」
「豆乳鍋かぁ……いいね! 行こう行こう。鍋のおいしいお店知ってるんだ」
「お鍋……確かにこんなに寒いと暖かいもの食べたいね」
 そんなマイヤの言葉に、ラズリーとキアラの二人がすぐさま賛同し、水炊きやらトマト鍋、キムチ鍋等、方々からケルベロス達各々の好みの鍋の名前が上げられ、ああでもないこうでもないと、議論が始まる。
 そうして、積もる雪を踏み締め歩いていく内に、やがて迎えのヘリオンの元へと彼らはたどり着く。暖かい機内の中、まだまだ熱い議論は終わりそうもなかった。

作者:雨乃香 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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