決戦鬼薊の華さま~総ては自然に帰すが儘

作者:朱乃天

 冱ゆる空気が肌に突き刺さり、口から漏れる吐息も寒さで白く霞む程。
 夜が明けたばかりの冬の朝。薄暗闇の空に幽かな光が溶け込む一日の始まりに、人影も疎らな公園でスーツ姿の女性が佇んでいた。
「こんな日付が変わるまで仕事させられるだなんて、社会人も楽じゃないわよね……」
 彼女は日々仕事の忙しさに追われ、この日は夜通しで漸く終えてきたばかり。
 その帰路の途中、市街地の外れにあるこの公園は、仕事に疲れた女性にとって憩いの場になっていた。
 ふらつく足を休めるようにベンチに座り、溜め息混じりに空を見上げれば。射し込む朝の光が何だか妙に眩しくて、虚しさばかりが心の中に押し寄せる。
 項垂れるように視線を落としたその瞬間、落ち葉に埋め尽くされた地面の隙間から、密やかに咲く純白の花が彼女の目に映る。
 まるで雪が舞い降りたようにも見える可憐なその花の名前は、スノードロップ。
 普段は気にも留めずに通り過ぎていたけれど、こんなに可愛い花と出逢えるなんて。幸せを分けてもらったような気分になって、花を愛でつつ思わず顔が綻んだ時――。
「都市開発と称して自然を壊し、片隅に追いやってきた罪深き人間共よ。己が身を以って、自然の痛みを知るが良い」
 いつの間にか女性の隣では、紫色の軍服姿の少女がアンティークな椅子に腰掛けていた。
「そして――自らも自然の一部となって、これまでの行いを悔い改めよ」
 前髪から覗く新芽の角が、少女の特異性を物語る。彼女は椅子に座したまま、背中に生やした緑葉の翼を広げて羽搏かせ、花粉のようなものを周囲に振り撒いていく。
 全ての人間共を自然に還す為――怨讐にも似た少女の意思が注ぎ込まれた無垢な白花は、醜い異形の怪物へと変貌してしまう。
 こうして新たに産み堕とされた攻性植物が、間近にいた女性を贄と定めて取り込むと――『少女』は満足そうに微笑みながら愉悦した。

 『人は自然に還ろう計画』を実行し、暗躍していた5体の人型攻性植物。その内の1体の足取りが掴めたと、玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)が予知を伝える。
「鬼薊の華さま……遂に見つけましたわ! 今度こそ、絶対逃がしませんの!」
 シュリの報告を受け、輝島・華(夢見花・e11960) が両手で拳を作って気合を入れる。
 事件を引き起こしている内の1体が、自分と同じ名前を持つ攻性植物の少女とあって、華は複雑な思いで彼女の居場所を探し出していた。
「今回はお手柄だったね、華さん。こうして敵を捕捉することができたのも、キミの調査のおかげだよ」
 一連の計画の発案者にして、攻性植物5人組のリーダー的存在。その彼女が発見できたのは大きな成果だと、シュリは改めて華にお礼を述べる。そしてひと息入れた後、事件に関する説明をする。
 鬼薊の華さまは、市街地の外れにある公園で新たな攻性植物を造り出し、近くにいた女性会社員を襲って宿主にしてしまう。
「でも今回は事前に相手の動きを予知できたから、直前に介入して攻性植物化を阻止することができるんだ」
 普段であれば、被害者は攻性植物に取り込まれ、その救出を行うのが任務であった。だが先手を打てる今回は、華さまと直接戦うことが可能になったというわけだ。もしここで華さまを討ち倒せたのなら、攻性植物の計画にも大きな狂いが生じるだろう。
 ケルベロス達が現場に到着するのは、華さまが動き出す直前だ。周囲に女性以外の人影はないのでそちらは問題ないが、女性を事前に避難させる余裕はない。
 従って、到着したらすぐに華さまの行動を阻害して、こちらに注意を引き付ける必要がある。女性は呼び掛ければ自主的に避難してくれるので、後は戦闘だけに専念すれば良い。
 華さまは戦闘になると、邪魔なケルベロス達を始末しようと積極的に仕掛けてくる。
 敵の攻撃方法は、無数の棘をナイフのように飛ばしたり、鞭のような荊の剣を使ってくるようだ。また負傷した時は、椅子から自然の力を吸収して回復を行なったりもする。
 それに一連の計画の首謀者だけあって、戦闘力自体も高く、かなりの強敵だと思って戦わなければならない相手と言えそうだ。
「薊の花言葉は、『厳格』『報復』『人間嫌い』……その何れもが、まるで彼女の行動原理を表しているみたいだね」
 彼女達は攻性植物の代表として、自然の怒りの代行者を気取っている心算なのだろう。しかしそうした大義名分も、所詮は地球侵略の為の詭弁に過ぎない。
 ならばこちらは、人間としての正義を誇示して立ち向かうのみ。だから必ずここで決着を付けてほしい――シュリは戦地に赴くケルベロス達の背中を見守りながら、心の中で武運を祈った。


参加者
八王子・東西南北(ヒキコモゴミニート・e00658)
黒斑・物九郎(ナインライヴス・e04856)
シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)
輝島・華(夢見花・e11960)
穂村・華乃子(お誕生日席の貴腐人・e20475)
マーシャ・メルクロフ(月落ち烏啼いて霜天に満つ・e26659)
八久弦・紫々彦(暗中の水仙花・e40443)
中村・憐(生きてるだけで丸儲け・e42329)

■リプレイ

●夜明けの決戦
 薄闇の空の彼方が赤く色付いて、一面が青く照り輝くブルーモーメント。
 空気が澄んだ夜明けの空の下。『人は自然に還ろう計画』を実行する攻性植物の首謀者を討ち倒すべく、決戦を告げる号令が静寂を突き破って響き渡る。
「カチコミですでよウラー!」
 最初に啖呵を切ったのは、任侠一家の若頭、黒斑・物九郎(ナインライヴス・e04856)。そして彼の周りには、頼れる九代目黒斑一家の顔触れ(ただし残霊)が並び立つ。
 残霊達による攪乱や援護射撃の助力を得、攻性植物のリーダーである『鬼薊の華さま』目掛けて、物九郎が脇目も振らず飛び掛かる。
「あっ、良く見たら軍服美少女じゃニャーですか! 萌え! 草木だけに萌え!」
 敵の姿を一目見た瞬間、妙なハイテンションで盛り上がる物九郎がいたりして。
 それはさておき思いもよらぬ奇襲を受けた華さまは、花粉を振り撒こうとした手を止め、身構えながらケルベロス達の襲撃を迎え撃つ。
「華ちゃん、あんたの復讐か自己陶酔か判んない所業もこれまでっす!」
 物九郎の初撃に続いて、中村・憐(生きてるだけで丸儲け・e42329)が高く跳躍しながら重力を乗せた蹴りで威嚇する。
 二人の牽制攻撃で敵の注意を引き付けている隙に、他のメンバーは標的にされた女性を救出しようと動き出す。
「私達はケルベロス。この公園はこれから戦場になる。一刻も早くここから離れると良い」
「後は私達に任せて、貴女は急いで遠くに避難して下さい!」
 突然の出来事に気が動転している女性に対し、八久弦・紫々彦(暗中の水仙花・e40443)が落ち着いた態度で声を掛け、シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)も同調しながら即刻避難するよう呼び掛ける。
 紫々彦とシアの言葉に女性は大きく頷き、急いで逃げ出し、公園から遠ざかっていく。
「自然破壊を憎んでる? 花を愛でる人を殺戮するのと、自然を根こそぎ壊すのと。アナタがやってることは、アナタが嫌う人間と大差ないです!」
 八王子・東西南北(ヒキコモゴミニート・e00658)が女性を庇うように飛び出して、挑発しながら敵の意識を自分の方へと向けさせる。
「今は自然と共存できるよう、都市部にも緑が増えてきたって言うのに。兎に角、変な計画は中止させてもらうわよ!」
 華さまの視界を遮るように立ち塞がったのは、『妙齢のお姉さん』を自称する穂村・華乃子(お誕生日席の貴腐人・e20475)だ。
 この戦いに一般人を巻き込む憂いは無くなった。後は眼前の敵の撃破に専念すれば良いのだと、番犬達は華さまを逃さないよう包囲しながら、戦闘態勢へと移行する。
「貴女が鬼薊の華さまですね。同じ名の人……遂に会えました。私達は貴女の計画を止めに来ました。絶対に、逃がしませんの!」
 一連の計画の発案者である攻性植物と、同じ名前を持つ少女。
 輝島・華(夢見花・e11960)はそこに奇妙な縁を感じつつ。だからこそ自身の手で決着を果たしたいという、誰よりも強い想いが彼女を決戦の場に導いたのかもしれない。
 そうした華の決意に呼応するように、纏ったオウガメタルが眩しく輝き、放出された光の粒子が仲間の闘争心を研ぎ澄ます。
「水ちゃんは拙者達が倒したでござる! 次は華さま、お主の番ですぞ!」
 マーシャ・メルクロフ(月落ち烏啼いて霜天に満つ・e26659)の口から語られたのは、人型攻性植物5人組の内の1体を、ケルベロス達が撃破したという事実。
 そのことを告げて相手が動揺している隙を突き、雷刃突を繰り出すマーシャであったが。予想に反して華さまは、動じることなく椅子に座した侭、雷を帯びた拳を素手で受け止め、マーシャに冷たい殺意の目を向ける。
「――悪しき人間共の分際で。斯様な汚らわしい手で、私の身体に触れるでない」

●自然の怒りの代行者
 華さまがケルベロス達を威圧するかのように翼を大きく広げると、鋭いナイフの如き無数の棘が、彼女を守るように宙を浮遊する。
 そして近付く者を駆除せんと、前衛に立つ番犬達を狙って棘の矢弾が放たれる。
 棘の鋭利な尖端が前衛陣に突き刺さり、守りを厚めに固めて被害を抑えても、傷口から毒が侵食して彼等の身体を内から蝕んでいく。
「こういう時は俺めの番っスね! 安全第一で、しっかりリカバリしてみせますですよ!」
 物九郎がすかさず星の力を宿した剣で星座を描く。すると星から眩い光が溢れ出し、仲間に纏わり付く邪気を打ち消し浄化する。
「地球の植物を無理矢理改造し、人に寄生させるやり方は認めない……全力で否定する!」
 憐が思いの丈をぶつけるように気炎を上げながら、巨大な槌をくるりと回して大砲に変化させ、砲口に魔力を溜めて照準を絞る。
 眼光鋭く狙いを定め、凝縮された魔力の弾を撃ち込むと。竜が咆えるが如き激しい爆発音が轟いて、着弾すると同時に土煙が派手に巻き上がる。
「さっきはちょっと効いたわね。こいつはお返しよ」
 土煙を突き抜け現れる影。華乃子が降魔の力を拳に纏い、華さまの生命力を喰らう一撃を叩き込む。
「貴女の気持ちは分からないでもありません。……ボクも昔はいじめに遭って、ずっとそうでしたから」
 自身の辛い過去の境遇を、呟くように告白する東西南北。彼の脳裏に過ぎるのは、全てが嫌になり、暗い部屋に閉じ篭っていた少年時代の残影だ。
「でもだからこそ……ボクは貴女を止めなくちゃいけない。ここで退いてしまったら、ボクはあの時と何も変われなくなってしまうから!」
 過去の呪縛を振り払い、未来の道を切り拓く為。東西南北は明日への希望をこの戦いに賭け、誓いの心が滾るマグマとなって、敵を灼き焦がさんと大地を割いて噴き上がる。
「人間だって自然の一部です。これ以上、身勝手な計画を実行させる訳にはいきません!」
 華が舞うかのように黒鎖を伸ばして展開し、仲間に加護の力を齎す魔法陣を描き出す。
「貴女が今まで壊して来たお花や植物の数々の痛み、その身にお返ししますわ」
 シアが振り翳した巨大な鎌は、まるで花を摘み取るかのように。斬り裂く虚の刃が滴る血を啜り、攻性植物の少女に生命を奪うことへの痛みを知らしめる。
「いくでござるよ、まちゅかぜ! 拙者と共に戦うでござる!」
 気合を入れて木馬型のライドキャリバーに跨るマーシャ。手綱をしごきながら戦場を疾く駆け、炎を纏った白い駿馬が、鬼薊の少女に向かって一直線に突撃をする。
 息の合った連携で、波状攻撃を繰り出すケルベロス達。しかし華さまの様子に変化は見られない。それどころか、ほうと感心し、見下すように不敵な笑みを浮かべると。玉座が大地の力を吸収し、彼女が負った傷を瞬時に癒して復元させていく。
「単に踏ん反り返っているだけではないということか。だがそれも、全て織り込み済みだ」
 相手の回復行為も想定内と、紫々彦が扇を揮って檄を飛ばし、仲間の士気を高揚させる。
 戦いはおそらく長期戦となる。それだけに、回復を担う者達の役割が、決戦の命運を握ることになるだろう。

「あんまり舐めてもらっちゃ困るっす。俺達の本気の力、見せてやるっすよ!」
 普段の憐はお調子者な性格ではあるが、戦闘中は強敵相手も怯まずに、勇敢な正義の味方となって立ち向かう。そして憐の熱い想いを込めた豪快な蹴り技が、嵐を巻き起こして敵の守りの力を薙ぎ払う。
「そうそう、お姉さんも同じ『華』が付く名前なのよね」
 華乃子が渇きを潤すように唇を舌で拭い、口角を吊り上げながら鬼薊の少女と対峙する。
 彼女の利き手には凶悪な形をしたメリケンサックが嵌められていて。華乃子は全力で拳を振り被り、敵対する少女に叩き付ける。
「歯を食い縛りなさい――お姉さんの愛(物理)は痛いわよ!」
 力任せに放った華乃子の渾身のボディブローが炸裂し、華さまは一瞬苦痛に顔を歪ませ、腹部を押さえる仕草を見せる。
「おたくがー? 自然の怒りの代行ォー? どうせ方便でしょうが!」
 物九郎が攻性植物達の理念の矛盾を一喝すると、背中に『仁』と書かれた羽織を翻し、目にも止まらぬ音速の蹴りを見舞わせる。
「例え人が自然を壊してきたとして、花の美しさに足を止めた人もその可憐な花も、壊して良い道理はないの」
 燻る怒りを滲ませながら、シアが静かに凛とした声で説く。
 彼女達は必ずここで止めようと、決意を込めて竜の力を宿した槌を振り下ろし。花弁が舞うかのような軌跡を描いて、蓄積された怒りの心を打ち据える。
「少なくとも私が関わった人達は、自然と共存していました。貴女が実行している計画は、無差別な殺戮にしか過ぎません!」
 攻性植物達の理不尽な理屈によって、罪無き人々が犠牲になっていく。傲慢なのはむしろ彼女達ではないかと、華は憤慨しながら力を込めて魔法の杖を振るう。
 杖に集束された魔力は、裂帛の気合と共に雷となって射出され、迸る一条の閃光が華さま狙って貫いた。
「人間嫌い? 報復? 植物を愛し育てる人の営みは、アナタの目に映らないんですか!」
 東西南北が敵の全てを否定するかのように吼え猛り、脚に理力を籠めて流星群の如きオーラの礫を蹴り込んだ。
「人と攻性植物は、所詮分かり合えないものなのか。仕方がない――白魔よ、吹き荒れろ」
 花は美しいものなのに、攻性植物である彼女達はどうして敵意を抱くのか。
 互いに共存できる道はないのかと、紫々彦は一抹の寂しさを感じながらも、戦場では情けは無用と割り切って。掌を突き出し力を解放すると、魔力がうねりを上げて白い冷気の渦となり。凍てる獣に変じて華さまに獰猛な牙を剥く。
 紫々彦の心を具現化させた荒ぶる獣の攻撃は、刃で斬り付けたような裂傷を、少女の体躯に刻み込む。
 手を緩めることなく火力を集中させるケルベロス達。彼等の全く隙のない攻撃は、さしもの華さまをも圧倒する程だ。
「……調子に乗り過ぎるでないぞ、下賤な犬共め。貴様等の愚行は、万死に値する」
 だが対する華さまも、このまま黙って手を拱いている心算はない。虚空に漂う無数の棘が一つに集結されて、剣の形を成していく。華さまは創られた荊の剣を握り締め、軽く振るえば刃が鞭のように伸びてケルベロス達に襲い掛かる。
「!? まちゅかぜっ!!」
 撓る鞭の刃はマーシャの相棒であるライドキャリバーに巻き付いて、締め付けられる度に荊が深く食い込み、ミシリと鈍い音を立てながら――負荷が限度を超えた木馬の機体は無残に砕け散ってしまう。
「他愛もない。私に逆らう者はどうなるか、その身を以て思い知るが良い」
 ケルベロス達を嘲り笑い愉悦して、冷酷に言い放つ攻性植物の女帝。
 自分の力を誇示することにより、恐怖心を煽る目論見だったのかもしれないが。それは大きな過ちだったと、彼女はすぐに思い知らされる――。

●花の還る場所
 盾役を一体欠いたが彼等の結束力は揺るぎなく、敵将打倒を胸に烈火の如く攻め立てる。
 華さまが幾ら回復術を駆使しても、手数に勝る番犬達の猛攻には抗えず、戦況は次第にケルベロス側に傾いていく。
「俺達は人も自然も、デウスエクスから守ってみせるっす!」
 憐が両手の人差し指と中指を合わせて額に添えて、集中力を高めながらカッと両の眼を見開いた。
「これがケルベロスの真の力っす! くらえ、ケルベロスビィィィーム!」
 思いを実現させるケルベロスの力。憐の双眸から発射された青白く太い光線が、鬼薊の少女の肩を射抜き、彼女の帽子が地面にはらりと舞い落ちる。
 どんな苦境でも、決して諦めようとしない番犬達の不屈の精神に、華さまの顔から余裕が失せて焦りの色が滲み出る。
 (……この者達の闘志は、一体どこから湧いてくるというのだ)
 女帝の形振り構わぬ棘の乱射が、後衛陣を襲う。しかし守り手達が咄嗟に身を盾にして、被害を最小限に食い止める。
「【王護之型】矢倉囲い! 矢倉は将棋の純文学と人は言う!」
 マーシャが将棋の駒を差すように、人差し指を天に突き付け護りの力を発動させる。
 矢倉囲いは絶対防御の型であり、王を護る決意の戦法なりしと彼女は言う。
「さあて、このまま一気に畳み掛けるわよ!」
 全身に禍々しい呪紋を纏い、魔人と化した華乃子が距離を詰め、惨殺ナイフを振り回す。
 身体を捻り、華麗に刃を奔らせて。飛び散る赤い鮮血に、華乃子の戦士としての渇きが満たされていく。
「己の不利を悟っても逃げる素振りは見せないか。その辺りは流石というべきか」
 そこは彼女のリーダーとしての意地もあるのだろうと、紫々彦は強敵と戦えたことに感謝を捧げるかのように、空の霊力宿りし聖なる斧を真一文字に斬り下ろす。

「……よもやここまで追い詰められるとは。だが……私は負けるわけにはいかぬのだ!」
 威厳などもはや無きに等しい手負いの華さまが、残った力を振り絞って荊の剣を抜く。
 死に物狂いの刃は東西南北に迫り、身を躱そうとする彼の脾腹を捉えて抉る。
 地面に零れ落ちる血が広がって、薄らぐ意識も青年は必死に踏み止まって耐え凌ぎ。両手に全ての魔力を注ぎ込み、命の炎を燃え上がらせる。
「――世界の中心東西南北ここに在り!」
 生じた炎は二重螺旋の如く絡み合い、立ち上る巨大な火柱は不死鳥へと変形し、炎の翼で以て開かる敵を灼き払う。
 (ボクは信じます、人はもっと、優しくなれる生き物だって……)
 力を使い果たしたように東西南北が膝を突いた時、駆け寄るのはテレビウムの小金井だ。
 応援動画を流して主を励まそうとするテレビウム。そんな従者の健気な対応に、東西南北は痛みも忘れる程に癒されるのだった。
「後はきっちりケジメをつけるだけっス! お二方、シメはお任せしますでよ!」
 最後に気合を注入せんと、物九郎が極彩色の炎を爆発させて、決戦ムードを盛り立てる。
 シアと華の二人は次の一手で決着を付けるべく、意思を一つに合わせて同時に仕掛ける。
「――さあ、芽吹きましょう」
 祈るように手を組んで、翼を広げて力を発現させるシア。
 溢れる魔力の奔流は、敵の足元に妖精の輪を浮かび上がらせて。菫の花が芽吹いて咲いて――舞い散る花は魔法陣と化し、咎人を裁く光の楔を、鬼薊の少女の胸に深々と穿つ。
「知っていましたか? スノードロップは、『死』を象徴する花でもあることを」
 華が差し出した小さな掌から、純白の花弁が風に吹かれて雪のように幻想的に舞う。
 その花は、自分と同じ名を持つ敵の将たる少女への、散り逝く命の最期の餞として。
 手向けの花に包まれながら、異形の少女は力尽き、幻のように儚く消滅していった――。

 ――総ては自然に帰すが儘。
 生あるモノは、等しく母なる地に還る。
 妄執に取り憑かれた少女の魂も、今はその枷より解き放たれて。
 せめて此の地で安らかなれと、ただ静かに祈るのみ。
 生命は廻り流転して、冬を乗り越え春を迎えれば、新たな希望の花が芽吹くだろう。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月31日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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