病魔根絶計画~異形の歌姫

作者:雷紋寺音弥

●歪んだ美貌
 薄暗い殺風景な部屋の中で、木崎・春香(きざき・はるか)は壁越しに聞こえる雨音に耳を澄ませながら、何もない天井を見つめていた。
 そう、この部屋には何もない。自分の寝かされているベッド以外には、余計な物は何一つ置かれていない。特に、鏡やテレビのモニターなど、自分の姿が映り込みそうなものはなく、窓さえも設置されていない。
「……春香、起きてるかい? 入ってもいい?」
 突然、扉を叩く音がして、春香は思わず身体を丸めた。
 声の主を、春香は知らないわけではない。あれは、きっと和也だ。今日も見舞いに来てくれたのだろうが、しかし春香は彼を部屋に入れようとはしなかった。
「来ないで! こんな私の姿……これ以上、誰にも見られたくないの!」
 近くにあった枕を掴んで投げると、春香は力任せに扉へ向けて投げつけた。そのまま布団を被って丸くなると、込み上げる悔しさと悲しさに耐え切れず、すすり泣いた。
 他人の優しさが、笑顔が恐い。なによりも、こんな自分を他人に見せるのが苦痛で仕方がない。
「どうして……どうして、私がこんな目に……。もう、死んじゃった方が楽なのに……なんで、誰も死なせてくれないの……」
 泣き叫ぶ春香の言葉に答える者は誰もいない。およそ、地球上の生き物とは思えない形へと変貌した自分の姿。それを思い浮かべるだけで、春香は自分の心までもが、酷く醜く歪んで行くような錯覚に陥っていた。

●異形化する悪夢
「召集に応じてくれ、感謝する。今回も、お前達に病魔の退治を依頼したい……ところなんだがな」
 集まったケルベロス達の前で、クロート・エステス(ドワーフのヘリオライダー・en0211)は、それだけ言って言葉を切る。病魔根絶計画の一環として、今回根絶可能になった病気。その名も「怪異化症候群」という病なのだが、これが今までの病魔とは別の意味で恐ろしい病なのだという。
 怪異化症候群。ある日突然発症し、その肉体を怪物の如きグロテスクな姿へと変貌させる病。原因については諸説あるが、詳しい発症のメカニズムは分かっておらず、治療方法も不明な奇病として扱われていた。
「現在、この病気の患者達が大病院に集められ、病魔との戦闘準備が進められているぜ。お前達に倒してもらいたいのは、この中でも特に強力な『重病患者の病魔』になる。患者の名前は木崎・春香(きざき・はるか)。オラトリオの女子大生で、高い歌唱力を活かして学園祭でライブパフォーマンスをする程の人気者だ。おまけに、ミスコンで優勝したこともあるくらいの、美貌の持ち主だったんだがな……」
 今となってはその姿に、かつての彼女の面影はない。細く美しかった指先はオークの触手の如き姿に姿を変え、身体の半分は魚類のような鱗で覆われている。口内には鑢のような牙が発生した上に、その一部は唇や顎を貫いて外へ飛び出し、おまけに右目は酷く巨大化して瞳が縦に割けている。
 翼の半分は溶け落ちて醜い塊と化し、カモシカのように美しかった脚は角質化した無数の瘤に覆われてしまった。亜麻色の髪は沼地の苔を思わせる緑色に染まり、その頭に咲いていた白いプルメリアの花は、見るも毒々しいマムシグサの花へと変貌してしまった。
「戦闘になると、この病魔は打撃によって相手の体力を吸収したり、薄気味の悪い叫び声を上げて聞いた者の肉体を猛毒で侵したりしてくるぞ。他にも、患者の怪異化を進行させる形で、体力を回復することもあるから注意してくれ」
 その病状に劣らず、不気味で嫌らしい攻撃を仕掛けてくる相手である。だが、どれだけ醜悪な攻撃を仕掛けてくる存在であっても、対抗策がないわけではない。
「この病気の患者の看病をしたり、話し相手になってやったり、慰問などで元気づける事ができれば、一時的に病魔の攻撃に対する『個別耐性』を得ることが可能だ。耐性を得れば、病魔の攻撃で受けるダメージも減少する。後は速攻性を重視して仕掛ければ、一気に畳み掛けることも可能だろうな」
 病に伏せっている春香は自分の姿を他人に見られたくないと思っており、恋人である相羽・和也(あいば・かずや)でさえも病室に入ることを許していない。しかし、そのストレスは相当なもので、このままでは彼女の身体だけでなく心が持たない。
 ストレスを上手く発散させてやるか、必ず元の姿に戻れると安心させてやることで、彼女の信頼を得ることが重要だろう。ここで病魔を一掃できねば、今後も新たな患者が生まれ続けてしまうため、彼女だけの問題ではない。
「一夜にして夢も希望も奪われたキャンパスの歌姫か……。何の罪もない彼女に、これ以上の涙は無粋だからな。彼女が再び日の当たる世界を歩けるよう、お前達の力を貸してくれ」
 異形と化した歌姫の、心まで異形の闇に堕ちる前に、救いの手を差し伸べてやって欲しい。そう言って、クロートは改めて、ケルベロス達に依頼した。


参加者
モモ・ライジング(鎧竜騎兵・e01721)
叢雲・宗嗣(夢う比翼・e01722)
メアリベル・マリス(グースハンプス・e05959)
真上・雪彦(狼貪の刃・e07031)
明空・護朗(二匹狼・e11656)
葛篭・咲(珈琲ロマン・e12562)
白銀・夕璃(白銀山神社の討魔巫女・e21055)
ルフ・ソヘイル(秘匿の赤兎・e37389)

■リプレイ

●醜悪なる変貌
 病室の扉を開けると、その奥から聞こえてくるのは微かなすすり泣きの声だった。
「失礼します。良かったら、少しお話しませんか」
 病室に足を踏み入れ、葛篭・咲(珈琲ロマン・e12562)が声を掛けた途端、ベッドの上の影が素早く毛布で身を隠した。
「だ、誰? 早く出て行ってよ! こんな姿、誰にも見られたくないんだから!!」
 突然の来訪者に驚いたのか、患者である春香はケルベロス達に背を向けたまま、毛布の中で丸くなって叫んだ。
「俺もちょっとばかり、他人に見せれないカタチしてるからさ……。少し、お話出来ないかな?」
 相手の姿をなるべく直視しないよう気をつけつつ、叢雲・宗嗣(夢う比翼・e01722)が声を掛けた。だが、そんな彼の言葉にも、春香は辛辣な態度と言葉で返すだけだった。
「話……そんなことして、何になるのよ! それに、あなたに私の何が解るの!? 私はあなた達とは違う……。ちょっとどころじゃない……化け物なのよ!!」
 毛布の中から覗く春香の頭から、微かにマムシグサの花が覗いていた。
 苔色をした、異臭のする頭髪。かつては美しい花を咲かせていたことを考えれば、これだけでも彼女にとっては苦痛のはず。
 だが、病魔が彼女から奪ったものは、果たして花や髪だけではなかった。翼も皮膚も、そして脚に瞳まで。およそ、春香の美しさを際立たせている全ての部位が、名伏し難き魔物のような姿へと変貌させられていたのだから。
 これは、なかなかどうして難しい相手だ。今の彼女は肉体を異形化させる病以上に、絶望という名の病に憑かれている。
「ごきげんようミス木崎。アナタはお歌がとっても上手いのよね。アナタの歌、よければ聴かせてくれないかしら?」
 とりあえず、まずはその絶望を払拭するのが先だろうと、メアリベル・マリス(グースハンプス・e05959)は遥かに問い掛けた。
 この病に伏せるよりも前、大学でキャンパスの歌姫と呼ばれていた春香。そんな彼女であれば、自分と通じるところがあるのではないかと。歌ってる間だけは、どんなに哀しい事や辛い事も忘れられる。今も変わらぬ歌声こそが、彼女の希望になるのではないかと。
「歌……でも……私は……」
 少しだけ躊躇いながらも、春香は両手で毛布の端を掴み、そっと顔を覗かせた。
 醜く膨れ上がった触手のような指先。そして、片側だけが肥大化し、おまけに瞳まで裂けた眼球が姿を現す。緑の髪に隠れてはいたが、それでも彼女の皮膚は顔の部分でさえも、魚の鱗のように変貌しているのが見て取れた。
「ハーブティーも淹れて来たんだ。まあ、まずはこれでも飲んで気持ちを落ち着けるといい」
 気持ちで負ければ、病はそこに付け込んでくる。そう言って、真上・雪彦(狼貪の刃・e07031)が差し出したハーブティーを受け取ったところで、春香はようやくケルベロス達の前に、その半身を晒して見せた。
「……っ!?」
 薄明かりの中、目の前に現れた異形の姿。解ってはいたが、それでも実際に見るのは辛い物。
(「異形に変じさせられる病魔……。この病気だけは、見過ごせない、です。必ずや……治して見せます、必ず……!」)
 呪詛を受けた自身の先輩達の姿と、今の春香の姿が重なったのだろう。
 白銀・夕璃(白銀山神社の討魔巫女・e21055)は病魔根絶への決意を新たにし、その間にも春香は恐る恐る、ハーブティーを口に運んで行ったのだが。
「……熱っ!!」
 唇の下から飛び出した牙を伝わって、彼女の口から液体が零れた。異形化した歯に皮膚を貫かれた今の彼女にとっては、飲み物を飲むことさえ一苦労だった。
(「酷いわね……。見ているこっちまで苦しくなるわ……」)
(「このまま病が進めば、いずれ彼女は……」)
 自分達の想像以上に深刻な病状を前にして、モモ・ライジング(鎧竜騎兵・e01721)と明空・護朗(二匹狼・e11656)は、思わず言葉を飲み込んだ。
 視線を逸らすことはしない。それは春香の心を却って傷つけてしまうと知っていたから。しかし、それでも彼女の辛さを思えば思う程、安易な言葉は選べないのも事実。
「春香ちゃんのかかってる病気は治せる。俺達が絶対治すっすよ。だから、暗い気分になる今のことじゃなくて、元の姿で沢山の人に歌を届ける先の姿をこと考えて欲しいっす!」
 今は歌うことで、その暗い気分を吹き飛ばしてくれないか。メアリベルに続き、ルフ・ソヘイル(秘匿の赤兎・e37389)が尋ねたところで、春香は不安そうな表情になりながらも、無言のまま頷いて歌を紡ぎ始めた。

●這い寄る恐怖
 病室に響く透き通った声。異形と化した春香の紡ぐ歌は、しかし彼女の姿とは反対に、以前のままの美しい声色を保っていた。
 だが、そんな歌声も、突如として春香が口元を押さえたことで、唐突に途切れることとなってしまった。
「ごめんなさい……。もう……無理、で……す……」
 見れば、春香の唇から、うっすらと血が滴り落ちている。それが、彼女の口内に生えた無数の牙によるものだと判ったとき、ケルベロス達は思わず言葉を失った。
 異形化した春香の口内は、鑢のような形をした無数の牙で埋め尽くされている。それは彼女が言葉を紡ぎ、歌を歌う度に、歯ぐきや唇へと突き刺さって彼女自身を傷つけていた。
 身体が変わっても、声だけは変わらない。そう思っていたが、甘かった。一瞬、叫ぶだけであれば問題なくとも、この口では長時間言葉を紡ぐことさえも難しい。卑劣な病魔の力によって、彼女の身体は歌いたくとも歌い続けることができない身体へと変えられていたのだ。
「もう……いいよ……。私には……もう……何も残ってなんかいない……」
 血の滲む口から息を吐いて、彼女は力無く項垂れた。
 このまま病気が進行すれば、いずれは声さえも奪われてしまう。身体の外だけでなく、中まで異形化が進行すれば、いずれは歌声の源である声帯も……。そう考えてしまうと、もう駄目だった。
「殺して……。手遅れになる前に……私を……殺して……」
 自分が自分でなくなる恐怖。それに怯えながら暮らすのであれば、いっそのこと一思いに殺して欲しい。全てを奪われた自分は、今に心まで怪物になってしまうかもしれない。そうなる前に、この世から消して欲しい。それが春香の望みだったが、しかしモモは、彼女の頼みを真っ向から否定した。
「……貴女の事は前もって聞いたけど、死にたい? 殺して欲しい? せっかく生きているのに、そんな事を言わないでほしいわね。患者の貴女が弱気でどうするの?」
 病は気から。本当に心まで怪物になるのであれば、それは自分で病魔に対する敗北を宣言した時だ。
「貴女の恋人が何度も見舞いに来るのは貴女の事を思ってるからよ。『いつかきっと彼女の病気が治る』と……そんな一途の望みに賭けていた。そして今日、ここに来た!」
 否、今日だけではない。彼が……相羽・和也が幾度となく見舞いに訪れるのは、春香のことを見た目だけで判断していないことの証。
「私はその病気がどんなに恐ろしいか分からないけど、身体が石のように固くなる病気を味わった事ある? 私達は今年に入って、その病気を根絶させた。安心して?」
 今までも、ケルベロスは様々な病魔を退治し、そして根絶に成功して来た。だから、今回もきっと上手く行く。だが、それを成功させるには、なによりも春香の協力が不可欠なのだとモモは言った。
「僕は、狂月病の影響で周りを傷つけるのは嫌だったから、誰にも会いたくなかったし、いっそ死んでしまいたかったけど……タマがいてくれたから今もこうして生きてる。大切だからこそ、怖くても、どんな姿になっても離れたくないんだ」
 病気のことを知った上で会いに来る和也は、ある程度の覚悟は決めているはず。どんな姿になっても、在りのままの春香を受け入れようと。そんな彼の想いに答え、再び会いたくはないかと護朗は尋ね。
「見た目が変われど……きれいな声を、なされているのですね。……なら、大丈夫。病魔がそこに手を出す前に、他の部分も、治してもとに戻せます……戻します!」
 だから、今は諦めないで欲しい。ここで諦めてしまったら全てが終わりだと。そう言って、夕璃はオークの触手の如き形状になった春香の指先へ、躊躇うことなく手を伸ばして握り締めた。
「大丈夫です。今まで、話していて感じました。貴女の心は歪まず真っ直ぐ綺麗だから……すぐに元に戻れますよ」
「確かに苦しい病気っすけど……でも、まだ完全に未来が潰れたわけじゃねぇっす」
 ここは自分達を信じて任せて欲しい。そんな咲やルフの言葉に続け、メアリベルもまた春香に約束した。
「アナタの事はメアリ達ケルベロスが必ず助けると約束する。元の綺麗な顔を取り戻してあげる。その為には、アナタ自身が強くならなきゃ」
 痛みや苦しみ、そして哀しみすら吸収し、絶望を乗り越えた先にある歌は、きっと以前より美しく輝くはずだから。痛みを知らなければ届かない歌。それが、この世界にはあるのだと。
「安心しな。アンタが病に負けない限り、俺達が絶対に治してやる」
「俺は他にもちょっとやらかしてるけども……大丈夫、君は必ず治すから、さ」
 後は、こちらを信じて任せて欲しい。そんな雪彦と宗嗣の言葉に、とうとう春香も頷きながら、本当の想いを言葉にした。
「また……元の姿に戻れるなら……やっぱり、私は歌いたい! 和也に会いたいよ……」
 唇に突き刺さる牙の痛みを堪えつつ、春香は叫ぶ。その言葉に応えるべく、ケルベロス達は彼女の中に巣食う、忌まわしき病魔を呼び出した。

●異形の叫び
 病室に漂う異様な空気。春香の身体より呼び出された病魔は、果たしてその病の症状が示す通り、実に悍ましい姿をしていた。
 眼球を失い、穴だけになった瞳。そこから血の涙を流しつつ、掌に現れた目を使って、辺りを探るようにして迫ってくる。重く、低い奇声を発し、力任せに周囲の獲物へと襲い掛かる様は、まるで呪詛に狂う悪霊の如く。
「厄介な相手だね。でも、なるべくなら、長引かせたくはないかな……」
 オルトロスのタマに敵を牽制させつつ、護朗は後ろに控える遥かに目をやった。
 瘤のように異形化した脚の彼女では、病室から1人で逃げ出すこともできない。ならば、彼女を守りながら病魔を倒さんと奮闘するが、しかし卑劣な病魔はそれさえも見越していたのだろうか。
「ゥゥ……アァァァァ……」
 低く、唸るような声を発しながら、病魔がその身に紫色の淀んだ気を纏う。それに呼応するようにして、春香が悲鳴を上げながら頭を抑えた。
「ひっ……! いやぁぁぁっ!!」
 衣服を破り、突如として肥大化する左肩。その瘤の中から巨大な眼球が出現し、彼女の頭部は背中より盛り上がる肉塊の中へと埋まって行く。溶けた翼が細長く伸び、その先から鋭い爪を生やし、彼女の身体を4本腕の怪物へと変えて行く。
 怪異化進行。病状を悪化させることにより、病魔が自らの力を高めようとしているのだ。しかし、それでも度重なる戦闘の際に、夕璃が投与していたカプセルの効果があったのだろうか。
「……癒す余裕は……与えないっ!」
 神殺しのウイルスが効いているのを察し、夕璃は擦れ違い様に敵を斬り付けた。これ以上、春香に辛い思いをさせてはならない。そのためにも、この病魔は倒す。絶対に!
「一秒でも早く、ぶっ潰しますよ!」
「距離、風速……もう全部OK! 俺は意思のある武器! 勿体ぶらずにドドンといくっすよ!」
 二振りの斬霊刀より咲が衝撃波を放てば、ルフもまた無数の弾を大量に敵へと発射する。その大半は幻覚にしか過ぎないが、しかし本命の一撃は、正真正銘の実弾であり。
「ギァッ……!?」
 鋭い一撃が敵の脳天を貫いたところで、その背後に回り込んだのはモモだった。
「彼女から奪ったもの、早々に返してもらうわ」
 愛銃、竜の爪牙の銃把で、病魔を後ろから殴り飛ばす。これ以上、春香から何も奪わせない。怪異化の進行を力技で押し止めたところで、続けてメアリベルもまた斧を振り上げ。
「リジー・ボーデン斧を振り上げお母さんを40回滅多打ち! メアリは41回滅多打ち!」
 病に伏せっていた春香の痛み、そして苦しみ。それらを全て、一つ一つ味わえと言わんばかりに、赤黒い刃の斧を幾度となく叩き付ける。
「ァ”……ゥァ”……」
 眼球の付いた手を伸ばし、病魔が這うようにして逃げ出した。だが、それを見逃してやる程、ここに集まった者達は甘くなかった。
「悪いね……そこが君の、凶事だ!」
「――血染めの雪華に散りやがれ。……テメエに血が通ってんのかは知らねェがな」
 逃げ出す病魔の背に向けて、宗嗣と雪彦が同時に刃を抜き放つ。瞬間、襲い掛かる炎と氷。相反する力は一つに重なり、情け容赦なく病魔の身体を両断し。
「ヒィィィィィ……!!」
 地獄の底に巣食う亡者の叫びにも似た悲鳴を上げて、病魔の身体が凍てつき、燃えた。舞い散る火の粉と深紅の雪は、さながら散り行く花の如く。
 人の身体を、そして心をも蝕む原因不明の遅るべき奇病。春香を蝕む怪異化症候群の病魔が、この世界から消え去った瞬間だった。

●取り戻したもの
 戦いの終わった病室にて。
 ケルベロス達が改めて後ろを振り返ると、果たしてそこには美しいオラトリオの姿へと戻った春香が座っていた。
 亜麻色の髪に、乱れ咲く白いプルメリアの花。触手の如き指先も、瘤だらけの脚も元に戻り、溶け落ちた翼は再び優美な佇まいを取り戻していた。
「嘘……。本当に……私……」
 未だ自分が元に戻れたことを信じられず、春香は両手の感触を確かめるようにして、何度も自分の顔や髪に触れていた。そんな中、徐に病室の扉が開くと……その奥から現れたのは、彼女の恋人である和也だった。
「アナタの王子様は、アナタが変わり果ててもちゃんと迎えにきてくれた。お姫様の条件は美貌じゃない。気高い心だってメアリは思うわ」
 幾度となく拒絶されようと、それでも折れなかった和也の想い。ならば、今度はそれに春香の方が応える番だとメアリベルは告げ。
「春香……ごめんよ。結局、俺は最後の最後で、君に寄り添ってやる勇気がなかったのかもしれない……」
「そんなことないよ……。和也がいてくれなかったら、きっと、私……」
 抱き合う二人。それを見たケルベロス達は苦笑しつつも、そっと病室を後にする。
「末永くお大事に、な」
 去り際に、雪彦はそれだけ言って、後は振り返ることもしなかった。
 ここから先の物語は、あの二人が自分達で紡いで行けばよい。姿形が変わり果てても、それ以上に大切な何かを知っている二人なら、きっと大丈夫だと思えたから。

作者:雷紋寺音弥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月24日
難度:やや易
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。