失伝救出~冥府まどうて夢の中

作者:黄秦


 僅か五人の螺旋忍軍によって、里は壊滅した。
 累々たる死屍から流れる夥しい血が、地を赤に染めている。
 すさぶ腥風に剣戟の音が混じる。里の最後の生き残り達が、絶望的な戦いを挑んでいた。
「が……っ」
 手裏剣の雨が降り注ぎ、少年は血だるまになって倒れる。
「外道めッ!」
 初老の男が血を吐き、叫ぶ。脇腹に開いた傷口から、噴き出す血はどす黒い。
 ヒヒヒ……フフフ…………、螺旋忍軍は楽しげに嗤い、両手に持った手裏剣を投げれば、それは竜巻のように回転し、男を圧し潰した。
「畜生っ!!」
 最後の一人、青年が苦無を振るうより早く、螺旋の仮面はその胸板を突く。体内を巡る螺旋の力が、その肉体を内側から破壊した。
 崩れ落ちる青年の首を螺旋忍軍は掴み、無理矢理に引きずり上げる。
「命乞いをして見せろ」
「か、はっ…………」
 血で喉が詰まって命乞いどころか息も出来ず、青年はただ、赤く染まった眼で螺旋忍軍を睨みつける。
 螺旋忍軍はつまらなさそうに鼻を鳴らし、そのまま喉を握りつぶした。

 死を感じながら彼らは憤怒する。螺旋忍軍の非道に、おのれの無力に、ここにいない彼らに。
 ――彼ら。誰の事だ?
 この窮地を救えるものがいるとでも言うのか? いたとしてもどこに? こんなことを思うのも、初めてではないような……。
 答えを得られぬまま、その意識は虚無に消える。

 深い、深い闇の底から、激しい焔が燃え上がる。
 朱に染まった三人の死体が、ゆらり、立ち上がった。
 毒に冒された血液は全て排出され、傷はふさがり、清浄な血液が体内を巡る。
 激しくせき込み、血と肉の塊を吐き出した。
 砕けた骨も潰れた臓腑も再生し、盛り上がる肉は以前よりも遥かに強靭だ。
 激しい怒りによって、彼らは零式忍者に覚醒したのだった。

 ヒヒヒ……フフフ…………。
 腥風に不気味な嗤いを乗せて、螺旋忍軍が現れる。彼らを殺しに、何度でも。
 溶岩の如く噴き上がる憤怒のままに、零式忍者たちは、強大な敵に絶望的な戦いを挑んだ。


 ヘリオンに集うケルベロスらに、セリカ・リュミエールは告げる。
「先日の寓話六塔戦争においての勝利、心よりお祝いを申し上げます。ワイルドスペースに囚われていた失伝ジョブの人達を救出し、救出できなかった方々についても、手がかりを得られたことが何よりの成果ですね」
 この情報をもとにヘリオライダーたちは予知を行い、行方不明の人々は『ポンペリポッサ』が用意した、特殊なワイルドスペースに閉じ込められていることが判明しました。
 そこでは、大侵略期の悲劇が残霊によって繰り返し引き起こされており、失伝ジョブの人々は、そこに生きる人物の一人となり、悲劇を体験させられているのです。そうすることで失伝ジョブの人々を絶望に染め、反逆ケルベロスとする為の作戦だったのでしょう。
 この特殊なワイルドスペースに乗り込み、繰り返される悲劇を消し去り、閉じ込められた人々を救出していただきたいのです」


「既にご存知の方もおられるでしょうが、この特殊なワイルドスペースは、失伝ジョブの人々以外の人間は出入りする事が不可能です。
 ですので、この作戦に参加できるのは、失伝ジョブを持つケルベロスだけとなります。
 かの地で繰り返されているのは、大侵略期に、ある里を螺旋忍軍が襲い、一人残らず惨殺したという悲劇です。
 救出対象は三人の男性です。少年と青年、初老の男性で、最後まで戦った里の住人を演じさせられています。
 彼らは激しい怒りをによって死の淵から蘇り、零の術を得て零式忍者に覚醒しますが、再び螺旋忍軍の残霊によって死に追いやられてしまうのです。
 蘇っては殺されるを無限に繰り返すうち、怒りの感情はすり減り、最後には零式忍者になる事も出来ず心が折れて反逆ケルベロスとなる。これが彼らの計画なのでしょう。
 まずは、螺旋忍軍を殲滅してください。彼らは残霊であり、実際の螺旋忍軍よりもずっと弱体化しています。経験の浅いケルベロスでも、撃破は可能でしょう。
 螺旋忍者を倒せる者がいる事、自分達が決して無力ではない事を、彼らに思い出させてあげてください。
 希望を取り戻せば、彼らと共にワイルドスペースから脱出する事が出来るでしょう」


「この悲劇は、恐らく実際に起きた過去が残霊化したものです。救出対象者以外の里の人々を救う事は、残念ながら出来ません。
 長居をすれば、閉じ込められている人々と同様の悲劇に飲み込まれて、その登場人物と誤認させられてしまう可能性があります。
 救出に成功した後は、探索などはせず、彼らと共に速やかに撤退してください。
 失伝ジョブの先達がこのような悲劇を乗り越え戦い続けたからこそ、今の私たちがあるのです。
 先達に報い、この先へ繋ぐためにも、今生きている方々の救出をお願いします」
 セリカはそう締めくくると、ケルベロスたちをヘリオンへと誘うのだった。


参加者
天ヶ崎・芽依(オラトリオのパラディオン・e44129)
ティリル・フェニキア(死狂刃・e44448)
ルナ・アークライト(沈黙の魔術師・e44450)
霧島・辰馬(断魔の業身・e44513)
豊間根・嘉久(オラトリオの零式忍者・e44620)
秋月・涼果(オラトリオのブラックウィザード・e45022)
鵤・道弘(チョークブレイカー・e45254)
ガートルード・コロネーション(地球人のワイルドブリンガー・e45615)

■リプレイ


 ねとりと纏わりつくワイルドスペースの空気。それは、樹脂を注いだ箱の中に沈められたような気味悪さがあった。
 長居をすれば現世の記憶を失い、存在を取り込まれて、この世界の住人として固定されてしまう。
 スノーボールの人形のように緩慢な動きで、永遠の死を演じ続けることになるだろう。
 暗雲が垂れ込めて辺りは薄暗い。これほど重い空気の中を、血煙を含んだ赤い風が、死臭を運んでくる。
(「何度も死を繰り返す……此処も同じような空間なのか」)
 豊間根・嘉久(オラトリオの零式忍者・e44620)はこのようなワイルドスぺ―スに潜るのは2度目だが、慣れるものではない。
 刃のぶつかる音のする方向へと急げば、地面は血河の如く、辺りには無残な屍が折り重なっていた。
 これは全て過去の光景。瀕死の、まだ微かな動きを見せる者も、全て残霊……過去の亡霊に等しいのだ。
 ガートルード・コロネーション(地球人のワイルドブリンガー・e45615)は残酷さに言葉を失う。
 このような悪趣味な世界を作り出す奴らに、決して負けるわけにはいかなかった。
 この世界に囚われてもがき苦しむ生者たちを、希望を失いかけても戦っている者たちをなんとしても救うのだ。
 血だまりを跳ねて、走る。
「今助けてやっからよ、くたばるんじゃねぇぞ!」
 失伝ジョブを持つ者、まして、同じ零式忍者と聞いては、鵤・道弘(チョークブレイカー・e45254)も自然と気合が入るというものだ。
「『ま、失伝ジョブとしての役目を果たさねえとな!』」
 ルナ・アークライト(沈黙の魔術師・e44450)の使い魔が、ゲヒャヒャ! と下品に笑った。実際は腹話術でルナ自身がしゃべっているのだが。

 里であった残骸を越えて駆け抜ければ、仮面の螺旋忍軍たちが3人の男たちを取り囲んでいるのを見つける。
 零式忍者たちはいずれも深手を負っていて、今にも斃れそうだった。螺旋忍軍は彼らを嬲り、じわじわと死に追いやろうとしているのだ。
「なんて奴らっ!」
 秋月・涼果(オラトリオのブラックウィザード・e45022)は卑怯な敵に、怒りを露わにする。
 誰よりも早く、道弘は戦場へ突進する。その後を追うように、ケルベロスたちは次々狩場へと飛び込んだ。
「救ってみせます……聖王女さま、私たちをお守りください!」
 天ヶ崎・芽依(オラトリオのパラディオン・e44129)の祈りは届くのだろうか。


 今回の狩猟もそろそろ終わりだと、螺旋忍軍は信じて疑わなかった。
 手裏剣を降らせてやれば、最も傷の深いガキがまず死ぬ。それから年寄りが毒で死に、最後に男は破裂して死ぬ。
 最早ルーチンワークともいえる狩りが、仮面のデウスエクスたちには愉悦で、嫌らしい忍び笑いを漏らす。
 一体が投げ上げた手裏剣が無数に分裂し、降り注ぐ。深手を負った少年に成す術なく、体中に刃が突き立つ……はずだった。
 弘道が、ガートルードが割って入り、手にした武器で手裏剣を払い弾き飛ばす。捌ききれないものは、その身で受け止めた。
「えっ……!?」
 見知らぬドラゴニアンと少女の出現に、少年は目を丸くした。
「遅くなってごめんなさい! 大丈夫、もうこの悪夢は終わる。終わらせる!」
「手ぇ貸しに来たぜ! まだいけるだろ?」
 螺旋手裏剣は芽依の施した疑似肉体でも防ぎきれていない。血が噴き出るのも構わず、道弘はそれを事も無げに抜き取って見せた。
「……誰だっ!?」
「なんだ貴様ら!?」
 螺旋忍軍と零式忍者たちが同時に誰何するもので、ルナのファミリアが爆笑した。
「何とか無事みたいだな。3対5じゃ分が悪いだろ、加勢するぜ」
 ティリル・フェニキア(死狂刃・e44448)は薄闇の中にルーンの輝きを帯びて笑う。
「加勢だと? そんなもの……あるはずが無いっ!」
 零式忍者の青年は、戸惑いながらも刃をケルベロスへ向けた。失意に身を蝕まれ始めていた零式忍者たちは、むしろ想定外の救援に警戒している。希望を持たせておいて突き落とす策略でないと、言い切れるものか。
「おっと、私たちは敵じゃない。これからの行動を持ってそれを証明しよう」
 そう言うなり、ティリルは螺旋忍軍へと先制の炎を放った。それは炎でありながら、冷たく凍えさせる。
 霧島・辰馬(断魔の業身・e44513)とて、外道を赦せないのは同じだ。
「ならば加勢しない理由にはならん!!」
 辰馬は跳躍する。如意棒に紅蓮の炎を宿し、勢いよく振り回した。炎が渦を巻いて螺旋忍軍を一まとめに焼き払う。
 必ず救う、その想いは涼果も負けてはいない。
 銀の矢の如く疾駆する。加速の加速を重ねての突撃は侮り切っていた螺旋忍軍を蹴散らし、突き飛ばし、混乱の極みに陥れた。
「こ、こいつらっ」
「慌てるな、陣を組み直すぞ……ぐわっ!?」
 間髪入れずに嘉久が解き放った混沌の波が、デウスエクスたちを飲み込んだ。残霊がワイルドの力に脅かされる、不可思議が起きていた。

 何が起きているのか、という疑問は零式忍者らも同じだった。
 届いている、彼らの攻撃が。何をしても叶わない、それが体の芯まで刷り込まれようとしていたこの時、怒りの炎が少しづつ消え始めていた今。世界がひっくり返ったかのような衝撃を覚えている。
「『アー、要するにこのゴミ虫共が死なないように気を付ければいいんだろ? ダメージ受けたらそっちに回復飛ばすから死なない程度に頑ばイッテェ!?』」
 道弘からルナ本体に教育指導のチョークが飛んで暴言停止させた。教師たるものチョークは常に持っている、多分。
「『チッ……大丈夫だって、俺ちゃんアシストも得意だから』」
 ぶつくさ言いながらも寂寞の調べを歌い上げる。アシストも得意、との言葉に嘘はなかった。
「ウム、よろしい」
 護りの整った様子を確認した道弘は、パイルバンカーを装着する。
「うぉらぁああ!」
 突進する。凍気纏う杭を螺旋忍軍に叩き込み、凍てつかせる。
「攻撃は食い止めるから、後ろに下がってて! みんなで生きて帰ろう!」
 ガートルードはオウガを纏い鋼の鬼と化し、拳で殴りつけている。
 仲間たちが食い止めている間に芽依は大自然の加護を求め、零式忍者たちの傷を癒した。
 外傷ばかりでなく、体内の毒までも消えていくのを感じて、初老の零式忍者は、改めて芽依に問う。
「お主らは、何者かのう?」
「遅くなってしまいごめんなさい……わたし達は、ケルベロス」
 『ケルベロス』。
 恐れに身を震わせて、それでも真っ直ぐなまなざしで、少女が告げるその呼び名は、零式忍者たちの魂を強く揺さぶった。
「もし私たちを信じてくれるならば、怒りをあの螺旋忍軍に向けてくれるならば。一緒に戦ってもらえませんか」
 少年は戸惑い、2人の年長者を見上げている。
 青年はなお警戒を解かない。
「元よりあれは敵。そして、助けられた借りは返さねばなるまいよ」
 終わらせると言う彼らの言葉が、その名が、消えかけた炎を燃えたたせたのは事実だったから、老境に差し掛かった最年長の忍者は、癒された脇腹をさすり、そう答えた。
 男の身体から噴き上がった怒りが雷光に変わる。その場に影だけを残し、雷となって飛んだ。
「師匠、無理しないでくださいよ!」
 芽依を残して、2人の零式忍者も後を追って走り出した。


 螺旋忍軍たちは、苛立っていた。もう一息のところで邪魔が入り、死に体の零式忍者まで意気上がっているのだ。
「どこから湧いたとも知れぬハエがっ!」
「『ゲヒャヒャヒャ! で、それがどーしたよ』」
 虫も殺せぬような愛らしい顔した少女のファミリアが大変下品に返した。
 螺旋忍軍は増えた敵ごと一気に殲滅せんと、怒涛の攻めを開始した。
 三体の忍びが邪魔な前衛に手裏剣を雨あられと降らせる。躱しきれない刃は皮膚を裂き肉を抉った。しかし、辰馬の飛ばしたドローンが軌道を読み、芽依らの施した疑似肉体で守られ、致命傷にはならない。
 一体が影のように忍び寄り、毒々しい色に染まった手裏剣で斬りつけた。辰馬は寸で避ける。
 その姿がぶれたかと思うと、螺旋忍軍の数が増えていく。
「援軍? どこから!?」
 慌てる涼果の両側から、何体にもぶれた螺旋忍軍が襲い掛かった。氷結の螺旋と衝撃が同時に襲った。
 よろめく涼果へ追い打ちをかけようとする螺旋忍軍。しかし、強烈な輝きがその目を眩ませる。ティリルの翼が輝き、聖なる光を放ったのだ。
「増えてない。分身して見せる術だろうぜ」
 断罪の光に焼き焦がされたデウスエクスが地面を転がり、苦悶する。やがて動かなくなったそれは、確かに一体だった。
「奴らは無敵なんかじゃない。私たちにも、君らにも倒す事の出来る敵なんだよ」
 ティリルの言葉に、少年は頷いた。
「黙れっ!!」
 螺旋忍軍が零式忍者たちを狙った手裏剣は、ガートルードと道弘が防いで届かせない。
 オウガを纏い鋼の鬼と化して、ガートルードは螺旋忍軍を殴りつける。
「みんなの力を貸して。その怒りを、私たちと一緒に……あいつ等にぶつけよう!」
 零式忍者たちに自分たちの力を見せて、同じことが出来るはずだと、呼びかけていた。
 嘉久の翼より、断罪の光が放たれ、螺旋忍軍たちの罪を焼き尽くす。闇に生きる螺旋忍軍に、その光はあまりに眩しい罰だった。
 熱傷を負って爛れた皮膚に、涼果の暗黒縛鎖が容赦なく絡みつき戒める。
 道弘のチェーンソー剣が唸り、捕縛された螺旋忍軍を文字通りズタズタに斬り刻んだのだった。
 今まで一方的に殺されるしかなかった螺旋忍軍に相手に攻撃し、押しているケルベロスたちを、零式忍者たちは瞠目して見守っていた。
「そう、わたし達はケルベロス! 神様だって倒せる存在です!」
 芽依が、希望の為に走り続ける者達の歌を高らかに歌う。
 流石に大げさだ、と青年は思う。だけどその歌のもたらす癒しは心地がいい。何より『ケルベロス』の響きは、なんと勇気を与えてくることか。
 そうだ。
 彼らを待っていたのだ。
 青年の身体から血が噴き出し、それを目の当たりにした芽依は小さく悲鳴を上げた。
 流れ落ちる血が禍々しく紋様を描く。彼自身の『力』だった。
「……我が怒りは尽きず」
 黒鉄の篭手を振り上げて、鉄爪をがちりと打ち鳴らす。
 少年は果敢に爪を振るって、螺旋忍軍へ攻撃を仕掛ける。いかにも未熟な体さばきで、軽くいなされる。反撃の掌が少年を捉える前に、青年忍者の刃が、螺旋忍軍を確かに斬り裂いた。
 傷付けたのは、螺旋忍軍の皮一枚。それでも、一歩さがらせて間合いを離すには充分だった。


 狩猟の時間だったはずだ。繰り返し虐殺する愉悦の世界だったはずだ。
 今や餌は一匹も殺せず、それどころか二体が消えた。コギト化ではなく、消えた。
 残った螺旋忍軍の間を、かつてない動揺が走った。
  一匹でもと自棄気味に突出する螺旋忍者に、ガートルードは組み付いて引き倒す。
 ――やっと気づいたか残霊ども。自分たちが何を敵に回したのかを。
 辰馬は、独楽の如く回転し螺旋忍軍へと襲い掛かった。忍軍の投げる手裏剣をものともせず弾き飛ばし、回転の勢いのまま、爪で引き裂く。
 ――その力は奴等の攻撃に耐える為のものではなかったはずだ。
 ――その怒りは、目の前の奴を倒す為に向けるべきものだ。
 螺旋忍軍に向けて、嘉久は己が武器『零式鉄爪』を向けた。ただそれだけで腕を引く。
 そんな彼をデウスエクスはコケ脅しと嘲笑った。しかし、その瞬間に攻撃は終わっていたのだ。
 忽ち全身を激痛が襲った。無数の仕込み針が雨のように毒のように。その全身に刺さり滲みこんでいたのだ。
「武器は、見た目だけじゃないと思え」
 痙攣する螺旋忍軍に背を向ける。
「『……無より来訪する虚空の雨よ、驟雨の如く撃ち付けよ』」
 それはルナ自身の声による詠唱。
「ヒッ……!?」
 縫い留められ、あるいは抑え込まれて動けない螺旋忍軍に、空から大量の虚空の槍が降り注いだ。破壊も防御も不可能なそれを、今の彼らに防げるはずもなかった。
 槍衾になった二体の螺旋忍軍を見下ろして、ルナはただ一言、告げる。
「『超完璧薄幸系美少女大魔導士様の大活躍だぜ! お前ら、崇め奉れ! ヒューヒュー!!』」
 なお、これは腹話術である。

 大勢は決しても、螺旋忍軍に降伏の文字はない。そのようにできているのだ。
「儂の、儂達の怨みは、この程度では収まらん……!」
 ここまでの行いを思えば、辰馬で無くとも慈悲などあるはずもない。
 ワイルドスペースで甚振られた、デウスエクスに殺された人々、彼自身の怒り。
 沸き上がる怒りを雷気に変えて、辰馬そのものが雷霆となってその拳を叩きつける。
 ――儂らの痛みを、怨みを、味わえ 。
 激しく打ち据えるその一撃の度に、雷光が迸った。
 無力な相手に成してきたことを、自分の身に返される。因果応報という物だ。
 涼果の痛烈な一撃が、最後の螺旋忍軍を捉えた。

 止めは、三人の零式忍者が成した。
 青年がその爪を振るった瞬間、何かが砕け、螺旋忍軍は消滅したのだった。


「さて、アレだけ啖呵を切っておいて申し訳ないが、あの忍者達は残霊だ」
「残霊……か」
 辰馬の言葉を、三人は素直に聞いている。過去に囚われるように細工がされていると言われても受け入れられるようだ。
「怒りを無限芝居に突きつけてやる必要は無いだろう? ……外の、もっと別の巨悪にぶつけてやるべきとは、思わないか」
「君らも私たちと同じ、奴らを倒す才がある。共に戦おう」
 ティリルが差し出す手を忍者たちは一人づつ取った。
 よく頑張ったなと涙ぐむ道弘。感情に素直なのである。
「敵を倒す側に回れるんだ、ちょいと協力しちゃくれねぇか?」
「そうだな。もう一度やってみようか」
 青年は、口調も態度も少し柔らかくなっているようだった。もしかしたら、本来は穏やかな性格なのかもしれない。
「『おら、グズグズしてんじゃねーぞ!』」
 ルナが促す。確かに、いつまでものんびりしていられない。
 初老の男は、こちらはうって変わって豪快に道弘の背を盛大に叩いた後肩を組む。
「脱出したら、生還祝いに、酒でも付き合ってもらおうか」
「爺ちゃん、飲み過ぎだよ」
 少年の口調も現代っ子のものに戻りつつある。
「うるせえ、お前も飲むんだぞ」
「おい、未成年に酒を勧めるな!」
「なんだお前教師みたいな口利きやがって」
「教師だ!!」
 道弘を中心に騒がしくも出口に急ぐ彼らをみつつ、青年は言う。
「今回は本当にありがとう。外に出たら改めて礼を言わせてくれ」
 芽依はにこりと笑って首を振る。彼女もかつて助けられた誰かへのお返しなのだ。
 皆、多かれ少なかれきっと。
「そうか。それならいつか、俺も誰かに返すとするよ」
 青年は、初めて笑顔を見せた。

 彼は、きっと自分たちの力強い仲間になるだろう。
 不思議な確信を抱いて、ケルベロスたちはワイルドスペースを脱出したのだった。

作者:黄秦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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