グアンの誕生日~鄙の家~

作者:五月町

●或るヘリオライダーの休日
 グアン・エケベリアは困っていた。
 老夫婦が慎ましく住まう民家に彼は間借りしていたのだが、ある日、そこに老夫婦の親戚筋が大勢集まるという。それ自体は別段困ったことでもなかった。老夫婦は残っていて構わないと言ってはくれたが、折角の血縁者の集まり、水の入らない方が良いだろうと考えた彼は、折角だからどこかのんびりできる場所に一泊してこようと考えた。それも中々に心浮き立つ考えだった。問題はその後である。
 どうせならより鄙びた、自然に近い場所がいい。今の仮住まいよりもいっそう古く、けれど羽を伸ばせる程には広く、昔ながらの設備で暮らせるような。囲炉裏に炬燵、土間には竈。食事は無論、自炊で構わない――。
 思いつくまま口にした条件に、丁度いいのがありますよと仲介業者はにっこり笑ったものだった。一棟貸しの古民家で、見せられた写真の雰囲気も良く、一泊の使用料も相応だったものだから、ではそれで、とその場で頷いてしまった。それがいけなかった。
 後日届いた書類には、家の詳細が記されていた。築六十年、所在は雪深い山奥の里。囲炉裏のある板の間が一つ、掘り炬燵のある板の間が一つ、異なる雪景色を望める畳敷きの部屋が二つ――そのいずれもが、軽く十畳を越える。
「………………広いな」
 大きな翼をよくよく伸ばしたとしても余りあるほど。一泊では使い切れぬほどに。
 ――そんな訳で、グアン・エケベリアは少しばかり困っていたのである。

●鄙の家に借り暮らし
「そういう事情でな。よかったらあんた方も羽を伸ばしに行かないか」
 36の誕生日を前にして、グアン・エケベリア(霜鱗のヘリオライダー・en0181)は頭を掻きながら、そう仲間達に誘いをかけた。
「その間取り一棟でそのお値段って、格安……っていうかもう破格だよね。すごくいい買い物じゃない?」
「かなりの山奥にあるからな。俺にはそれも好ましかったんだが、好き好んでそういう場所に行こうって奴はどうも珍しいらしい」
 ざっくりこのくらい、と片手の指で示された料金にきらり目を輝かせる茅森・幹(紅玉・en0226)に、ヘリオライダーは苦笑いで応えた。
「無論、あんた方から金を取ろうとは思っちゃいない。広い家だし、最低限の手は入っちゃいるが、ほぼ昔のままの造りだそうだからな。その辺りに少しなり興味を持ったら、自由に過ごしてくれりゃ何よりだと思ってるんだが」
 六十年の歳月とそこで過ごした人々の手が磨き上げた、しっとりと黒ずんだ床板。囲炉裏の煙に長年燻された柱や天井の木組みも黒みがかって、昼ひなかでもどこか影のある風情だという。
 とろりと溶けだしそうな分厚い硝子の古窓から望む外は、一面の雪景色。雪合戦やら雪遊びやらで駆け回るには充分だろうし、裏向きの一部屋の窓からは深山の木々と雪の織りなす景色が静かに見渡せる。
 土間の竈は無論現役で、囲炉裏には鉄鍋が吊られている。皆で賑やかに鍋を囲みながら話をするのも悪くない。食材は各自用意することになってはいるが、管理人が近くの小川に沈めておいてくれている仕掛けに掛かった魚は焼いて食べて構わないそうだ。家の裏手で雪に埋められ、甘くなった野菜類も自由にしていいという。
「ちょっとした田舎体験になりそうだね。だけどグアンくん、一人でのんびりしなくていいの?」
 そのつもりだったんでしょと窺う声に、牙の覗く口がおおらかに笑う。
「広くて静かな家に一人きりじゃ、かえって休まらん気がしてな。そうだな、田舎の親戚の家に遊びに行くような気分で、気楽に来てくれりゃ幸いだ」
 仕事以外にあんた方とゆっくり話す機会もそう多くないから――と、大幅な予定変更を心から愉しむ風に、グアンは眼を細めたのだった。


■リプレイ

●囲炉裏傍歓談
 それは和の趣を語る、故郷のような懐かしさを抱く家だった。不思議だと綻んで、ようやく思い出す寒さに身震いまで揃ったカラクレの仲間たちは思わず笑う。
 冷たい小川から引き上げた魚を捌く手際はご愛敬。心なし下がったヒノトの耳を、刻む大根の歌と朗らかな声が持ち上げる。
「雪の下で育った白菜は甘みがあるらしいよ」
「さすが司、詳しい! ならこの白菜も甘いんだろうなー」
「この人参も甘いだろうか。花型に切っておいたんだ。それと、しめじ。きのこは素晴らしいぞ。水炊きも良い。素晴らしい」
 司の手際とティノの器用さ──と止まらぬ鍋語りに敬意は惜しまず笑みも溢れて、
「どの食材もすごい美味しそうですな! ……と、小生は一っ走り仕留めてきた鹿と鴨を」
「えっ、自分で!? すげえ特技持ってるな!」
「道理でいないと思ったら……」
「現地調達とは。……恐れ入った」
 思いがけず知り得た秋津彦の特技と、豪華な獲物には喝采が。
「はあ……いつもよりずっと美味しく感じますぞ」
 炭火を囲み並ぶ笑顔と共に味わえば、一人ならありふれた水炊きの味も極上になる。秋津彦の振れる尾も止まらぬ程、仲間へ伝染っていく程に。
「こうして皆で食べるのは──」
「うん、よいものだな」
 競う箸に具材も乏しくなる頃には、寒さもとうに遥か彼方だ。
 次なる到着は飴屋の面々。稀な程の雪をやっとで抜けて、千歳が笑う。
「すごい雪だったわね」
「コレだけの雪は中々見ねぇよな」
「ええ。積もった雪を見ると……何故かしら、ほっとするのよね」
 風情あると頷くヒコも、不思議と訪れる安堵と懐古に綻ぶアリシスフェイルも、冷えた足は早々に囲炉裏の熱を求める。
「こんなに降ってるの見る事がないので、なんだか寒さも気にならないような……」
「痩せ我慢してねぇか?」
「やっぱり寒いです!」
 正直なカルナに笑い溢れた。日常に近く在りたいのはやはり、この温もり。
 歌うような千歳の声に鈴は跳ね、カルナの餅も焦げ目よく、アリシスフェイルは大瓶から溢れ落ちるヒコの栗に瞠る目を輝かせつつ鍋の番だ。
「お汁粉、もうそろそろ良さそうなのよ」
「それじゃ、今日の秘密兵器はこれよ」
「……ほぉ。ははぁ。此奴はまた面白い仕掛けを考えたもんだ」
 甘い魔法には感嘆と歓声。湯気の熱に消える様すら雪めくのは、白い綿菓子。目には甘くも味わいは宣言通りの控えめさ、浮かぶ栗も餅の焦げ目も品がよく、
「お祝い事にもばっちりね! とても贅沢に見えるのだわ」
「豪華な気分ですね。こんなお汁粉初めてですよ!」
 賑わいの席に思いがけぬ祝意の花。春待たず、甘く咲き匂う言葉も椀も嬉しくて、グアンは有難うなと眼を細めた。
 鉄瓶の魔法のかかった円やかなお茶をふうふう吹きながら、
「漆、老後は田舎暮らししたいって言ってたでしょ?」
 どうかな、と首を傾げるメリルディ。ここに猫さえいれば完璧な予行演習だ。ゆるり巡らせた凪いだ眼差しを、漆は穏やかにメリルディへ返す。
「ああ、確かに。老後はこういう静かな場所で過ごしたいものです……」
「ね。──うん、いい具合。ね、こうして食べると美味しいんだよ」
 蕩ける焼きマシュマロは一つはそのままに、もう一つはビスケットでサンドして。熱く、甘く、初めての味わいに漆が返すありがとうは、未来を兆すように暖かく緩んだ。

 囲炉裏傍の賑わいが外へと移った頃。柔い味わいの和風鍋に野趣溢れる炉端焼き、家では叶わぬ風情に朗らかに微笑むアウレリアは、亮の心の奥深く、願いを抱かせる。こうして二人、昔話のように年を重ねていけたなら。
 プロポーズみたいと染まる頬に否は唱えず手を取った。籠に鎖すことなく、手を引いて世界を共に。熱滲む囁きに、恋人も同じ温度で微笑む。いってらっしゃいとおかえりを、貴方へ贈りたいのだと。
「──傍に、居てね」
「ああ、ずっと君の傍に」
 感謝と幸いを重ね紡いで、これからもと誓う二人の発つ後に、火屋も覆いもなき屋内に燃える火に、不思議そうな二人が辿り着く。
 ベルノルトの傍らに招かれるまま収まれば身を包む熱は一層温く、息吹は思うままにあったかーい、と笑った。火の効用は熱のみになく、綻ぶ娘の顔を明るみに見つめた青年は、返る瞳の澄明に負けて逸らすのも先んじてしまう。
 この日二人だけの贅沢な熱も、持ち帰れないのは惜しまない。息吹が傍にいるからだ。
「伝わるのは体温のみではありません故」
「え? 体温以外に、何が……?」
 不思議そうな顔に気配だけを緩ませ、坐を立った。──冷たく澄んだ雪山と小川に、彼女をより喜ばすものを迎えに行こうと。
 丁度その頃、収穫を手に戻り来たのは男二人。捌くにも棒切れの二本で事は足り、サイガは高揚も顕わに川魚の串を仕上げた。焼けるを待たず差し出された酒をぐびり──途端に返る渋面に、キソラは思わず笑う。連れにはまだまだ倒すべき酒があるようだ。
「いやあ香ばしいお味で」
「それまだ生……まあいいか。串まで食うなよ、酔っ払い」
「食わねぇし酔ってねぇーよ!」
 酒気に蕩ける意識も、不便も手間をも愉しむ相方の横顔は確と捉える。
「もう永住すりゃいーのに?」
「ま、ホントのじーさんになったら考えるわ」
 熱に浮かび上がる遠い何時かに、揃って笑った。

 男前に男前と言われるのはどうも面映ゆいと笑いながら、グアンは和服の佇まいも堂に入る眠堂と坐を共にしていた。
 頃合いをくつりと歌う今日の鍋は有難くも人の手に拠るけれど、料理は好きだと問いに答えた男はただ、と口を濁した。
「ただ?」
「……電化製品が、どうも合わんらしくてな」
 壊した品の数々の列挙にからから笑う青年。その杯に仕返しを満たせば容赦ない返杯も返ったけれど、
「アンタにとって幸多き一年になりますように」
 注がれるのは酒の如く濁らぬ心。有難うを告げる口角も、自ずと上がろうというものだ。
 そこへ持ち込まれた雪下の野菜たちは、ラウルの手で温かな冬の醍醐味へ生まれ変わっていた。
「食べてみてね。お口に合うと嬉しいなっ」
「ラウルの作るメシはとびきりうめぇぞお?」
「む、言うだけあるな。これは旨い」
 待ちきれぬのも無理なき味。大きく頷いたグアンに青年は笑い、知り抜いた好みを盛り合わせてシズネの元へ。
「……あー、じんわりとあったまるなあ。オレの好きな、おめぇの優しい味だ」
 人心も時も染み付いた柱や梁の元、集っただろう家族にも似る温もり。解けゆく心をシズネの笑顔に感じながら、熱々の大根を頬張る。
 そんな対岸に、厳しい寒さを懐かしむ眼差しがある。フィストが重ね見る故郷は自分のそれよりなお寒そうで、ヴィクトルは不意に炎に翳された手を取った。
「お前さんの隣なら暖かいがな」
「!? ……わ、私の傍が、いいのか?」
「もう少し素直になった方が良い。例えば……」
「わ、わわ、こんな所で、バカ!」
 こんな時こそと抱き寄せる手に、フィストは熱を放つ。恥ずかしくも手放すのは惜しく、間近な温もりに身を任せた。

 一匹ずつでは不足と見立てた魚は思いの外多くなり、沈黙した釧は深く頷いた。この顔触れなら何とかなる。多分。
 危なげない包丁捌きの未明とクラレットの助けで、魚は無事串を打たれた山となる。
「まあ大丈夫だろう、育ち盛りだし」
「ご存じかと思うが私も食いしん坊ゆえ。多めにあっても問題なかろ」
 信を裏切らぬ乙女たちの頼もしさ。
「これが囲炉裏……」
「おーおー、良いねェいかにもな日本感」
 和風バーベキューのようと感嘆するダリル。影に身を置く慎ましさ、盛るでなく立つ炎の色に、これぞワビサビかとローデッドは眼を細めた。魚の山を目にすれば、野菜も少しばかりと雑ながらも確かな手並みで連ねていく。
 仕上がりは炎任せ。甘い野菜、塩のみの魚の旨みに目を瞠る未明に次を渡してやりながら、
「囲炉裏の味わいってヤツかね。悪くない」
 頬張る仲間を見渡せる車座も味の一つと笑う。
「食べたい者がいるなら、串係は任せておけ」
 流石の日本人、食後の蜜柑まで抜かりない釧を讃える拍手には、爆ぜる火も調子を合わすよう。
「蜜柑を焼くとは面妖な」
「味の想像がつきませんね……」
 興味津々の仲間に熱い湯呑みを手渡し、ダリルもそわり頃合いを待つ。けれど今日、彼らの企む祝いはその後だ。
 焦げ目香ばしい団子串に蕩けたマシュマロ串、縁結ぶ焼きむすびも脂滴る牛串も、彼らの愛すべき食いしん坊、クラレットの為。
 きっと食べ切れる。ここにも滲む未明の信に応えられたのか──顛末を知るは彼らのみ。

●賑わいの温熱
 軒先の風情を懐かしんでは深雪を掻いて、道が拓かれたなら次は土間。濃く香る甘酒の器はイーサンの冷えた指先に熱く、感覚が戻るのを待ち古い書の頁を繰った。──寒さはとうに彼方へと。
 炭の香を纏う鮭と獅子唐に、杯二つ。家屋の彩に馴染み微笑むシュゼットに誘われ、庭から上がったグアンは愉しげに杯を乾した。
 お前さんも呑める年かと相の杯に感じ入る声も、慎ましやかに誇る幽けき笑み声も、時折静謐に落ちる雪の家にふつと熱燈すよう。
「新しいこれからも温かきものでありますよう」
「互いにな。──それじゃあ手始めに一つ」
 交わす一献がまた、笑みと温もりを興す。その傍ら、吐息を溢す青年に並ぶ眼差しが向かった。
「道具も建物モ、一つ一つが優しい手触りのような……。美しい場所があるのですネ」
 賛嘆もまた美しく、人らしさを増すエトヴァに同感と頷いて、グアンは祝いと感謝に頬を掻いた。経験を血肉とした自身を誇れと歯を見せる。
 大切な人の為にと顕れた欲をその調子と励まし、共に土間へ行く。手掛ける和食はきっと、その誰かを綻ばすのだろうと信じて。
 そこへ硝子戸一枚隔て、ぱりりと届く声がある。
「トウ、はーやーく剥くのだぁあ!」
「はい、あーん……」
「藤、俺も欲しいなぁ、甘いのね?」
「もー、冥さん酸っぱいのも美味しいんだよ……」
 蜜柑一つに賑わうのも正月めいて、炬燵の誘う麗らかな眠気に漂いつつ、夜道は思い出と今を重ねる。
「孫共よ、おじいちゃんからお年玉だぞー」
「おれにお年玉? お年玉!?」
「おじーちゃんありがとーである!」
 十一に飛び付く双子ににこり、
「頂戴頂戴」
「ってかお前も集る気かよ冥!」
 予期せぬ大きな子らの要求には怪しげな茶封筒。
「お年玉にはこの装い、味気なくなぁい?」
 吹き出した夜道が彩る封には黒い犬、紅い花に羊と猫も忘れずに。手渡された冥も思わず破顔する。人真似でなく描いた絵に、和み見る景色が同じで嬉しい。
 羊は藤で猫は自分、 歌うように数えた楓はにやり、
「さておじーちゃんにお年玉であるー」
「俺からもおとーさんにお年玉ー」
「えっ、俺にも……?」
「おれは『孫の手料理を食べる権利券』をあげるね」
 他、肩たたき券(猫パンチ可)に夏は団扇で扇がれる券、早々に開封を企まれる珍しい煙草等々。
 吃るありがとうと顔に集う熱の責は煽る酒に押し付け、微笑む夜道に不器用に笑みかける。与う以上に貰った幸せを噛み締めて。

 わ、あったかい。
 潜り込ませた爪先を大きな掘り炬燵に預け、メロゥはぽふぽふと布団を叩いて蜂を誘った。花目指すように飛んできた友が傍らにとまったら、添う熱に瞳の蜜も蕩けがちになる。
 微睡みに差し出される枕の誘惑は心に留め、机上の蜜柑は籤引きのよう。甘い大吉に綻ぶ隣が酸っぱい顔なら、笑み零しつつ吉祥をお裾分け。──この季節は分かち合うものだ。
「……メロ、冬がだいすき」
「そうね、私も……」
 まだほんの少し苦手だけれど、この温もりと在れるのならば好ましい。
 竈の上の土鍋には、根菜とベーコンが頃合いもよく煮えていた。
 薄暗くも美しく馴染む家屋に炎は映え、揺れる色を眺めるだけであかりの時は経る。
「あなたのお祝いだよ。絶対美味しいに違いないって思ったんだ」
「こりゃあ旨そうだ。有難うな、あかりも一緒に食うだろう?」
「え、俺もいいの? やったー!」
 溜め込んだ甘味がふわり、湯気に溶ける。頬緩む幹とグアンに尖り耳を揺らして、真冬の食事が始まれば──今度はコンビーフにコンソメ、雪下キャベツの甘い香りがどこからとなく漂いだした。
 限りある食材に滲み出る、旨みの粋の最初の一杯に優しい祝詞が添う。その志を嬉しく受け取ったグアンの視線を辿り、ムジカは作る己の手を心配げに見守る市邨の眼差しに出会った。
 彼女の鍋も彼の手に拠る焼き魚も、互いの口許へ届け合えば心まで滲み渡る。温もり遠い季節に熱零れる隙もなく添えば、二人故に得られる想いは身に迫って、
「ムゥ、酒は如何が」
「ありがとう。ね、この先も一緒に──」
 雪見も花見も共に心潤すのなら君と。捧げられた杯に微笑み、熱を分かった。

 野菜を任され腕捲りの幹に声援を送りつつ、牡丹鍋の要たるスープにアラタは忙しい。
 踏み固めた土と染み付いた煤の匂い。人と火の紡ぐ気配こそ時のようと、知る筈の律に問えば、
「……そうですね」
 二十を数える年月と裡なる嵐に関わらず、体は記憶するまま竈を扱った。目眩く面影を色なく往なす青年の隣、幹は綺麗だねと視線を誘う。吹き込む息に安らぎの彩が躍っていた。
 淡々とした律の祝詞に隠る心を知る故に、グアンは破顔し杯を受ける。酒気に遠い二人も、
「アラタ達は鍋があるからな! グアンも元気をつけて、健康に過ごしてくれ」
「お前さんたち二人もな。宜しく頼む」
 翳ろいの家に子らの笑みは一層眩しい。その光にも鍋にも力分かたれ、一年が始まる。

●雪景の交わり
「恭志郎、来い」
 体を案じマフラーを巻いてやった優しい手が、力強く雪玉を握り込む。慣れぬ雪は冬真の声を弾ませ、けれど兄との供行きに心躍らせる弟はその上を行く。
「! ……しょーがないなー」
「おっと……、流石雪国っ子、手強いな!」
 掴む雪の下に野菜が顔を出した頃には、童心の二人を楽しき戦熱が包み込んでいた。
 雪だるまに礼を託して受け取った野菜は、
「……おっきりこみ作ろうと思うんですけど」
「おいしそうだ。俺も手伝おう」
 ──聞かぬ響きとその味が、後にグアンを喜ばせたことは言うまでもなく。
 雪庭の賑わいがふと遠く途切れた時、景臣は友と火鉢の熱の傍らにいた。時込めた籠の趣を見渡す銀の瞳。少年めいた好奇は、いいもんだねえと感じ入る男の吐息に変わる。
 興る炭の香と声になみなみ満たした杯を合わせた。喉から流れ落ちる温もりはとろりと身に融ける。安堵は遠退く戦の気配ゆえか、それとも添う友の与うものか。
 現の端に肩預け合い、夢に連れゆかれるその際に。ゼレフは尽きる言葉を惜しむように囁いた。
「……いい所だね」
「──ええ、そうですね」
 硝子の厚みに歪む雪白が意識に溶けた。肩の熱ただそれだけを世界に留める楔として。

 祝い酒を注ぐ慣れたる所作。深山の景に染む夜の瞳には、美しくも遠き棲処の残影が過るよう。
「斯様に優しい場所なのに、居てはならぬような──居所を違えているような気がしてね」
 温かいと評しながら呟く頬の白さに、事情には構いせず、グアンは拒ませんさとひそり笑った。
「今日ばかりは俺の宿だ。……お前さんは誰かをそう思う事があるかい」
 静かな笑みだけを返事とし、青年はこれをきりと他愛ない問いを紡ぐ。真白に降り積む雪と言の葉に人の幸を重ね見れば、冷えた眼差しも少し、温むよう。
 隣の一間には、遠い春の香の畳を敷き染む暖かな布団。一頻りはしゃいだ子らが、スケッチブックを覗き込む。
 白雪に残した今日のしるし、沢山の笑顔と囲んだ食事の美味しさ。火鉢の星もと強請るアリスティドに、カペルは赤い光の色を走らせる。
「先視のちからで、ぼくたちにしるべを掲げてくれる『いちばんぼし』へ!」
「みっつの星は『とっておき』のしるし! カンシャをこめて、エイコウをたたえよう!」
 大きな松笠と三つ星の勲章に眼を細め、男は少年たちを布団に転がした。誇りの礼に所望の通り、眠りへ誘う拙い物語を一つ聞かせよう。

 年の瀬を駆けた身を顧み、命の洗濯と意気込んで訪れた十郎は、透ける寒さを厭うことなく、雪景揺らす厚い硝子の傍に頬杖をつく。干し柿と茶があれば腹までも十全だ。
「……お前さんの尻尾は暖かそうだな」
「寒いの、苦手なのか?」
 手持ち無沙汰に触れる温みを羨むグアンに、丸まり猫の行火で熱を分けた。瞬いた赤い眼が愉しげに光る。
 貰い受けたその小さな熱に留まらない。外は雪綿被り寒々として、けれど半纏火鉢に掌中の焙じ茶、干し柿の彩と、熱与うものは限りない。
 向き合う一時に笑み、常は郷里の装いかと問う朝希にグアンは頷いた。時折の和装は趣味のものらしい。
「僕、グアンさんの事……もっと怖い方かと思ってました」
「おや、間違いだったか?」
「あなたとあなたのヘリオンが確かに運んでくれるから、遂たす事だけ考えていられるんです」
 人の悪い笑みには懸命の抗議。送る務めの確かさを心から信じる声はこそばゆくも、有難うと眼差しは細む。
 照れ隠しの雑な一撫でに、少年はひと度膨れてみせ──そして笑った。

 結ぶ絆も賑わいも、白の深山に埋もれゆくよう。
 沢山の熱を抱えて過ぎゆくその日の幸いに、グアンはゆるり、眼差しを伏せた。

作者:五月町 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月25日
難度:易しい
参加:50人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 6
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