●今は昔、大侵略期
市街地に落ちる月明かり。
ダモクレスに支配されてからは灯される事の無くなったガス灯が、闇を照らす事もできずにどこか心細げに整列している。
人の明かりの消えた街の中で、赤い光を灯したガラス玉のような複眼。
歪な金属棒がカチカチカチと音を立てて、石畳の上を金属の巨大蜘蛛が駆けてゆく。
その音に、小気味よいスチームを吐き出す音が重なった。
「それっ!」
蜘蛛の目前で手榴弾が弾けて冷気を撒き散らし、蜘蛛の足を一瞬凍りつかせる。
「アンタ達なんかに捕まる訳無いじゃない!」
べ、とあかんべをする少女。
跳ねる少女の姿はまるで踊るようにも、飛ぶようにも見えた。
足先で壁を蹴り上げて一気に壁を昇ると、踵に備え付けられた蒸気機関が白いスチームの息を吐く。
「首尾は上々ね」
呟いた彼女は、薄汚れた服に不釣り合いなほど磨き上げられた蒸気仕掛けの魔導機械『ガジェット』をガンケースに仕舞い込むと、マンホールの蓋を蹴り上げて跳ね上げ。身軽にその中に飛び込んだ。
「これで何とか食い繋げるわよね、……それに新しい服も手に入れたし」
彼女が大切そうに抱えているのは、食料品に日用品。
細く明かりを灯された下水道の中に響く足音は、どこか楽しげだ。
「ふふ、ミンナきっと喜ぶわっ、……とぉ?」
笑みを噛み殺した所で何かに足を引っ掛けて、彼女は荷物を取りこぼす。
「痛ぁっ、もう、誰よこんなトコロに……」
それは、人の首であった。
彼女は目を見開く。
カチ、カチ、カチ。
そうだ、この臭いは下水の臭いだけでは無い。
壊れたゴーレムに、血の臭い、千切れた肉。
これは今朝まで一緒にご飯を食べていた仲間たちの『中身』の臭いだ。
カチ、カチ、カチ。
巨大な機械の蜘蛛の複眼の光が、暗闇の中で一気に蠢いた。
「あ、ああああああ! ああああああああっ!」
少女は叫び、一目散に来た道を引き返す。
カチカチカチカチカチカチカチ。
追いかけてくる足音、幾つもの機械の足音が反響する。
誰も、誰も、誰も、生きてはいなかった。
何度目、何度目の光景だろう?
「誰か、誰か、誰か、助けて! 助けてよ!」
あの人達が居てくれれば!
「……あの人達、って誰よ……!」
デウスエクスに勝てる人が居る訳も無いのに。
●ヘリポート
「よう、集まってくれたか。どうだ、ケルベロス生活には慣れてきたか?」
レプス・リエヴルラパン(レプリカントのヘリオライダー・en0131)はケルベロス達に小さく頭を下げてから、ヘリオンを軽く撫でる。
「で、早速本題だが……。今回は先の戦争で得られた情報と、俺とコイツの予知で未だワイルドスペースに囚われたままの『ガジェッティア』を見つけたぞー」
『ポンペリポッサ』が用意した、特殊なワイルドスペース。
日本各地にいくつも存在するそのワイルドスペースの中は、『大侵略期のデウスエクスの残霊』が支配する世界で『大侵略期の悲劇』が繰り返し再現され続けている。
「今回救出を頼みたいガジェッティアも、自らを大侵略期の人間だと『誤認』させられているぞー。悲劇を繰り返し、心を折る事で絶望に染まった彼女を『反逆ケルベロス』として手駒にする事が敵サンの目的のようだ」
このまま放っておけば、彼女も『反逆ケルベロス』と化してしまうだろう。
「特殊なワイルドスペースに入れるのは、失伝ジョブを持つお前たちだけだ」
ここに集まったケルベロス達は、皆新人ばかり。
寓話六塔戦争で救出された『失伝ジョブ』のケルベロスや、その事によって突如『失伝ジョブ』に覚醒した者たちだ。
「もうお前たちは救われる側じゃない。……そうだろう、ケルベロスクン達?」
な、とレプスは首を傾ぎ。ウィンクをすると掌の上に資料を展開した。
彼女が閉じ込められているワイルドスペースは、過去の北欧の市街地のような場所だ。
ダモクレスに支配された町で生きて行く為に必要な物を盗み、レジスタンス活動をしていると『誤認』させられている。
「で。そのレジスタンス活動中に彼女の拠点が壊滅され、仲間は皆殺しにされていると言う訳なんだが……。お前達にはそれを阻止し、直接彼女に戦闘を見せることで『デウスエクスは倒せるもの』だという希望を与えて欲しいんだ」
直接戦闘を見せるために彼女が帰ってくるまで待つならば、かなり戦いを長引かせる必要がある。或いは彼女の居場所と拠点の場所は分かっている為、二手に分かれて彼女を迎えに行く事も選択肢となるであろう。
「戦闘場所となる下水道は、人々が生活しているだけあってそれなりのスペースが確保されている。魔法的な明かりが灯されていて戦闘の際に困る事は無いぞー。……人はまあまあ居るが、実際のデウスエクスよりも弱体化した残霊相手だ。奥まった場所に避難して貰えば守りきれるだろう」
この空間に居る者は救出対象のガジェッティアの彼女以外は、敵の3体の蜘蛛型ダモクレスも、拠点に居る他の人々も含めて全て残霊だ。
しかし、残霊とはいえ『誤認』させられている彼女からすれば大切な家族で仲間である。
絶望から救い、希望を与えるためには人々を護る事も必要となってくるだろう。
「ダモクレス共はかなり攻撃的で、レプリカントに似た攻撃方法で戦うぞー」
一息漏らし、資料を閉じたレプスはケルベロス達に向き直る。
「この悲劇は実際に起きた過去の悲劇が残霊と化したもののようだ。……でも、もう過去の悲劇はうんざりだろう? さあ、先に進ませてやろうぜ」
よろしくな、とレプスは笑って肩を竦めた。
参加者 | |
---|---|
絶龍・しいな(赤黒き風・e44078) |
黎薄・悠希(憑き物の妖剣士・e44084) |
レイナ・クレセント(古代の狭間・e44267) |
綿屋・雪(燠・e44511) |
九曜・彗(技能継ぎの少年竜・e44594) |
カグヤ・ローゼンクロイツ(赤い流れ星・e44924) |
アメージング・ファンタスティック(測定不能のすごいやつ・e44964) |
四方守・結(精神一到・e44968) |
●
きらきら光る魔力光。
「ここですね」
レイナ・クレセント(古代の狭間・e44267)が呟き、足を止めた。
「ここを守れば希望が見えるってわけだね」
「キラキラ光って不思議な感じですね、想像以上に快適そうな居住空間をアメは評価しますよ」
鎧を身に纏った絶龍・しいな(赤黒き風・e44078)がのんびりと周りを見渡し、アメージング・ファンタスティック(測定不能のすごいやつ・e44964)は頷く。
下水道に設えられたレジスタンス拠点には、蒸気を吐く道具が並び。
小綺麗に整えられた奥には入り口にカーテンの掛かった居住スペースが広がっている。
見た目だけで言えばアメージングの管理する、築35年のアパートよりも整っているかもしれない。
「大侵略期を再現したワイルドスペース……」
失われた魔導機械体系の手がかりが残っていないかしら、と瞳を細めたカグヤ・ローゼンクロイツ(赤い流れ星・e44924)の目の前に、ぴょこりと箒を持った小さなゴーレムが姿を表した。
「こ、これは……?」
失われてしまったであろう技術その物がよく見ればそこかしこに存在している。
「この子達が掃除しているのかしら」
黎薄・悠希(憑き物の妖剣士・e44084)が首を傾ぎもう一歩近づくと、蒸気を吐くゴーレム達は警戒した様子で箒を構えた。
「お前達は何者だ?」
居住区のカーテンの奥から響いた声。
恐怖と不信、警戒の交じる視線とガジェットの銃口がこちらを覗いていた。
「キミ達に害をなすモノが近づいている」
コツ、と靴音を響かせた四方守・結(精神一到・e44968)は端的に伝える。
結は決して口が上手くは無い。それは彼らを安心させる為では無い、ただの事実である。
カチカチ。
同時に響く金属音、敵の足音だ。
「――搦め捕られろ」
両手を交わす形でグラビティの糸をぐいと引いた結。
3匹の歪な巨大機械蜘蛛が、巣に囚えられた蝶の様にその場で藻掻く。
「ダモクレス……!?」
「ごめんなさいね。あなた達を守らせてもらうわよ。……そのまま奥でお願いするわね!」
闖入者に驚いた声を漏す彼達に声を掛けた悠希は、クロマの上から飛び降りガジェットより蒸気を吐く。
「守りきりますよ、アメは! みなさんはそこで見ていて下さいね、アメ達の活躍を!」
アメージングの縛霊手が展開。紙兵が殺到すると仲間を護る加護と化す。
機械蜘蛛が身体を軋ませて捩り、再び体勢を立て直すと身体を竦め。そびえ立つ砲台より、弾を雨の如く飛来させる。
「さて、あたしも何時になくマジにやってみるかな」
「ローゼンクロイツ戦場訓! 一つ! 盾を掲げよ、自分と友を守るために!」
しいなが笑みを深めてレジスタンス拠点と仲間を守る形で踏み込むと、カグヤが並びガードを上げた。
「魔導金属片よ! かの者に纏いて、守りを固めよ!」
自らの身で庇う2人へと、レイナがスチームの加護を重ね。
被弾しながらもしいなとカグヤは敵を押し返し、拠点へと突破しようとする蜘蛛達を押し止める。
「ふん、これくらい守れないようじゃ、ケルベロスなんて務まらないわよね!」
「全くであります!」
カグヤのヒールドローンが身体を癒やし、2人は武装を構え直した。
ダモクレスの攻撃に耐えきった人類が居る事に、唖然とした様子で言葉を失っている様子のカーテンの向こう。
「しいなさんの言う通り、ケルベロスとしてこのダモクレスの相手は私達が引き受けました」
彼らにも『希望』を与えるように、レイナは明るく笑んで言った。
彼らも、そして『彼女』もレイナと同じくガジェッティアだ。
――どうしても他人事には思えない。
「さて、持久戦。何処まで耐えられるかしらね」
ガジェットを片手に呟く悠希。瞳に少しだけ覗いた弱気の色。
「ばっちり合流まで耐えて見せましょう」
「……そうだね、耐えきらなきゃね。たった一人でも、生きているのだから」
レイナの言葉に悠希は強く頷き返す。
「グズグズしてると先に終わらせちゃうんだから。……気をつけてね、彗、雪」
エアシューズを滑らせて地を蹴り、カグヤは呟いた。
●
市街地に青い月光が降り注ぐ。
「ああ、みつけました」
彼女を追う予定だった敵とは、まだかち合ってはいないらしい。
食品棚とにらめっこしている少女の姿を確認すると、二人は商店の扉を開いた。
「お会いできてよかった」
鈴が転がる様な声音。
色のうつろう光翼を畳み、綿屋・雪(燠・e44511)の大きな兜がぺこりと揺れる。
「こんばんは、レディ。良い夜……とは言い難いけれど」
「……誰よアナタ達、ダモクレスでは無い様だけど」
九曜・彗(技能継ぎの少年竜・e44594)の挨拶にも、大切そうに食品を小脇に抱えたまま。ぴかぴかのガジェットを構えて、警戒の色を隠しもしない少女。
「ボクたちはケルベロス。君と同じ力でダモクレスを倒す者さ」
「わたしたちは、同じ拠点の出身ではありません。けれど、この世界にたくさんいる、あなたたちと想いを同じくする仲間です」
「ケルベロス? 他のレジスタンスのヒトって事? 確かに聞いた事がある気がするわね……」
胸の何処かで何かが支えるような感覚を覚えつつ。ともかく敵では無いようだ、と少女は胸を撫で下ろす。
「君の拠点が襲われてるんだ。今、ボクたちの仲間が戦ってる。君の力を貸してくれ!」
「いまならまだ、間に合います。一緒に拠点へもどりましょう」
「皆が襲われているの!?」
次いだ彗と雪の言葉には目を丸くして。彼女は翼を広げると文字通り飛び出そうと翔けた。
「皆を逃さなきゃ! 戦うなんて持つ訳ないのに……、アナタ達早く行くわよ!」
もう仲間が死ぬのはイヤだ。
何度も、何度も仲間が死ぬ所を見たような気がするのだ。
「はい、でも、少しだけ気をつけてゆきましょう」
血相を変えた彼女の後ろを追いながら、雪は大きな兜を揺らして言う。
「避けられる戦いは避けたいからね」
「……わ。わかってるわよぅ!」
ウンと頷いた彗に少女が少しだけ情けない声を漏らした。
急ぎながらも、安全第一。
三人は空へと飛び立つ。
パリピメイカー。
アメージングの描く絵は、鮮やかな青い空。
地下に有って皮肉なほどに美しい空は、仲間たちに加護を与える。
脚をドリルと化した蜘蛛が狙いを定める。
結は突っ込んできた額を鞘に収めたままの八獄で突き、鞘を支点に壁に描かれた空を蹴って跳ね避けた。
「おい、力を貸せ」
結の言葉に応じ、魂のエネルギーが力と化す。
受け流され、入れ替わりで踏み込んできた蜘蛛が胸部を発射口へと変形させ――。
「またせたね!」
そこへ飛び込んできたのは、重厚な金の機械箱より蒸気を吐き出す彗だ。
スチームを目眩ましに、万年筆から敵へと鈍びた金色の塗料をぶちまける。
「ぶじ、到着いたしました」
跳ねる塗料を避け、地面すれすれ超低空の踏み込みから雪の鋼の鬼の拳が叩きつけられ。
宙に浮いて、跳ね爆ぜながら強かに蜘蛛は壁に打ち据えられる。
「……えっ、え? 殴? 逃げなくて良いの!?」
皆を逃がす算段で来た少女は混乱した声だ。
「安心してくれ、拠点の人々は無事だ。今からこいつらが倒せる敵である事を証明しよう」
結が頷き、雪が彼女を護るように割り込み立ちはだかり言う。
「絶望をする必要なんてありません」
「来たわね。……ここからが本番よ、カグヤ」
独りごちるように、自らを鼓舞するようにカグヤは囁く。
「本格的に反撃開始ですよ!」
ぐっと腕を突き上げるとレイナは蒸気の加護を皆に与えた。
「私達の本気を、見せてあげましょう。あの子と、敵さんにね」
悠希は青い髪を揺らして、クロマの上で体勢を立て直す。
「見てなよー。もう狩られる側じゃないのさ」
しいながバスタードソードと喰霊刀を構えてバックステップを踏み、少女へウィンクを一つ投げかけた。
人懐こい仕草とは裏腹。その瞳はどす黒い狂気を秘めた漆黒の色。
そして敵に向き直ると怖気すら覚える表情で、にいと笑った。
「手始めに、これを御見舞してあげるわ!」
悠希は黎魂喰大刀の刃を抜くと、楽しげに飛び跳ねた。
五ノ刻、黎明。十七ノ刻、薄暮。始り、終わりの交わり、来たりて。
「――宵闇、瑠璃斬!」
黎魂喰大刀が鈍く光を照り返し、瑠璃色が溢れた。
●
がしゃん。
ケルベロス達の猛攻に、機械蜘蛛が壊れ落ちる。
「本当に倒しちゃうなんて……」
唖然と呟く少女。
「そりゃあ、私達はケルベロスだからね」
割れ跳ねてきたパーツを地に強引に叩きつけながら、しいなは答える。
「わたしたちにも、あなたにも、理不尽に抗うための、ちからがあるのです」
「アタシにも……?」
「あなたの力は古のものですが、あなたの生きる場所は過去ではありません」
雪が大きな兜を縦にコクリを揺らして頷き。
アメージングの言葉は、どこか頭の奥に熱を感じる。何か、思い出しそうで。
その瞬間。一気に敵が間合いを詰め、駆けた。
目を見開いた少女と敵の間に彗が割り入り。上げたガードの上から貫かれる彗の身体。
「レディが頑張ってるんだ、男が身体張らないでどうするのさってね」
軽口と共に。怯む事無く、彗は姿勢を制御しつつ少女を下がらせようとする。
「思い、だした」
彼の背の後ろで、少女は呆けた様に呟いた。
記憶に蘇る溢れる血、倒れた仲間。
ケルベロスの意味。
力があれば、有るのならば。
「もう誰も、誰も死なせはしない!」
彼女の掌を、背を。記憶の中で死した残霊が包み込む。
――力を、貸してくれるのね。
現代風の服に戻った少女がガジェットの引き金を引くと、グラビティが渦巻いた。
撃に機械蜘蛛は弾き飛ばされ、がりがりと地に線を引いて何とかその場に留まろうとする。
「アメは評価します。孤独に折れなかったあなたの強さを。おみごとです」
ぱちぱちとアメージングが手を叩いて賞賛する。
「死霊魔法発動、仲間を助けてあげて下さい!」
レイナがすかさず癒やしを重ね。
「そう、ケルベロスは人々を護る希望の刃なのでありますっ! 貴方はもう十分頑張りました。今度は我々が頑張る番であります!」
残霊が力を貸した様に見えた。
初めて見る技に一瞬目を瞬かせたカグヤだが、少女を下がらせる事を優先してアームドフォートを展開する。
「後は任せておいてよ、みんな出番だぜ! ボクの世界を見せてあげよう!」
彗の機械箱が小さな機械龍と変形し、彼は宙に万年筆を走らせる。
間合いを詰めて踏み込んだカグヤを補助する形で、彗の夢から生み出された彼らは敵の脚を止める。
「アタシの全てを懸けて、アンタを焼き尽くしてあげましょう!」
赤く赤く燃える。零距離からの砲撃。
「罪を重ねてきたこと、地獄で後悔なさい!」
「さぁ、最後だね!」
崩れ落ちる敵には視線を落とす事無く。
悠希は最後の一体の上げたガードごと魂を汚染する一撃を振るう。
「絶龍、我が血を啜りて」
ぼたり、としいなより血が零れ落ちた。走る激痛に眉根を顰める。
それは敵に攻撃された訳では無く、自らの変形した鎧により貫かれた傷だ。
「ここは未来に繋がらない場所。あなたが飛ぶにも狭すぎます」
少女に伝えるように、アメージングはやればできるという気持ちを強く強く。
拳に高まるグラビティ。
「帰りましょう。あなたが飛ぶべき空は、もっと青くて、広くて、楽しいのですから!」
「……咎を喰らいな!」
しいなの血液がグラビティの赤い龍の牙と化して蜘蛛へ殺到し。同時にアメージングは高まりきった感情を拳で叩き込む。
「あなたをかざる」
雪の凛と透る声。
空に溶ける冷気は、冥府深層のものだ。
降り頻る雪は深々と、切々と。雪の花は棘と化し、蜘蛛を彩る花となる。
「八獄、喰らって良いぞ」
抜き身の八獄を真っ直ぐに構えた結は、ただ真一文字に刃を振り抜いた。
最後の一体が魂を失ったかのように崩れ落ちる蜘蛛。
「守るってホント大変……よね」
喰霊刀の柄をぎゅっと握りしめたしいながぺたりとへたり込む。
奪われたのは血液だけでは無く、彼女の体力もだ。
「でも……あの子もケルベロスになるのかも、ね」
少しだけ、しいなは笑う。
●
「本当にお疲れ様!」
「でも外の世界の戦いは終わってないの」
悠希が労いの言葉を掛け、カグヤは少女と視線を真っ直ぐに交わした。
「もう一度頑張ってくれる? アタシ達と一緒にね」
「ええ、勿論よ!」
少女は強く頷く。
「拠点の人々に挨拶はしなくて良いのか?」
「いーのいーの、だってアタシは本当はここに居ない人なんでしょ?」
そのぐらいの時間はあるだろうと言った結に、少女は首を振る。
どこか我慢した様子に見え、彗は手を差し出した。
「ボクは九曜・彗。彗星の彗。――レディ、君の名前は?」
彼女がもう振り返らなくて良い様に。
「アタシは、……天目・なつみ、天の目であまのま、よ」
なつみはその手を取る。もう振り返らない様に。
前を見ると、アメージングの描いた空が目に入った。
地下にあってその空はとても鮮やかだ、けれど本物の空はもっと鮮やかに違い無いのだ。
「あれ、どうして」
何故か零れる涙。
拠点からこちらを伺っている気配を感じる彼らは残霊。もう本物の空を見る事は無い。
解りきった事に、何故か涙が止まらないのだ。
「本当に最後だ、意地を張らなくて良い」
なつみへと振り返る事も無く、先を行く結は再び声を掛けた。
「……っ」
息を飲み、頷き。
「みんな、ありがとう! なつみ、行ってきますッ!」
振り返るのは本当にこれで最後。彗の手をぎゅっと握って、涙声で叫ぶなつみ。
蒸気のゴーレムがぴょんと跳ねて、残霊達が手を振る。
何度も、何度も。伸ばした手が届かなかった事は悲しかったであろう。
その悲しみを繰り返さない為に、悲しむだけでは終わらないように。
「だいじょうぶです。背筋をのばして、前をみて」
彼女はだからこそ、諦めなかったのであろう。
「このかなしみは、ここでおわり。広いそらをみにゆきましょう」
貴方は諦めなかった。
絶望は、ほどとおく。
「うんっ」
雪のよく透る声に、なつみは鼻声で答える。
肩を竦めた結。強く握られた掌に、背けた顔で実は超赤面している彗。
「さーて、あたし達も取り込まれない内に早く脱出しなきゃねー」
ふらふらと疲れきった様子のしいなが喰霊刀を杖に立ち上がり、少女の背をぽんぽんと叩く。
ついでに彗の背もばあんと叩いた。
「あなた方も、とてもがんばりました」
残霊の皆に感謝を捧げ、ぴかぴかの笑顔でアメージングは呟いた。
「きっちり任務遂行です!」
大団円。
それが、アメージングの描く物語のお約束。
ハッピーエンドが一番なのだ。
「この先は自らで切り開く未来。どんな未来が待っているのか楽しみですね」
レイナが微笑んで、外へと歩み出す。
新たな希望と仲間を持って、ケルベロス達は本物の空の下へと帰るのだ。
作者:絲上ゆいこ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年1月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 5
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