病魔根絶計画~パラダイス・ロスト

作者:藍鳶カナン

●パラダイス・ロスト
 その珈琲専門店はまさしく楽園だった。
 店長である香坂・ユズルが『怪異化症候群』を発症し、病院に収容されるまでは。
 彼の店に勤める青年は携帯端末に表示した画像を見つめて、眦に滲んだ涙を拭う。画面に映るのは店のカウンター内でユズルと青年が笑っている写真。
「整いすぎて冷たく見えちゃう美貌って店長みたいなのを言うんすよねぇ……でも」
 笑うと途端に表情が甘く崩れる様が何とも温かくて愛嬌たっぷりで、経営者として辣腕を揮う姿と来店客に気さくに接客する姿のギャップもまた彼の魅力だった。
 店員達はもちろん、常連客達もユズルを慕っているのだが、彼は今、とても店に立てない状態にある。青年は携帯端末を懐に隠し、端末から繋いだ小型スピーカーだけを手に病室へ足を踏み入れた。
 広さは充分にある。
 けれど、閉塞感に満ちた空間だった。
 窓も鏡もテレビも無い。患者の姿が映り込む可能性のあるもの全てが一切合切排除されているのだ。青年が携帯端末を隠したのもそのため。
 怪異化症候群――ユズルが発症したこの病は全身を醜悪な怪物の如く変貌させる奇病で、彼の場合は全身が灰色の泥のようになってしまった。元の容姿が優れていただけに今の姿はなおさら痛々しく、ユズル自身も己の姿に強い嫌悪を抱いているのだ。
 毛布を被ってベッドの隅で身を縮める彼に、青年はそっと呼びかける。
「店長……お客さん達が是非メッセージを伝えたいって言ってくれたんすよ」
 聴いてあげてほしいっす、と青年はメッセージを再生した。
 流れだすのはユズルを気遣い、帰りを待つ声ばかり。
『珈琲の淹れ方教えてくれるって約束したよね店長! ずっと楽しみにしてるから!!』
『帰って来るの待ってるよ! 初めてできたあたしの彼氏ね、店長に紹介したいから!』
『店長に愚痴聴いてもらうのが俺の癒しだった、ってうちの旦那が泣いちゃって……!』
『戻ってきておくれ、わしゃあもう一度店長の珈琲飲むまで死んでも死にきれんのじゃ』
 老若男女のいくつもの、彼を慕う声。
 人型の泥の姿に成り果てたユズルは、辛うじて眼窩とわかる部分から涙を溢れさせた。
 泥濘にぽっかり空いた穴のような口で言葉を絞りだす。
「君も、お客さん達も本当に優しいね……。私もすぐにでも帰りたいよ。けど――」
 ――こんな姿で、店に立てるはずがない!!

●病魔根絶計画
 怪異化症候群。
 この病は、命に関わるものではない。
「けど、患者さんは普通の社会生活に戻れなくなるよね。発症のメカニズムも治療法も不明ってことで早急な対処が求められてたんだけど、今回、この怪異化症候群を根絶する準備が整ったんだ。――つまり、あなた達に病魔の撃破をお願いしたいって話」
 天堂・遥夏(ブルーヘリオライダー・en0232)はケルベロス達にそう告げて、狼の尻尾をぱたりと揺らした。
 患者達は現在とある大病院に集められている。
 この中でも特に強力な重症患者達の病魔を召喚し一斉に撃破する。これによりその患者を全快させるだけでなく、怪異化症候群という病そのものを世界から根絶する作戦だ。
「病魔1体ごとに1チームが当たる作戦でね、あなた達に担当してもらうのは珈琲専門店を営んでる香坂・ユズルさんって患者さん。万一ユズルさんの病魔を倒せなかった場合、彼を治療できないだけじゃなく、病気の根絶自体が失敗しちゃうから、絶対に、撃破して」
 この病魔が揮うのは、相手の生命力を奪う打撃に、魔法毒を帯びた叫びと、自己回復。
「ドレインとヒールを使ってくるからね、戦いが長引くかもしれない。けど、戦う前にこの病魔への『個別耐性』を得られたなら、病魔から受けるダメージを軽減できる。かなり戦いやすくなると思うよ」
 個別耐性は、慰問などで患者を元気づけることよって一時的に得ることができる。
 今回の担当患者、香坂・ユズルの場合は、
「姿の変貌が辛いのは勿論だけど、一番精神的にしんどいのは店に出られないってことだと思うんだよね。あれだけお客さんに慕われてるってことは、お客さんと話したりお客さんに店で幸せな時間をすごしてもらうのが好きで堪らない店長さんなんだろうから」
 だから、場所はユズルの病室になるけれど――そこで、彼の店でのもののような、幸せな珈琲タイムを演出してみせるのはどうかな、と遥夏は続けた。
「もう主治医の許可は取って、幾つかの準備は手配してる。珈琲を淹れるための道具とか、彼の店のテーブルセットとかを病室に入れることができるから、そこで、ユズルさんの店で一番人気の珈琲をみんなで楽しんであげられたら、彼の気持ちも明るくなるかなって」
 彼の店で最も人気があるのは、『楽園』と名付けられたオリジナルブレンド。
 甘く華やかなチョコレートを思わす香りに、芳醇なコクと甘さがまろやかに後引く余韻、そして、南国の果実めいた酸味が絶妙なハーモニーを奏でる逸品だとか。
 ユズル自身は全身の変貌のため巧く道具を扱えない。
 ゆえに珈琲はケルベロスが淹れることになるが、それでも、彼の自信作たる珈琲の香りの中で、温かな話や楽しい話をしたり、必ず病魔を倒して病気を治してみせる、と彼を力強く励ましたりできたなら、きっと。
「命はかかってないけど、負けられない戦いになる。でも勿論、あなた達なら確実に勝って来てくれる。そうだよね?」
 挑むような笑みに確たる信を乗せて、遥夏はケルベロス達にヘリオンの扉を開く。
 さあ、空を翔けていこうか。楽園を失った者達を、再び楽園へと還すために。


参加者
月織・宿利(ツクヨミ・e01366)
ミルラ・コンミフォラ(翠の魔女・e03579)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
紗神・炯介(白き獣・e09948)
羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)
斑鳩・朝樹(時つ鳥・e23026)
ヴィルト・クノッヘン(骨唄葬花・e29598)

■リプレイ

●楽園再生
 ――地の底に堕ちたかのごとく物悲しい部屋。
 照明も空調も程好く柔らかに行き届いたこの空間で斑鳩・朝樹(時つ鳥・e23026)がそう感じたのは、窓や鏡が排除されていることよりも何よりも、怪異化症候群を発症した香坂・ユズルの深い絶望の淵を覗いた心地がしたから。
 なれば、地の底へも曙光を届けるまで。
「貴方を楽園から追放した病を、必ず根絶させます」
「病が奪ったモン、全部取り返そうな。香坂の旦那」
「……本当に、治るんだよね?」
 灰色の泥人形めいた姿のユズル、彼の眼窩を明けの光燈す双眸でまっすぐ見つめた朝樹の言の葉に続き、病魔討伐までの手順を語ったヴィルト・クノッヘン(骨唄葬花・e29598)がぽんとユズルの肩へ手を置いて、ばっちりだぜぃと請け合った。
 二人が彼と相対するうちに紗神・炯介(白き獣・e09948)やカルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)達が運び入れたのは、明るい飴色に艶めくウッドテーブルのセット。優しい木目がユズルの店の暖かさを伝えるようなテーブル、その揃いのチェアへと羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)が同じく店で使われているクッションを置いて、
「こんにちは、ユズル。貴方の珈琲を楽しみにして来たよ」
 馴染み客が休日の散歩中に彼の店へ立ち寄った――そんな風情で穏やかに笑んだ普段着のミルラ・コンミフォラ(翠の魔女・e03579)が雪白と草木緑のマフラーをチェアの背凭れにふわりと掛けたなら、怪異化で分かりづらいがユズルの表情が綻んだ。
「……嬉しいな。店に戻れたみたいだ」
「良かった! 素敵な珈琲タイムを過ごしましょうね」
 ――ユズルさん、美味しい淹れ方を教えて頂けますか?
 屈託ない笑みを咲かせた月織・宿利(ツクヨミ・e01366)の声で始まる珈琲講座……の、前に。電気ケトルの湯を満たしたポットやネルドリップの珈琲を受けるサーバーには覆いを掛けたけれど、理科の実験器具みたいにカルナをわくわくさせるサイフォンは。
「加熱してる間も覆ってるとカバーが焼けそうですよね……」
「ユズルさんが映らないよう遠ざける、というのも難しいでしょうか」
「何かの拍子に見てしまうかもしれないしね。遠ざけるより……そうだ、ラウル君達の」
「ん? 俺のルネッタと宿利の成親かな?」
 思案顔のカルナと紺に頷いた炯介が、ラウル・フェルディナンド(缺星・e01243)の腕に抱かれたウイングキャットと宿利の足元に伏せていたオルトロスをちょいちょい手招きし、椅子の上にきちんとおすわりした白わんこ成親、その頭に白にゃんこルネッタが乗り、翼をぱたり広げれば――ユズルからサイフォンを隠すもふもふ衝立のできあがり!
 眼前のかわいこちゃん達を見て、厚い泥のミトンみたいな自分の手を見下ろしたユズルがおずおずと口を開く。
「……撫でさせてもらっても、いい、かな?」
「「勿論!!」」
 途端、打てば響くよう重なったラウルと宿利の声に続いて、皆の笑みも弾けて咲いた。
 アラブのジャスミン、月桂樹の葉――。
 18世紀フランスで謳われた言葉を聴けば、純白の小花も香りもジャスミンに似るというコーヒーの花に艶やかな緑の葉、そして鮮やかに熟するコーヒーチェリーが胸に描かれる。朝樹の手許で手挽きミルが唄えば溢れだす焙煎豆の香りは、甘く香ばしくエキゾチックで、それでいて。
「僕は茶の道に在りますから、珈琲には馴染みがないのですが……」
「うん、僕も紅茶やハーブティーの方が馴染み深いけど、この珈琲の香りも――」
 暖かな家に帰って、ほっと寛ぐような心地にさせてくれるね。
 彼に眦を緩めてミルラが応えれば、お湯の熱で更に香気が花開く。
 湯温に蒸らしにネルへの湯の注ぎ方、技巧的なアドバイスに続く『自分がときめく素敵な道具を使うのも大事だよ』なんて茶目っ気まじりの助言に宿利が笑みを零し、
「確かに、プラスチックよりも綺麗な銅製のメジャースプーンで粉を計る方が美味しそう」
「ですね。サイフォンでお湯がこぽこぽするの見てるだけでも胸が美味しさいっぱいです」
 丸いフラスコから珈琲粉の待つ漏斗へ昇りきた湯をカルナが掻き混ぜ、実は珈琲の香りが堪らなく好きだけど苦いのが苦手で、と告白すれば、苦さ控えめなグァテマラ産のいい豆を入荷したとこだよとユズルが商売っ気も覗かせながら、苦味の少ない豆や焙煎法を選ぶのもアリだけど、普段ペーパーならネルドリップにするだけでも大分まろやかさが変わるよ、と笑う。泥人形めく顔でも、確かに分かる笑み。
 釣られてヴィルトが破顔した。
「商売人で職人だねぃ、旦那。そんな旦那の自信作、じっくり楽しませてもらうな」
 皆が大切に淹れたユズルのオリジナルブレンド――『楽園』。
 温かな珈琲の香りを次々咲かせていく紙コップには朝樹が和紙の飾り折りで蝶や鳥や花も咲かせ、雅な断熱スリーブを纏い飲み口つきの蓋をした決して映り込みのない杯を、そっと炯介がユズルに手渡した。何かあればさりげなく介助するつもりで、けれど彼の病など無いかのように、ごく自然に。
「さあどうぞ、ユズルさん。君の、楽園だよ」
「ありがとう。……うん、美味しい」
 大事に味わった彼が幸せな笑みを零せば、紺も安堵の吐息と笑みを咲かせた。
「私もユズルさんの楽園、いただきますね」
 器具類が手早く片付けられたテーブルを賑わすのは皆が持ち寄った菓子。チョコレートにショコラマカロン、クッキーにマドレーヌにビスコッティ、どれも珈琲との相性ばっちりとユズルから太鼓判。
 友人達と味わったカプチーノと焼きたてのビスコッティ、ミルラが語る風の港たる店での思い出に是非その店を紹介して欲しいと身を乗り出しつつ、ユズルが敢えてこの『楽園』の一番を挙げるなら、と告げたのは。
「チョコレート。華やかな酸味のものがあれば、是非一緒に味わってみて」
 甘やかな『楽園』の香りは確かにチョコレートを思わせる。
 胸いっぱいに香りを満たしてチョコレートを齧り、温かな珈琲を含めば――二つの酸味が融け合い咲き誇り、芳醇なコクも甘味も苦味さえ酸味に誘われまろやかに広がった。後引く余韻の快感ときたら、もう。
「わ、あ……! 本当に『楽園』ね……!」
「ええ。南国の果実から生まれたもの同士、納得の好相性ですね」
「美味しいです……! ユズルさんのお店ではどんなお菓子を出してるのですか?」
 瞳を輝かせた宿利と視線が重なれば朝樹も満たされた笑みを浮かべ、カルナが興味津々に訊ねたなら、冬の人気は濃厚なベイクドチーズケーキにガトーショコラ、そして苺大福と。
「苺大福ですか!?」
 思わぬ答えに紺の声も跳ねた。意外に合うんだよと笑う彼に菓子作りのコツやこだわりを聴きたいと願えば、ユズルは「実はね」と紡ぎ、
「製菓学校出身の店員がいてね、その子に任せてる」
「ああそりゃ間違いねェや!」
「大正解だよね。いいなぁ、店員さんを心から信頼してる店長さん」
 彼が続けた言葉にヴィルトが呵々と笑って、柔らかな笑みを綻ばせたラウルは炯介提供のにゃんこクッキーに瞳を細めて一齧り。幻のと冠された極上の珈琲豆を買い付けにパナマへ飛んだ話も、秋にどんぐり拾いツアーを企画し常連客達と一緒にどんぐりコーヒーを作った話も、ユズルの話はいずれもラウルの胸に幸せな彩りを燈してくれた。
 ――君は……珈琲とそこから生まれる縁が、本当に大好きなんだね。
 美味しい幸せに巡り逢わせてくれてありがとう、とラウルはまっすぐ告げて、
「ユズルが今一度大好きな珈琲に触れられる様に、病魔を倒すと誓うよ」
「そう、大丈夫。君の病魔は僕達が倒す」
 彼に続き炯介も穏やかな声音で言い切った。不治の病を抱えたユズルと向き合えば致死の病を抱えていた愛し子を重ねずにはおれない。けれど、命の絆で結ばれたあの子は、いつも笑っていたから。
「だから、治るよ。絶対。安心して」
 倣うよう微笑み、確かな言葉で励ませば、ユズルの眼窩から涙が滲んだ。
「……よろしく、お願いします」

●楽園回帰
 準備は完璧に調った。
 施術黒衣を纏えば、病魔と対峙する緊張もひたりとミルラの肌に触れるよう。
 過去の記憶が怖れを呼び覚ますけれど、お願いしますねと同業たる朝樹の手がそっと手に触れ、自身も逆の手を握り込めば、左胸に燈る翠の炎が勇気を補ってくれる。
「香坂の旦那、ちぃと目ェ瞑っててくれな」
 即座に移動できるようヴィルトが備えたストレッチャー、その上に横たえられたユズルの手に、ミルラは医の魔法を燈した己が手を伸ばす。
 誰かを安らげ癒やす、彼も僕とは違う形の癒し手だ。
「その手が再び皆をあたためられるよう――貴方は必ず、『俺』達が治す!」
 決然たる声音が響いた瞬間、病魔『怪異化症候群』が顕現した。
 虚ろな眼窩から血を流して哂う異形、眼球が蠢くその掌が手近なヴィルトに向くが、
「させると思ったら大間違いだぜ!」
「ええ、行って! ヴィルトくん!」
「おうよ。皆、ここは任せたぜェ!」
 刹那の目配せだけで読める互いの挙動、病魔と仲間を裂くよう跳び込んだラウルが白金の流星と化して敵を急襲、瞳にも声音にも苛烈な戦意を覗かせれば、
 ――華よ、散るらん。
 衝撃に後退る病魔へ瞬時に肉薄した宿利が真白き刃を一閃、敵の喉元を裂いた主の剣筋を追ったオルトロスの眼差しが炎の華を咲かす。舞い散る火の粉に微笑して、鬼さんこちらとばかりに派手に敵側面へ躍り込んだ朝樹が投射するのは極小の星。
 爆ぜればそれは敵の体内へ圧倒的な量の殺神ウイルスを拡散させ、
「病魔へ病をぶつけるとは皮肉で愉快、凶つ癒しの力を削ぎましょう」
「目には目を、病には病を、か。確かにこれは痛快だね」
 軽口で応じた炯介が蹴り込む幸運の星が病魔の衣を破り深々と腹部を抉れば、ヴィルトが迅速にユズルを運び出した扉を背に護るよう陣取ったカルナが好機に笑み、
「穿て、幻魔の剣よ」
 詠唱と同時、不可視の魔剣が高圧の魔力で敵を貫いた。
「流石ですね、皆さん……!」
 病魔召喚からここまで僅か二十秒。自身も神速の稲妻で病魔を捉えつつ、紺は確信する。
 この仲間達と戦えるなら――事前に聴いたような長い戦いには、ならない。
『――……!!』
 大きな病室全体を震わせる病魔の叫び、悍ましい毒を齎す怨嗟の声から攻撃手達を護ったラウルと宿利は互いの心を掠めるように笑み交わす。
「デカい一撃が来れば俺が引き受けるぜ!」
「あら。私だって、護りたいのよ」
 肩を並べる大切な友を、そして、皆を。
 誰かが苦しい想いをしたりしないように。
 重なるのは想いのみならず、ミルラが降らす浄めの雨に癒され翼猫の羽ばたきを追い風に二人の魔力が病魔へ凝る。不意打ちめく爆破の連鎖は敵の力を削ぐもの、皆の士気の高さと敵の力に抗し得る仲間の技と防具、そしてユズルとの時間で得た耐性があれば、ミルラにも怖れるものなど無い。
「どんな痛撃が来ても俺が癒しきる! だから皆は攻め続けてくれ!」
「勿論! 頼りにさせてもらいますね!!」
 仲間に全幅の信頼を寄せたカルナが仕掛ける全力の猛攻、病魔も激烈な殴打で反撃するが魔法の風を操るミルラが木の葉を舞わせれば痛みもたちまち霧散する。
「香坂の旦那は大丈夫たぜぃ! どうでぃ、こっちは!?」
「全く問題ありません。ヴィルトさんも揃ったなら、決着も間近でしょうね」
 避難先もそこまでの経路も万全、最少のタイムロスで戻りきた仲間に余裕の笑みで応じ、朝樹が差し向けた御業が幾重にも病魔を鷲掴みにすれば、間髪を容れずヴィルトが奔らせた蔓草も敵をぐるぐるぐるりと縛りあげた。
「その隙、もらったよ」
 絶好の機を掴んだ炯介が解き放つのは、世界で唯ひとり彼のみが揮える力。
 ――ここだよ。
 青白き炎に悪魔の角も翼も尾も己のすべてさえ融かし、ふつりと消えたと見えた刹那には敵の至近で振り上げた紳士用ステッキで優雅な見た目に反する暴威を叩き込む。
 自陣の最高火力、絶大な痛撃が病魔の半身を潰せば相手はたまらず己が力を自己回復へと向けたが、胸からぞろりと生えた新たな腕は神殺しのウイルスで半ばから壊死してぼろりと崩れ、即座に象牙の銃把を握り込んだラウルの銃撃と、併せて踏み込んだ宿利の凛冽な刃の一閃がともに豊富なグラビティ・チェインを純然たる力と成した破魔となって襲いかかり、
 ――おいで、ヨクル・フロスティ。
 氷花の香に癒し手の破魔も纏ったミルラの雪妖精が幻想を揮えば、敵が得た破剣どころか癒しで取り戻した以上の命も砕けて散った。
「順調だねぃ、このまま一気に決めちまうとするか!」
「はい! 一秒でも速く、ユズルさんの幸せを取り戻します!」
 病が奪ったものは彼本人のみならず、周囲のひとびとの想いや時間もだ。それらすべてを奪還する気迫でヴィルトが凍結光線を迸らせれば、力強く頷いた紺も続く。病魔への敵意と戦意、ユズルの前では封じていた剣呑さも全開に、紺は詠唱を紡ぎあげた。
「消え去りなさい、あなたの世界は終わりです」
 爆ぜるのは無数の夜色、数え切れない弾丸のごとき影がひとつ残らず敵を捉えて貫いて、確たる追撃も決まれば、明けの瞳を細めた朝樹も己が術を織りあげる。ユズルが本来の姿を取り戻せば、彼の双眸にも再び輝かしい陽が射すだろう。窓へ、その外の世界へ瞳を向ける気持ちになれたらきっと、久しぶりに眺める世界は生まれたての楽園のように彼の瞳に映るはずだから。
 そのために、
「醜悪な妖には過ぎた餞ですが、紅き幻想で葬送を」
「ええ、彼岸に送りましょう。この地球上に、『怪異化症候群』の居場所などありません」
 唇が引くは笑み、紡ぐは葬送の詞。朝樹の言の葉に導かれた薄紅の霧が病魔を捉え、霞の檻を幾重にも織り成せば、美しき紅霞の裡へカルナが迷わず馳せた。
 音もなく躍り込むのは敵の懐、
 ――きっと病魔を倒しますから、どうかユズルさんも希望を捨てないで。
 仲間達がより強固な意志で絶対の確約を贈っていたから、カルナは自身の言葉をユズルに伝えそびれてしまったけれど、彼とて必ず病魔を仕留める決意でここへ来た。
 病で涙を流すひとを、これ以上増やさないために。
 高速演算の解などとうに把握済み、敵の喉元へ容赦ない痛撃を叩き込んだなら、『怪異化症候群』が粉微塵になって、何ひとつ残さず消え果てる。
「撃破! できたね……!!」
 歓喜一色の宿利の声を皮切りに、皆の歓声もわっと咲いた。わんこもにゃんこも。
 さあ、ユズルのもとへいこう。取り戻した本当の笑顔できっと彼が迎えてくれる。
 今すぐそこで。
 そしていずれ機会があれば――彼や彼を想うひと達が還りついた、至福の楽園で。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月24日
難度:やや易
参加:8人
結果:成功!
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