●
「うう、ううう……」
「大丈夫ですよ、ここだったら安全ですからね」
土蔵籠りの少年は、高熱を出して行き倒れていた娘をその土蔵の外で拾った。放っておけなかったのだ。雨の中あそこに放り出しておけば、きっとそのまま死んでいただろう。
「どう? 気が付いた?」
「ううん、まだみたい」
少年の傍にもう一人少年、そして少女が座る。3人の土蔵籠りは外から来た娘の顔を覗き込み、そして額の手拭いを替えてやる。
その時だった。
「わあああああ!!」
急に、あたりが騒がしくなったのだ。
「え、何……?」
土蔵籠りの長が少年の肩を叩く。
「お前、外から人を連れてきたね」
「え……」
「その娘か。殺しなさい」
少女が首を横に振った。
「殺すって……どうして!?」
「よそ者を殺しなさい」
さもなくばここの存在がオークに知れて私たちが死ぬことになる。長は淡々とそう告げた。
「嫌だ、そんな!」
「殺せ」
再度重く告げられた言葉に、ぐっと己の言葉を飲み込む。彼女を殺すなんて、できない。けれど、オークが怖くないと言えば嘘だ。
「……ごめんね……」
ゆっくりと娘の細い首に両手をかけた。震える手でぐっと力を込めると、苦しげに四肢をじたばたさせて、娘はやがて動かなくなる。それと同時に、外を動き回っていたオークの気配も消えた。この娘の死をもって、土蔵の存在を見失ったのだ。
「……ごめ……なさい……ごめ……」
この惨劇は繰り返される。彼らがその全てを残霊と気付く事もなく、ずっと、ずっと。彼らの心が完全に折れるまで。
「こんなときに……彼らがいてくれたら……」
「何言ってるの……?」
この状況を打破するものなどいないと、肩を落とすばかり。
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「寓話六塔戦争に勝ったおかげで、囚われていた失伝ジョブの人達を救出できて……更に、救出できなかった失伝ジョブの人達の情報を得ることが出来たよ」
秦・祈里(豊饒祈るヘリオライダー・en0082)は自分の予知で、今回土蔵籠りが囚われているワイルドスペースを見つけた、と続け、眉を寄せた。
「彼らは、このワイルドスペースの中で悪夢を見せられているんだ。助けた人を己の手で殺すという悪夢を、何度も……何度も」
手に入れかけた希望を己の手でつぶし、涙を流す。それを幾度となく繰り返していれば自然とその心が壊れていくことなど火を見るより明らかだろう。
「それを止められるのが、君たちだよ」
祈里はケルベロス達に視線を移し、そして頭を下げた。
「ワイルドスペースへ乗り込んで、この悲劇を皆の力で止めて欲しい。彼らを救えるのは君たちだけなんだ。お願いだよ」
このワイルドスペースへ乗り込めるのは、失伝ジョブを持つ者達だけだ、と付け足して祈里は説明を再開する。
「大丈夫、まだ戦いに慣れていないかもしれないけれど、ここに現れるのは残霊……十分に戦える相手だよ」
けれど、と祈里は表情を曇らせた。
「土蔵の中では、土蔵籠りの子達が長の残霊に『娘を殺せ』って命令されて苦しんでいるんだ」
もし殺してしまったら、絶望を繰り返すことになる。だから、速やかにオークを倒してあげなければ。殺す必要は無いのだと、教えてあげなければならないのだ。
「土蔵の中には外の声や物音も届くから、皆が一生懸命戦っている音や呼びかける声は聞こえるよ。だから、諦めないでって……殺さないで、待っていてって戦いながら励ましてあげるのはどうかな?」
戦闘が終わったら、惨劇がまた繰り返される前に外へ連れ出してあげてね、と続け、祈里は立ち上がった。
「皆ならきっと出来る。絶望を喰い止めて、彼らを救ってあげて……! お願い」
参加者 | |
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鋳楔・黎鷲(天胤を継ぐ者・e44215) |
潮・煉児(暗闇と地獄の使者・e44282) |
御廟羽・彼方(眩い光ほど闇は深く黒く・e44429) |
萌葱・宿木(唸る獣・e44665) |
刻杜・境(融けた龍血結晶・e44790) |
海乃宮・玉櫛(ドラゴニアンの土蔵篭り・e44863) |
空蔵・蒼龍(ドラゴニアンの土蔵篭り・e44873) |
日向・灯理(ロマンの探求者・e44910) |
●
ワイルドスペースの中のその土蔵は、扉も窓と思しきものも固く閉ざされていた。
(「オークに怯え、同じくオークに襲われる一般人を救わずに手にかけるなんて酷すぎるよ……」)
御廟羽・彼方(眩い光ほど闇は深く黒く・e44429)は物憂げな瞳を揺らし、そして軽く首を横に振るときっと土蔵を見据え決意を新たにした。
「そんな絶望に囚われた失伝者の仲間達、絶対に救うからね、私達はヒーローだもの!」
その言葉と共に彼女の眼は、いつもの、明るく強い眼に変わる。
(「僕たちには外の世界は不要で、関わることすら、禁止されていた」)
空蔵・蒼龍(ドラゴニアンの土蔵篭り・e44873)はその土蔵の中にいる未来の仲間を思い、見つめた。
(「だけど、外の世界から、光が、もたらされた。僕は、その光に、向かって、飛び立つことが、できた。――だから、今度は、僕が、彼らが、外の世界へと、踏み出すのを、手助けする」)
開かない扉の向こうで、心を折られそうになりながら必死に耐えているであろう土蔵篭りに、ぽつりと日向・灯理(ロマンの探求者・e44910)が呟く。
「寓話六塔戦争から大分時間が経っている……並の子供なら耐え切れず淵に堕ちていただろう。長く辛い日々だった」
だがそれも今日までだ。必ず、自分たちが救い出して見せると。ぶぎぃ、ぶぎぃ、と鳴きながら、土蔵の周りをオークがうろうろしていた。こいつだ。こいつを倒せば、土蔵の中で息を潜めている仲間たちを救うことができる。確信と共に、ケルベロス達は土蔵の前、オークとの間に滑り込んだ。オークは舌なめずりをしながら、ケルベロス達を品定めするように見ている。
(「見た事が無いわけではないが、こうして見ると一層醜悪な……。土蔵に寄せ付けたくない気持ちも分からんではないか」)
思わず、潮・煉児(暗闇と地獄の使者・e44282)は眉を顰めた。そして、
「少し待ってろ。この豚どもを始末してやる」
土蔵の中へ、呼びかける。
「俺達はケルベロス。デウスエクスを葬る者だ」
しん、と静まり返ったままの土蔵。中では、きっと少年たちが戸惑い苦しんでいるのだろう。
「殺すな!」
大きな声で、鋳楔・黎鷲(天胤を継ぐ者・e44215)が土蔵に向かって叫んだ。
「豚共程度の有象無象、我等ケルベロスの敵ではない。必ず倒す。だから信じて待っていろ」
必ず倒す? そんなまさか、と土蔵篭りの少年たちは息を飲んだ。殺せ、と長の目が訴えてくる。グッと唇を噛み、少年は俯いた。そこへ、声が響く。
「安心しろ! そこにいれば大丈夫だ! よそ者を殺すな、お前達も殺させない! あんた達が助けたい奴も殺させない!」
海乃宮・玉櫛(ドラゴニアンの土蔵篭り・e44863)は少年の心を感じ取ったかのように、叫ぶ。届け。届け、と。
「デウスエクスに勝てる人がいないなんて思ってねーよな? いるぜ、ここに!」
ぬめぬめと汚らしいオークの触手が伸びてきた。仲間たちを庇うように立ち、その触手を受けながら萌葱・宿木(唸る獣・e44665)は土蔵へ声を届ける。
「よぉチビ共! 聞こえてるんだろ!」
びくり、と少年の肩が揺れた。
「助けたいんだよな? その子を」
ぎり、ぎり、と宿木の腕を触手が締め上げた。けれど、そんなこと構いはしない。彼らに希望を届けるために。そこへ、エアシューズを走らせて煉児が迫る。ガンッ、と派手な音を立て、オークの後頭部を思い切り蹴りあげた。宿木の腕が解放される。と同時に、宿り木がその包帯から深淵へ誘う黒い血液をオークへ浴びせかけた。
「ならそんなジイサンの言う事なんか聞くな! 大丈夫だ、こんな化け物共は俺達がすぐに片付ける。だからそれまで、しっかりその子を守ってろ!」
オークがべしゃりと地に伏す音も届いたろう。次に襲い掛かるもう一体のオークの触手を受け、刻杜・境(融けた龍血結晶・e44790)はその白い衣を混沌交じりの血液で染めた。混沌に覆われた竜の腕をぐい、と振るうとそのままオークが吹っ飛んでいく。
●
「嘘……今の音……?」
土蔵の少女が、ぽつりと漏らす。
「何……? ける、べろすとか言ってた……」
少年はたまらず立ち上がる。
「殺せと言っているだろう!」
激昂する長に、もう一人の少年がゆるりと首を横に振った。
「……嫌だ」
外から、声がする。
「聞こえる? 土蔵の皆! 土蔵に迫る恐怖は私達ケルベロスが倒すよ! ヒーローたちに任せて、だから最後まで希望を持って!」
御廟羽・彼方(眩い光ほど闇は深く黒く・e44429)の声だ。
「はああぁっ!!」
彼方は、土蔵にも響くよう大きな声を上げながら、炎を纏った蹴りを倒れ伏したオーク目がけて叩き込む。どしゃぁっ、と豪快な音が、土蔵の中にまで響いた。
「……聞こえるよ」
震える声で、小さく土蔵篭りの少女が答える。それは、外へ聞こえることは無いけれど。
「まずは、一匹」
天胤剣【零式】にて達人の一撃を浴びせ、黎鷲が土蔵に聞こえるように叫ぶ。一体のオークが砂のように掻き消えた。
「君達には殺す以外の選択肢がある! 信じられないかもしれないが今ここに正義の猟犬――ケルベロスって奴が8人君達を助けにやってきたのさ」
灯理は、最前に立つ仲間たちへブレイブマインの色とりどりの爆風を炸裂させ、土蔵へその音を響かせた。
「あと10秒だけ、全てが解決する瞬間を待ってみないかい?」
土蔵の中で、少女が顔を上げる。
「だってその方がロマンがあるだろう?」
カチ、コチ、と手元の懐中時計の蓋を開け閉めして、灯理は唇の端をニッとつり上げた。そんなまさか、と少女は瞬きを繰り返す。
(「まずは一匹って……まさかデウスエクスを倒したの?」)
ぬるり、と触手が玉櫛目がけて伸びてくる。境が庇うように前に出て、ざわりとその包帯をざわめかせた。呪詛に充ちた黒い血が、どくりと溢れ出してオークを染める。
「させないわ」
ぬる、ともう一体のオークの触手が玉櫛を捕える。
「ッ!」
「海乃宮さん!」
案ずる灯理の声に、玉櫛はニヤリと笑う。
「身動きできないって?」
締め上げられた脚、絡みつく触手をしっかりとつかむと、ぶちりと引き裂いた。
「悪ぃが、俺の辞書にできないって文字は無くてね」
「ぶぎぃいいい!」
のた打ち回るように、オークが離れた。
「僕は、この力で、みんなを助けると、決めた」
エアシューズを駆り、蒼龍がオークに迫る。そのオークが体勢を立て直す、その前に。
「だから、僕は諦めない」
星の煌めきをのせた蹴りを、思い切りたたきこんだ。ぐらり、崩れかけたオークへ、
「見て驚け、我が怒り――そして、砕けろ!」
煉児がトドメの一撃に呀紋砕を叩きこむ。ザァッ、と散るように消えたオークを視界に捕えて叫んだ。
「ふたつ!」
「ハッ! これで残るはお前だけだ!」
一体残ったオークを視線の先に、宿木が叫ぶ。
●
灯理の時計のアラームが鳴った。
「五分経過、畳み掛ける!」
声と共に、傷を負った玉櫛へスチームバリアを纏わせる。
「見るがいい。これが忌まわしき血の怨嗟、鋳楔の呪いだ」
黎鷲の幾錆が解き放たれる。オークが呻き、倒れ伏した。間髪を入れず、彼方がそこへ虚無魔法を放った。
「あと、一体だから……! 絶対あきらめないで!」
彼方の声が土蔵に届く。
「……うん……」
土蔵篭りの少年はその声に、小さく頷いた。
「……信じるよ」
足掻くように触手を振り回すオークの攻撃を受け、堺は重力を込めた蹴りを勢いよく叩き込む。転がるようにして直撃を逃れたオークはその触手の一部を潰され、ギィギィと鳴きながら次は宿木に触手を叩きつけた。
「それが全力か? デウスエクスってーのも大した事はねぇなッ!」
煽るように叫び、触手を引きちぎる。ぐったりと動かなくなったオークに、玉櫛が刀を向けた。
「トドメだ」
人差し指と中指を揃えて伸ばし、刃に沿わせる。呪詛が込められた刀身が輝いた。
「呪怨斬月!」
ざくりと音を立てて切り裂かれたオークは、ついに消え失せた。
「もう、大丈夫……オークはいなくなったよ」
蒼龍が、そっと土蔵に呼びかける。内側で、誰かが動く音が聞こえた。
しかし、まだ人の姿は確認できない。
「いつまでそこにいるつもりだ」
黎鷲が扉を軽く叩いた。
すると、内側から鍵を外す音が聞こえ、ゆっくりと扉が開く。
●
「あの……」
おずおずと顔を出したのは、土蔵篭りの少年と少女達。煉児はすっと手を差し出す。
「脱出するぞ」
「え、脱出ってどこに……」
土蔵篭りの少女が首を傾げると、彼方が微笑む。
「外、だよ。よく耐えたね。もう大丈夫だから」
灯理が心身をやつれさせた土蔵篭り達にヒールを施す。
「よく絶望に打ち克った」
コルセットハットの位置をなおしながら、灯理は続けた。
「けど、時間がない……まずは私たちを信じてついてきてくれないか?」
戸惑いを含んだ声で少年が答える。
「で、でも……この人を置いてはいけないから……」
そうして振り返る先、自分たちが救おうとした娘は残霊であったためサラサラと消えてゆくのを目の当たりにした。
「えっ……なんで……」
「助け……られなかったのか?」
呆然とその様子を見つめる土蔵篭り達に、宿木は優しく語りかける。
「無駄だったなんて思うなよな? あの子が解放されたのは間違いなくお前達のおかげだ」
これは消失ではなく、悪夢のループを断ち切っただけの事。それを伝える言葉に、土蔵篭り達は瞳を瞬かせる。
「解放……?」
「そう、あれは残霊だったから……」
蒼龍がそう言うと、土蔵篭りの少女は小さく首を傾げる。
「残……霊?」
「よく頑張った、信じてくれてありがとな」
玉櫛が土蔵の外、光を指さす。
「あんた等がずっと耐えてくれたおかげで、助けに来れた」
そして、土蔵篭り達の手を引いた。
「次はあんた等の番だ。一緒に行こうぜ?」
ざ、ざざ、と空間が歪みだす。次が来る前に。境は鼓舞するように叫ぶ。
「来る、早くここから抜け出すわよ!」
ケルベロス達に促されるまま、土蔵篭りは彼らに続き走った。悪夢の終わり、光を目指して。そして、抜けた先で我に返る。
「……ここ、は?」
自らの服装が異なっている事、土蔵がどこにも見当たらない事に混乱しながらあたりをきょろきょろと見回す土蔵篭り。そして、自分たちが『現代を生きるもの』である事にようやっと気づき、何か合点のいった顔をしてそして口々にケルベロス達に礼を告げた。
「思い出したか」
煉児は過去の幻から解き放たれた仲間に安堵してため息をひとつ。しかし、三人の土蔵篭りは戸惑うような視線をケルベロス達に向ける。
「僕達……」
これからどうしよう。そんな視線に、黎鷲は背を押すように答えた。
「お前達とて戦える力を持っているだろう」
「ちから……」
見つめる先は、己の掌。この手に力があるのなら。土蔵篭り達は小さく頷く。
「今度はお前達が誰かの為に戦う番だ。お前達の助けを待つ者が、この世界にはきっといる」
だから、共にいこう。手を差し伸べるケルベロス達の手を、土蔵篭り達はしっかりと握った。これから、希望に向かって戦うために、共に、立ち上がるために。
作者:狐路ユッカ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年1月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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