人類皆モヒカン

作者:砂浦俊一


 神奈川県某所の倉庫に、鶏のような顔のビルシャナと10名ほどの信者たちの姿があった。
「最も素晴らしい髪型とは何か!」
「モヒカン!」
 ビルシャナの叫びに続き、信者たちも一斉に叫ぶ。
「そう、モヒカンだ。我がトサカを模したモヒカンこそが真理に至る髪型である。男は黙ってモヒカン、女も黙ってモヒカン、老いも若きも皆モヒカン。これぞ我が『人類皆モヒカン教』の教えなり!」
『人類皆モヒカン教』、その名の通り信者たちの髪型は逆立つモヒカンである。
 3人だけ普通の髪型の者たちがいるが、彼らは新たな入信希望者だ。
「素晴らしい教えです!」
「早く私もモヒカンにしてください!」
 その3人が口々にモヒカンにしてくれとビルシャナに申し出る。
「さあ彼らの髪型をモヒカンに変え、新たな同志として迎え入れようぞ!」
 ビルシャナの指示に従い、モヒカンの信者たちがバリカンやカミソリで3人の頭髪を剃っていく。髪型をモヒカンにされていく中、この3人は恍惚とした表情を浮かべていた。


「このビルシャナは人間だった頃は髪型をモヒカンにしていたみたいっすね。ビルシャナ化したら髪の代わりに立派なトサカが生えて、強大な力も得た、モヒカンは力を与えてくれる、人類を皆モヒカンにしなければ、って強烈に思い込んでいるっす。今は小規模な集団っすけど、放置すれば道行く人を無理矢理モヒカンにするなど、より過激な行動に出る危険があるっす」
 オラトリオのヘリオライダーの黒瀬・ダンテの事件の概要を説明していた。
「髪があればモヒカンにできるだろうけど。髪のない人間はどうするんだろう?」
 ケルベロスの1人が当然の疑問を口にする。
「それはビルシャナに聞いてみないとわかんないっすねえ……うーん、モヒカンのカツラをかぶせるとか?」
 ダンテが自信なさげに答える。確かにそれはビルシャナに聞くしかなさそうだ。
「このモヒカンどもの根城は神奈川県某所にある倉庫っす。ビルシャナは戦闘時にはビルシャナ閃光、ビルシャナ経文、清めの光を使うっすね。信者の数は10人、戦闘になるとビルシャナの配下としてバリカンやカミソリを武器にするっす」
 バリカンにカミソリ、立派な凶器だ。しかし一般人だから敵としては弱いだろう。
「信者たちは一応はビルシャナの教えを信じているっす。ビルシャナの姿や教えを『おかしいな?』と思った人間はそもそも信者にならないっすからね。戦闘前にビルシャナの主張を覆すインパクトのある主張をすれば、信者も目が覚めて敵の数が減るっす。もし効果がなくても、ビルシャナを倒せば配下の信者たちも正気に戻るっす。ただ配下の生死は問いません、救出できたら良いかな、程度っす」
 信者たちはビルシャナの影響下にあり、理屈だけでは説得も難しい。インパクトのある演出を用いた説得が効果的だろう。
「髪型にこだわりたい人たちのためにもビルシャナの撃破をお願いしたいっす。かくいう自分も髪型にはこだわりがあって毎朝セットするのに――ああっ、最後まで聞いて欲しいっす!」
 ダンテの髪型へのこだわりはさておき、はた迷惑な事件を早々に解決するべくケルベロスたちは出発する。


参加者
喜屋武・波琉那(蜂淫魔の歌姫・e00313)
ミスティアン・マクローリン(レプリカントの鎧装騎兵・e05683)
スミコ・メンドーサ(グラビティ兵器技術研究所・e09975)
ハル・エーヴィヒカイト(ブレードライザー・e11231)
正門・絵夢(正門流の妖姫・e14620)
ジュリアス・カールスバーグ(山葵の心の牧羊剣士・e15205)
桂・房子(スキンヘッドガール・e41553)
平・輝(サラリーマン零式忍者・e45971)

■リプレイ


「老若男女、人類皆モヒカン。我がトサカを模したモヒカンこそが真理に至る――」
 不法占拠した倉庫で、ビルシャナが信者たちに教えを説いていた。
 その声を遮るように、倉庫の扉が開け放たれる。
「モヒカンが真理などと笑止千万! モヒカンなど斧を持って荒野を暴走しているのがお似合いですわ!」
 先陣を切って言い放ったのは正門・絵夢(正門流の妖姫・e14620)。自毛の他にエクステも加えて髪型を豪奢な縦ロールに、さらに真っ赤なドレスに身を包んでいる。彼女を先頭に、ケルベロスたちが続々と倉庫内に入ってくる。
「これはまた壮観ですねえ」
「早まったことをしたものだ」
 ジュリアス・カールスバーグ(山葵の心の牧羊剣士・e15205)とハル・エーヴィヒカイト(ブレードライザー・e11231)は倉庫内を見回した。全ての信者が見事なまでに逆立つモヒカンだ。
「髪型の自由を奪ってモヒカンのみって、薄っぺらくて味気ない教義だね」
「ビルシャナのトサカを真似したって、力を得られるわけないのに」
 喜屋武・波琉那(蜂淫魔の歌姫・e00313)がさらに煽り、ミスティアン・マクローリン(レプリカントの鎧装騎兵・e05683)が同意するように頷く。
「教祖さまは髪型をモヒカンにしたことで素晴らしい力を得たんだ!」
「侮辱は許さないぞ!」
 信者たちが口々に言い返すが、ビルシャナは片手を挙げて静まらせた。
「待て。あの者たちはモヒカンの素晴らしさを知らないだけだ。どうかな、そこの女子よ。信者になれば、いずれ私と同じ力を得られるぞ?」
 と、ビルシャナがスミコ・メンドーサ(グラビティ兵器技術研究所・e09975)を勧誘するが……。
「あ、お断りします。モヒカンもビルシャナもダサいから」
「ダサいだとぉ!」
 断られるだけでなく『ダサい』とまで言われ、ビルシャナが憤激する。
「怒りたいのはこちらの方ですよ……あなたの教えは、頭頂部がずいぶん寂しくなった私への挑戦ですね?」
「中途半端な頭しやがって。スキンヘッドベースに好きなカツラを取りそろえる方が、ずっと最高だぜ!」
 平・輝(サラリーマン零式忍者・e45971)は頭頂部の髪が薄く、桂・房子(スキンヘッドガール・e41553)はつるりとしたスキンヘッド。両者の頭に、ビルシャナは憤激も忘れて目を丸くした。
「なんと、髪がない! モヒカンにできぬとは哀れな。だが髪ならばまた生えてこよう。生えぬならば、植毛という手段もある」
「そうだ、植毛すればいいっ」
「信者になって、一緒に修行しようっ」
 ビルシャナを筆頭に、信者たちはケルベロスたちへ入信しろと迫ってくる。


「皆さん、モヒカンのめんどくささを知ってますか? 毎日剃らないと頭髪は伸びる、剃刀傷は目立ち、染め続けないと黒が混ざって微妙です。剃った部分と中央部で髪質の変化も違います。特にそこの鳥のスタイルは中央以外が天然パーマになるパターンですね。皆さんは正しいケアをなさっているのですか?」
 ジュリアスから髪のケアのことを問われ、信者たちは口ごもってしまう。
「人はそれぞれ頭の形や髪質が違う。であれば似合う髪型もそれぞれ違うのが必然」
 ハルはそう言いきると、信者の中でも特に髪質がサラサラな者の背後を一瞬で取った。
「勿体ないな。トリートメントをするといい。君のような髪質であればまっすぐ伸ばすのが最適解だろう」
「そ、そうでしょうか?」
 女性と見紛う容姿のハルに間近で囁かれ、まだ若い男性信者は思わず頬を赤くしてしまう。
「そこのお兄さーん。その人、男ですよー」
 誤解をしないようにと、念のためミスティアンはその信者へと声をかけた。
「そんなにモヒカンにこだわるならば、これだ! これで君たちも世紀末な漫画や映画やアニメのキャラみたいに強そうに見えるぞ!」
 言ってスミコが持参したバッグから取り出したのはトゲ付きの肩当て。他、様々なコスプレチックな衣装や小道具をその場に広げる。トゲ付き肩当てのモヒカンファッションはヤラレ役の定番だが、彼女はそれは口には出さない。
「いや、それは遠慮したいというか」
「コスプレをやってるわけではないので」
「ばかもーん! モヒカンにこだわるなら服装にもこだわれ! 彼女を見ろ、縦ロール髪の高飛車なお嬢さまそのものだろう!」
 戸惑う信者たちを怒鳴りつけたスミコが、絵夢を指差す。
「真に至高の髪型、それは縦ロール! 神に与えられ、幾多の王侯貴族によって磨かれた美しい巻き毛! 縦ロールこそ真理を照らす光なのです! おーっほっほっほっほっゴホッゴホッ」
 絵夢は孔雀の羽を用いた扇で口元を覆いながら高笑いするが、途中で咳き込んでしまう。
「そこの女っ、さては我が教団に対抗して『人類皆縦ロール教』でも興すつもりだな。この邪教徒め!」
「ち、違います!」
 ビルシャナの勘違いに、絵夢は演技も忘れて素で言い返した。
「では普段は社会の歯車として働く、凡庸なるバーコード戦士団からも申し上げましょう。社会の歯車が回らない世界では、経済活動が停滞してモヒカン維持のためのバリカンどころかカミソリすら高価な貴重品になりかねません。若い人も、私と同じ年齢の人もいるようですが、仕事はどうなさるんです?」
「モヒカン固定だと、それを潰すヘルメットや帽子ってNGじゃね? つまり工事現場とか精密機械の工場で働けないって事だし、モヒカンが増えたらマジ輝の言うみたいに経済止まって人類詰むんじゃね? モヒカン頭で就ける職業って、どんだけあるんだ?」
 輝と房子から仕事のことを聞かれ、一部の信者たちがたじろいだ。
「モヒカンだと就職できない……?」
「ウチの会社の就業規則はどうなってたかな……」
 若い信者は自分の将来が、年配の信者は職場をクビになりやしないか、途端に不安になる。
「人類が全てモヒカンになれば仕事の心配もなくなる! それに私と同じ体になることこそ、諸君らの自己実現ではないのか!」
 ビルシャナの口から出た自己実現という言葉を、波琉那は聞き逃さなかった。
「自己実現ね。モヒカン刈りは、元は勇敢な戦士の髪型。信念の無い見た目だけじゃカッコ良くないと思うけど……そいつの言葉に流されて君たちは本当に良いのかな? 安易に実現できる逃げ道にしていない? ……自分の心に問いかけて欲しいな。仕事を心配する程度の信念だったら、考え直した方が良いよ?」
 彼女は問いかける。ビルシャナを真似ただけで、自分がなりたかった自分になれるのか?


「まずモヒカンにすることが修行の始まり、形から入って何が悪い!」
 ビルシャナはなおも強弁を続けるが、ここまでの様々な説得に悩みだした信者も多い。
「信念も髪の残し具合も中途半端。いけませんね。きちんと生やすか、いっそ彼女のように全部剃りなさい!」
 ジュリアスの言葉に続き、房子が自分のスキンヘッドを信者たちに見せつける。
「おうよ。一つの髪型に括って、それ以外の生き方ができないって窮屈すぎじゃん? 気分次第で、日替わりでモヒカンにも姫ロングにもなれる! そっちのがパワフルかつ柔軟に生きられる方法じゃん! どうせ剃り上げるんなら、ズバッと全部行こうぜ!」
 髪型ひとつにも、人間の信念が現れる。
 ただモヒカンにするだけで、そこに信念はあるのか?
「モヒカンを否定はしないが、合いもしないのに無理にこのような形に髪を押し込めても痛むだけだ。いずれ禿げ上がってしまうぞ。それでもこだわりたいのなら、好きにするといい。しかし人に強要するのは避けるべきだ」
 ハルは先ほどの男性信者の髪にブラッシングをしている。男性信者は、されるがままだ。
 だがビルシャナが彼の手からブラシを取り上げ、放り投げた。
「キサマらの世迷言は聞き飽きたわっ。もう我慢ならん……我が信者たちよ、こやつらを叩きのめせ!」
 ビルシャナが信者たちに指示を下す。
 だが五人の信者がビルシャナの下から離反した。
「か、髪が無くなるのは嫌だ!」
「仕事をクビになりたくない!」
 口々に叫ぶ彼らは倉庫の外へと駆けだしていく。それをスミコは笑顔で見送るが、モヒカンのまま逃げ出した彼らに、いつ自分の髪型に気づくのだろう、と思わずにはいられない。
 残りはビルシャナの配下となり、手に凶器のバリカンやカミソリを掴む。
「さて。後は実力で黙らせようか」
「何発目に死者が出ますかね? できれば出したくないのですが」
 先陣を切って突っ込んできた2人の信者を、スミコとジュリアスが手加減攻撃で黙らせた。ハルは信者たちを仲間に任せ、斬霊刀を手に直接ビルシャナへと斬りかかる。
「モヒカンはやられ役として倒されるのが世の常。疾く散るがいい」
「フンっ。貴様もモヒカンにしてくれるわ!」
 斬撃にビルシャナの体毛が散る。配下の信者たちはビルシャナを護衛するべく、その周囲に集結した。
「おまえたちはアホか! 髪型は自由だ!」
「は~い、大人しく寝ていてね~」
 カミソリを振り回す信者はミスティアンが殴り倒し、バリカンで殴ってくる信者は波琉那がデコピン一発で沈黙させる。
「いたしかたありませんね。過ちを許すのも縦ロールの慈悲ですことよ?」
 残った信者の頭には絵夢がゲシュタルトグレイブの柄を落とし、気絶させる。これで邪魔な信者は全て排除した。残るはビルシャナのみ。
「上司と取引先には弱くとも、ビルシャナには遠慮なく憂さ晴らししちゃいますよ?」
「ほらよ、大サービスだ! すんごいのを喰らわせてやるぜ!」
 輝のサイコフォースがビルシャナに浴びせられた直後、房子のコアブラスターが放たれる。
 だが直撃にもビルシャナは怯まず、周囲に無数のモヒカン頭の幻像を浮かび上がらせた。直後、それら幻像が強烈な閃光を放射する。
「これぞビルシャナ閃光、もといモヒカン閃光だ!」


 ミスティアンが盾となり、ビルシャナの攻撃から仲間たちを守る。
「何でこんなアホばかり出てくるんだろうね、ビルシャナってのはさ!」
 負傷を気力溜めで癒やす彼女の背後から、波琉那が前衛へとサークリットチェインを飛ばす。そしてビルシャナを睨みつけた。
「信念を間違えた君にはお仕置きだよ!」
「やれるものなら、やってみろ!」
 ビルシャナが叫び返す。その背後には、スミコが音もなく忍び寄っていた。
「では遠慮なくっ」
 背後からのスミコの強襲に、ビルシャナの全身が痺れたように硬直する。
「どうせならもっとパワフルにしてやろーじゃん、バーニングモヒカンだ!」
 房子の熾炎業炎砲がビルシャナ頭部のトサカめがけ放たれる。炎はトサカから全身へと広がるが、周囲のモヒカン頭の幻像が今度は清めの光を放った。
「私が愛するはモヒカン! アフロにはせぬわ!」
 全身の体毛をチリチリに焦がしながらも、未だビルシャナは健在。
「念のため聞きますが、教義を捨てる気はありませんか? そうしないと借り物の力のせいで死にますよ?」
 霊気で作った玉を掌で転がしながら、ジュリアスが敵へと問いかける。
「くどい!」
「残念ですね」
 彼の手から撃たれた瘡霊弾が、ビルシャナの胴へ染みこむように同化する。ケタケタと笑い出したそれに、ビルシャナの神経が逆撫でにされる。
「なんだこれは、クソやかましい! 私の体に何をした!」
「バーコード戦士の務め、果たしましょうか」
「万物に宿りし大いなる君よ、我らの行く道に輝しき御身の加護を!」
 我を忘れて突撃してくるビルシャナへと、輝の怒號雷撃。そして絵夢が前衛へと大いなる『』の祝福をかけた。
 片足の自由を奪われたビルシャナが転倒する。すぐさま両手をついて起き上がったビルシャナが見たのは、周囲に無数の刀剣を展開したハルの姿。
 終の剣・久遠の刹那。具現化された無数の刀剣に全身を貫かれ、ビルシャナの嘴から鮮血が迸る。
「――さよならだ」
 ビルシャナの体を貫く二本の剣をハルが掴み、一気に両断する。
「モ、モヒカンは、私に力を……」
 人類皆モヒカンを夢見たビルシャナは崩れ落ち、二度と動くことはなかった。
「ふう……慣れない演技は疲れますね。自毛も戻さないと……まあ、ビルシャナに唆されて剃っちゃった人よりはマシですか」
 ビルシャナの最期を見届けた絵夢は、縦ロール髪の先端を指でいじりながら一息ついた。
「悪夢は退治したから……後はカッコいいを楽しんで欲しいね」
 仲間たちとともに、波琉那は気絶した信者たちの介抱に向かう。カッコいいは一つにこだわらず、自由に楽しむこと。彼女は彼らがそうなることを願った。

作者:砂浦俊一 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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