失伝救出~果てなき闘争

作者:雷紋寺音弥

●明日なき戦場
 白塗りの壁に覆われた建物の中から、突如として鳴り響く警報の音。その壁の色とは対照的に、幾重にも機械的なパイプが入り組んで配置された建物の中、甲冑に身を纏った者達の一糸乱れぬ足音が聞こえてくる。
「敵襲を確認! 総員、出撃せよ! 繰り返す! 総員、出撃せよ!」
 重たい鉄の扉が開かれ、緊急出動の要請に応えて建物の中から現れたのは、総勢20名ほどの甲冑騎士達。彼らの視線の先にあるのは、10体ほどの竜牙兵。
「各自、隊列を乱さずに連携して事に当たれ! 敵は所詮、烏合の衆だ! 我ら、選ばれし精鋭部隊の力を見せてやれ!」
 先頭に立つ甲冑騎士の号令に続き、残る騎士達も一斉に竜牙兵の軍勢へと突撃して行った。
「オノレ! 小賢シイ、地球人ドモメ! 纏メテ始末シテクレル!!」
 迎え撃つ竜牙兵達。剣と剣、刃と刃が交錯し、グラビティのぶつかり合う音がする。個々の力では竜牙兵達の方が上であったが、しかし数の暴力を武器とした泥試合の結果、勝利を掴んだのは甲冑騎士達の方だった。
「はぁ……はぁ……。お、終わった、か……」
 最後の竜牙兵の首を刎ね飛ばし、甲冑騎士の一人が兜を脱いで辺りを見回した。そこに広がっていたのは、正にこの世の地獄絵図。
 竜牙兵を倒すために危険な薬物を投与した者は、全身から血を吹き出して相討ちとなっていた。見れば、他にも力の代償として全身を呪詛に蝕まれた者や、行き過ぎた肉体強化の果てに力尽きてしまった者達の亡骸も数多く転がっていた。
「おい、しっかりしろ! 生き残った者達に、応急処置を……」
 そう言って騎士の一人が隣に立つ仲間に叫ぶが、しかし相手からの反応はない。何かに気が付き、鎧と兜を脱がせてみれば、その中身は既に人ではなく、腐った肉の塊と化していた。
「くそっ……! こんな戦い、いったい何時まで続ければいいんだ!」
 自分達は所詮、消耗品。今回の戦いで死んだ者達を補充するため、また新たに過酷な人体実験が繰り返され、多くの同胞が死んで行く。
 デウスエクスに殺されるか、それとも過酷な実験に耐え切れず死んでしまうか。どちらに転んでも、騎士たちの明日に未来はなかった。

●名誉の代償
「寓話六塔戦争での勝利、実に喜ばしいことだな。この戦いで囚われていた失伝ジョブの者達も救出されたようだが……未だ、『ポンペリポッサ』が用意した特殊なワイルドスペースに閉じ込められている者も多い」
 今回も、そんな者達が発見された。大至急、現場に向かって彼らを助けて欲しいと、ザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)は集まったケルベロス達に向かって説明を開始した。
「今回、お前達に向かってもらいたいのは、甲冑騎士達の囚われているワイルドスペースだ。彼らの総数は5名ほど。全員が大侵略期の人物であると誤認させられ、明日なき戦いを強いられる悲劇を再演させられているようだ」
 甲冑騎士。様々な技術を用い、人知を超えた超常的な肉体を得る代償として、その寿命を減らしてまで戦い続ける名誉の戦士。だが、その輝かしき栄光とは裏腹に、彼らの誕生には多くの犠牲もつきものだった。
 戦う度に仲間が死に、新たな犠牲者となる者達が補充されてくる。人々の盾となり散って行くことを運命づけられ、それでも戦うしかないという絶望感。それを繰り返させることで、彼らを反逆ケルベロスにしようと目論んでいたのだろう。
「簡単に説明しておこう。今回の作戦に参加できるのは、失伝ジョブを持つケルベロスだけだ。敵は竜牙兵が10体程だが、所詮は残霊に過ぎぬ存在。囚われている甲冑騎士達と連携して事に当たれば、蹴散らすのは造作もないことだろう」
 もっとも、それで騎士達が死んでしまっては元も子もないので、彼らの突出には気を付けねばならない。また、囚われている5人以外の甲冑騎士達は全て残霊であるため、こちらを救出することも不可能だ。
 幸いなのは、残霊にもヒールは有効であるということ。残霊の騎士達は放っておいても勝手に肉体が限界を迎えて死んでしまうが、それを束の間だけでも遅らせることで、救出対象者の精神への負担を軽減できる。
「特殊なワイルドスペースに長時間滞在すれば、お前達とてどうなるか予想がつかん。色々と思うことはあるだろうが、まずは迅速な作戦の遂行を目標として欲しい」
 幾度となく悲劇を乗り越え、戦い続けてきた名誉ある者達。その想いを無駄にしないためにも、力を貸してはくれないか。そう言って、ザイフリート王子は改めて、ケルベロス達に依頼した。


参加者
ルフィア・シーカー(シャドウエルフのガジェッティア・e44075)
島原・乱月(ウェアライダーの妖剣士・e44107)
迅・正人(斬魔騎士・e44254)
槙島・藍漸(メタルシュヴァルツリッター・e44297)
フルルズン・イスルーン(フルルン滞在記・e44361)
多々良・数元(睡牛・e44430)
今・日和(形象拳猫之形皆伝者・e44484)
アンネ・フィル(つかむ手・e45304)

■リプレイ

●介入
 淀んだ空気の流れる街の中、現れたるは竜牙兵の群れ。鳴り響く警報と共に白塗りの壁の建物から現れたのは、無骨な甲冑を纏った騎士の軍団。
「数はこちらが上だ! 押し切るぞ!」
 飛来する大鎌や気弾を物ともせず、甲冑騎士達は突撃を続ける。この身が傷つき、朽ち果てようとも、人々の明日への糧となれるのであれば。そんな想いから、半ば捨て身で敵へと向かって行く者も多かったが、その日に限っては流れが違った。
「ちょいとお邪魔しますえ?」
 ふと、どこからか声がした。甲冑騎士と竜牙兵の双方が思わず動きを止めれば、そこには二振りの妖刀を携えた島原・乱月(ウェアライダーの妖剣士・e44107)の姿が。
「義によって助太刀させてもらいます。力のほどは期待してええで?」
「妖剣士……か? たった一人で、何をしに来た?」
 唐突に現れた乱月へ、訝しげな視線を送る甲冑騎士達。たった一人加わったところで、戦況はそう簡単に変わらない。そう、思っていたのかもしれないが。
「ほな、ちょっと止まってもらうで?」
 グラビティで成形した小刀を乱月が竜牙兵の群れに投擲したところで、甲冑騎士達は己の考えが誤っていることを知ることとなった。
「ケルベロス、推参!」
 下段から敵の身体へと組み付いて、多々良・数元(睡牛・e44430)が竜牙兵の内の一体を抑え込んだ。それだけでは終わらず、突如として飛来した漆黒の影が、正面から剛剣を竜牙兵の頭に叩き付けた。
「……灼甲!」
 刃が振り下ろされるよりも早く、その身に漆黒の鎧を纏う迅・正人(斬魔騎士・e44254)。頭部を粉砕されて崩れ落ちる敵を背に、横薙ぎに刃を振るって高らかと叫ぶ。
「ケルベロスが一人! 斬魔騎士『鎧鴉』……見・斬!」
「もう一人いたのか? いったい、何者なんだ、お前達は?」
 援軍に次ぐ援軍に、さすがの甲冑騎士達も少々困惑しているようだった。
 日々、捨て身で敵と戦っている彼らにとって、こんな状況は初めてのこと。どうにも困惑している彼らに対し、正人に代わって槙島・藍漸(メタルシュヴァルツリッター・e44297)が答えた。
「我々はこの地球の人々の盾であり、デウスエクスを狩る剣……ケルベロスである!」
「ケルベロス? 見たところ、我々と同じ甲冑騎士もいるようだが、聞いたことのない組織だな」
 敵の攻撃に耐えつつも、首を傾げる甲冑騎士達。ワイルドスペースの効果によって、記憶を操作されているからだろうか。彼らは救援に馳せ参じたケルベロス達のことを、自分達の知らない騎士や剣士の養成機関か何かと思っているようだった。
「心霊治療士ですっ! 助けにきました! デウスエクスをやっつけられる人たちも一緒です!」
「おりゃー! かわいいボクの援護回復だー! 有り難く受け取るが良いー!」
 救援に来たのは、刃を振るえる者達だけではない。アンネ・フィル(つかむ手・e45304)の呼ぶ風が騎士達の傷を、心を癒せば、フルルズン・イスルーン(フルルン滞在記・e44361)が展開した多数のドローンが、そのまま彼らを守る盾となる。
「ボク達はケルベロス。甲冑騎士さん達の助っ人に参上しました! みんなでがんばろーっ、オーッ!」
 ここから先は、一気呵成で反撃だ。体勢を立て直した騎士達に向かって叫ぶ今・日和(形象拳猫之形皆伝者・e44484)だったが、対する彼らの反応はいま一つ。
「……あれ、ノリ悪くない?」
 まあ、実際は返事をしていられる余裕がなかったようだが、それはそれ。
「余計なお喋りは、そこまでだ。まずは目の前の敵を、さっさと叩くぞ」
 出足を挫かれた日和をルフィア・シーカー(シャドウエルフのガジェッティア・e44075)が諭し、それぞれ迫り来る竜牙兵達へと武器を構える。まずは一発、ルフィアが宝石をガジェットに装填し、その塊を竜牙兵へと向けて射出した。
「装填、カイヤナイト」
 瞬間、着弾と同時に弾ける氷雪。それを皮切りに、日和もまた冥府深層の冷気を手刀に込めて、迫り来る敵を一振りで薙ぎ払った。
「えーい、凍り付けっ!」
 肉体だけでなく、魂さえも凍らせる一撃が、竜牙兵達へと襲い掛かる。だが、それでも敵は何ら怯むこともなく、それぞれの武器を構えて進軍して来る。
 このままでは、混戦になるのも已む無しか。ならば、せめて少しでも敵の攻撃を甲冑騎士達から逸らさねばと、藍漸は無骨な砲を取り出し自らの身体へと接続した。
「『規格外兵装』接続……管理者権限で認証。エネルギーバイパス、解放。チャンバー圧力、規定値未満……手動制御。最終安全装置、解除」
 己の身の丈をも超える大口径砲。そこに自身のエネルギーを直接流し込み、無数の光の雨として発射する。さすがに旧式故の威力不足は否めなかったが、それでも敵の注意を引き付けるには十分だった。
「……やはり昔のような火力は出ないか。だが、気を引くには十分らしいな」
 こちらへ狙いを変え、怒りのままに突進してくる竜牙兵達の姿を見て、藍漸は満足気に呟いた。
 いつ、終わるとも知れない戦いの日々。それに終止符を打つためならば、こちらも手段は厭わない。偽りの過去に囚われた甲冑騎士達を救うため、ケルベロス達もまた自らの身を顧みず、混沌とする戦場へと身を躍らせて行った。

●乱戦
 力と力の拮抗する戦場に、その拮抗を破るべく馳せ参じたケルベロス達。彼らの介入によって戦いの流れは一気に甲冑騎士達の側へと傾いたが、しかし運命というのは残酷だ。
「うぉぉぉっ! 食らえぇぇぇっ!!」
「この身、朽ち果てようとも、俺は貴様を倒す!!」
 剛剣を振るう騎士達の中に、明らかに無謀な突撃を繰り返す者達がいる。恐らく、あれは残霊だ。肉体の限界を突破し、竜牙兵と相討ちになることで、この空間に囚われた甲冑騎士達の精神にダメージを与えるために用意された駒なのだろう。
「厭戦感溢れる空気ごとスチームで吹き飛ばしてやる!」
「無理しないで! 甲冑騎士さんたちの力も必要ですから」
 それでも、そんな彼らとて死なせはしないと、フルルズンやアンネが蒸気と風で力を送る。
 確かに、彼らを助け出すことはできないかもしれない。所詮は定められた役割を演じさせられる過去の残滓。どう足掻いても最後は消え行く運命なのかもしれないが、だからと言って見捨ててしまえば、それだけ本物の騎士達を救い出せる可能性も減ってしまう。
「オノレ……小癪ナ、真似ヲ……」
「死ネ! 死ネ! 人間ドモ!!」
 もっとも、彼女達が残霊の回復に勤しんでいる間にも、敵の竜牙兵達による苛烈な攻撃は続いていた。
 星辰を刻み込んだ長剣や、あらゆる命を食らう大鎌が、息つく間もなく襲い掛かってくる。堪らず距離を取ろうとしても、今度は追尾する気弾が不可思議な軌道を描いて降り注ぎ、休むことを許さない。
「さすがに……少しばかり、敵を引き付け過ぎましたかねぇ……」
 額の汗を拭いながら、数元が返す刀で竜牙兵を斬り付けた。喰霊刀に敵の魂を吸わせることで命を繋いでいるが、正直なところ、これでは先にこちらが参ってしまう。
「ヒャハハハッ!! 吹キ飛ベェェェッ!!」
「……ッ!?」
 同じく、藍漸によって隊列を乱された竜牙兵の一団が、一斉に攻撃を仕掛けてきた。
 飛来する大鎌と気弾の雨。この間合いと数では、避けることも弾くことも不可能。
「藍漸さん!?」
 爆風に包まれる藍漸の姿を見て、思わず叫ぶアンネ。無謀な突撃を繰り返す甲冑騎士の残霊達を守るのに手を割いたことで、味方への回復が間に合わない。
「……問題ない。心配は無用だ」
 だが、それでも土臭い煙の退いた中から現れた藍漸は、辛うじて防御の体勢を取り踏み止まっていた。
 正直なところ、これは辛い。早々に敵を撃破して帰還せねば、ミイラ取りがミイラになるのがオチだ。
「さて、こんな悪趣味な所、さっさと出てしまうに限る。速攻で仕留めるぞ」
 あまり時間は掛けるのは得策ではない。ここは纏めて、一気呵成に仕留めてやろうと、ルフィアは混沌の波を迫り来る竜牙兵の一団へと解き放ち。
「ほらほら、骸骨はん、こっちやで?」
 作れる限りの小刀を作りだし、乱月が驟雨の如く投げ付けた。
「ヌォッ、馬鹿ナ!」
「何故ダ!? 何故、避ケラレヌノダ!?」
 来ると解っていても避けられない。その状況が、竜牙兵達から徐々に余裕を奪って行く。
 だが、それもまた乱月による作戦の一つ。攻撃を見切られたところで、こちらの狙いが相手のスピードを上回っていれば問題はない。狙撃手にのみ許された、狙いの正確さを利用した力技だ。
「同胞達よ! 今こそ反撃の時だ!」
 敵の動きが鈍ったことを知り、正人が騎士達を鼓舞しながら自らも敵の群れへと飛び込んだ。無数の霊体を纏わせた刃で斬り付ければ、その傷口は瞬く間に、骨の如き竜牙兵の身体を汚染して行き。
「これはキミを呪い殺す鏡。よーく見なさいっ!」
 間髪入れず、日和が魔を食らう一撃にて止めを刺す。圧倒的な数の暴力を前に、竜牙兵達は徐々にだが確実に、その数を減らしつつあった。

●希望
 戦いは佳境に突入していた。
 そこかしこに竜牙兵の残骸が転がる中、戦況は圧倒的にケルベロスと甲冑騎士達にとって有利な流れとなっていた。
 だが、それでもやはり、定められた役割からは逃れられない者達も存在する。元より、死して絶望を与える役割でしかなかった残霊の騎士達。彼らの中にも、いよいよ限界を迎える者達が現れ始めた。
「……ひっ!? う、腕がぁぁぁっ!?」
 度を越えた強化に次ぐ強化の果て、とうとう肉体が限界を迎えたのだろう。今まで、何事もなく戦い続けていた騎士の一人が、突如として片腕を抑えて苦しみ出した。
「うわっ! ちょ、ちょっと、大丈夫!?」
 これは大事だとフルルズンが駆け寄るが、彼女が回復を施すよりも先に、騎士の腕が鎧を跳ね飛ばして風船の如く膨れ上がり。
「ぎゃぁぁぁぁっ!」
 文字通り、何かの弾けるような音と共に、赤い汁を撒き散らして木端微塵に砕け散った。
「あ……あぁ……ぁ……」
 見れば、その隣では全身から腐臭を漂わせた騎士が、何かに縋るようにして手を伸ばしている。彼らは所詮、残霊に過ぎない。だが、それでも実際に目の当たりにしてしまうと、思わず目を背けたくなる光景に違いはなかった。
「そ、そんな……。間に合わなかったのですか……?」
 もしや、自分達の力が足りなかったのではないか。ふと、そんな想いに駆られそうになるアンネだったが、それを一蹴するようにして正人が告げた。
「たとえ肉体が滅びようとも、俺達が生きている限り彼らの『想い』は共に在る! 怒りと悲しみは眼前の敵に叩きつけ……生きて! 背負って! 未来へ進むのが残された我等の使命だ!」
 果たしてそれは、アンネに向けられた言葉か、それとも騎士達を鼓舞するために紡がれた言葉だったのだろうか。
 その、どちらでも構わない。そして、どちらでもあったのだろう。
「我が一撃が悪を断つ! 喰らえ! 無双の必殺剣! 無双迅流口伝秘奥義! 冥王破断剣!」
 残る敵は、後僅か。ここで出し惜しみをする必要はないと、正人は妖刀を振り被り。
「邪な幻よ……我が斬魔の刃を以て消えるがいい!」
 乾坤一擲、大上段からの振り降ろし。全身全霊を込めた斬撃が竜牙兵を真っ二つにしたところで、再び戦場を染めかけた絶望の色が払拭された。
「そこっ、スキだらけだよっ!」
「負け戦の時は終わった。ここからは勝利の為の戦いだ」
 日和の指先が敵の身体を貫き、硬化させたところを狙い、すかさずルフィアが紅蓮の蹴撃を叩き込む。
「グォォォッ! オ、俺ノ身体ガァァァッ!?」
 今までの戦いで肉体を凍結され、脆くなっていたからだろう。飛来する三日月状の炎に身体を真っ二つに裂かれ、大地へ転がった竜牙兵は、そのまま粉々に砕け散った。
「うちらが足止めする。残りは纏めて片付けるで!」
「絶対零度の手榴弾だ。骨の髄まで凍りつくがいい!」
 乱月の投げた小刀の嵐が真上から降り注げば、藍漸の投函した手榴弾が炸裂し、周囲を白く染めて行く。その煙が晴れた矢先、片手を伸ばして襲い掛かろうとした竜牙兵に、フルルズンが思わずバールを投げ付けた。
「な、何見てるんだよ!」
「……グガッ!?」
 直撃を食らい、弾け飛ぶ竜牙兵の頭。ここまで来れば、もう回復も必要ない。
 躊躇っている暇はなかった。意を決し、杖に肉食獣の霊気を宿して、アンネもまた竜牙兵を殴りつける。今は、一刻も早く戦いを終わらせることが、少しでも多くの甲冑騎士を助けることに繋がるのだから。
「コ、コンナ……馬鹿ナ……」
 気が付くと、残る竜牙兵は、1体まで数を減らしていた。さすがに不利を悟ったのか、思わず後ろに下がる竜牙兵だったが、もう遅い。
「子守唄……聞こえる?」
 いつの間に間合いを詰めていたのだろう。そこにいたのは、怨念を纏った数元の姿。呪詛に身を任せて刃を振るえば、その斬撃は敵の霊体を直接蝕み。
「……ッ? ウガァァァッ!!」
 程なくして、傷付けられた霊体の分だけ、肉体もまた蝕まれる。最後の竜牙兵が崩れ落ち、明日無き闘争に終止符が打たれた。

●帰還
 戦いは終わった。戦場と化した街を背に改めて甲冑騎士達と邂逅するケルベロス達であったが、残された時間は僅かだった。
「おつかれさまーっ! 倒れそうになってる人はいるかな? いたら回復してあげるよーっ……って、のんびりしていられないんだ! 早くここから逃げないと、また竜牙兵が来ちゃうよ!」
 慌てた様子で撤退を促す日和。その間にも、残霊の騎士達の中には身体の不調を訴える出始めている。
「悪夢は終わった……。これからは、我等と共に戦おう!」
「一緒に帰りましょう? ……今を生きる私達が、過去の……彼らの犠牲に報いる為に」
 ここは所詮、虚構の支配する空間に過ぎない。だから、この戦いを無駄にしないためにも、真実を知り共に仲間として歩んで欲しい。
 そんな願いを込め、正人や数元が手を差し伸べたことで、甲冑騎士達も無言で頷き彼らに答えた。
「竜牙兵も、散っていった甲冑騎士達も全ては残霊に過ぎない……か。だがたとえ残霊とはいえ、未来のために散っていった甲冑騎士達に祈っておこう。後は任せろ」
 死する定めより逃れられない残霊達。去り際に、そんな彼らにルフィアが言葉を掛ければ、アンネもまた少しだけ立ち止まって振り返る。
 ヴァルキュリアである自分は、ワイルドスペースに再現された時代には人類の味方としては存在していなかった。だが、そんな自分でも何ら疑うことなく受け入れてくれた彼らは、紛れもなく真の勇者であると。
「忘れないよ、わたしは兵站と……看取りを司るヴァルキュリアだから」
 残霊であっても、それは同じ。甲冑騎士達の雄姿を心に抱き、彼女もまたワイルドスペースを後にした。

作者:雷紋寺音弥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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