白梅剣舞

作者:皆川皐月

 白い息が尾を引く。
 冷たい演舞場に足を滑らせた青年が、腰に佩いた模造刀を静かに抜いた。
「……―はぁっ!」
 連綿の気合い。鋭い声に合わせて振り下ろされた刀が空気を切り音を立てる。
 想像するのは、空を切ればまるで花が舞うような先達の型と姿勢。
 空気の流れに抗わず動き、止まり、振るう。踊るような剣舞。
 花の、そう、あの白梅が、この刃を振る毎に舞えばいいのに―……。
「お前の最高の『武術』、見せてみな!」
 幻想的なしんとした空気を割ったのは先程まで居なかった筈の、青髪の少女。
「君は―……?」
 目が合った次の瞬間には、疑問と不信の色を湛えた青年の瞳から全てが抜け落ちた。
 ドリームイーター 幻武極の言葉に抗う力を持たぬ青年は静かに構える。
 鋭い踏み込み。幻武極は半歩下がって首を傾け突きを躱す。振るう鍵で刀を往なして背面に回り距離を置く。だが、青年は間を置かない。
 背を向けたままバックステップで距離を詰め、刃を水平に振り抜く。
 しかし幻武極は一枚上手。屈んだまま青年の懐へ踏み込むや、鋭い鍵で胸を貫いた。
「僕のモザイクは晴れなかったけど、お前の武術はそれはそれで素晴らしかったよ」
 鍵が抜き取られた時、青年は演舞場に静かに倒れ込む。静かに上下する背から伺えるのは、ただ気絶しているということだけ。
 反対に起き上がったのは、青年と同じ袴姿のドリームイーター。
 無言で居合い抜き、袈裟斬りと返しが空を切る。まるで動きを確かめるような動作。
「お前の武術、見せ付けてきなよ」
 ニッと笑った幻武極の言葉に静かに頷くと、ドリームイーターは眼下の町を目指し歩き出した。


 資料を捲っていた漣白・潤(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0270)が、ケルベロス達の入室に顔を上げる。小さくぺこりと礼をすると、空いた席を勧めた。
 深く深呼吸をし、気持ちを整える。その背にこっそり「頑張ってくださいませ」とガッツポーズで応援してくれた北郷・千鶴(刀花・e00564)に二度三度強く頷いた後、くるりと皆へ振り返り。
「ぶじゅちゅ……ぶ、武術を極めようと、頑張っている男性が、襲われてしまいます……」
 噛んだうえに尻すぼみ。目に見えてしょんぼりしたものの、気を取り直してもう一度。
「武術家を襲うのは、幻武極というドリームイーターです。被害者から武術を奪うことで、自分のモザイクを、晴らそうとしています……」
 しかし、今回の被害者では幻武極のモザイクを晴らすには至らなかったという。
 代わりに被害者となった、佐原・晴臣という青年によく似たドリームイーターを暴れさせようとするらしい。
 出現するドリームイーターは、晴臣の目指す究極の武術家のような技を使いこなすようで、なかなかの強敵となるだろう。
「でも、幸いなことに、ドリームイーターが人里に到着する前に、迎撃が可能なのです!」
 周りも気にしなくて大丈夫です!と言った潤は何故か自慢げであった。
 自慢顔のまま資料を捲りハッとしたと思えば、おずおずと。
「あ、えっと……皆さん、新春奉納演武、というのはご存知でしょうか……?」
 今回の被害者である晴臣は現場となった神社の一角にある演舞台で、新春……つまり鏡開き祭に際し神前で自身が所属する流派の型を披露することとなっていたという。
 模造刀により披露される型は酷く美しく、流派の祖といわれる人はこんな伝説があった。
「その刃、一振りすれば梅が舞い、二振りすれば桜も狂う。三振り拝めば極楽浄土……という言い伝えです。そして晴臣さんも、この言い伝えを目指していました」
 ドリームイーターは鍛錬していた晴臣と同じく精悍な袴姿に日本刀を一振り腰に佩いており、居合の一撃と催眠をもたらす一太刀、急所を断ち切る一撃の三種類を巧みに扱うこと。
 接敵は青年の倒れている演舞台の近くで出来るであろうと告げた。

「ドリームイーターは、自分の武術を見せたいと思っているので……戦う姿勢、戦いのための場所や空気があれば、真っ直ぐ向かってくると思います」
「なるほど……強い方と真っ向から当たれるということですね。少々楽しみでございます」
 綺麗に笑った千鶴が、ハチワレ模様の愛らしい鈴と共に流麗な所作で席を立つ。
 では参りましょうと微笑みめば、桜の簪がしゃらりと揺れた。


参加者
アリッサ・イデア(夢夜の月茨幻葬・e00220)
北郷・千鶴(刀花・e00564)
古鐘・るり(安楽椅子の魔女・e01248)
吉柳・泰明(青嵐・e01433)
長谷地・智十瀬(ワイルドウェジー・e02352)
百鬼・澪(癒しの御手・e03871)
王生・雪(天花・e15842)
西院・織櫻(櫻鬼・e18663)

■リプレイ

●花酔いの
 早朝の静けさと透明感。
 凍てつく空気に薄く差す朝日は白い。
 演舞台から降りたドリームイーター 花斬りの影に近付く十二の気配。
 花斬りの影と演舞台を視界の端に収めながら、アリッサ・イデア(夢夜の月茨幻葬・e00220)は大切なビハインドのリトヴァと手を取り合い、額を寄せる。
「頼りにしているわ、わたしの“いとし子”」
 いとし子をリトヴァ、と呼ぶ声はどこか仄甘い。アリッサにとって戦う前の大切な一瞬。これから始まる激戦を乗り越えるための儀式。
 花斬りの影へ一歩近付いた西院・織櫻(櫻鬼・e18663)が、凪いだ青の瞳で花斬りを見据える。
「私が目指すのは至高の刃……磨くべく、死合をお願いします」
 通る低い声。隙の無い所作。
 腰に佩いた櫻鬼と瑠璃丸に手を掛けつつ展開した織櫻の殺界形成が、静かに空気をヒリつかせた。
 砂利を踏みしめたケルベロスと花斬りの影が見合う。
「……貴方の技、見せてもらうわ。期待する」
 寒風に青髪を靡かせた古鐘・るり(安楽椅子の魔女・e01248)が楽しそうに目を細めれば、静かに頷いた王生・雪(天花・e15842)も二本の愛刀を携え背筋を伸ばす。
「未熟ながら、私も剣士の端くれ。謹んでお相手を務めましょう」
「同じく、この場は一武人としてお相手仕まつろう」
 織櫻と雪と同じく二本の刃を帯刀した吉柳・泰明(青嵐・e01433)の灰青が、花斬りの影を捉えて離さない。
 皆が構える様子と次々投げかけられる言葉に、無表情であった花斬りが一変する。
 目は弓形に、唇はにんまりと弧を描く。花舞う優雅な演舞をする者とは程遠い、明らかに戦狂いの笑み。
 緊張の走るケルベロス達を見やりながら、ゆっくりと。まるで見せつける様な手付きで抜かれた鋼が、ぬらりと朝日を照り返す。
 寒さ以上に刺々しい殺気が舐めるように肌を刺せば、長谷地・智十瀬(ワイルドウェジー・e02352)が斬霊刀に掛けた手が、高揚を隠さず僅かに震えた。
「話を聞くに花が舞う剣技ってことか、面白い……お手並み拝見ってところだな」
「ええ。ですがその太刀、彼の意にそぐわぬ形で使わせなどしません」
 あの青年は決して、此の為に鍛錬を積んだのではない。きゅうっと瞳を吊り上げた百鬼・澪(癒しの御手・e03871)が油断無く矢を番え、相棒の花嵐と共に強い瞳で花斬りの影を見据えた。
 皆、既に臨戦態勢。
 一触即発。
 朝日差す白い砂利の上、金の花咲く黒い裾が翻る。
 北郷・千鶴(刀花・e00564)が指の先まで神経を尖らせ、一声。
「――お相手願います」

●刃の花
「はっ―……!」
 躊躇いなく弦を弾く。
 澪の矢は刃一振りに撃ち落とされ露と消え、砂利を蹴り駆けだした花嵐のボクスタックルは振り下ろした柄頭が打ち据える。
「ギュウッ」
「花嵐っ……!」
 全て上半身の動きだけ。一歩も、花斬りの影は動いていない。
 たった一度のぶつかりからでも察せる実力に、感じたのは恐怖か高揚か。
「……攻め続けましょう」
 るりが手を掲げる。その小さな掌に波打ちうねる魔力が収束し、召喚したのは神槍ガングニール―……の、レプリカ。オリジナルに及ばずとも、本来の槍が持つ必中の名は伊達では無い。
「消えて終わりよ、ジャッジメント!」
 るりの言葉に呼応し音速で飛来した神槍の写しが花斬りの影の左足を貫くと同時、泰明が真っ向から鍔競り合う。
「斯様なこと、許されはしないぞ」
 目指した理想を利用するドリームイーターに怒りが滲む。当の花斬りの影は薄ら笑いではあるが、勿論泰明とて返答が無い事など百も承知。
 泰明が刃を押し込んだ直後、手首を捻る。斜めに傾け力を逃し、押し合っていた所為で前のめりに傾く花斬りの影へ、息を合わせて雪が踏み込む。
「凛冽の神気よ――」
 息すら凍る氷刃の一太刀。冴えた一閃が生む吹雪が花斬りの脇腹を抉ると、同じく飛び出した絹が、磨いた爪で花斬りの頬を裂く。散る飛沫は椿の花弁の如く。
 邪魔と言わんばかりに、花斬りが己の足に突き刺さったままのガングニールレプリカを無理矢理引き抜くと、目の前の泰明に投げ飛ばす。
「ぐっ」
 これで足を苛む戒めが消えたわけではない。だが、その隙を衝き奥へ踏み込もうと駆けだした花斬りの前へ、羽を広げた鈴が毛を逆立てて威嚇する。
 撓る尾が勢いよく桜色の数珠を投げつけるも、難なく花斬りの影に切り落とされる。遮られた苛立ちからか、鈴の小さな身へ刃を振り上げた花斬りの影に生じたのは、隙。
 翻る黒の振袖。緩やかな弧月が喰らうは腕の筋。
 千鶴の刃に筋の断たれた腕を抱き、花斬りの影が勢いよく飛び退く。
 止めどなく散る赤が、白い砂利を穢していった。
「させません」
「そうね……簡単に斬れると思わないことね?」
 凛と見据え刀を正眼に構える千鶴と共に諌めるような声で微笑むアリッサの指が、小さなスイッチを押す。後衛陣の背で起こった爆風が士気を上げ、刃は切れ味を増幅させた。
 その爆風の勢いに乗ったリトヴァが、花斬りの影の足元を指差した瞬間、小さな砂利の竜巻が巻き起こり、血の滴る足を戒める。
 傷を治す術を持たぬ花斬りの影が、刃を下段に構えた。
『梅の香の、春を落とせし―……我が刃』
 静かに開かれた口から、うたうような声。間合いの詰めはほぼ一投足。
 舞い散る白梅の花弁。
 場違いなほど、甘やかな梅の香り。
 織櫻の首を取らんと逆袈裟に切り上げる刃が閃くも、その間に花嵐が身を捻じ込んだ。
 ぎぃん!と競り合う角と鋼。青白のニーレンベルギアと白梅の花弁が交じり合う。
 鍔鳴り競った末、花嵐が紙一重で刃を弾くも花斬りの影に動揺は無い。
 上向きの刃を素早く手中で回し、下に向けた刃で容赦無く花嵐を切り裂いた。
 ひゅう、とか細い息で体を上下させる花嵐へとどめが刺されようとした時。
「なあ、相手してくれよ」
 智十瀬の声。影が被る。星の煌めき纏う鋭い一蹴。
 高速回転する車輪が花斬りの影の頭を捉えて蹴り飛ばした直後、智十瀬は花嵐を抱え飛び退き、花斬りの影もまた痛む頭を庇い飛び退く。
 だが、織櫻が花斬りを逃さない。
「何よりも鋭く、何物をも斬る―……」
 宣誓にも似た言葉と共に抜き打たれた斬霊刀 櫻鬼の閃き。
 咄嗟に飛び退こうとした花斬りの影の足が、固まったように動かない。反射的に足を見た時、モザイク濡れの瞳に映ったのは幾重にも絡んだ重力の鎖。
 引けども斬りつけども断てぬ忌々しき戒め。
「我が斬撃、遍く全てを断ち切る閃刃なり」
 大上段からの唐竹割りが、真っ直ぐ花斬りの影を断った。
 吹き上がる血飛沫。
 この日初めて、花斬りの影がたたらを踏む。
「ね、だから言ったでしょう?簡単には斬らせないわ」
 アリッサが特に傷の酷い花嵐へ盾の加護を施しながら、艶やかに微笑んだ。

 響く剣戟の音は鋭く、攻防は一進一退を極めた。
 常に盾役の消耗は激しく、花斬りの影の足を徐々に押さえつつあったが、技の冴えに変わりはない。
 狂い咲いた桜が散る度、アリッサの手がその対処へ取られれば、先んじて邪気払いの翼を広げる鈴と絹も必死であった。花斬りの影に斬り込む織櫻と盾役の努力あってこそ、後衛が機を伺い立ち回れる。彼の影を野放しにすれば、どの道ジリ貧になることは明白。
 だが、常に神経を尖らせるアリッサを支えたのは、澪が射る微弱な電矢と薬雨。
「今は春べと、咲くやこの花―……花明、賦活」
「Hen le ariet,cus Ren le ariet――奏で、詠い、響き、廻れ」
 Thrush Nightingaleで飛ばす澪の矢は、花の軌跡を残し正確に傷口へ触れた途端に細胞を活性させ傷口を塞ぐ。共に「廻れ」と詠唱するアリッサの声は鍵。淡紫の薔薇は女王の愛した奏花。淑女の手元から儚く舞う花の幻が、最も傷の多い盾役を支えていた。
「アリッサさん、リトヴァさん、行きましょう。花嵐、私達だって負けられないわ……!」
 先の借りは返さねばならない。そうね、と涼やかに微笑むアリッサがリトヴァの手を取る。
 意を汲んだリトヴァが再び砂利を礫へと変え花斬りの影の足元目掛けて弾けば、避けようとした花斬りの影が反射的に跳んだ。
「あら……いけない子ね、無防備ではないかしら」
 寒風に銀髪が躍る。
 朝日に煌めいた深藍の鱗爪は、宝石よりも獣めいた艶で花斬りの刃を押さえ込む。
「ちょっと、舞を止めては駄目よ」
 からかうように笑うソプラノは、るりの声。装丁の魔法陣が青白く輝き、ファースタリと刻まれたるり愛用の魔導書が開かれる。パラパラと捲れたページを止めたのは、細い指。
 幼いながら朗々と紡ぐ竜語。翳した掌に浮かぶ魔法陣から火炎竜の幻影が飛出し、空中で抵抗の利かぬ花斬りの影を焼き捨てた。
 炎の勢いに吹き飛ばされ、どうと受け身を取りながら落下した花斬りは再び即座に立ち上がり構える。
 瑠璃丸と櫻鬼が閃き、織櫻の黒刃と白刃が、花斬りの鋼とぶつかり合うも競り負け、弾き飛ばされる。
「おのれっ……!」
「いや、逃がさん!」
 織櫻の作った一瞬の隙に斬り込んだのは泰明。鋼同士がぶつかり合い、火花が散る。
 散る桜の幻影。季節外れの狂い桜に、幾重にも耐性の加護が輝けばもう迷わない。
 鍔迫り合い、弾き飛ばされそうになる。だが、耐える。僅かな間合い。睨み合う。
 乱れる息が響く中、ひどく静かな所作で泰明が正眼に構える。
 真っ直ぐに真っ向から。研ぎ澄まされた太刀。
「心血を、此処に」
 一閃。
 構えることも交わすことも許されない迷いの無い一太刀が花斬りの影を断つ。
 ふらついた花斬りの元へ、踏み込んだのは智十瀬。
「俺の居合、見せてやるよ!」
 納刀した斬霊刀ともう一振りは鎧黒百足の生成した白銀。智十瀬の抜き打った白刃の一閃は風を断ち迫る牙の如く、鋭く花斬りの腹を貫く。
 止まることの無い椿の様な血飛沫が止めどなく流れるも、まだ立つ。
 あと一歩、あと一押し。
「千鶴さん、鈴さん、絹、行きましょう」
 短い呼吸。雪が姿勢を低く走る。
 花斬りの影もまた下段に……否、下段よりも尚低く腰を落とし構えた。
『幸福の 満ち々楽土―……この刃に、ありて』
 三ノ太刀 極楽土。白く細い喉を狙った一刀が迫るも、雪は躊躇いなく真っ直ぐ踏み込む。
 突き上げるように勢いよく上げられた刃を止めたのは二本の爪。
 猫ひっかきで爪を伸ばす絹と、盾役として爪を伸ばした鈴。満身創痍ながら双方の瞳に映るのは主人とその友を守ろうという強い意思。
 閃いた刃は霊体のみを毒する雪の斬撃が、無防備になった花斬りの影を斬る。
「心行くまで、刃を以て語らいましょう」
 齢十八の少女とは思えぬ圧。ただ静かに構える千鶴に、無意識だろう花斬りの影が僅かに怯む。
 隙の無さ過ぎる構え。砂利を蹴る音。瞬いた時には、もう懐に桜咲く乙女が居た。
 仄甘く香る桜は幻に非ず。これは断たれるものへの手向けである。
「静心なく――」
 千鶴の穏やかな声が花斬りの耳を打った時―……その身は花と散り消えた。

●綻ぶ雪解け
 皆々満身創痍であった。
 だが、散り消えた夢と残った戦痕に苦笑い。
 美しき技を持つドリームイーターではあったものの、やはり夢の主たる青年の心にあった強く在りたいという思いも反映されていたのだろう……強力な敵であった。
 傷の治療の傍ら滞りなくヒールされれば、現場はほぼ元通り。
 そして付き添った澪達の介抱もあり、被害者の晴臣も静かに目覚めた。
「あ、あれ?私は、一体……」
 一瞬の動揺はあったものの、ドリームイーターに襲われた旨を説明されれば晴臣は静かに受け入れ、整った姿勢から深々と礼を述べた。
「ケルベロスの皆さん、ありがとうございます。まだ未熟な身で、情けなくお恥ずかしいです」
 困った様な顔で頭を掻いた晴臣に、精悍に微笑む泰明と瞳を輝かせた智十瀬が笑う。
「夢喰からも一目を置かれた演舞、良ければ是非拝見させていただきたい」
「そうそう、誰かに見てもらうっていうのも大切だぞ。自分じゃ気付けない所もあるだろうしな」
「い、いえ!そんな……ケルベロスの皆様にお見せ出来るような腕では」
 突然の二人の申し出に、慌てた様子で晴臣は腕を振る。慌てた様な照れた様な様子は年相応。
「私も晴臣さん本人の演舞も見てみたいわ」
「うぅ……ありがとうございます。で、ですが……」
「技は未熟でも、ドリームイーターのものより美しい気がする」
 渋る晴臣に真っ直ぐ突き刺さったるりの素直な言葉。その通りなようなしかし褒められて気恥ずかしいような……と晴臣が頭を抱え始めたところで、控えめに微笑みあう少女達の声。
 四人のやり取りに、膝に乗せた絹を撫でる雪と喉を鳴らす鈴を抱いた千鶴が、くすくすと笑っていたのだ。
「夢現に垣間見た、素晴らしい理想でございましたし……」
「ええ、そうですね。貴方の技と志が其程に心惹かれるものであったという事……宜しければ是非」
 ねえ、と微笑みあう二人の少女にまで強請られては、晴臣ももう渋ることはできない。
 まだ未熟ですからね!と照れたように前置きしながらも、改めて演舞台に立った晴臣の顔は真剣そのもの。
 静かな所作。空を切る刃の音。舞台を踏みしめる音だけが、荘厳な空気に響き渡る。
 梅は舞わぬ。桜も狂わぬ―……しかし、この美しさは楽土に近い。

 この一瞬は、守り通した大切な今日の続き。
 何物にも代えがたい朝であった。

作者:皆川皐月 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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