潰れたはずのライブハウスに、軽やかな電子音が鳴り響いている。
ピコピコとしたFM音源、俗にいうチップチューンを流しているのは全身が羽毛に包まれた異形、ビルシャナだ。
「小生、悟ってしまったでござる……この世の中でゲーム音楽こそ至高、最高峰にして頂点であると!」
ビルシャナの語りに呼応して気炎を上げる聴衆たち。ゲーム音楽が好きだったようで、ビルシャナの外見が気にならなくなるほど精神的に同調しているようだ。
「ご存知の通りゲーム音楽はハードの制約に縛られるため、いろいろとルールが厳しいでござる! 発音数が少ない、オクターブ域が狭い……テンポにまで縛りがあるでござる」
ビルシャナは特徴的な語尾と同時に手羽を強く握りしめる。
「しかし! その縛りがあるからこそ!! 制限の範囲内で素晴らしい音楽を届けるため、サウンドクリエイターは研鑽を積んでいったのでござる! 人はルールの中で最善を尽くしてこそ! 制約なき自由はすなわち野放図でござる!!」
ビルシャナの熱弁に、信者たちのボルテージも上がっていく。ゲーム音楽以外認めない、狂信者の集団が今できあがろうとしていた。
●
「音楽、か……人が人らしくあるために必要な娯楽文化のひとつだろう」
星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)は集まったケルベロスたちに茶を振る舞いながら、そんな風に切り出した。
「どのジャンルにもそれぞれの良さがあり、優劣などはつけられない……はずなのだが、どうやらそのビルシャナは勘違いした悟りに到達してしまったようだな」
潰れたライブハウスに乗り込み、ゲーム音楽こそが至高だという布教を行い、信者を獲得しようとしているビルシャナを討伐すること。それが今回の依頼の目的だ。
「ビルシャナには10人の信者がついているが、ビルシャナの主張を覆すようなインパクトのある主張を行えば、洗脳されつつある聴衆を正気に戻すことができる。ビルシャナを倒すことでも正気に戻せるが、その場合は信者がビルシャナに加勢するために戦闘面で不利になるだろう」
信者はビルシャナのサーヴァント的な扱いになる。できることならば戦闘前にその数を減らしておきたいところだ。
「現場は都会からやや郊外に行ったところにある潰れたライブハウス。捨てられていた機材を勝手に使って、布教のバックグラウンドミュージックにしているようだな。ビルシャナはステージの壇上から呼びかけ、信者たちは舞台下の客席に位置している。出入り口は客席の最後尾と、楽屋やPAブースを経由しての左右の舞台袖。突入の方法やタイミングなどは皆に任せる」
状況を説明すると、瞬は皆へと頭を下げた。
「先程も言った通り、本来音楽のジャンルに優劣はないはずだ。どうかビルシャナの魔の手から人々を救い出してほしい」
参加者 | |
---|---|
シグリット・グレイス(夕闇・e01375) |
宮藤・恋華(明王論破のプロニート・e04022) |
牙国・龍次(狼楽士の龍・e05692) |
ジュリアス・カールスバーグ(山葵の心の牧羊剣士・e15205) |
萩原・切継(ジャンキージャンキー・e17794) |
唯・ソルシェール(フィルギャ・e24292) |
六・鹵(術者・e27523) |
獅童・晴人(灰髪痩躯の陰険野郎・e41163) |
●間違った悟り
潰れたはずのライブハウス。そこに流れる8ビットのビートを突き破る、荒々しいギターの音色が鳴り響いた。
「な、なんでござるかこの音は!?」
ビルシャナの怒号もかき消すように、バイオレンスギターをかき鳴らして舞台袖から登場する狼のウェアライダー。牙国・龍次(狼楽士の龍・e05692)だ。
「くそっ、ケルベロスか!!」
「おっと、こっちも忘れてもらっちゃ困るぜ!」
もうひとり、顔に継ぎ接ぎのある男、萩原・切継(ジャンキージャンキー・e17794)も愛用のギターを弾き掻いて、激しくそしてどこか切ないメロディアスなリフを刻んでいく。
「ロックとかいらないでござる、もっと音量を上げるでござるよ!」
ビルシャナの言葉とは裏腹に、チップチューンは鳴りやんでいった。
PAブース、獅童・晴人(灰髪痩躯の陰険野郎・e41163)とシグリット・グレイス(夕闇・e01375)が機材の電源を落として二人のライブを支援していたのだ。
「チップチューンの弱点は、電源が落ちると駄目だってことだよねぇ」
引きちぎったプラグを顔の横で揺らしながら登場する晴人。にっこりと微笑みながら、ベースを合わせていく。
「さあ牙国さん、支援するよ」
「おう、しっかりついてこいよ!」
水を得た魚のように龍次のギターが唸る。レフティー、左利きの龍次とそれに合わせる切継。切継のギターは龍次をサポートしつつも、時折自己を主張するかのようにアドリブで跳ねる。修理した元ガラクタギターということで、不規則な音の変化が演奏に変化を与えているのだ。
更にそこへ六・鹵(術者・e27523)は音に合わせて指笛を吹き、会場を盛り上げていく。
「なんだこの、でたらめに弾いてるだけ、なのに……」
「でも、圧倒される……これが、生のライブ音楽なのか……」
ひとり、またひとりとライブの衝撃で洗脳が解け、その場に膝をついていく。
10人の信者のうち、5人が元に戻ったところで演奏が終了した。一曲終えて、汗を浮かせながら満足気にハイファイブをかわす龍次と切継。
出鼻をくじくライブは見事に成功していた。
残った信者を切り崩すべく、シグリットが説得を開始する。
「どうだ、龍次の音楽は」
「どうもこうもうるさいだけだ。騒音なんか聞きたくない、静かになってせいせいするね」
まだ洗脳が解けない信者は強情だ。だが、シグリットはそんな信者の主張を逆手に取っていく。
「そうだな、耳を休めるために外へ出てみるべきだ」
「は?」
「ゲーム音という事はまずそのゲームをプレイしなければならない。だが長時間のプレイは健康に良くない……外に出て耳を澄ませてみろ。風の音、小鳥の囀り、木の葉が揺れる音、川のせせらぎ……どれもが自然が奏でる音楽だ。リラックスするには最適だぞ」
シグリットのそれはいわゆるヒーリングミュージックと呼ばれるジャンルの勧めだった。
「ああ、癒されたい……」
1人、洗脳が解けた信者がふらふらと外へと出ていく。
「別の洗脳をしてしまっただろうか……」
一瞬表情を曇らせるシグリットだが、ひとまず脅威から解放したのだから問題はないはずだ。
「じゃ、じゃあ次は私の出番ですね」
宮藤・恋華(明王論破のプロニート・e04022)と晴人のアプローチは似たようなものだった。
「古き良きチップチューンだけがゲーム音楽じゃないんだよ。ほら、こんなのだって」
携帯ゲームのスリープを解除し、RPGの戦闘曲を聞かせる。
「これが、最近のゲームの……?」
信者たちは驚愕する。戦闘曲にボーカルが入っているのだ。
「他にもゲーム音楽を題材にオーケストラで演奏とか、やってたよね」
鹵の言葉に唯・ソルシェール(フィルギャ・e24292)も頷く。
「ゲーム音楽を否定するつもりはございません。ですが、そもそもゲームをしない人にはゲーム音楽が届きません。オーケストラやメディアミックスで初めて知る人も多いのですから、むやみにゲーム音楽に限るといった縛りを入れなくていいのではないですか?」
ぐっ、とビルシャナの言葉が詰まった。二人がゆさぶったところへ恋華がムジュンを突きつけていく。
「そう、お前の主張はレトロゲーム音楽なら矛盾はない。下水道まで格好いい説明不要のロマンシング、R型3式の重低音、力がみなぎる、伝説の聖剣……キリがない」
「もしもし、宮藤さん。話がズレてるよ」
「あ、そ、そうですね」
晴人に指摘されて素に戻る恋華。残念そうな顔をするビルシャナ。
「おまえとはいい酒が飲めそうな気がしたでござるが」
「音ゲーはゲーム音楽に含まれるのか。アニメのボーカル曲をボーカル消してBGMとして使ってるのはゲーム音楽か。そもそもボーカル入りのBGMも認めるのか……ゲーム音楽とは、演出の一部でなければならない! ゲーム自体に同調し、盛り上げる名脇役! それがゲーム音楽の本質だ! それが他のジャンルを押し退けて主役を張る? 論外だッ!」
恋華の口は止まらない。
「大体、ゲーム音楽はハードの制約に縛られるっていつの時代の話だよ!」
「音楽としてのジャンルの垣根が小さくなって来ているんです。ゲーム音楽はチップチューンだけでなく、他のジャンルの音楽も内包してるんですよ」
晴人の補足の後、恋華はビルシャナへと指を突きつけ、断言した。
「貴様には、ゲーム音楽を語る資格はねぇッ!」
「なっ……チップチューンこそゲーム音楽オブゲーム音楽! ボーカルはNG、最低でも合成音声に限る! 音ゲーは駄目でござる!」
「そ、それはさすがに暴論では……」「魔剤ンゴ? そんなんで皆伝気取りありえんでしょはいエアプ」
この説得で信者のうち2人が我に返った。返らないほうがよさげな信者もいたが一行は気にしないことにした。
「ゲーム音楽は効果音が合ってこそ! サントラにSE付のものもありますし、SEがBGMとなるゲームなんてのもあります! ボーカルがNGではSEも駄目ということになってしまいます。SE無しをベスト1というのはちょっと違いますね!」
満を持して登場するのはジュリアス・カールスバーグ(山葵の心の牧羊剣士・e15205)だ。
「ハードの制約? 果たしてそうですかね? 昔はカートリッジ自体に基盤積んだり、PCに積まなかったら音楽が貧相になってたりしてましたよ! そんな御託は基盤が載ってない海外版とのBGM聞き比べをしてからすべきです」
どうやらゲーム音楽にはビルシャナ以上に一家言あるようで、理詰めと勢いでビルシャナを問い詰めていく。
「いや、でもSEだって3和音しか鳴らせないのを無理やり同時高速演奏して4和音目を作ったりとか、海外でも銀色のサーファーなんかは専用チップ無しで驚異的な……」
「それは個人の卓越した技術があったからこそのレアケースでしょう。だいたいそれクソゲーじゃないですか。クソゲーはBGMだけは良いと言われますが、やったことありますか? バグにデスバランスにゲロ吐く思いでクリアして、その上でずっとゲーム音楽最高といえますか!? 私はちょっと無理ですね!」
強引かつ極端な主張だが、圧倒さえできればこのディベートは勝利である。残る2人の信者は顔を見合わせてビルシャナの元を去っていった。
「ちょっと、よくわかんなかった」
「私も……」
困惑する鹵とソルシェール。この人数でもこれほど知識や理解に差があるのに、全ての人間にゲーム音楽を強制するのが到底無理なことだったのだとビルシャナに現実を思い知らせていた。
「う、嘘でござる……小生の悟りは唯一にして至高でござる!!」
破れかぶれになってビルシャナが戦闘態勢を取る。
それを迎えうつケルベロスたち。戦いの火蓋が切って落とされた。
●ビルシャナの最期
「貴様ら全部氷漬けにしてやる! フリーズ!!」
ビルシャナは多くの氷の輪を放つ。前衛をすり抜けて後衛へと向かう。
「くっ、庇いきれませんかっ!」
射線を潰すべく立ちはだかるソルシェール。切継のテレビウムと共に氷の輪のうちふたつはその身体で受け止めるが、残りはスナイパーとメディックの面々へと向かう。
「ヌルいっての!」
前髪にこびりついた氷の結晶を一撫でして、切継はビルシャナへと疾駆する。
「そんな氷、ぶっ壊してやる!!」
鎧をも破壊する掌底が、ビルシャナの腹部へと叩き込まれる。宙に舞う羽毛。
「行くぞ、ファング! ロア! ネイル!」
この程度なら回復するまでもないと判断し、龍次は三機の小型誘導戦闘機を召喚する。
ガトリングの弾幕をうねるように迂回して飛ぶミサイル。ビルシャナはそれを横に避けようとするが、最後の1機についたブレードが、ミサイルごとビルシャナを叩き斬る。
爆発四散。その威力を確認するよりも先におびただしい光弾が出現し、爆発地点へと殺到していく。
「夜空に瞬く無数の星々が、君を打ち砕く……!」
先程のライブにも似た爆音がライブハウスを突き抜けていく。
「できれば戦いたくない。でも、逃れられないのなら……せめて安らかに……!」
「はぁ、はぁ……容赦ないでござるね」
連続攻撃を食らい、息も絶え絶えな様子のビルシャナに、ジュリアスが立ちはだかる。
「まだまだ死ぬんじゃありませんよ? 破産させたり爆殺したり絞め殺したりボンビー地獄へ落としたりしてませんからねえ?」
ゾディアックソードを大上段に構える。
「武装混剛!!」
掛け声と共に剣が巨大化した。
「ま、まさかそれを……」
「ヨーツイブレードおぉぉ、くぁらたけわりいぃぃ!!」
「やっぱりでござるかぁ!!」
必死で避けるビルシャナだが、避けきれない。肩口からばっさりと切り伏せられる。
残った手羽は、すぐに銀の弾丸で吹き飛ばされる。
「さぁ……悪魔狩りの時間だ」
シグリットの銃口から煙が立ち上る。中衛からの射撃が、確実に追撃を加えていく。
晴人のビハインドも追撃するも、ビルシャナはこれはなんとか身をくねらせて回避する。
「腕が無くても、動く、なら……」
鹵はもごもごと口の中で呪文を詠唱する。魔導書を繰る指先が止まり、足元で魔法陣が展開される。
グラビティの発動と共に、ビルシャナの足首から順に石化していく。
「くっ……万事、窮すでござるか」
ビルシャナは覚悟を決めたようだった。目をカッと見開き、絶叫する。
「それでも、拙者にとってはゲーム音楽がベスト1でござるうぅぅ!!」
「ばいばい」
生み出された竜型の焔がビルシャナを飲み込んでいく。
最後に残ったのは、消し炭ばかりなのだった。
●ベストは皆の心の中に
「スゥーッと効いてこれは……ありがたい……」
ハーブをキメて精神を安定させている晴人の横、龍次は元信者の人間に自分のグッズやCDを手渡ししている。
「牙の陣、聞いてくれよな」
「またライブするなら、教えてください」
「ファン獲得か、ちゃっかりしてんな」
冷やかすシグリットに、龍次はしてやったりとばかりにニヤリと笑う。
「良い傾向だと思いますわ。音は無限ですし、さまざまな方向へ視線を向けることは素晴らしいです」
手を合わせ、小さく頷くソルシェール。
人によって、好きな音楽も千差万別。結局、そういうことなのかもしれない。
とにもかくにも、ビルシャナの騒動は最小限の被害に抑えることができたのだった。
作者:蘇我真 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
|
種類:
公開:2018年1月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|