夜更けのソラ

作者:ふじもりみきや

 しんと冷えた夜のことであった。
 早朝から降り続いた雪はやみ。雲が晴れると天には砂をまいたかのような星空が広がっている。
 場所は森の中。少し歩けば小さな神社があるだけで、普段は誰も訪れないようなところ。降り積もる雪に足跡をつける者もいないその場所で。
 とさ、と、乾いた雪の落ちる音が響いた。
 否。それは雪ではなかった。
 それは機械でできた、蜘蛛の足のようなものがついたコギトエルゴスムであった。
 それは足跡をつけて森の中をかさかさと進む。すぐ近くに一台、廃棄されたテレビがあった。
 捨てられてもう、長いこと経っているのであろう。今巷では見ないブラウン管のテレビは、ところどころ割れが見え、中がのぞいている状態であった。
 ひょいっ。とその中に。
 それは。小型ダモクレスは入り込む。
 ガサゴソとしばらくの間音を立てていたのだが、それが不意にやんだかと思うと、
 唐突にその画面に明かりがともった。
 ノイズ交じりの画像。気がつけばテレビから足が生えていた。
 なにかガサガサとした音を発しながら、テレビは歩き出す。
 星空の中、グラビティ・チェインを求めて……。

「……テレビだな」
 不意に、浅櫻・月子(朧月夜のヘリオライダー・en0036)は言った。
「テレビですか」
 萩原・雪継(まなつのゆき・en0037)も、瞬きをひとつして頷いた。
「そう。つまりとある雪山に不法投棄されていたテレビが、ダモクレスになる事件が発生してな。幸いにも、被害はまだ出ていないが、それも時間の問題だろう。すぐに現場に向かって、倒してやってほしい」
 なお、周囲に人の気配は無く、森の中ではあるが開けた場所があり、戦闘に支障はないと月子は付け加えた。
「このダモクレスは、テレビが変形したロボットのような形をしていて、主に生やした手足で攻撃したり、怪光線や怪音波を発して攻撃してくる。怪しいだけであんまり強くは無いから、そう警戒しないでいい。怪しいだけで」
「二回言いましたね。それ、大事なことなのでしょうか?」
 なんて。
 唐突にさしはさんだ言葉に、雪継がいうと月子は可笑しげに首を振って肩を竦めた。
「……いや、なに。テレビに怪光線は常套句だと思ってね。ともあれ、そこまで大変な相手でもない。ただ」
 それから彼女は人差し指を立てる。少しだけ、いたずらをするような子供の表情で付け足した。
「道中の心配はないとはいえ、夜の森は寒いぞ。温かい格好をしていくといい」
「そういえば……雪が降っていた、と聞きましたが」
 雪継がかすかに首をかしげる。
「ああ。君は、雪が珍しいのだったか」
「そうですね。見たことが無い、というほどではありませんが、馴染みの薄いものです」
 そうか。と月子は言って、また笑った。なら格別あったかい格好をしていくといい。なんていって。
「時間があれば、少し歩いてみるといい。何なら雪合戦でも天体観測でもすればいいさ。……あぁ」
 あった。と月子は写真を一枚取り出す。場所はこんな感じだという言葉を聴きながら、雪継はそれを覗き込んだ。
「綺麗ですね。雪と木々と星があって、どこまでも歩いていけそうだ」
「ああ。こんな景色にダモクレスは不釣合いだろう」
 だからね。と、月子は言葉を切る。そして微笑んだまま、
「風邪を引かないように気をつけて。行ってらっしゃい」
 そう、話を締めくくった。


参加者
ティアン・バ(至る死・e00040)
アリス・ヒエラクス(未だ小さな羽ばたき・e00143)
西条・霧華(幻想のリナリア・e00311)
八柳・蜂(械蜂・e00563)
和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413)
イーリィ・ファーヴェル(クロノステイシス・e05910)
輝島・華(夢見花・e11960)
貴龍・朔羅(虚ろなカサブランカ・e37997)

■リプレイ

 さくさくと、地を踏めば真っ白な大地に足跡が残った。
 空と地と。その静かな世界。狭間にはひとつの……、
「てれ、び……?」
 その戦いは、アリス・ヒエラクス(未だ小さな羽ばたき・e00143)のとんでもない一言で始まった。
「てれびはもっと薄いのだわ。きっとてれびの偽物に違いないのだわ」
 ブラウン管って何? と言われて、輝島・華(夢見花・e11960)はちょっとアリスを見返し首をかしげる。
「あのね、テレビの分厚い子ですの。不法投棄されて、かわいそうな子ですわ」
 ちなみにデジタル放送に移行したのは2011年7月のことである。華もうんと子供のころ見たことがあるかもしれないし、無いかもしれない。チューナーがあれば、壊れていなければ視聴可能であるとはいえ、今はほとんど見ることの無い過去の遺物である。
「……お二人とも、それ以上はいけません」
 和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413)がなんともいえない顔でひとつ咳払い。何が、とまでは言わないがそれ以上はいけない。
 そんな彼女たちの会話を聞いていたのか。テレビはおもむろにすくっと立ち上がった。画面にノイズが走り、不思議な七色に輝いていく。
「なるほど、テレビは怪光線を放つものなのですね。一つ勉強になりました。ですが、そのようなダモクレスを一般市民の皆さんに遭遇させるわけにはまいりません」
 それに応じるように、貴龍・朔羅(虚ろなカサブランカ・e37997)が手刀を叩き込んだ。それと同時に縛霊手が網状の霊力を放射し、テレビへと絡みつく。
 テレビは抵抗するように輝いた。傍から見ればそれは七色の意味の無い光であったが、それは見るものによっては別のナニカへと変じた。
「……っ!」
「え!?」
 イーリィ・ファーヴェル(クロノステイシス・e05910)が思わず目を見開いて硬直した。萩原・雪継(まなつのゆき・en0037)が驚いてその顔を覗き込もうとするも……、
「危ない!」
 その肩を掴んで西条・霧華(幻想のリナリア・e00311) が引いた。情け容赦なく繰り出される鋭い蹴りが雪継の頬を掠める。
「下がって。戦いは始まっています。このテレビに恨みはありませんが、人の世を脅かす可能性がある以上、斬ります」
「このコタツは、誰にも譲らない!」
「どうしよう。とてもとても、おそろしい」
 大変だと、そのさまにティアン・バ(至る死・e00040) が霊力を帯びた紙兵を大量散布する。言葉は大変そうだがあんまり声は大変そうではない感じであったのは、どこか自分が見るとしたらそのあったかいナニカが何であり、それもいいかもしれない。なんて思っているからかもしれなかった。
「ああ……。難儀ですね。とても」
 八柳・蜂(械蜂・e00563)はそう呟いた。ファーの付いたシンプルなコートに、灰色のストール、それと手袋。どこか色の少ない物静かな女はふっと顔を上げ天を見つめる。
「でも……寒いけど、寒い方が空は澄んで綺麗ですね」
 言うと同時に漆黒に染まったナイフを閃かせた。「あなたにまだ罪はないけど、ごめんなさいね」という言葉を添えて。身軽な蜂のような仕草で。
 硬い金属の音がする。弾かれはしないが幾分か硬い手応えだと蜂は思った。テレビが輝く。
 どうやらもう暫く、この七色の番組は続きそうだ。


 鋭い一刀が閃いた。霧華の穿つようなそれをイーリィが脚捌きで体勢を崩させてしのぎきる。
「ええい、卑怯だ! 卑怯だぞー!」
「なんと言われようとも構いません。今度こそ、守れるのなら、私は邪魔する者を斬るまでです……!」
 違う、卑怯なのはテレビでそっちじゃなーい。とイーリィが叫ぶのもままならない。
「ていうか、斜め45度チョップって壊れたときに使うおまじないでしょ!? そっちが使ってくるとか卑怯だー!」
 えーい、と攻撃を捌きながらも間で鎧を穿つかのごとき綺麗な手刀を決める。隣でテレビウムのシュルスもテレビ型ダモクレスに対抗するよう応援動画を流し続けた。
「……っ、あ、あぁ……」
 それで霧華も我に返った。自分の未熟さに少し唇を噛み……どこか惜しむように、丁寧にシュルスに礼を言って敵へと向き直る。
「あぁ! ダメです! 身も凍る寒さでのお炬燵におでんは卑怯ですよ!?」
 はわわわわ。と割とメディック生命線の紫睡は何やら頬に手を当てておろおろしていた。ぽかぽかと紫水晶を取り付けたロッドをお玉のように振り回す。
「ああ。私の魅惑の卵。大根。つゆがホクホクでえいえいえいえい」
「和泉さん、和泉さん、それは僕の頭だと思います……っ」
 たまらず雪継が悲鳴を上げながら、とにかく敵を倒そうと白刃を閃かせた。
「雪継兄様、がんばりましょうなの。ええ。ええ。頼りにしていますの」
 華が杖をふるって援護に回る。さっきまでものすごくおっきなもふもふわんこに包まれる夢を見ていたのは秘密だ。……一人前の大人のレディを目指す彼女敵には、いささか子供過ぎる夢だと自分で思っている。
 朔羅もまた御業を掲げる。放たれた炎弾はテレビに直撃して焦げ目を作った。はみ出たコードの何本かが燃えている。
 黒いドレスを翻し、朔羅は目を眇める。どこか虚ろを思わせる、道具のような瞳。けれども今わずかに悔やむような色の声で持って、彼女は炎弾を絶え間なく放ち続けた。
「……」
 仲のいい家族。暖かい部屋。幸せな団欒。そして……そんなものを幸福と感じ、絶対守りたいと願った自分。目が覚めた瞬間、そんな気持ちすら消えてどんなものか判らなくなってしまったとしても、
「物騒なダモクレスです。……平和に過ごしているものを、壊していいはずがないのです」
 それを惜しいと思う心は確かだった。ティアンは微かに頷いて指先でオーラを操る。それで夢を見ている人々の目を覚まさせていく。状況は若干混乱しているが、焦るほどもない。敵は弱く追い詰められていて、ティアンも援護に回っていればじきにみんな目が覚めて、止めをさせるだろう。
 だからそれが少しだけつらいと、思ってしまう自分に気がついた。
 本当にたまたま、テレビは一度もティアンを見なかった。
「……でも、所詮、幻だ」
 自分がどういう顔をしていいのかは判らない。ティアンは見るであろう幻の心当たりがあったから。口には出さない。幻は幻だ。惜しいとは思わない。だけどちょっとぐらいは、残念に思ってもいいだろうと。ティアンはオーラを渡しながらなんとなく思う。
「はっ! ありがとう、なの。もう、おいしいたい焼きを人質にとるなんて、許せないの!」
 正気を取り戻したアリスが憤慨して、ティアンは少しだけ口の端をゆがめた。ほほえましいが、夢なんてそれぐらいでちょうどいいのかもしれないなんて言葉は胸のうち。即座にアリスは己の幻影を作り出す。
「……触れれば散る、泡沫の夢。然れど……その刃に偽りは無い。幻影には幻影を以って返礼としましょう」
 テレビがその攻撃を受け止めようと手を伸ばす。しかしそれもまた幻であった。頭上から襲来した少女の本体は、巨大な斧で持ってテレビの体を真っ二つにする。
「もう一度おやすみ。次こそは安寧の眠りに就けますよう」
 砕けながらも両手を動かすテレビに、蜂はそっと歩み寄る。
「戻りなさい、元に。その仮初の命は捨てなきゃ駄目よ」
 冷たい吐息を。美しい花嵐を。蜂は吹きかける。あたたかさを、ちょうだいと。ぬくもりのない機械に囁くと、テレビは微かに画面を明滅させ……。そして完全に沈黙した。


 戦いが終わると早々に蜂はその場を離れた。
 森を抜け、ふらっと辺りを見て、雪山を歩く。暫くしたら足が疲れて、とす、と、雪の中埋もれるようにして転がった。
 視界には星が広がっている。そっと手を掲げる。掴める物は何もない。音すらも聞こえない完全な静寂と完全な無。
「……私から奪わないで、これ以上何も奪わないで……」
 戦闘中、幻を見た際につぶやいてしまった言葉。
 左手を見る。手袋に覆われた手は動かない。それどころか全身が徐々に凍えてきている。あぁ、寒いのだと蜂は今更のようにつぶやいた。寒いのは苦手だった。
 ……あの日も、あの時も、こんな風に空を見上げていた。
「星が綺麗ね、どれが何かわからないけど」
 雪の中、だから寒いのは苦手だと。囁くような言葉は夜の中へと落ちていった。……そして、
 次に目が覚めたときも、きっと雪の中だろう。

 ティアンはサイガと共に雪道を歩いた。
 初詣に行こうと言い出したのはティアンだっただろうか。どの道二人とも、特に信心深いわけではない。だから、
「前から言っていたから今更だけど、改めて」
 お参りをしながらそう、ティアンが言い出したことに、さしてサイガは疑問をさしはさまなかった。
「つよく、なる」
 向き合って、真剣な顔でティアンは言う。
「今年だけじゃない、ずっと。最近はさみしく思うこともなんだかなくなってきたんだ」
 これのお陰だろうかと、ティアンは胸元の鐘に目を落とすので、サイガは肩を竦めた。
「そりゃただの飾りだろ。持ち主あっての」
「……そうかな」
「そう。だって勿体無いから」
 それは鐘の力ではない自分の力だと、サイガは言いたかったのだ。けれども真剣に、そうか。なんていうティアンに、サイガは口の端を上げる。
「まあいーんじゃねえの。だからって、祈り程やさしかねえぞ。そうって決めたなら、納得いくまで走るだけだ」
「それは、わかっている」
「そうか?」
「だから、これからも宜しく」
「……」
 ティアンの言葉にサイガは黙り込む。
「つよく、の頭にもっと、をつけたってバチはあたんねえと思うがな」
 そう、冗談めかしてサイガは言った。相手を対等と認めるが故の意地だった。
「そうだな。お互い、もっと」
 ティアンも、笑って頷く。そうして二人して共に天を見上げた……。

 もくもくとかまくらが建設されていた。
 小さな雪うさぎに葉っぱの耳を飾っていた華は顔を上げる。隣にはかわいらしい雪だるまも作って並べていたのだが、
「わ、かまくら作るのですか?」
「そう。もしかしなくてもかまくらなんて初めて。何よりたのしそう」
 ぐ、とアリスが拳を握り締めたので、華はとても驚いて、嬉しそうに真似して手を握り締める。
「素敵ですね、私もお手伝いします。雪継兄様もよろしければ一緒に作りませんか?」
「ええ、それはもちろん、ご一緒させていただきますが……大丈夫ですか?」
 雪継は笑う。少しだけ寒そうにしながら問うと、二人は力強く頷いた。
「わかりました。でも気をつけて。お二人が風邪をひいては、いけませんから」
「わわ、みんなでやればかまくらも作れますかね! かまくら! 大仏! そしておでん! その他もろもろ私がばっちり、大丈夫です!」
「……和泉さん、お腹、空いてます……?」
 何が大丈夫なのだろうか、びしっと断言する紫睡。霧華がこのあたりに雪を足しましょう。なんて構わず建設を続行する。案外おっきくなりそうだね。なんてイーリィも声をかけながら一緒に建設を始めた。アリスはいつも眠そうにしている目を眠そうにしたまま輝かせた。
「みんなですれば、楽しくて早いのね。えいえいおー」
 その言葉通り、かまくらの建設は意外に早く済んだ。中に入ると案外に、広い。
「ふふふ、そしてこんなこともあろうかと。コンロをですね、持ってきたのです」
 中に入るとしたり顔で紫睡がコンロを出してくる。割とすごい執念だと思う。
「待っていてくださいね。おでんの準備は万端ですから。……ところで、雪継さんはおでんの何の具が好きなのでしょうか。私は断然牛筋ですね!」
「和泉さんは、それで割りと結構肉食ですよね。僕は卵です。卵を三つほどください」
「くっ……。おでん軍の卵勢力を一網打尽にする気ですね……!」
「大根はあげます」
「大根も、食べてください」
 一部謎の戦いが繰り広げられていた。
「……では、その間にお茶をどうぞ。寒かったでしょう」
 霧華がお茶を配っていく。華も立ち上がった。半々でみんなに配る。
「うー。寒かったけれど、皆さん大丈夫でした? 可愛いお嬢さんばっかりだから、体が冷えてないか心配しちゃいます」
 おでんをよそいながら紫睡が問うと、華が笑う。
「私も雪はあまり馴染みがないので、確かにすごく寒いですがこの凍り付くような空気は嫌いではありません」
 雪も触れてよかったと華は言う。鼻の先が少し赤いけれども、それがなんだか心地よくてほうっと息を吐いて、
「皆様はどうですか? 寒くはありませんか?」
「そうね。かまくらのことを考えていたら、平気だったのー。……ところでかまくらではおもちを焼いたりするのがスタンダードなのだと聞いたのだわ……」
「はいはい。お鍋を空けますからちょっと待ってください」
「私は、平気ですよ。でも、雪に縁がある人生を送っていたのだとしても、こんなに素敵な雪と星を眺められる機会は中々ありませんね」
 アリスに言われて紫睡がおでんの整理をしている。餅を焼き始めるとまたアリスの目が輝いていくような気がする。それを横目で見やって、寒いところの出身なのだろうか。霧華が言う。
「萩原さんは何かしたいことや遊びってありますか? 雪遊びは少しだけ経験がありますから、私でよければお付き合いをしますよ」
「はは、ありがとうございます。僕はもうこれが、寒くて。後雪の中を歩くのが大変で」
 いつもより少し顔が赤い雪継に、そういえば。と華は瞬きをした。
「そういえば雪継兄様は、どんな幻をご覧になられたのですか?」
「それは、ひみつです」
「うちの弟妹を嫁にやるとかやらんとかそんなことを言いながら切りかかってきました」
「……っ」
 むせる雪継に霧華はしれっとしていた。華は首をかしげる。
「お嫁さん、だめなんですか?」
「だめじゃ……ないですけど」
 そしてそんな中、やけに静かだと思ったらアリスが餅を伸ばして伸ばして伸ばしたりしているのであった。

 食事が終わると天体観測をしようとかまくらの外に出る。
「……あぁ」
 霧華が瞠目して天を仰いだ。満天の星がそこにあった。
「こんな風に星を見て、外でおでんなんて、なかなかやりませんからね」
 すごいですねと。おでん片手に紫睡が空を見上げた。これはない。これは見事ですなんて明るく言うと、アリスも無表情で頷く。
「美味しいし、綺麗だし、言うことないの」
「綺麗な夜空ですね……。今夜の事は忘れられそうにありません。ここに来られて本当に良かったですの」
 華の声がやさしく響いて、そして夜の中へと解けていった。

「ふふ、実はわたし雪道はけっこうプロなんだよ。今日はイーリィさんがエスコートするから一緒にどうかな?」
 皆が外に出るタイミングで、イーリィが手を差し出した。
「え?」
 少し緊張して。恐る恐る手袋越しにその手をぎゅっと握り締めた。
「ところで、雪道のプロって何ですか?」
「うーん。見慣れてるせいなのかなぁ……。ちょっとだけ……得意。それと、懐かしいって思う感情が少しだけ」
 変な感じ。と彼女は言う。そうですか、となんとも芸のない返事で頷いた。
 ただどこまでも続く雪と星の空の間を共に歩いた。ずっと彼女のことは胸がすくような青い空だと思っていたのだけれど、案外そんな冬と雪も似合うのかもしれない。
「ねぇユキひとつだけ我儘いっていい?」
「はい?」
「んとね、もっとユキの話を聞きたくなったの。『雪継』としてじゃなくていいの、キミ自身の」
 足を止めた。彼女はまっすぐにこちらを見ていた。
「だってわたしが出会ったのは記憶をなくす前のユキじゃなくて、今のキミだから」
 そう言ってくれたことがとても嬉しかった。けれど、なんと言えばいいのか。
 じっとその目を見返して。長い間、考えて。正直に口を開いた。
「僕は……本当は、自分の気持ちや考えを話するのは、得意じゃありません」
「……うん」
 これも、自分の話なのだろうか? それ以上言葉がうまく出てこなくて、つないだままの手を自分のコートのポケットに入れた。なぜだか無性にそうしたかった。
「わ」
「すみません。なんだか、嬉しくて」
「ううん。あのね、……ゆっくりでいいよ。この景色のこととか、些細なことでも」
「……じゃあ、あなたの話も聞かせてください」
 ぽつぽつと、語り合う。決してうまい話ができたわけではないけれど……、
 なんだかとても、幸せな時間で。彼女もそうであればいいと願った。

 遠くで人の声がしている。かまくらからの天体観測は、時々雪合戦に変化したらしい。
 朔羅は天を見上げる。こちらはずっと最初からの天体観測で、星の流れを見つめて時折益体もなくその数を数えた。
 無数のような、と人は言う。けれども目に移っている限り、数えることができる限りそれは無数ではないと思う。
 ……そんな、ところが。どうやら人とは少し違う。自分の、言葉にならない……。そう。虚ろなナニカの姿をよくあらわしているのではないかと、そう思った。
「……冬は空気が澄んでいるから星が良く見えますね。天からではなく地上から見る星空も、いいものです」
 まっとうなことを言ってみる。そうしてなんとなく、いつか自分もあの幻を見られるだろうかと呟いた。ただの夢だった、あの幻。なぜそんなことを思ったのかは判らない。
 髪にあるカサブランカがゆれた。それは朔羅にとっては弔いの花だった。

作者:ふじもりみきや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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