失伝救出~ループ・ナイトメア

作者:七凪臣

●覚めない夢
 ――あぁ、と。
 こぢんまりとした小窓から懸命に視線だけを馳せ、薄茶の髪の少年は青い息を吐いた。
 轟々と赤い火が燃えている。煙に巻かれ転げ出て来た人々が、鋭い爪に裂かれて吹き飛んだ。
「……ごめんなさい」
 少年は、繰り広げられる惨劇を漆黒の瞳に映す。ただただ、ぐっと拳を握り締めて。
 悔しかった、悲しかった、苦しかった。
 でも、でも、でも。
「……行こう?」
 沈む悔恨の海。引き上げてくれたのは、似た面差しの少女の声。気付けば街を焼く災厄――ドラゴンは茜の空へ翼を躍らせている。
「ここからが俺達の出番だ」
 誰より早く長身の青年が、隠れていた小屋の中から駆け出す。
 彼が発した言葉は、皆を鼓舞する筈のものなのに、少年にはひたすら苦く響いた。
 果たして何人、癒せるだろう? 救えるだろう?
 だって死してしまった命は戻せない。自分達に出来るのは、災厄から身を隠す建物を修復する事と、生を繋いでくれた人々の怪我を治すくらい。
「こんな時に、あの人たちがいてくれたらデウスエクスなんて……、――?」
 少年は希望を呟き、己の口が紡いだ台詞に首を傾げる。
「どうしたの? 早くいくよ。急がなきゃ!」
 急かす少女に、少年は短く「あぁ」と返す。
 自分は何を思ったのか。まるでデウスエクスに打ち勝てる誰かを知っているような。そんな存在、居るはずがないのに!
「――行こう。助けられるだけ、助けなきゃ」
 夕焼けよりなお赤く燃える街を走りながら、少年はぎりりと奥歯を噛み締める。
 幾人、救えるだろう。
 幾つ、骸を数えるだろう。
 でも、でも、でも。
 自分達は出来ることをするのだ。例え切り立つ崖の上に、辛うじて足をつけている心地であろうとも。

●エンドレスナイトメア・エンド
 寓話六塔戦争での勝利、おめでとうございます。お疲れ様でした。
 そうケルベロス達をリザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)は労うと、その功績によって齎されたものを語り出す。
 囚われていた失伝ジョブの人々を救出できたこと。更には、救出できなかった失伝ジョブの人々の情報を得られたこと。
「これらと僕たちヘリオライダーの予知により、失伝ジョブの人々が『ポンペリポッサ』が用意した特殊なワイルドスペースに閉じ込められていて、大侵略期の残霊によって引き起こされる悲劇を繰り返させられていることが判明しました」
 おそらくこれは、失伝ジョブの人々を絶望に染め反逆ケルベロスにする為の策。
 けれど寓話六塔戦争に勝利できた結果、彼らが反逆ケルベロスと化す前に助け出せる事になったのだ。
「皆さんには特殊なワイルドスペースに乗り込み、繰り返される惨劇を消去し、閉じ込められている人々の救出をお願いします」
 そしてリザベッタが告げたのは、特殊なワイルドスペースへ出入り可能なのは失伝ジョブの人々だけであること。つまりこの作戦に携われるのは、失伝ジョブを有すケルベロスになる。
「繰り返されているのは、一頭のドラゴンによって街が焼かれ、人々が殺戮される悲劇です」
 襲来したドラゴンは、目立つ大きな建物をブレスによって焼き払い、その後に逃げ出した来た人らを容赦なく蹂躙してゆく。
「街の中心部、広場に面した建物が最初のターゲットになります。皆さんはここでドラゴンを迎撃して下さい」
 相手はドラゴンと言えども、その実、残霊。
 ケルベロスの陣営に加わったばかりの失伝ジョブの面々でも、勝利は不可能ではない。
「多数に影響を及ぼす攻撃を得意とするのは厄介かもしれませんが、慎重に策を練れば大丈夫だと思います」
 ドラゴンの残霊を見事撃破できれば、囚われた失伝ジョブの面々は、自ら姿を現してくれるだろうとリザベッタは言い、希望を繋ぐ眼差しで後をケルベロス達へ託す。
「悲劇を繰り返しながらも耐えて来た人々が、絶望に別れを告げられるように頑張って来て下さい。大丈夫です、皆さんならきっとーー必ず」


参加者
アスラン・クラウィス(黒鍵・e44067)
八雲・廿楽(ウェアライダーの妖剣士・e44091)
シュガレット・ルーネ(ウェアライダーの心霊治療士・e44237)
コスモ・ストークス(光り輝くホワイトウィザード・e44449)
椿倉・シロ(からっぽ・e44482)
陸堂・煉司(地球人の妖剣士・e44483)
愚呂地・ケイ(草原の餓狼・e44606)
小鳩・啓太(シャドウエルフのブラックウィザード・e44920)

■リプレイ

 乾いた風が砂塵を浚う。
「ドラゴン退治か。聞いた話だとかなりヤバい相手らしいね」
 灰色のビルを背に、まるで独り言のように愚呂地・ケイ(草原の餓狼・e44606)が言った。
 集中せねばならない。残霊でなければ、いま此処に居る戦力では到底叶うべくもない相手。夕焼けに燃える空に迫る影でさえ、圧倒的迫力を有す敵。
(「ま、またドラゴン……なんですね……」)
 別に怖気づいているわけじゃない、と己に己の言い訳を被せつつ、シュガレット・ルーネ(ウェアライダーの心霊治療士・e44237)は白い肌を青褪めさせて喉をこくりと鳴らす。
 失伝者の檻から救い出されて、二度目の戦場。初めて戦ったのも、彼の残霊だった。
(「あれは、偽物だから。だいじょうぶ、だいじょうぶ」)
 握り合わせた両手に力を籠め、兎の血を宿す少女は徐々に輪郭を明らかにする標的を見つめる。
 緊張している場合ではないのだ。
 ――早く、みんなを助けなくっちゃ。
 頭上にピンと立った長い耳で音を拾い、シュガレットは未だ見ぬ同胞を想う。
 必ず、救い出す。皆が自分たちを助けてくれたように。

●抗
 後ろ足を地面へ降ろすや否や、目にも鮮やかな赤い竜は紅蓮の炎を吐き出した。
(「……っ」)
 抗う力を持たぬ訳ではない。けれど尻込みしそうになる気持ちを、ぎゅっと唇を噛むことで殺し、アスラン・クラウィス(黒鍵・e44067)は我が身を火炎へ曝け出す。
「すまねぇ、助かったぜ!」
 シュガレットと二人、アスランと彼が連れる神話にも登場するといわれる猫によく似たウイングキャット――アーテルに庇われた椿倉・シロ(からっぽ・e44482)は気負いない謝辞を投げる。
(「翔んで仕掛ける様子はない、ね」)
 飛び交うのは、敵の攻撃と仲間の声くらいだ。ヘリオライダーの予見通り破壊の王にならんとするドラゴンの有り様に、懸念の一つを払拭してケイは怒りの感情を雷へと換える。
「迫力だけなら、十分本物――一切気は抜かずにいかせてもらうよ」
 的確に命中させる事を択んだグラビティは過たず中空を奔り、赤い巨体にぶつかり爆ぜた。
「攻撃は任せて」
 後をコスモ・ストークス(光り輝くホワイトウィザード・e44449)へ託し、妖精族の魔力から生まれたという靴で八雲・廿楽(ウェアライダーの妖剣士・e44091)が敵の懐へと駆け走る。
 黒い髪から伸びる、同じ色の狐耳。靡く古式ゆかしい和の装いも相俟り、さながら絵巻物から飛び出して来たかの如き少年は、顔色一つ変えずに晴明桔梗の型のオーラを巨躯の腹部へ叩き込む。
 ならば託されたコスモの方は――。
「よっしゃ。それなら回復は俺たちに任せておくんだぜ!」
 何故禁術の使い手になったのか分からぬ前向きさを弾けさせ、溌剌とした声を上げた。
「皆がいるから、怖いもんなんかないさ!!」
『ウフフ……ソウダネ』
『コワクナイヨ……』
 果たしてコスモの朗らかさとは裏腹に、振るわれた力は実に怪奇。星の煌きのような白い光を纏った幽霊たちが現れアスランらの周囲に散開したかと思うと、聞こえる者の耳には囁くような笑い声が癒しと共に忍び入る。
 とはいえ、驚いている暇はない。竜に灯された炎を消されたアスランはすかさず黒鎖を操り守護の陣を描き、流れに乗ったシュガレットも同じ力で前衛の護りを固めるのに一役買う。
「それなら、俺も遠慮なくいかせてもらおうか」
 椿色の瞳を輝かせ、魂喰らう刃を手にシロも疾駆した。陣取ったのは、敵の右脚付近。そのまま細身の体躯を撓らせ、残霊の腱にあたる部分を引き裂き命を啜る。
 苦痛に牙の生えた口が叫ぶ。その本能を震わせる咆哮に、小鳩・啓太(シャドウエルフのブラックウィザード・e44920)は肩を跳ね上げた。
 残霊だと分かっていても、小心者で臆病者な少年にとって、眼前の敵は十分に怖いもの。しかし、
(「この空間に閉じ込められてた人達は、もっと怖くて、辛くて、悲しんでいるんだ……」)
 覚醒したばかりでグラビティでの攻撃に少し躊躇いを抱く啓太は、救い出すべき人らを想い強さを得る。
「あ、あの人達を助けられる力が……オレには有る……絶対に、みんなを連れて帰る……!」
 言葉の始めが躓く癖は抜けずとも、括った腹は相応の覚悟と化して。啓太は熱持たぬ水晶の炎でドラゴンの残霊の翼を切り刻む。
「……悪くない」
 そして傍らで啓太の奮起を見た陸堂・煉司(地球人の妖剣士・e44483)は、緩く口の端を上げた。
 癖は誰にでもある。初対面の相手へは警戒が先にたってしまう煉司のように。敵でないから、それでいい。否、肩を並べて戦う相手は信頼に値する。それに、何より。
「運命に抗おうとする奴も、嫌いじゃねぇ」
 今も何処かで息を潜めている同胞のように。或いは、怯えながらも敵を穿つ仲間のように。
「……踏み躙られるのを黙って待つ必要はねぇ」
 あいつらに、教えてやる。
 足掻いて来た事は無駄なんかじゃねぇってことを。
「俺達がここにいる事が、その証明だ」
 きっとこの戦いも見ているはず。鼓舞を行動で現わす煉司は、轟く竜の砲弾を放ち、その意を燃える景色に刻み込む。

●拓
「デカいドラゴン相手でも、負けられねぇな!」
 例え回復に徹する立場にあっても、コスモの心は耀き燃える。
「ガチで癒していくからな、安心してくれよ!」
 言うが早いか、コスモは掲げたネクロオーブの占い結果を告げて廿楽が負った深手を治す。
 凶行の主に狙われたのは、戦列の中衛。様々な妨害因子を撒く廿楽とケイ。壁になるアスランらも奮闘はするが、抜かれてしまった射線は容赦なく『標的』を襲う。されどコスモに焦りがないのは、回復のフォローに盾を担う者らが回ってくれているから。今もケイが被る筈だった一撃を受けたアーテルの傷は、アーテル自身とシュガレットが即座に対応している。
「万策尽きてるんじゃないか? ご愁傷様だな。まぁ、加減してやるつもりはねーけどな」
 挑発に喉奥をククと鳴らしたシロは、流れるように駆けて敵の懐に滑り込む。ダメージソースである自覚はある。故に、外す事は許されない。
「貰ってくれよ、お返しは要らねぇから」
 演算処理で導き出した今回の最適解は無数の霊体を纏わせた斬撃。毒を仕込む一閃は残霊の腹を貫き、その手応えでシロへ自らの存在証明をくれる。
 繰り返し街を灼かんとするドラゴンは、既に疲弊が明らかになっていた。しかし威風堂々たる在り様までは失われていない。
 巨躯は見上げる侭。爛々と光る瞳は、凝集された命の宝石のよう――しかし。
(「ドラゴン……強く、美しいデウスエクスですね。正直、畏怖を覚えますし、尊敬すらしています」)
「……ですが、あなたは『そう』ではない」
 眼前の相手へは胸に抱く憧憬を否定し、アスランは尚も自陣の守りを堅固にする。
「う、うん……そう、だね」
 アスランの気概に中てられ、啓太も頷いた。強がりを口にはしたが、消せない恐怖はずっと啓太の裡にある。一人で立ち向かうなんて、絶対に無理だと今でも思う。
「で、でも。仲間が居るから……デウスエクスに対抗できる力が有るから……」
 力を得た事を繰り返し呟き、苦しむ人を助ける為に啓太は己に発破をかけ続けた。
「オレに出来る事、全部やるんだ……!」
 迷いはない。震えて揮う啓太の魂は虚無球体を編み出し、不可視のままにドラゴンを襲い、背にある翼の一枚を消失させた。
 此処に立つケルベロス達は、何某かを抱えた者が多い。だのに誰一人、目線を下げようとはしない。
(「良いねぇ」)
 ドラゴンの挙動を観察する序、視界に収まる同胞らの姿に背を押され、煉司も巨大槌を振り上げる。
「――敵は、屠るのみ。そしててめーは、間違いなく『敵』だ」
 大気を唸らせるスウィングから発する砲弾は、残霊の足を止める効果を持つもの。
「さぁ、ますます当り易くなっただろ? 存分に的になってくれよ」
 きつくなった縛めに長い首が苦し気に震えたのを見止め、煉司は混沌の水で補う右目をすっと細めた。

 前、ドラゴンの残霊と相対した時。守られてばかりだったとシュガレットは言う。だからこそ、今度は。
「私がみんなを守らなくっちゃ……!」
 足掻くように襲い来る爪へ自ら飛びつき、シュガレットは全身を苛む痛みに歯を食い縛る。
 諦めを知らぬ敵は、起死回生を狙い猛攻を続けていた。その圧迫感はシュガレットを怯ませるに十分。だが、救われた少女は、救い出す側になろうと己の弱さに立ち向かう。
「おいっ、大丈夫か!?」
「はっ、はい……っ」
 後ろから掛かったコスモの声に、シュガレットは健気に是を返す。足は震えているにも関わらず!
「早く決着をつけよう――待っている人たちも居る事だしね」
 激戦の記憶が佳き未来を導くとは限らない。ならばなるだけ速やかに決着をつけようと、跳躍したケイはジグザグに変形させた刃でドラゴンの首筋を掻き切った。
 ――ガァアア、アァッ。
 一気に鈍さの増した体に、残霊が空へ吼える。大気を震わす轟きは、きっと身を潜ます誰かへも届いているだろう。
 だから廿楽は、必要以上に大きく舞う。
 見ていて、僕らの戦う様を。キミたちの悪夢のループが終わる瞬間を。
「負けない」
 抜いた刃は、禍つ気を放つのに。鮮やかに、華やかに、神楽を踊るように廿楽は喰霊刀は薙ぎ。
「絶望する必要はないんだって、教えてあげるよ!」
 ――りん。
 涼やかな鈴音を響かすような澄んだ剣閃で、廿楽は一枚残った残霊の翼を根元から絶ち落とした。

●始まりの終止符
 戦闘に要した時間は、そう長くなかった筈だ。しかし極度の緊張を伴うと、時の流れは遅く感じるもの。新たにケルベロスの陣営に加わった者らは、果敢に挑み続け。誰一人倒れることなく、求めた未来に至る。
「俺も、負けません……!」
 アスランにとって体術は決して造詣深いと言えるものではない。それでも時流を読んだアスランは選ばれし者の槍を手に、ドラゴンの御許へ駆け参ず。
(「恐れは、ない――俺が恐れるのは、欲だから」)
 間合いを詰めると、より実感する敵の巨体ぶり。されどアスランは怯まず稲妻帯びた切っ先を、滑らかな表皮などとうに失われた腹へ突き立てた。
 ――、……!
 最早、まともに苦痛の声さえ上げられなくなった残霊が、アーテルが放った青薔薇のリングの衝撃に仰け反る。
「お、オレ、も。みんなの力に……なれてる、かな?」
 未だ自信なさげな啓太の呟きに、兎らしく軽やかに高らかに跳ねたシュガレットがほわり微笑む。
「もちろんです!」
「……そっか、うん。なら……!」
 決めた覚悟の果て。仲間と共に立って迎えられる事に胸を温め乍ら、啓太は渾身の禁呪を編む。何もかも無に帰す一撃は、残霊の半顔を消し去り、
「えぇ、私も……!」
 啓太同様に恐れを抱きつつも必死に奮い立ったシュガレットの、煌く星を纏わせた蹴りによって、遂に首そのものがあらぬ方向へ折れた。
「……無様な形、だな」
 輝かしさを失い、灰に近付く敵を見遣り煉司は短く言い捨てる。もう敵とさえ感じられない相手。ならば早々に終焉を。鍛錬の賜物である一撃は二連の撃となり、残霊を地に伏させた。
 こうなってしまえば、もう赤い悪魔は抗いさえ出来ずに。
「――貫け」
 敵の動きを封じるのに貢献したケイも、己のみが持ち得た力で事の終いに尽くす。指先を弾くように飛ばしたコインサイズの金属は、雷を纏いて項垂れたドラゴンの眉間を討った。
 こんな状態で絶命しないのは、地球に根差す生き物と異なるからか。とは言え、黄泉路へ足を踏み入れているのは間違いない。
「さぁ、もうすぐキミ達の元へ光が注ぐ!」
 救う相手を思い描き続けた廿楽は、薙いだ刃で想いを形にする。上半身と下半身、半ば分かたれたドラゴンの姿を、潜む彼ら彼女らはどんな心地で見つめているのだろう? もしかすると、もう駆け出したくてうずうずしているかもしれない。
「よっしゃー! これでも喰らいやがれー!」
 安定した戦線維持の要を担ったコスモも、しがらみから解かれたようにネクロオーブを振るう。
「シロ、後はよろしくだぜ!」
「請け負った」
 熱なき硬質の炎で敵の命を刻んだコスモに決定打を託され、シロは筆をとった。
「code:ark,inperium,finis――彩れ、染めろ。界を成せ」
 機械の身体をフル活用した計算結果と、ゴッドペインターの力の合わせ技。くるりと回った筆は、赤黒いインクで巨大な鯨を中空へと描き出し。その眼が開いた刹那、獲物を認識した仮初めの息吹は口を開いてドラゴンさえも食む。
 ――楽しい夢をみせてあげよう、終わりのない果ての舟の中で。
「これで終わり――だよ」
 愉しむ調べから、楽しむ音色へ。響き移ろうシロの言葉は、戦いの終を告げていた。

「なんとか倒したけど、戦いの傷痕っての?」
 敷き詰められていたアスファルトは所々剥げ、背後に庇ったビルにも余波で日々が入っている。
「これだけ派手に暴れられちゃたまらないね」
 激戦の残り香に、ケイが肩を竦めた。その時。
「あのっ!」
 息を切らし、細い路地から三人の人物が駆け寄って来る。男性二人に女性一人。何者かを問う必要はなかった。
「助けに来たんだ。一先ずここから出よーぜ」
 仕舞っていた煙草に火を点けてシロが誘えば、三人は――救出対象である心霊治療士たちは顔を見合わせる。
 その表情に、アスランは困惑と歓喜を視た。まだはっきり現実が飲み込みきれていないが、何かが変わったというのは理解しているのかもしれない。
「だ、だいじょうぶ、だよ。一緒に、帰ろう?」
 たどたどしくも慈しみに満ちた啓太の招きに、まずは少女の表情が和らいだ。
「兄さん!」
「え、っと」
 似た面差しの少女に手を取られた少年の瞳が揺れる。
「あー、色々考えんのは後でいいだろ。とりあえず、外の空気でも吸おうぜ」
 葛藤を抱えるよう、一歩を踏み出す事に躊躇う風の青年へ煉司は顎をしゃくって『外』を示す。
「何も気にする必要はねぇよ。あんた達は手の届く連中だけでも拾い上げようとしてきたんだろ。だったら誇れよ。そうして繋いできたからこそ、今の俺達がいる」
 ――黙って踏み躙られるだけの時代は終わったんだ。
「嗚呼っ」
 煉司の実直な弁に、年長の青年が感極まった風に顔を抑える。歓びで泣き出しそうなのかもしれない。
 でも。
「あんまり時間はないんです。と、とにかく今は早くここを出ましょうね! ね!」
「ほらほら、急ぐぜ! 超特急だ」
 わたわたと手を動かし急かすシュガレットと、今すぐにでも手を引かんばかりのコスモの言う通り、長居は無用。
「――見えてた?」
 十一人と一体。肩を並べて走りつつ、廿楽は薄茶の髪の少年へ尋ねてみる。答は、首肯。
「ありがとう……勇気を貰ったよ」

 終わらない夢は、終わった。
 新たにバトンを受け取った彼らは、新たな未来へ歩み出す。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。