失伝救出~いろはに絢めく

作者:犬塚ひなこ

●絢爛のいろは
 枯れた森の奥にて、少女はたったひとりで戦っていた。
 葉の落ちた灰色の樹々は枝をうごめかせ、周囲を破壊しながら暴れている。
「まだまだ! もっとカラフルに塗るよ!」
 鞭のように撓る枝を華麗な跳躍で躱した少女は明るく無邪気な笑みを浮かべた。そして反撃として手にしたペイントブキを振るい返す。
 筆めいたそれを使って塗り広げるのは七色の軌跡。色のない枯れた枝が鮮やかに染まり、攻性植物は力尽きる。
 だが、そんな樹の一部からは囚われた人の頭が見えていた。攻性植物を倒すと同時に取り込まれた人間も息絶える。その光景を見た少女は僅かに俯いた。
「…………」
 されどそれも一瞬のこと。少女の周囲にはまだ枯れ木の攻性植物が居る。
 樹に意識と力を奪われて宿主とされている人々は多い。彼らはときおり苦しそうな呻き声をあげていたが少女は首を横に振る。
「助けられなくてごめん。ごめんね……。でも、あたしは約束したから」
 少女は敢えて笑顔を浮かべる。
 その視線の先にはひときわ大きな樹に取り込まれた、少女より少し年下に見える少年の姿があった。弟のように可愛がっていた彼を思い、少女は武器を強く握る。
「キミは言ったよね、『僕の分まで笑って、戦い続けて』って……!」
 取り込まれた人間はもう、救うことが出来ない。
 それを知ったからこそ少年は自分ごと敵を倒して欲しいと願った。約束は守るよ、と呟いた少女は意識を奪われたまま苦しみ続ける少年と、悪しき攻性植物を見つめる。
 だが、そのとき。
 周囲の樹々が急に集まりはじめる。合体していく敵に驚いた少女だったがペイントバケツから色とりどりの塗料をばら撒いて対抗する。やがて攻性植物は一体の巨木となり、少女の前に立ち塞がった。
「くそぉ、こんなときにあの人たちが来てくれたらいいのに。……あれ?」
 思わず悪態を吐いた少女はふと首を傾げる。
 あの人たちって誰のことだろう、と。疑問を浮かべた少女だったが、すぐに筆を構えた。分からないなら仕方ないと開き直った彼女は宙に鮮やかな背景を描く。敵は強大だが挫けてなどいられなかった。
「とことんまでやってやろーじゃん! あたしの筆捌き、たっくさんみせてやるから!」
 その表情は明るい笑顔のまま。
 しかし、その心が痛んでいないはずがない。それでも笑顔で戦い続ける。ただひとつの約束を守る為に少女は微笑み、そして――。

●彩に満ちた世界
 笑顔の裏では絶望が渦巻き、少女の心を蝕む。
 ヘリオライダーによって予知された光景はとあるワイルドスペース内のものだった。
「たいへんです、またひとり囚われたゴッドペインターの子を見つけましたです! 皆さま、急いで救出に向かって頂けますか?」
 雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)は失伝の力を持つ少女が閉じ込められているという空間の場所を示し、ケルベロス達に願う。
 ゴッドペインターの少女はたったひとり、大侵略期の残霊空間の中に居る。
 空間内は枯れた樹々が広がる冬の森。
「女の子はリカと同じくらいの年頃の子みたいです。彼女は森に巣食う攻性植物と一生懸命に戦っていますです。でも……」
 敵や取り込まれた人間は全て残霊であり、過去の悲劇が幾度も繰り返されているだけだという。少女は空間内に満ちる洗脳の力によってそれが現実であると思い込まされているらしく、気付かぬまま同じ戦いを続けている。
「悲劇の結末はいつも笑顔なのです。敵を倒して、友達を助けられなくて……それでも笑っていなきゃ、って彼女は微笑むのでございます」
 だが、それも長くは続かない。
 そうやって苦しい戦いを続けさせることで絶望を宿し、反逆ケルベロスとして覚醒させるのが敵の目的だったようだ。
 しかし今、少女が絶望に染まる前に助けに向かうことが出来る。
 此方が駆け付けられるのは攻性植物が巨大化してすぐのタイミング。
 少女が描いた色鮮やかな絵や塗料が目印代わりになっているので、すぐに戦場を見つけ出すことが可能だ。
 特殊なワイルドスペースには同じ失伝ジョブを持つ者達しか入れないようだが、内部の残霊はまだケルベロスになったばかりの者でも倒せる程度の力しかない。
 けれど、と首を振ったリルリカは語る。
「強くないからといって敵をすぐに倒してはいけませんです。絶望を消すような戦い方をしないと……つまり、被害者さんを助けなきゃだめです」
 樹に取り込まれた人間は十数人。
 特に少女が弟のように可愛がっていたという少年を救うことが絶望を取り払う鍵となるだろう。彼もまた残霊であり、少女の友人であったと思い込まされているに過ぎない。
 だが、残霊達も元は実際に生きていた人間だ。たとえそれが過去の亡霊だとしても救い出すことは希望に繋がる。
「攻性植物に宿主にされた人たちを救うには、戦いながら根気強く癒しの力をかけていくことが必要です。そうすれば敵にだけヒール不能ダメージが溜まっていきます」
 それが最大の状態で敵を倒せば取り込まれた人を無傷で助けることができる。
 しかしそれは長期戦を覚悟するという意味だ。攻撃の手を緩めることで敵が此方を倒そうとする好機を与えることでもある。
 それでも、少女の心を救うにはこの方法で戦うしかない。
「ゴッドペインターの女の子は勝気そうでしたが、戦い方を話せばきっと素直に協力してくれると思います。だからどうか皆さま、あの空間を平和に導いてください!」
 そうすれば洗脳も解け、少女を外の世界に連れ出せるだろう。
 新たな仲間となる可能性のある彼女を見捨ててはおけない。リルリカは仲間達に真剣な眼差しを向け、深く頭を下げた。
 死と絶望が満ちる冬の世界から少女を救い出す。それはきっと同じ力を持つケルベロスにしか出来ないことだ。其処から繋がる未来が彼女にとって鮮やかな色に満ちた世界であるように願い、リルリカは戦いに赴く者達の背を見送った。


参加者
眠姫・こまり(矛盾した眠り姫・e44147)
レオ・テーニセン(田舎っぺライオンハート・e44170)
由井・京夜(駆け出しゴッドペインター・e44362)
シャルファ・テイパー(きみのゆめ・e44374)
苺野・花織(猫魔嬢・e44425)
桃園・映(オラトリオのゴッドペインター・e44451)
玖櫻・佳鵡(臆病な演劇好き少年・e44454)
オリバー・クララック(ウェアライダーの心霊治療士・e44588)

■リプレイ

●約束と呪縛
 交わした約束は、とても大切なものだったはずだ。
 だけど何でだろう。大事だったあの子の名前が思い出せない。どんな思い出があったのかも今は霞がかかったかのよう。
「ごめんね。それでも、」
 約束は守るから。
 言葉にしない思いを胸に秘めた少女は絵筆を掲げ、巨大な攻性植物に立ち向かおうと決めた。かの約束は偽りであり、作られた記憶に過ぎないという事も知らずに。
 だが、そのとき――。
「ちょぉぉぉぉっと待ったーっ! 諦めるのはまだ早いんだよーっ!」
 桃園・映(オラトリオのゴッドペインター・e44451)の声が響き渡り、少女がびくっと肩を震わせる。その機を逃さず、由井・京夜(駆け出しゴッドペインター・e44362)も彼女が行おうとしていた攻撃を止め、攻性植物が振るう枝を受け止めた。
「ちょっとそこのお嬢ちゃん、僕等の話ちょっと聞いていかない?」
 樹に取り込まれた人を助ける方法がある。
 そう告げた京夜に少女は首を傾げた。その間に苺野・花織(猫魔嬢・e44425)敵の動向を窺いながら、周囲を見渡す。
「ワイルドスペース、初めてじゃないけど慣れないな、この感じ……」
「しかしこれで捕まっている仲間を助けるのは最後。ようやっとぜよか?」
 玖櫻・佳鵡(臆病な演劇好き少年・e44454)も警戒を強め、花織と共にゴッドペインターの少女をしかと見つめた。
 枯れた木々に目立つ塗料は鮮やかに彩る虹のよう。そんなことを感じたオリバー・クララック(ウェアライダーの心霊治療士・e44588)は戸惑う少女を見つめ、小さく頷く。
「お嬢さん、お助けします。ボクたちはこの植物の倒し方を知っています」
「倒し方くらい、あたしだって!」
 対する少女は強気な表情で笑顔を作ってみせた。だが、ただ倒すという意味ではないとオリバーは首を振った。眠姫・こまり(矛盾した眠り姫・e44147)も頷き、少女の表情を見て目を細める。
「笑顔が素敵なのは良いことです……ね」
 けれど、心の痛む笑顔は見ていても辛いものがある。残霊であっても取り込まれた人を助け出して、本来の彼女らしい笑顔を取り戻したい。そう願うこまりの傍ら、シャルファ・テイパー(きみのゆめ・e44374)が一歩前に踏み出す。
 敵が再び攻撃に移るだろうことを予測したシャルファは皆を守る為に身構えた。
「彼らを救う方法があるんだ。手伝ってもらえたら大助かりなんだけど、どうかな?」
「誰も絶望なんてさせない。そのためにおら達ケルベロスがいるんだべ」
 レオ・テーニセン(田舎っぺライオンハート・e44170)も橙色の眸を真っ直ぐに向け、少女に笑いかけた。すると彼女はもう一度首を傾げる。
「ケルベロス?」
 思い出せそうで、思い出せない。少女がそのような表情をしていると察し、映はシャーマンズゴーストのプッチマンゴーさんに援護を願う。
 攻性植物は容赦なく此方を屠ろうとしていた。京夜は少女が焦って攻撃に移らぬよう止め、映は光の盾を展開して守りを固める。
「大事なお友達なんでしょ? ハユたちも手伝うから、助けよう?」
「どうでしょう、ここは力を貸してくれないでしょうか。キミの力が必要です」
 続いたオリバーが真剣な眼差しを向けたことで少女がはっとした。シャルファは攻撃を自分達に任せて欲しいと告げ、敵を回復する役目を彼女に託す。
「きみの元気を、あの子にわけてあげて」
「ね、そんなことして本当に良いの?」
 シャルファの説明を聞いた少女は少しだけ訝しげな様子を見せた。無論、表情には出していないがレオには分かってしまう。自身が臆病であるからこそ、不安な気持ちも理解できるというものだ。
「目の前に救える命があるのなら、おらは絶対に諦めない!」
 レオは励ましの代わりに強く言い放つ。その言葉によって少女は目を見開き、手にしていた絵筆を握った。
「……そうだよね。じゃあ、とことんまでやってやろーじゃん!」
「うん、その調子」
 意気込む少女の横顔を見遣り、花織は双眸を幽かに細める。
 そして、番犬達は敵に注意を向けた。これは過去の残霊を救い、少女に希望を与える為の戦い。故に諦めはしないと心に決め、仲間達は未来を見据えた。

●無色の笑顔
 枯れた世界に宿る彩。
 それは決して黒い野望に塗り潰させてはいけないものだ。オリバーは攻性植物に囚われて苦しむ人々を見つめ、自分に大自然の流れを宿す。
「大丈夫。ボク達がサポートします」
 少女に呼び掛けたオリバーは敵を癒すことで人々の苦しみを和らげていった。
 長期戦になりますが、と小さく呟いたオリバーに頷いた花織と佳鵡は静かな覚悟を胸に宿す。星座の陣を描く佳鵡と攻勢に入った花織に続き、レオも敵を狙い打った。
 銃口から射出された光弾が敵を貫く中、レオは確かな決意を抱く。
(「たとえ残霊だとしても、絶対に助けてあげるんだべ!」)
 彼らは過去に死した者達であり、本当の意味で救うことは叶わない。それでも見捨てるなんてことは出来なかった。
 シャルファはレオが抱く思いを感じ取り、自らも光の剣で敵を斬り裂きに駆ける。
「もし夢だったとしても、これはおいしくないなあ……」
 この空間は繰り返される悪夢のようなもの。だが、だからといって看過できるようなものではないとシャルファは首を振った。
 それに、此処に閉じ込められていた少女は何度の悲劇を繰り返したのだろう。
 こまりは癒しの補助に回っている娘に視線を向けて思う。たとえ忘れさせられているとはいえ、心に積もる悲しみや絶望の欠片は相当なものだろう。
「笑顔だけどあなたの心は笑顔じゃない……よ?」
「……っ!」
 こまりが告げたことに対し、少女は言葉に詰まる。其処へ攻性植物が放つ冬色の嵐が襲い来た。すかさず京夜が庇いに入り、一撃を肩代わりする。
「大丈夫? ハユに任せて!」
 映は即座に気力を放って仲間の傷を癒す。その間にマンゴーさんは祈りを捧げ、オリバーたちを支えた。
 平気だよ、と答えた京夜は身構え直す。
「このままじゃ、楽しく塗り替える事なんて出来ないでしょ?」
 それがゴットペインターの性分だから、と笑ってみせた京夜は反撃として流水斬で斬り込んだ。しかしその威力は弱く、敵を倒さぬように配慮した一閃だ。
 オリバーが即座に敵を癒すことで補助に入り、少女も鮮やかな背景を描いて仲間の士気を高めた。オリバーは少女と頷きあい、意志を確かめあう。
 そして、こまりは己の背丈よりも大きな竜槌を掲げた。
「――禁呪禍術……」
 厄が禍を破壊する。即ち、ワースブレイカー。
 こまりが放った幾重もの呪の禁術が迸り、攻性植物を包み込んだ。されどこまりは首を振り、佳鵡に合図する。
 佳鵡は敵がダメージを受け過ぎているのだと悟り、癒しの力を紡いだ。
「ホントに大丈夫。君も、友達も助けるよ!」
 少女に呼び掛けながら佳鵡が奏でたのは希望の為に走り続ける者達の歌。桜色の髪が音色に合わせて揺れる様はまるで枯れた森を彩っていくかのようだ。
「うん、信じさせて貰うからね!」
「彼らは絶対に助かる。そんな未来を導くの」
 少女が頷いたことを確かめ、花織も思いを言葉にした。其処から竜槌を変形させた花織は轟竜の砲撃で敵を穿った。
 反撃の枝が振るわれたが、マンゴーさんが冷静にその一閃を捌く。
 さすが、と映が保護者的存在である相棒を褒め、レオもちいさく笑んだ。感じるのは不安でも恐怖でも、ましてや絶望などでもない。
 仲間と共に戦うことで自分が持ち得る以上の勇気が満ちてくる気がした。
「誰も助けられず絶望に染まる未来なんて、まっぴらごめんだべ! そんな結末は、おらがこの力で塗りつぶす!」
 きっと自分はそのためにケルベロスとして目覚めた。
 レオは拳を握り、音速を超える一閃で枯れ枝を穿つ。乾いた音を立てて樹の一部が崩れ落ち、敵の力を奪い取った。
 だが、敵は未だ暴れ足りないとばかりに無色の毒を振り撒いてゆく。
 京夜はその動きを察知して再び仲間を守る。
「年上のお兄さんとしては、後ろの子達に攻撃を通す訳にはいかないからねぇ」
「今すぐに癒します」
 オリバーは果敢に戦う仲間の背を見つめ、傷口から溢れる血液を操った。その力を癒しに変えながらオリバーはこれまでを思う。それは戦場とも、治療士としても無縁な世界で過ごしてきた過去。
 まだ仲間達と比べて動きがぎこちないと自覚しているが、オリバーとて懸命だ。佳鵡は何となく彼女の心情が分かる気がしてゆっくりと息を吐く。
「問題あらへん! このままの調子でいこ!」
 元気付けるように呼びかけた言葉はまるで自分にも言い聞かせているようだ。佳鵡が鮮やかな背景を描く動きに合わせて少女もバケツで色を振り撒く。
「何だかキミ達、すっごいね!」
「そうかな。どうせ笑うなら、救って笑おう?」
 だって、その方が楽しいから。少女からの素直な賞賛を受けたシャルファは笑みを深め、絵筆で宙に浮かぶ道を描いた。
 その一閃が未来に続く道を示しているように思え、こまりはこくりと頷く。そして、竜槌を振るいあげたこまりは矛盾の禍を解き放った。
 映は継続して仲間を支え、プッチマンゴーさんも皆を守り続ける。
「それで――みんなで一緒に帰ろう?」
 翼を広げ、極光で冬の森を包む映は明るく笑った。
 その間に花織は敵を見つめて人々の様子を窺う。苦しむ様子は変わらないが、先程と違うのは攻性植物が疲弊していること。
「あきらめる必要なんてないよ、力を合わせれば必ず助けられるんだから」
 あと少し、敵を癒し続ければ希望に繋がる。
 花織は先端に杖を掲げて戦いの行方を見る。ネクロオーブで占う先には吉祥があるはず。そう信じて紡ぐ力には願いが込められていた。

●描いた未来
 ゴッドペインター。それは、世界を鮮やかな彩で塗り替える者。
 自分が描く絵でみんなを笑顔にしたい。手にした力はきっと、そんな想いの結晶。
「おらはこの力でみんなを……絶対に助けてあげたい」
「あたしだって同じ気持ちだよ!」
 レオが自然と紡いだ言葉に笑み、少女が視線を合わせる。その瞳にはレオ達を心から信頼している様が感じ取れた。
 いくべ、とレオが呼びかけると少女もブキを掲げて身構える。こまりも光の翼を広げて敵を穿ち、決着がつく時を見定めていた。
「大丈夫……。何にも心配しなくていいから……ね」
「うん、その通りだよ」
 京夜もこまりに同意し、弱い攻撃を当てることで調整役に入る。
 それでも若干攻撃過剰だと感じたレオは蒸気を生み出して癒しに回り、オリバーも大自然の護りを施していった。
 こまりは攻撃に専念し、花織も敵の攻撃を凌ぎやすくする為に獣撃の拳で攻勢に入る。プッチマンゴーさんに最後まで仲間を守るように願った映も味方の背を支える覚悟を決め、シャルファも悪夢を終わらせると誓う。
 戦い始めてからどれだけ経っただろうが。やがて、敵への癒しが効かなくなった。
 その瞬間を見極めたオリバーは今こそ畳みかけるべき時だと察する。
(「救える人を救えない不幸は嫌だ。ボクも、信じているよ」)
 悲劇の結末はいつだって笑顔。
 此処から明るい未来が繋がっていくことを、ずっと。
 そして、オリバーは指先を天に掲げて霊弾を放つ。それを起点として仲間達が次々と攻撃に移っていった。
「今だよ、君も一緒に」
「ハユ達に合わせて!」
「うん!」
 京夜と映がかけた声に少女が答え、華麗な三連撃が放たれた。京夜の一閃に続き、映が描いた道に重ねてマンゴーさんの炎が迸り、少女が描く落書きが躍る。
 こまりも禁呪禍術を放ち、花織とシャルファが流星を思わせる蹴りで枯れ枝を蹴り崩した。佳鵡も遅れまいと心を決め、描いた道を辿って敵に一閃を見舞う。
「絶対に………助けてみせるんだぁぁぁぁ!」
「たとえうたかたの夢なんだとしても、最後はみんなが笑顔でいられるように!」
 ――これが、未来に続く希望の架け橋。
 其処に続いたレオは小型ガジェットからミサイルを解き放ち、冬色の世界を彩ってゆく。やがて七色の軌跡は枯れ果てた世界に色を与えた。
 その瞬間、巨樹が崩れ落ちる。
「悪夢は終わり。おれが食べちゃったからね」
 そういって笑ったシャルファの言葉は、戦いが終幕を迎えたことを示していた。

●彩羽に絢めく
 囚われていた人々が解放され、駆け出した少女は件の少年を抱き起こす。
「キミ。ねえ、キミ!」
「お姉ちゃん……ありがと……」
 必死に呼び掛ける少女に少年は微かに笑み、安心した様子で眠りに落ちた。
 佳鵡やレオ、シャルファが手分けして他の人々の様子を確認していったが皆一様に怪我もなく、無事なようだ。
「本当に助けられたんだ。良かったぁ!」
「やっぱりあなたは……ふふっ。素敵な笑顔が似合う……ね?」
 少年を抱き締めた少女が見せた笑顔こそ本物のように思え、こまりはその背を撫でてやった。花織も不思議な気持ちを覚え、そっと少女を見守る。
 京夜は頑張った子へのご褒美だと告げて菓子を手渡し、辺りに和やかな空気が満ちた。だが、いつまでも此処にいるわけにはいかない。
「実は伝えたいことがあるんだべ」
 レオは少女に歩み寄り、この領域について話そうと口をひらいた。
 すると顔をあげた彼女はレオに微笑みを向ける。
「だいじょーぶ。もう知ってるからね! ううん、思い出したっていうのかな」
 曰く、大切なはずの弟分の名前が思い出せなかったことから、妙な違和感を覚えていたらしい。そして、ケルベロスという存在が駆け付けてきたことで洗脳は緩み、共に戦ったことで記憶が戻った。
 此処は偽物で、自分の居るべき場所ではない。少女は既にそう知っている。
「キミにこの灰色の世界は似合わない。だから……行きましょう」
 手を差し出したオリバーは、一緒に、という一言を付け加えた。シャルファも少女を見つめ、同じゴッドペインターとして共に往きたいと申し出る。
「絵を描いて、楽しんでこそだからね。色鮮やかな方へ行こう」
「もっちろん! あたしはこんな所に収まってるよーなタマじゃないからね」
 少女は明るく胸を張り、そして、一度だけ残霊達の方を見た。これで良いんだよね、ばいばい。そう呟いた言葉は静かに消えてゆく。
 そして少女はオリバーの手を取って握り返した。
 一緒に歩く二人の傍ら、佳鵡はふと或ることを思い出して問いかける。
「君の名前、ウチらに教えてくれない?」
「そうそう、まだ聞いてなかったね!」
 映は期待を込めた視線を向け、ハユはハユだと名乗る。すると少女はおかしそうに目を細め、映ちゃんの名前はもう知ってるよ、とくすくすと笑んだ。
 そして、少女はとびきり明るい表情を浮かべて答える。

「あたしはアヤ! 彩羽・アヤ。これからどーぞよろしくね、みんな!」

 ――おかえり、彩りの世界へ。
 屈託ない笑顔と瞳はそう呼び掛けるに相応しい、明朗で絢爛な色を宿していた。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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