白銀に舞う足技の華麗なる

作者:奏音秋里

「えいっ! やぁっ!!」
 薄く雪の積もる山のなかで独り、空中を蹴り上げる青年。
 格闘ゲームで自分の操るキャラクターのように強くなりたいというのが、今年の目標だ。
 正月も早朝から修行に勤しみ、昼には家に帰る……はずだったのだが。
「お前の、最高の『武術』を見せてみな!」
 眼前に現れた少女の声に、正気を失い、構える。
 彼は地を蹴り高く跳びあがると、渾身の力を籠めて踵を落とした。
 両足両手をついて地を這うようにまわし蹴り、沈んだ身体を蹴り飛ばす。
 しかし少女は、なにごともなかったかのように青年との間合いを詰めた。
「僕のモザイクは晴れなかったけど、お前の武術はそれはそれで素晴らしかったよ」
 そうして大きな鍵で以て、無意識の胸を貫いてしまう。
 倒れた青年の隣には、白い胴着のような服を着たドリームイーターが出現した。
 二段蹴りやまわし蹴りに踵落としと、足技を試している。
「いいよ。お前の武術を見せつけてきなよ」
 首を縦に振り、ドリームイーターは山を降りるのだった。
「あけましておめでとうございましたっす! 新年早々っすけど、ドリームイーターが出現したんす。力を貸してほしいんっす」
 黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)の前には、食べかけのお雑煮。
 新年の挨拶もそこそこに、ケルベロス達へ呼びかけた。
「幻武極っていうドリームイーターが、武術を極めようと修行に励んでいる武術家を襲う事件が発生しているっす。自分に欠損している『武術』を奪って、モザイクを晴らそうとしているらしいんすよ」
 そんな幻武極にとっては残念なことに、今回の襲撃では、モザイクは晴れなかったよう。
 代わりに、武術家のドリームイーターを生み出して暴れさせようとしているらしい。
「出現するドリームイーターは、襲われた青年が目指す究極の技を使いこなすっす。なかなかの強敵っすから、気を付けてほしいっすよ」
 いまから向かえば幸い、このドリームイーターが人里に到着する前に迎撃できる。
 周囲の被害は、ひとまず気にしなくて構わないだろう。
「ドリームイーターは、蹴り技を繰り出してくるっす。必殺技は、分身からの踵落としっす。2体の分身を創り出し、本体を含めて3体で敵を惑わせるっす。そして3体ともが空高く跳躍して、踵落としを放つみたいっすね」
 特に武器は持たないが、その分、足技の一撃一撃が重く殺傷能力も高い。
 戦場となるのは青年が所有している山のなかでも、木々も少なく開けている場所である。
 ケルベロスも含めて、技の届く範囲に家屋やヒトの姿はないとのことだ。
「今回のドリームイーターは、自らの武道の真髄を見せつけたいと考えているみたいっす。場を用意すれば向こうから戦いを挑んでくるっすから、皆さんで倒してもらいたいっす。よろしく頼みましたっす!」
 ダンテ曰く、被害者は戦闘場所から少し山を登ったところに倒れているらしい。
 ドリームイーターを倒すまでは、眼を覚まさない。
 彼に声をかけるか否かはお任せするっすと、ダンテは付け加えた。


参加者
十夜・泉(地球人のミュージックファイター・e00031)
スレイン・フォード(ロジカルマグス・e00886)
星野・優輝(戦場は提督の喫茶店マスター・e02256)
三刀谷・千尋(トリニティブレイド・e04259)
ビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)
エリン・ウェントゥス(クローザーズフェイト・e38033)

■リプレイ

●壱
 ドリームイーターの出現予測地へと到着した、ケルベロス達。
 戦闘準備を整えていると、白い胴着のようなカタチが視界に入り、大きくなってきた。
「新年最初の依頼はドリームイーターの討伐か。まさに格闘家という風格だな。お手合わせ願おう。ここから先は一歩も通さないよ」
 星野・優輝(戦場は提督の喫茶店マスター・e02256)が、緑縁の眼鏡をかけて宣言する。
 跳躍の最高点から、ドリームイーターの頭上へとルーンアックスを振り落とした。
 集落を背にするよう陣形を整えたのは、優輝の案である。
「足技! といえば私の出番っ! 未来のプリマドンナの舞を食らえ! なの!」
 獰猛な空気を纏うのは、フィアールカ・ツヴェターエヴァ(赫星拳姫・e15338)だ。
 母から受け継いだ優雅な所作で、電光石火の蹴りを繰り出し、急所を貫く。
「まあ、ロシアの軍隊武術も混じってるんだけど、ね!」
 入れ違いに、ミミックもエクトプラズムで創造した武器で攻撃を加えた。
「ザナン流紋章術士、ウェントゥス。蹴りが自慢というのなら、その神髄を私達に見せてください!」
 エリン・ウェントゥス(クローザーズフェイト・e38033)の名乗りに、応えるように。
「動くな、エリン!」
 3体に分裂してからの踵落としからエリンを庇ったのは、前衛の優輝だった。
「ありがとうございます、優輝さん。いまが狙い目ですね」
 行動後の僅かな硬直を逃さず、大地をも断ち割るような強烈な拳が腹を殴る。
「傷は浅いようですね。すぐに治療しますね、星野さん」
 即座に駆け寄り、レティシア・アークライト(月燈・e22396)が桃色の霧を放出。
 ドリームイーターの注意を惹くために、ウイングキャットは輪を飛ばした。
「その力は元より、あなたのものではないでしょう。彼に返していただきましょうか」
 ピンヒールを履いたレティシアは、背筋を伸ばして広く戦場全体を見渡している。
「……現実味はともかくも、目指すべきと決めたところに向かい、努力をしていたのだろう。かのドリームイーターは、理もなく自由意思を奪ったわけだ」
 エワズのルーンを刻んだ小石を触媒として、ドラゴンの幻影を召還した。
 スレイン・フォード(ロジカルマグス・e00886)は、静かに憤りを顕わにする。
「既に意識は無かろうが……その努力に敬意を評し、全力で封殺にかかる」
 歯車と蒸気機関で構成された機械仕掛けの竜が、超高温の蒸気を吐き出した。
「白の鞘から黒の刀身を、黒は心の闇を終わらせるために……」
 目にも留まらぬ速度で抜刀し、ドリームイーターへと斬りつける。
 日本刀が、十夜・泉(地球人のミュージックファイター・e00031)の腰に揺れた。
「千尋君。其処は転びやすそうですから、気を付けてください」
 薄い白銀に染まる地面の状態に、人一倍、気を配っている。
「ほんとだねぇ。ありがとう、泉」
 泉に礼を述べて、三刀谷・千尋(トリニティブレイド・e04259)も大地を蹴る。
 非物質化した斬霊刀で以て、霊体のみに斬撃を刻んだ。
「これで、分裂したってどれがホンモノのあんたか分かるってもんだねぇ。武道の神髄ってのは、アタシにはよく分からないけどさ。ただ、目指してる奴から横取りしようとしてもダメってのはわかるよ」
 千尋は今回、脚を狙ったり傷を広げたり霊体を斬ったり、小細工に徹するつもりでいる。
「幻武極……随分と長いあいだ、名を聞くな。足取りを追いたいところだが、まずは目先の被害を防ぐのが先決か」
 黒幕の行方を探るためにも、手の届く事態から収束を図らなければならないと。
 ビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)は、星型のオーラを蹴り込む。
「武術は暴力とは違うのだ、しっかり止めさせていただこう」
 主の手振りに、ボクスドラゴンはディフェンダーのフィアールカへ火山の属性を注いだ。

●弐
 負けじと繰り出されるまわし蹴りを、耐性のある防具をも活用して受け止めるスレイン。
「問うか、この私に『そは誰か』と」
 瞬間的に相手へと掴みかかると、腕から特定の周波数を含む振動を与え始める。
 ドリームイーターへ内側からダメージを与えて、行動を阻害するために。
「フィアールカさん、レティシアさん。蹴りが飛んできても、よろしくお願いしますね? ではいきますよ、スレインさん。避けてくださいねっ!」
 めいっぱいの技量を発揮して、日本刀を振り薙ぐ泉。
 同じ旅団に所属する、信頼する仲間達の名を呼び、連携を試みる。
「もっちろん! 私にお任せあれ!」
 元気に返事をして、フィアールカは天空から美しい虹をまとう急降下蹴りを浴びせた。
 相棒のミミックとも攻撃の能力値をずらして、抜群のコンビネーションを見せつける。
「私はスレインさんを回復しますので、ルーチェは引き続き攻撃をお願いします」
 レティシアはメディックとして、仲間が力を発揮しやすいよう補佐に努めていた。
 その分、ウイングキャットにはディフェンダーの位置で爪を立ててもらって。
「それにしても、この時季の山で倒れたままは不味いよね」
 格闘ゲームみたいなまわし蹴りやハイキックには、憧れも抱いているエリン。
 早期の決着を目指して、流星の煌めきと重力を宿した飛び蹴りを炸裂させる。
「エリン殿の言うとおりだ。時間をかけることは、誰の得にもならんな」
 ボクスドラゴンのヒールで全快した戦場に、ビーツーは己の行動を定める。
 ドリームイーターの二段蹴りを如意棒で捌きながら、背中を打った。
「ビーツーに続くぜ! 先導と流星の門。艦攻隊と艦爆隊、全機突撃!!」
 提督服の優輝が前方へと右掌を翳せば、星と羅針盤がモチーフの魔方陣が展開される。
 喚ばれた掌サイズの艦載機は、しかしながら一斉砲撃で大きな損害を与えた。
(「華麗な足技とはいかないが、華麗に刀を振るようには努めたいかねぇ」)
 構える斬霊刀に、最大限の空の霊力を送り込む。
 千尋は、ドリームイーターの傷跡を正確に斬り広げ、ほかの傷跡と繋いだ。

●参
 ターンを重ねていくと、いよいよドリームイーターの体力にも底が見えてきたよう。
 足技に、これまでのようなキレがなくなってきた。
「もう少しですね。踏ん張りどころですよ、ルーチェ」
 流れるような動作で色鮮やかな爆発を発生させて、前衛陣の士気を高めるレティシア。
 真っ先に相棒が飛び出して、蹴りを受けながらもドリームイーターの顔をひっかいた。
「――望まぬものは、洗い流さねばな」
 以心伝心のボクスドラゴンが、白橙色のブレスを吐き出しているうちに。
 癒しの効果を持つ電流を、如意棒をつうじてウイングキャットへと送るビーツー。
「そっちへいったぞ、フィアールカ!」
 ディフェンダーにフォローを呼びかけ、優輝はバトルオーラを利き手へと収斂させる。
 音速を超える拳が、踵落とし直後のドリームイーターを吹き飛ばした。
「申し訳ないのですが、これであなたの宵も明けます。闇は黒へ、切り捨てたのちに納刀をーー制御できる自信はありませんが、ヒトツメ、いきますよ?」
 より速く、より重く、より正確に。
 無駄を省いた最小限の動きで胸を穿ち、泉は日本刀を閃かせた。
「獅子は兎を狩るにも全力を尽くす、だったか。手ぬるいことをしては、失礼にあたるだろうからな」
 最期の瞬間まで誠意を以て攻撃を続けようと、スレインは想う。
 命中率重視のオーラの弾丸が、ドリームイーターへと喰らいついた。
「ま、お膳立てってやつさ。華麗なる足技を存分に競う相手は、ちゃんと居るだろう? 技を競うのは武人の本懐みたいなところもあるだろうし、より近い技の持ち主同士で決着をつけて欲しいのさぁ。さて。両手の刀だけがアタシの剣じゃないんだよねぇ――電鋼雪花、受けてみるかい?」
 千尋は、右腕部に搭載されたレーザーブレードユニットを起動する。
 高速機動で瞬時に間合いを詰め、形成された光刃でドリームイーターを切り裂いた。
「我が心、白銀の翼とともにあり! 邪を祓う清き光を纏いて一閃せよ!」
 詠唱とともに、エリンのエアシューズが邪を祓う白銀の光に覆われていく。
 祠に封じられていた天魔の力をグラビティに変えて、強烈な蹴りを放った。
「未来のプリマドンナのバレエをタダでみられるなんて、滅多にないんだからねっ! これなるは女神の舞、流れし脚はヴォルガの激流! サラスヴァティー・サーンクツィイッ!」
 バレエや新体操の身のこなしから、次々に蹴りを繰り出すフィアールカ。
 シベリアに棲むアムールトラが如き荒々しさと、冠した名の女神の如き美しさと。
 エリンとフィアールカの足技を受けて、ドリームイーターは命の灯を消したのだった。

●肆
 ドリームイーターの消滅後、ケルベロス達は被害者のもとへと駆けつけた。
「私達はケルベロスです。もう安心ですよ。寒気とか、大丈夫ですか?」
 意識の戻った青年に『寒冷地パック』から出した防水毛布をかけてやるエリン。
 保温ボトルから注いだ蜂蜜入り生姜湯を手渡して、状況を説明する。
「霧よ、恭しく応えよ。暁を纏いて、彼の者共を癒やし守護せよ」
 青年は勿論、仲間達をも包み込むのは、薔薇の香りを纏った真白の霧だ。
 レティシアの言葉に従い、吸い込む者達の細胞を活性化させ、傷を治癒させる。
「脚は大丈夫なの!? 立てるっ!?」
 同じく蹴り技メインのフィアールカにとって、とても心配だったことだ。
 ゆっくりと立ち上がり、両肩の支えを外された青年。
 よろよろっとだが、確かに何歩か、ちゃんと歩いてみせた。
 青年は感謝とともに、もう少し修行を続けることを、告げてくる。
「ならば付き添おう。俺が蹴りを受け止めてやる」
 ビーツーの硬い鱗は、青年のやる気を引き出したよう。
 所謂リハビリも兼ねて、ビーツーを相手にひととおりの技に挑戦した。
「ほぉ……」
 偽物じゃない、本物の『冴え』を観て、表情を緩める千尋。
 技の繋ぎや足捌きから、しっかりと修練を積んでいることが伝わってくる。
 充分に休息をとって調子を整えれば、本来の威力も戻るだろう。
「しかし……幻武極とはいずれ決着をつけないと、いたちごっこだな」
「あぁ。この戦闘が、報いと成らないことが悔やまれるばかりだ」
 ふたりの立ち合いを遠巻きに、優輝は眉をひそめる。
 生み出されるごとにドリームイーターを倒しているのでは、際限がない。
 変わらず無表情なスレインも、幻武極の所業に憤りを禁じ得なかった。
 そして無念を晴らし得ない現状に、口惜しさをも感じている。
(「今回のドリームイーターは、彼の考えた最強の格闘家。それに終止符を打ったということは……いえ、きっともっと強い自分を想像してくれますよね」)
 懐からブルースハープをとり出して、鎮魂歌を奏でる泉。
 諦めることなく、青年がますますの修行に励むように、祈りを込めるのだった。

作者:奏音秋里 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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