巫女巫女巫女のせいなのよ

作者:遠藤にんし


 打ち捨てられて久しい神社――羽毛の体を巫女服の中に押し込め、ビルシャナはうっとりした様子。
「赤と白を基調とした巫女服……今年も、美しい季節がやってきた」
 年末年始といえば初詣、初詣といえば巫女さん。
 周囲にいる男女6名の配下たちもそれぞれ、思い思いの巫女服を纏い、陶然としている。
「神聖なる巫女が我らを狂わせ、深い愛の中に落としたのだ……巫女、嗚呼、尊いッ!」
 巫女服に包まれた己の肉体を抱いて、ビルシャナは叫ぶのだった。


「巫女が好き……ね。他にもイイコトは沢山あるのに」
 鏡・胡蝶(夢幻泡影・e17699) はそう呟いて、意味ありげな微笑。
「コスチュームとして人気の巫女服だが、行き過ぎてしまうとビルシャナになる……まったく、嫌な世の中だよ」
 高田・冴(シャドウエルフのヘリオライダー・en0048)は肩をすくめて、今回の事件の概要について話し始める。
「ビルシャナと、その配下は廃神社に巣食っているらしい」
 性別を問わず全員が巫女服を纏っているが、正式なものもあれば、アニメキャラクターのような改造巫女服もあるらしい。
 もっとも、『巫女が好き』という共通項によって結ばれている彼らにとって、改造されているか否かは些末なことなのだろう、と冴。
「彼らは、巫女好きが高じてビルシャナの信者になってしまったようだね」
 特に深い理由や重い過去があるわけではないため、他のコスチュームや職業の魅力を語ったり、逆に巫女に落ち度があるなら、そういった点を指摘すると彼らの洗脳は解けるだろう。
「論理だけで話を進めるより、勢いやインパクトもあった方が彼らには効きそうだね」
 戦う前に洗脳を解かなければ、彼らとも戦うことになってしまう。
「そうなる前に、彼らの気持ちをビルシャナから引き離しておきたいところだ」


参加者
琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)
アウラ・シーノ(忘却の巫術士・e05207)
遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)
鏡・胡蝶(夢幻泡影・e17699)
舞阪・瑠奈(モグリの医師・e17956)
ヒエル・ホノラルム(不器用な守りの拳・e27518)
アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)
ソルヴィン・フォルナー(ウィズジョーカー・e40080)

■リプレイ


 巫女を愛する彼らの気持ちが、鏡・胡蝶(夢幻泡影・e17699)にはわからないわけではない。
 穢れない清らかさは穢したくなるものだ――そう共感を示す胡蝶の体からは、ラブフェロモンが香る。
「うんうん、清らか……ん、うん?」
『清らか』という胡蝶の言葉に微妙なニュアンスの違いを感じ取り、うなずいてから首を傾げる配下。
 そんな配下たちに、胡蝶は嫣然と微笑して。
「だって、巫女といえば未通の人がするものでしょ?」
 だから、巫女服を着ている以上、この配下たちは――そう言葉を切る胡蝶は、「まさか、知らないで巫女愛を語ってるなんて言わないでしょ?」と続ける。
 そんな風に訊かれてしまっては、配下たちも知らなかったとは決して言えない……代わりに居心地悪そうな表情で黙り込む彼ら彼女ら。
 胡蝶は更に、お触りは巫女を巫女たらしめる清らかさを奪うことだ、とも告げる。
「その覚悟があって、巫女さんを愛でてるのよねぇ? 腫らしたり、濡らしたりして」
「えっと……それは、あの」
 覚悟を問われると、配下は口ごもってしまう。
 配下たちは確かに巫女の清らかさを愛してはいた。だが、欲望を秘めたまま触れ合えない愛を貫くことが出来るかといえば、それはまた別の問題である。
「一体、どうしたら……!」
 苦悶する配下。
 その肩にそっと手を添えて、胡蝶は誘う。
「巫女服だけじゃなく、もっと色々……ま、和装とかにも興味持ったら……」
 指だけが、配下の首筋を這う。
 至近から発せられるラブフェロモンは、猛毒のように配下を惑わせる。
「いろんなコト、できるわよ?」
 いろんなトコを撫で回されてクラクラする配下の前に立つのは、アウラ・シーノ(忘却の巫術士・e05207)。
 実家の神社の巫女装束を纏うアウラは、彼らにこう問いかける。
「巫女が着ていない巫女服は、ただの紅白の和服なのではないでしょうか?」
「それは違う!」
 違わないのだが、巫女服に心酔するビルシャナからの反駁が即座に返ってくる。
 配下たちも、理屈の上で分かってはいても受け容れがたいのだろう。何とも言えない表情でアウラを見つめている。
 だが、アウラにとってもこの程度の説得で改心してもらえないことは織り込み済み。ならばと、アウラは次の言葉を口にする。
「ですので私が皆様を、立派な巫女に仕立て上げましょう」
 決然とした宣言――ヒエル・ホノラルム(不器用な守りの拳・e27518)もうなずいて、動き出す。
「俺は心と体を清める修行をつけてやろう」
 手始めにとヒエルが始めたのは水垢離。
「み、水っ……?」
 嫌な予感にびくっとなる配下へと、ヒエルは表情も変えずにうなずき。
「俺は修行をつける事に関しては、神社や寺から依頼を受ける事もある専門だ」
「いや、そういうことじゃなくて、今は真冬ですし……」
「安心しろ。志の強いお前達が一人前の巫女になれる様『辛いが死なない程度』の密度の濃い修行を存分につけてやる」
 巫術士の装いで冷然と言い放ち、更にヒエルは付け加える。
「まず作法をと思うなら、あの巫女の元へ行くがいい」
「お助けをっ!!」
 ヒエルの言葉が終わるより早くアウラの元へ逃げた配下たちを、苦笑交じりにアウラは受け入れる。
 礼儀作法の基本、簡単な祝詞の上げ方……元から巫女が好きだった配下たちは、目を輝かせて巫女の世界に没入する。
 ――そして、とアウラがビルシャナの方を覗き見れば、ビルシャナは見るからに退屈そうな顔。
(「やっぱり、予想通りです」)
 ビルシャナが好きなのは『巫女服』だが、配下が好きなのは『巫女』。
 好みの差を開くきっかけさえ作ってしまえば、ビルシャナと配下の乖離は激しくなる一方だ。
 ――いくばくかの時間が経過し、アウラの巫女修行は終了。
「これで俺達も巫女……!」
「巫女服を着る資格は、これで……!」
 湧き立つ彼らに待ったをかけるのは遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)。
「美しい振る舞い、所作が備わってこそ、あなた方の愛する巫女服も活きるというものではありませんか?」
「所作ならさっき教わったぞ! まかせろ!」
 だが、鞠緒は否と首を振る。
「巫女服が美しく映えるシーンといえば神楽舞です。巫女を誰より愛するあなた方なら、当然会得されていらっしゃるのでしょうね?」
 問いかける鞠緒は、付け焼刃ではあるがアウラの下で練習を重ねてはいる。
 短期特訓ではあったが装束も揃え、日舞の稽古は重ねている――基礎は負ける気がしない。
 あとは心……思って、鞠緒は彼らに告げる。
「さあ、巫女が巫女服を最も魅力的に魅せる神楽舞……巫女舞バトルと参りましょう!」
「お、おう!」
 突如として挑まれたバトルに戸惑いつつも応じる配下。
 だが、その差は見るからに明らかなもの。神楽舞の最中でもそれを感じ取ったのか、配下の表情からは徐々に自信が失われていく。
 琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)もまた舞いながら、説得の言葉を重ねる。
「巫女さんって言うのはね? 身を浄めた後に神楽っていう神降ろしした後に踊る舞もあるのよ? それのために血反吐を吐くほど練習する人もいるわ……?」
 そこまで言ったかと思えば、淡雪の表情は真顔に――声も硬く、冷たくなり。
「……でね? そんな身を清めつつ神の為に舞うって事をする場合は毎日壮絶な訓練が必要なのよ……そうなると解るわよね……? 巫女の大多数が一生独身っていう恐ろしい統計が……」
 顔を覆って屈みこみ、嗚咽を漏らす淡雪。
 そんな淡雪を慰めるべく、配下は屈みこんで淡雪の背を撫でるのだった。


 汗まみれの彼らを気遣うのはアンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)。
「その格好、寒くない?」
 アンセルム自身は全身を取り囲む蔦の攻性植物が風よけのような感じになっているが、彼らの身を護るのは薄手の巫女服のみ。
 おまけに、アニメキャラっぽい巫女服は肩や腋が大きく露出するものもあるから、見るからに寒々しい。
 神楽舞によってかいた汗が冷えたら風邪を引いてしまうかもしれない……新手の修行僧か何かのように過酷な環境に、彼らは置かれている。
 身体の冷えは感じているのか震える彼らへと、アンセルムは言う。
「巫女さんが好きだからという理由で巫女服を着る方向に走らなくても良いと思うんだ」
 巫女が大好きな彼らのための提案として、アンセルムはある物を彼らの目の前に置く。
「――人形とフィギュアだ」
 パーツ、ウィッグ、衣装。
 多種多様に揃えられたそれはアンセルムの私物であり、その量にはソルヴィン・フォルナー(ウィズジョーカー・e40080)も瞠目する。
「キミ達はただ、ドールに巫女服を着せて愛でればいい。これなら寒い思いも辛い修行もしなくても、一生独身で虚しい思いをしなくてもいい」
 説得の言葉に熱がこもるのは、彼らをドール沼に引きずり込みたいという昏い欲望のため。
 とどまることのないアンセルムの言葉――舞阪・瑠奈(モグリの医師・e17956)は溜息をついて、物理的に声を途切れさせる。
「私にも話をさせろ」
 そんな瑠奈の今日の服装は、女子高生の制服。
「そんな2色しかない服に誰が着る。ワンパターン何だよ巫女服は、シンプルすぎて飽きるわ」
 巫女服を『オワコン』と言い捨てる瑠奈。
 先ほどアンセルムからも指摘があった通り、巫女服は薄手。
 こんな格好で出歩きでもすれば風邪を引くだろう……そう思えば、医師としての観点からも薦めることは出来ない衣装だ。
 その代わり、瑠奈が薦めるのは女子高生のコスチューム。
「JKコスプレは昔からあったが、種類の豊富さと多種多様オプションに、今も進化を遂げているのだ」
 そして何より素晴らしい所は、と瑠奈は衣装を見せつけるように配下に迫る。
「26歳の私が17歳に若返るのだ。そんな魔法、巫女服にないだろう」
 そんな魔法は制服にだって掛かってはいない――だが、まあそれはそれ。
 更に言えば、瑠奈が女子高生の服を着ていても若く見えるというより……イケナイ動画の女優さんのように見えてしまうのだが。
 ……ともあれ、インパクトという面では十分。
 更に駄目押しと、瑠奈は口を開く。
「そう嘆くな。巫女全員が一生独身じゃないだろう。僅かでも希望があるだけでもマシだ」
 どうしても男が欲しければ、この服を売っていた店も紹介するぞ――そんな、慰めにならない慰めを告げるのだった。


 ――そんな感じで配下たちは撤収、戦いが始まる。
「地獄よ。我、我が身を門として汝を引寄(ドロー)せん!」
 アウラは地獄をカードの形に凝縮、ビルシャナへと投擲する。
 ぼろぼろと崩れ落ちながらビルシャナの羽毛の隙間へと滑り込む地獄……ほどなくして聞こえたくぐもった爆発音は、ビルシャナの体内からのものだった。
「失せよ、超常」
 体外から爆裂を重ねるのはソルヴィン。
 両目の焔を揺らがせながらの攻撃――度重なる連撃に、ビルシャナは炎でもって対抗する。
「させるか」
 しかし攻撃は瑠奈の作りだした雷の壁に阻まれ、すぐに威力は失われてしまう。
「お前の攻撃は必ず当たる。これまで培ってきた経験が生きるはずだ」
 ヒエルもまた癒しの氣を広げ、それによってケルベロスたちの攻撃の精度を上げていく。
 力を受け取ったアンセルムが地に足を滑らせると、脚の触れた部分から無数の氷槍が生み出され。
「其は、凍気纏いし儚き楔」
 アンセルムのまなざしを追うように走る槍。
 決して融解することのない氷によって磔にされたビルシャナへと、魂現拳は炎を纏って激突。
 力強く轢き潰されて呻くビルシャナが、何かの色香を悟って薄目を開ければそこには淡雪の姿。
「ちょっとだけあなたの、性的な欲望頂きますわね。相手が居ても大丈夫。私の虜にさせますわ」
 ラブフェロモンを振りまきつつ接近する淡雪――テレビウムのアップルがいい感じに後頭部を殴打したのもあって、ビルシャナはされるがままだ。
「これは、あなたの歌。懐い、覚えよ……」
 その上で惑乱を招くのは鞠緒の歌。
 ビルシャナとなるほどの妄執の原因――風のない夜の些細な出会いの物語を紡ぐ姿は神々しく、その時ばかりはヴェクサシオンは翼を止め、毛を聳たせる。
「這い上がり、舐め回す」
 呟く胡蝶の足元で、影は歪む。
 影はまるで蛇。しかしあくまで影だから、ビルシャナは黒く犯されていることも気付かずに光を作り出す。
「その感触は、心地よくてよ?」
 光が届く寸前、闇が貫いた。
 魂に注がれる毒が、ビルシャナの全身を崩壊させていく。
 ――羽毛ひとつ残さず消滅した後に、名残のように巫女服の端切れが落ちていた。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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