失伝救出~闇夜に星の導きを

作者:つじ

●暗黒
「ヨゾラ? それはなんていうか、おかしな名前ね」
 そう言って笑ってくれた彼女は、人の波に逆らって、市場の中心に向かってしまった。去り際の、泣き出しそうに強張った笑顔が今も目に焼き付いている。
 追ってこないで。そう彼女は言っていたが、堪え切れずに駆け出した。
 ――あの時、禁呪の話などしなければ。そんな思考も既に遅い。
 市場の中心、いくつもの死体が転がるその場所に、彼女が倒れていくのが見えた。怒号と悲鳴、そして竜牙兵の哄笑。
「……ああ」
 当然の結果だ。赤く、黒く地面が濡れて、鉄の臭気が緩く漂う。
 殺したのは奴等。だが、そこに送り出したのは誰だ。こうなることが確信できるまで、足を動かさなかったのは誰だ。浮かんでくる行き場のない思いは、虫食いにも似て胸中を抉る。
「分かっている。分かっているとも。『今さら』だ」
 満ちゆく死の芳香に反応し、飾り物だった宝珠が闇を纏う。今さら。そう、今さらになって。

 守りたかった人の命を糧にして、奪ってきた命を混ぜ合わせる。これが、魂を喰らう『禁呪』の業。
 こんなことは、もう何度目だ。竜牙兵達を蹂躙した【死魂合成獣】、禁呪による継ぎ接ぎの獣の咆哮を聞きながら、ブラックウィザードは夜空を見上げた。
 
●まっくらやみのヨゾラ
「皆さん、どうか聞いてください!」
 いつものハンドスピーカーを手に、白鳥沢・慧斗(オラトリオのヘリオライダー・en0250)が呼びかける。今回予知されたのは、失伝ジョブの人間が囚われている場所についてだ。
 寓話六塔戦争にて得られた情報によると、失伝ジョブの人々は『ポンペリポッサ』が用意した、特殊なワイルドスペースに閉じ込められており、大侵略期の残霊によって引き起こされる悲劇を繰り返し体験させられているという。
 今はまだ無事である彼等も、疲弊し、絶望に至れば敵の手駒となり果ててしまう。
「そうなる前に、このワイルドスペースに乗り込み、繰り返される悲劇から、囚われた方を解放してほしいのです!」
 失伝ジョブの囚われたこのワイルドスペースは特殊な作りになっており、同じく失伝ジョブに就いたものしか入れないようになっている。
 内部では残霊によってかつての悲劇――とある市場に降ってきた竜牙兵が、市民を手あたり次第に殺していくという状況が繰り返されている。
 ここに囚われた失伝ジョブの人物は、当時のブラックウィザードとしての配役を割り当てられ、市民を守るために竜牙兵を倒し続けているはずだ。しかし、当時の禁呪には発動のために生贄が必要。ゆえにある程度の人数の犠牲、そして『仲良くなった少女が、生贄のために自ら犠牲になる』という場面を何度も体験することになる。
「竜牙兵は市場の中心……大きな十字路の真ん中に現れます。数は五体で、それぞれ槍や斧で武装しています。とはいえ本物のデウスエクスではなく残霊に過ぎないため、そこまでの脅威にはならないでしょう!」
 経験の浅いケルベロスであっても、油断しなければ十分勝てる相手と言える。だが問題は、周りの『一般人』の残霊だろう。最速で乗り込み、現場に辿り着いたとしても、ある程度の被害は既に出ている。『救出対象と仲良くなった少女』に追いつけるか追いつけないか、現場のケルベロス達が直面するのは恐らくそういう状況だろう。
「竜牙兵の残霊を倒す事は、飽くまで手段に過ぎません。救出対象が絶望に至ってしまっては意味がない、ということを念頭に置いて行動してください!」
 救出対象のブラックウィザードも同じ場所に居合わせることになるだろう。ケルベロス達の選択、そして言葉が重要になるはずだ。
「それから、注意点ですが……このワイルドスペースには、失伝ジョブの方を『自分が大侵略期に生きている人物である』と誤認させる効果があります」
 これは救出に向かうケルベロスについても例外ではない。長時間滞在することは避け、速やかに目的を達成し、帰還する必要があるだろう。
「厄介な状況ですが、皆さんならば打破できると信じています! 是非、揃って無事に帰還してください!」
 最後にそう言って、慧斗はケルベロス達をヘリオンへと案内した。


参加者
和道院・柳帥(流浪の絵師・e44186)
千種・侑(冥漠の碧天・e44258)
イルシヤ・ウィール(酷寒・e44477)
リンクス・リンクス(山猫・e44555)
水町・サテラ(サキュバスのブラックウィザード・e44573)
ベリリ・クルヌギア(不帰の国の女王・e44601)
死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)
水貝・孰那(ヴァルキュリアの零式忍者・e45347)

■リプレイ

●繰り返しの終わり
 事態の打開には生贄が必要、それがこの『夢』の絶対条件である。ゆえに、自己犠牲に至れる彼女は死を選び、繰り返される夢の中、何度も何度も死に続ける。
「無限ループってホント……怖いわね」
 ワイルドスペースに侵入し、水町・サテラ(サキュバスのブラックウィザード・e44573)が500年前の大侵略期の舞台を飛ぶ。
「全く、本当に反吐が出る……嫌な光景だよ」
「辛気臭ぇ話よ。いっちょ、明るく塗り替えてやろうかい!」
 その下方で、水貝・孰那(ヴァルキュリアの零式忍者・e45347)、和道院・柳帥(流浪の絵師・e44186)等が逃げる人々の間を抜けていく。この悲劇を変えてしまうために、最初の鍵となるのは――。
「死に向かっていく人物、ですね」
「居たわよ、このまま真っ直ぐ」
 死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)の言葉にサテラが応える。人の流れる方向が一定であるだけに、逆走する人物の発見はそう難しくはない。
「……こちらでも確認しました」
「止まって下さい! 貴女が犠牲になる必要はないのです」
 頷く刃蓙理に続いて、イルシヤ・ウィール(酷寒・e44477)が声を張り上げる。それは確かに少女に届いただろう、しかし。
(「やっぱり、止まらないか」)
 少女は転がる死体の前に至る。もう目の前では、斧を手にした竜牙兵が新たな獲物に牙を剥いていた。
 半ば予想されていた展開に頷きつつ、リンクス・リンクス(山猫・e44555)が縛霊手から光弾を放つ。
「グオォ!?」
 少女の傍らを擦り抜けたそれが、竜牙兵を牽制する合間に。
「おう、悪夢の繰り返しはもういいぞ。わしらが書き換えてやるよ」
 合掌。柳帥の禁縄禁縛呪による両腕が竜牙兵を挟み込み、イルシヤが少女の前に庇いに入る。
「あ、あなた達は……?」
「下がって。……さあ、俺達が相手です」
 戸惑う少女に、そして竜牙兵達に、そう宣言するイルシヤに、追い付いた千種・侑(冥漠の碧天・e44258)が星の聖域を展開。戦場をここに定める。
「止めよう、ここで。……ぼくたちで」

●暗中模索
 イルシヤのフェアリーブーツが虹を描き、少女よりもこちらへ、敵の注意を引き付ける。
 一人突出した形の少女を庇い、竜牙兵の攻撃を防ぎながら、ディフェンダー達が後退。それと入れ替わり、ベリリ・クルヌギア(不帰の国の女王・e44601)が前に出た。竜牙兵の後ろには既にいくつかの死体が。漂う血の匂いに、彼女の瞳が紅く濡れる。
「下骨がぁ! 冥府の支配者たる妾を見ずして何を見るぅっ!」
 目の前の獲物を狙っていた竜牙兵の一体に、ブラックスライムの槍を食らわせ、彼女はそう吼えて見せた。
「……サポートします」
「そら、そっちに行くんじゃないよ!」
「ガアァ! 邪魔ヲスルナッ!」
 紙兵を撒く刃蓙理の傍ら、孰那もまた雷撃で敵の気を引く。その後ろで、少女は市場をこちらに向かっていた『もう一人』と合流した。
「ヨゾラ!」
「無事だったのか! 本当によかった……!」
 そんな二人の様子に、刃蓙理が一度視線を送る。
(「自ら生贄になるなど馬鹿げている……けど」)
 今回は助けられたが、この少女もまた残霊。本来の彼女の結末が変わったわけではない。しかし、と。少女を抱きとめたその人物に、ケルベロス達の視線が向く。予知情報の通りならば、ヨゾラと呼ばれたそちらが今回の救出対象だろう。
「……けれど、すまない」
 笑顔を浮かべる少女に対し、ヨゾラの表情は暗い。それもそのはず、彼はこの少女を既に諦めていたのだから。
 そうして視線を落とす彼に声をかけたのは、ベリリだった。
「何を俯いておる、小僧。主役が顔を伏せたままで救われるヒロインがどこにおる?」
「なっ――」
「怒ったか? だがそちが望むにしろ望まぬにしろ、物語は今ここより書き変わるのだ」
 作り物に過ぎない現状を揶揄する彼女に、その中を生きるヨゾラは反発する。それでもなお、ベリリはその先に言及した。
「繰り返されるだけの物語など飽きるであろう? 妾はもう、充分に見飽きた。
 だから描き出すのだ。掴みたい未来を。望む明日を」
 そして自らの手で創り出すのだ、そう語る彼女に、孰那とサテラも言葉を重ねる。
「あたしからも一つ言わせて貰うよ! 諦めるんじゃない!
 そりゃ昔は奴等を殺す事は出来なかった! 犠牲になる人達を諦めなければ戦う事が出来なかった! けど今は違う!」
「あなた……今はヨゾラさんでしたか? 見ていなさい」
 彼に示すように、二人は竜牙兵達に攻撃の手を向ける。紡ぎだされるのは、ブラックウィザードの用いる禁呪。魂を混ぜた合成獣、そして足元から生じた黒鎖が、敵前衛に絡みつく。
「あたし等が使ってる魔法をよく見てみな! 死者が大量に出てる訳でもないのに使ってるだろう? 犠牲が無くても今のあたしらは戦える! 守りたい誰かを諦める必要なんてないんだよ!」
「そう、犠牲などなくても禁呪魔法は使える。昔とは違うわ。それがケルベロスなのよ、思い出して!」
「禁呪に、犠牲が要らない? 何を、言っている? 意味が――」
 分からない、と当惑していたブラックウィザードが、引っ掛かりを感じたようにこめかみを押さえた。
「違う、私は、君達のようには……!」
 ――危うい。
 こちらも言葉をかけようとし、リンクスはヨゾラの様子をそう見立てる。この『失伝者』はまだ悪夢の中の『ヨゾラ』だ。生贄を『必要な犠牲』として、精神を擦り減らしながら戦い続けてきた、大侵略期のブラックウィザード。
 情報の渡し方を間違えれば、彼は足元を見失うだろう。
「自分以外を捧げて使う力って、難しいものね」
 この説得は、実際のところ薄氷の上に成り立っている。
「なに、そう重く考えるな。上手い手を教えてやろうと言うだけよ」
 巨大な筆を一振りし、柳帥が呵々と笑う。それに乗って、侑もヨゾラへと頷きかけた。
「ヨゾラさん、どうか、ぼくたちの戦いを、見ていて、ほしい。
 もう、ゼツボウする必要なんかないって、ぼくたちが、ショウメイするから」
 たどたどしいものの、懸命な言葉に、ヨゾラは躊躇いがちに頷いた。
 さて、後は。
「ところで……あなた自身はどうしたいのかしら」
 禁呪の力は使えないままのようだ。けれど、だからこそ。リンクスは彼の意思を問う。
 戸惑いも混乱もあるだろうが、その始点は変わらないはず。
「……これ以上犠牲を出したくない。何か、手を貸せることは?」
「ありがとう。怪我してる人を下がらせて。それから、その子を守って」
 結局のところ、説得が上手くいったのかは確かめようがない。だが言うべきことは果たしただろう。あとは、行動で示す番だ。
 鉄爪を閃かせたリンクスに並び、イルシヤがエクトプラズムを操って鉤爪を形作る。
「守りますよ」
 決意を込めて彼は言う。ここもまた、皆が繋いできた世界。その紡ぎ手の中には、きっと彼女も居るのだから。

●悲劇の終わり
「アアア! 逃ゲラレルト、思うナァ!」
「そっちこそ、ね」
 逃げ遅れた市民を狙って投擲された槍の雨を、空中でリンクスが叩き落す。その間に、刃蓙理が他所を向いたその個体に水晶の炎を放つ。
「こちらを見ろ……」
 刃を成したそれに刻まれ、敵は怒りの声を上げた。
 市民を庇いつつ攻撃をこちらへと誘い、ケルベロス達は竜牙兵が四方に散っていくのを留めていた。
「ソコを退ケ!」
「それはできない相談ですね」
「カッカッカ! まずはわしらの相手をしてもらおう」
 斧を手にした二体の竜牙兵を、異形の鉤爪と御業の竜が迎え撃つ。前へと出たがる個体をそれぞれのディフェンダーが相手取り、その間に投擲攻撃のある槍兵を仕留める方針。それは確実ではあるが、それなりの長期戦が見込まれる。
「良いダロウ、ナラバ、貴様カラ屍に変エテヤル」
 鉤爪を弾き飛ばし、大斧が唸りを上げてイルシヤを襲う。散った鮮血が、地面に染みる赤に混ざった。
(「なるほど、竜牙兵の残霊相手にこの有様ですか」)
 苦笑交じりに苦痛を堪え、イルシヤはアンクで反撃を加える。
「ダイジョウブ、ぼくが、支えるから……!」
「なァに、白を入れれば元通りよ!」
 負傷した彼に侑が気力溜めでの治療を施し、柳帥が『快癒の白』でリンクスをカバーする。攻撃特化の個体を相手取るのは楽ではないものの、それに手を貸すのは刃蓙理も同じ。
「いける?」
「これで、少しは楽になると思います」
 呪詛を込めた斧を、リンクスの爪が受け止める。そうして空いたスペースに、刃蓙理が狙いを定めた。
「……汚してあげる」
 汚泥爆散。敵陣に生じたヘドロが爆ぜ、斧持ちの体を汚染する。
「おお、これはこれで良い色だなァ」
「その感覚は分かりませんね……」
 負傷を感じさせない笑みと共に、柳帥が巨大な絵筆で敵の槍を絡め捕った。

 続く戦いの中、戦線の維持に努める味方を一瞥し、孰那が眼前の敵に拳を打ち込む。
「こっちもちゃんと働かないとねえ。義親父達に顔向けできないよ」
 そして体勢を崩した個体に、連携してサテラとベリリが指先を向けた。
「消え去りなさい」
 虚無の球体が骨に似た体を削り取り、ベリリの紡いだ死魂の獣が竜牙兵を押し倒す。
「さぁ死ね今死ね! 死して妾の臓腑を満たすが良いっ!」
 禍々しい顎が、竜牙兵の頭部を容赦なく噛み砕いた。
「ヨクモ、人間風情ガ……!」
 とどめの余韻に浸るまでもなく、横合いから突きこまれた槍がベリリを貫く。冴えた一撃に鮮血が散るが、それが逆に彼女に火をつける事になる。
「死ャ死ャ死ャ死ャ死ャァアアアッ!! 死ね死ね死ねシネィヤァッ!!」
 血の昂りに任せ、ベリリはそのまま竜牙兵と襲い掛かっていった。
「我等ヲ、喰らうダト?」
 同胞が砕かれたことに、竜牙兵達が気色ばむ。人間をグラビティチェインの材料と見ている彼らにしてみれば、さぞ屈辱だったことだろう。
 斧と槍の攻撃はさらに鋭さを増していくが、しかしケルベロス達の壁を突破するには至らない。
「堪えて、くれる?」
「ここ、凌ぎましょう」
 侑の描く星の聖域と、刃蓙理の展開する紙兵が前衛を保護する。「証明する」と言ったのだから、ここで手を抜くわけにはいかない。
「ゼツボウなんて、させない」
 決意を新たに、輝きを増す聖域から、次の獣が躍り出る。組み上げられた合成獣は、斧兵を飛び越え、槍兵を踏みつけた。
「オノレ! 何故、コノような!」
「状況が分かっていないようだねえ」
 敵の頭上、獣の上から孰那の声が降る。弱者への虐殺に慣れすぎたせいか、敵の動きはバラバラで、連携が取れていない。だからこそ。
「こんな地獄は、ここで終わりさ」
 親を、先祖を、侮辱するようなこの光景に、彼女は反抗の爪痕を刻む。もう一度踏みつけられた竜牙兵は、耐えきれず細かな破片と化した。

「どうやら、こちらも攻勢に移れそうですね」
 癒しの風を展開し、イルシヤが押さえていた個体へと向き直る。
「おお、わし一人で倒してしまうつもりだったが、間に合わなんだか」
「こっちも、惜しかった」
 柳帥の軽口にリンクスが応じる。さすがに倒し切るところまではいっていないが、柳帥の相手には氷と炎が色濃く塗られ、リンクスの相手は装甲が剥がされ、雷撃で動きの鈍った状況に持ち込まれていた。刃蓙理の援護も相まって、敵の動きはもはや万全とは程遠い。
「死死死ッ、開け黄泉の門!
 ほれ見てみよ、あちらで友とならん者達が手招いておるぞぉ?」
 『Ida Am Ku Rama-ku』を発動し、ベリリが残りの個体を詰めにかかる。
「盛り上がってしまうタイプ……?」
「そうみたいねぇ」
 首を傾げつつも、刃蓙理が水晶の炎で、サテラが虚無の球体で追い打ちをかける。
「こいつで終いだ」
 柳帥の霊符により、描き出された騎兵がそこに突撃をかけ、凍てつく槍で最後の一撃を加えた。
「負けルと言うのカ、我々が!?」
 趨勢は決した。気を抜かぬままに、サテラは後方で避難誘導に当たっている二人の無事を確認する。
「私と同じブラックウィザード、ね……」
 情報では、救助対象は「最近覚醒した少女」だとあった。恐らくはこの『ヨゾラ』も、境遇としてはサテラと似たようなものだろう。立場が逆であった可能性も無くはない。
「ちゃんと、連れて帰るわよ」
 リンクスもまた、同じ願いを口にする。仲間を、これ以上失わないためにも。
 視線を戻した二人は、グラビティによって星を紡ぐ。
「どこまでも付き纏う追星! 最大火力で凶事を跳ね除けなさい!」
 ラストミーティアー、そしてフォーチュンスター。連なる星が流れ、それぞれに二体の竜牙兵を撃ち貫いた。
 訪れた決着に、侑がふう、と息を吐く。彼の奮闘の成果と言ってもいいだろう、重傷の者はいないし、新たな犠牲が出ることもなかった。
 誓いは果たせただろうか、侑は、仲間と共に『彼等』の方を振り返った。

「やった……ねぇヨゾラ、私達、助かったよ……!」
 笑顔を浮かべた少女が歓声を上げる。そんな彼女の姿を、ヨゾラは信じられないものを見るような目で見つめていた。
「ああ、まさか本当に、こんな――」
 繰り返される戦いの中で、何度も願ってきた光景に、彼は顔を綻ばせる。
 そうして駆け寄る二つの影は、しかし交わることなく、消えてしまった。

●夜空に星の輝きを
「ヨゾラの旦那……は、もう消えちまったか」
 一人残された者に、柳帥が声をかける。気が付けばその『ヨゾラ』の服装も、男性用のそれから少女らしいものに変わっている。恐らくは、攫われた時に着ていたものか。
「ダイジョウブ、かな。ヨゾラさんは、喜んでくれた?」
「あの子が解放されたってことは、無念は晴らせたんじゃないかしら」
 侑の言葉に、サテラが返す。
「満足したから消えるか。勝手なものよな!」
 言葉の内容に反し、ベリリのその表情は和らいだものだった。
「無事でよかった、それで……」
「そうですね、『ヨゾラ』の……あなたの本当の名前、聞かせてください」
 首を傾げつつ、手を差し出した刃蓙理と同じく、イルシヤが問う。
 どこか躊躇うような様子を見せた少女は、しかし迷いを振り切るようにその手を取り、立ち上がった。
「いまいち記憶が曖昧だが、助けてくれたのだろう? 感謝するよ。
 私の名は、五条坂。……五条坂・キララだ」

「そう、それはなんて言うか……」
 素敵な言葉と言っても良いし、おかしな名前と評しても良い。
 思索を巡らせ、リンクスが一度空を仰ぐ。ワイルドスペースの中のそこにも、星は変わらず散りばめられていた。
 ――何の為に戦うのか、迷った時の道しるべは必要だ。500年前のヨゾラもきっと、この暗闇を見上げ、星を探し求めたのだろう。
 時代の中で失われた技術と魔法。だが希望という名の輝きは、途絶える事はなく継がれていた。
「これからよろしくね、キララ」
 そしてその先端を、彼等は共に歩んでいく。

作者:つじ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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