ミッション破壊作戦～大宇宙明王、かく語りき～

■リプレイ

●ミッション１５－３
　島根県松江市。
　歴史あるこの街がビルシャナ『壊塵明王』の手に落ちて１年が経とうとしていた。
　古より水の都として知られる街並みは瓦礫に覆われ、いまや見る影もない。
　作戦実行回数４回。重傷者２名。喪失したグラディウス１本。
　松江を拠点とする壊塵明王の強襲魔空回廊は、いまだケルベロスの攻略を拒む不落の要塞であり続けている。

●決意と誓いを込めて
　降下ポイントに到着した。
　ヘリオンのドアを開け放ち、廃墟と化した街並みを見下ろすスノーエル・トリフォリウム（四つの白翼・e02161）の表情は、苦い。松江の破壊作戦に幾度も従事したケルベロスだけに、勝利にかける想いも人一倍だ。
（「今度こそ、今度こそこの街を取り返す。先祖のためにも……！」）
　背中で輝く緑色の翼は、俗に言う『本気モード』。彼女の決意の証である。
　スノーエルはグラディウスを握りしめ、先陣を切ってヘリオンから飛び降りた。
　ゴマ粒のようだった魔空回廊が、みるみる大きくなる。きっと壊塵明王は、あの回廊の奥で、今も祈りを捧げているのだろう。
『争いを生むグラビティ・チェイン、その源たる地球は滅ぶべし』と。
　ふざけるな、とスノーエルは思う。
「私たちの力は地球を護るもの。争いを生むのはあなたたちの方！」
　長い戦いに、今日こそ幕を下ろす。平和な街を取り戻す。
　そんな決意を込めて、グラディウスをバリアに叩きつける。
「この街から、地球から出て行けっ！」
　グラディウスから生じた爆炎が魔空回廊のバリアを揺さぶり始めた。
　しかし、バリアの規模はあまりに巨大。一人の火力では破壊しきれない。
　もっと数がいる。もっとパワーがいる。
「なるほど、確かに前来た時よりボロっちいな」
「ここに挑むのは２度目。もう次はありませんわ！」
　スノーエルに続くように、水無月・鬼人（重力の鬼・e00414）と、神苑・紫姫（断章取義の吸血鬼伝説・e36718）が降下してきた。二人とも、壊塵明王の恐ろしさは過去の戦で十分に知っていたが、人類が踏みにじられることへの怒りはそれに勝る。
「ここはデウスエクスに殺された命、その魂の安らぎを信じ、冥福を捧げる地だ。他所の星の僧侶モドキが！　勝手に破壊していい土地じゃないんだよ！！」
　侵略者達への純粋な怒りが、鬼人のグラディウスに灼熱の輝きとなって注ぎこまれた。魂の叫びとともに、充填されたグラビティの奔流が、逃げ惑う敵を押し流してゆく。
「私は赦さない。あなたのような破壊馬鹿も、あなたの妄言に私達を巻き込むことも！」
　負けじと紫姫も斬りかかる。煮えたぎる怒りを、すべて魂の叫びに変えて。
「救済が望みなら！　もっとマシな教義で！！　出直しなさい！！！」
　鼓膜を震わす爆撃音に混じって、雑兵と思しきビルシャナたちの絶叫が聞こえてきた。今ごろ回廊の中枢は、強襲の報を受けて大騒ぎに違いない。
「さーて、電光石火といきますか。勝てばしじみ汁飲み放題でしょ？」
「『死をもたらす者』か。良いだろう、その呼び名の通り、死を与えてやるまでだ」
「ま、この手のトンチキ教義に付き合ってもしょうがないのは理解してるけど、さ」
　上空からは、ケルベロスがグラディウスを手に次々飛び降りてくる。第二陣で降下してきたのは巻島・菫（サキュバスの螺旋忍者・e35873）とダリル・チェスロック（傍観者・e28788）、そしてエリシエル・モノファイユ（銀閃華・e03672）だ。
「争いの原因？　テメーらが勝手に攻めてるだけの癖に、責任転嫁すんな鳥頭！　いつまでお屠蘇気分抜けねーんですか酔っ払い鳥！」
　のほほんと笑う菫の顔が一転し、戦士の表情へと切り替わった。菫が振りかぶったグラディウスを叩きつけるたび、バリアから衝撃が波となってほとばしる。
「貴様らが破壊し虐殺を繰り広げたこの街の惨状、目に入らないとは言わせない」
「『銀行に金があるのが悪い』なんて強盗の理屈が通じるか！　比良坂の向こう、根の国の彼方に回廊ともども叩っこんでやるさ！」
　ダリルとエリシエルも、自らの怒りを叫びにかえて、眼下の敵をグラディウスの光線で焼き払う。これでもかと叩きつける猛ラッシュに、バリアが悲鳴をあげはじめた。
「あら。兵隊さんたちが見えますわ。居眠りでもしていらしたのかしら？」
　紫姫の見下ろす先に、増援のビルシャナが次々飛び出してくるのが見えた。おそらく中枢を守護する精鋭たちだろう。雑兵とは異なる強靭なオーラが、遠目にも分かる。
　もっとも、精鋭とて連携を分断されていることに変わりはない。煙幕が晴れるまでは、まだ余裕がありそうだ。
「おやおや、敵さんは随分必死だぜ。なぁ、チビ？」
「回廊が陥落すれば、グラビティの供給は絶たれるからの。必死にもなろうて」
　最後に降下してきたのは、岡崎・真幸（脳みそ全部研究に費やす・e30330）とボクスドラゴンの『チビ』、そしてドラーオ・ワシカナ（赤錆た血鎧・e19926）だった。
「ひとの縄張り侵略しといて、悟りだと？　ふざけんじゃねえ！」
　真幸は難しい概念を弄繰り回すことを好まない。身の丈を超える使命感も持たない。近所の大学の非常勤講師として教鞭をとって、日々を過ごせれば充分だ。
　だからこそ、彼は思う。
「俺は両手ですくえる奴らは、何があっても守ってみせる！　何があってもだ！」
　真幸の脳裏に、教え子たちの顔が浮かぶ。
　彼らの未来を奪おうとする奴は、誰であろうと許さない。
　壊塵明王の、卵が先か鶏が先かな水掛論に興味などない。
「いい加減教義とかうっせえ！　んなもんに俺のもんを巻き込むな！」
　怒りに燃えてグラディウスを突き刺す真幸とは対照的に、ドラーオの声は静かだった。
「ワシはな、明王の言う全てが間違っとるとは考えておらん。争いとは良くない事じゃ」
　しかし、とドラーオは続ける。教義の行き着く果てが滅亡ならば、それは争いの果てに滅ぶのと同じではないか、と。
（「壊塵明王の信念には、強く、そして暗い執念を感じる。それはまるで、かつて冥府を塞ぐ岩の前で、千の子供を毎日殺すと誓ったイザナミのようじゃ。その誓いにイザナギは、ならば自分は毎日千五百の子供を作ると誓い返したというが……」）
　ドラーオはその神話に、壊塵明王とケルベロスの関係を見出すのだ。
　そして思う。形を変えど、そこに描かれていたのは愛であったのだろうと。
　故に将来、明王の教えの何かが、争いを無くす糸口となりうるかもしれないと。
「じゃが、今は相容れぬ。千引の岩にて、この黄泉の門を封じさせて頂こうっ！」
　ドラーオが最後の一撃を叩きつけた時、グラディウスの輝きが８人を包み込んだ。
　ケルベロスの叫びが、グラビティが、大きな奔流となって全てを飲み込んでゆく。
「絶対に勝つぜ……！」
「ああ、私たちは勝つ」
　この回廊を破壊するため、過去に幾度もの挑戦が成された。
　失敗する度、何人ものケルベロスが無念の涙を飲んだ。
　８人が振るうこの一撃にも、彼らの想いは、願いは、受け継がれているのだ。
　そんな仲間達の想いが。
　魂とグラビティの全てを込めたこの一撃が。
「――届かないわけが、ないのですわ！」
　全てのグラディウスが、バリアを同時に突き破った。
「人類の未来を！」
「ボクたちに勝利を！」
「いっけええええええ！！」
　グラディウスのグラビティとケルベロスの魂を乗せた巨大な火球が、白い尾を引きながら回廊に降り注いでゆく。流星雨のように、幾つも、幾つも――。
　直撃を受けたあちこちから火の手をあげ、ついに壊塵明王の魔空回廊は陥落した。

●壊塵明王、かく語りき
　魔空回廊の破壊には成功したが、エリア内には未だ多数の精鋭部隊が残っている。彼らが体勢を立て直す前に、作戦領域を離脱せねばならない。
「よし、退こう。俺が先導する！」
　エアライドで着地した鬼人が、斬霊刀『無名刀』を抜いて駆け出した。
　薄く積もった雪を踏みしめ、瓦礫を跳び越え、道を塞ぐ敵を切り捨て、風のように素早く退却してゆくケルベロスたち。着弾で生じたスモークと、ミッション中と思しき別働隊のケルベロス達の支援が、撤退をより容易なものにしていた。
　作戦は怖いくらい順調だ。離脱まであと少し――異変が起こったのは、その時だった。
「……！　皆、止まれ！」
　鬼人の制止と同時に、スモークを破って現れたビルシャナが１体、行く手を塞ぐ。
『逃がさぬ』
「この声は……！」
　スノーエルの顔が引き締まった。
　忘れるはずもない。これまで幾度となく自分達の前に立ちはだかった回廊の主。
　周囲を震わせる重々しい声と共に、炎の向こうから現われたのは……壊塵明王である！
『よくも――よくも我が回廊を破壊してくれたな！』
「やれやれ。正直、二度と会いたくはなかったが……これも運命って奴だな！」
　袈裟に斬り下ろされる鬼人の無名刀を打ち払い、明王は壊塵脚の構えを取った。
　猛禽のごとき一撃の標的となったのは、最前列で雷刃突の構えを取るエリシエルだ。
「ステラ！　前衛の方々を援護射撃ですわ！」
「マシュ、前衛に属性インストールだよ！」
　紫姫はビハインドに、スノーエルはボクスドラゴンにそれぞれ指示を飛ばした。話し合える相手でないことは元より承知。ならば力ずくで通るまでだ。
『個の生存などという煩悩に縛られたケルベロス！　争いを生む貴様らは皆殺しだ！！』
「くだらん教義は聞き飽きた。とっとと失せろ！」
「お前なんか特売のチキンみたいに、黄泉比良坂に投げ売りしてやる！」
　怒りをこめた真幸のスターゲイザーが、明王の足を蹴り砕く。よろめく足元は、菫の雑巾手裏剣に磨き上げられ、鏡のようにピカピカだ。
「兵は詭道也。正面のチャンバラが効率いいんならいくらでもやるけど、ね！」
　バランスを崩した明王の羽を、エリシエルの刃が容赦なくむしり取ってゆく。
　壊塵脚で受けた傷は、すでにドラーオとスノーエルのブレイブマインが塞いでいる。
『小娘！　まずは貴様から永久に争いを奪い去る！』
「やらせん……っ！」
　ビルを一撃で蹴り砕く明王の壊塵脚を、ダリルがエリシエルの代わりに受け止めた。
　衝撃で体が宙に浮きあがり、後方のビルへと吹っ飛び、激突する。
「ふん……自分ひとり、死なない立場から高説とはな。都合のよい教義もあったものだ」
　口元の血を拭い、立ち上がるダリル。思ったよりダメージは深くない。付与しておいたサークリットチェインが、威力を殺してくれたようだ。
『グラビティ・チェインはあらゆる争いの源。故に地球は滅ぶべきなのだ！』
「何を言ってるんだ。お前が、ボクたちに争いを仕掛けたんじゃないか！」
『争いではない！　我が行いは神聖なる救済である！』
　割れた嘴で常軌を逸した教えを説き続ける明王は、エリシエルのシャドウリッパーを両腕でガードして、壊塵光翼の発射体勢をとった。
『争いは互いが傷つけあう果てに生まれるもの。ゆえに人類が抗わず滅びを受け入れれば、争いは起こらぬのだ！』
「お前の言葉はまるで、遅れて回る時計の針のようだ」
　敵も味方もお構いなしに辺りを焼き払う明王の姿に、ダリルは微かな憐れみを覚えた。
　針のかみ合わない、壊れた時計。かつて人間だったこのビルシャナも、きっとどこかで歯車を落としてしまったのだろう。
「いいだろう。狂った時を刻みながら、なお動き続けることを望むなら」
　光翼の炎をかき消したダリルがケルベロスチェインを構え、時針のごとき精密な動作で狙いを定めた。
「私達が、お前を止めてやる」
　雷鎖の先端から迸る、一条の光。
　それを追いかけるように鳴り響く轟音が、電撃の嵐とともに明王を包みこむ。
「ふむ。ここはデュオの方が尚良かろう！」
　翼を広げたドラーオが、ダイナミックマイクを手に『万唱：霜の鳳』を熱唱し始めた。
　晴れやかだった空が瞬時にかげり、銃撃のごとき勢いで雹が明王を打ち据える。
「ここでヌシには氷漬けになって貰おうか。只でさえ寒い中、いやはやすまんなぁ」
『おのれ、破壊と災厄をもたらす者共！　裁きの足に踏み砕かれるがいい！』
「お前が砕かれろ、鳥野郎が。この世界にはな、始めも終わりも存在しないんだ」
　明王の壊塵脚と真幸のエアシューズが、鍔迫り合う刀のように打ち合った。積み重なる負傷とバッドステータスの影響か、明王はじわじわと追い込まれてゆく。
「全ては巡り、変革し、繰り返す。因果がどうこうなんて事自体、間違いなんだよ！」
　真幸は明王の一撃を絡め取ると、返す刃で怒りを込めた渾身の一撃を叩き込んだ。
　呻き声をあげ、明王が崩れ落ちる。
「皆、少しでいい。時間を稼いでくれ」
　鬼人の肩に乗ったオウガメタル『タリナイメタル』が、ダイス状に変形した。
　１・２・３――地獄の炎を注ぎ込まれ、掌の上で勢いよく回転を始める。
「オッケーだよ、任せて！」
「オウガメタル『アリス』が操る白き星の光の力、存分に味わって下さいませ！」
「照り焼きにします？　唐揚げにします？　それとも炭火焼？」
『何故だ！　何故我が滅びねばならぬ！　滅ぶべきは地球だというのに！』
　スノーエルのドラゴニックミラージュが、紫姫の常夜蛍《Sylvatic Aster》が、菫の螺旋手裏剣が嵐のごとく撃ち込まれ、ついに壊塵明王の体力を削りきった。
「――お前の運命を極めるダイス目だぜ？　よく味わいな」
　４・５・６――ダイスが炎をまとい、飛ぶ。
「心霊の力を集い、灼たかなかり炎！　ＢＤⅥ、焼き尽くせ！」
『地球人よ！　争いを――』
　炎のダイスに心臓を射抜かれ、体を炎に包まれても、明王はなおも抵抗をやめない。
　ケルベロスを道連れにせんと翼を広げた明王の声が、不意に消えた。
『……や……』
　回転する明王の視界。見上げる先に映る、自分の胴体。
　そして気づく。エリシエルの剣技『布都御魂剣』が、自分の首を刎ねていた事を。
「――万理断ち切れ、御霊布津主」
　それが、壊塵明王の聞いた最後の言葉となった。

●勝者の祈り
　強襲魔空回廊を巡る戦いに勝利し、喜びにわくケルベロス達。
　中でもドラーオは一際のようだった。早くも日常モードにスイッチを切り替えて、
「ここらは観光スポットが多い……回らんわけには行かんじゃろっ？」
「この辺りですと、松江城に玉造温泉でしょうか。食事はズワイガニが旬だとか」
　エリシエルの言葉に、目がぱあっと輝く。
「そりゃいい！　温泉、温泉っ婆さん居ぬ間に温泉じゃ～♪」
「ワシカナ翁、あんまり羽目外すとまた奥方殿に叱られますよ？」
　そんな傍らでは鬼人とダリルが、黙祷の祈りを捧げていた。
「……終わったぜ」
「これから再起する街へ、僅かばかりの祈りを」
　恋人のロザリオをそっとしまい、瓦礫の街並みにヒールを施す鬼人。
　破壊された松江の街にも、いずれ日常が帰ってくるだろう。
　取り戻した平和の空に、ダリルの紫煙が白い糸のように昇っていた。

作者：坂本ピエロギ	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年1月10日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 11／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。