モデレート・パーフェクト・アンド・フロスティ・ラヴ

作者:鹿崎シーカー

 山盛り生い茂った葉の中に点々と咲く椿を、少女は紙コップ片手にのぞき込んだ。
 白いもの、赤いもの、紅白入り混じったもの。顔を近づけると、微かに上品な香りが漂う。少し嗅いだ少女は紙コップのお茶を含みつつ、椿園を移動する。平日昼間に人影無し。眼鏡を茶の湯気でくもらせながら、様々な色合いの椿を見て回る少女の耳に、ふと鼻歌が聞こえてきた。椿に奪われていた目をそちらに移すと、楽しげに揺れるおさげが入った。
「ふーふーふふーん、ふふーん! ふーふーふー、ふーん。ふふふふーん、ふふふーん、ふふふーんふーんふーん」
 緑色のリボンで結んだ二本の三つ編みを揺らし、幼女が手にしたジョウロで椿に水をかけている。背中に妖精の羽めいて四枚の葉を背負い、暗緑色のスカートをはためかせながら水やりをしていた幼女は、不意に少女の方を振り向いた。
「キレイでしょー?」
「えっ」
 面食らう少女に、幼女は両手を背後に回し前傾姿勢。緩い笑顔で微笑みかけた。
「キレイだよねーツバキさん。私も大好き!」
「へ? ……ああ、うん。そうだよね」
 生返事してうなずく少女。動揺しつつ茶を飲み、ちらちらと幼女を伺う。脱力した笑顔に、丸い顔。茶髪の両こめかみ辺りに三つ葉のクローバーめいた髪飾りをつけ、額付近からは二本の小角が新芽じみて顔を出す。幼女は大股で一歩一歩接近しながら、幼女は小さく首を傾げる。
「ね、お姉さん。キレイにならない? キレイなツバキさんになってみない?」
「……は?」
 緩い笑顔を崩さない。直後、生い茂る椿が一斉にざわめき膨れ上がった。山のように密度を増していく椿は園内の電灯を遮り少女の顔に影を落とす。目を見開いて固まる少女の手を滑ったコップが床に転がり、わずかに残った茶をぶちまけた。
「キレイなツバキさんに、なっちゃおうよ。ねっ?」
 椿の山が、立ちすくむ少女に襲いかかった。


「……ほう。椿が攻性植物に、か」
「うんうん。で、女の子が一人捕まっちゃった、と」
 無表情でつぶやくディディエ・ジケル(緋の誓約・e00121)に、穫は資料をひらひらと振った。
 とある椿園にて、攻性植物の出現が確認された。
 事件を引き起こした犯人は、『鬼胡桃の姫ちゃん』という名の人型の攻性植物だ。『人は自然に還ろう計画』という人類撲滅計画を企む彼女は、椿園で管理されている植物に謎の胞子を散布。攻性植物に作り替え、居合わせた少女を宿主にしてしまったらしい。
 現状、目的を達した鬼胡桃の姫ちゃんはその場を立ち去り、椿園内部は攻性植物の縄張りとなってしまっている。皆には急いで現場へ向かい、椿型攻性植物の撃破と宿主にされた少女の救出をお願いしたいのだ。
 そして今回の戦場はやや厄介。というのも、椿園の椿を栽培・展示するスペースで戦うことになるのだが、ここは辺り一面氷漬け。足場が悪い上に気温が低く、踏み入った者が徐々に霜で覆われていく特殊な結界と化している。椿のかたまりのような姿をした攻性植物が、花から常時放出している冷気のためだ。ケルベロスと言えど放置し続ければ霜の像となってしまう。
 また、宿主にされた少女は椿塊の内部に包むように取りまれており、普通に戦い倒してしまえば中にいる彼女もまた死亡してしまうが、敵をヒールしつつ戦うことでこの問題は解決できる。椿塊の戦闘能力は低いため十分に可能なことではあるが、敵も氷を生成して抵抗する上に場所が場所だ。相手ばかりに気を取られれば、自分達が凍結することとなる。戦況の読みと状況判断、各自の連携が重要になってくるだろう。
「幸い、女の子には結界の影響がないみたい。攻性植物の中にいるからかもね」
「……とはいえ、放置し続けるわけにもいくまい。早めに対処するとしよう」


参加者
ディディエ・ジケル(緋の誓約・e00121)
アリッサ・イデア(夢亡き月茨・e00220)
エイダ・トンプソン(夢見る胡蝶・e00330)
篁・メノウ(紫天の華・e00903)
ヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046)
日月・降夜(アキレス俊足・e18747)
相川・愛(すきゃたーぶれいん・e23799)
アルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の弾丸・e39784)

■リプレイ

 落ちてくる巨大氷塊を見上げエイダ・トンプソン(夢見る胡蝶・e00330)とヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046)はバックジャンプした。直後墜落し粉砕した氷塊の欠片と冷気に首をなでられ二人の髪がゾッと逆立つ。
「ひぇっ!?」
「ひゃっ!」
 慌ててカイロをシェイクする二人の後方、刀を抜いた篁・メノウ(紫天の華・e00903)は優雅に回転。流れるように膝を突き、水平にした刀を掲げる。
「天駆けろ。篁流回復術……」
 スミレ色の燐光まとった刃を一閃!
「『黄雀風』!」
 温風と吹いた紫光が前に立つ仲間達を包み込み、氷塊の残滓を押しのけた。晴れた白い冷気の向こう、椿園最奥に座した白い椿の塊の足元から氷で出来た根が複数出現! ディディエ・ジケル(緋の誓約・e00121)は周囲に赤黒い魔法陣を連続で展開。陣中央から赤い雷槍の穂先がのぞく。
「……伏せていろエイダ。突き穿て、赤雷の槍」
 手袋を嵌めた手で襟巻を引き上げ低くつぶやく。蒼氷の音が波打った瞬間、彼は片手を突き出した。
「……灼熱と化し焼き払え」
 槍めいて伸びてくる氷根に、雷槍が正面からぶつかった! 直撃の度に上がる雷鳴と水蒸気。次々相殺されていく氷を前に、相川・愛(すきゃたーぶれいん・e23799)は白と灰の粒子を振り上げた両手にかき集め、いっぱいに背中を逸らせた。
「え、えーいっ……!」
 投げ放たれた二色の粒子が霧の中に突っ込み爆発! 開けた視界にアルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の弾丸・e39784)が踏み込み、スプレー缶を三つ地面に投げつけ撃ち抜いた。噴出するスプレー缶の液体とたちまち溶け失せる霜の上を日月・降夜(アキレス俊足・e18747)が俊足で疾走! 白い椿塊まで一気に近づき、逆手に握った刀を袈裟掛けに振り抜く。斬撃を受け飛び散る葉と花。次の瞬間、植物塊の切り傷が血液じみて冷気を噴出! 降夜を包み込む!
「うおッ!?」
 面食らった降夜が真後ろに引かれ冷気を脱出。両腕から伸びた黒いイバラで彼を引きずり出した黒衣のビハインドを見、アリッサ・イデア(夢亡き月茨・e00220)は片腕を振る。羽織った漆黒のケープの下、肩口から手首まで黒いイバラを巻きつき淡い紫の薔薇が咲く。薔薇の花弁が光輝くのと同時、凍土を破って黒い樹木がそびえ黄金の果実をつけた。続けてアリッサは静かに詠唱。
「Hen le ariet、 cus Ren le ariet……奏で、詠い、響き、廻れ」
 手首の薔薇が花弁を散らせ、舞い上がる。果実の放った光をまとい、アリッサの隣を通り過ぎた篁・メノウ(紫天の華・e00903)は拳銃型デバイスを抜いて前半分雪像と化した降夜を撃つ。そのまま抜刀、斜めに斬り上げクルリと回る。
「走れ! 篁流回復術、『断風』ッ!」
 刃が生み出す紫の風を受けたヒマラヤンとエイダが椿塊に突撃を敢行! 走りながらヒマラヤンは二の腕にカイロでこする。
「ううー……なんか見てるだけで寒いのですよ……寒いのは苦手なのに……」
 無数の紫薔薇の花弁に巻かれた椿塊の下から再び氷で出来た根っこが這い出し、ヒマラヤンの全身を化け猫めいたオーラが包み込む!
「ちゃっちゃと女の子助けて、帰ってコタツに入るのですよ!」
 鋭い先端を突き刺さんと飛来する蒼氷の根っこをサイドステップやジャンプ、スライディングで回避したヒマラヤンの頭上で黒い子猫が空中前転、尻尾の赤いリングを飛ばした。チェーンソーの如く回転しながら飛んでくる輪を氷のツタで撃ち落とし、椿は花全てから冷気を噴出! 瞬時に作り出した氷のドームにエイダは跳躍、コマめいて回転しながら拳を握り、ドレス型の虹色オーラを集中させた。
「今から攻撃しますけど……注射だと思ってちょっと我慢して下さいね!」
 オーラを蝶の群れめいて湧き立たせ、氷のドームにパンチを打ち込む! 直撃点に巨大なアゲハ蝶のエフェクトが現れ羽ばたいた瞬間、氷ドームがヒビに覆われ砕け散った。反動で弾かれたエイダの拳から肩までが凍結! 凍土を転がる彼女を狙う氷の根を銃撃して壊したアルシエルは六枚翼を広げて加速し鉛弾を叩き込む。椿塊は頭上に向かって冷気を放出。椿園の天井を白い煙が覆い尽くして雪を降らせる。地面、そしてケルベロス。雪が触れた先から地面に霜の椿が花開く!
「全く。植物の割りに多芸なことだ」
 肩の霜をはたき落とし、アルシエルは引き金を引き漆黒の球体を撃ち出した。椿塊に着弾した黒弾は瞬時に膨張して消滅、直撃部分を削り取った。次弾を装填するアルシエルの足首に氷で出来た根が巻きつく!
「!」
 根が巻きついた箇所から霜が侵食。膝下まで飲まれたところで復帰した降夜はアルシエルを捕らえた根を切った。彼は即座に敵に向き直りランチャーを発射! 光弾を数発受けた椿塊は爆発し白い花弁をまき散らす。
「大丈夫か。冬眠だけはしてくれるなよ?」
「お互い、気をつけるとしよう」
 軽口を叩いた二人はエイダを抱えて氷根をバックジャンプで回避した。後方、ディディエの目前に赤黒い魔法陣が展開。ディディエは人差し指と中指をそろえて振った。
「……吼え立てよ、殺戮の黒獣。血染めの牙剥き食い散らせ」
 赤黒い魔法陣から巨大な狼じみた魔獣が飛び出して咆哮! 猛然と疾駆した魔獣は地面を剣山めいて覆う氷の根をすり抜け植物塊に体当たり。獣が透過した直後、花々が一斉に逆立ち氷霧を噴出! 椿園を走る吹雪に当てられ、愛がぶるりと身震いをする。
「ひっ……!」
「よっ」
 自分の霜をはたき落としたメノウが拳銃型デバイスを撃つ。霧吹きじみて浴びせられた薬液が愛のとんがり帽子やマントに張りつく霜を溶かした。カイロをもみつつ、愛は小さな声でつぶやく。
「思ったよりも寒いというか……冷たい、です。来ないでって、言われてる、みたいな……」
「ま、結界作ってるようなやつだしなぁ。そうも言ってられないけど」
 振り返りざま、メノウは投げ出されたエイダの肩に拳銃型デバイスを押し当て引き金を引く。彼女の腕を覆う氷が破裂! 降り止まぬ雪に触られるたび新たな霜が生えてくる。顔をしかめたメノウは剣を手に取って舞う。
「走れ! 篁流回復術、『断風』ッ!」
 紫の風がまた荒び、雪や仲間の霜を吹き飛ばした。椿塊の周囲に新たな氷根が複数飛び出し天井に向かって伸長、放物線を描いてディディエを狙う。一方の彼は無表情で片手を掲げた。手の平大の魔法陣が二つ出現! 跳ね起きたエイダが叫ぶ!
「ディディエさんっ!」
「……睥睨せよ、蛇妖の眼。瞳に映るは石の像」
 魔法陣中央、目の紋様が開眼し真紅の光線が二条飛翔! 新たに飛び出した根がそれらを打ち払うとともにディディエと氷根の間にビハインドのリトヴァが割り込んだ。根にかざした両手が巨大な紫薔薇の幻影を投射、突き刺しに来た氷の根をガードする! ディディエはエイダに視線を飛ばした。
「……問題ない。行け」
「……はいっ!」
 エイダは両腕を広げてその場で回る。ドレスの袖を包むオーラが赤に変色、千々に千切れて赤い蝶の群れとなって羽ばたいた。直後、椿塊周辺の大地が放射状に砕け、無数の氷根が出現! それぞれがムチの如く振り回され蝶やアルシエルの弾丸を叩き落とす! バク宙で根の刺突を回避したヒマラヤンは投げ縄型に変えた鎖を投げて降夜を捕まえ引っ張り戻した。上下から牙めいて襲いかかった根が空ぶる!
「リトヴァ」
 アリッサの声を聞いたリトヴァが幻影を押し込み根を退けた。そのまま両手を椿塊に向けた瞬間、闇色のイバラが椿塊に巻きつきキツく締め上げる! 一瞬動きを鈍らせた隙を突いたアルシエルは根をステップ回避しながら素早く距離を詰め銃を連射。椿の花を崩された椿は上空に冷気を放射した。わずかに雪が勢いを増す。素早く魔導書をめくる愛!
「いたいのいたいの、とんでっ……ひゃっ!」
 腹に巻きついた根に引っ張られ、愛が尻餅を突いた。手足に氷の根が絡みつき、徐々に凍結させていく。素早く振り返ったメノウの手が真下から氷根に打たれ拳銃デバイスを弾かれた。剣を振るって迫り来る根っこを切断! そのまま舞に移行する。
「篁流回復術……『光風』ッ!」
 剣閃が春風を起こし愛に絡みつく根を霜ごと溶かす。とんぼを切って戻ったエイダは溶けかけの根を拳で砕いて愛を救出、追撃の根をかわして距離を取る!
「ご、ごめんなさいっ!」
「大丈夫です! でも……」
 エイダが険しい顔で振り返った。砕いては生え、隙あらば足を取らんとする氷根相手に降夜とアルシエルが立ち回る。銃撃と斬撃で根を破壊するも深まる雪と背負った霜で動きが鈍い。
「あんまり、時間はかけられなさそうですね……女の子も心配です」
 その時、氷の根がアルシエルの翼一枚を貫いた。霜の積もった翼は根元まですぐに凍結、追加で押し寄せる四本の根! バックジャンプのため蹴った足が深雪に突っ込む!
「……ッ!」
 根っこの刺突が当たる直前、全ての氷根の根元に赤黒い魔法陣が展開される。翼を羽ばたかせて霜を落としたディディエは顔の前で指を立てた。
「……打ち砕け、大地の鉄槌。空に汝の威を示せ」
 魔法陣が連続爆発! 根元から砕かれた氷根が吹き飛ぶが地面から別の根が突き上がった。ディディエは再度周囲に魔法陣を複数展開!
「……面妖な」
 つぶやき、赤雷の槍が連続で飛翔する。生えたそばから壊され蒸気をまき散らす氷根の間を降夜が駆け抜け椿塊に拳をぶち込む! 手づかみで椿をつかみ、引き千切った。直後に彼の胴に氷根二つが突き刺さる!
「ぐおッ……」
 降夜が後方にふっ飛ばされ椿の前方に複数の氷根が新たに現出。雪に足を取られつつも踏み込んだヒマラヤンはモフモフした扇を広げ腰をひねって引き絞った。扇全体に光輝が宿す。
「せぇぇぇぇぃやッ!」
 振り切られた扇が光の旋風を解放! 現れたばかりの氷根を吹きさらし、灰色の石像に変えた。それらをエイダの巨大なアゲハ蝶型オーラ弾がまとめて砕いて椿に直撃! 石像はリトヴァの掲げられた手に吸い寄せられ、投擲される。氷根の石像群が椿塊に正面衝突! 即座に紫薔薇の花びらが椿の周囲を漂い始めた。さらに椿塊から赤い煙じみた光が幾条か伸び、愛の手元に集まっていく。とんがり帽子やマントに大量の霜を付着させ、ふくらはぎ半ばまで埋まった足をわななかせながら愛は白い息を吐き出した。
「だ、大丈夫、ですからっ! わたしたちが、ぜったい、助け出します……からっ! だから、もう少しの間だけ、ガマン、しててくださいっ……!」
 持ち上げた両手に赤く揺蕩う光が収束!
「いたいのいたいの、とんでいけーっ……!」
 それを思い切り、明後日の方へ投げ飛ばす! 氷根がまた生え変わるのと同時、雪が思い切り跳ね上がった。落下する雪の中、拳銃型デバイスを拾い上げたメノウは天に数発発砲! 雪に混ざって降る薬液の雨が仲間達の霜を融解、深雪を蹴りつけて降夜とエイダ、アルシエルが霜を少し残したまま走り出す! 唇を青くしたヒマラヤンは扇の霜を叩き落とし、再度扇を振りかぶった。
「援護……するのですよッ!」
 放たれた光の風が迎撃に飛んでくる根を吹きさらし先端から石に変えていく。先に踏み込んだ降夜は日本刀で斬り返し、押しのけた。
「ハァーッ……痛いの痛いの飛んでいったか? 元気っぽいな、あいつ」
「好都合だろう」
 霜に凍らされた翼をぎこちなく動かし、アルシエルがリロードした。降夜が最後の一本と斬り結んだところで彼を追い越し、マガジンの全弾をぶっ放す! 椿塊に空くいくつもの穴。削られては再生を繰り返す植物に、エイダはオーラをまとった手を伸ばした。
「絶対……絶対、助けますッ!」
 指先から飛翔する赤蝶の群れ。引き戻された氷の根がムチのように振るわれ多くを撃ち落とすも逃れた蝶達は椿塊の周囲を飛び回り、にじみ出る光を吸収していく。生き残った椿の花が次々しおれ、力なくしぼむ。紫薔薇の幻影を出し続けるアリッサは飛んできた根っこの刺突を紙一重でかわし、紫色の瞳を光らす!
「遅くなった……最初よりも。弱っているわね」
「……ならば、削る」
 低く告げたディディエが赤黒い魔法陣を複数同時展開! 徐々にしおれ、変色していく椿の花の大群を真っ直ぐ見据えた。陣からのぞく赤槍の穂先!
「……聞こえるか。意識をしっかり保て。今、必ず助けよう」
 赤雷槍全弾発射! 防御に回った氷の根っこを爆発させて打ち砕き、しなびた椿塊の姿をさらす。雪に足をもつれさせ転んだ愛はなおもそこから赤い光を引き出し続け、背中に霜を咲かせ続ける。周囲の雪を蹴り飛ばしたメノウは刀を左右に揺らし、縦一閃!
「篁流回復術、『野分』!」
 風の斬撃が雪原をさばき、 道を生み出す。
「からの! 降り注げ! 『凍白雨』!」
 突き上げた刀の切っ先がきらめいた瞬間、空から刃の雨が降り注ぐ! 白銀の雨が椿塊の石化した外側からそぎ落とし、すさまじい速度で伐採。枯れた花垣をバラバラにして斬り伏せる。狩られていく植物の隙間から人の影が見えたその時、リトヴァが一直線にダイブした。囚われた少女の腕をつかみ、引きはがしていく。ブチブチと千切れる枯れたツル!
「ひとを捕え、自らの糧とする攻性植物、ね。……ごめんなさいね? わたし、そういうのはとても、きらいなの」
 引っ張られるたび、末端から崩れゆく植物を見てアリッサがつぶやく。
「だから、狩り取らせていただくわ。あなたの目論見も、命も、すべて」
 リトヴァが思い切り少女を引っ張る。最後のツルが千切れると同時、残った植物は力なく倒れ、褐色になって崩れていった。


 ポットから紙コップへ、湯気の立つスープが注がれる。全周型ストーブ前で、ヒマラヤンは少女にコップを手渡した。
「大丈夫なのです? これでも飲んで温まっておくと良いのですよ」
「あ……ありがとうございます……」
 おずおずと受け取り、一口すする。黒いブランケットを羽織り、マフラーを巻いた少女は肩を縮め、ケルベロス達を伺った。
「あの、すみません。こんなにしてもらって……」
「大丈夫です。災難でしたね」
 しっとりと笑うアリッサから、少女は半ば戸惑うように傍らを見下ろす。ぎっしり中身の詰まったバックパックと防寒具、水筒がいくつか。
「でも、この水筒とか、毛布とか……」
「毛布は好きに使ってください。水筒は……持ち主が置いていってしまったので、そちらも好きにして良いものかと」
「は、はぁ……」
 困惑気味に目を伏せる少女。ストーブを挟んで対面、愛がきょろきょろと辺りを見回す。
「そ、そういえば……あの、アルシエルさんとか、メノウさんとかは……」
「アルシエルは水筒置いてどっかに行った。メノウは椿園見ていくとか言ってたが。ディディエは……まだその辺にいるんじゃないか?」
 自分のコップにスープを注いでもらい、降夜。愛は得心めいてこくんとうなずく。
「椿園……そうですよね」
 そう言って、改めて周囲に目を向ける。椿園全体を覆っていた霜は消え、元通りに椿の花が咲き誇る。白だけでなく、赤いものまで。
「きれいなところ、ですもんね。ちょっと、変わっちゃいました、けど」
「はい。静かで綺麗で、とっても良いところです」
 少女が優しく微笑みかける。

 一方その頃。
「よっ。お疲れさん」
 声をかけられ、ディディエはふと立ち止まった。椿園展示スペースの入り口。廊下の壁に背を預ける男が一人。
「……朱砂か」
「おう。ストーブ、動いてよかったな」
 ディディエは無表情で襟巻を外す。
「……雪像になっていたからな。無事に動いて何よりだ。差し入れも、あれだけあれば十分だろう」
「あんな寒いところにいりゃーなぁー。暖かいもん、いくらあっても足りないぜ。……ともかく、敵は倒してみんな無事。最高の結果だ。誰か死んだんじゃ寝覚め悪いしな」
「……そうだな」
 短く同意。手袋を外し、ディディエが煙管をくわえかけたその時である。
「ディディエさーん!」
 名前を呼ばれ、振り返る。手を振り、ぱたぱた走ってくるのはエイダ。
「……どうかしたか」
「どうかしたってほどのことじゃないんですけど。……はい!」
 にこやかに笑い、エイダが手の平を出した。無表情でそれを眺めたのち、ディディエもまた手の平を出す。エイダの手がパチンと打ちつけられる。
「お疲れ様でした! ナイスファイトです!」
「……ああ。そちらもな」
 満足げに笑うと、エイダは数歩離れてくるっと回った。
「さーて、それじゃあ皆さんと一緒にどこか食べに行きましょう! 暖かいものがいいですよね。ね?」
 上目遣いで聞いてくる彼女に、ディディエは無言。点火した煙管の煙が静かに立ち上っていった。

作者:鹿崎シーカー 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。