新春に竜牙舞い

作者:小鳥遊彩羽

 一月一日、元旦。
 新しい年を迎え、多くの人々が神社へ初詣に向かう、その途中。
 神社から然程離れていない場所にある交差点に、突然として巨大な牙が突き刺さった。
「きゃあっ!」
「な、なんだっ!?」
 周囲が騒然とする中、『牙』は瞬く間に鎧兜を纏う竜牙兵へとその姿を変えた。
「――グラビティ・チェインをヨコセ!」
「ドラゴンサマのタメに、ワレラにゾウオとキョゼツをムケルがイイ!」
 竜牙兵達はそう言うと骨の顔を笑みに歪ませ、周囲にいた人々を無差別に襲い始める。
 逃げ惑う人々と竜牙兵の笑う声が響く中、交差点は鮮やかな血の色に染め上げられていった。

●新春に竜牙舞い
「あけましておめでとう、皆。――というわけで祝う間もなく竜牙兵だ」
 トキサ・ツキシロ(蒼昊のヘリオライダー・en0055)はそう言って、急ぎ現場に向かい、この強行を阻止して欲しいとケルベロス達に告げる。
 とは言え、どれだけ急いでも介入できるのは竜牙兵が出現した直後。竜牙兵の出現前に避難勧告を行うと、竜牙兵は予知の現場ではなく別の場所に出現してしまうため、事件を阻止することが出来なくなってしまうからだ。
「皆が到着した後なら、避難誘導などは警察の人達に任せられるから、皆は竜牙兵と戦い、倒すことに集中して欲しい」
 出現する竜牙兵の数は三体。ゾディアックソードを持つ二体がクラッシャーで、バトルオーラを持つ一体がスナイパーとのことだが、決して強くはなく、油断をせずに戦えば然程苦戦することなく倒せるだろうとトキサは続ける。
「無事に戦いが終わったら、せっかくだから初詣に行ってくるのもいいんじゃないかな。今年一年、無事に過ごせますように……って、神様にお祈りしてくるだけでも、何か、こう、気持ち的にあるかもしれないし」
 竜牙兵が現れる交差点、その近くにある神社は、毎年初詣以外にも多くの参拝客が訪れる、そこそこ大きな神社であるという。長い参道には色々な屋台が軒を連ね、そこで買った食べ物や飲み物は近くのベンチや休憩スペースで座って食べることも出来る。他にも土産物なども売られているので、見て回るだけでも楽しい物で溢れているだろう。勿論お参りの後はおみくじを引いたりお守りを授けて頂くのもいい。今年は戊年ということで、今年限定の犬のおみくじや置き物などもあるとのことだ。境内自体が広いので、ゆっくりと歩き回って神聖な空気に身を浸すのも悪くはないかもしれない。
「私も、出来る限りお手伝いいたします。皆さん、頑張りましょうね」
 フィエルテ・プリエール(祈りの花・en0046)は丁寧にお辞儀をしてから、いつものように微笑んだ。
「お正月くらいはデウスエクスも休んでくれればって思うんだけど、さすがにそうは行かなかったよね……なのでさくっとやっつけてお参りして、今年も一年、頑張っていこうね!」
 トキサはそう言って説明を終えると、ケルベロス達をヘリオンへといざなった。


参加者
シエル・アラモード(碧空に謳う・e00336)
シグリッド・エクレフ(虹見る小鳥・e02274)
茶菓子・梅太(夢現・e03999)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
ニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)
天司・桜子(桜花絢爛・e20368)
祝部・桜(玉依姫・e26894)
六連・コノエ(黄昏・e36779)

■リプレイ

 何の前触れもなく、交差点の中心部に穿たれた巨大な牙。
 それが忽ちの内に竜牙兵へと姿を変えると、場は一瞬にして騒然とした。
「――グラビティ・チェインをヨコセ!」
「ドラゴンサマのタメに、ワレラにゾウオとキョゼツをムケルがイイ!」
 だが、竜牙兵達の目論見通りに事が運ぶことはなかった。
「皆様、お待たせいたしました! 大丈夫ですので、どうぞ落ち着いて安全なところへ避難くださいませ!」
 その場から逃げ出した人々の流れに逆らい、現場へと駆けつけたケルベロス達。
 敵と一般人との間に壁になるように立ちはだかりながら、シエル・アラモード(碧空に謳う・e00336)は逃げゆく人々へ懸命に声を投げ掛けた。
「オマエ達は!」
「見ればわかるよね? ――ケルベロスだよ。僕達が相手になろう」
 刹那、鮮やかな炎が踊り、後方に控えていたオーラを纏う一体に六連・コノエ(黄昏・e36779)が鮮やかな色の蹴りを叩き込む。
 ランジュ、とコノエが名を呼べば、相棒たるミミックのラグランジュが夜色のティーポットの蓋を開けて応え、前衛に立つ二体の片割れに煌めくエクトプラズムのティースプーンを武器に躍りかかった。
「ケルベロスなど、ワレラのテで叩キ潰シテクレル!」
 すぐさま前衛の竜牙兵達が同時に星剣を振るえば、おぞましい色の星座のオーラが前衛と後衛へ向かっていく。
「桜子さんっ! ノラ号も!」
 祝部・桜(玉依姫・e26894)が呼ぶのは同じディフェンダーの天司・桜子(桜花絢爛・e20368)と、ライドキャリバーのノラ号だ。
「任せて、皆は桜子が守るよ! だから、今のうちに逃げて!」
 桜、そしてノラ号と共に竜牙兵の攻撃の幾つかを肩代わりしながら、桜子は混乱する場へ声を向ける。
 シエルや桜子の声に落ち着きを取り戻した人々が、警察の誘導に従い駆けてゆく。
「やれやれ、年明け直後だっていうのに、デウスエクスは働き者が多いものだよ」
 抱いていたピンクのクマのぬいぐるみを落ちないようにリボンで腰に括り付け、ニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)は愉しげな笑みを浮かべて告げる。
「お正月はしっかり休養しないといけないってこと、ボク達がきちんと身体に教えてあげないとね。……ね、マルコ?」
 マルコと呼んだぬいぐるみを優しく撫でて、ニュニルはスナイパーへと狙いを定めた。
 放たれた氷結の螺旋が瞬く間に竜牙兵を凍らせる。その傍らで翼猫のクロノワが懸命に翼を羽ばたかせる。
 三体の竜牙兵のうち、ケルベロス達はまずスナイパーからを落とす作戦を練っていた。
「元旦から精が出る……と言いたいところだけど、そうは問屋が卸さない。今年も地獄の番犬がお相手するよ」
 ――今年も、ケルベロスとしてやるべきことを。
 いつもの白衣ではなく、大切な人から貰ったコートを羽織り、新たな年に新たな気持ちで。雷神の名を冠する杖を手に、新条・あかり(点灯夫・e04291)は淡々と紡ぐと、後方の仲間達をちらりと振り返る。
「梅太さん、フィエルテさん」
 あかりが呼ぶ声に茶菓子・梅太(夢現・e03999)とフィエルテ・プリエール(祈りの花・en0046)が揃って頷き、避雷の杖を構えた。
「お正月はのんびり過ごしたかったのだけど……そうもいかないようだね」
 小さく肩を竦める梅太に、フィエルテはくすっと笑って。
「大丈夫です、後でのんびり過ごす時間は、たくさんありますからっ」
 頑張りましょうと続けた声に、あかりもこくりと頷いた。
 三人は杖を掲げ、守りを齎す雷の壁を構築する。梅太は後衛、フィエルテは中衛、あかりは前衛に。ジャマーの効果も相俟って前衛の列減衰は然程気になるほどでもなく。瞬く間に強固な雷壁が編み上げられていった。
「本当、お正月くらいのんびりしてくださっても良いですのに。デウスエクスは働き者ですわね」
 ため息混じりに告げ、シエルは青碧色の竜槌から竜砲弾を放つ。風を縫うように奔った青碧色の光の軌跡を辿り、その先に立つ竜牙兵の元へ馳せたのは、桜が解き放った御業だ。
「ここで、誰も傷つけさせたりはしません……!」
 桜の強い想いを背負った御業によって竜牙兵が鷲掴みにされる。
 地面に穿たれた跡をちらりと見やり、桜子は胸中に想いを灯した。
 人が多く集まる場所に、竜牙兵も現れやすいのだろうか。おそらくはそうだろう。人が多ければ多いほど、グラビティ・チェインも効率よく集められる。それはとてもシンプルな理由だ。
 とはいえ、このような場所が戦場になったら大惨事になるのは考えるまでもない。だからこそ、
「かならず皆で無事に。竜牙兵を倒そうね。――桜の花々よ、紅き炎となりて、かの者を焼き尽くせ」
 桜子が伸ばした手の先から無数の桜の花弁が舞って竜牙兵を囲み、紅蓮の炎へと変じた。
「ええ、皆様の一年の始まりを、恐ろしい記憶で埋めてしまうわけには参りませんとも。寒い中を、長い時間お待たせもしていられません。張り切らないといけませんわね!」
 桜子の声に笑顔で答え、シグリッド・エクレフ(虹見る小鳥・e02274)は半透明の御業を操り、炎に飲み込まれた竜牙兵へさらに業炎を重ねた。
 それは命なき命すら燃やす鮮やかな火。
 ケルベロス達の猛攻に、一体目の竜牙兵は呆気なく消え去った。

 梅太がケルベロスチェインを操り描いた魔法陣が更なる守りの壁を作り上げ、盾として奮戦していた桜に対してはフィエルテが魔術切開を施し、蓄積した傷と疲労を大きく回復させる。竜牙兵が振るう星剣の重い斬撃で守りの壁が破られることもあったが、二人のメディックによるフォローは万全だった。
 狙いを定めた竜牙兵の片割れに、ケルベロス達は互いに声を掛け合いながら攻撃を畳み掛けていく。
 あかりが伸ばしたブラックスライムが鋭い槍の如き穂先で貫いた先から大量の毒を注ぎ込むと、
「あかりさん、続きますわ! 毒だけでなく、雷も召し上がってくださいまし!」
「うん、お願い、シグリッドさん。とびきりの雷、味わわせてあげて」
 心なしか楽しげに小さく耳を揺らすあかりに、朗らかに笑ってシグリッドが続く。
 シグリッドはそのまま敵との距離を詰めると、両手に持った二本のライトニングロッドを渾身の力を込めて叩きつけ、莫大な量の雷を流し込んだ。
「桜子もいくよー! ――古代魔法よ、光となりて、敵を石化させよ」
 詠唱と共に桜子が放ったのは、敵を石と変える魔法の光線。
 反撃に出ようと剣を振りかけ固まった竜牙兵へコノエが素早く跳躍し、流星の煌めき纏う重い襲撃を叩き込んだ。
「さて、これで二体目だ」
 コノエの一撃が止めとなり、二体目の竜牙兵も崩れ落ちていく。
 残された竜牙兵も、最早時間の問題だった。
「ノラ号、行きますよ……!」
 意を決したように紡ぎ、桜は音速を超える拳で竜牙兵を吹き飛ばす。
 次の瞬間、ノラ号は鮮やかな炎を纏い、更に敵の元へと飛び込んだ。
「無法者達、そろそろお別れの時間だよ。元いた地獄に、さようなら」
 ニュニルは微笑んで、色とりどりの花綻ぶ縛霊手を振り上げる。
 すると、凪いだ風の隙間に映り込んだ悪霊の陰が、南瓜頭の怪人となって現れた。
 ――それは禁忌か伝承か。嗚呼どちらでもいい、その渇きを癒せれば。
 呪われし者と同じ名を持つ南瓜頭の怪人は、悦びの声を上げながら竜牙兵を切り裂いて、骨を砕く。
 クロノワが懸命に翼を羽ばたかせ清涼な風を運んでくれているのを見て、梅太は攻撃の手を選ぶ。
「……よい夢を」
 空っぽの目を覗き込むように見つめれば、まるで見えない悪夢に襲われたかのように竜牙兵が虚空目掛けて剣を振り回して。
 そこに響き渡った澄んだ声音は、シエルのものだ。
「妖精さん、妖精さん。どうか、わたくしに教えてくださいませ」
 紡がれるのは、魔導書に綴られた一遍の詩。
 呼び出された小さな妖精は耳元でそっと『答え』を囁き、主の願いのその先を導いた。
 迷いのない想いは敵を滅ぼす確かな力となって注がれ――そして、神聖な場に土足で踏み込もうとした不敬者達は、残らずこの世界から消え去ったのだった。

 地面に穿たれた穴、周囲の壊れた道路など、戦いの爪痕にヒールを施している間に、その場から離れていた人々も少しずつ戻ってくる。
 辺りはすぐに元の賑やかさを取り戻し、そして、戦いの傷を幻想で癒したケルベロス達もまた、自らの手で取り戻した日常の風景の中に紛れていった。

「今年一年も、皆が平穏に暮らせます様に……」
 他の人々がそうするようにお賽銭を上げ、お参りを済ませる桜子。
 願う言葉は真剣に、けれど全てが終わった時にはいつもと変わらぬ柔らかな笑みが浮かんでいて。
「桜子も、何かお土産? おやつ? 買っていこうかな」
 そう言うと、桜子は屋台が並ぶ通りへ向かっていく。
 お参りも勿論済ませるつもりだけれど、コノエは参道の左右にずらりと並ぶ沢山の食べ物の屋台に興味津々で、どれにしようかと目移りしている様子。
「ランジュ、つまみ食いはだめだよ」
 目移りをしているのは、どうやら傍らのミミックも同じよう。
 今日は、新しい年の始めの日。
 色々な節目に祝い事やお祭りをし、人々は心ゆくまで楽しんで、明日への道を繋いでゆく。
 そんなありふれた日常の営みの中で、コノエは思うのだ。
(「――この国は、賑やかなことが多くて退屈しないなぁ」)

 お賽銭を賽銭箱に入れ、がらんごろんと鈴を鳴らし、二礼二拍一礼。
 こんな感じですと隣を見やるフィエルテに、シグリッドは真剣な表情でこくこくと頷き、見様見真似で参拝を。
 そんな二人の様子を、シグリッドの兄であるアレクシスは微笑ましげに見守っていて。
「お兄様、お疲れではないですか? 寒くはございません? 逸れないよう、手を繋いで参りますか?」
 長く病の床に伏していたアレクシスが快癒してからもう随分と経つけれど、まだその身を案じてしまうシグリッドに、アレクシスは過保護だねと笑う。
「子供じゃないよ、大丈夫。僕とじゃなく、フィエルテと手を繋ぐと良いよ」
 その言葉に少女達は互いに顔を見合わせ、どちらからともなくそっと手を繋いだ。
「これで、私も迷子にならずにすみそうです」
 微笑んで呟いたフィエルテに、シグリッドも小さく肩を揺らしてふわりと笑う。
(「ふわふわして、二人とも雛鳥みたいだ」)
 仲睦まじく歩く少女達を見つめ、アレクシスは目を細めた。
 お参りを済ませた後は、同じく参拝していたシエル、ニュニルと連れ立って社務所へと。
「わたくし、御守りというものが欲しいですわ」
 知識はあれど、実際に目にするのは初めてのようで、シエルはずらりと並ぶお守りの中からどれにしようかと思案顔。
「フィエルテ様は、どれがいいと思いますか?」
「そうですね、こちらのお守りでしょうか」
 フィエルテが手に取ったのは、赤やピンク、水色、白――他にもいくつか色がある、シンプルな形の開運招福のお守りだった。
 シエルはふむふむと頷いて、色違いを二つ買うことにしたよう。
「フィエルテ様、見てくださいませ! ふふふ、このコがいればきっと一年良いことがあると思いますわ! そして、こちらの色違いはフィエルテ様へ」
 良い一年になりますようにと願いを込めて告げられた言葉に、フィエルテは嬉しげに笑うと受け取ったお守りを両手で抱き締める。
「ありがとうございます、シエルさん。お互いに、素敵がいっぱいの素敵な一年に、していきましょうね」
 隣でニュニルが見つめているのは、ずらりと並ぶ戌みくじ。
 陶器で出来た様々な色柄の戌が、今か今かと選ばれるその時を待っている。
「マルコはどれがいいと思う?」
 腕の中の親友に語りかけつつも、直感で選んだ戌の中に入っていたおみくじは、吉。
「うぅん。もう少し奮発してくれてもいいんじゃない? でも、まあ、大吉に近い吉ならば、今年も良い事がありそうだね♪ おや、二人はどうだったかな?」
 ニュニルが振り返った先では、おみくじの結果を真剣な目で読んでいるシグリッドとフィエルテの姿が。
「何はともあれ何事にも油断せず、学業や運動は精進を怠るべからず、ということらしいです。中吉、でした」
 真剣な顔のまま答えるフィエルテ。そしてシグリッドは――。
(「まあ、大吉。勉学、安心して勉学せよ。……願い事、遅くはなるが、叶う」)
 一通り読んで、ほっと一息。今年も目一杯、勉強もケルベロス業も頑張ろうと決意を新たにするのだった。
 それから、ニュニルの提案で一行は屋台の並ぶ通りへと。
「ああ、運動後にこんないい匂い出されたら、買ってしまわずにいられないよ。なんて罪深い」
 ベビーカステラ、リンゴ飴、焼きそばやフランクフルトにじゃがバター。などなど。どれも戦いの後の空いたお腹が求めてやまないものだろう。
「うぅん、フィエルテは何が食べたい?」
「私は……じゃがバターが、気になりますっ……!」
「わたくしも、じゃがバターという名前からして気になりますわ!」
 シエルも勢い良く手を挙げて同意して。
「じゃあ、せっかくだから……僕達もそれにしようか」
「はい、ちょうどお腹も空いてきましたし、皆さんと一緒に食べたら、きっと、とても美味しいですわ!」
 アレクシスも笑って提案すれば、シグリッドは大きく頷いてみせた。
 皆でじゃがバターを囲みつつ、楽しいひとときはもう暫く続きそうだ。

「戌のお御籤を引きたいな」
 何気なく呟いたあかりを尻目に陣内は渋い顔。
「……実は犬が苦手でね。離れて見ている分には構わないが、近づかれると、ちょっとね」
 別に子供の頃に追いかけられたせいではなく、彼らはいつも元気で、真っ直ぐに好意を飛ばしてくるから苦手なのだと陣内が続ければ、照れ屋で感情をあまり表に出さない彼の言い分に、あかりは納得するばかり。
 そして犬が苦手な陣内を内心可愛いと思ったが、口には出さず。とは言えあかりの小さな耳はぴこぴこと揺れていたから、もしかしたら気づかれていたかもしれないけれど。
「――ね、僕って犬に似てると思わない? タマちゃんのことが大好きだし、すぐタマちゃんに飛びつくし追いかけるし」
 耳が尖ってて三角の眉で、こんな顔をした柴犬だってどこかにいるだろう。
「そう思ったら、犬もそう悪くないんじゃないかな?」
 あかりの言葉に、陣内は眉毛模様の子犬の顔を思い浮かべ、確かに似てると笑った。
「犬は撫でられるのが好きなんだっけ? じゃあ……」
 こうすればいいのかなと身を屈め、わしゃわしゃとあかりを撫でる、その手はいつものように大きくて優しいものだった。

 実家が神社の桜にとっては、参拝の作法も勝手知ったる心得の一つ。
 そんな彼女に教わって、ヴィンセントはぎこちないながらも心を込めてお参りを。
 心安く健やかに過ごせること。危ない目に遭わないこと。そして、たくさんの幸せが彼の元に舞い込むこと。
 桜は熱心に、傍らで同じく手を合わせる唯一人の幸いを願い、彼がこの先も悪いものを遠ざけられるようにと厄除けのお守りを選んで。
 一方のヴィンセントが選んだのは、家内安全のお守り。
「家族、オレたちふたりが、幸せでいられるように」
 そう言って微笑むヴィンセントに、桜も笑みを深める。
 戊年だから、犬は好きかと問うヴィンセントに、身近な犬といえば狛犬だったと答える桜。
 興味を抱いたヴィンセントが人々を見守るように座す狛犬へと手を触れさせれば、ひんやりとした感触を包み込むように重なるぬくもり。
 冷えた手を温めるように握り、繋いで。
「温かい甘酒、飲みにゆきましょう。気に入ったら、今度家でも作りますね」
「うん、甘酒。その名の通り、甘いんだろうか……楽しみだ」
 そうして、のんびりと辿る道。重ねた想いも笑顔も、どこまでもあたたかかった。

「梅太、梅太。……お仕事、お疲れ様」
 ぱっと瞳を輝かせ駆けてくるのは、梅花柄の振袖でおめかしをしたメロゥ。
 梅太は瞬きひとつ、ゆるりと笑って。
「……ありがとう、今日のメロは美人さん、だね。……綺麗だよ」
 改めて少女の姿を見やれば緩む頬。褒められて嬉しくて、メロゥは赤い頬を両手で押さえながら小さな羽根をぱたぱた揺らす。そんなメロゥに釣られて、梅太の尻尾も小さく揺れた。
 それからぎゅっと手を繋ぎ、二人揃ってお参りへ。
 胸に綻ぶいっぱいのしあわせを、感謝に変えて梅太は神様へご報告。
 隣を見れば愛しい子。これ以上を願ってもいいのかと、梅太はふと想うけれど。
 一方のメロゥも、佳き日、佳き始まりに、愛しいひとと共にいられることに感謝して、願いの光を心に灯す。
(「……しあわせが、続きますように」)
 どんなお願い事をしていたのだろうかと傍らの恋人をちらりと見やれば、窺う眼差しに気づいた梅太がメロゥの耳元にそっと唇を寄せた。
「……これからも、メロと一緒にいられますように」
 耳を擽る声に目を細めて、メロゥもお返しにと梅太の耳元で内緒話のように囁いた。
「……メロのお願い事はね」
 お参りが済んだら改めて手を引き、人のいない、邪魔にならない場所へ。
「……ね、メロ。写真撮りたい」
「わ、撮ってほしい。今日は、梅太のためにおしゃれした、ので。……可愛く撮って、ね?」
 はにかんで寄り添えば、梅太がスマホを構えてぱしゃり。
 ――二人の今年最初の一枚は、笑顔の花で飾って。

作者:小鳥遊彩羽 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 2
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