バード・ロッカー

作者:土師三良

●熱狂のビジョン
「ロック、それは反逆の心! ロック、それは反骨の魂!」
 鋲だらけの革ジャンを着た鳥人――ビルシャナが叫んでいた。お世辞にも上手いとは言えないエアギターを披露しながら。
 ここは知る人ぞ知るライブハウス……などではなく、打ち捨てられた神社。ビルシャナを照らす光もスポットライトではなく、今年最初の夕焼けだ。
 それでもオーディエンスはいた。若い男女が十人。皆、聞こえもしないビートに乗り、体を激しく揺らして肩をぶつけ合っている。モッシュのつもりなのだろう。
「ロックは決して時代に迎合しない! 俺たちの熱い想いを絶対に裏切らない!」
「Yeahhh!」
 ビルシャナの咆哮に若者たちが歓声で応じた。
「それに比べて、他のジャンルはどうだ? 大衆に媚を売り、体制に尻尾を振る、軟弱極まりない音楽モドキじゃねえかぁーっ!」
「Yeahhhh!」
「この世で音楽と呼べるのはロックだけだ!」
「Yeahhhhh!」
「人はロックだけ聴けばいい! ロックだけ歌えばいい! ロックだけ奏でればいい! そして――」
 見えざるギターの弦を弾くビルシャナの指がスピードを増した。
「――ロックに生きればいいーっ! このロックン・ローディスト様のように!」
「Yeahhhhhhhhhh!」
 歓声をあげ続ける若者たち。
 そんな彼らを憐れむように鳴きながら、カラスの群れがねぐらに向かって飛んで行った。

●リュイェン&音々子かく語りき
「皆さぁーん! あけましておめでとうございまぁーす!」
 元日のヘリポートに響くのは、振袖仕様のフライトジャケットを着た根占・音々子の声。
 ヘリオライダーたる彼女の前にはケルベロスたちが並んでいる。
 そのなかの一人――リュイェン・パラダイスロスト(嘘つき天使とホントの言葉・e27663)が口を開いた。
「年も明けたばかりだというのに早速デウスエクエスがなんかやらかしたの?」
「そうなんですよー。『クロエディーヴァ』という音楽がらみのビルシャナの信者が新たなビルシャナと化して、福岡市郊外の神社に現れたんです。そのビルシャナは『ロックン・ローディスト』と名乗り、『ロック、最高! それ以外のジャンルは最低!』とかなんとか主張しています」
「こりゃまた器のちっちゃいビルシャナだね」
 リュイェンは嘆かわしげにかぶりを振ってみせた。その仕草が可愛く見えるように周到に計算した上で。
「てゆーか、ジャンルの境界線なんて曖昧なものなんだから、人によってロックの定義も違ったりするじゃない。そこんところ、そいつはどう考えてるの?」
「なにも考えてないみたいですよ。実のところ、そのビルシャナはロックに詳しいわけでもなければ、演奏の技術を持っているわけでもありません。なんとなくロックっぽいものに憧れているだけです」
「やれやれ」
 リュイェンは肩をすくめてみせた。先程と同じ計算をした上で。
「なんちゃってロッカーか……それ、いっちゃんカッコ悪いパターンだ」
「同感です。でも、カッコ悪いとはいえ、腐ってもビルシャナというやつでして、一般人をしっかり洗脳して信者にしてるんですよ」
 ビルシャナの洗脳下にあるのは十人の若い男女。信者にしてファンである彼らは死も恐れないだろう。教祖にしてロックスター(気取り)のビルシャナを守るためならば。
「じゃあ、まずはその人たちを説得して、洗脳を解かなくちゃいけないわけだ。ロック以外のジャンルの魅力を伝えるのがベーシックな説得法かな?」
「そうですね。ロックじゃない音楽を実際に演奏してみたり、歌ってみたりするのも良いかもしれません。あと、逆にロックを利用して説得するという手もあります。リュイェンさんが指摘したように相手はなんちゃってロッカーですから、『おまえがやってることはガキのお遊び。これぞ本物のロックだ!』みたいなノリでロック魂を見せつけて、化けの皮を剥がしちゃえばいいんですよ」
「なるほど。ビルシャナに真のロック魂がないってことが判れば、信者たちも目を覚ますだろうね。でも……ロック魂って、具体的にどんなもの?」
「それは判りません」
 音々子はかぶりを振った。
「私、ロックのことはよく知らないので」
「でも、ヘリオンの操縦に関してはおもいきりロックな感じだよね」
「ありがとうございまーす!」
「いや、褒めたわけじゃないから……」
 嬉々として一礼するヘリオイライダーに苦笑を返すリュイェンであった。


参加者
スプーキー・ドリズル(亡霊・e01608)
光宗・睦(上から読んでも下から読んでも・e02124)
エルモア・イェルネフェルト(金赤の狙撃手・e03004)
二藤・樹(不動の仕事人・e03613)
アラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)
リュイェン・パラダイスロスト(嘘つき天使とホントの言葉・e27663)
シフ・アリウス(天使の伴犬・e32959)
ベルローズ・ボールドウィン(惨劇を視る魔女・e44755)

■リプレイ

●WE WILL ROCK YOU
「俺たちはロックだ! ロックが俺たちだ!」
「Yeahhh!」
 荒れ果てた神社の境内。『ロックン・ローディスト』を名乗るビルシャナが十人の信者の前でギターをかき鳴らしていた。
 ギターといってもエアギターなので、境内の空気を揺らすのは彼らの叫び声だけ。
 しかし――、
「大衆に媚びた軟弱な音楽を一掃して、世界をロックに染め……え?」
 ――ロックン・ローディスト(以下、RR)の咆哮が戸惑いの声に変わった。
 本物のギターの音色が信者たちの背後から割り込んできたからだ。
「なんだ、この軽すぎる音は!?」
 振り返る信者をかきわけて、RRは前に出た。
 視界に入ったのは、倒壊寸前の鳥居をくぐり抜けてくるケルベロスたち。音の発生源は、そのうちの一人――オラトリオの光宗・睦(上から読んでも下から読んでも・e02124)が爪弾くギターだ。
「どこの誰だか知らないが、俺のライブを邪魔するんじゃねー!」
 怒号するRRを無視して、睦はロック風の自作曲を歌い始めた。あくまでも『ロック風』であり、RR一党が求めているような激しさはない。おまけにギターの腕前もいまひとつ。
 しかし、週に一度の路上ライブで鍛え上げた歌声には人を魅了する力があった。その証拠に信者たちは微かに体を揺らしている。無意識のうちに。リズムに合わせて。
「君は私のSweet Star Candy♪」
 睦の歌声に重なるのは彼女のギターの音色だけではなかった。人派ドラゴニアンのスプーキー・ドリズル(亡霊・e01608)が電子ヴァイオリンを、レプリカントのアラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)が鍵盤ハーモニカを、ヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)がバイオレンスギターを演奏している。
 やがて、間奏のソロパートに入り、主役が伴奏陣に変わった。まずはスプーキーがロック調にアレンジしたクラシックの名曲を弾き、続いて誰もが知る古き良き童謡をアラタが奏で、最後にヴァオが派手なギターアクションとともに……と、思いきや、そこでBパートに突入して、睦が再び主役に戻った。
「俺の出番は? ねえ、俺の出番はぁー!?」
 涙目で抗議するヴァオに構うことなく、睦は歌い続け、そして――、
「ありがとー!」
 ――力を出し切って歌い終えると、他のケルベロスたちの拍手に笑顔で応じた。
 その笑顔を信者たちに向けて、問いかける。
「ね? 硬派なロックだけじゃなくて、こーゆーポップなのもいい感じでしょ?」
 信者たちは返事をしなかった。しかし、心を揺さぶられなかったわけではないだろう。RRや他の信者の手前、好意的な反応が示せないだけだ。
 それを否定的な沈黙だと勘違いしたのか、RRが睦を嘲笑した。
「ぜっんぜん、いい感じじゃねーよ! 似非ロックな大衆向けポップソングなんざ、聴くに耐えないぜ! それに伴奏もひどい! 特にそこの小娘!」
 鍵盤ハーモニカを手にしたアラタに指を突きつける。
「小学校の音楽の授業じゃあるまいし、鍵盤ハーモニカとかありえねーだろ! カッコ悪すぎるわ!」
「カッコ悪すぎる?」
 と、アラタは復唱した。
「そんな理由でなにかを否定するのはどうかと思うな。おまえたちは『ロック=カッコいい』と考えているようだが、カッコいいかどうかはその時代の価値観によって変わるものだろう。ロックにあらずばカッコ悪いなんて主張は、時代に迎合しないロックの精神と矛盾しているぞ!」
 こちらを指さしたままのRRに向かって、逆に指を突きつけるアラタ。『びしっ!』という鋭い効果音が皆の心の耳に聞こえた。
「ぐぬぬ……」
 RRは目を剥き、悔しげに呻いた。反論の言葉が見つからないらしい。
「本当にロックな生き様をしている奴は『カッコいい』だの『カッコ悪い』だのという評価なんて気にしない。ほら、あのヴァオのように」
 アラタの言葉に釣られて、信者たちの視線が移動した。五十路(離婚歴あり)でありながら、素肌の上に革ジャンを着て、角にピアスをして、手足の爪を赤く塗り、片足にだけベアフットサンダルを付けているヴァオに。
「ヴァオはダサい上にウザいかもしれないが、最高にロックだ!」
「いや、ぜっんぜん褒められてる気がしないんだけど……」
 と、ヴァオがぼやいたが、それはかき消された。
 エルモア・イェルネフェルト(金赤の狙撃手・e03004)の大音声によって。
「では、そんなロック精神の体現者たるヴァオさんとともにロック以上にロックな音楽を聴かせてさしあげますわ! 新世代レプリカントたるわたくしが!」
 ステップを踏みながら、カスタネットを叩き始めるエルモア。
 その軽快なパーカッションに合わせて、ヴァオが(『ダサい上にウザい』という正当な評価に対してまだ複雑な表情を見せながらも)バイオレンスギターを演奏し、歌い出す。
 曲はフラメンコを意識したものであり、歌詞もスペイン語だった。発音はかなり怪しいが。
「No me dejes ser malinterpretado♪」
 巻き舌の歌声が流れる中、エルモアは舞い踊った。紅の衣装を身に纏い、赤い薔薇を口にくわえて。
 本人はフラメンコを披露しているつもりなのだが――、
「フラメンコって、こんなのでしたっけ?」
 ――シベリアンハスキーの人型ウェアライダーであるシフ・アリウス(天使の伴犬・e32959)が首をかしげた。
 その横でスプーキーが苦笑を浮かべた。
「正確さよりも、判りやすいイメージを優先したのだろうね」
 実際、その『判りやすいイメージ』を信者たちは受け入れてるようだった。そして、あきらかに圧倒されていた。エルモアのフラメンコ(っぽい)・ダンスに。
(「情熱と律動を通常の三倍増しで表現しておりますのよ! そこにヴァオさんも加われば……六倍!」)
 心中で叫ぶと同時にエルモアはポーズを決めた。
 音楽が途絶えたところで薔薇を宙に投げ、今度は肉声で叫ぶ。
「オレッ!」
 数秒の間を置いて、ケルベロスたちの拍手が鳴り響いた。
 信者たちのほうは拍手をしていないが、全員が興奮の色を隠せずにいる。
 そんな彼らの顔をエルモアは満足げに見回した。
「フラメンコは、抑圧に対する感情表現から始まったそうです。その激しさは貴方たちのようなロッカーの心にも刺さるのではありませんか?」

●ROCK YOU LIKE A HURRICANE
「抑圧への対抗から生み出された音楽がある一方で――」
 エルモアの言葉を受けて、シャドウエルフのベルローズ・ボールドウィン(惨劇を視る魔女・e44755)が口を開いた。
「――宮廷や教会の権威のために生み出され、抑圧の手段として利用された音楽もまたありました。音楽史というのは政治や宗教と密接に結びついているのです」
「だから、そういうシハイタイセイをブッ壊すのがロックなんだろうがよ!」
 話の舵をロック至上主義の方向に切るべく、RRがまたエアギターを奏で始めた。
 しかし、ベルローズは彼の相手をせず、信者たちに語り続ける。
「先程、スプーキーさんも演奏していましたが、ロックの中にはクラシックをアレンジしたものも沢山あるようですね。でも、クラシックがクラシックでなかった時代……そう、音楽が政治や宗教のために利用されている時代であれば、権威を貶めるようなアレンジは決して許されなかったでしょう。場合によっては斬首や火炙りに処されていたはずです」
「ひ、火炙り!?」
 思わずエアギターの手を止めるRR。
「それ、めっちゃ熱いやつじゃん!」
「はい、メッチャアツイヤツです。しかも、本人だけでなく、一族郎党も連座して処罰されることは間違いありません」
「皆殺しかよ!? クラシック、怖っ!」
 RRの顔は青ざめ、引き攣っていた。ベルローズの話を真に受けているらしい。素直というべきか、馬鹿というべきか。
「とはいえ、それは昔の話。現代ならば、冒涜的なアレンジをしても罪に問われることはありません。表現の自由が保障されていますから」
「表現の、自由、か……」
 と、思わせぶりに言葉を区切るようにして呟き、空を見上げた者がいる。
 二藤・樹(不動の仕事人・e03613)だ。
 彼の言葉にベルローズが頷く。
「そう、自由です」
 そして、信者たちに問いかけた。
「ロックが自由の音楽であるのなら、この自由で寛容な現代社会こそ、まさにロックだと思いませんか?」
「だから、ロックを推すまでもないってのか? ふざけんなー!」
 信者たちが反応を示す前にRRが叫び、拙いエアギターを再開した。
「この世界を表す言葉は『自由』でも『寛容』でもねえ! 『ぬるま湯』だぁー!」
 すると、樹が空を見あげたままの状態で尋ねた。
「……で、そんなぬるま湯にどっぷり浸かった世界を君らはどうしたいわけ?」
「だから、ブッ壊すんだよ! それがロォーック!」
「さっきもブッ壊すとか言ってたけど――」
 樹は視線を地上に戻し、RRを見据えた。
「――ブッ壊した後はどうすんの?」
「え?」
「なにもないところを殴り続けるわけ? あ、そうか。だから、エアなんだー。ふーん」
「いや、そういうわけじゃ……」
「はいはい。どうぞ、思う存分、好きなだけ、気が済むまで、空気と殴り合ってくださいなー」
「……」
 容赦のない言葉の連打を浴び、たじろぐばかりのRR。エアギターの手はまたもや止まっている。
 その情けない姿に同情して攻撃の手を(口を?)緩めるような樹ではない。
「でもさ、仮にぬるま湯な世界をブッ壊して他の音楽を排除したとするよ。そしたら、世界はロック一色になっちゃうよね。右を向いても、左を向いても、猫も杓子もロケンロール! ……それって、果たしてロックと言えるの? みんながみんな同じものを聴いたり歌ったりしてるのって、あんたらが嫌ってる『大衆に媚びた軟弱な音楽』と一緒じゃん」
「それにロック以外のジャンルが存在しないと、いろいろと不便だぞ」
 と、玉榮・陣内が話に加わった。
「音楽にもTPOってものがあるからな。たとえば、いい女を口説いてる時にクソやかましいロックが流れてたら興醒めだ」
「なんなの、その『いい女を口説き慣れてます』的な発言? 自慢? ねえ、自慢?」
 ヴァオが突っかかったが、陣内はそれを受け流し、逆に問いかけた。
「ヴァオだって、元の嫁さんにプロポーズした時くらいは甘いバラードを弾いたんじゃないか?」
「……え?」
「そのバラードを聴かせてやりなよ」
 と、比嘉・アガサが促した。
「この似非ロッカーと信者どもにさ。そしたら、少しは見直してもいいよ」
「じゃあ、やってみっかな。だけど――」
 ヴァオはバイオレンスギターを構え直した。
「――俺が本気で弾いちゃったら、『少し』どころじゃすまねえぞ」

●ROCK AND ROLL DREAMS COME THROUGH
 そして、ヴァオはバラードを弾き終えた。
「く、悔しいが、ちょっと感動しちまったぜ……」
 RRががくりと肩を落とした。
「いやはや。さすがだねえ」
「すごいぞ、ヴァオ!」
 スプーキーとアラタが賞賛の言葉を投げかけ、他の者たちも惜しみない拍手を送った。
 だが、当のヴァオは――、
「いやいやいやいや! ギターを構えた時から記憶が飛んでるんだけどぉー? 俺、本当に演奏したの? せっかくの見せ場なのに、章またぎでカットしてない?」
 ――なにか釈然としないものがあるらしく、わけのわからないことをほざいている。
 そうこうしているうちにRRがバラードの感動から醒めて、またエアギターを始めた。
「確かに感動したが、それはチンケな偽物の感動さ! その点、俺の奏でるロックは違うぜ! 本物の感動を人に与えることができるんだぁー!」
 だが、音なき演奏はすぐに中断を余儀なくされた。
 アガサがぽつりと漏らした、身も蓋もない一言によって。
「てゆーか、奏でてないじゃん。ただのエアじゃん」
「……え?」
 呆けたような顔をして硬直するRR。エアギターについて直球でツッコまれることは想定していなかったのだろう。
 そんな彼にシフが追い討ちをかけた。
「所詮、エアギターはロックの真似事。ある意味、ロックから最もかけはなれた行為ですよね」
「ち、ち、ちげーよ! これはイマジネーションを駆使した高等なパフォーマンス! プロのギタリストの中にもエアギターやってる奴は沢山いるだろう!」
「で、その『プロのギタリスト』の中に貴方は含まれているのですか?」
 と、エルモアが尋ねた。
 そして、答えを待つことなく、畳みかけた。
「いえ、プロとかアマとかいう以前に……そもそも、ギターが弾けるのですか?」
「うっ……」
 言葉に詰まるRR。弾けないことを認めれば、恥をさらしてしまう。かといって、弾けると言ってしまえば『じゃあ、弾いてみせろ』と迫られるのは必定。
 しかし、そんな彼に救いの手を差し伸べた者がいた。
「やめなよ、みんな。そんなにイジメちゃ可哀想じゃないか」
 オラトリオのリュイェン・パラダイスロスト(嘘つき天使とホントの言葉・e27663)である。
 天使のごとき微笑を浮かべて、彼女はRRに言った。
「実は僕もロックが大好きなんだ」
「マジか!?」
「うん。ハードロックとかをよく聴くんだ。キミたちにもお勧めしたくて、こんな物を持ってきちゃったー」
 大きなCDプレイヤーを石畳に置き、再生ボタンを押す。
 途端に爆音が流れ出した。ロック風ポップでもなく、ロック調にアレンジされたクラシックでもなく、鍵盤ハーモニカの音色が似合う童謡でもなく、ましてやフラメンコでもない、攻撃的な音楽だ。
「うぉぉぉー!」
 RRが身を仰け反らせて歓喜の声を発した。
「そうだ! これこそがロックなんだぁー!」
「気に入ってもらえてなにより。だけど――」
 停止ボタンを押すリュイェン。
 音楽が止まると同時に彼女の表情が一変した。
 天使の微笑から悪鬼の哄笑に。
「――かかったな、アホが! 今のはロックじゃなくて、ヘヴィメタルだよ!」
「いやいやいやいや! ロックもヘヴィメタルも同じだろうが!」
 RRがかぶりを振って反駁すると、リュイェンはからかうように動作を真似てみせた。
「いやいやいやいや! ロックについて偉そうに語ってたくせして、ヘヴィメタルとの違いも判らないわけー?」
「だから、違いなんてないって! だいたい、おまえには違いが判るってのかよ!?」
「あーあーあー! 聞こえなーい!」
 両手で耳を覆い、対話を拒否するリュイェン。
 恋人である彼女に代わって、シフがRRを挑発した。
「『ロックこそ最高』と嘯いてた教祖気取りの貴方にも違いが判らないのなら、ロックとヘヴィメタルは同率二位であり、最高ではないですね」
「なんだ、その理屈!? わけわかんねーよ!」
「え? だったら、一位の音楽はなにかって?」
「そんなこと訊いてねーし!」
「もちろん、一位は――」
 RRの声など聞こえないような顔をして、シフは演者を紹介する司会者さながらの動きで片腕を広げた。
 リュイェンに向かって。
「――リュイェンさんの歌に決まってるじゃないですか!」
「や、やめてよ、シフ。恥ずかしい……まあ、ホントのことだけどねー」
 悪鬼の哄笑を恋する乙女の照れ笑いに変えて、リュイェンはマイクを手に取った。
 そして、信者たちの心を完全にRRから解放すべく、歌い出した。
 スプーキーの電子ヴァイオリンが、睦のギターが、エルモアのカスタネットが、アラタの鍵盤ハーモニカが、ヴァオ(バラードの見せ場がなかったので、まだ少しいじけていたが)のバイオレンスギターが、その歌を盛り上げる。
「貴方たちは反骨とか反逆とか反体制とかを重視しているようですが――」
 間奏部に入ったところで、シフが信者たちに語りかけた。
「――反骨の道を歩みたければ、王道を知らなくてはいけません。大衆音楽を知り、時代の流れを汲んでこそ、それに逆らうことができるんですよ」
「逆らうだけじゃなくて、認め合い、融合し、進化することもできる」
 電子バイオリンの弓を操りながら、スプーキーが言った。
「それがロックというものじゃないかな。だから、こんな場所で歩みを止めていてはいけない。世界を広げるべきだよ。素晴らしい音楽と出会い、君たちの愛するロックをもっと進化させるためにね」
 間奏部が終わり、歌声がまた流れ出した。
 だが、リュイェンの声だけではない。
 ベルローズがコーラスに加わったのだ。
 やがて、ロックならざる皆の歌が終わると――、
「Yeahhh!」
 ――信者たちが一斉に歓声をあげた。
 もちろん、RRに向けた歓声ではない。

 信者たちに見限られたRRはケルベロスに挑み、ロックな戦い振りを……見せることなく、いとも簡単に倒された。
「ロックってのは甘くないんだよ」
 樹がRRの死体を見下ろした。
「十五歳の若造が盗んだバイクで走り出しても、その先が舗装された道路だったら、なんの意味もない。あえて荒野を行くのがロックなんだ」
「うーん。なんだかよく判らないけど――」
 首をひねりつつ、睦が強引に話をまとめた。
「――どんな音楽も楽しいってことで良いよね」
「そうだね」
 と、スプーキーが頷いた。
 そして、心中でRRに語りかけた。
(「君のエアギター……僕は嫌いじゃなかったよ」)

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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