こぶしで語れと彼は云った

作者:あかつき


「こぶしのきいた演歌こそが至高である」
 羽毛の生えた異形は、語る。
「あのこぶし、日本人としての魂が震わされる……日本に住むものとして、愛すべきは演歌なのだ」
 周りに人気の無い公園に集まる十人の男女。ビルシャナが居るのは、その真ん中だった。
「そう、日本人だもの! 演歌を聞かないと! クラシックやポップスなんて邪道よ!」
「あぁ、演歌は良いよな。魂のふるさと……って感じがして、聞いていて落ち着くよ」
「演歌が上手いと他の歌も上手いという。歌の基本は、全て演歌なのだろう」
 集まった男女はビルシャナの主張に対し、口々に同意を示す。
「こぶしのきいた演歌……これこそ、本物の音楽!」
 ビルシャナが両手を広げれば、信者達は一斉に歓声をあげた。


「野々宮・くるる(紅葉舞・e38038)に依頼をされて調べていたら、クロエディーヴァというビルシャナの信者が悟りを開きビルシャナとなり、独立して新たに信者を集めるという事件が起きているということがわかった。悟りを開いてビルシャナやその配下と戦って、ビルシャナ化した人間を撃破する事が、今回の目的となる」
 雪村・葵(ウェアライダーのヘリオライダー・en0249)は集まったケルベロス達に説明を始める。
「このビルシャナ化した人間が、周囲の人間に自分の考えを布教して、配下を増やそうとしている所に乗り込む事になる。ビルシャナ化している人間の言葉には強い説得力がある為、ほうっておくと一般人は配下になってしまう。ここで、ビルシャナ化した人間の主張を覆すようなインパクトのある主張を行えば、周囲の人間が配下になる事を防ぐことができるかもしれ無い」
 ビルシャナの配下となった人間は、ビルシャナが撃破されるまでの間、ビルシャナのサーヴァントのような扱いとなり、戦闘に参加してくる。ビルシャナさえ倒せば元に戻るので、救出は可能ですが、配下が多くなれば、それだけ戦闘で不利になるということは、いうまでもない。
 信者の数は十人の男女、年齢層も幅広く、若者から高齢者まで揃っている。彼らは演歌のこぶしは日本の魂、心のふるさと、それから歌うのが難しいから一番優れている、などと言ってビルシャナの教義に賛同しているようだ。
「ビルシャナの主張はいつも傍迷惑だが、今回も例外では無いな。ビルシャナ化した人間を救う事は出来ないが、これ以上の被害は避けたい所だ。みんな、よろしく頼む」


参加者
眞月・戒李(ストレイダンス・e00383)
暁星・輝凛(獅子座の斬翔騎士・e00443)
翡翠寺・ロビン(駒鳥・e00814)
ルヴィル・コールディ(黒翼の祓刀・e00824)
アイン・オルキス(誇りの帆を上げて・e00841)
空飛・空牙(空望む流浪人・e03810)
フィオ・エリアルド(ランビットガール・e21930)
野々宮・くるる(紅葉舞・e38038)

■リプレイ


「こぶしの効いた演歌こそ本物の音楽、これぞ真理!」
 そう説くビルシャナに、信者達が歓声を上げる。
「ビルシャナは……年末年始も相変わらずだな。あぁ、面倒くさい……」
 背後から聞こえた空飛・空牙(空望む流浪人・e03810)の本音駄々漏れな呟きに、ビルシャナが振り返る。
「何奴?!」
 そこに居たのは、今しがた到着した8人のケルベロス。
「まぁ、人の好き嫌いはそれぞれだけど、自分の好みを相手に強要するのは良くないなぁ」
 野々宮・くるる(紅葉舞・e38038)に、ビルシャナも信者達も憤慨したようにがなりたてる。
「これは真理。演歌こそが歌の基礎なのんだから」
 そう主張する男性信者二人と女性信者一人に、アイン・オルキス(誇りの帆を上げて・e00841)は腕を組み、呆れたように眉を潜めた。
「歌う分には拘りを持とうが別に良かろう。だがそれを押し付けていては醜いものだな」
「醜い?! 演歌は素晴らしいんだぞ、皆に広めようとして何が悪い!」
 物凄い勢いで反論する男性に、アインは肩を竦めた。
「いくら歌が素晴らしいものでも、貴様らのそういう行いが演歌というジャンルに泥を塗っているのがわからないか?」
「なんだって……」
 男性信者はそう呟き、項垂れる。
「俺が、演歌の評判を貶めているだなんて」
「気付いたのなら、今すぐその態度を改めればいい。簡単なことだ」
 そう返すアインに、男性信者は顔を上げ、大きく頷いた。
「ああ……そうだな。俺は帰るよ」
 そう言ってとぼとぼと去っていく男性の背中を女性信者は信じられないとばかりに視線を向け、それから再度ケルベロス達へと向き直る。
「でも、歌うのは難しいの! 誰がなんと言おうとそれは間違いないでしょう?!」
「こぶしを効かせて演歌を上手に歌う人は確かに凄いと思いますし、私だって憧れるよ……」
 常と違うテンションで、フィオ・エリアルド(ランビットガール・e21930)は呟く。その視線は、我知らず握りしめた拳に向けられる。知る人ぞ知るくらいの知名度ではあるが、アイドルである。故に、歌に対する拘りは人一倍というもので。
「君もそう思うだろう? なら……」
 自分達の主張は正しいものであると目を輝かせた男性信者と女性信者に、フィオはばっと顔を上げ、続ける。
「えぇ、憧れます……が! 音楽の楽しみ方は一つにあらず。高い技術の演歌に聴き惚れるのもいいですけど! あなた達の言うように『歌うのが難しい』と言うのは! 『万人が気軽に楽しめない』と言うのと同義なんです!」
 強く言い放つフィオに、女性信者は呟く。
「楽しめない……?!」
 衝撃の意見に目を丸くする女性信者と男性信者に、フィオは尚も続ける。
「上手い人でもそう得意でもない人でも、みんな一緒になって楽しめる一体感……。それには、ある種の『とっつきやすさ』が必要なんだよ!!」
 フィオがそう叫んだ瞬間、流れ出すのはヘリオライトの前奏。フィオの迫力に呆気にとられた女性信者に、フィオはすぅっと大きく息を吸う。
「言葉にならない想いはいつも、めくれた空のオレンジ色に飲み込まれて……」
 説得の勢いに乗じて歌い出したフィオを見つめる事約4分。しっかり最後まで歌いきったフィオが微笑めば、信者二人は涙を浮かべて拍手を送る。
「そうね……とっつきやすさ、大切よね!」
「良い歌を聞かせて貰ったよ、ありがとう!」
 感想を述べながら、二人は満足気にビルシャナの元を離れていく。
「あ、私のCDも機会あったら買ってみてね!」
 その背に声をかけると、信者達は嬉しそうに手を振ってみせた。
「くそっ……演歌が最高だってのに、あいつらは!」
 残った信者達は、悔しそうに顔を歪めた。
「演歌が好きな事は悪くないよ。けど、演歌歌手が演歌だけ歌ってるとは限らないっていうのは分かってるの?」
 そんな信者達に眞月・戒李(ストレイダンス・e00383)は語りかける。
「演歌だけに限らない?」
 先程発言した男性信者の隣にいた女性信者が首を傾げる。
「うん。普通にポップスカバーする人もいるからねね。歌うだけじゃなくて、ロック好きの人だっているんだから、そうして他のジャンルから得た技を自分の曲に取り入れたりもする」
 結構そういう人多いよ、と戒李は知っている範囲で何人か演歌歌手の名前を上げていく。その中には有名演歌歌手の名前も入っている。
「演歌だけを聞いていたら、その真価にすら気づかないかもしれない。好きで聴いてる物の真価に気づかないままただ聴いているっていうのも、失礼じゃないかな?」
 信者達に訪ねると、彼ら間にざわめきが巻き起こる。しかし、そのざわめきを破ったのは先程の男性信者だった。
「邪道だ! 演歌以外をやる演歌歌手なんて、邪道だ!」
「その通りよ!」
 男性の発言に乗じて、その隣の女性も拳を振り上げた。その様子をビルシャナは酷く満足そうに見つめている。そんな場面を見るともなしに見つつ、翡翠寺・ロビン(駒鳥・e00814)はぽつりと溢す。
「音をたのしむって書いて、音楽。本物も偽物も、正道も邪道もないんじゃないのかなあって、わたしは、おもうのよ」
 一見すると無表情だが、その瞳は雄弁に感情を訴える。そんなロビンに、信者は返す。
「お前に何がわかるって?」
「演歌は演歌、そして演歌こそが音楽。それ以外の意見は正しくないわ」
 ふふん、と勝ち誇ったような四人の信者に対し、呆れたように空牙は肩を竦める。
「クラシックやポップスが邪道? お前らそれでも日本人か?」
「なんだと? 日本人は演歌、決まってるだろう」
 そう反論する信者に、空牙は至極面倒くさそうに早口で畳み掛ける。
「いいか? 日本は昔からいろんな習慣や文化をとり込んで来てんだよ。多文化混合が日本の文化だ。音楽だって例外じゃねぇ。日本のサブカルとか見てみろ? 今じゃ『アニソン』が共通語だ。多文化を受け入れられない奴らが日本人騙んな」
 何の話なんだか脱線しているような、していないような。要は勢いだ、と自分自身に言い聞かせ、空牙は尚も続ける。
「だいたい、いろんな曲聞き比べて、いろんな良いとこ知った上でなお『演歌がいい』って言ってんだろうな? じゃあ、クラシックのいいとこはなんだ? ポップスは? それと比べた演歌の特徴は? 強みは? 碌に比較もできねぇ連中が上っ面だけで『こぶし』語ってんじゃねぇよ。まずは全部聞き比べてから語りやがれこのにわかども!」
 言い切った! と息を整える空牙に、四人の信者達はぽかんとしている。
「日本人なら懐の広さ見せやがれ!」
 一息吐いてからそう付け足す空牙に、四人は目を瞬させる。
「文明とは日々変化していくものです。芸術の域もまた然り。いつまでも演歌に固執していたら、新たな音楽のジャンルの魅力を感じられませんよ」
 諭すようにくるるが続けるが、四人は互いに顔を見合せ若干の迷いを見せるが、すぐに頭を振り、声を荒げる。
「魅力も何も、邪道な音楽にある訳が無い。何度も同じ事を言わせるなよ」
「色んな種類の音楽のCDとか持ってきたから、良かったら聴いてみない?」
 そうは言うものの、四人は全く聞く耳を持たない。
「ほら、こんな感じ」
 順番にくるるが口ずさむ音楽は、ポップス、ロック。
「ん?」
 何か馴染みのあるリズムのような、違うような。首を傾げる四人に、ロビンは一言。
「そうそう、知ってる? 演歌のリズムって、ロックなんだって」
 三人は数秒間固まった後、膝から崩れ落ちた。
「演歌が、ロック?」
 リズムが、であって、演歌=ロックではないのだが、信者四人は恐らく元々人の話を真に受けやすい上に曲解しやすい性格だったのだろう。
「いや……似てるって話だったかな?」
 僅かに首を傾げるロビンを四人は手で制した。
「いや良いんだ」
 そう言って、三人は立ち上がり、公園を出ていく。
「行こう。これからは……ロックだ!」
 いやっほう! と叫びつつ走り去る信者四人に若干呆然としつつ、残った信者達はケルベロス達へと向き直る。向き合うべきは去っていった元仲間ではなく、今の敵であるとでも言うように。
「確かに、こぶしのきいた演歌は心に響くし良いよね。でも、『心に響く音楽』って意味なら、演歌と同じくらい響くものはあるんじゃない?」
 そんな彼らに、暁星・輝凛(獅子座の斬翔騎士・e00443)はにこやかに語りかける。
「心に響く……演歌以外に?」
 尋ね返す高齢男性に、輝凛は頷く。
「たとえば、『自分の子供や孫のために初めて歌ったハッピーバースデー』とかさ。上手じゃなかったかもしれないし、音階だって外れてたかもしれない。でも、心は籠ってたんじゃないのかな」
「ハッピーバースデーか……孫、そう、こないだ孫が生まれたんだ。息子が小学校の時から、歌ってないがな……でも、確かに……心には、響くかもな……」
 頷く男性に、輝凛は続ける。
「っていうことはさ、大事なのはそれが演歌かどうかじゃなくて、歌い手の心がこもってるかどうかでしょ!」
 違うかな? と尋ねる輝凛に、男性は少し考えてから、首を横に降る。
「わしは、勘違いをしていたようだ。悪かったな」
 そう言って去っていく男性。残った二人の信者は、同じく残されたビルシャナを庇うように仁王立ちする。
「俺、子供も孫もいないし!」
「私も、彼氏すらいないし!」
 そう言う男女の信者に、ルヴィル・コールディ(黒翼の祓刀・e00824)が口を開く。
「演歌、演歌もいいと思うけど……音楽、歌っていうのはいろんなものがあって、演歌だけが音楽じゃ、ない! もちろん良いとこあるのも認めるけど、そういう狭まった考え方してないで、いろんな音楽聞いた方が絶対楽しいぞ!」
「狭まった考え方なんて」
「違うわよ、本当に良いと思ってるの。演歌、最高じゃない」
 ふん、と鼻息荒く反論する二人に、ルヴィルは自分自身何を言ってるのかわからないくらいの勢いで続ける。
「ほら、あの、ジングルベールとかも演歌じゃないけどいい曲だし! クリスマス終わったけど! そんな歌の種類で優劣つけて恥ずかしくないのか!!」
 あぁもうなんだかわからないけど! と、自棄くそ気味に叫べば二人はクリスマスという単語に、目を見開く。
「一人で過ごしたクリスマス……」
「彼氏にフラれた事を思い出すわ……」
 なんだか変なスイッチを押しちゃった感じ? と慌てるルヴィルを他所に、二人は頭を抱える互いに視線を向け、首を傾げる。
「もしかして貴方もクリスマスに嫌な思い出が?」
「君も?」
「なんだお前ら」
 突然のロマンスの気配に、ビルシャナは変な顔をした。勿論、ルヴィルもついていけていないが。
「あの、お茶でも……いかない?」
「うん!」
 二人は頷き、楽しそうに去っていく。その背中を呆然と見送る事暫し。
「私の教義をコケにしおって!」
 何事も無かったかのように叫ぶビルシャナに、ケルベロス達はそれぞれの武器を構えた。


「猫、よろしく頼む!」
 ルヴィルの声に、サーヴァントの猫は頷き、味方達の間を飛び回り清浄の翼を使って邪気を祓っていく。
「うおおおおお!」
 信者がいなくなったビルシャナはというと、叫びながら両手を広げ、孔雀形の炎をケルベロス達へと放った。
「危ないっ!」
 広がる炎から仲間達を守るため、ルヴィルは走る。身体をビルシャナとケルベロス達の間へと捩じ込んで、その炎から仲間達を庇った。
「回復いくよ」
 そう言ってから、フィオは大きく息を吸い、そして、歌う。
「チャイムが鳴り響く朝、いつものように目を開け空を仰ぐ、変わり果てたこの街で何も変わらずに待っているの」
 青春の一コマを彩るカバー曲に、仲間達の傷が癒えていく。
「回復ありがとう!」
 礼を口にして、輝凛は仲間達の間を駆け、跳躍する。そして放たれた重力を宿した飛び蹴りは、ビルシャナの腹部へと。
「ぐおっ!!」
 いつの間にか距離を詰めたのか、呻き声を上げるビルシャナへとアインは降魔の力を込めた拳を構える。
「はぁっ!」
「ぐあっ!!」
 叩き込まれた一撃に、ぐらりと傾く上体。膝に手をつく事で支えようとするビルシャナへ、空牙が告げる。
「そんじゃ……狩らせてもらうぜ?」
 首元のヘッドフォンを、頭へと移動させ、構えるのは打撃部分が刀身となっている右用旋棍。それの先端をビルシャナに向け、叫ぶ。
「悪く思うなよ!」
 伸ばされた異装旋棍は、体制を崩したビルシャナを吹き飛ばす。
 べしゃりと無様に地面に着地したビルシャナへ、レイピアを構えるのはくるる。
「本番はこれからだよ!」
 そしてくるるはレイピアを引き、華麗にステップを踏み始める。
「全ての葉を散らすかの如き華麗なる剣の舞を見せてあげるよ!」
「くっ!!」
 舞いと共に繰り出されるレイピアの斬撃で、ビルシャナの体力は徐々に削られていく。
 思えば日本人なんて皆早かれ遅かれ信者化するようなものだけど、だからって傍迷惑なビルシャナを放ってはおけない。
 戒李は艶姫を構え、ビルシャナを見据える。
「あいにくボクの獲物は拳じゃなくて刀だけど、重さは期待してよ」
 素早いくるるの斬撃に反撃すべく、ビルシャナが腕を振り上げたその瞬間、戒李は刀を横に薙ぐ。
「何……?!」
「ボクのせいじゃないよ、君がそうさせたんだ」
 一閃は、ビルシャナの胴体を斬り裂く。がくりと膝を着くビルシャナの死角と走り込むロビンは、そのレギナガルナを振り被り、目を細める。
「わたしねえ、演歌のことはわからないけど、こぶしで語るのは、得意なのよ」
 正確にはこぶしじゃないけれど。心の中で付け加えながら、横に振るう。
「さようなら」
「ぐあっ!!!」
 魔女の大鎌の一振りで、ビルシャナは塵も残さず消え失せた。

「こんなところか」
 戦闘により抉れた地面や、折れた木々をヒールで修復していたケルベロス達。破損箇所が無くなった事を確認し、アインは一つ息を吐き、顔を上げる。他のケルベロス達もそれぞれ周りを確認してから、ぐっと背を伸ばす。
 そろそろ終わりかな、そんな空気が流れ出した頃。
「演歌も良いんだけど、他の音楽が私も個人的に好きだなぁ、皆で一緒にカラオケとか行ってみない?」
 くるるの提案に、彼らはこの後の予定を確認しながら、公園を後にする。こうして、演歌をごり押しする傍迷惑なビルシャナは、ケルベロス達により撃破されたのだった。

作者:あかつき 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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