●底無しの
胃に優しい食べ物はないかと、蔵のあちこちを探る青年。
敷き布団やその代わりになる物を求め、葛籠の中身を確認していく少女。
2人が動き回る間、痩せ細った女を後ろから支えている少年。
彼らの美貌や声色は、助けられる命を見つけた事で僅かに明るさを取り戻していたが、『現状』を理解しているが故の憂いもあった。
あのひと達が居ればデウスエクスを気にせず介抱出来る。少年の呟きに、青年は居たらいいなと寂しげに笑った。『そんなひと』は『居ない』。『それ』が『現状』だ。
「……どうした。鳩が豆鉄砲食ったような顔して」
「え――? あ……ええと……すみません。少し、疲れてるのかも」
「大丈夫? しっかりしてよ。寝落ちしてその人に怪我させたら承知しないから」
彼らを見守っていた老人は穏やかな笑みを浮かべていたが、それは2階の窓から外を見た青年がオーク襲来に気付くまでの話。余所者である女を殺せと告げた瞳は冷たく、若者達は狼狽える。
「待ってください長。このままやり過ごせば……!」
「そ、そうですよ。だってあいつら、此処には気付いてません」
「ならん。殺すのだ。でなければいずれ此処は嗅ぎ付けられ、侵入されてしまう」
「ですが、この方は命を繋いだばかりで……」
「何を言う。全ては我ら土蔵篭りが生き残る為。故に、オーク達が来る前に殺さなければ。さあ、早く。殺すのだ」
でも。そんな。他にも手はある筈。
若き土蔵篭り達は抵抗を続けるが、下卑た嗤い声が一層大きく響いた瞬間、凍り付く。
オーク達だ。来る。来てしまう。
それが『かもしれない』という可能性でも、恐れを膨れ上がらせるには充分。
女の体が大きく裂ける。悲鳴は上がらなかった。否、上げるだけの力も残っていなかったのだろう。倒れていく『右』と『左』、遠ざかるオーク達の気配。ああ、と安堵の声を零した長が、血濡れになった少年や、立ち尽くす青年と少女に笑みを見せた。
「此処を見失ったようだ。よくやった」
返事はない。
静寂と鉄の臭いだけが土蔵の中を満たしていく。いつまでも――どこまでも――。
●失伝救出~死界に射す
寓話六塔戦争で、ケルベロス達は囚われていた失伝ジョブの人々を救出し、戦争で勝利をおさめた。それから数日経った今も、『ポンペリポッサ』が用意した特殊なワイルドスペースから、人々を救出し続けている。
そしてまた、新たに特殊なワイルドスペースが見つかったのだとラシード・ファルカ(赫月のヘリオライダー・en0118)は告げた。
「今回向かってもらう所も、君達のように失伝ジョブを持つひとしか出入り出来ない。不安があるかもしれないけれど、全員の力を合わせれば大丈夫さ」
ラシードは安心させるように微笑むと『現場』に触れた。
荒れ果てた日本家屋――その敷地内にある大きな土蔵の中に、残霊である長と保護された一般人女性、そして救出対象である3人の土蔵篭りがいる。
「彼らは餓えた一般人を保護して介抱にあたるものの、オーク達がやって来た事で、長から一般人を殺すよう命令される。最初は嫌だと抵抗するんだけど……恐怖心から殺してしまうんだ」
繰り返される悲劇と絶望から救うには、土蔵篭りが一般人を殺害してしまう前にオーク達を倒さなければならない。スピードが求められるが、戦いながら一般人を殺さないよう説得すれば多少の猶予が生まれるだろう、とラシードは言った。
「特殊なワイルドスペースでも、全てを閉ざす事は出来ない。戦えば音が、口を開けば声が響く。それは、土蔵の中に『届く』んだ」
大丈夫だと、手を差し伸べてくれるひとが『確かな現実』としてそこに『居る』。
それは、『繰り返される死』に満ちた世界を乗り越える力になる筈だ。
参加者 | |
---|---|
一條・東雲(血を継ぐ者・e44151) |
ベヤル・グリナート(自己犠牲マン・e44312) |
ノンナ・シェーファー(はぐれヒツジ・e44474) |
狛・令嗣(眩ましの君・e44610) |
引佐・鈴緒(黒曜石の硯・e44775) |
倉内・斎(繊月ノ夜鳥・e44913) |
遠音宮・遥(サキュバスの土蔵篭り・e45090) |
矢萩・巴枝(復讐の羅刹女・e45134) |
●底
オーク襲来。
救助した一般人殺害の命。
凍り付いた空気の中、若き土蔵篭り達の心が一斉に乱れた時に聞こえた外の音。
獣の耳が小さく反応する。
これは。この咆哮は。
「オークじゃ、ない……」
なら――誰。
オーク達の声をかき消すようなノンナ・シェーファー(はぐれヒツジ・e44474)の咆哮の直後、狛・令嗣(眩ましの君・e44610)も美しい咆哮を響かせた。
「止まりなさい、と、私が申しているのです」
オーク達を容赦なくのむ2人の声にベヤル・グリナート(自己犠牲マン・e44312)の歌声が重なれば、敵の呻き声に怒りが灯り――倉内・斎(繊月ノ夜鳥・e44913)が一瞬のうちに斬る。
(「土蔵篭りは何やらオークに狙われる傾向でもあるのでしょうか?」)
今は救出に専念をと、一條・東雲(血を継ぐ者・e44151)は浮かんだ疑問を隅へやり、形を変えた『混沌の水』から砲弾を撃った。己の美貌が持つ力で敵の足を鈍らせても良かったが、用意しそびれてしまった技は使えない。
驚き慌てていた1体を混沌の砲弾が追い、撃ち抜けば悲鳴が響いた。
「何ダ貴様ラ!」
「ブオオォッ! 死ネエ!!」
攻撃の流れが一瞬止まった隙をついて、オーク達が剣を、棍棒を振り回す。
2体は怒りを灯したノンナと令嗣を狙い、別の2体は斎へ。ベヤルは間に飛び込み、己の血に染まった包帯で受け止める。一瞬感じた痛みの後、露わになっている肌を鮮やかな赤が垂れ落ちていった。
「ふむ、助かった。だが大丈夫か」
「大丈夫。ボクが傷つけばいい。そして敵を倒すまで倒れなければいい」
それがボクの取り柄だから。
その後方に現れたのは矢萩・巴枝(復讐の羅刹女・e45134)が現した黒太陽。
絶望の光がオーク達を禍々しく照らす刹那、引佐・鈴緒(黒曜石の硯・e44775)はオウガ粒子を解き放つ。その表情には緊張と不安が滲んでいたが、眩い煌めきは確かな癒しと共に前衛陣の『目』を高めていった。
その後押しを受けた遠音宮・遥(サキュバスの土蔵篭り・e45090)の蹴りが、台風の目と化す。
「哀しい繰り返しはとても辛いですね。ここで終わりにしましょう」
この世界に囚われ、土蔵の中で絶望へと落とされ続けている若き土蔵篭り達。
同じく土蔵で生まれ育った令嗣は、彼らを偽りから救うべく唇を開いた。
「聞こえますか、同胞よ。ここは、現実の世界ではありません」
今こそ、この世界の真実を照らし出そう。
●射す
「ころさないで」
ノンナは蹄の一撃を見舞い、土蔵の中にいる彼らへ寄り添うように語り掛けた。
他にも手はある。殺すか殺されるか。そんな辛い選択はもうしなくて良いのだと続けながら、腹を押さえ後退った1体からは決して目を離さない。
「その選択はデウスエクスに強いられたものだ」
こくり頷いた斎は、一瞬だけ視線を上へ向け、窓から覗いたものを見て愉しげな笑みを深めた。ドワーフ故、仲間達が用意した灯りだけでも充分見えたのだ。顔の上半分だけをそおっと覗かせた、見知らぬ少女が。
「自身の意志や思いに反することはやらなくてよい」
例え長の下した殺害命令が土蔵を守る決断であったとしても。
月描く斬撃を繰り出せば、耳障りな悲鳴と共に棍棒が音を立てて落ちた。
「今、救いたいと思っている者を殺し、それにより自身の心も殺すのであればそれは過ちだ。その行為で救われたと思う者が、喜ぶ者がいるならばその者も間違っている」
少年が女を手にかけた後に安堵していたという長。
女を手にかけ血を浴びた少年と、言葉を無くしていた青年と少女の心。
「救いたい者を殺すこと、それはどんな地獄よりも苦しいことだ」
故に。
「その者を殺してはならぬ。オークならば我々ケルベロスが全て始末しよう」
斎の宣言後、少女がどこかぽかんとした表情で口を動かした。ける、べろ、す――そう音にしたのかどうかまではわからないが、届いている、という確信を覚えながら東雲は頷いた。
「誰かを犠牲にせずとも、私達ケルベロスが来たからには、あなた方に危害を加える事は許しません。……ですからその手をどうか下ろして下さい」
少年に聞こえていれば――届いていれば、予知の中で女を裂いた手は、痩せ細った体から離れている筈。中の様子は全く見えないが、東雲は言葉を紡ぎ続ける。
「必ず……必ず助けますよ」
必ず、なんて嫌いだった。僅かでもその中に『希望』があるなら、人々の心を動かせるなら、使っても良いかもしれない。そう思えるようになった己の変化を感じながら、時すら凍らす一発を撃てば、砂引草咲かせた黒髪が静かに翻った。
「大丈夫。その人を殺す必要はないよ」
ベヤルはそう重ね、大きく息を吸う。
「ボクらがオークを倒す。誰も殺させはしないから!」
土蔵にも響くくらい。痩身から響かせた咆哮は空気を震わせながら3体を覆い、遥は苦しげな三重の悲鳴を耳にしつつ深紅の包帯を変化させた。
「こんな哀しいことの繰り返しを終わらせるために私たちが来ました。もうこんなことをしなくてもいいんです」
包帯とは思えない鋭さ持つ『槍』が、さくり、と1体の眉間を貫く。
「グッ――……ゥ、」
手から零れ落ちていった剣から数秒遅れて、オークの体も倒れていった。
そこから窓へ。遥は視線を上げ、柔らかな笑みを浮かべる。目が零れ落ちてしまうのでは。そう思えるくらい驚きを浮かべた青年と目が合った。
「大丈夫ですよ。貴方達も笑って幸せなことができますよ」
●すくう
「訳ノワカラナイ事ヲ! 邪魔ダ邪魔ダァーーッ!」
「男ハ殺ス! ナブリ殺シダ! 女モ後デ殺シテヤル!」
吼えた2体の背でうねった無数の触手が、空中を駆けるように迫ってくる。だが、立派だったのは勢いだけ。前衛陣を捕らえ、苦しめようとした触手は誰も捕まえられず、虚しく空を抱くばかり。
「少し顔が小綺麗だからと私達ばかり狙わないでくれます? その触手は気持ち悪くて見るに堪えないんですよ」
微笑浮かべた東雲がさらりと毒を吐く様を見て、鈴緒はかすかに安堵する。が、状況を理解しているが故に、すぐさまスイッチを押した。仲間達が紡いだものへと続いたカラフルな煙は、夜闇を照らす灯りを受けより豊かに輝くよう。
「信じられないかもしれませんが、少なくとも僕たちが皆さんを助けに来たことは本当です。僕たちも助けられました。今度は皆さんが助かる番です」
鈴緒の首や手首の辺りを覆う『包帯』が、彼も同じ力を持っているのだと――『僕たち』の次は土蔵の中にいる若き3人だと示す。
「この外では、デウスエクスに対抗して、ケルベロスという存在が戦って、勝っています」
共に希望を生きましょう。
そう言った令嗣が九尾扇を振るえば、羽がふわりと伸び、
「私達がその真実の証明です。私達の戦いを、見ていてください」
強かに打ち据えられたオーク達が、ぎゃっと悲鳴を上げた。
その耳に、きりきり、と聞こえた音はそう――真っ白な鬼が如き、巴枝が番えている弓の音。
「自分達はケルベロス……悪しきデウスエクスを倒す者なり。貴方方が守ろうとしたモノを……自分達が守る!」
だから、『誰かを救う事』を、どうか諦めないで。
そして自分達が非力だと嘆く事は、これ以上しないで。
「例え力がなくとも……誰かを救おうと行動を起こした貴方達は……正しく勇者です」
優しく訴えていたその目が、逃げるように地を蹴ったオークを捉えた瞬間鋭くなった。ひゅ、と翔た矢がオークを縦横無尽に追い回し、肩を射抜けば夜に響いたのは獣の悲鳴。
動きが止まりつつある様子に、鈴緒は戦況がケルベロス側へ深く傾いていると確信した。思わず視線を窓へ向ければ、夜の中に浮かぶような白い髪と獣の耳。静かに驚いている少年を見た瞬間、心が痛んだ。
「すみませんが、そちらの長さんと一般人の方は残霊。生きているように見えますが生きている人ではありません」
窓の向こうで、6つの瞳が大きく開かれる。
「心苦しい気持ちは良くわかります。けれど彼らは連れて行けません。それだけは耐えてください」
それが――これが繰り返される偽りだとしても、彼ら自身に刻まれていた苦しみや悲しみは本物だった。だからこそ。
「君たちの命と助けたい気持ちを、絶望でも恐怖でもない未来へ繋げられる。そのためにぼくら、ケルベロスが来たのだから!」
「同じ土蔵篭り。その成り立ちをとやかく言われようとも、絶望を与えられるいわれはない!!」
ノンナは闇を切り開くように朗々と、ベヤルは同じだからこその言葉を響かせる。
土蔵を越えるくらい高く高く飛んで描かれた虹が、血の呪いに満ちた眼が、1体の息の根を完全に止め――。
「貴様等の様な豚共が我々にかなうと思ってるのか! 死ね、ひき肉にしてやる!」
巴枝の『過激』に満ちた言動が、最後の1体をこれでもかと震え上がらせた。恐らくは逃走を思い浮かべたオークの目に飛び込んだ血溜まりから、血濡れの大太刀が引き抜かれる。
「これは私の一族に伝わるものです、存分に……どうぞ」
東雲がそれを大きく振るえば、生まれるのは軌跡そのままの形をした血の津波。
藻掻き苦しむオークの傍へ、ひら、と令嗣が飛び込んだ。
「あなたに祝福を」
そう囁いて布を――捲る。
「――……!」
オークの動きが止まって――そのまま二度と、動く事は無かった。
●始まり
窓から覗いていた顔が引っ込んでいく。最初は少女。弾かれるように後を追った青年の顔も消え――戻ってきた。呆けている少年の肩を叩くと、また消える。土蔵の扉が開いたのは、それからすぐの事。
「ああ、本当にオーク達を倒してる……!」
外を確認した少女が喜びに満ちた声を零し、がくり、とその場に崩れ落ちかける。慌てて抱き留めた巴枝は、少女を支えるようにしながら微笑んだ。
「よかったです」
「は、はい……! ねえ、2人とも!」
急かす声の後、青年が姿を見せた。
それから――ウェアライダーの少年も。その目はまだ驚きを浮かべており、ゆっくりゆっくり、数秒かけて土蔵の外を確認してからやっと、口が開かれた。
「……夢では、ないんですね……」
その声と瞳は、ほんの少し震えていた。
「うん、現実。これでようやく、ワイルドスペースを排除する準備に向けられるかな。今は抜け出すのが先だけど」
「ワイルド、スペース……それが、此処の名前ですか?」
東雲は首肯し、少年を始めとする3人をじっと見つめる。誰も、どこも血に濡れていない。救わねばならない存在を、仲間を、救う事が出来た証が目の前に在る。
「あなた方を救えて……良かったです」
零れ聞こえた言葉に、ノンナは口元を僅かに綻ばせた。
自分達が防いだ悲劇のような事は、過去にもあったのだろう。しかしそれは罪ではない。生きる為に命を奪う行為は誰にも責められない。だとしても、それはとても辛い事だ。
(「だからこそ、こんな形で悪用するデウスエクスは許せないな」)
そして、助けた彼らへこの先に待つ戦いを強いる事はしない。だが、先程まで呆けていた少年は、ケルベロス達の言葉を聞きながら、何かを確認するように鮮血色の包帯を整えている。
(「ああ、答えはもう持っているよね」)
ではそろそろ、と遥は少年達を手招き、脱出を促した。
この先、彼らは自分達と共に戦う事があるかもしれないし、普通の、幸せで平凡な暮らしを送るかもしれない。どちらにせよ、自分は今のように微笑んでいるだろう。
「抜け出したら、ゆっくりお話したいですね」
「いいですね。色々と知りたい事もあるのでは?」
同意した鈴緒の言葉に少年が真顔で、少女と青年が笑顔で頷いた。
ワイルドスペースから脱出した後の3人が、どの道をどう進むかはわからない。それでも確かな事があると、ベヤルは口にする。
「ケルベロスの人たちに救われたボクらもあなたたちを救えるのなら、あなたたちにも誰かを救えるはずさ」
「誰かを……」
「さあ、参りましょう。共に、未来へ」
先頭を行っていた令嗣の言葉に、少年がぱちりと瞬きをした。
――みらい。
――未来。
かすかな声で繰り返し聞こえた後、少年はしっかり頷き、ケルベロス達と共に行く。
その足取りと前を見つめる目に、揺らぎはもう、存在していない。
作者:東間 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年1月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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