ケルベロス新年会~鹵獲術士の弾丸遺跡探訪

作者:白石小梅

●ケルベロス新年会
 東京都大田区、羽田空港内にある大会議室。
「あけましておめでとうございます。昨年、私たちは幾度とない世界的危機に見舞われつつも、その全てを乗り越えこうして新年を迎えられました。これも偏に皆さんの活躍の賜物。地球文明を代表し、感謝を述べさせてください」
 集められた者たちを前に、望月・小夜が言う。
「もちろん、感謝は言葉のみではありません。皆さんには秘密でしたが、世界中の人々が『ケルベロス新年会募金』を歳末に行い、皆さんに楽しんでもらう新年会の予算を集めてくれたのです」
 なんと。面々からは感心のため息が漏れる。
「この予算を元手に全国で多数の会場を貸し切り、盛大な新年会を開催します。もちろん、ケルベロスと地球民衆は持ちつ持たれつ。世界中の人々には、様々なテーマで開催される新年会の映像をお茶の間で楽しんでいただくことになっています」
 ああ。これあれだ。また見世物系の企画だ。
「皆さんが楽しみつつも……一般人では実現できない、ケルベロス流の新年会企画を催し、人々を楽しませてくれる事が期待されております」
 一部の面々に諦めが滲むものの、まあ、仕方ない。
 番犬の活動は防衛にある。金はかかるが儲けは出ない。
 こうしたイベントも仕事の内だ。

●鹵獲術士の新年会
 そして古びた遺跡の写真パネルの前に、アメリア・ウォーターハウスが進み出る。
「幹事のアメリアだ。今回はケルベロスをそれぞれの職能ごとに分け、それぞれ異なるテーマで新年会を催すことになった。これから始まるのは『鹵獲術士の新年会』。一同、鹵獲術の心得のある人に集まってもらった」
 同じ職能を持つケルベロス同士が親交を深め、これからの闘いにも役立つ有意義な新年会にするためだという、が……。
「番犬を職能ごとに分ければ、十一通りの企画をそれぞれ楽しめる……というのが本音っぽいな。人々の期待に応えるような楽しい新年会にする必要がありそうだ」
 うん。義務っぽいこと言いだした。

「そこで私たちは世界中の遺跡を巡り、鹵獲術士のルーツの一端を確認するという『世界の遺跡観光・弾丸ツアー』企画を行う」
 なるほど。鹵獲術士たちが身の上と絡めて遺跡を解説すれば、観光も現地の民衆も盛り上がる。
「そこでみんな『行きたい遺跡と、その遺跡に対する解説』を各々、提出してくれ。それぞれに現地で、その遺跡に関係した力やルーツを解説を交えて見栄えよく語ってもらう。正直、こじつけでもいい。私も『先祖はストーンヘンジを見て感動したらしい』程度の話しか出来ない」
 つまり新春の遺跡紹介ドキュメンタリーツアー。
 当然、巡る遺跡の数が重要になるが、他企画との兼ね合いなどもあり、制限時間は48時間ほどだという。
 何か所くらい巡るのか、という質問に、アメリアは首を振った。
「無理矢理にでも移動手段を手配し、希望箇所全てを網羅する覚悟で、行ける限り行く。多分、過酷なスケジュールになる。どうしてもたどり着けない場所が出たら、移動中に写真パネルなどで解説動画を撮ってでも対応する。制限時間終了時点で現地解散。以上だ」
 カンペを見ながら矢継ぎ早に捲し立てられるのは、べらぼうに無茶な企画だった。
 帰宅は?
「交通費は支給する。運動会を思い出すんだ。きっと帰れる」
 手荷物どうするの?
「ここで預かってくれる。鹵獲術士として必要な装備のみ特別許可を取ったが、食品や手荷物等は税関対策とかあるので持ち込み禁止だ」
 え、じゃあ新年会のご馳走は? お酒やジュースは?
「大体の予算は移動手段や撮影スタッフ等の手配に消えたそうだ。移動中にペットボトルと弁当とかを支給する。海外にも出られる素敵な新年会ツアーだ」
 宿泊は?
「0泊だ。移動中に仮眠が取れる場合がある」
 観光する時間は?
「現場での解説・交流は短時間で終わらせ、すぐに次へ行く。世界を回るのに48時間しかないんだ」
 なんで全員で移動するの?
「実際に現地を鹵獲術士たちが巡っている、というライブ感が重要なんだ。それが現地の盛り上がりを……」
 その辺りでアメリアに少し泣きが入ってきたので、質問は終了となった。

「ああ。かなり無茶な企画だ。でも、人々の好意を企画倒れに終わらせるわけにはいかない……みんな、鹵獲術士としてのアイデンティティを振り絞ってくれ。世界の遺跡とその地域を盛り上げ、鹵獲術の発展と探求に寄与しよう!」
 アメリアは少し強引にそう結んで、頭を下げた。


■リプレイ

●御覧の番組は人々のご寄付によってお送りいたします
「現在、午前九時……さあスケジュールだ」
 アメリア・ウォーターハウス(魔弓術士・en0196)が行程表を配る。
「本当に遺跡を巡るんですか……独自の魔術を披露する魔術大会とか……そんなのでも……」
 霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)の肩にケルン・ヒルデガント(天光満つる処に我は在り・e02427)が手を置いて。
「うむ……正直、遺跡ってピンとこないのじゃがまあ、頑張るのじゃ……アメリア姉様、泣きたいときには泣いていいんじゃよ」
 そう。彼女は仕事を渡されただけ。
(「新年会の企画に海外枠が欲しいという意見が、鹵獲術士で通ったのだろうな……」)
 御影・有理(灯影・e14635)はそう予測する。
 でも失伝もあったし、古代の魔術体系回収の伏線とかかもしれないじゃん?
 さあ。48時間で世界を巡る壮大な魔術を、これより発動しよう。

●怪談の日本
 そしてここは栃木県、那須。
「僕は今、殺生石の前にいます。硫化水素ガスが多い際は立入禁止だから、一般の方は気を付けてね」
 そう語るのは、因幡・白兎(因幡のゲス兎・e05145)。
「有名なのは、玉藻の前の伝説。今はいないマスタービーストの手がかりにもなるかもしれないよね。美人さんだったんだろうなあ」
 と、観光客と盛り上がりつつ、白兎はツアーの一番槍を飾る。
 そして風景を惜しむ間もなく福島空港から富士山静岡空港へ。直通便は特別手配だ。
 富士山を背景に伊上・流(虚構・e03819)が解説する。
「俺からは人穴富士講遺跡について。立ち入り禁止のため映像資料を用いて解説しよう」
 語られるのは、その穴を源頼家が調査した際の伝承。
「洞穴の奥で彼らは何者かと接触した。見ただけで従者数名が息絶えたが、宝剣を捧げるとそれは消え、無事生還出来たという……大侵略期と被る時期だ。デウスエクスだとしたら辻褄が合う」
 怪談の疑問を解釈しつつ、そのまま中部国際空港へ。
「愛知県の半田市には室町時代から行われている潮干祭という山車を海浜で弾き下すお祭りがあります」
 リコリス・ラジアータ(錆びた真鍮歯車・e02164)の背後の滑走路には、すでに艶やかな山車がやってきている。
「山車の素晴らしい装飾は長い間に修復改修を繰り返したもので、からくり人形が山車の上で舞い踊る仕掛けもついています……それを見たダモクレスがその姿を真似たりしたかもしれませんね」
 更に次は奈良県明日香村、高松塚古墳。関空への空路で飛び降りれば、30分だ。
「こんにちは。グーウィ・デュール(黄金の照らす運命・e01159)です。こちらの推しは石室に描かれた極彩色の四神壁画ですが、南方は盗掘により失われています」
 彼女もまた住んでいた遺跡を盗掘者に荒らされた。
「そいつの名は、盗掘者ヴィゴラス。我々が葬りました。名も知らぬ埋葬者よ。あなたに代わり、奴から奪ったこの掘削撃で地球を盗掘せんとする者共を葬りましょうぞ!」
 グーウィがその一撃を披露すれば、周囲より拍手が巻き起こる。
 次はヘリに乗って、落ちる先は和歌山県の熊野本宮大社。夕陽の中で語るは和希。
「僕からは……熊野三山です。日本神話にも縁がある長い歴史を持つ場所で、個人的には祀られている神様が太陽の化身『八咫烏』を神使としていることもポイントです」
 次は日本最後の場所だと告げて、彼はバスに乗る。
 術士一行は南紀白浜空港から関空を経て与那国島の海へと飛び降りる。目的は与那国島海底地形。
 無数の船上照明に照らされ、朴実・木蓮(無自覚マッドサイエンティスト・e30169)が撮影クルーに島たこを拾い上げて見せて。
「ここが水没したのは氷河期の終わり、約1万年前と言われていますー。術士が『氷河期の精霊』とここで交信したのが『アイスエイジ』のルーツではないでしょうかー?」
 たこを海へと返しつつ、彼女は遠くの海を見た。
(「本当は……あっちの海底に魔導書のルーツがありそうなんですけど……ねー」)
 その脳裏には、攻性植物たちの謎の呪文がこだまする。
 ずぶ濡れで与那国空港へ入ったのは、出発より約11時間後。
「……うん、この企画……運動会よりハードな気がしてきた」
 シル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)がインソムニアを発動し、クローネ・ラヴクラフト(月風の魔法使い・e26671)が首を捻る。
「あれ、ここからアメリカ班のみ別行動って書いてある……?」
「成田に戻ってメキシコか……ユーラシア横断後にアメリカでは間に合わないからかな」
 クロエ・フォルバッハ(ヴァンデラー・e29053)の指摘に、ユリス・ミルククォーツ(蛍狩りの魄・e37164)が頷く。
「ですね。ああ、そろそろお風呂に入りたい……クリーニング使いましょうか……」
 遺跡を網羅するため、ここで術士たちはアメリカ班9名と別れた。

●アジアと中東の叡智
 台湾桃園国際空港を経て、カンボジア。本隊が目指すはアンコールワット。
「ぜぇ……はぁ……こ、此処はわたしの精神魔法『白昼夢の領域』の生まれた場所、本堂内回廊にあるレリーフ前です」
 そう語るのは、クララ・リンドヴァル(鉄錆魔女・e18856)。
「当時の祭祀建築家が創造主の本質は万物に宿るというヒンズーの思想を流麗なタッチで描いており、古の人々の……えっ時間? ち、ちょ……あ! シェムリアップ国際空港からの同日入出国は認められてませんからね! 今回は特別です!」
 注釈を言いきって、次はノイバイ国際空港に飛びタンロン遺跡。
 夜陣・碧人(影灯篭・e05022)は相棒が就寝中の封印箱を優しく撫でて。
「ベトナムの人にとって龍とは名誉や権力の象徴。昔、王朝がこの地に遷都した際、黄金の龍が舞い降りたそうです。その力を借り受けて王朝を成す……鹵獲術的ですよね。あ、私も小竜と過ごしてますけど、この子すっごく可愛くて、私も」
 親ばか中に時間切れとなり、一行は中国の成都双流国際空港に飛んで三星堆遺跡へ。
 エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)はフラフラしつつメモを取り出し。
「ええと……はい……とりあえずこれはもう宇宙文明の産物みたいだよね。このお目目が飛び出したお面とか神秘的すぎる青銅の神木とか機械部品みたいな太陽輪とか……」
 と、しばらく解説した後、本音を漏らす。
「あのさ私、せっかく成都に来たし、出来ればパンダ見たいんだけど……」
 そんな時間があるわけない。項垂れるエルスを乗せて、邯鄲空港に飛び銅雀台跡地、三台遺跡へ。
 語り部は、アメリア・ツァオ(心はいつも十七歳・e00208)。
「私の父方の祖先はここを築いた人までたどれるらしいんだ。偉大な政治家、武人、詩人でもあったご先祖様に顔向けできるよう、しっかりと鍛錬を積まなくてはね」
 祖先に想いを巡らしながら、彼女は白む空を指す。
「私の人生は朝露のように儚いけど、いずれ皆と共に歩む希望の光の一つとならん! さあ、前に進もう!」
 英傑の子孫の宣言は人々を大いに沸き立たせ、アジア圏の歴訪は終わる。
 残るは21時間。
 一旦成都へ戻り、次は中東だが……そこは訪問許可を降ろすのも難しい地が多い。
「……というわけで中東は現地映像を交え、こちらでお送りします。ではイェルサレムにある、嘆きの壁についてご紹介します」
 ヨーロッパ行きの機内で、柚野・霞(瑠璃燕・e21406)が語る。
「この壁はユダヤ教の神殿跡なんです。ここに最初に神殿を建てたソロモン王は悪魔を使役して神殿を建築したという伝説がありまして。魔術体系のルーツかな、って」
 現地映像に映る様々な宗教の信者たちに、霞もまた手を振って応える。
 次は、有理。紹介するのはイラク、サマーワのワルカ遺跡だ。
「これは最古の文字記録の一つ……つまり、楔形文字が刻まれた粘土板が発見された都市遺跡。書き残すとは、未来へ伝えること。私の祖も、古今東西の知識を集め魔術の研究に励んでいた。その成果は膨大な蔵書として残され私達の力となっている」
 過去から学び、今を精一杯生きることで、未来へ希望を繋げていく……その思想を語る彼女に、現地の人々も力強く頷いて。
 そして次はセト・ヴァリアス(微睡む紫・e41851)。
「では、トルコのエフェス遺跡を紹介します。ここにはかつてセルシウス図書館がありまして一万を超える蔵書が所蔵されていたそうです」
 だが地震と火災で焼失したという。しかし。
「以前、その蔵書の生き残りがうちの書店に入荷されたと聞きました……曰く、魔導書であったとか。嘗て鹵獲術を会得した者がこの古代都市に居たのかもしれませんね」
 古代の叡智を語りつつ、鹵獲術士一行はヨーロッパへと飛翔していく。

●神秘のアメリカ
 一方アメリカ班は14時間半をかけてアステカ文明遺跡テンプロマヨールへ飛び降りた。
 語るのは、クロエとユリス。
「僕は、鹵獲術の中では珍しい死霊術を使っている。アステカなら生贄の儀式に付随して、そんな術が生まれた可能性があるかもしれない」
「ええ。ブラックウィザードのように生贄が必要な死霊術を使っていて、計画的に死を供給する必要があったと考えられるからです」
「蛇神ケツァルコアトルが生贄をやめさせた神であるというのも、例えばドラゴニアンを元にした伝説で、定命化によって人身御供の必要が無くなった、などとも取れる」
 そしてユリスが水晶を掲げ縛られていた魂を解放する術式を行うと、人々は感嘆のため息を漏らしす。
 そしてメキシコシティから飛んだ先では。
「メソアメリカは初めてだ。ついに来たぞ!」
 ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)がちょっとハイになった。
「ここはマヤ時代の古代都市チチェン・イッツア。ピラミッド型のククルカンの神殿が有名だね。昔行われていた神事が鹵獲術の発展に関わってるとかいないとか」
 人々は熱狂に熱狂で応える熱いやり取り、が、時間はない。
「……え、もう? メキシコはいい工芸品もたくさんあるのに! くそー! また来るから待ってろよー!」
 是非、また! という熱烈な見送りを受け、メリダ国際空港からエルドラド国際空港、そしてコロンビア国立銀行付属の黄金博物館へ。
 小さな黄金細工の前で語るのは、アンネ・フィル(つかむ手・e45304)だ。
「これはシヌー地方で出土した、航空力学的に則った形の遺物。そう、昨年の失伝の調査で言及された『コロムビアの黄金シヤトル』です」
 神秘の造形物を前に、彼女は厳かに語る。
「黄金シャトルもまた失われた魔導機械体系の産物なのかもしれません。航空機か宇宙船か……私たちにはデウスエクスの技術に対抗できる航空戦力が必要です」
 この原型をいつか探し出したい。人々に調査協力を願い、彼女らは黄金郷を飛び立つ。
 次はセハ・ダ・カピヴァラ。和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413)の目的地。
「ここには沢山の壁画が残されてるんですよ。えぇっと、隅の方、ここに魔術儀式らしい壁画がありまして。それを調べて鹵獲術士という存在に辿り着いたことで私は……」
 彼女は古代魔術について細かにまとめたレポートを出そうとする、が。
「……えっ、時間が押してる? あぁそんな、もっと……いえ、しかたありません」
 古代壁画に別れを告げ、次が最後の目的地、ペルーの山間部だ。
 だが度重なる降下と移動で、すでに体はボロボロ。そのせいか、草津・翠華(碧眼の継承者・e36712)は降下地点をずれて滑落し……。
「酷い目に合ったわ……落ちたのが近くで幸運だった」
 なぜか火薬の臭いを漂わせつつ、草むらから這い出てきた。
「観光客狙いの強盗にカメラを寄越せって、めっちゃ襲われたわ! 捕まえてやったけど! 二度とこんな新年会に参加しないわ! 遺跡調査? どうでもいいわよ!」
 ちなみにその逮捕劇は映像に収められており、お茶の間は大いに沸き立ったという。
 ダリル・チェスロック(傍観者・e28788)が苦笑しつつそのカメラを受け取って。
「ここはインカ帝国の幻の都ビルカバンバを探していて、偶然発見された空中都市、マチュピチュ。標高二千メートルを超えるハード行程ながら是非、巡りたい遺跡です。口伝で伝承を残す文化で、その中には鹵獲術士のルーツが関係しているとかなんとか」
 ドリンクバーで気付けをしつつ、シルとクローネも進み出た。
「これ、で最後……うん。ここは太陽の神殿もあるし、そういうパワースポットになってると思う。とってもきれいな景色だし普通の観光で行くにももってこいだね」
「……えっと、ここの『太陽の神殿』には『太陽をつなぎ止める石』があって、嘗て日時計の役割をしていたみたい……帰りも頑張れるように、太陽の力を鹵獲しておこうか」
「ふふ。今この地は雨季ですが、天候に恵まれてよかったですね、お二人とも」
 ダリルがそう結ぶと、二人は倒れ込むようにレポートを終える。
 遂にアメリカ班はその行程を踏破したのだった。

●ヨーロッパの謎
 本隊はポーランド、クラクフ上空で飛び降りる。
「……ドラゴニックミラージュってあるわよね? アタシがこれを初めて自分のものにした場所が、このヴァヴェルの丘の洞窟よ」
 洞窟を示すのは、ローザマリア・クライツァール(双裁劒姫・e02948)。
「昔、ここにはドラゴンが住んでいたとか。アタシがあの術を使えたのも、この地の残留思念が影響したのかもね……伝承によれば竜を倒したのは貧しい靴職人見習いだったそうだけど……」
 もしかするとその人物は……? と笑って彼女は踵を返し、バリツェ空港からフィンランドへ。
 古い要塞内の教会に天音・久詞郎(贖いの対価・e17001)が立って。
「このスオメンリンナ教会は完成当時、ロシア正教会の建物でした。特徴は先が玉ねぎの形をした5つの尖塔。フィンランド独立後、装飾と文体様式が取り除かれ、現在の形となったのです」
 前後の時代の違いを解説するものの、その目はちょっと泳ぎ気味で。
「あ、ここに縁もゆかりもないです。一度見て見たかったので」
 多分、0泊の重みにやられてしまったんだろう。ウケていたのでよいけれど。
 ヴァンター国際空港からウプサラ大聖堂へ行き、語るはアンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)。
「沢山のルーン石碑が嵌め込まれている大聖堂……ルーン文字は古くから呪術にも使われていたし、ボクが覚醒したのにも関係しているかなと思ってね。それが刻まれた石碑がここには沢山有る」
 ルーン文字はエインヘリアル達も好んで使う魔術体系。確かに関連はありそうだ。
(「でも実はボクも初見だったり……そもそもボク、故郷の森と町しか知らないし……あぁ……もう何でもいいからゆっくり寝かせてほしい……」)
 反逆を目論む目や口をどうにか抑え、彼らはアーランダ空港からケルンと同じ名前のドイツ都市へと降下する。
「これはプラエトーリウムというローマの遺跡じゃ……え、もう時間がヤバい? 待ってえーっと、ルーツ? えっとここの古い歴史から、ほら。妾がな! いやまて、妾の鹵獲術ってああええっと……祖国ドイツをよろしく! お値段お手頃! あたまがまわらぬ! 眠い!」
 もう限界だったか。お値段お手頃に、彼らはバスでデュッセルドルフへ。
 カイザースヴェルトという古城の街を、ヴォルフ・フェアレーター(闇狼・e00354)が語る。
「この遺跡は今から千年ほど前の神聖ローマ皇帝の時代に起源があります。川の側で交易ルートの合流地点という戦略的に理想的な立地だったと言われていますね。日本で言う『アニメの悪役幹部の拠点』の跡地として見ると少しは浪漫も感じられるのではないでしょうか……」
 彼はスムースに解説を終えると、歓迎する人々に手を振って別れを告げる。最後の一文は伝わったか怪しいけれど。
 そしてデュッセルドルフ空港から英国南西の小島、セントマイケルズマウントへ。
「ここは潮が引くと、歩いて行き来することができるようになるんです。古くから信仰され、かのアーサー王伝説にも登場する場所なんですよ」
 ルウェリン・エヴァンズ(夜霧の森を往く者・e13196)が、トンボロの島を語る。
「水は此岸と彼岸、俗世と神秘を隔てる境界……その道を開く潮の満ち引きを生み出すのはそう、重力。昔から人はその力に惹きつけられてきたのですね」
 その神秘を解説しつつ、彼はちょっと不安そうに隣に尋ねた。
(「……あの、いいんですよね? これ、今考えたんですけれども……」)
 滑らせた口が正しいことを祈ろう。
 ランズ・エンド空港を発ち、辿りついたは先史時代の羨道墳。
「ようこそ、アイルランドの遺跡ニューグレンジへ! ここはケルト神話の太陽神や月女神を祀っていたとされる遺跡で、冬至の日だけ神秘的な光景が見えるそうよー」
 コマキ・シュヴァルツデーン(謳う銀環・e09233)は努めて朗々と語る。
「私は先祖代々魔女の家系なんだけど、ルーツのひとつにケルトのドルイドがあると伝わっているからね。ケルトの神々を祀る遺跡は、末裔として外せないと思って!」
 現代を生きる魔女の末裔たちに祝福を受けながら、ダブリン空港から更に北へ。
 メイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026)の選んだ場所が、全行程最後の地だ。
「御機嫌よう諸兄、いい加減ハイになってきている子も頑張ってほしい。よく聞き給え……これが最後だ」
 流暢に、彼はその言葉を強調する。
「これより私がご案内するのはスコットランドのスカイ島、妖精の谷と呼ばれる場所だ。此処には石が円形に並んだ、フェアリーサークルがある。ケルト神話にも縁のある地だよ。古くより伝わる良き隣人たちと共に過ごした、私のルーツの一つだね」
 彼は多くを語らないが、幻想物語を好む英国の人々には受けたようだ。
 そして……。
「因みにここにはウイスキーの醸造所がある……皆にはぜひ奢らせてもらうよ! これで終わりだ!」
 日本時間で午前八時ごろ。
 メイザースの宣言と共に、鹵獲術士一行の旅はついに終わった。

●御覧の番組は人々のご寄付によってお送りさせていただきました
 全てが終わり、彼らは互いに遥か遠方の仲間たちのことを思い起こす。
「終わったら現地解散だったっけ。アメリカ班は今頃マチュピチュ?」
「本隊は英国の……空港もない大きな島の原っぱか……」
「ん? アメリカ班は大丈夫か? まさかこの後に山をおりるのか?」
「あの……本隊の人たち、英国の原野を町まで歩くの……?」
「「え……?」」

 そしてお茶の間の映像は、そこで途切れたという。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月16日
難度:易しい
参加:30人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 11/キャラが大事にされていた 0
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