除夜のクレーシャ事件~さようならを言わないで

作者:秋月きり

「うう。寒い寒い」
 吐く息は白く、気温がかなり低下している事は判る。
 見渡す寺院の境内は多くの人でごった返していた。カップルらしい若い男女も居れば、老齢の夫婦の姿も見える。
(「そろそろ2017年も終わり、か」)
 ぼーんと鳴り響きだした除夜の鐘を聞きながら零す男性の吐息は、感嘆の為か、それとも、凍えた手を温める為か。吐き出されては虚空へと消えていく。
 思えば慌ただしい一年だった。だが、その一年も乗り切った。来年も無事……。
 巡らせる思いはしかし、突如上がった奇声によって遮られてしまう。
「酉年を終わらせてなるものか!」
 人混みの中から出現したそれは黒鶏を思わせる怪人だった。怪人はそのまま鐘を突く住職へ突撃すると、彼を取り囲む僧達を共に撃破、寺院の境内を占拠していく。
「ひ、ひぃ」
 突然のデウスエクスの襲撃に、パニックに陥った人々は境内から我先にと逃亡を開始した。
「酉年は終わらせない。除夜の鐘を鳴らさせるものか!」
 鐘の前でカッカッカと笑う怪人は何処か、妄執めいた瞳をしていた。

「時神・綾(薬局店長の姫神・e06275)さんと赤鉄・鈴珠(ファーストエイド・e28402)さんが心配した通り、大晦日にビルシャナが除夜の鐘を狙う……そんな予知を見たわ」
 リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の表情は何処か、頭痛を堪えるようにも見えた。ビルシャナの行動はごく普通のヘリオライダーにとって理解し難い事は重々承知。大変だなーと、グリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)に同情の気持ちが沸き上がっても仕方なかった。
 とは言え、デウスエクスの事件である事は変わりない。空咳で気を取り戻しながら、リーシャは説明を続ける。
「ビルシャナの目的は『除夜の鐘を占拠して鳴らさせない事によって、酉年が終わるのを阻止する』と言うもの。だから、除夜の鐘の制圧のみを行っているわ」
 その為、参拝客を襲う事は無く、しかし、参拝客が慌てて逃げ出して将棋倒しになると言った可能性は否定出来ない。
「それと、ビルシャナはどのような襲撃があっても除夜の鐘を鳴らさせないと言う強い意志は持っているわ」
 それがお寺の住職であれ、一般人であれ、ケルベロスであれ。
「成程。つまり、私たちが除夜の鐘を鳴らせば……」
「そう。ビルシャナはみんなを襲撃する、ってわけ」
 既に寺院の協力は取り付けているそうだ。ヘリオライダー達の手際の良さに、グリゼルダから感嘆の吐息が零れる。
「襲撃してくるビルシャナは1体。光を放ったり、読経で攻撃してきたりするくらいね」
 寺院の境内は参拝客の立ち入りが制限されており、また、ビルシャナの目的が『除夜の鐘の制圧』である為、彼のビルシャナが寺院や除夜の鐘と言った施設を攻撃する事も無い。つまり、周囲を気にせず、戦闘に集中出来る環境のようだ。
「配下とかいれば大変だっただろうけど、それも無いから、今のみんなならそれほど苦戦しない相手だと思うわ」
 とは言え、油断大敵との言葉もある。万全を期す事は大事だろう。
「みんなに担当して貰うビルシャナは除夜のクレーシャと言うビルシャナの配下のよう。除夜のクレーシャ本体の撃破には別のケルベロスのチームが向かっているので、みんなは自分の担当するビルシャナに集中してね」
 騒がれていた酉年ビルシャナの事件も、今回を以って最後として欲しい。応援の言葉は強い願望と共に。
「あと、折角なので、除夜の鐘をみんなで突くのも良いかもしれないわね」
 108の煩悩を払うと言われる除夜の鐘。それを突かせて貰える機会などそうそうないから、と笑うリーシャはそして、ケルベロス達を送り出すのだった。
「それじゃ、いってらっしゃい」
「行ってきます!」
 それに応えるグリゼルダの声も気合が込められた物であった。


参加者
星黎殿・ユル(廃神ペルソナ・e00347)
天崎・ケイ(地球人の降魔拳士・e00355)
日向・向日葵(向日葵のオラトリオ・e01744)
神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)
神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023)
忍足・鈴女(にゃんこマスタリー・e07200)
鯖寅・五六七(猫耳搭載型二足歩行兵器・e20270)
アイクル・フォレストハリアー(ラディアントクロスオーバー・e26796)

■リプレイ

●年の瀬、寒き夜
 2017年12月31日。一年の終わりを告げるこの日、この夜、その寺院の境内は凍えていた。
「寒いにゃぁ」
 鐘楼の陰に身を隠しながら、アイクル・フォレストハリアー(ラディアントクロスオーバー・e26796)ははぁっと己の手に吐息を吹きかける。白い息は少しの温もりを掌に残し、夜気へと消えて行った。
 傍らに立つサーヴァント、インプレッサターボは主人に倣ってか、エンジン音を立てていない。彼が暖気すればこの寒さもマシになるだろうが、それでは物陰に潜む意味がなくなってしまう。今はじっと我慢の時。華やかなアイドルだって、下積み時代は我慢の連続。それと同様だ。
「毎回思うけど、事前に避難誘導が出来ないのは厳しいよね」
 同じく物陰に潜む星黎殿・ユル(廃神ペルソナ・e00347)はむむっと眉を顰める。視線の先に映るのは除夜の鐘に合わせ、お参りに来た人々達だっだ。ヘリオライダーの言葉通りとすれば、鐘にさえ近づかなければ被害が無い筈だが、そうだとしても、事前に手を打てない状況に歯痒さを覚えてしまう。
「仕方ありません。ビルシャナの出現より先に行動を起こせば、別のお寺が狙われる可能性があるのですから」
 気持ちは同じだと天崎・ケイ(地球人の降魔拳士・e00355)が慰めの言葉を口にする。むーっと唸る様は、程無く現れるデウスエクスを思っての事か。
 それは除夜のクレーシャの配下、酉年を終わらせないと各地で事件を起こそうとしているビルシャナの事だった。無論、時間を止める事など、出来る筈もない。だが、相手は常識外の存在であるデウスエクス。ケルベロス達の妨害が無ければ何が起きるか、予想だにつかない。
「それでも、鐘を突く役に割り込ませて貰えた。それでいいと思う。あとは、酉年のビルシャナに退場して貰おう」
 これが仕事納めと日向・向日葵(向日葵のオラトリオ・e01744)が淡々と告げる。事情を全て説明する事は叶わなくとも、寺院に協力を取り付ける事が出来た。それは僥倖。後は、その期待に応えるだけと、鐘楼に視線を向ける。
「クリスマスチキンになりに来るには、ちょーっと時期が遅かったでござるなあ……」
 忍足・鈴女(にゃんこマスタリー・e07200)の独白に喉を鳴らしたのは誰だっただろうか。暖房の効いた部屋でのクリスマスパーティは1週間近く前に終わってしまっている。ああ、その時間が凄く恋しかった。
 にゃーんと響くだいごろーの鳴き声は、主への肯定にも、その恋しさを示す様にも思える。
「ビルシャナを倒して、そんでもって、皆で初詣だ」
 少しばかり気の早い神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023)の言葉に、一同は微笑を浮かべる。その魅力的な提案の為に頑張ろう。素直にそう思えた。

 時刻は23時へ向かおうとしていた。
「さ。始めよう?」
「はい! いくっすよ、マネギ」
 神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)の声に、撞木を構えた鯖寅・五六七(猫耳搭載型二足歩行兵器・e20270)が鷹揚に頷く。撞木の上に腰掛けるサーヴァントのマネギもまた、巨体を揺らしながら良い笑顔を浮かべていた。
「あと、グリゼルダおねーさんとアリスさんも準備万端っすか?」
 その問い掛けに、グリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)とアリスの両名は親指を上げて応じる。時は来た、とばかりに五六七は手にした撞木を鐘に叩き付けた。
「可愛い可愛いってチヤホヤされたい!」
 ごーん。
「美味しい物を沢山食べたい!」
 ごーん。
「猫さんのウェアライダーになり……」
「酉年を終わらせてなるものか!」
 ごーん。
 鐘の音に割り込むよう、飛び出してきた人影――否、鳥影があった。言わずと知れたビルシャナである。黒鶏を思わせる容姿の彼は、鈴と五六七を前にきしゃーっと吠える。
「酉年は終わらせない。これ以上、除夜の鐘を鳴ら――ぶべら!!」
 言葉は最後まで紡がれなかった。鐘楼の陰から飛び出したケイと煉、そして鈴女による不意打ちが、ビルシャナに直撃したからだ。
 ケイの紡ぐ深紅の花吹雪と、煉の回し蹴り、鈴女の螺旋描く掌底が羽毛に塗れたビルシャナの身体を強打し、そして。
「本当に年末までご苦労様だよ。ブラック企業か何かかな?」
 氷の槍を持つ騎兵を召喚したユルは、刺突と共に皮肉気に言葉を紡ぐ。盆暮れ正月と侵略行為に休みが無い事は承知しているが、それでも正月くらいは……と思わなくもない。或いは、正月に向けて最後の稼働と言う奴なのだろうか?
「あたしが正統派アイドルとして活躍する2018年が来て貰わないと困るんにゃ!」
 アイクルの小柄な体は独楽の如き回転と共にビルシャナへと吶喊する。防御を切り裂く正統派アイドルの一撃に、ビルシャナは踏鞴を踏む。
「君のお相手はそっちだけじゃないよ!」
 向日葵による主砲の一斉射撃はビルシャナを捉え、爆音を辺りに響かせた。
「グリちゃん、今!」
「グリゼルダおねーさん、任せたっすよ!」
 鐘を突く鈴と五六七の声に弾かれるよう、グリゼルダ、そしてその手伝いにと持参したアリスが飛び出す。突如始まったケルベロス対デウスエクスの戦闘から、人々を逃すのが二人の役割だ。
 広がる光の翼と天使の翼の先導に人々は野次馬と化す事なく、素直に従っていく。それを横目で見送るケルベロス達に、ほっとした表情が浮かんだ。
 後顧の憂いは無い。後はビルシャナを倒すだけだった。

●除夜の鐘が響く頃
 ごーん。ごーん。ごーん。
 戦闘の音と共に鐘の音が響いている。
 ビルシャナの目的が除夜の鐘の阻止ならば、ケルベロス達の目的はそれを止める事――すなわち、鐘を鳴らし続ける事であった。戦闘継続により、鐘の音を止めてしまえばビルシャナの目的は完遂されてしまう。それ故、ケルベロス達は鐘を鳴らし続ける。それが、勝利への道筋だったからだ。
「鐘を鳴らすんじゃねぇ!」
「リューちゃん!」
 ビルシャナの妖しい読経はしかし、盾にと飛び出した鈴のサーヴァント、リューガによって遮られてしまった。
「ユルさん、お願いします!」
 鈴の紡ぐ妖しく蠢く幻影はユルの身体を覆う。
「うん。任された!」
 幻影を纏ったユルの蹴打はビルシャナの羽毛を剥ぎ取っていく。
「来年は戌年、俺らケルベロスの年だ。終わる酉年はお呼びじゃねーぜ!」
 煉の纏うオウガメタルの鉄拳もまた、ビルシャナを切り裂き、境内に羽毛を撒き散らさせた。
「そうですよ。酉年を終わらせないと言われましても、終わるものは終わるんですから、一周するのを待ちましょうよ。12年間待った戌年の気持ちにもなってください」
「そんな事知るか!」
 雷の壁を紡ぐケイの言葉に、ビルシャナは一喝で応じる。
「身勝手っすよ! さすが鳥頭っす!」
 マネギを撞木に残した五六七が呆れた声を上げた。そう言う彼女も実は(「猫年にするって言うならば一考の余地があったっす」)と考えていたのだが、それを口にするのは野暮であろう。代わりに主砲の一斉発射でビルシャナを梳っていく。
「まぁ、ビルシャナは身勝手な物だにゃ」
 帰還したアイドル、アイクルは地を割る斧の一撃と共に、しみじみと言葉を口にした。今まで応対したビルシャナを思えば、身勝手な主張、偏った主張、訳の分からない主張はむしろ、彼らのお家芸だと思っている。常識的なビルシャナがいれば見てみたいとすら思っていた。
 ともあれ、正統派アイドルを目前とするアイクルにとって、時間の停止、或いは逆行を目論むビルシャナの存在など害敵であると言わざる得ない。ぶちのめす――否、退治する必要があるのは当然だった。正統派アイドルとして!
「アイドルって、物騒」
 抜き打ちの如く射撃を行う向日葵の台詞がちょっとだけ心に刺さったけど、負けない。アイドルは不死鳥の如く蘇るのだ。
 なお、サーヴァントのインプレッサターボはそんな主人を無視して、前輪の一撃をビルシャナにぶつけていた。己の役割を完遂する。その強い意志が彼にはあった。
「はいはい、来年はお犬様の出番でござるから、悪い鳥さんはしまっちゃうでござるよー♪ 鈴女のにゃんこに対する愛よ! 敵を撃て!」
 酉年に対する偏愛も致し方ないが、是非とも来世は猫好きとして生まれ変わって欲しいと鈴女が巨大猫のオーラを叩き付ける。とは言え、今度は猫年に拘るビルシャナとして生まれ変わったらどうしようと言う気もするが、まぁ、その時はその時だ。
「しゃー!」
 爪によるひっかきをビルシャナに敢行した後、だいごろーが抗議にも似た声を上げる。
「しかしてだいごろー。タイやベトナムにあると言う猫年は6年後でござるよ?」
 忍びとは闇に生き、影を往来する者のこと。その鈴女にそこまでの生があるか否か。答えがある筈もなかった。
「鐘を突くのを止めろ!」
「いいえ、やめません! 酉年は終わり、戌年がやって来る。それが正しい在り方なのです!」
 避難誘導を終え、戻って来たグリゼルダがごーんと鐘を突く。唾すら飛ばしかねないビルシャナの舌戦を受け立つ彼女の表情は何処か晴れ晴れと、誇らしげな物であった。

●さようならを言わないで
 やがてビルシャナとケルベロス達による攻防は最終局面を迎えていく。
 寒空の下、勝利するのはケルベロスか、ビルシャナか。答えは直ぐ傍まで近づいていた。

「鐘を鳴らすな!」
 ビルシャナの閃光が弾け、鐘の元に集うケルベロス達を穿つ。
「あっ」
「グリくんっ!」
「姉ちゃん!」
「だいごろー!! マネギーっ!!」
 弾ける光が襲ったのは、後衛を陣取った向日葵、鈴、だいごろー、マネギ、そしてグリゼルダだった。光に弾かれ、ごろごろと転がる3人と2匹。それこそがビルシャナの望んだ瞬間であった。
「勝った! 鐘は鳴らさせない!」
 怪鳥の如く飛び上がったビルシャナは両翼を広げ、鐘の前に立ち塞がる。除夜の鐘さえ止めれば2017年は終わらない。酉年を終わらせないと言う決意が成就した――その筈だった。
 ごーん。
「なん、だと……」
 再度、鐘が鳴る。撞木に取りつくケルベロスはおらず、故に響く音は信じ難いと目を見開くビルシャナに、にふりと笑う人影がいた。
「ボクらは今年中に鐘を打ち終えないといけないんだよ」
 リボルバー銃から硝煙棚引かせる向日葵が笑っていた。彼女の零れ落ちそうな程肉感的な肌には血の跡と幾多の傷が走っている。先程の閃光は火傷の痕すら刻んでいた。
 それでも笑う。誇らしげな笑みは、ビルシャナの行動を阻害した喜びに満ちていた。
「この、罰当たりが!」
「除夜の鐘を止めようとする方と、どっちが罰当たりだろうね!」
 向日葵の二丁拳銃が火を噴く。一つはビルシャナに。そしてもう一つは除夜の鐘に。再び鐘の音が鳴り響いた。
「さーて。そろそろ邪魔者は退散して貰おうかな? ――我が魔力、汝、救国の聖女たる御身に捧げ、其の戦旗を以て、我等が軍へ、勝利の栄光を齎さん!」
 ユルは断罪の言葉と共に、救国の聖女のエネルギー体を召喚する。その戦旗から迸るエネルギーは傷ついた仲間を覆い、戦意を取り戻させていった。
「空間に咲く氷の花盾……皆を守ってっ!」
 鈴の喚び出す氷の盾は仲間達を覆い、彼らに活力を満たしていく。その補助をすべく、リューガが自身の属性を彼女に注入。ビルシャナによって刻まれた傷を修復していった。
「――っ! ――!!」
 立ち竦むビルシャナに投げられたのは、アイクルからの怒りの一撃だった。腹部を捉える拳はアイドルらしからぬ罵声と共に紡がれたような気がしたが、おそらく幻聴だ。少なくともアイクルはそう主張してた。ああ、アイドルとは恐ろしい。
「おらおらー! 108発ブチ込んでやるっす!」
 零距離からの一斉射撃は五六七から放たれた。113センチの小柄な体躯に備えられた無数の砲塔が火を噴き、ビルシャナの身体を焦がしていく。夜空に悲鳴が響き渡った。
「紅はお好きですか?」
 追撃の深紅がビルシャナの五感を侵す。ケイの薔薇が切り裂くはその内面――ビルシャナの中枢神経だった。中枢神経系をずたずたに切り裂かれ、ビルシャナは自身の動きを停止させてしまう。
「マジックサーキット。リバイバルッ! 伸びて照らせ! この世界は向日葵と夕焼けで染め上げろォ。――伸びろぉォォォおお!!!!」
「終わる酉年はばいばいだぜ!」
 集う攻撃は、向日葵と煉による斬撃、そして殴打だった。魔法剣による金色の輝きはビルシャナを切り裂き、御魂喰いの蒼炎はビルシャナの身体を貫く。
「ぐぎゃぁ」
 悲鳴を零すビルシャナの身体を、鎖が取り巻く。その一端を握りビルシャナを括った鈴女はにんまりと笑みを浮かべた。
「さぁ年明けの準備は宜しいでござるか?」
 鶏の首を締める鈴女の宣言はビルシャナに向けての物。そして、力任せに振り回したその先には、未だ震える除夜の鐘があった。
「お主も行く年の一部になるでござるよ!」
 ごーんととりわけ、大きな音が響く。それは2017年の終了を告げる物であった。
「この俺が、鐘を鳴らす……などと……」
 それがビルシャナの末期の台詞となった。悔悟に溢れた表情は、身体と共に光の粒と化し、消失していく。
 最期を見送ったケルベロス達からひときわ、大きな歓声が上がるのだった。

●新年よ、こんにちは
「3-2-1-!」
 ごーん。
 カウントダウンと共に最後の鐘の音、108つ目の鐘の音が鳴り響く。それは新年の到来を告げる澄み渡った物であった。
「あけおめことよろー!」
 鈴女の声を筆頭に、其処らかしこで新年のあいさつが交わされていた。
「さーて、甘酒たらふく飲むぞー! 乾杯もするぞー!」
 楽し気な声を上げる向日葵の身体は、既に着物が纏われていた。戦闘後、着替える暇があったと思えないが、それはそれ。いい女には秘密が多いものなのだ。
「それじゃ、初詣に行くっすよー」
 五六七の声の下、ケルベロス達は移動を開始する。

 さて。
 初詣とは年が明けて初めて参拝する事を指す言葉である。多くは氏神様に挨拶する意味合いを込め、神社に行くことが多いのだが、それもケースバイケース。寺院に行く事が過ちと言う訳ではない。
 と言う訳で。
「まずはこのお寺。その後に神社でござる。なお、初詣に二社三社回るのは悪い事ではないでござるよ」
「誰に解説してるのさ?」
 鈴女の言葉に突っ込むユルは、微妙な表情を浮かべつつ、皆に甘酒を配る。戦闘で披露した体に麹から作られた柔らかい甘みは心地よかった。
「そしておみくじを引いたでござるが……おう! シット!」
 ひらひらとかざすそれは凶だった。曰く、『寺の鐘を大事にすべし』。そのピンポイントな内容に、一同から笑いが零れた。
「そう言えば深夜から初詣するのは初めてですね」
 甘酒に舌鼓を打つケイはしみじみと言葉を口にする。それが二社参りとなるのも勿論、初めての経験だ。
「あちきはお腹が空いたっすよ! 屋台で何か食べるっす!」
「いいね、付き合うよ」
 うおーっと参道の屋台に吶喊する五六七に、汁粉を求めた向日葵が同意を示す。騒がしい場所は苦手だが、こんな夜も悪くないと、華の様な笑顔を残し、人ごみへと消えて行った。
「ちなみに、グリくんは?」
「あ、いえ」
 追いかけようとしたヴァルキュリアの少女を制止したのはユルの一声だった。目を泳がせる彼女に、くすりと笑いが零れる。
「大丈夫にゃ。神社の方にも何かあるにゃ」
 アイクルはにふりと笑い、その肩をぽんと叩く。

(「今年も色々あったなぁ……」)
 拝殿を前に両手を合わせる鈴は、旧年の出来事を思い浮かべていた。
 中でも大きかったのがローカストに関する事件だ。彼の青年を助けられて良かったと心底思う。
「首を洗って待ってろ、デウスエクス」
 姉の横顔を一瞥した煉は、その言葉を口にする。今年もケルベロス達の活躍により、様々なデウスエクス事件を防ぎ、彼らが占拠地域の奪還していった。だが、それでも未だ、無辜の人々がその犠牲となっているのだ。いずれ、その地すらも取り戻すと言う思いは、願いと言うよりもむしろ決意だった。
「今年は正統派アイドルになりたいにゃ……」
 そして世界にグンマーを知らしめる。それは正統派アイドル、アイクルに課せられた使命なのだ。行けアイクル。負けるなアイクル。世界がキミを待っている!
「そう言えばグリくんは割と露出ある金属鎧だけど、寒くないの?」
 初詣も終わり、ふとした疑問とばかりにユルがグリゼルダに問いかける。
「え? いえ、私もケルベロスですので……」
 ちょっとした寒さ程度ならば問題ないと頭を振る彼女に、成程と唸った。瘦せ我慢と言う訳ではなさそうだ。真意は判らなかったが、彼女が言うならそうなのだろう。
「そう言えばグリゼルダさんは何をお願いしたんですか?」
 アリスの問いに少し考えたグリゼルダはしかし。
「あ。お願い事は口にすると叶わないって言うよね」
「そう言うもの、ですか?」
 ユルの言葉に疑問符を浮かべる。
(「え? そーなのか?」)
(「それは残念」)
 何となく聞き耳を立ててしまっていた男子2人の落胆の溜め息を知ってか知らずか。うむむとグリゼルダは頷く。
「さぁ。お参りも終わり。温かいご飯でも食べに行こうね」
「はい! 是非」
 そして、鈴の提案にぱっと華やかな笑顔を浮かべるのだった。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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