除夜のクレーシャ事件~酉の悪あがき

作者:天枷由良

●酉に始まり酉に終わる
 大晦日の深夜。神奈川県川崎市にある住宅街の一角で大きな鐘の音が響いた。
 言わずもがな、お寺で突かれる除夜の鐘である。荘厳な音色に付近の住民を中心とする参詣客は耳を傾け、一年の終わりと始まりに思いを馳せている。
「――ならん、ならんぞ! 酉年を終わらせてなるものかぁ!」
 十度目の鐘が鳴った頃、素っ頓狂な叫びが響いた。
 そして石壁の一部が弾け飛ぶ。そこから姿を現したのは……血走った目に暖かそうな羽毛のデウスエクス、此方も言わずもがなのビルシャナである。
 ビルシャナは参詣客に目もくれず、鐘楼に飛び込むと住職を蹴っ飛ばす。
「この鐘は占拠したぞ! ふはは、これで酉年は終わらんのだぁ!」
 既に勝利を確信したかのように哮るビルシャナから、人々は慌てふためき逃げていく。

●ヘリポートにて
「今年の終わる間際に、除夜の鐘を狙うビルシャナが現れるわ」
 これは赤鉄・鈴珠(ファーストエイド・e28402)らの予期していたことだと前置きして、ミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)は語りだす。
「このビルシャナは除夜のクレーシャというビルシャナの配下で、目的は『除夜の鐘を占拠して鳴らさせないことで、酉年が終わるのを阻止する』というものよ」
 占拠された鐘はクレーシャが持つという鐘と共鳴して『酉年全ての罪と欲、108の煩悩』を日本中に解き放ち、鐘の音を聞いた者たちの中から『酉年終わるの絶対許さない明王』を生み出す可能性があるという。
「その目的故か参詣する人々は襲わないようなのだけれど、逃げる最中で怪我をする人だって出るかもしれないし、ましてや酉年(中略)明王の大量出現なんてさせるわけにはいかないわよね。……というわけで、皆には今年の締めくくりとして、ビルシャナの迎撃をお願いするわ」
 ビルシャナの狙いは除夜の鐘であるため、鐘楼にケルベロスが待ち構えていても襲撃をかけてくるだろう。
「お寺側に要請して、敵を誘き出すためにケルベロスの皆が除夜の鐘を突くことと、鐘楼の付近には誰も近づかないようにすることは約束してもらったわ。のこのこやってきたビルシャナをばっちり倒して、きっちり除夜の鐘を鳴らしましょう」
 鐘楼付近に戦闘の支障となるようなものはない。
 ビルシャナは除夜の鐘を制圧することが目的なので、侵入のためにぶち破った石壁を除き、寺務所などお寺の施設を壊したりもしない。また配下となる信者を連れてもいない。
 広い攻撃範囲を持つ破壊の光や氷の輪。酉らしく鳥を模した炎などで攻撃してくるようだが、苦戦するような相手ではないだろう。
「無事にビルシャナを倒せたなら、そのまま除夜の鐘を突くのもいいでしょうし、お寺でお参りをするのもいいでしょうし……」
「あ、近くには神社もあるんだって」
 町の案内図とにらめっこしていたフィオナ・シェリオール(地球人の鎧装騎兵・en0203)が口を挟む。
「あとは……神社の近くに小高い丘があって、そこからだと日の出もいい具合に見えるみたい。せっかくだから、そういうのもいいかもね」
 ビルシャナ退治のご褒美ってことで、とフィオナは笑った。


参加者
佐竹・勇華(は駆け出し勇者・e00771)
木戸・ケイ(流浪のキッド・e02634)
エーゼット・セルティエ(勇気の歌を紡ぐもの・e05244)
御影・有理(灯影・e14635)
鉄・冬真(雪狼・e23499)
赤鉄・鈴珠(ファーストエイド・e28402)
アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)
神苑・紫姫(断章取義の吸血鬼伝説・e36718)

■リプレイ


 青銅の釣鐘に何となく抱いた親近感。
 それを確かめようと、赤鉄・鈴珠(ファーストエイド・e28402)は腕を伸ばす。大きな鐘に小さい掌が触れると、すぐさま氷のように冷たい感触が返ってきた。
 真冬の夜であれば当然か。ざらつく表面をなぞって下げた手に白い息を吐いて、数歩下がると今度は撞木から垂れる綱を掴む。此方も少しひんやりとしていた。
(「では、おもいきりふりかぶって、全力……」)
 それだと壊れそうなので、程々に。
 何せ鈴珠はドワーフである。ドワーフは小柄な肉体に秘めた頑強さが持ち味。本気を出せば大地をも断ち割るような一撃で釣鐘を粉砕してしまう――かもしれない。
 ともかく加減して綱を引く。適当な位置で折り返せば、逆さのお椀型からごーんと大きな音が鳴った。
 なるほど。一年を締めくくるのに相応しい、心地よい響きだ。
 鈴珠は暫し耳を傾けてから鐘楼を降りる。そこに待つのは自身を除いて九人のケルベロスと四体のサーヴァントだけだが、境内の離れたところには一般参詣客の姿もあった。
 彼らに平穏な年越しと初詣をもたらすためにも、鐘の占拠を目論むビルシャナなど返り討ちにしてやらねばならない。
 しかし敵の闖入はもう少し後だ。奴が現れるのは鐘を十回撞いた頃。
「よし行くぞ、ポヨン」
 木戸・ケイ(流浪のキッド・e02634)がボクスドラゴンを連れて鐘に向かった。
 鐘撞く順番は成り行き任せ。飄々とした細身の男は纏めた長髪を靡かせて進み、ポヨンが付いてきたのを確かめて綱を握る。
 また大きな音が響き、ごわんごわんと空気を伝った。
「……ポヨンもやるか?」
 遥か彼方にまで波が消えてから尋ねると、返事を聞くまでもなく相棒を抱え上げる。まるで幼い娘をあやすかのようだったが、ポヨンは揺れる綱をぱしっと両手で挟み込んだ。
「よし、そのまましっかり掴んでろよ」
 まるごと前へ運ぶようにすれば、ごおんと響く三回目。中々味わう機会のない鐘撞きに、ポヨンもほんのり上機嫌になった気がする。
「うんうん、楽しそうで何よりだ。……なに? もう一回やりたいって?」
 ならばもう一度――といきたいところだが後がつかえている。
 順番だからと言い聞かせて戻るケイ。それを見やって、神苑・紫姫(断章取義の吸血鬼伝説・e36718)もサーヴァントに声をかけた。
「貴女も一つ撞いてきなさいな」
 ステラ、と呼ばれたビハインドは翼を微かに揺らして、宙を静かに滑って鐘を一叩き。それから感慨に浸る間もなく主の傍に帰ってくる。
 お揃いの髪飾りと首飾りを付ける『眷属』の働きを見守った紫姫も、警戒に戻る。まだ敵の気配はないが、いつでも盾役の働きが出来るようにと備えは怠らない。
「次はボクが行っていいかい?」
 了解を求めたのはアンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)である。
 制止する理由もなく五回目が譲られると、アンセルムは片腕に人形を抱いたまま軽やかな足取りで鐘の下へ。
(「……楽しそうなのは構わないのですが」)
 背中に「鐘つきたい」と願望を滲ませる親友は、果たして煩悩を祓うというお題目を理解しているのか。助勢に駆け付けた霧山・和希は、ふとそんなことを考えた。
 しかしアンセルムが、それを知る由もなく。彼は思いっきり撞木を叩きつけた後で人形に笑みを向けながら、至極満足げに戻ってくるのだった。

「ぼんのう……って、そういえばなんなんでしょう」
 十度の鐘撞きも折り返しに至って、鐘楼をファインダー越しに見ていた鈴珠が呟く。
 煩悩とは人の心身を掻き乱して悩ませる欲望や執念のことだ。
 だがしかし、つまりそれって、なんなのよ。
 もっと感覚的に分かる教材が必要ではなかろうか。
(「――ということで、多分あの辺とかあの辺に注目するといいんじゃないかな」)
 こそっと耳打ちしてきたフィオナ・シェリオール(地球人の鎧装騎兵・en0203)が示す先には、二組の男女が立っていた。
「寒くはないかい、有理」
「大丈夫だよ、冬真」
 一組目は、最愛の人を気遣う鉄・冬真(雪狼・e23499)と、穏やかに答えた御影・有理(灯影・e14635)である。
 それだけなら「ああ、二人はそういう仲なのですね」といって済むのだが。彼らは緊と抱き合って、片時も離れる素振りを見せない。
 互いに心を囚われていると言っても過言ではない二人は、そのままの感じで有理のボクスドラゴン・リムも連れながら鐘に向かって、綱を掴む手すら重ね合わせたまま六度目を響かせる。
「心が澄み渡るような音だね」
「そうだね。……何だか優しく聞こえるのは、有理と一緒だからかな」
「私には温かくも感じられるよ。冬真、貴方のようにね」
 見つめ合う二人の間には、甘酒など目じゃないほどにとろりと甘い台詞が飛び交う。
 うっかり聞いたら顔から火を出しそうなものだが、僅かな距離と鐘の音が惨事を防いだ。やがて何事もなかったかのように戻ってくる二人は――やっぱり、寄り添ったままである。これを執念と呼ばずに何と呼ぶのか。勿論、良い意味で。
 そんな彼らをじっと見つめていたのが二組目。
「エー君、行こっか!」
「えっ、あぁ、うん」
 溌剌と呼びかける佐竹・勇華(は駆け出し勇者・e00771)に、やや浮足立つエーゼット・セルティエ(勇気の歌を紡ぐもの・e05244)。
 微笑ましく戯れる少女二人にも見えるのは、エーゼットが中性的な顔立ちをしているせいであるが――しかし。
(「煩悩……ぼん、のう……」)
 単語を反芻するエーゼット君は、れっきとした男の子である。可愛い彼女とホップ・ステップ・ジャンプしたい気持ちがないわけがない。
「――くん? エー君?」
「な、なに!?」
「鐘、つかないの?」
 なんとぼんやりしている間に、七つめが終わってしまった。
 これはいけない! ビルシャナ以前に倒すべきは邪な心である!
 譲り受けた綱をしっかりと握りしめて、願うは煩悩退散、六根清浄。
「……っ!!」
 全てを振り切るように鐘を撞く。連れ添っていたボクスドラゴンのシンシアも驚くような大音響に囲われて、全身が刺激されるなかで撞木を止めたエーゼットは深い息を吐いた。
 その気迫溢れる姿に、勇華は目を瞬かせるしかない。


 恋人たちの姿で煩悩という単語を理解できたかはさておき。
 九度目をフィオナが、最後に余った一つをポヨンとケイが叩くと、素っ頓狂な叫びが聞こえてきた。
「ならん、ならんぞ! 酉年を終わらせてなるものかぁ!」
 途端、近くの石壁が弾け飛ぶ。薄い土煙を超えて姿を現したそれこそ、今日倒すべきビルシャナだ。
 ビルシャナはケルベロスたちがいるにも関わらず、血走った目で鐘楼に突撃してくる。
「しつこい鳥は嫌われるよ!」
「嫌って結構! 結構結構こけこっこー!」
 ガツンと言ったエーゼットには、勢い任せの開き直りが返る。
「鶏の出番はこないだあったばかりだろ!」
 ポヨンを手放したケイが長尺の刀に手を掛けた。
「売れ残りのローストチキンめ!」
「なんだとぅ! さては貴様、酉年も廃棄食品みたいに扱う気だな!」
 許すまじ! 息荒く迫るビルシャナが鳥の姿を模した炎で戦いの火蓋を切る。
 だが登場から攻撃方法まで、全てが予期されたもの。ケイは恐れることなく抜刀の構えを保ち、ポヨンは小さな身体を盾とする準備を整え――。
「貴方たちの目的は、本当に『酉年を続ける』ことなのかしら。実は戌年が来ると不都合だとか、そういう話ではなくて?」
 訝しむように呟きながら、一人一匹よりも前に紫姫が立ちはだかった。
 炎が彼女を炙って彼方に消えると、すぐさまポヨンが水の属性で鎮火にかかる。しかし僅かとはいえ焼かれたことなど意に介さず、紫姫は語り続ける。
「季節の魔力がどうとか、という話もありましたもの。……我々も利用できないかしら」
「何をぶつくさと!」
 実のあるやり取りにならないのは、こうした戦いの常だ。
「まあ、まずは目の前の鳥を解体せねば始まりませんの。……ステラ、手を貸して」
 気を取り直して呼びかけるや否や、猛進する鳥の背後に影が揺らめいた。
 ビハインドのお家芸たる急襲。鐘ばかり気にするビルシャナには避けられるはずもなく、鳥の猪突は志半ばで絶える。
 その無様な姿を嘲笑ってから、紫姫は仲間たちを見た。
「我が名は紫姫、吸血鬼シキ。夜の輝きの下にのみぞ在る魍魎。その導きの一片を、貴方にも差し上げましょう」
 仰々しい仕草の向こうにはヴァルキュリアが備えるような紫の光翼が伺え、サキュバスの少女に妙な威厳を与えている。
 もっとも、吸血鬼などというのは自称に過ぎない。だが現実として、後衛のケルベロスたちには不可思議な力を得る感覚があった。
「何だか、いい音が奏でられそうな気がするね」
 独り言なのか人形に語りかけたのか。ともあれアンセルムはロングブーツの爪先で地面を軽く叩くと、敵に向かって一歩二歩と踏み出す。
 その踊るような足捌きこそが、敵に破滅をもたらす糸口。
 くるくると回るうちに抱えていたものが肩に移って、仕込みを終えた青年の身体は宙に舞い上がる。仕掛けてくると誰にも分かる段階になって、避ける素振りを見せた鳥を和希が凍結光線で牽制する。
 ナイスアシスト。逆さになった視界で親友を見たのも束の間、青年は流星の如く墜ちてきた。
 ふわふわ羽毛の下に足と魔術と重力がめり込む。鳥そのものが杭を打つように、ぐいっと大地に沈む。
 そこから抜け出すために藻掻いた一瞬が、ケルベロスには無限と等しい好機。
 まずはエーゼットが、シンシアに回復指示を出しながら手元のスイッチを押し込む。ハッピーニューイヤーと気の早いことを叫びたくなるほど鮮やかな爆煙が上がると、それに押される形で飛び出した勇華が鳥の鳩尾に鋭い回し蹴りを入れた。
 くえっ、と悶える声が聞こえたがまだ序の口。ケイが抜刀から一閃、雷の霊力を込めた突きで脇を裂いて抜ければ、鈴珠が鳥を轢き殺さんばかりに高速で回りながら突っ込んでくる。
 大地に大穴を穿つドワーフの技を喰らっては、守るも凌ぐもあったものではない。さらに続けて有理が飛び蹴りを叩き込んだところに、合わせて詰め寄った冬真が闘気を湛えた拳を打ち当てる。
 ついでにリムも40センチほどの封印箱に収まってタックルをかます。袋叩きの鳥は猛攻に耐えかね、早くも地面に突っ伏した。

「くそぅ……酉年を終わらせてなるものか……!」
 幾度かの応酬を経て、鳥が苦悶の呻きを漏らす。
「終わっていいんじゃないかな、酉年。それより戌年を迎えて餅食べようぜ!」
「嫌じゃ!」
 ケイの言葉に短く反骨を示すが、戦況を覆すには質も量も足りていない。
「往生際の悪いビルシャナだなぁ」
 エーゼットは敵を眺めながら呟き、そしてふと一つの言葉に思い至る。
 同じことを、アンセルムも考えていた。二言目には酉年酉年と喧しい鳥。
(「あぁ、そうだね。これが文字通り……」)
(「鳥頭、って奴なのかな」)
「おい! なんか失礼なこと考えたろお前ら!」
 抗議ついでに閃光が迸る。
 しかし紫姫に冬真にポヨンにシンシアと、盾役たちが全てを遮って。
 哀しいことに、鳥の反撃は此処まで。
「しょうもない鳥のみなさんはこのまま消えてもらいましょう」
 淡々と語って、鈴珠が洞窟の写真から現像を呼び出す。
「あ、ああ! 酉年があ! 酉年が終わってしま、あああ!」
 ビルシャナにとってはそれが一番の、トラウマじみた恐怖なのだろう。
 活力が奪われた鳥は見るも無残に萎びていく。その体内に開いた門から、アンセルムの喚び出した剣が現れては贄の中に返ろうとして肉を斬り裂く。
 ついで鳥型ブラックスライムのロード・メレアグリスを槍に変えた紫姫が一刺し。ケイが空の霊力を込めた大太刀で一斬り。
 冬真も黒塗りの短刀・哭切で、的確に一突き。有理は両掌に集めた魔力を圧縮して、凄絶な衝撃波を放つ。
 いけいけ押せ押せ、エーゼットも攻めに加わり。
「南無八幡大菩薩!」
 場所柄それっぽいことを言って、鳥を一時止める魔法弾を打つ。
「酉年はもう終わる! 終わるからこそ前に進む! だからわたしは、お前を倒す! うおぉぉぉぉぉ!!」
 気合十分。空高く跳び上がった勇華が、拳を突き出して一気に落ちた。
 渾身の一撃、勇者パンチに貫かれた鳥の身体が砂塵のように崩れていく。


「それでは皆様、良いお年を」
 ビルシャナ退治と石壁やらの修復に礼をした住職が鐘楼に戻っていく。
 戦いで鳴らせなかった分、除夜の鐘も巻き進行になるのだろうか。
 気になるが、ケルベロスたちにも次の予定がある。
 十人の勇士たちは信心深そうな老人に何度も拝まれながら、寺を後にした。

 行く先は近くの神社である。
「吸血鬼が安易に立ち入って良いのかしら……」
「……そこ、もうけいだいですけど」
 そもそも寺に入った後ではないか、とまでは言わず。参拝する人々をカメラに収めた鈴珠は米糀製の甘くて温かいものを啜る。いつの間にやら振り袖に着替えて、準備は万全だ。
「随分と用意がいいですわね……」
 感心しつつ、紫姫は拝殿から伸びる列に加わる。順番が回ってくるまでにそれほど時間もかからず、戌年の一年がケルベロス躍進の年となるように願って進むと、社務所の看板に目が留まった。
「御土産に、お守りも買ったほうがいいかしら?」
 はたと思う姿は、まるきり普通の少女だ。

「ええと、お賽銭を投げて、お詣りして、あとお守りも買って……ああ、甘酒も欲しい」
「大丈夫ですよアンセルムさん、そう焦らなくても」
 忙しない友を微笑ましく思いつつ、まだ年も明けていないのだからと宥める和希。
「あ……そうか、うん。ゆっくりやっても、間に合うね」
 ちょっぴりバツが悪そうに笑ったアンセルムは、参拝の列に並ぶ最中で「あっ」と小さな声を漏らす。
 どうしたのだろうか。気遣うような目を向ける和希に、しかし先程と少し違う顔で青年は言った。
「一年間ありがとう。来年もまたよろしくね、和希」
 戦いの場でも、それ以外でも。振り返れば、積み重ねてきた数々の思い出が蘇る。
 新たな一年も同じように。いやいやそれ以上に、色々な事を分かち合っていけるといいだろう。
「……こちらこそ、です。来年もよろしくお願いしますね、アンセルムさん!」
 麗しき友情の深まりに合わせて、夜も更けていく。

「まずは左手に水を注いで――」
 手水舎には懇切丁寧に参拝の作法を教える勇華と、真剣に聞き入るエーゼットの姿があった。
 二人とも晴れ着姿に(エーゼットはきちんと紋服に)着替えていたが、いつとかどこでとか細かいことを気にしてはいけない。
「お賽銭を入れたら鈴を鳴らして、二礼二拍一礼、だからね?」
「うん。ありがとう」
「どういたしまして!」
 胸を張って答える勇華。その心は跳ね回って抑えきれず、此処に来るまで彼と絡めていた指は清めたところでまだ熱い。
 それでも色々教えた手前、お詣りには厳粛な気持ちで臨む。
「……えへへ」
 諸々終えて向き直れば、自然と笑みが零れた。ちょっぴり赤らんでいるのは寒さのせいにしておこう。
 何より、そこかしこから新年を告げる報せが響いている。
「明けましておめでとう、エー君。今年もよろしくお願いします」
 親しき仲にも礼儀あり。丁寧な挨拶を朗らかな心持ちで受けたエーゼットは、やがて表情を引き締めると勇華の手を取った。
 いつだって真っ直ぐな彼女に、こういう時こそ真っ直ぐな言葉を。
「こちらこそよろしく、勇華。……愛してるよ」

「なぁ、ポヨン。ちょっと寒くないか?」
 言うが早いか相棒を抱き上げて、ケイは甘酒を啜らせる。
 温まるよなぁ。酔っ払うなよ? そんなことを言いながら見渡す景色には、何処から湧いたのか恋人たちばかり。
「なあ、ポヨン。こうしていると俺達もカップルに見えたりするのかな?」
 ――ひゅう、と冷たい風が吹き荒ぶ。
「……なんてな! わはは! よせやい、照れるだろ!」
 ぺちぺちと触り心地のよい身体を叩く主の、なんと面倒なことか。
 呆れ顔を見せるボクスドラゴン。しかし盛り上がるばかりのケイは甘酒をもう一杯取って、意気揚々と神社を離れていく。

 そして緩やかな坂道を上っていけば、町並みが見渡せる小高い丘に辿り着く。
 寺や神社より幾分か静寂に満ちたそこで、ゆるりと一年を振り返っていれば時間もあっという間に過ぎた。
「そろそろ、日がのぼりそうです」
 ファインダーを覗いてはシャッターを切る鈴珠。居残ったケルベロスたちも彼方に視線を注ぐ。

 その傍らで。冬真と有理はぴたりと寄り添いながら見つめ合う。
「……こんなに眩い毎日が訪れるなんて」
 思ってもいなかったと、そう語る冬真の微笑みをよく見られるようになったのが、有理にとっては何よりも愛おしい。
 苦しく辛いこともあったけれど。二人でならどんな困難も乗り越えていけるだろう。
 溢れる気持ちはどれほど言葉に変えても尽きず、口を噤んで互いを抱きしめる。
 それでも――まだ足りない。どうにかして想いの全てを伝えようとする二人が行き着いた先は、温もりを求めるような長い、長い口づけ。
 永遠に終わらせたくないそれをやっと区切れば、湧き出す笑みが橙色に染まっていく。
 これからもずっと傍に。ずっと一緒に。
 再び重なる影の中。誓いの証たる白金の円環が陽光を浴び、煌めいていた。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 0
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