除夜のクレーシャ事件~日はいずれ沈むもの

作者:つじ

●年の変わり目
 埼玉県、秩父の山間にあるこの神社にも、その時は迫っていた。
 日はとうの昔に落ち、あと二時間もすれば、年が変わる。いつもよりも少し厳かな気持ちで、住職は鐘の下へと向かった。
 お世辞にも交通の便が良いとは言えない場所だが、今日この時間には、多くの人が集まっていた。
 きっと信心深い人ばかりではないだろう。親に連れられ、眠い目を擦っている子供達にはきっとその自覚はないし、肩を寄せて記念撮影をする若い恋人達も、この鐘の意義を理解しているのか怪しいところだ。
 けれど、それで構わないのだと、そう考えながら住職は鐘を一つ鳴らす。
 時代は巡る。多くの人と共に過ごしたこの時が、彼等の思い出に残れば良い。そうして、また一つの節目を――。

「ちょっと待てぇぇぇい!!」

 現れたのは、まぁざっくりと言って『大きな鶏』だった。
「新しい年など迎えさせぬ! 戌など要らぬ! 永遠に! そう、酉年だけあれば良いのだ!!」
 高らかにそう言うと、鶏は何だかものすごい光を放つ。
 まぶしい。
「ええ……」
「良いから、そこを退けぇい!!」
 戸惑いながらも目を細める住職に、鶏――のようなビルシャナが、ドロップキックをかました。
 
●にわとり
「あああ酉年が! 酉年が終わってしまうううぅ!!!」
 いつもなら作戦内容を提示しているその場所で、白鳥沢・慧斗(オラトリオのヘリオライダー・en0250)が奇声を上げて転げ回っていた。頭にケイトウの花を咲かせた白い翼のオラトリオ……というパーソナリティのせいもあるのか、彼にも干支の変化に思うところがあるようだ。何しろ次は12年後なのだから。
「うう、まさかデウスエクスにこんなに共感する日が来るなんて……」
 いいから働け、というケルベロス達の視線に応え、少年はのろのろと立ち上がる。
「えーとですね、このたび、『大晦日に除夜の鐘を狙うビルシャナが現れる』ことが予知されました」
 赤鉄・鈴珠(ファーストエイド・e28402)の協力によって判明したこの事件、ビルシャナの目的は『除夜の鐘を占拠して鳴らさせない事によって、酉年が終わるのを阻止する』ことだという。年始に現れた酉年様と言い、ビルシャナの一部にはそういう勢力が居るのかも知れない。
「参拝客を積極的に狙うような事はしないようですが……邪魔だと判断されればそれもお終いです。深刻なトラブルになる前に、このビルシャナを排除してください」
 事前の手配により、一般人は鐘の付近に近づけないようになっている。この状態でケルベロスが鐘を突いてビルシャナを誘き出せば、敵の迎撃に集中することができるだろう。
「敵はニワトリ型のビルシャナが一体……今回の首謀者である除夜のクレーシャの配下に当たる個体です」
 鐘のあるお堂の周囲は、半ば開けたスペースになっている。建物もいくつかあるが、ビルシャナもそちらに構うことはないし、戦闘の邪魔になることもないだろう。
 敵個体は経文と共に謎の光を放つほか、炎を用いた攻撃を行ってくる。後光と共に自らを回復するような行動もあり、攻撃か回復かの見極めが多少難しい。
 とはいえ、注意点はその程度だ。個体としての能力は高くないため、8人でかかれば特に問題なく倒せるだろう。
 
「ビルシャナ撃破後は、住職等に除夜の鐘を突く役割を代わってもらっても良いですが、そのまま打ち続けても良いようです。ん、なんですか……?」
 頃合いを待っていたのか、黒柄・八ツ音(レプリカントの降魔拳士・en0241)がヘリオライダーに耳打ちし、追加情報を画面に提示する。
「ふむふむ。祀られているのは龍神様で、金運上昇、ツキを呼び込む効果があるとかないとか。カフェの名物は石清水で淹れるお茶やコーヒーで……おっと、温泉施設まであるんですねー」
 完全に観光情報だが、とにかく。
「それから、巨木の並ぶ山道を頑張って歩けば、初日の出が見れる眺めのいいスポットにいけるようですね。せっかくですから、のんびり過ごしてくるのも良いんじゃないでしょうか!」
 標高の高めな場所なので、寒さにだけ注意してほしい。こくこくと頷くレプリカント達にそう告げて、ヘリオライダーはまとめに入る。
「それでは皆さん、可能な限り神妙な気持ちで、酉年を終わらせてきてください」
 涙を堪えるような言葉と共に、慧斗は一同をヘリオン(白、赤、黄色の鶏っぽい配色の機体)へと案内した。


参加者
メリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)
ヴィ・セルリアンブルー(青嵐の鎧装騎兵・e02187)
七星・さくら(日溜りのキルシェ・e04235)
ルリカ・ラディウス(破嬢・e11150)
花唄・紡(宵巡・e15961)
ウィリアム・シャーウッド(君の青い鳥・e17596)
古牧・玉穂(残雪・e19990)
レピーダ・アタラクニフタ(窮鼠舌を噛む・e24744)

■リプレイ

●大晦日
 年越しの時が近づく中、厳かな鐘の音が冷たい夜気を震わせる。
「ちょっと弱かったですかね?」
 山間に揺れる音色に耳を澄ませて、レピーダ・アタラクニフタ(窮鼠舌を噛む・e24744)はそう首を傾げた。こういう経験は中々積めるものではない。恐る恐るの初撃は、躊躇いの色が濃いものだった。
「次はもうちょっと強めで良いかもしれませんね」
「あっ、でも壊さないようには気をつけようね!」
 傍らでは、古牧・玉穂(残雪・e19990)と花唄・紡(宵巡・e15961)が交代を待っている。通常ならば住職が担う役割だが、今回は緊急という事もあり、ケルベロス達に任されていた。
「そういえば、こーゆーのって何か作法とかあるんだっけ?」
「えっ、もうはじめちゃいましたけど!?」
「多少は大目に見てくれるよ、きっと」
 そんな紡とレピーダのやり取りに、防寒具を着込んだヴィ・セルリアンブルー(青嵐の鎧装騎兵・e02187)が笑みを浮かべる。人払いはあらかた済んでいる。鐘がちゃんと鳴っていれば、特に問題はないだろう。
「これを……あと107回?」
「煩悩って108って言われてるけど、分類なんだって聞いたよ」
 ヴィの言葉にメリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)が注釈を加える。人の煩悩に限りはないという事だろうか。もう一度鐘が打ち鳴らされたが……まだまだ先は長い。
「はいはい、その調子で俺の分まで頑張ってくださいよ、っと」
 一方、ウィリアム・シャーウッド(君の青い鳥・e17596)はその音を背中で聞いていた。彼の役割は索敵。手頃な柵に腰かけながらではあるが、夜闇の向こうに気を配っている……はずである。
「酉年もうすぐ終わりだね~」
「2018年は戌年! やっぱ犬可愛いわよね!」
 念のため殺界を形成するルリカ・ラディウス(破嬢・e11150)の言葉に七星・さくら(日溜りのキルシェ・e04235)が頷いた、そのタイミングで。
「神社で来年のお守りや置物、買っちゃおうかな――」
「そこまでにしてもらおうか!!」
 高らかに叫び、それが闇の中から姿を現した。
「戌など不要! 年は越さぬし日は上らぬ! この世は永遠に酉年が続くのだ!!」
「うわ、もう来た」
「年末年始くらい大人しくしていられないんですかねェ、あいつらは」
 ビルシャナの宣言を聞き流しつつ、ルリカとウィリアムが武装を展開する。敵はどうやら奇襲よりも主張を選んだものらしい。いや、我慢できなかったというべきか。
「どんなに努力したところで無駄な気はするんだけどなぁ」
 胸を張るビルシャナの言に、メリルディが首を傾げる。その辺りの感想は紡やウィリアム、そしてルリカも同様。
「永遠に酉年とかよくわかんないし」
「どう考えたって夜が明けたら戌年なんですけど」
「除夜の鐘を阻止しても年は勝手に明けていくんだよね」
「やーかましい! 我等の崇高な目的を理解できん愚か者どもがぁッ!!」
 怒涛のつっこみにビルシャナが地団駄を踏む。一応このビルシャナの上司……クレーシャの計画では、多数の鐘の制圧が何やかんやで『酉年終わるの絶対許さない明王』の大量出現に繋がるはずだが、とりあえずここでは置いておいて良いだろう。どちらにせよここでの任務は変わらない。
「酉年が終わるというこの悲劇、お前達には分からんだろう……!」
「分かりたくもないですし、特に悲しくもないです。残念ですが、この鐘をつき終わる頃には新年ですよ」
 朗らかに言い切って玉穂が抜刀する。
「今年のうちに、憂いは払っておこう」
「年の瀬の大掃除ーって感じだね」
 ヴィと紡も武装を展開し、ビルシャナへと向き直った。
「汚れ扱いだと!? もう許さんぞお前達!!」
 ビルシャナが応じるように黒い翼を広げ、戦いの幕が上がった。

●日没
「終わらぬ酉年の熱を、その身で感じるが良い!」
 威嚇するように広げた翼が舞い上がる炎に、ウィリアムがその身を晒す。
「鶏の熱? ああ、ローストチキンの事だな?」
「燃やしてほしいってことですかね」
 軽口に応じつつ、後方からメリルディが粉砂糖雨を敵に振りまく。グラビティを込めたそれが敵の動きを鈍らせる合間に、前衛組が接敵。
「そういうことなら、希望通りに……」
 ヴィが炎を纏わせた鉄塊剣で斬り付け、玉穂とルリカがそれに続いた。
「ごきげんよう、早速火達磨にされそうですが気分は如何です?」
「この焼き鳥はちょっと食べたくないなー」
 優雅に一礼した玉穂を避けて、ルリカの超・散華による花びら状のオーラが敵を包む。そしてそれを追うように、玉穂の放った刺突がビルシャナの身を切り裂いた。
「勝手な事ばかりぬかしおって――」
 抵抗に出ようとする敵の機先をついて、レピーダがその足を払う。すっころんだビルシャナに、彼女は高らかに宣言した。
「朝は来るもの、年は明けるもの! その摂理を乱すなら、レピちゃんがやっつけちゃいます!」
「愚かな……未だ、酉年の日は沈んでいないのだ!」
 めげた様子もなく立ち上がり、ビルシャナが後光を纏う。眩い光は驚異の回復力を以って、刻まれた傷を片っ端から癒していった。
「……これはちょっと、手間がかかりそうかな?」
「ほら、マンゴーちゃんも行って行って」
 敵の力量を推し量るヴィの傍らに、紡がサーヴァントを押し出す。盾を担うのはウィリアムを含めてこの三者。長期戦になれば重く負担のかかる位置だが……。
「大丈夫、何とかなるわ」
 中衛に回ったさくらが、こんな時のためのウイルス入りカプセルを取り出した。

「ただ、あなたを見つめていたいの」
 紡の謡う『イモセの鏡』の効果を受け、前衛が傷を癒しつつ攻撃の準備を整える。
「この光の下に、ひれ伏すが良い!」
 翼を広げたビルシャナが広範囲に光を放つのに一歩遅れ、敵のポーズを完コピした八ツ音がヒールドローンを展開。状況は一進一退、と言えなくもないが。
(「動きは読みにくいけど……」)
 振り下ろしたドラゴニックハンマーの手応えを感じつつ、ルリカが口を開く。観察していればある程度予測はつく。強力な一撃を受ければ、当然――。
「回復、来るよー」
「了解。任せてー」
 呼びかけに応じたさくらがカプセルを放ち、雪斗がさらに一手を追加。
「む、むむ? 光が弱い?」
 回復のための光が思ったより効果を発揮せず、ビルシャナが動揺を見せる。
「思った通り、効果的みたいね?」
 さくらの狙い通り、展開された殺神ウイルスは着実に敵の身を蝕んでいた。ビルシャナもまたその状況に気付くが。
「おのれ、罰当たりな真似をするのは貴様かーっ」
「邪魔はさせんぞ」
「その調子で頼むよ、雪斗」
 切り込んだヴァルカンと、鉄塊剣を盾のようにしたヴィがそれを阻む。
「良い機会だ、乗らせてもらいますかねェ」
 攻撃が止まったのを機に、踏み込んだウィリアムが打刀を奔らせ、敵の傷口をなぞる。ジグザグに斬り広げられたそこへ。
「今日までお疲れ様でした、なに、また一回り時が経つのを待つだけじゃないですか」
 にこやかな笑みに反した高速の斬撃、玉穂の『秘剣・霙切』が決まった。
「待てるものか。この機会を逃すことなど、我々には……!」
 深い傷に呻きながらも、ビルシャナは抵抗の姿勢を見せる。溢れ出す輝きを見せつけるべく、敵は再度翼を広げた。
「光の妖精族として負けられません!!」
 そこに、アイドル的な対抗意識を燃やしたレピーダがカサドボルグを手に飛び上がる。
「貴方が光るなら、レピちゃんの翼だって光ります!」
「何を生意気な! 酉年の加護ある限り、この輝きは不滅!」
 ヴァルキュリア、もといヴァルキュリ星人17歳(自己申告)の背中は栄光に輝くものなのだ。眩しさに八ツ音が目を細める中、互いに譲らぬ二つの輝きが夜のお堂を照らす。
「そんな……酉年である限り主役は我等のはず。この日々が永遠であれば、それだけで――」
「また、よくわかんないこと言って……あんたも煩悩払っといた方がいいんじゃないの?」
 ため息交じりの紡の気咬弾、そして輝き勝負に勝ったレピーダのヴァルキュリアブラストが、後光放つビルシャナを撃墜した。

「援護ありがとう、お疲れさま!」
「うん、お疲れ様。これで気持ちよく新年を迎えられるねぇ」
 ヴィと雪斗がハイタッチを交わす。戦闘は終わり、辺りには山間特有の静寂が戻ってきている。もう少し先を見れば、参拝に来た一般人達も居るのだろう。
「お堂とか鐘は無事かな?」
「大きな破損はないみたい。でも念のためにヒールしておきましょうか」
 メリルディとさくらが辺りを見回り、無事を確認。玉穂と紡も鐘の下へと移動する。
「せっかくですし、鐘を最後までついていきましょうか」
「えーっと、あと何回だっけ?」
 戦闘を挟んで、経過時間の分のペースアップが必要になるだろうか。とはいえ、そう大きな問題にはならないだろう。住職、そして参拝の人々に無事を伝え、一同は交代で鐘をつき、年越しへの一時を共に過ごした。

●年越し
「今年もよろしくお願いします」
 共に戦った仲間達に向け、玉穂が一礼。目立った被害も無くビルシャナを討伐し、無事年越しを迎えることができた。
「12年後にもまた、こんな迷惑な連中が出ないようにしっかりお参りしておかないと……」
「それじゃ、俺達も行こうか」
 さくらはヴァルカンと、ヴィは雪斗と連れ立って移動を開始する。新年を迎えて最初にやることと言えば、当然初詣である。
「こっちも初詣行くぞー。はぐれるなよ、お嬢さん方アンド野郎ども」
 引率のウィリアム先生の呼びかけに、八ツ音が片腕を突き上げて応える。
「金運上昇、ツキを呼び込む……だっけ? もうぜひぜひ祈願しなきゃ」
「それじゃ、皆でいきましょう!」
 前情報によれば、大体そんな感じである。ルリカとレピーダも後に続き、参道から一路境内へ。それなりに深い山間の神社ではあるが、人々の賑わいはそれを感じさせないほど。
「へへー、甘酒買ってきたよ! みんなで飲も!」
「紡さん、いつの間に……」
 素早く熱源を確保してきた紡を見て、玉穂も辺りを見回す。カフェやちょっとした出店などもあり、少しばかり迷うところ。
「温泉にもちょっと興味はあるんだけどね……」
 明らかに『温まった』様子の人とすれ違い、メリルディが呟く。まぁその辺りは後日、また機会があれば、といったところだろう。
 そのまましばし歩いた先、恐らく人手のピークを迎えているであろう境内に至り、賽銭を放り込む。そこで八ツ音は手を止めて、探るように隣の紡を見た。失念した作法を、人の真似で乗り切ろうという腹である。
 それを察しつつも、その辺りの作法を把握済みの紡は余裕の表情で賽銭を投げた。
「あー、二礼二拍一礼、でしたっけ? 日本てのは礼儀が細かいよなあ」
 後方からのウィリアムの助け舟。が、ここで紡の方の動きが止まった。
「一礼、二拍手、一礼……だよね?」
「……んん?」
「あれ、どうかしたの?」
 足の止まった様子に、追いついてきたルリカとレピーダも顔を出す。
「そういうことでしたら、レピちゃんがお手本をみせましょう!」
 キュッキュリーン、とその目が輝く。そんなこんなで少々にぎやかに、一同はそれぞれに参拝していった。
「お願いするのは、家内安全と健康かな……」
「私は今年も普通に過ごせたらいいな、って思います」
 メリルディと玉穂もお参りを終えて、ウィリアムに順番が回る。願いの内容を吟味していると、小銭入れに伸びた指がそれに合わせて彷徨っていく。
「……」
 極めて神妙な顔で選び取ったのは、五百円玉。硬貨としては一番の大物である。
 思い浮かぶのは先の戦闘で振るった愛刀、そしてそれを打った恋人だ。
(「……あいつの。刀の仕事が増えますように」)
 あと出不精もなおりますように、と付け加えて、ウィリアムは深く頭を下げた。

 手を合わせ、目を瞑る。ヴィが祈るのは傍らの、雪斗についてだ。
 ずっと、今年だけでなく来年も再来年も一緒に居たい。それはささやかにして贅沢な、そんな願い。
 二人でお参りを終えた後、ふと気になってヴィが訪ねる。
「ね、雪斗は何をお願いした?」
「きっと、ヴィくんと同じお願いごとやよ」
 微笑みと共に返ってきた答えに、ヴィもまた、頬を緩めた。
 同じ事を願っていたとするなら、それは照れ臭いけれど、きっと素敵な事で。
「そうだね、俺たち気が合うもんね」
 そう言って、ヴィは雪斗の頭にぽふっと手を置いた。
 互いに口に出してはいないけれど、伝わるものは確かにある。ヴィの隣で、雪斗が願った内容は。
「ヴィくんとこれからもずーっと一緒に居られます様に」

●太陽はまた上る
 それぞれの願いと祈りを込めて、初詣は無事終了した。が。
「初日の出見るまでが今回の遠……仕事ですからねっつーコトで」
「目指せ、絶景スポットだね!」
 ウィリアムとルリカの言葉に合わせ、レピーダと八ツ音がびしりと彼方を指し示す。その先にあるのは、闇というか、森というか、まぁ山である。
「ちょっと一休みしてからにしない?」
「あたしもあったまってからが良いなー」
「……レピちゃんもあったかい飲み物が欲しいです」
 コーヒーと甘酒の誘惑。メリルディと紡が反対のカフェ側を指差すと、一団は自然とそちらに流れていった。
 さて、そこで先行することになったのは、マフラーやコートで完全防備を施したさくらとヴァルカンである。
「絶景スポットがあるって聞いたけれども、結構な山道なのね……」
「そうだな……中々の山道だが、その分見られる景色には期待できそうだ」
 道はある程度整備されているとはいえ、勾配も含めて中々に険しい道行き。
「足元、危なそうだから……手、繋いでても良い?」
「さくらの頼みでは断れぬな……離すなよ?」
 差し出された妻の手を、ヴァルカンがそっと握る。
 道のりが多少険しかろうと、二人ならその障害も、思い出という糧にできるだろう。足元を照らしながら、二人は共に歩みを進めていった。

 境内までに見た人波に対し、その場所に居たのは僅かな人数だった。やはり道の険しさが難点だったか。
「やった、到着ー」
「よかった、間に合ったみたいね」
 レピーダとメリルディを先頭に、カフェで休憩していた一団も無事辿り着く。
「うーさむさむ、もうちょい厚着で来ればよかったかな」
「甘酒、もう一口いただけませんかねぇ」
「んー、ちょっとこれは手放せないかなー」
 紡とウィリアムが貴重な熱源を確保しようとしている中、ゆっくりと山の稜線が染まり、やがて眩い光が顔を出す。新しい年の、最初の日の出。
「ヴィくん、すっごいええ景色やねぇ……!」
「わ、ほんとだね! すっごい良い景色」
 にわかに人々が湧き立つ中、雪斗とヴィも歓声を上げる。徐々に世界が照らし出されていく様は、『絶景』の名に恥じぬもの。
「今年一年もこうして一緒に笑っていたいな」
 雪斗が胸に抱いたのは、また一緒に新年を迎えられた事への感謝と、そして。
「今年も、色んな景色をヴィくんの傍で見られます様に」
 二人は、そうして笑顔を交わした。

 上りゆく日に目を細め、さくらはヴァルカンに寄り添う。一年の終わりと、新たな一年の始まり、それらを夫婦一緒に迎えられた幸せを噛みしめて。
「あけまして、おめでとうございます。今年は、どんな一年になるのかしらね?」
 さらにはこの先へと思いを馳せつつ、夫の頬に口付ける。
「きっと良い1年になるさ、君が隣に居てくれるのなら」
 こちらもきっと同じ思いを胸に、ヴァルカンは妻を抱き寄せ、それに応えた。
「愛しているよ、さくら」
 そして一瞬だけ、もう一度口づけを。

「――綺麗な世界だ」
 少し離れた場所で、来光に目を遣っていた司が感嘆の声を漏らす。
 朧気ながら、思い浮かぶのは過去の事。大事なものに怯え、畏れ、過ごした日々。けれど、その閉じた世界の向こうには、穏やかな光にあふれていた。
 手の中の光、そして上る日の光を感じて……靡くコートを翻し、彼は陽光に背を向けた。
 さあ、そろそろ往こう。往ける所まで――。

「あけましておめでとう!」
「日が昇りましたね、来年もこうして見れたらいいのですが……」
 新しい日に祈りを込めて、ルリカと玉穂が同時に口を開く。
「年越しはこの星にとって大切なものだと教わりましたが……何となくわかりました!」
 皆で並んで同じものを見ている状況に、レピーダがくすぐったげに笑みを浮かべる。冷たい空気の中に暖かな日差しが、徐々に染みわたっていく。
「きっと今年はとってもいい事沢山あるよね!」
「そうだね、きっと良い年になるはず!」
 光に向かって、希望を胸に。ルリカと紡の後ろでメリルディも小さく願をかける。
「今年も、みんなと楽しく過ごせますように」
 そして……レピーダ達の後光合戦に思うところでもあったのだろう、初日の出を背景にポーズを取りに走った八ツ音等を見送って、ウィリアムが小さく呟いた。
「……今年はゆっくりしたいもんですわ」
 激動の中で生きる彼等に、それが叶えられるかはわからない。
 しかし、それでも。全てを照らす黄金は、ケルベロス達を明るく包んでいった。

作者:つじ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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