除夜のクレーシャ決戦~酉の年とり鐘は鳴り

作者:黄秦

 群馬県渋川市。
 山の奥深く、かつては修験者が住まいしたと言う廃寺で、除夜のクレーシャは除夜の鐘を鳴らして儀式を行っていた。
 篝火が焚かれ、護摩壇に点した炎は天まで燃え盛り、夜の山中とは思えない明るさだ。
「除夜のクレーシャ様!」
「酉年を終わらせないでください!」
 信者である男女が、クレーシャに手を合わせ、伏し拝んでいる。
「人間の六根、好普通嫌、浄不浄、現在過去未来。酉年全ての罪と欲、108の煩悩を開放せん!」
 クレーシャは呪を唱え、自前の除夜の鐘を高らかに打ち鳴らす。
 ゴォオオンンン!
 邪悪な目的で鳴らしても、その音はむしろ厳かに、夜の山中に響いた。
(「せぬ、除夜の鐘が共鳴せぬ……」)
 羽毛に覆われた身体中に脂汗が噴き出ている。
 次を鳴らそうと振り上げた腕から、鐘突き棒が滑り落ちた。
「む……ッ?」
 クレーシャはすぐさま拾い上げ、先ほどよりも力強く鐘を鳴らす。
「人間の六根、好普通嫌、浄不浄、現在過去未来ッ! 酉年全ての罪と欲、108の煩悩を開放せん!」
 ゴォオオオオンンンン! ゴォオオオオオオンンンンン!
(「絶対に、酉年は絶対に終わらせぬぞッ!!」)
「クレーシャ様!」
「除夜のクレーシャ様ぁっ!!」
 鐘の音、祈る声、燃え盛る炎。
 酉年を終わらせまいとする儀式は、徐々に激しさを増していくのだった。


 師走。今年を送り、新たな年を迎える準備に人々が追われる時期だ。
 師も走る忙しなさの中、安月・更紗(シャドウエルフのヘリオライダー・en0214)が、息せき切って駆け込んできた。
「神・綾(薬局店長の姫神・e06275)さん達の予想が本当になったの! 大晦日に除夜の鐘を狙うビルシャナが出現するの!」

 予知をメモした金魚柄のメモ帳を確認しながら、更紗は説明を始めた。
 大晦日に除夜の鐘が鳴り始めると、日本各地のお寺さんに突如ビルシャナが現れ、除夜の鐘を鳴らす住職を襲い、除夜の鐘を占拠するのだと言う。その目的は『除夜の鐘を占拠して鳴らさせない事によって、酉年が終わるのを阻止する』事らしい。
 この作戦を行っている首魁が『除夜のクレーシャ』というビルシャナである。
 除夜のクレーシャは、除夜の鐘を武器としており、酉年の大晦日のみ、特別な儀式を行う事ができるようだ。
 その儀式とは、自らの除夜の鐘の音と、日本各地の除夜の鐘を制圧したビルシャナの除夜の鐘と共鳴させる事で、日本各地に『酉年終わるの絶対許さない明王』を出現させるというものなのだ。
 しかし、日本各地で除夜の鐘を襲撃するビルシャナについては、それぞれ、ケルベロスのチームが防衛にあたる。除夜の鐘が制圧されることは防げるだろう。クレーシャの儀式は失敗するはずだ、と更紗は言う。
「儀式に失敗して力を失ったラスボス、除夜のクレーシャをやっつけてほしいの。
 除夜のクレーシャは強敵だけど、儀式に力を使い果たしちゃってるから、みんななら、油断さえしなければやっつけることが出来るの。油断さえしなければなの」
 ほんのりとフラグを立てつつ、更紗は説明を続ける。
「ええと、除夜のクレーシャは、22時30分頃から除夜の鐘を突き始めるの。
 この儀式が始まってからは警戒がゆるむから、除夜の鐘が鳴り始めてしばらくたった、23時前くらいに、しゅーげき開始するのがいいと思うの。
 クレーシャは戦闘になると、怪しいお経を唱えて心を乱そうとしたり、怪しい光で傷を治したりするの。あと、敵を、ぐわしっ! と捕まえて、除夜の鐘に叩きつけたりするの」
 なにそれ怖い。
「いい音するみたいなの」
 お、おう。
「それから、個人的な理由で酉年終わってほしくない人々が、配下になってるの。
 説得は聞いてくれないけど、クレーシャを倒せば、諦めがついて、正気に戻ると思うの。
 戦闘になったら、クレーシャを庇おうとするけど、普通の人たちだから、攻撃は手加減してあげて欲しいの。
 もし、クレーシャを倒せずに逃げられちゃったら、また12年後に同じ事件を起こすかもしれないから、確実にやっつけてほしいの。
 新しい年を迎えるためにも、みんな頑張ってねなの!」
 更紗は、そう皆を激励し、話を締めくくった。

 思えば、今年の正月には酉年様事件があった。
 ビルシャナの事件で始まりビルシャナの事件で終わるのも、酉年らしいのかもしれない。
 いずれにせよ、永久に終わらない年など、ありえない。
 除夜のクレーシャを撃破して酉年を終わらせ、新年を寿ごうではないか。


参加者
ミルフィ・ホワイトラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・e01584)
若生・めぐみ(めぐみんカワイイ・e04506)
黒住・舞彩(鶏竜拳士・e04871)
ティーシャ・マグノリア(殲滅の末妹・e05827)
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)
ジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)
アデレード・ヴェルンシュタイン(愛と正義の告死天使・e24828)
ミカエル・ヘルパー(白き翼のヘルパー・e40402)

■リプレイ


 白月が天に輝く年越しの夜。
 峻険な峰に建てられた、かつて修験者が荒行に勤しんだ名もなき寺で、ビルシャナ、『除夜のクレーシャ』は酉年をタダでは終わらせないための儀式を行っている。
 ――共鳴せよ、共鳴せよ、除夜の鐘。
「人間の六根、好普通嫌、浄不浄、現在過去未来。酉年全ての罪と欲、108の煩悩を開放せん!」
 呪を唱え鐘を突くクレーシャに、付き従う信者たちが唱和する。
 ゴォオオオン、ゴォオオオンンン……。
 自前の除夜の鐘を突き始めて、凡そ30分が経とうとしているが、一向に各地の除夜の鐘はクレーシャに共鳴しない。
 ケルベロスによって、既に多くの除夜の鐘制圧が阻止されているからだ。
「おのれ、おのれおのれおのれ! 我は諦めぬぞ、この命尽き果てても、酉年は終わらせぬ!」
 血交じりの汗が飛び散らせ、クレーシャが鐘突き棒を振り上げた、その時。
「ふははは、そこまでじゃ、邪悪な権化め!」
 轟く轟音と共に、月も褪せよとばかりにカラフルな爆風が舞い上がる。実な若生・めぐみ(めぐみんカワイイ・e04506)のブレイブマインだ。
 それをバックに、アデレード・ヴェルンシュタイン(愛と正義の告死天使・e24828)が見栄を切ったのだ。
「何奴っ!」
「邪悪な企みは正義の前に明るみになり潰されるが必定。残念じゃが、そなたの企みもお約束どおり潰させてもらうぞ!」
「ケルベロスか……このようなところまで追って来るとは、鼻の効く狗と褒めてやろう」
 クレーシャはゆらりと向きを変え、ケルベロス達を睥睨する。どん、と鐘突き棒を地に打ち付けると、地がぐらぐらと揺れた。
 ティーシャ・マグノリア(殲滅の末妹・e05827)は、静かに除夜のクレーシャを観察する。
 血汗で体を覆う羽毛はべったりと張り、黒い体は禍々しい闇の幽鬼を思わせた。羽根が絶えず舞い落ちている。
 確実に弱体化している。だけどその眼は、なおも決意と執念を宿らせて爛々と光る。
「油断は禁物ですよ」
 ティーシャは注意を促せば、黒住・舞彩(鶏竜拳士・e04871)はそうね、と頷いた。その服装は鶏フード、連れているファミリアも鶏。別に酉年は嫌いじゃない。だけどそれは12年に一度だからいいのだと舞彩は思う。
 だから、フードを取って、鶏からケルベロスコート姿になる。
「戌年を、迎えましょうか?」

 信者たちはケルベロスたちの登場に慌てふためいた。
「待ってくれ、クレーシャ様と戦わないでくれ!」
「俺達だって酉年を終わらせたくはないんだ」
 ミカエル・ヘルパー(白き翼のヘルパー・e40402)はそんな信者とクレーシャを失望を込めて冷ややかに見下していた。
(「やり直せるものなら私だって……」)
 だからと言って、ありもしない希望に縋るなど、惨めで愚かしいではないか。
「除夜の鐘をこんなくだらな……恐ろしい事に使うなんて許せないんだ。悪いけど、酉年はさっさと終わらせるよ!」
 ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)はきっぱりと切り捨てる。穏やかに年末年始を過ごす予定を潰された恨みもあるけど、それは内緒だ。
「苦しんでいっちゃえばいいと思います……もちろん味方する人も同罪です」
 信者たちにもとてもいい笑顔で死の宣告をするめぐみん。儀式の始まる前から寺の影に隠れて機を窺っていたため、体の芯まで冷え切って怒り頂天だったのだ。


 だが信者たちにも意地がある。洗脳されているのもあるが、ケルベロス相手だからと退くわけにはいかない。
 でなければ、何のためにここまで来たと言うのか。
「みんな肩を組め! 壁になって、クレーシャ様をお守りするんだ!」
「「「「おおっ!!」」」」
 そいや! そいや! 互いに肩を組み、信者たちは決死の覚悟でケルベロスたちを阻む。
「ケルベロスめ、来るなら来い!」
「酉年は決して終わらせんぞ!」
「クレーシャ様、我らに構わず儀式を!」
「我らをお救いください!」
「除夜のクレーシャ様。ばんざーい!!」
「成敗!」
「「「「「うわあーっ!」」」」」
 ケルベロス達の苛烈で容赦ない手加減攻撃(×5)によって、信者たちは全員戦闘不能となった。


 最後の一人を眠らせたジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)がクレーシャに指突きつける。
「さあ、もうお前ひとりよ! 除夜のクレーシャ!」
「戯け、元から戦力に数えておらぬわ!」
 そんなやり取りの隙に、ティーシャ・マグノリア(殲滅の末妹・e05827)は無力化した信者を引きずり、黒住・舞彩(鶏竜拳士・e04871)はポイして、安全圏まで退避させた。
「……あれらは後ほど改めて救済するとして。先ずは貴様らを血祭りにあげてくれるわ!」
 クレーシャは鐘突き棒をぶんと振り、ごぉんと一突き、鐘を鳴らした。
 かくて決戦の火蓋は切って落とされたのだった。

 篝火と祈祷の炎にカラフルな爆炎が混じりあって、寂れ切った廃寺が今は、煌びやかと言っていいほどの明るさだ。
 ミルフィ・ホワイトラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・e01584)がアームドフォートの主砲を斉射する。
「酉年を終わらせたくないとか、身勝手にも程がございますわね」
「そうね。別に、物理的に時間を巻き戻して2017年をやり直す訳でもないんでしょう……?」
 動きを鈍らせたところへ、ミカエルが対デウスエクス用のウイルスカプセルを投射する。

「一分前に言ったことも忘れるし、時々『こけっ』と鳴くし、鶏っぽいなと思ってたけど、やっぱり鶏だったんですね。それと、除夜の鐘が鳴らなくても、年は明けるんですけど……本当に愚かな鶏ですね、一遍死ねば? 屠殺ですっ!!」
 めぐみんはオウガメタルを纏い、鋼鬼の拳で殴りつけながらの恨み節だ。装甲をも砕く拳のダメージよりも、それはクレーシャをドン引きさせる。
 めぐみんのナノナノ、らぶりんはめぐみんにバリアをかわいく展開した。その後もぱたぱたとケルベロスの間を飛びながら、一人一人にバリアを展開している。
「このめでたい時期に事件とは何たる邪悪よ……」
 アデレードは大鎌に地獄の炎を纏わせてクレーシャに斬りつけ、焼き焦がす。
「正真正銘2017年最後の大暴れよね。気持ちよく勝利して終わりましょ!」
 ジェミは闇夜に流星の如く光輝を引いて跳び、蹴り下ろす。超重の一撃をクレーシャは鐘で受け止めた。
 ゴォオオオンンンン…………! 叩きつけられた蹴りが、鐘を鳴らす。
「ふふ……人間の六根、好普通嫌、浄不浄……」
「ええっ、今の数に入れるの? ずるくない!?」
 ジェミの抗議は華麗にスルーで、クレーシャは、経文を開く。
 『南無、酉年遍照金剛……』
 除夜の儀式とは違う文言を唱え始めると、天高く飛びあがろうとしていたミリムの心が揺れた。目測が定まらず、失速した蹴りはクレーシャではなく舞彩を襲った。アデレードが飛び込み、自分の身体で受け止める。
 ミカエルがすぐさまミリムにウィッチオペレーションを施し、正気に戻した。
「ありがと、ミカエル。くっそー、ボクの耳は敏感なんだぞっ!」
 ティーシャ美しい虹をまとう急降下蹴りをクレーシャに浴びせ、読経を中断させた。七色の虹彩がクレーシャを惑わし、ティーシャへその意識を釘付けにする。
 それが隙になった。舞彩は仕込み長銃【リストライフル】を抜き撃つ。エネルギー光弾がクレーシャを捉えた。鐘で受け止めるが、勢いを殺しきれずに除夜の鐘がひび割れた。
「過ぎ行く年に何時までもしがみつこうとせず、前を向きなさいな……!」
 ミルフィが凍結光線を放ちクレーシャを凍てつかせる。

 クレーシャは黒羽で覆われた手先を器用に重ねて印を結ぶ。金色の光が包みこみ、クレーシャの傷を癒した。その表情から憤怒が消えて穏やかになる。
 こしゃくな鶏にイラッとしつつも、めぐみんはオウガ粒子を放出して仲間を援護だ。
 アデレードは大鎌の刃に「虚」の力を纏って激しく斬りつけ、クレーシャの生命力を簒奪する。
「いっくよー!」
 ミリムはケルベロスチェインをヒュンヒュン回す。勢いをつけて鎖を展開すれば、鎖の猟犬が立ち上がり、クレーシャを捕縛戦と襲い掛かった。
 ティーシャの凍結光線で体温を奪い、舞彩のエネルギー光弾でクレーシャの脅威を中和する。
「今年最後の特大注射ですわ!」
 ミルフィは『アームドクロックワークス』のキャノンを巨大な注射器砲(ジェット噴射機付)に変型させ、治癒能力等を破壊する危険極まりない刺砲で突撃する。
 ミカエルにもこの一年でやりなおしたい事はある。出来るなら取り戻したい過去は、きっと誰にでも、少しくらいは。
「……所詮は醜く知能の低い下等種族ね。失望したわ……」
 ミカエルの最後の審判、敵とみなしたクレーシャに与えるのは、死の呪いだ。

「吠えるな雌犬が! 貴様らの年など永遠に来させぬわっ!!」
 凄まじい剛力でめぐみんの頭をひっつかみ、除夜の鐘に叩きつける。
 ごぉおおおお……んんん……。邪悪なそれとは思えぬほど厳かな鐘の音が、大気を震わせすさまじい衝撃を放つ。
 それはジェミが得たあらゆる守護の力を全て吹き飛ばした……ジェミだと?
「ジェミちゃん!」
 クレーシャが掴んでいたのは、割り込んで庇ったジェミだった。虚を突かれたクレーシャから弾みをつけて自分の身体をもぎ離す。
「まだッ!負けない!!」
 衝撃を腹筋で受け止め耐えきり、無効化し、回復するジェミ。頭部の衝撃は受け止めきれてないので、めぐみんのオウガ粒子で保護して傷口を塞ぐ。
「ごめんね、ジェミさんありがとう」
「ううん、平気平気!」
 一方、ミリムは天を仰いで何かを呼んでいる。
「オーライ、オーライ……ファイア!」
 呼び寄せたのは、なんと略兵器搭載軍事衛星。合図とともに、クレーシャの頭上から大地を穿つ巨大な光と魔力の奔流が襲う。
「うぉお、おおおおおおおっ!!!」
 その直撃を受ければ流石のクレーシャもただで済むはずもない。全身を魔力に焼かれ、耐え切れない左腕が千切れ飛ぶ。
「終われ!」
 ティーシャは瞬時に腕を破砕アームに換装した。絡みつく鎖を払い、躱そうと走るクレーシャを猛追し、掴み、破砕する。
「ぐぬぅぁあああ! おのれええ!」
 砕かれ、血を噴き出して苦痛にもがくクレーシャを舞彩のゼログラビトンが襲い鐘突き棒を真っ二つに折った。
 ミルフィによって凍てつき、体温を奪われた足には力が入らずついに膝をつく。
 金の光がクレーシャを包み込む。その輝きはぼんやりと儚い。蓄積されたダメージに加え、ミカエルの植え付けたウィルスが阻害しているのだ。

 煩悩を払い新たな年を迎える『正しい』除夜の鐘が、今もどこかで鳴っている。

 アデレードが『吸魂の大鎌』をくるりと回転させれば、瞳から噴き出した蒼炎が鎌刃を覆う。
「我が正義を受けるがよい!」
 静かに軽く横一文字に薙げば、地獄の蒼炎はクレーシャの裡側から燃え上がりその生命を簒奪した。
「それじゃ、酉年と共にさよならよ!」
 ジェミとミリムが図らずも同時に飛んだ。星の光輝と虹の七色が交差し闇天に輝き、クレーシャを襲う。
 ダブルの跳び蹴りでのけぞるクレーシャ、がら空きの胴へ、ティーシャの竜砲弾が炸裂した。
 いくつもいくつも燃え落ちる羽根、がらん、とクレーシャの手羽先から鐘突き棒が転がり落ちる。
「酉年は……終わらせん!」
 クレーシャは執念をその形相に浮かべて、一歩、もう一歩とよろめきながらもまだ踏み出す。
「さぁ、みんなで酉年を終わらせましょうか?」
 いっそ明るく、舞彩はファミリアロッドを振るっての鶏の『メイ』を呼ぶ。
 メイの長鳴きが闇夜に響いて、1羽、2羽……80羽……どこからくるのか鶏ファミリアの大群を召喚する。
 同じ鶏などと関係ない。鶏ファミリア全員がクレーシャの四方八方から襲い掛かり、啄み、突き、蹴爪で引き裂いて攻撃する。
 トラウマを与えるほどの精神攻撃だが、それを感じるよりも先にクレーシャは力尽きていた。
 鶏たちがその姿を消した時、残されたのは鶏冠のついた鶏頭と羽毛の塊、そして骨。
 それもはらはらと崩れ落ちて風に散っていく。鐘突き棒も、除夜の鐘も砕け散り、主と諸共に消滅した。

 酉年を終わらせないビルシャナ『除夜のクレーシャ』は、ケルベロスと鶏たちによって終焉をつげたのだった。


「ふー、一寸苦しんだけど勝利、かな!」
 拳を突き上げ勝利を喜ぶジェミだ。
 新年まであとどれくらいだろうと峰から見下ろせば、遠く彼方に街の明かりが見えた。あちこちで花火が上がっている。
 ごぉお…………お……ん……。
 風に乗って微かに鐘の音が聞こえてくる。除夜の鐘の、新年につく最後の一回。
 酉年は去り、戌年がやって来たのだった。

「早く山を下りて初詣に行こう!」
 ミリムがはしゃぐ。
「彼らはどうする?」
 ティーシャが指さしたのは、気絶させた信者たちだ。ミルフィが一人一人優しく治療している。
 ここはかなりの山奥で、篝火や護摩壇のおかげで周囲は明るいが、その外側へ一歩でも踏み出せば、墨壺に突っ込んだような闇の中だ。寒さも半端ではなく、ケルベロスだけならまだしも、一般人5人を連れて降りるのは不安があった。
「……やっぱ屠殺?」
「めぐみん!?」
「仕方ないわね、私が一人づつお姫様抱っこして、空を」
「朝まで待って、山を下りる方が安全だと思いますわ」
「それが良いかのう」
 そう言うことになった。

 徐々に夜闇は薄れ、紺から薄灰に白んだ空が、うっすらと赤く染まり始める。やがて濃く鮮やかに空一面を染め上げると、初日の出が顔を出した。
 清浄で厳かな光がケルベロスたちを満たす。
「わらわは、今年も正義を成そうぞ」
 アデレードは、輝かしい初日の出にそう誓った。
(「鶏との縁が切れますように」)
 めぐみん、心の中でこっそり祈る。
 各々の願いや決意を静かに受け止めて、新年の太陽は昇った。
「新年、あけましておめでとうございます」
 ミルフィが皆に一礼する。
「明けましておめでとう!」
「今年もよろしくね!」
 ご来光に照らされ、晴れやかな気持ちで、ケルベロスたちはお互いに新年のあいさつを交わすのだった。

 ――新年、あけましておめでとうございます。
 ――旧年中はお世話になりました。
 ――本年もどうぞよろしくお願いします。

作者:黄秦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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