舌先三寸手八丁

作者:柊透胡

「玖月さん、これ……」
「ありがとう。これで、俺達の店に、大きくまた近付くよ」
 喫茶店の片隅の席で分厚い何かが入った茶封筒を差し出したのは、純朴そうな女性だ。受け取った男の方は、整った面に甘やかな笑みを浮かべる。
「店舗の候補も色々あってね。もっと絞れたら相談するよ」
「うん! 楽しみにしてる!」
 嬉しそうな女性に優しく頷いて、男は時間だからと伝票を手に席を立つ。
「また連絡するよ」
 2人分の会計を済ませて外へ――既に日も暮れて暗い路地裏に足を踏み入れた男は、封筒の札束を取り出しほくそ笑む。
「ははっ、ぽっと出の田舎女は、貯め込んでる割にガードが緩くてちょろいぜ」
 男は常習の結婚詐欺師。整った容姿と甘い言葉で、何人もの女性を食い物にしてきた。玖月という名も偽名だ。
「貯金が趣味らしいしな、まだまだ毟れそうだぜ」
「なるほど。優しい笑顔のイケメンの中身は、どうしようもない悪党って訳ね」
「な……っ!」
 背後からの女の声に、慌てて振り返る結婚詐欺師。この冬の寒空の下、肌も露な踊り子のような装束を認めた瞬間。男は青い炎に包まれた。
「甘言で丸め込む演技力、平然と騙し通す度胸と卑劣な性根……素敵。何よりその顔、偽りの笑顔も様になる見た目が気に入ったわ」
 ピンクの髪のシャイターンは、愉しげに黒の双眸を細める。その間に――青の炎の中から、身の丈3mもの大柄が現れる。
 人間の頃と同じく、ウェーブの掛かった栗色の髪を夜風が揺らす。優しげな美貌と裏腹に、薄茶の眼差し翳る何処か寂しげな風情に、ころりと騙された女性も少なくないだろう。アスコットタイが優美な礼装を着こなしていた。
「中々、良い見た目に出来たわね。やっぱり、エインヘリアルなら外見に拘らないと」
 生まれたばかりの体躯を見上げ、シャイターン――青のホスフィンは満足そうに頷く。
「でも、見掛け倒しは駄目。とっととグラビティ・チェインを奪ってきてね。そしたら、迎えに来てあげる」
「了解、お姫様」
 青のホスフィンの言葉に気安く応じ、エインヘリアルとなった玖月は徐に踵を返す。
「あの田舎女、まだこの辺にいるよな……金はもういらないし、残らず搾り取ってやるか。ついでに、その辺の女のも纏めて」

「欲望の解放の仕方が下衆よ。その玖月って男、骨の髄までクズね」
「否定はしません。その本性故に、シャイターンに選ばれた側面もあるでしょう」
 小柄なサキュバスの少女――その実、20代半ばのデジル・スカイフリート(欲望の解放者・e01203)の冷ややかな言葉に頷き、都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)は集まったケルベロスの方に向き直った。
「……定刻となりました。依頼の説明を始めましょう」
 有力なシャイターン『炎彩使い』の1人が、動きを見せた。
「『炎彩使い』は死者の泉の力を操り、自らの炎で燃やし尽くした男性をその場でエインヘリアルにするようです」
 エインヘリアルは体の変化にグラビティ・チェインを使い尽くしており、人間を殺して補充しようとしている。
「皆さんには、このエインヘリアルの撃破をお願いします」
 尚、今回、エインヘリアルを作り出した「青のホスフィン」は、既に姿を消している。残念ながら、対決は叶わない。
「エインヘリアルとなったのは、『玖月』と名乗る……簡単に言えば結婚詐欺師です。丁度、カモにしていた女性と会ったばかりで、彼女を殺してグラビティ・チェインも奪おうと考えています」
 場所は、神奈川県横浜市の繁華街。ついでに、周囲に居合わせた女性もその毒牙に掛けようとしている。
「元より整った外見と弁舌を武器に女性を騙してきた男ですから、良心の呵責など欠片もありません。寧ろ、選ばれた自分の糧になって名誉だとさえ考えているでしょう」
「確かに詐欺師が狙われるかもって予想したけど、ここまで女の敵だとは思ってなかったわ」
「スカイフリートさんの懸念が、私の案件にヒットしましたので、皆さんに集まって戴いた次第です」
 エインヘリアル『玖月』はクラシックな礼装姿。3mもの長身と相まって、見間違える事はあるまい。
「繁華街の只中に現れますが、最初の獲物はカモにしていた女性と決めているようです。虐殺を始めるまで、少しの猶予があります」
 玖月の動きはヘリオンの演算から割り出されているので、余程の時間のロスが無ければ、虐殺に先んじて駆け付けられるだろう。
「元詐欺師だけあって、エインヘリアルの武器は言葉そのものです。甘言で敵の攻撃を鈍らせ操ろうとします」
 言葉自体が魔力を帯びており、耳を塞いでも攻撃は防げない。又、優しげな微笑みに目を奪われて動けなくなってしまう事もあるようだ。同じくグラビティだから、やはり見ないように目を閉じても無意味。効果に老若男女の別はない。
「エインヘリアルは、夜の繁華街に現れるのね? だったら、私は一般人の避難誘導に専念かしら」
「一応、戦闘が始まれば周辺を封鎖するよう、警察には連絡しています。ちなみに、エインヘリアルは『選ばれた』という意識から更に増長しています。プライドを擽るように戦えば、更に『余所見』の危険は減るでしょう。どうぞ宜しくお願いします」
 慇懃に一礼する創に、強気の笑みを浮かべてみせる結城・美緒(ドワっこ降魔巫術士・en0015)。
「女の敵どころか人類の敵なんて、絶対許せないわ。こうなったら、パーフェクトな勝利を目指しましょ!」


参加者
天月・光太郎(満ちぬ暁月・e04889)
樒・レン(夜鳴鶯・e05621)
莓荊・バンリ(立ち上がり立ち上がる・e06236)
八崎・伶(放浪酒人・e06365)
筐・恭志郎(白鞘・e19690)
藤林・シェーラ(曖昧模糊として羊と知れず・e20440)
巡命・癒乃(白皙の癒竜・e33829)

■リプレイ

●舌先三寸手八丁
 年明けて冬本番。だが、横浜の繁華街は日が暮れて更に賑わいを見せる。
 その界隈で、悲鳴が上がった。
「さあ、あいつは何処行ったかな」
 クラシックな礼装が遠目にもよく目立つ、身の丈3mに達する偉丈夫。周囲の騒ぎも構わず、首を巡らせている――最初の獲物を捜すべく。
「ああ、あれが」
 見出されてしまった憐れなお方――無意識に眉根を寄せて、莓荊・バンリ(立ち上がり立ち上がる・e06236)は思う。この終点はきっと、報われぬ虚しきもの。
「だから、更なる悲劇を生み出さぬよう戦わねば」
 レプリカントの少女の言葉に、否やは無い。現れたエインヘリアル目指して仲間が駆ける間に、筐・恭志郎(白鞘・e19690)は声を張る。
「この場は戦闘になります。落ち着いて、誘導に従い避難して下さい」
「こっちよ! エインヘリアルから遠ざかるように、繁華街の外に出てね!」
 雑踏を割る声に応じ、結城・美緒(ドワっこ降魔巫術士・en0015)は避難誘導を始めたようだ。一般人の対応は、このまま彼女と警察に任せれば良いだろう。
「結婚詐欺師、だっけ? とんだクズ野郎だな。同じ男として放っちゃおけねぇぜ」
 吐き捨てた冷ややかさが一転、いっそ軽妙に表情を緩めた八崎・伶(放浪酒人・e06365)は、ボクスドラゴンの焔を伴い偉丈夫へ声を掛ける。
「そこの男前の兄さん、ちょっといいか?」
 物怖じしない伶を、チラと横目で見下ろすエインヘリアル『玖月』。
「めっちゃモテそうだよな、あんた。すげぇ、男の俺から見てもカッコイイよ」
「選りすぐられし貴方様の容貌に、己の様なおぼこい小娘はイチコロであります……!」
 すかさず、バンリも合いの手を入れて、煽て上げた。
「フフン、褒めても何も出ないよ」
「いや、マジでマジで。ホント、すげぇよ」
「もっとその甘き声、端正なお顔を此方に向けて!」
 エインヘリアルの容姿は確かに端麗で、称賛に嘘は無い。軽い口調の侭、持ち上げるだけ持ち上げる2人。
「ま、全てその性格が台無しにした訳だけどな」
「それは確かに! 信念を持たない男の方って、これ程までにスッカスカのペラッペラなのでありますねー!」
 そうして、避難誘導の首尾を見て取るや、一気に叩き落す。
「……何だって?」
「うん、内面が透けて見えるような、薄っぺらい笑顔だよねェ」
 忽ち憤りを浮かべる玖月に、更なる挑発を投げ付けたのは藤林・シェーラ(曖昧模糊として羊と知れず・e20440)。年齢に違う、芝居がかった仕草と大仰な口調で声高に。
「女性を食い物にする気分はどんなものなの? ……イヤ、ごめん。やっぱり答えなくて良いや。屑の心情なんて知っても仕方ない」
 結婚というのは、こう、夢があるものじゃないのか?
(「それだけお金もかかるケド、幸せの必要経費だと思えばこそ支払えるものだし。それを、さぁ……」)
 実は愛に生きる少年にとって、玖月の生き様はもう溜息しか出てこない。
(「ったく、シャイターンも、よくもこう性格悪い奴ばっかり見付けてこれるもんだ」)
 呆れた面持ちで、天月・光太郎(満ちぬ暁月・e04889)も得物を構える。
(「こうなった以上は可哀想だが、被害が出る前にぶっ飛ばさせてもらいますかね」)
「ヘイヘイ、どうしたよ勇者サマ! どうやらその外見はテメェの言葉みたく薄っぺらくてただの嘘くさいだけの代物みてぇだな!」
「……まさか、俺の事を言ってるのかい?」
「違うってんならお前の力を見せてみやがれよ!」
 挑発に返るその声音は、まるで耳元で囁かれたように。
「嗚呼、若気の至りって奴か……可哀想に。身の程知らずに大口を叩くなんて」
「っ!?」
 視界が、歪んだように感じた。流し込まれた甘言の毒が視神経を灼き切るような、そんな感覚。
 唐突に、戦いの火蓋は切って落とされる。ディフェンダーたる光太郎に巻き込まれ、前衛諸共に降掛かる厄。辛うじて、焔が相棒を庇う。
「流石、人を捨てエインヘリアルに選ばれるだけの美丈夫だ」
 すかさず紙兵を撒いた樒・レン(夜鳴鶯・e05621)は、不敵に覆面の奥の瞳を細める。
「夜鳴鶯、只今推参……まさか、こんなこけおどしで、逃げ出すとは言うまいな?」
 伶がヒールドローンを展開し、光太郎がスターサンクチュアリを敷く間に、バンリのスターゲイザーが奔る。だが、シェーラのファナティックレインボウは、甘い微笑みと共に真っ向から弾かれた。
「このまま俺達の相手、してくれますよね。だって貴方は選ばれし者、なのでしょう?」
 恭志郎も煽るように言い放つ。ゴウとドラゴニック・パワーが唸り、加速の一撃を強かに叩き付けた。
(「想われながら騙して踏み躙る、そんな行いをできる心は、俺には分かりません……でも、そうなった理由もきっと何かあった筈だから。何かの切掛けで少しずつでも変わる可能性だって、ゼロではなかったでしょうに」)
(「結婚詐欺……それだけでも許し難い犯罪には違いないが、シャイターンの甘言にさえ乗らなければまだ、人の法で裁けたものを……」)
 リューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)の心情も、恭志郎と似たようなもの。だが、既に『玖月』の可能性は閉ざされてしまった。人の生き血を啜る悪鬼と成り果てた今、偽りの名も質せぬまま、討つより他はない。
「貴様は完全に包囲されている。無駄な抵抗はやめろ!」
「ははっ、ここで大人しくはいそうですかって肯く奴が何処にいる!」
 稲妻帯びた超高速の突きは、上回る速度でかわされた。侮蔑を露にしながら、白々しいまでに優しげな微笑みがリューディガーに向けられる。
「く……」
 胸を鷲掴みされるような心地に、四肢までも痺れるよう。
「母なる大地から生まれ、永世を生きる、祝福されし生命の樹。その枯れることなき常盤の力を、私たちの許へ」
 巡命・癒乃(白皙の癒竜・e33829)を媒介に、銀狼の青年へ注がれる常盤木の祝福。
(「心無き人間が、悪逆の徒となるか。既に法も道も通じぬ悪鬼なれば、裁くのは猟犬の理にて」)
 これは赦しの闘争。その命を更なる罪で穢さぬ為の、贖罪と救済を与える戦い――白は浄罪の色。白皙に苛烈を覗かせる少女の前に立ち、やはり純白のシャーマンズゴーストは鋭き爪を振り上げた。

●エインヘリアル『玖月』
「女を手玉に取ってきたつもりが、女シャイターンの甘言に乗せられ、彼女の犬に成り下がったか……因果なものだな」
 痛みを堪えて強気を言い放つリューディガーの背中を、レンは静かに注視する。眼力は己の命中率は量れるが、敵味方のダメージの程までは判らない。それを知ろうとするのは癒し手の『眼』だ。
 防具耐性や使役修正の兼合いもあろうが、偽りの微笑に晒されたリューディガーを癒乃のヒールは回復しきれなかった様子。そう言えば、最初の甘言の毒も、レン、光太郎、伶の3人がかりの範囲型ヒールをして同じく。となれば、敵のポジションは。
「クラッシャー、ですね」
 思わず、儚げな面を顰める癒乃。元が詐欺師とは思えぬ前のめりだ。
「嗚呼、楽しいなぁ! お強いケルベロス様を、俺の『力』で捻じ伏せられるんだから!」
 詐欺師は知能ある人間を騙すべく、狡知を巡らせ、甘言を弄する。周到故に回りくどく振る舞ってきた男にとって、直截的に害する『力』はいっそ爽快なのだろう。
「生命の輝きを奪われ、炎彩使いの手駒となった己を喜ぶとは。つくづく哀れな男だな」
 分身の術を重ねながら、憐憫を隠しもしないレン。婦女子を己の駒としか見ない外道であろうと、この地球に息づく命の1つだ。殺されエインヘリアルにさせられる謂われなどない。
「お前を止める。それが今の俺達がしてやれる、せめてもの故」
「うるさい。その上から目線、何様……って、嗚呼、お犬様だっけな!」
 レンを睥睨する玖月の唇に、歪んだ笑みが浮かぶ――。
「その犬コロ一匹さっさと倒せないとはまだまだだねえ!」
 ドラゴニックハンマーを盾代わりに翳し、その視線を遮る光太郎。胸を抉られるような衝撃に四肢を強張らせながらも、囃し立てる。
「それともアレかい? 男相手じゃやる気が出ねえかよ!」
 ――――。
 その応酬か、玖月は薄笑いを浮かべて言の葉を紡ぐ。耳を擽る声音は、寧ろ判然と聞こえぬ程小さい。
「っ!?」
 玖月が囁く度、ケルベロス達は脳内を直接掻き回されるような酩酊や、歪む視界に抗う。
「ふん、散々大口叩いた癖にこの程度? ケルベロスのグラビティ・チェインならお姫様も喜ぶだろうね」
 重ね重ねの挑発が功を奏し、玖月はもう周りに目もくれない。となれば、ケルベロスも存分に戦えるというもの。
「流石に強いな。これならどーだ!」
 伶のドレインスラッシュと焔のボクスブレスに続き、中衛のシェーラとルキノは怒りを植える機を窺う。恭志郎の雷刃突が奔れば、後方よりバンリがイガルカストライクを放った。
「ふぬー。クールで、理性的で、真面目なあの人とは、大違いなのであります!」
 つい片思い中の彼と玖月を比べて、嫌悪感も露なバンリ。恭志郎にしてみても、親しくしている兄貴分と尊敬する人が幸せな結婚をしたばかり。結婚詐欺師の成れの果てとのギャップに哀しみさえ覚える。
 成り立てといえど、敵はエインヘリアル。8人がかりで対等の敵だ。それでも、幸いだったのは、バンリの1度きりのスターゲイザーで、光太郎の轟竜砲が玖月に届いた事。続くシェーラの急降下蹴りも、今度こそ虹を纏って玖月の脳天に叩きつけられる。生理的に嫌いなタイプだけあって容赦ない。
「この選ばれた俺を……クソガキがぁっ!」
 ルキノの神霊撃も構わず、憤怒の視線に違う微笑みに玖月の唇が歪む。
 首尾よく、怒りで中衛に攻撃を向けさせられそうだが、武器封じの準備は皆無。盾の備えは伶のみで、サーヴァント伴う身の範囲強化は一歩遅れる感。ジャマーの厄は掛かれば重い。一気に蓄積した怒りは、専らシェーラを標的にするだろう。一方で、癒乃と魂を分け合うルキノは、列攻撃の巻添えで沈みかねない。
「選ばれた……ああ、炎と略奪を司る悪逆の輩に、な」
 義憤に思わず声が震える。星型のオーラを勢い良く蹴り込み、リューディガーは玖月を睨み据える。
「所詮は唾棄すべき詐欺師。将来の幸せを、愛を信じて、日々をただ実直に、懸命に生きてきた女性を食い物にしてきた貴様は……英雄どころか、人間の風上にも置けない屑だ!」
「うるさい! 善人ぶった台詞こそ反吐が出る!」
 クラッシャーの武威が中衛を潰すのが先か、ケルベロスの数の優位が押し切るのが先か――ここからが、正念場だ。

●詐術の果て
 間断なく、畳み掛ける。恭志郎の雷刃突が命中すれば、礼装がひび割れ剥離する。バンリが齎した氷結が大柄を苛み、玖月は鬱陶しそうに眉を顰めた。
 その表情までも秀麗だが、心動かされるケルベロスはいない。
 命中率を上げる強化ヒールなくとも、続けざま、シェーラの放つストラグルヴァインは次々と偉丈夫に絡みつく。ほぼ同時期に、バンリは遠隔爆破をルーチンに加える。敵の呪を鈍らせんと。
 旋刃脚を繰り出す光太郎だが、行動阻害の厄は発動率が相当に低い。仲間とも連携した上で長期戦を見越して積み上げるくらいで丁度良いだろうが、クラッシャーの攻撃は受けるのも庇うのも楽ではない。リューディガーも稲妻突きを敢行しながら、もどかしさを堪える事暫し。
「……ちぃっ」
 苛立つ玖月の舌打ちを、ケルベロス達は確かに聞いた。
 怒りの発動率は五分五分と高い。時に伶や焔に庇われながらも、必然、玖月の反撃はシェーラに偏っていく。
 紙兵がエインヘリアルの厄を移して次々と燃え尽きる中、降り注ぐ薬液の雨がアスファルトを優しく濡らしていく。
 列攻撃に巻き込まれながらも懸命なルキノの祈りにも援けられ、レンと癒乃、メディック2人体勢で戦線を支える。癒乃&ルキノの持ち味は、手数の多さだ。臨機応変に小刻みなヒールが叶う一方、エンチャントに関してはやや心許ない。その点は、敵がジャマーで無くて幸いだった。
 戦況は緩やかに、ケルベロスの優勢に傾いていく。
「君は春を告げる風、一条煌めく星、朝焼けにたったひとつ鳴り響く厳かなる鐘の音!」
 シェーラは白馬駆る戦乙女を召喚する。繁華街を鮮烈に駆け抜け、偉丈夫を真っ向から轢き潰さんと。
「ぐ……が……このぉっ!」
 エインヘリアルの双眸は炯炯と怒りに燃える一方、貼り付けたような唇の微笑は禍を寄せる。反撃にビクリと身を震わせ、少年は堪え切れず膝を突く。
「おい……っ!」
 咄嗟に秋月を喚ばんとした伶だが、月影の癒しは肩を並べる者にしか届かない。
「大、丈夫……」
 催眠もパラライズも強力ながら、発動率は低い。それを幸いに、シェーラは深呼吸して息を整える。
「私の事は構わず……決着を!」
「すげぇな、シェーラ。男の俺から見てもカッコイイよ」
 玖月へ掛けた台詞とは同音異義に、少年へサムズアップ。一転、伶のコアブラスターと焔のボクスタックル、息の合った連携が相次いで偉丈夫を強襲する。暫し迷った風情の癒乃も、少年の言葉に背を押されるように杖を掲げる。ルキノの神霊撃の軌跡を追い、ファミリアが翔けた。
「お前がまるで信じていなかった人の想いが紡ぐ力、重力鎖の力をその身で味わいながら逝くがいい……天魔覆滅! 忍法木の葉螺旋!」
 やはり、初めて攻撃に転じたレンの螺旋の力が、黄梅や薺の葉と花弁の渦を巻き起こす。
「重力刃精製、加圧完了! 悪いがコイツは、ちっと重いぞ!」
 間髪入れず、グラビティ製の刃を投擲する光太郎。玖月に刺さり爆ぜるや、加重がその動きを妨げた。
「改心の機会すら無くなったあなたにも、せめて安らかな終わりを」
 今持ち得る最大火力、マインドソードを一閃しながら、恭志郎は柔和な表情を翳らせる。
「来世という物があるなら、幸せを知ることができますように」
「ほざくな、偽善の犬がぁっ!」
 吼え猛り掴みかからんとした玖月の視界の隅に、ピンクの髪が翻る。
「たんせーなお顔もホレこの通り!」
 一気に肉迫するや、垂直に飛び上がったバンリの拳が、強かにエインヘリアルの顎を打ち抜いた。
「あがっ、うぐがぁっ!!」
 顎を砕かれてよろける玖月にアームドフォートの標準を合わせ、リューディガーは声高らかに叫ぶ。
「全砲門、一斉掃射。目標を殲滅する!」
 Flamme des Fegefeuers――その名の通り『煉獄の炎』を思わせる強烈な火力を、これでもかと浴びせ掛ける。2度目の炎に包まれた玖月は、今度こそ生まれ変わる事なく焼き尽くされた。

「やれやれ、だケド、終ったね」
 決着を見届けて、俄かに蘇る痛みに顔を顰めたシェーラは、シャウトで自らをヒールした。すぐに癒乃の気力が注がれて、程なく人心地がついたようだ。
「周りも直しておきましょう」
 繁華街の最中、エインヘリアルとの戦闘故、見回せば傷跡は其処此処に。手分けして、ヒールを掛けて回るケルベロス達。尤もシャウトでは直せないので、他者ヒールのない者は瓦礫などを片付ける。
(「来世での貴方様はどうか、何よりも先ず心清い方であって。誠実で幸福な人生を歩まれます様に」)
 そうして、街の光景もほぼ元通りとなれば、既に骸は跡形なく――無表情で黙祷するバンリと肩を並べ、レンも瞑目して片合掌する。
(「心底救いのない下種だったが……お前も炎彩使いの犠牲者だ。魂の救いと重力の祝福を願おう。安らかに」)
  忍務は、遂げられた。だが、本来は守るべき民草を手に掛けなければならなかったとは……何ともやりきれない。これも炎彩使いの狙いだろうと思えば、更に業腹だ。
「結婚詐欺の常習者、だっけ?」
 伶の確認に、元警察官であり愛妻家のリューディガーはあからさまに顔を顰めて肯く。
「ついでに、詐欺の件も警察に通報しとくか?」
「そうですね……出来れば、被害者達にお金を戻してあげて欲しいのですが」
 物憂げに溜息を吐く恭志郎だが、ケルベロスの仕事はデウスエクスとの対峙。『彼』が人であった時の罪は、警察に任せるべきだろうし、否やはない。
「お疲れ様。パーフェクトな勝利、ね?」
「大丈夫大丈夫、オニーサン達にお任せあれ! ってな」
 晴れて避難解除となれば、徐々に人通りも戻ってくる。駆けて来た美緒を、光太郎は闊達な笑顔で迎えた。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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