失伝救出~旧き混沌の滓

作者:朱乃天

 迫り来る巨大な災禍を前にして、人々は恐怖に打ち震えることしか出来ないでいた。
 大聖堂に立て籠もる多くの避難民。戦う術なき無力な者達は、せめて奇跡が起きることを願って天に祈る。
「主よ……あの禍々しい邪悪な巨竜から、どうか我等の命をお救い給え……」
 この場所が、彼等にとっての最後の希望の地。運命に翻弄される弱者は抗うことすら赦されず、裁きが下されるのを黙って待つしかないのだろうか――。
「ここは私達が何としてでも死守します。諦めてしまったら、そこに未来はありません」
 法衣を纏った一人の青年が、気丈に振る舞いながらドラゴンに立ち向かっていく。
 彼はパラディオン――『聖王女』の奇蹟をその身に降ろした、聖なる歌い手だ。
 戦場に向かう青年の後を追うように、他のパラディオン達もまた、命を賭けた戦いに臨むのであった。
 絶望に脅かされる人々に、希望の道を示すべく。聖歌の力を以って巨悪の竜を追い払おうとするものの、定命の者にとって過ぎた力を振るうことは諸刃の剣だった。
 超常的な力が竜を食い止める。だがその代償に、彼等は己の身をも滅ぼしてしまう。
 人々に希望を届けるはずの歌声も、強大な力の前では敵わぬモノと思い知らされて。一人また一人と力尽き、残された歌い手は、青年と三人の少女のみになってしまう。
 目の前で命を散らして逝く仲間達。青年もまた、命を分け与えるように癒しの歌を歌い終えた後、少女達に最後の希望を託しながら息絶えた。

「……こんな時、あの人達がいてくれたなら」
 少女の一人が、消え入るような声で呟いた。
 あのドラゴンを倒せる者など、この世にいるはずなんてない。そんなことは分かっているのに、一体どうして――。
 窮地に追い込まれたこの状況で、遂におかしくなってしまったか。現実から目を背けるかのように、少女は瞼を瞑って世界を閉ざす。
 耳朶を掠める歌声は、未だ途切れることなく紡がれて。別の少女が法衣の袖を引くのに気付き、再び目を見開いた時――死んだと思った仲間達が甦り、時が巻き戻ったかのように、戦いは繰り返されていく。
 其れは醒めることなき悪夢の輪舞曲。
 幾度となく廻る戦いに絶望しながらも、少女達はいつまでも歌い続ける。
 この祈りが決して届かないと識り、人としての心を喪ってしまう、その時までは――。

 寓話六塔戦争で勝利を収めたことにより、ケルベロス達は囚われていた失伝ジョブの人々の救出を果たす。
 更に救出できなかった失伝ジョブの人々に関しても、情報は得られていると玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)は重ねて言う。
「そうした他の失伝ジョブの人達なんだけど、『ポンペリポッサ』が用意した、特殊なワイルドスペースに閉じ込められてるようなんだ」
 そして彼等はその空間内で、侵略期の残霊によって引き起こされる悲劇を繰り返させられているらしい。おそらくドリームイーターは、失伝ジョブの人々を絶望に染めて、反逆ケルベロスにしようと企んでいたのだろう。
「しかし先の戦争での勝利によって、彼等が反逆ケルベロスになる前に、キミ達の手で助け出せることが可能になったんだ」
 乗り込む場所は特殊なワイルドスペースだ。そこには失伝ジョブの人間しか出入りすることができない。だからこそ、この作戦は失伝ジョブを持つケルベロス達に託されたのだ。
 今回向かうワイルドスペースは、失伝ジョブの一つである『パラディオン』の人々が囚われている。
 ワイルドスペースの中は異国の地のような場所になっていて、そこにある大聖堂に避難した人々を、ドラゴンから守る為に戦っている。
 救出対象となるのは3名のパラディオンの少女達。彼女達以外の死んでいくパラディオンや避難民達は、全て残霊だ。戦うべきドラゴンも含めて――。
 大聖堂を襲っているドラゴンは一体のみで、黒い瘴気が実体化したような姿をしている。
 そのドラゴンは、広範囲を巻き込む瘴気の渦を発生させたり、加護の力を砕く鋭利な爪を振るう。他にも漆黒の光線を放つなどして攻撃してくるようである。
 本来は強敵と言えるドラゴンではあるが、今回は残霊の為、ケルベロスになったばかりの者達でも十分勝機を見出せそうだ。
 ただし戦場となるワイルドスペースは、失伝ジョブを持つ者に『自分が大侵略期に生きている』と誤認させる効果があるらしい。それはケルベロスになった者達にとっても例外ではないようで、長時間留まり続けると、救出対象者のように悲劇に囚われてしまうだろう。
 従って、ドラゴンを撃破した後は、少女達と一緒に速やかに撤退する必要がある。現場に残って探索を行うような余裕はないと考えた方が良い。
 過去に起こった悲劇は想像を絶する程に凄まじく、哀しい運命を先人達は辿ってきた。
 そして時は流れてこの現代で、彼等の末裔達が同じ悲劇に呑み込まれそうになっている。
「でもそんな悲劇の連鎖も、キミ達だったら断ち切ることができるんだ」
 ケルベロスになった自分達の力を信じれば、救いの手は必ず届くから――。
 シュリが伝える言葉に含まれた、絶対的な信頼感。無事に彼女達を救出し、過去の悪夢を終わらせてほしい――そう心に願いつつ、新たな戦士達に全てを委ねるのであった。


参加者
鋳楔・黎鷲(天胤剣零式継承者・e44215)
潮・煉児(暗闇と地獄の使者・e44282)
ニャルラ・ホテプ(彷徨う魂の宿る煙・e44290)
ベヤル・グリナート(自己犠牲マン・e44312)
ベルベット・ソルスタイン(身勝手な正義・e44622)
ユノー・ソスピタ(守護者・e44852)
日色・勇翔(大冒険の予感・e44857)
ラウナ・グリマレント(暗闇のキャンバスに描く筆・e45172)

■リプレイ

 幾度となく繰り返される終わりのない惨劇に、三人のパラディオンの少女達は絶望の淵に沈みかけていた。
 其れは罪無き人々を襲う邪悪な巨竜を前にして、仲間達が息絶えていく惨憺たる光景。

 ――こんな時、あの人達がいてくれたなら。

 少女はこの危機的状況で、一体誰に期待していたのだろう。
 脳裏に過ぎる思いは、諦観から齎された単なる妄想か。現実から逃れようと閉じた瞼が開かれた時――少女の瞳に映る世界には、彼女の知らない『誰か』達が目の前にいた。

●絶望の過去を砕く剣
「よく頑張ったわね。もう大丈夫よ」
 少女達に優しく声を掛けたのは、深紅の髪と瞳を持つ妖艶な女性。ベルベット・ソルスタイン(身勝手な正義・e44622)が三人を庇うように立ち塞がって、ドラゴンと対峙する。
 自らが傷付くことを厭わない、弱き者を守ろうとする献身的な美しさが少女達にある。そんな可憐な少女達の物語の結末を、悲劇の連鎖で終わらせてはならない。
「我々はケルベロス。不死たるデウスエクスを滅ぼし、人々を守るものだ」
 ベルベットと並び立つようにして少女達を守るのは、白銀の鎧を纏いし女騎士、ユノー・ソスピタ(守護者・e44852)だ。
 ――ケルベ、ロ……ス……。
 ユノーが発した単語は、少女達にとっては初めて聞いた筈なのに。何故だかとても頼もしさを感じ、そして何よりも、ユノーの透けるような美貌の神々しさに、救世主が舞い降りたのだと。少女達はすっかり見惚れて、目も心も奪われていた。
「助けに来たぜ! オレたちが来たからには、絶望の物語はお終いだ!」
 片やこちらは小柄で元気なウェアライダーの少年、日色・勇翔(大冒険の予感・e44857)が気合を前面に出して、少女達を励まそうとする。
「みんな、頑張ったね。それじゃあ、ここから一気に倒すことにしましょ?」
 ニャルラ・ホテプ(彷徨う魂の宿る煙・e44290) にとっては、今回が二度目の失伝者救出となる。ドラゴン相手に怯まず余裕めいた口振りも、敵の力を把握済みだからこそ。
 目元を覆う長さの前髪を、掻き上げながら敵たる竜を視界に入れる。そこでニャルラの赤い瞳が見たものは、黒い瘴気の塊のような禍々しい姿のドラゴンだ。
『――汝等は何者だ。何れにしても、我の前では死体が増えるだけだがな』
 心臓が握り潰されるかのような、恐怖心を抱かせる不気味な低い声。多少の増援も、彼の者にとっては数の内にも入らない。ドラゴンはそれだけ己の力に絶対的自信を持っていた。
「ボクらがあなたたちを守り抜く。ここから先は、誰も傷つけさせはしない」
 黒猫のようにしなやかで、野性的な美しさを感じさせる一人の青年。ベヤル・グリナート(自己犠牲マン・e44312)の腕に巻き付く攻性植物が生み落とした黄金の果実から、聖なる光が溢れて仲間を加護の力で包み込む。
「俺達を信じるかどうかは、お前達に任せる。ひとつ言うなら……俺はお前達が歌う姿を、見てみたい」
 潮・煉児(暗闇と地獄の使者・e44282)が少女達に告げた後、戦場を駆けてドラゴンに立ち向かっていく。
 この歪んだ世界から生き延びて、希望を謳う声を聴かせてほしいと願いつつ。大地を蹴って高く跳躍し、重力を乗せた蹴りを暗黒竜の巨体に見舞わせる。
 煉児が挨拶代わりに浴びせた一撃に、竜は驚いたような呻き声を上げる。まさか自分を傷付ける者がパラディオン達以外にいようとは。
『……どうやら、思った以上の厄介者みたいだな。汝等も生かしておくわけにはいかぬ』
 竜が翼を羽搏かせると、発生した瘴気が嵐のように吹き荒れて、竜巻となってケルベロス達に襲い掛かる。漆黒の渦は前衛陣を一瞬の内に呑み込んで、瘴気の毒が番犬達の身体を蝕もうとする。しかしベヤルの果実の加護が、毒の効果を打ち消していく。
「この戦いは決して無謀ではありません。わたくし達は、不死の神にも死を与える存在なのですから」
 少女達を不安にさせないよう、ラウナ・グリマレント(暗闇のキャンバスに描く筆・e45172)が言った言葉に、パラディオンの少女達の顔が真剣味を帯びる。
 ドラゴンを倒せる者がこの世にいるならば。それがケルベロスだというのなら――。
「悲劇も絶望も、鮮やかな未来に塗り替えます。ペイントサーカス、開演と参りましょう」
 ラウナが用いる能力は、魔法の絵画で世界を塗り替える力。彼女が空間に描くのは、スポットライトが眩しく照らす華やかなステージだ。
 恐怖と絶望とが支配する、混沌世界を描き替え現れた、失伝者達の初陣を飾る晴れ舞台が仲間の士気を高揚させる。
「――そこを動くな。今その首を落としてやろう」
 白い鬼の面を被りし妖剣士の少年、鋳楔・黎鷲(天胤剣零式継承者・e44215)が秘めた力を解き放つ。
 呪術を高めて念を込め、生成された楔を竜の影へと打ち込むと。楔から流れる呪力が敵を捕らえ、竜はその場に磔にされたかの如く動きを縛られてしまう。
 相手はデウスエクス最強と畏れられるドラゴンではあるが、その正体は実体のないただの残霊だ。ケルベロスになったばかりの失伝者であろうとも、戦い方次第で互角以上に渡り合うことができる。
 過去の残滓に囚われた少女達を、果たして無事に救出できるのか――全ての命運は、彼等の手に委ねられている。

●混沌の暗黒竜
「残霊とはいえドラゴン。油断できる相手ではない」
 戦場では僅かな隙が命取りとなる。ユノーは気を緩めることなく集中し、腰を屈めて疾走しながら剣を振り回し、竜を攪乱するかのように敵愾心を煽る。
「ドラゴン退治の英雄譚っていうのも悪くないな! これからオレたちが、希望の物語を描いてやるぜ!」
 対照的に元気者の勇翔は、例えドラゴンだろうと臆することなく気勢を上げる。
 魔力を込めた絵筆から、極彩色の塗料の弾を撒き散らし、闇色の竜にケルベロス達の生命の色を撃ち付ける。
「ドラゴンといっても、余り大したことはなさそうね。こっちも行くわよ」
 口角を上げてニヤリと不敵にニャルラが笑う。強気な姿勢を見せるのは、少女達の絶望を振り払う為。ケルベロスの力はドラゴンすらも凌駕できると、間隙を縫って虚を突いて、混沌の水を刃に変形させて斬り刻む。
『ほざけ小娘が。我が本気になれば、汝等如き、塵屑も同然だ』
 竜の眼が、殺意の光を帯びてニャルラを睨む。敵の意識が彼女に向けられた時、竜の注意を引き付けようと、ベルベットが魔法の力を行使する。
「幻惑の薔薇吹雪、舞い散りなさい! ――災厄の白薔薇(ディザスターローズ)!」
 煌びやかなドレスを翻すと熱を操る力が発動し、戦場が一瞬にして凍えるような冷気に包まれて。霞む世界に射し込む光の乱反射が白薔薇と化し、花弁が舞うかの如く、敵の視覚を惑わせる。
 光の花吹雪に目を眩まされたドラゴンは、花を摘み取るようにベルベットを狙って腕を振り下ろす。鋭利な異形の爪が、身構えるベルベットの腕を裂き、白い肌から真っ赤な血の雫が飛び散った。
「回復は任せて下さい! わたくしがすぐ治します!」
 ラウナがすかさず魔法の絵筆を走らせる。癒しの塗料が傷を塗り替え爪痕を消し、上書きした炎を模したペイントが、ベルベットの新たな力を呼び醒ます。
「彼女達が耐えてきた分に比べれば、ボクらの耐える時間はほんの一瞬。……ボクらがいる限り、誰も死なせはしない!」
 少女達の心を壊すような夢喰い達のやり方に、ベヤルは憤りを隠せず吼え叫ぶ。燻る思いを力に変えて、天空高く飛び上がり、妖精の魔力を宿したベヤルの脚が虹を纏い、見る者を魅了するかのような華麗な蹴りを炸裂させる。
「残霊とはいえ流石はドラゴン、大した迫力だ。ならば余計に、手加減する必要はなさそうだ」
 煉児の腕に装着された巨大な鉄杭が、絶対零度の凍気を纏う。拳を叩き付けるように放たれた煉児の一撃は、うねりを上げて高速回転しながら竜の脾腹に打ち込まれ、氷の杭が生命の時を止めるように凍てさせる。
「こちらも一言言わせてもらう。たかだかドラゴン如き、我等ケルベロスの敵ではない」
 黎鷲が先の台詞の意趣返しとでも言いたげに、傲岸不遜な態度で言葉を吐いて、鬼の仮面を脱ぎ捨てる。
 露わになった黎鷲の素顔は、少女と見紛うような美貌。竜を見据える双眸は、血のように鮮やかな赤い色をして。忌むべき呪いの力を瞳に宿し、血の海の中に引き摺り込むかのように、視えない力で竜の動きを抑え込む。

 ドラゴン相手に一歩も引かないケルベロス達の戦いぶりを目の当たりにして、パラディオンの少女達の心に希望の光が芽生え出してきた。
 もしかしたら本当にドラゴンを倒せるかもしれない……少女達は天を仰いで手を組みながら、この戦いの勝利を聖王女に祈る。
「聖王女様の威光はドラゴンだって滅ぼすぜ! むかし魔竜王を倒したみたいにな!」
 少女達の思いを察したか、勇翔が鼓舞するように、地面に塗料を撒いて描き出したのは、ステンドグラス風の聖王女の姿であった。
『魔竜王様が倒されたなど、訳の分からぬ戯言を! その減らず口、黙らせてやろう!』
 暗黒竜が混沌の力を凝縮させて、開いた口から黒い波動を発射する。
 生命を呑み込むような闇の奔流が、勇翔目掛けて迫り来る。そこへユノーが割って入り込み、身を盾にして正面から竜の波動を受け止める。
「――ソスピタの名にかけて、このドラゴンは必ず討ち倒してみせる」
 ユノーは敵の攻撃への対処に備え、事前に守りの構えを取っていた。だからこそ、直撃を受けても大事に至らず事なきを得たのであった。
 ドラゴンの攻撃を耐えた金髪の乙女は、今度はこちらの番だと無骨な剣を振るい、渾身の力を込めた刃が邪竜の牙を打ち砕く。
「怪物は英雄に倒され美しく散ってこそ、価値のあるものなのよ」
 『美しさ』は絶対であるという、独自の美学を論じるベルベット。その美しさの前では、ドラゴンすらも跪かせてみせようと。燃え盛る情熱的な炎を脚に纏い、灼けつくような紅蓮の蹴りを、竜の顔面狙って叩き込む。
「さあさあ、皆様お立合い! これよりご覧頂きますのは、ペイントサーカス団のネクストステージですわ!」
 ラウナが声高らかに口上を述べながら、一気に畳み掛けるべく攻め手に回る。
 軽やかな身のこなしでくるりと空中回転し、ピンクの髪を靡かせ加速しながら、竜の首根に踵落としを決めて着地する。
 同じ失伝者の同胞として、少女達は自分達の手で絶対助け出す――ケルベロス達の仲間を思う強い信念が、竜の脅威を物ともせずに、あと一息のところまで追い詰める。
 次の一手が最後の勝負だと、一斉攻撃を仕掛けようとするケルベロス達。すると、どこからともなく歌声が、風に乗って運ばれてくる。それは少女達が希望を託して口遊む、聖なる音色の歌声だ。
 慈愛に満ちた清らかなるメロディが、番犬達の心に更なる闘志の火を燈す。
 これで全てを終わらせる、武器を握り締める手に誓いを立てながら――。

●希望の明日を謳う声
「それじゃそろそろ仕上げといこうかしらね。さて、と……君はもう、動けない」
 ニャルラは咥えた煙管を指で抓んで口から離し、ふうと吐き出しながら煙を燻らせる。
 立ち上る煙は風に流れて、竜に絡まるように纏わり付いた。それはニャルラが独自の術で調合したお香。一度匂いを嗅げばその者は、幻覚の世界に囚われてしまう。
「――切り裂き、縛れ。我に宿りし怒りの蛇よ」
 煉児が混沌の水を鞭の形に変化させ、狂えるような憤怒を込めて竜の巨体に打ち付ける。
 嘗て家族をデウスエクスに奪われた、煉児の激しい怒りに鞭が呼応して。荒ぶる蛇の化身となって牙を剥き、竜の喉元へと喰らい付く。
「夢はいつかは醒めるもの。過去の呪いに束縛されし憐れな竜よ――我が眼を見よ」
 ベヤルの身体の中に流れる呪いの血。世代を超えて伝承された力を、ベヤルは自身の瞳に込めて竜を凝視する。
 その眼に宿るは、光が一切射さない無明の闇の檻。恐怖心すら呑み込む虚ろな殻に、残霊である竜の魂までも閉じ込めてしまう。
「……せめてもの餞だ。貴様に天胤剣を見せてやる」
 力を封じ込まれた邪竜に対し、黎鷲が一振りの太刀を携えながら歩み寄る。
 刃が半ば折れ、紅い血錆で滲んだ喰霊刀。穢れし魂宿る刃の霊力に、混沌世界に漂う無数の霊が憑依して。黎鷲が全ての力を注いで剣を振り翳し、少女達に希望の道を切り拓かんと――諸悪の竜を掻き消すように断ち斬った。

 斯くしてドラゴンの残霊を見事討ち倒したケルベロス達。しかしこのワイルドスペース自体が消滅することはない。
「皆さん大丈夫でしょうか? 約束通り、悪い竜は倒し終えました」
 ラウナが少女達の元に駆け寄って、顔を覗き込む。彼女達を少しでも和ませようと、ラウナがニッコリ微笑むと、少女達も安堵したのか釣られるように頬を緩ませる。
「ケルベロスのことを、思い出せるか。今は俺達も、そうだってことだ」
 煉児が言葉を掛けるが、少女達は黙ったままだった。でもきっと少しずつ思い出しているのだろう。何故ならケルベロス達を見つめる三人の目は、生きることへの輝きに満ちているのだから――。
「みんな助けてハッピーエンドだ! さあ! こんなところに長居は無用だぜ!」
 この戦いを勝利で飾ったことが嬉しくて、勇翔は思わず跳ね上がって喜んだ。ただしこのワイルドスペースは、失伝者が長く留まり続けると、少女達のように過去の悲劇に囚われてしまう。
「ここはデウスエクスが創った特殊な空間。長居をしては危険だ」
 だから急いで抜け出さなくてはいけないと、ユノーと勇翔は、少女達に一緒に行こうと口を揃えて呼び掛ける。
 ケルベロス達が踵を返して撤退を試みようとする。その時黎鷲は、少女達が残霊の人々を気に掛けていることに気付く。
「これから戻る世界にも、お前達の助けを待っている者達がいる」
 ここは過去に引き起こされた悲劇の世界。どれだけ救いの手を差し伸べようと、思いは決して叶わない。だが彼女達が生きる現代世界では、自らの手で運命を変えることができる。
 少女達にもう迷いはない。覚悟を決めた三人は、過去の人々の影を後にして、本来いるべき場所に向かって歩み出す。
 過去の悲劇を乗り越えて、哀しい運命を知って尚、前に進もうとする少女達。
「あなた達は強いわ、私が保証してあげる。だから――」
 ベルベットが改めて、救出した三人に手を差し出した。これからは、皆も一緒の仲間だと――添えられた掌の温もりは、優しい心に包まれていた。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。