除夜のクレーシャ事件~明けることなき酉年世界

作者:七尾マサムネ

 12月最後の日……すなわち、大晦日。
 東北のとあるお寺は、寒さにも関わらず、参詣客でにぎわっていた。除夜の鐘を待つ者や、初詣に備える者。
 やがて、除夜の鐘が鳴り始める。これが108回鳴り終えたとき、新たな一年が始まるのだ……。
 しかし。
「酉年を終わらせてなるものかァー!」
 奇声が、境内に木霊する。
 人々の注目を一身に浴びたのは、一体の鳥人。ビルシャナだ!
 ビルシャナは脇目もふらずに、除夜の鐘を目指すと、それを鳴らしていた住職に鳥キックを浴びせた。何と罰当たり!
「この除夜の鐘は占拠したァー!」
 勝手な宣言に、ざわめく境内。
 果たして、無事に除夜の鐘を鳴らし終え、新年を迎える事はできるのか……?

「赤鉄・鈴珠(ファーストエイド・e28402)さんの予想どおりです! 大晦日に除夜の鐘を狙うビルシャナが出現する事を予知しました!」
 笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)によれば、ビルシャナの目的は、除夜の鐘を鳴らすのを阻止する事で、酉年が終わらせないようにする、というものらしい。
「ビルシャナは、除夜の鐘を占拠するのが目的なので、参拝に来た人達は襲わないみたいです。でも、びっくりしたお客さんが慌てて、将棋倒しになったりしたら大変です」
 そこでケルベロスには、除夜の鐘を鳴らし、おびき寄せたビルシャナを迎撃してほしい。
 お寺には事情を説明し、除夜の鐘の周囲に客が近づかないようにしてもらい、ケルベロスが除夜の鐘を鳴らす許可をもらっている。
 なおビルシャナは、除夜の鐘はもちろん、お寺の他の施設を攻撃する事はないため、戦闘に専念する事ができる。
 ビルシャナに配下や信者などは同行しておらず、本体の戦闘力も弱めなので、苦戦する事はまずないだろう。
「この事件の首謀者は、除夜のクレーシャというビルシャナです。各地で制圧した除夜の鐘を利用して『酉年終わるの絶対許さない明王』を出現させるのが目的みたいです」
 だが、ケルベロス達が事件を阻止すれば、何事もなく新年を迎える事ができる。
「そうそう、お寺の近くには、神社があるみたいです。無事除夜の鐘を守り切ったら、初詣に行くのもいいと思いますよ!」


参加者
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)
天矢・恵(武装花屋・e01330)
飛鷺沢・司(灰梟・e01758)
熊谷・まりる(地獄の墓守・e04843)
シルディ・ガード(平和への祈り・e05020)
雅楽方・しずく(夢見のウンディーネ・e37840)
月・いろこ(ジグ・e39729)

■リプレイ

●酉年ラストデイ
 除夜の鐘の前に、列ができていた。8人のケルベロスの列だ。
「うう、こたつに埋まってテレビ見ながらリアルタイムでその感想をネットで呟きたいのにー」
 寒さに震える熊谷・まりる(地獄の墓守・e04843)のぼやきは白くこぼれ、夜気に飲み込まれていく。それもこれもビルシャナのせい。
 ともあれ、住職に確認も取り、一般客にも離れてもらった。いざ鐘つき。
「わーい! 鐘をつくのやってみたかったんだよね!」
 一番手は、シルディ・ガード(平和への祈り・e05020)。はしゃぎつつ、鐘つき棒……撞木を手に取り、鐘を打ち鳴らす。
 ごぉぉん……。
 おごそかに響き渡る鐘の音。これを108度繰り返せば、すなわち新年。それを阻止にくるビルシャナを阻止し返すのが、今回の任務である。
「流れる時間には逆らえませんし、時計の針は止められないのですよ。素敵な新年の為にも、ビルシャナの悪あがきはわたしたちが止めましょう……と、わたしの番ですね」
 雅楽方・しずく(夢見のウンディーネ・e37840)が前に進み出ると、撞木を受け取り、鐘を打つ。
 ごぉぉぉん……。
「ふおお……こんなにおっきな音が鳴るのですね。何だか楽しくなってきました」
 初めての体験に、感動に打ち震えるしずく。
 鐘を打つと、列の最後尾に戻る。合間には、レフィナード・ルナティーク(黒翼・e39365)やシルディらディフェンダーを挟み、いつ敵襲があろうとも防衛態勢を取れる構えだ。
 そして、月・いろこ(ジグ・e39729)が、また新たに鐘を鳴らす。ちらり、周りをうかがうが、鳥キックはまだ来ない。
 何回ついたかわかるよう、一つきごと、まりるが仲間に飴を配る。もちろん、自分にも、だ。
「こんな素晴らしいキャンディをもらえる私はきっと特別な存在なのだと感じました、なーんてね」
 そして今のところ順調に、鐘は鳴らされていく。
「全く、毎年大晦日まで働かせてくれるよな……」
「そうぼやくな、不謹慎だが、司と二年参りが出来て心が弾むぜ」
 ビルシャナの所業に苦笑をこぼす飛鷺沢・司(灰梟・e01758)に、微かに笑みをこぼす天矢・恵(武装花屋・e01330)。
 年が進まないのは、司とて望むところではない。過ぎる日々の中にこそ得るものがある。それは恵も同じようだ。年を取りたくない、と思ったことはない、と。
 にしても、さすが東北といった気温だ。まりるに飴をもらいつつ、親友を気遣う恵。
 実際、待つ間は寒い。レフィナードが湯気を立てる甘酒や、即席カイロで仲間に暖を配る。ありがたく受け取るしずくやシルディ。癒される。
「私たちがビルシャナにとっての除夜の鐘となりー、悟りの心を取り戻して差し上げましょうー」
 順番を待つ間、皆と同じく、敵の気配をうかがうフラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)。
「もう少しでー、酉年も終わっちゃうんですのねぇー」
 しみじみと告げるフラッタリー。年が明けないなどという子どもの戯言めいたこと、もし真実ならば止めてやるのがケルベロス。
 順番を待つ間、そして鐘を鳴らす時。ケルベロス達の脳裏には、1年の出来事が蘇る。戦いの記憶、仲間や友人と過ごした思い出などなど……。
「酉年を終わらせてなるものかァー!」
 奴が来た!

●酉年納めのビルシャナ退治
「その除夜の鐘をこちらに渡せェー!」
 ビルシャナ、鳥キック。
 端的に言って迷惑なので、フラッタリーやまりるがとりあえず殴打した。
「コケーっ!?」
「もっと早くから準備しとけばいいのに、まだ1年あるって油断してるから最後に慌てる事になるんだよ! ……なるんだよね……気持ちは分かるけど! 除夜の鐘は譲らないよ!」
 痛みにのたうち回るビルシャナから、除夜の鐘をかばって立つシルディ。
「いたた……邪魔だ! どけェー!」
「そういうわけにはいきません。さてこの後初詣、ご利益は厄除け、でしたか。そのためにも、眼前の厄から、ですね」
 鐘つきから戻ったレフィナードも、ビルシャナに銃を向ける。
「ってか、酉年を終わらせないために鐘を占拠するって、その思考が……なぁ。鐘が鳴ろうが鳴らまいが、年は変わるし、日も昇るじゃん?」
 いろこの鋭いツッコミにハートをえぐられても、ビルシャナの立ち直りは早い。
「そんなことはなーい! 占拠した除夜の鐘を、クレーシャ様の鐘と共鳴させることで、酉年の間にためこんだ罪と欲、108の煩悩が世に解き放たれ、『酉年終わるの絶対許さない明王』が大量発生するのだァー!」
 ばばーん!
 だが、それが本当なら、ますます阻止しなければ。恐れおののかせるためのビルシャナの暴露は、かえってケルベロス達のやる気に火を注いだ。各種グラビティで万全の防衛態勢、そして相手の妨害態勢を整えて、対応した。
「ハレの日の景気づけは、とにかく派手にやるものだそうです。……というわけで、どっかーん!」
 しずくがスイッチを押すと、仲間たちの背後に色とりどりの爆煙が上がった。新年を迎える番犬、そして無駄な抵抗を行う鳥の晴れ舞台を演出するように。
「マイ鐘の響きを聴けェー!」
 自前の鐘をごんごん鳴らして反撃するビルシャナ。だが、所詮は妄執にとらわれた者の打音。本物の除夜の鐘の荘厳さには、とてもかなわない。
 開眼し狂気をさらけ出したフラッタリーが、鉄塊剣『野干吼』を振るい、敵の煩悩を切り刻み潰す。執着を捨て去った境地、滅諦へと導かん。
「鳥ヨ啼ケ! 新シキ年ヲ迎ヱル為ニ!」
 そしてフラッタリーの起こした太刀風が、鳥の羽根を舞わせる。今年の厄は今年のうちに。
 めげずに襲い掛かるビルシャナを、いろこがかわす。攻めの時もそうだが、回避もまるで踊りのような流麗な所作だ。
「新年など迎えさせるものかァー!」
 しずくの幻影に身を凍り付かせた上、煩悩に目を曇らせた鳥人に、恵の太刀筋が見切れるものか。痛みを認識した時には、鳥人は片翼となっていた。そのまま、すっ、と体を引く恵。
 意図を即座にくんだ司が、刃を天にかざしていた。濃さを増した大晦日の夜闇から降り注ぐは、月光。それは幾条もの雨となり、ビルシャナを貫く。
 月の光に酔ったか、千鳥足でふらつくビルシャナめがけ、まりるが振りかぶった拳には、天命が宿る。酉年が続く運命など、この一発で逆転させてみせる。
「コケーッ! 年明けにはまだ時間がある! 余裕!」
 この期に及んで慢心するビルシャナの元に、急速回転してくるものがある。シルディだ。ドワーフの小柄を生かした技が、ビルシャナを包む羽毛を刈り取っていく。
 そしていろこが手をかざせば、白き骨格を露わにした魚が、虚空を泳いだ。獲物はチキン。諦めの悪い鳥人の四肢へと喰らいついていく。
 ずいぶん貧相になったビルシャナの眼前に、レフィナードの剣が迫る。まとう業火と斬撃の二段構えをもって、ビルシャナを断つ。
「炎と鳥……不死鳥、いえ、この場合は焼き鳥といった方がふさわしいでしょうか」
 レフィナードが何気なくこぼした言葉に、仲間たちも納得。
 そして焼き鳥……もといビルシャナに、もはや立ち上がる力は残っていなかった。
「そ、そんな、クレーシャ様、申し訳ねェー!」
 奇声を上げ、散華するビルシャナ。
 ここに、酉年の野望、その1つがついえたのであった。

●酉と戌のバトンタッチ
「これで、酉年は無事に終わるかな……? そも、時の流れに身をまかせていれば12年後にまた酉年が来るのにねー」
 まりるが、消えゆくビルシャナを見送った。
 主にビルシャナのせいで荒れた鐘周辺のヒールに取り掛かる、しずくやレフィナードたち。
 そのかたわら、いろこが時刻を確認すると、奮戦のかいあり、まだ新年へは時間がある。何より除夜の鐘は、まだつき終わっていない。
 ビルシャナの一件のせいで、人が来ないなんて事があってはお寺も困るはず。シルディは一計を案じた。
「さーさー、今ここのお寺では鐘を突きたい人を緊急募集中だよ!」
 シルディの呼び掛けに応え、再び集まって来る参詣者たち。この分なら、例年通りの新年を迎えられそうだ。
 後片付けを済ませ、フラッタリーが住職に、協力のお礼を告げる。
「年の瀬のお忙しいところー、お騒がせいたしましたー」
「何をおっしゃいますやら。恐ろしいバケモノから除夜の鐘を守ってもらったこちらこそお礼を言わねば」
 そう告げる住職の視線を追えば、除夜の鐘がいよいよつき終わる頃。
 107回目をもって、酉年が終わる。そして、戌年の幕開けとともに、最後、108回目の鐘が響き渡った。ひときわ大きく。
 せっかくだ、と司と恵は、さっそく参拝に向かう。作法に倣って。
「願いは無ぇんだがな。偶像に求めても得る物はねえ。それでも頭を下げるのは、無事一年を過ごせた安心感か」
「確かにね」
 恵らしい言葉に、笑いをこぼす司。
 願いは自分自身で叶えるものだと、司も思う。願掛けのようなものかもしれない。
「一年お疲れ様、恵。明けましておめでとう」
「ああ司、今年も宜しく頼むぜ」
 挨拶を交わす2人。また一緒に年を重ねられる事を祝って。

●戌年の始まり、始まり
「ここのお寺のご利益は健康祈願だよ! 気になる人はお参りしていってね~!」
 巫女姿のシルディが、呼び込みに励む。
 そして自分たちも新たな始まりを祝うべく、それぞれに初詣へ向かうケルベロスたち。
 参拝者の列に並んで、お賽銭。
(「わたしにも友達にも、沢山しあわせな事がありますように」)
 一心に祈るしずく。
(「よき一年となりますように」)
 レフィナードが願うのは、親しい者や世話になっている者たちの息災。
 まりるもお願いごとタイム。恋愛成就? 縁結び? なにそれ美味しいの?
「取り敢えず死にませんようにー」
 ケルベロス的にはコレ大事。かなり。
 さてさて、無事、お目当てのおみくじを引いたしずくは、さっそくある部分に視線を注いだ。恋愛運、である。さてさて、今年の運勢は……?
 祈願を終えたレフィナードは、境内を散策する。香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。見れば左右に、様々な屋台が立ち並ぶ。祭りに似たこの賑わいも、また楽しく。
 東北と言えば、餅文化。ぜんざいはもちろん、ご当地の味付けをされた餅を堪能するフラッタリー。
 うにょーん。
「これはまたー、良く伸びますわねぇー」
 餅が伸びる様子さえも、何やらめでたく。
 せっかく外に出る機会だし、と、ひとしきり食べ歩きを堪能していくまりる。さて、シメはたい焼きにしようかクレープにしようか……?
「焼き魚……売ってねぇかなぁ」
 好物を探し求め、歩いていたいろこは、不意に参拝客に呼び止められる。
「あの、破魔矢は何処で買えますか?」
「え?」
 どうやら、巫術服を着ているせいで、神社関係者と間違われたらしい。
「いや、私、此処の人じゃねぇから……」
「でもその服……えっと、じゃあ、コスプレ?」
「そういうわけでもねぇから!」
 必死に手を振り、否定するいろこ。
 さてさて。恵と司は、お守りを買い求めに。恵は鼻が利く戌にちなんで、失せ物探し。司は綺麗な彩りの、健康祈願守りだ。
 探し物の約束、そして諸々の話を交わした2人が足を止めたのは、射的の屋台。
 当たらねぇ鉄砲でよけりゃ、と銃を手に取る恵。
 司も並んで狙いを定め、
「――じゃあ、新年の一勝負といこうか」
 今年は戌年。番犬たちにも、幸いが訪れますように。

作者:七尾マサムネ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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