●
その日、ひとつの街が侵略を受けた。
襲撃してきたのは、巨大な赤いデウスエクス――ドラゴンだ。
猟犬に追われる兎のように、逃げ惑う人々。そんな彼らを必死に守るパラディオン達。
逃げ延びた先の大聖堂は、ドラゴンの攻撃にさらされ、今にも崩れ落ちそうだった。
「私達、いつから戦い続けているのかしら……」
3人の女性からなるパラディオン、その最も若い1人が小声でもらした。
聖なる歌でドラゴンを迎え撃ってから、いったいどれだけの時が経ったのだろう?
パラディオンは弱気を振り切って、仲間達と共に歌い始める。逃げてきた人々を励まそうと笑みを浮かべるも、疲弊の色は隠しようもない。
無理もないことだった。彼女は、今まさに地獄にいるのだから。
途切れることなく空から響く、ドラゴンの咆哮。
力の代償で斃れ、すぐに蘇る仲間たち。
いつまでも傾くことのない太陽――。
パラディオンはふと考える。目の前の光景は、永遠に終わらないのではないか?
「もう嫌。こんな時、『彼ら』がいてくれたら……」
かすれた声でつぶやくパラディオンに、リーダーと思しき少女が怪訝そうな顔をする。
「『彼ら』? 一体誰のことよ?」
「えっ……そ、それは……」
パラディオンは口ごもる。疲労のあまり、願望が口をついて出たのだろうかと思った。
デウスエクスを討てる者など、この星には一人もいない。改めて突きつけられた事実に、パラディオン達の心は次第に絶望に蝕まれていった。
彼女達は気付かない。恐ろしいドラゴンも、斃れては生き返る仲間たちも、嘆き悲しむ人々も、すべて残霊であることに。
ドラゴンの咆哮が、聖堂をひときわ激しく振るわせた。
●
「寓話六塔戦争の勝利、おめでとうございます。この依頼では、先の戦いで情報を得ることが出来た失伝ジョブ――パラディオンの救出にあたっていただきます」
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はそっと一礼した。
救出の対象者は3名。いずれも若い女性で、ドリームイーター『ポンペリポッサ』の特殊なワイルドスペースに囚われているという。
「パラディオン達は、ワイルドスペースの力によって、自らを大侵略期の人間だと錯覚しています。恐らくポンペリポッサは、彼女達の心を絶望に染めることで、反逆ケルベロスとして利用する心算だったのでしょう」
しかし、寓話六塔戦争の勝利によって、パラディオン達が反逆ケルベロスと化す前に、救出する事が可能となった。今回の作戦では、ワイルドスペースに侵入し、繰り返される悲劇を消し去り、囚われた女性パラディオンを救出する事が目標となる。
「このワイルドスペースは特殊な空間で、失伝ジョブの習得者でなければ侵入できません。内部は古びた聖堂を模した空間で、パラディオン達は避難した人々を守るために、自らを犠牲にしながら戦っています」
空間内では大侵略期の悲劇が再現されている。襲われた市民、パラディオンの仲間達、そして人々を蹂躙する巨大なドラゴン……彼らはすべて残霊で、生身の存在ではない。
セリカ曰く、囚われたパラディオン達をワイルドスペースから救出するには、ドラゴンの残霊を撃破して、彼女達の絶望を取り払う必要があるという。
「3名のパラディオンは、大聖堂の入口傍で戦っています。満身創痍で満足に戦える状態ではないので、前線に立たせるような事は避けた方が良いでしょう」
敵となるドラゴンは地上での戦闘を得意とする。強靭な脚や尻尾を用いた肉弾攻撃や、炎のブレスを吐いて攻撃してくる。デウスエクス本来の力は既に失われているが、ドラゴンは元より強力な種族であるため、間違っても油断は禁物だ。
戦闘は大聖堂の外、パラディオン達を背にした状態で行われる。障害物の類はないが、戦いが長引いてワイルドスペース内に長時間留まると、ワイルドスペース内に囚われてしまう危険がある。ドラゴン撃破後は、パラディオンを連れて速やかに離脱しなければならない。
「この救出作戦が行えるのも、寓話六塔戦争の勝利によるもの……戦いに不慣れな方もいらっしゃるでしょうが、悲劇に囚われた人々の救出をどうかよろしくお願いします」
セリカはそう言うと、ケルベロス達を送り出した。
参加者 | |
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島原・乱月(ウェアライダーの妖剣士・e44107) |
一條・東雲(血を継ぐ者・e44151) |
イリス・アルカディア(レプリカントのパラディオン・e44789) |
七楽・重(ドワーフのガジェッティア・e44860) |
倉内・斎(繊月ノ夜鳥・e44913) |
滝摩・弓月(七つ彩る銘の鐘・e45006) |
石動・猛仁(地球人の甲冑騎士・e45019) |
神冥・飛燕(ウェアライダーのガジェッティア・e45124) |
●死と破壊が覆う世界で
イリス・アルカディア(レプリカントのパラディオン・e44789)が見上げるワイルドスペースの青空は、墨汁をぶちまけたように黒く滲んでいた。
「こ、これってまさか……」
太陽を遮る黒煙が、焼き尽くされた街のそれだと気づいて言葉を失うイリスを、
「気にしちゃダメだよ、全部ニセモノなんだから!」
七楽・重(ドワーフのガジェッティア・e44860)の声が現実に引き戻す。
この空間は虚構であり、ポンポリペッサの悪意が構築した空間に過ぎない――。
傍で会話を聞いていた島原・乱月(ウェアライダーの妖剣士・e44107)もそのことは分かっていたが、それでも。
(「慣れへんものやね……こういうとこに来るんは二度目やけど」)
コートにつく土埃の匂い、頬を撫でる熱風、遠くから聞こえる微かな悲鳴。五感全てが、それらを『現実』と認識してしまう。
長居をすればケルベロスとて正気を保っていられる保証はない、呪いの空間。乱月は囚われたパラディオンたちを思い、垂らした首飾りをそっと握りしめた。
「うちらを待ってる人らがおるんや。とっとこ助けに行こか」
「うむ。どうやら目的地も見えたようだしな」
大聖堂の尖塔を指さす倉内・斎(繊月ノ夜鳥・e44913)の言葉に、ケルベロス達は無言で頷き合って走り出す。
絶望に囚われたパラディオンたちを、この手で救うために。
●希望をもたらす者達の名は
『祈りの時間は終わりだ、虫ケラども!』
咆哮が、大聖堂を震わせた。
「ああ……」
「もうダメだわ……」
崩れ落ちる3人のパラディオンの前方から、地響きを立ててドラゴンが迫る。
太陽の薄光に輝く、赤い鱗。人も車も踏み潰す足。ビルの鉄骨を容易く切り裂く爪。
止める手立ては、ない。
(「ここまでなの……」)
パラディオンは精根尽き果て、立ち上がる事も出来ない。そんな彼女達を大聖堂もろとも焼き尽くそうとドラゴンが口を開いた、その時だった。
「うちらも、混ぜてもらいますえ?」
聞きなれぬ女の声とともに、ドラゴンの動きが止まったのは。
「……?」
パラディオンは状況も飲み込めぬまま、指の隙間から恐る恐る周囲を伺った。
そして気づく。一振りの小刀が、ドラゴンの影を縫い留めていることに。
それは乱月のグラビティ、『秘剣・影縫い』の一撃である。
「大丈夫か! 助けに来たぞ!」
「どうも初めまして、助太刀の者です」
間髪入れずに二人の戦士が躍り出て、ドラゴンの前に立ちはだかる。
全身防御で鉄壁の構えを取る石動・猛仁(地球人の甲冑騎士・e45019)と、切れ味鋭い血染めの包帯でドラゴンを牽制する一條・東雲(血を継ぐ者・e44151)だ。
「お話ししたい事は沢山ありますが、ひとまずここは私達……ケルベロスにお任せを」
「ケル、ベロス……?」
「そう、私達はケルベロス!」
東雲の血装刺突法を振り払うドラゴンめがけて、愛用のバール『鍵猫杖シャノワール』を振りかぶった滝摩・弓月(七つ彩る銘の鐘・e45006)が、
「どんな絶望も、私達が噛み砕いて見せます! ええいっ!」
満面の笑みで月光斬を振り下ろす。敵の狙いを引きつけようと、当たり外れもお構いなしのガムシャラな攻撃だ。
『グオオオオオオオ!!』
狩りを邪魔され激高するドラゴンの咆哮を背に、斎はパラディオンの下へ駆け寄って、血染めの包帯『紅雪』で傷口を塞ぎ始めた。
(「負傷が酷い。よほど無茶な戦いを続けたのだな……」)
状況は一刻の猶予もない。このまま戦線に留まれば3人は確実に死ぬだろう。
鮮血を吸った包帯で体が汚れるのも構わず、斎はパラディオンの一人を抱きかかえた。
「よくぞ持ちこたえてくれた。あとは我々に任せ、安全なところへ」
「で、ですが……」
「大丈夫、わたし達ケルベロスを信じて! シャーマンズゴースト君、準備はいい?」
「キュイ!」
突進してくるドラゴンの脚を猟犬縛鎖で絡めながら、神冥・飛燕(ウェアライダーのガジェッティア・e45124)とサーヴァントが、傷の浅い二人の手を引く。
「ケルベロス……ケルベロス……」
突如現れた者達の言葉を反芻しながら、パラディオン達は不思議な感覚を味わっていた。
『ケルベロス』。
その一言を反芻するたび、体の奥から力が湧いてくるのは何故だろう。
「……分かりました。後は頼みます」
『逃がさんぞ! 消し炭にしてくれる!!』
縛鎖を引きちぎったドラゴンが、飛燕たちの背に狙いを定めた。
開いた大口に陽炎がゆらめき、うねる火炎がとぐろを巻く。
「どこ見てるのかな、大トカゲ! キミの相手はボク達だ!」
標的へと向けた意識が生じさせる僅かな隙を、イリスの轟竜砲は逃さない。
地面をえぐり射出された砲撃が脇腹に着弾。体勢が揺らぐのも構わずに、ドラゴンは火炎のブレスを放射した。
「そうまでしてパラディオンたちを……! やらせるか!」
「かさねが動ける限り、絶対に攻撃はいかせないんだ!」
「キュイ!」
地を舐めて迫りくる炎を、猛仁と重とシャーマンズゴーストが盾となって防ぐ。
「ぐうううっ! ……ふん、こんなものか? 笑わせる!!」
猛仁は地面に転がって炎を消すと、悲鳴をあげる体にムチを打ち、一瞬で飛び起きた。
決意とやせ我慢を半々に、若い甲冑騎士はパラディオンに背中で語りかける。
ドラゴンを倒し、貴女達も助けてみせると。
「すまぬな、遅れた」
「シャーマンズゴーストくん、回復は任せたからね!」
後ろから斎と飛燕が戻ってきた。これでもう遠慮はいらない。
「待っててね。かさね達、必ず勝ってみせるから!」
大地を震わす重のシャウトが、戦闘開始の号砲となった。
●地獄の猟犬、亡霊の竜
「さて。ではひとつ、殴り合いましょうか!!」
翼を広げた東雲が、空から仕掛けた。
混沌の水を両腕にまといカオスキャノンを発射。並みの敵ならば蒸発を免れない一撃を、ドラゴンは分厚い胴で受け止めて防ぎきる。
(「残霊ですら、あのパワー……腐ってもドラゴンというわけですか」)
舌を巻く東雲の真下で、弓月と猛仁が同時に跳んだ。
弓月の月光斬。猛仁の得物砕き。初陣2人の攻撃を立て続けに避けながら、砲弾と化したドラゴンの体躯が前列のケルベロスをまとめて弾き飛ばす。
『邪魔をするなァァァ!!』
ダメージを負わせたケルベロスには目もくれず、ドラゴンはなおも聖堂に迫ろうとする。よほどグラビティに飢えているのか、何としても市民たちの命が欲しいようだ。
「手負いと飢えた獣はなりふり構わぬというが……まさに、だな」
その執念に斎は舌を巻いた。この戦い、回復だけでは済まぬやも――。
紅雪で仲間たちの傷を癒しながら、愛刀『烏月』の柄にそっと手をかけた。
「だったらボクが、力ずくで止めてやる!」
青白い電光を浴びたドラゴンが、体の自由を奪われ転倒する。イリスの切り札『クイックスパーク』は威力こそ小さいが、発動から着弾までのタイムラグがほぼないのだ。
イリスとパラディオンたちの目が、一瞬交錯する。3人の表情に希望の光が灯りつつあるのを、イリスは確かに見て取った。
(「待っててね。キミ達を絶望になんて染めさせるもんか!」)
かたや前方では乱月が、飛燕が、麻痺したドラゴンめがけ容赦ない攻撃を加えている。
「ほな、そのまま止まってもらうで?」
「踏み込ませないんだから!」
戦術超鋼拳がうなりを上げ、憑霊弧月が一閃し、挟み込むように襲いかかる。
嵐のごとき攻撃が分厚い鱗を剥がし、毒がドラゴンの肉体をじわじわと侵す。
『ゴミども、調子に――』
「よそ見したら、ダメなんだよ!」
重のペイントブキが空間に描き出した七色の怪物が、赤い鱗をケミカルな原色に染める。ドラゴンの怒りが、憎悪が、雄叫びとなって放たれた。
『グオオオオオオオ!!』
「かさね達はケルベロスだ!」
魂も凍えるドラゴンの視線を、ドワーフの少女は真正面から睨み返す。
「かさね達はお前を倒すことができる。だから――」
丸太のごとき巨大な脚のストンピングに力を振り絞って耐え、傷ついた体で口を開く。
自らの魂を、グラビティをあらん限り振り絞って。
「だからお前を倒して、全部終わらせるんだ!」
危険を顧みず戦うケルベロス達の姿に、パラディオン達は言葉も忘れて見入っていた。
●響き渡る聖歌
「ふむ。やはり簡単には落ちてくれぬか」
斎は紅雪を手繰り寄せると、音もなく烏月を抜き放った。
鏡のような烏月の刀身に映る自らの笑顔に、斎は小さく自嘲する。強者と戦う喜び、こればかりはどうにも抑えられないらしい。
「我が同胞よ、ちと手伝ってくれぬか?」
刀から滲み出した赤黒い手の群れが、掌の牙をガチガチと打ち鳴らし、一斉にドラゴンめがけ飛び掛かってゆく。
『吹き飛べ!』
追撃しようと襲い掛かる赤い手を踏み潰したドラゴンが、体中から血を流して前列に突進する。だが、威力こそあるが単調なその攻撃を、ケルベロスは見切り始めていた。
「見え見えですね。当たりませんよ」
「ふんっ! 笑止だな、このくらい何度でも止めてやる!」
挑発するように、紙一重で避ける東雲。あえて受けに徹し、余裕をアピールする猛仁。
「すばしこいわあ、ちょろちょろと。せっかちは嫌われますえ?」
「島原さん、こっちは完了です!」
乱月の何度目かの秘剣・影縫いが、ドラゴンの体を完全に縫いとめた。
追い討ちで弓月の月光斬が鱗を貫き、巨大な体を雁字搦めに縛り上げてゆく。
『おのれ、おのれ、おのれええェェェェッ!!』
「残念ですが、もう逃げられませんよ?」
空中を旋回する東雲が、数度目のカオスキャノンを発射。着弾の衝撃が大地を揺さぶる。乱月と弓月の付与する状態異常のおかげで、もはやホーミングに頼らずとも攻撃は当たるようになっていた。
だが。
(「何てしぶとさ……タダで死ぬ気はないってわけだね」)
口元に滲む血をスチームで癒す飛燕の顔に余裕の色はない。
このままでは、閉じ込められる――。
ケルベロスの心にジリジリと忍び寄る焦燥。
大聖堂から折り重なる声で聖歌が流れてきたのは、その時だった。
「ケルベロスの皆さん。私たちの命運を託します」
「だから、どうか――」
「負けないで下さい!」
祈りを込めた歌声に背を押され、重はパラディオンたちに力強く頷いた。
(「ありがとう。かさね、自分の事をケルベロスって言える事、誇りに思うよ」)
容易に回避できるドラゴンの炎を、重はあえて受けた。
火傷を負った足で大地を踏みしめ、真正面から立ち向かう。
どんなに傷ついても倒れない、諦めない。そのことを、身をもって伝えるために。
「だから、今の自分の誇りにかけて、絶対助けてみせるよ!」
迷いはない。
ペイントブキのストロークが、3度目のラクガキファントムを描き出す。
グラビティと魂をありったけ込めた一撃が、ドラゴンの体で派手に弾けた。
『グオオオオオァァァァァァァ!!』
怒り狂うドラゴンの咆哮に空の景色が歪み始めたのは、その時だった。
「くそ、俺達を閉じ込める気か」
猛仁が舌打ち交じりでシャウトを飛ばす。時間はあまり残されていないようだ。
「だったら、皆で一緒に決めてやろうよ!」
「大賛成!! ゴー、ゴー、ゴー!!」
殺戮衝動で仲間の傷を塞ぎ、チェーンソー剣のモーターを入れるイリス。
拳を突き上げる飛燕。
ケルベロスたちが、同時に大地を蹴った。
「その鱗、剥いじゃうんだから!」
「これで丸裸にしてあげます!」
飛燕のフォーチュンスターと弓月のバリケードクラッシュが、さながら巨大なバリカンと化し、赤い鱗をバリバリと剥ぎ取ってゆく。
「最期だ。叶うなら、生身のお前と戦いたかったぞ」
斎のプラズムキャノンに体を焼かれるのも構わず、ドラゴンは火炎ブレスの発動体勢に入った。保身を排した捨て身の攻撃である。
『燃え尽きろ、人間!!』
「何度も食らうと思うな!!」
「ズタズタに斬って繋いでグチャグチャだよ!」
灼熱の火炎を突き抜け、猛仁のブロードソードがドラゴンの顎を打ち砕いた。悲鳴をあげて転がるドラゴンめがけ、イリスのチェーンソー剣がトルクのリズムを刻み、露出した肌を切り裂いてゆく。
「うちの気持ちどす。受け取ってくんなはれ?」
乱月の喰霊殲神剣が煌き、ドラゴンの両目に突き刺さった。
なおも抵抗を捨てずに立ち上がったところへ、
「これで終わりなんだよ!」
重の全体重をかけたスピニングドワーフが命中。
ドラゴンは地響きをたてて、地面に倒れ伏した。
「土は土へ、亡霊は冥府へ。あるべき処に返してさしあげます」
東雲の包帯から、ぽたりぽたりと血が滴り始めた。
水溜りは瞬く間に池となり、湖となり、その水面は今にも津波となって溢れ出しそうだ。
「これは私の一族に伝わるものです。たっぷり堪能下さい」
血溜りの中から現れた小太刀を、東雲は一振り。
それが、とどめだった。
『ギ……ギャアアアアアアァァァァァァ!!』
鮮血の濁流がドラゴンの皮を、肉を、骨を、すべて押し流してゆく。
最後に残った断末魔の悲鳴が、風に吹かれて消えた。
●晴れた空の下で
戦いの後には、静寂だけが残された。
残霊が消えた大聖堂に別れを告げ、速足で帰路をゆきながら、弓月は3人を労わった。
「よく耐えられましたね。でも大丈夫。すぐ元気になりますよ」
「ありがとうございます。ケルベロスの皆さんの事、忘れません」
ドラゴンを倒した影響か、パラディオンは徐々に記憶を取り戻しつつあるようだ。
ご迷惑をおかけしましたと頭を下げられ、猛仁が気さくに笑って返す。
「気にしないでくれ。俺達も今の貴女達と同じように、誰かに救われた身だ」
自分は今、誰かを救うために戦う身。だから共に戦ってくれると、俺は嬉しい――。
そう付け加えた猛仁の横で、東雲がふむふむと深く頷いた。
「なるほど。猛仁君は、そういう理由でこの依頼を受けたのですか」
「まあな。というか、そういう一條はどうなんだ?」
「ああ、私はね……」
照れくさそうに笑いながら、東雲も自身の事情を少しだけ話す。
彼の幼馴染にパラディオンがいて、それで3人を放っておけなかったことを。
「彼もきっと、私と同じ事をしたでしょう。だから貴女方を助けられて良かったです」
東雲の言葉を継ぐように、重が先頭で声を弾ませた。
「みんな、出口が見えたよ!」
「さあ、ボク達と一緒に帰ろう。元の世界へ」
イリス達に手を引かれ、パラディオンが次々と元いた世界へ帰っていく。希望を心に灯した彼女たちは、もう絶望に堕ちることはないだろう。
斎は殿をゆきながら、彼方に見える大聖堂の尖塔を見上げ、ひとり呟いた。
「我々がいる限り、悪夢は繰り返させはせぬよ」
ケルベロスはこれからも、希望の灯となって戦い続けるだろう。
デウスエクスという闇が晴れる、その時まで――。
戦いを終えて帰還した戦士たちを、青い空が出迎えた。
作者:坂本ピエロギ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年1月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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