偽りの白

作者:宮内ゆう

●咲けない花
 冬、平日の植物園はほとんど人の気配がしなかった。
 では、何故自分はこんな時間、こんな場所に来ているのか。
「なんでだろう」
 いや、理由は簡単だ。小さい頃から勉強の出来た自分は周囲から期待され続けてきた。だが受験を控えた今になって成績が伸び悩み、模試の判定も芳しくない。
 両親の、学校の先生のがっかりする顔を思い浮かべると、少女自身からもため息が出た。
 ため息は白い息となり、消えていく。
 そして、その霞む息の先に白い花が見えた。
 純白の、薔薇のような花。
「クリスマスローズ……?」
 説明板にはそう書かれていた。12月に薔薇みたいな姿の花を咲かすためその名がついたのだとか。
「あなたも偽物なのね。私もそう」
 つまり、この花は薔薇ではない。それっぽいということで名前がつけられただけだ。
 他者からどう呼ばれようが自分がそうなれるわけではない。
 期待された自分、実際の自分。埋めがたいその差はどうすれば良いというのか。
「あれー、元気ないなー。よいしょー」
 いつからいたのか、声が上がった。少女には分からないだろうが、それは人型の攻性植物だった。その攻性植物は少女が見入っていたクリスマスローズに、おもむろに粉をかけ出したのだった。
 何をしているのかさっぱり分からない。が、異変はすぐに訪れた。
 瞬く間にクリスマスローズが膨れあがり、人間の大人ほどの大きさとなったのだ。
「うんうん、元気な攻性植物になりました。にへらー♪」
 人型の気の抜けた声とは裏腹に花は凶悪に広がり、まるで少女を食べるかのように迫ってきた。
 しかし、少女は逃げるでもなく、立ちすくんだままゆっくりと目を閉じた。
 きっとこの花とならわかり合える。そう思ったからなのだろう。

●私の不安を
 事件はある植物園で起きた。
「まあ、寒いし人が少なかったのが不幸中の幸いでしたね」
 普段より一枚多く着込んだヘリオライダーの茶太が肩を震わせながら言った。いぬなのに。
 今回現われたのは、人間は攻性植物と一体化してすべて自然に返るべきとして活動している攻性植物の1体だったようだ。とはいえ、その攻性植物も今はその場から姿を消してしまっている。
 残ったのは、攻性植物と化したクリスマスローズ、そしてその宿主とされてしまった少女がひとり。
「すでに職員や客もその場から逃げ出しています。近づかないよう人払いも済みです」
 だが放っておくわけにもいかない。
 このままならいずれ移動して人を襲うことになるだろう。
「もちろん事が起きるまえに倒してもらいたいところ、ですが」
 敵は1体。
 ケルベロスたちならばそう苦労するような相手でもない。
 だが問題は少女が宿主にされているという点だ。そのまま倒せば当然少女も死んでしまう。
 一気にダメージを与えて倒すと少女も道連れになってしまう。逆説的に言えばヒールをかけながら戦うことが必要になる。
 そうすれば救える可能性が出てくるのだ。あとは少女の生きる気力に賭けるしかない。
「受験を控えていたみたいですからね。今がいちばん不安な時期なんでしょう」
 そんな不安もあってか、今回の事態を招いてしまったに違いない。
「でも、みなさんならきっとこの子を救えると信じています。どうかよろしくお願いします」
 きっと、少女の命も、そして心も。
 茶太はただ深く頭を下げたのだった。


参加者
アリス・ヒエラクス(未だ小さな羽ばたき・e00143)
ラトゥーニ・ベルフロー(至福の夢・e00214)
天城・ヤコ(桃色ファンタジー・e01649)
長船・影光(英雄惨禍・e14306)
ルリィ・シャルラッハロート(スカーレットデスティニー・e21360)
ブランシュ・エマイユ(春闇・e21769)
イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)
葵原・風流(蒼翠の四宝刀・e28315)

■リプレイ

●ありしすがた
 やり直しという選択肢はまずない。
 それにもかかわらず、そのたった一度の挑戦が己の人生を大きく左右することになる。それほどの緊張感のなかで、世の少年少女が胸中は如何なものか。
「失敗したらそれで終わりってわけじゃないし、勉強でいい点を取ることが大事とも思わないんだけどなぁ」
 そう言ってイズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)が首を傾げた。
 それは正しい。受験は選択肢の一つであり、失敗してもやり直しさえ可能。当然世の中は勉強ができるか否かのみで物事を判断するわけでもなく、それだけに心を奪われる意味はない。
「そんな風に考えることができれば、よかったのでしょうけども……」
 ブランシュ・エマイユ(春闇・e21769)が伏し目がちに言いながら首を振った。
「だめなの?」
「彼女にとっては、きっとそれがすべてだったんでしょう」
 少年少女の考える世界というのは思いのほか小さい。
 かくあるべし、と学べばそれがすべての価値基準となるのも無理なからぬこと。だから勉強でいい成績を修めろ、受験でいい学校へ行け、などと言われたときにそれを疑問と捉えず、その期待に応えられているかどうか一喜一憂するのである。
「そんなの、弱気になって当たり前です。いいじゃないですか、それで」
 不満げな気持ちを隠そうともせずにちょっと唇を尖らせて天城・ヤコ(桃色ファンタジー・e01649)が言う。
「それを、弱気になったのが悪いー、みたいな? 弱みに付け込むようなやり口、許せないですっ」
「そうねぇ」
 聞いていたルリィ・シャルラッハロート(スカーレットデスティニー・e21360)が胸の下で腕を組んだ。
「私はそういう苦労分からないんだけれどね。中高一貫だから」
「それ今言うタイミングですか!?」
「そーいうのがよくわからない人もいるから、なにもこっちまであまり気負わなくていいのよ」
「あっ……そっか」
 指摘されて、気負いしすぎてたのかもしれないことに気づいた。ヤコ反省。
「まあ、私があの子を助けたいのは妹と歳が同じだからだけど」
「シンプル!」
 世間一般の認識でもなく、ケルベロスとしての使命でもなく、自分自身の考えとして戦う意味を見出している。ルリィの強さはそんなところにもあるのかもしれない。
「ああ……だからか」
 ぽつりと長船・影光(英雄惨禍・e14306)が呟いた。
 こういった依頼の時は、常に最悪のケースを想定していた。だが、その心はいまやおおきく揺らいでいる。
 自分でも、らしくないと思う。いや、むしろ自分には過ぎた感情だと。だがただの仕事ではない、それを通して自分なりの信念を通す仲間たちをみて感じるようになったのだ。
「……信頼、か」
「ワッフルおいしい」
 いいこと考えてたとこなのに、アリス・ヒエラクス(未だ小さな羽ばたき・e00143)がいきなり自由だ。
「ワッフルは自由、生きることも自由……つまり、ワッフルは人生……」
「三段論法ですね、私もワッフル食べたいです」
「リリがかって、きてくれる……がんばれー」
 なぜか便乗の葵原・風流(蒼翠の四宝刀・e28315)とラトゥーニ・ベルフロー(至福の夢・e00214)でミミックのリリさんは今日はパシリ。
「……いや。もう少し、言うことはないのか……」
「周囲の期待なんて気にしない自宅警備員の闘いを見せてあげます」
「……」
 なぜか自信ありげ、やる気満々な風流である。
「失敗1回ぐらぃで終わり……楽しくなさそぅ。もう少し気楽でぃぃのに。ぐぅ」
 寝た。ラトゥーニはまぁいつも通りだ。
「……信頼、してもいいのだろうか」
 影光はまた悩む羽目になった。

●こころとどけて
 誰もいなくなった植物園で1人たたずむ少女は孤独に見えた。
 いままで彼女の苦しみを分かってあげられなかったことを象徴しているかのよう。
「労り、慰め……それに、中傷」
 影光が言う。
「クリスマスローズの花言葉ですね。中には、私の不安をやわらげて、というのもあるんですよ」
「なるほど……では、期待に応えよう」
 それならば、自分勝手な人間らしく、都合のいい意味だけを考えよう。
 クリスマスローズという花が少女にとりついた。その偶然さえも運命だったと思えばいい。
 ふたりが攻性植物に向かい、攻性植物もまた迎え撃つ。両雄激突その刹那、攻性植物の上方から、リリさんが激突してきた。派手にぶつかって転がる。
「きゃっち、ぁんど、リリーす」
 なんか向こうの方に釣り竿持ったラトゥーニがいる。もちろん釣り糸の先にはリリさん。だが投げる勢いが強すぎたのか、引き揚げようとした反動でいともあっさり釣り糸が切れた。リリさん転がってった。
「……ねる」
 何しに来た。
 植物園だからあちこちに休めそうなとこあるだろうって、最初からその気。
「もー、悪戯しちゃだめだよ! おしおき!」
 少女を助けるためにヒールをかけながら戦う。とはいえ、そもそもダメージを与えねば始まらない。
 雷を帯びた突きをお見舞いしたのち、イズナは素早く下がる。
「おねがいっ」
「ええ、任せてください。あしたからがんばります」
「あ、なんかそれすごくよさそう」
 風流の無職感満載のオーラがいい感じに攻性植物を包む。今は落ち込んでも明日から本気出せばいいのだ。そんなふうに毎日言っていればいいのだ。
「それでいいのかというのはさておき……悲しいものね」
 花びらひとつ、刈り落とす勢いでアリスが飛び上がりから蹴り伏せた。
 人は生まれを選べない。
 その時代の、その場所で、与えられた期待には応えねばならないときがままある。
「きっと、重圧に押しつぶされてしまったのだわ」
「ああ、そういうこと」
 バスターライフルを撃ちながら、ルリィも合点がいったという様子。
 彼女にしても、家督を継ぐと話を受けたときに不安や動揺を覚えたものだ。だが、だからこそ思う。最終的には自分で乗り越えねばならないのだ。
「私にできることはせいぜい手助け程度ね」
「では、全力で手助けしましょう」
 特に苦しむ様子も異変もないが、すぐにブランシュがヒールを行う。
 すこし過剰なくらいでちょうどいい。
 これ以上、あの少女を苦しめたいなどとは誰も思わないのだから。
 少女に心の隙があったのは事実。けれども、そこに責を求めるつもりはないし、彼女自身も本当に取り込まれていいなどと考えてはいなかったと、そう信じている。

●かえろう
 極めて慎重に、時間をかけてヒールをかけながら、少しずつダメージを与えていく。気は抜けないが、扱いさえはっきりしていれば確実に攻性植物を追い込むことはそう難しくない。
「言いたいことがあります」
 風流が攻性植物に向かい言った。
「攻性植物に囚われて意識が無いかもしれないなんて、小さなことなんて気にせず……小さい言うなー」
 気にしてる。
「私は二刀流の使い手です。4本持っている刀剣のうち2本を持ってきています。そんな私の目標は四刀流です」
 ヒール不能ダメージが蓄積し始めているせいか、それとも律儀なのか、ちゃんと話を聞いてくれてる攻性植物。
「ですが、今日の私のグラビティには剣技がありません。あまつさえ、役割はメディックです。私もまた、周りの期待など気にせず、自分らしく生きています」
 四刀流は周りの期待じゃなくて自身の目標の気もするけどまあだれも突っ込まないのでいいとしよう。
「だから、あなたがあなたらしくあるため、この歌を届けます」
 すぅ、と息を吸うと、何が来るのかと攻性植物もやや身構える。
「眠いのじゃ~、疲れたのじゃ~、もぉ、やめるのじゃ~」
「もぅやめる、かぇる、ねる」
 ヒールだった。ここまで引っ張ってこの体たらく。これでいいのか。便乗してるラトゥーニはまあいいけど。
「ま、まって! よくないよ!」
 慌ててイズナが叫ぶ。舞うは緋色の蝶。ひらひらゆれて。
 でもよゆうを見せつけている場合じゃない。
「勉強はあきらめてもいいけど、助かるのをあきらめちゃだめだからね!!」
 絶対に助け出す。それだけは譲れないのだ。
 かといって攻性植物は待ってくれない。体力ある限りは攻め入ってくる。転がりながらもなんとか戻ってきたリリさんが轢かれもとい庇ってくれてその攻撃を抑え込む。合掌。
「あきらめるのは、この花の方ね」
 チェンソーを回転させ、茎を切り落とさんとルリィが刃を押し込んでいく。
「いい加減、その子を放しなさい!」
 さんざん刃をめり込ませたあと、蹴飛ばして引き抜きつつ距離をとった。
 そのころリリさんは蔓にがんじがらめ。がんばってる。
「……自分を見限るには早すぎる……」
 それには目もくれず、アリスが螺旋を込めた拳を攻性植物に叩き込んだ。
「でも、周りの期待というけど、それは人が望む貴女であって、貴女の望む貴女ではないわ……いいえ、そもそも」
 叩き込んでからのさらにたたきつけ。螺旋がはじけて散る。
「それは、本当に周りが期待している貴女なのかしら」
 聞こえてはいないはず、なのに中の少女が動揺したように攻性植物の動きが一瞬だけ止まった。
 そこを捉えて、ヤコがバスターライフルを構えた。動きが止まればどうということはない。確実に撃ち抜き、その身を灼いていく。
「両親も先生たちも、大人たちが本当に望んでいるのは、そんなことじゃないかもしれません」
 だからと、付け加えて。
「お話、しましょう?」
 届いたのは攻撃か言葉か。いずれにせよ、なにか憑き物が落ちたような感覚を感じ取ることができた。
「私たちですらこうなんです。あなたが落ち込んでいたり、況してや居なくなったりしてしまったら、あなたを愛する人たちは……」
 ブランシュが手を差し伸べた。その手のひらから花が咲くように、朝焼け色の火が揺れる。
 少女が気を落としていたのは、周りの期待にこたえたかったから。ならば周囲の人たちが少女を愛するように、少女もまた周囲の人たちを愛しているに違いない。
「だから、帰りましょう」
 少女の姿が見えた。その瞬間を逃さず、影光の突き出した刃が攻性植物のみを貫いた。
「……思うように行動していい」
 そうして少女を引きはがしくずれ込むところを抱える。
「……強かである事は、悪ではない。自分を第一に守るのは、自分であるべきなのだと……俺は思う」
「守るのは……自分」
 攻性植物が音を立てて崩れていく最中、少女の小さなつぶやきが聞こえた。

●じぶんらしく
 しばらくうろんとしていた少女だったが、時間がたつにつれて意識がはっきりしてきたようで、ケルベロスたちに対し助けてくれたことを感謝していた。
「私たちの力だけじゃないわ」
 そうきっぱり言い放ちつつも、ルリィは紅茶を少女に差し出していった。
「あなたもよ。よく頑張ったわね」
「あ、ありがとうございます」
 頭をポンポン。紅茶をすすりつつ、少女もなんだか照れくさそう。
「周りの期待、かあ……」
 改めて少女は考えているようだ。攻性植物から救い出されたとはいえ、目の前の問題が片付いたわけではない。これからも不安には立ち向かわねばならないのだ。
「がんばってほしいってだけじゃないのかな」
 あっけらかんとイズナが言う。
「え?」
「いや、勉強とかそういうのじゃなくて。なんでもいいからがんばって自分らしく成長してほしい、みたいな?」
「え、そ、そんなもんなんですか?」
「そんなもんだと思いますよ。私が言いたかったのもそういうことですし」
 ヤコも頷く。
「勉強とか成績とか、その一つに過ぎないんです。この先いろいろ考えて経験して、心も体も大きくなること、それを望んでくれているんじゃないでしょうか。なんて、私もそんな歳変わらないですけど」
 言ってから、ちょっと照れたのか自分で茶化してたりする。
「なんか、それはそれで期待が重い……」
「気負う必要はない」
 また頭を抱えそうになった少女に、今度は影光が即答した。
「自身の目標を高く持つのもいいだろう……実直なことも悪くはない……が、それで潰れてしまっては適わない。たとえば、そう……」
 一瞬考えて言葉を続ける。
「期待に応えられなくても、きっとそんな自分も最後には受け入れてもらえるはず……そう期待を返してもいいのではないだろうか」
 これは誰のことだろう。
 英雄になりたくともなりえない。それでもこうして仲間として受け入れてもらえているのは。
「そっか……そうなんですね!」
 ようやく、納得したように少女が笑顔を見せてくれた。
「すごいですね、そんなことを考えていたなんて……失礼ですけど、少し意外でした」
「……そう思う。事実、今までの俺なら考えられん……が」
 そっとブランシュに耳打ちされて、軽く首を振った後、また少女の方に目を見遣った。
「馬鹿馬鹿しく思えてきてな……」
 なんかもう少女がアリスに絡まれてた。
「誰かに望まれる通りであり続ける必要は何処にもないのだわ……他人の求める理想に思い悩むより……貴女が望む貴女を追い掛ければ良い。つまり人生であるワッフル屋さんになればいいと思うの……」
「どうしてそうなったんですか!? 人生って!?」
「ワッフルは人生……これは歴史的に証明されているわ」
「えええ!?」
 今日の伏線回収。
 また一方で、ラトゥーニが地面にへばりついている。なんとか起こそうとしてルリリさんだけど手はないのでかなり苦戦してる。
「攻性植物にかけられた、ハッピーなパウダーとか、なぃ?」
 なぃ。
「リリ、釣られて、きて」
 なにに。
 たしかにこんな自由な連中がいることを考えると、そんな期待がどうとか考えるのも馬鹿馬鹿しく思えてくるかもしれない。
 思わずブランシュもクスリと笑みをこぼした。
「それじゃあ、帰りましょうか」
 愛する人たちが、愛してくれる人が待つ場所へ。

 崩れて落ちたクリスマスローズの花を拾い上げたのは風流だった。
「クリスマスローズはヘレボルスが本来の名称らしいですね」
 少女が共感したのは、似てるというだけで全く別物なのにバラと呼ばれるようになった点。ならば、この花はバラであれという期待に応えようとしているのか。
 答えは否。
「彼らはバラを真似ているのではなくヘレボルスとして咲き誇っているんですよね」
 少女はそれに気づくことができるだろうか。
 その時こそ、彼女は自分らしく生きることができるに違いないのだった。

作者:宮内ゆう 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。