除夜のクレーシャ事件 年越、酉のビルシャナ悪あがき

作者:そうすけ


 酉年最後の日、山頂。
 身を切るような寒風の中を、白く息を吐きながら粛々と参道を進む人並み。その頭上、静かにまたたく光の向こうに釣鐘が浮かび上がってみえる。
 午後11時59分。巨大な張り子の虎の前は記念撮影をするカップルや親子ずれでにぎわっていた。
 多くの寺が大晦日は22時半ごろから鐘つきを始めるのだが、ここは午前零時に1回目の鐘がつかれるのである。
 もっとも、いまここにいる人々の多くは除夜の鐘を突くことが目当てでなく、せり出した本堂の舞台から奈良盆地の向こうから昇る「初日の出」が目当てなのかもしれない。
 さて。そろそろ、鐘が鳴るというころ、山中から突如、怒鳴り声が聞こえて来た。

「酉年を終わらせてなるものか!」

 続いて悲鳴が上がるが、肝心の鐘音は一向に大晦日の空に響かない。
 おかしいな、とスマホやカメラを片手にみなが首を捻っていると、地鳴りとともに多くの人々が血相を変えて駆けおりてきた。

「ビルシャナだ! 『酉年をタダでは終わらせぬ』 ビルシャナが出たぁ!」
「住職がやられた!」
「鐘が……、除夜の鐘がビルシャナに奪われたぞ!」

 年越しのまったりとした雰囲気に包まれていた巨大な張り子の虎の前は、騒然となった。


「時神・綾(薬局店長の姫神・e06275)さんの予測に従って、警戒していたら……大晦日に除夜の鐘を狙うビルシャナが出現する予知を得た」
 はあ、とため息をこぼしたのはヘリオライダ―、ゼノ・モルス(サキュバスのヘリオライダー・en0206)だ。
「この超迷惑なビルシャナの目的は、『除夜の鐘を占拠して鳴らさせない事によって、酉年が終わるのを阻止する』だよ。ビルシャナは、除夜の鐘の制圧を狙っている為、参拝客を襲う事は無いんだけど……参拝客が慌てて逃げ出して、将棋倒しになるかもしれない。みんなが阻止しないと」
 要するに、こたつとみかんと年越しそばをあきらめて、出動して欲しいというお願いである。
 ビルシャナは、どのような障害があっても除夜の鐘を制圧する強い意志を持っている為、たとえ、除夜の鐘を突いているのが『ケルベロス』であっても襲撃をかけてくるらしい。
 ゼノの話しでは、すでにお寺側の協力は得られており、除夜の鐘を鳴らすのはケルベロスに任せる事になっていた。
「つまり、キミたちで除夜の鐘を鳴らし、おびき出したビルシャナを迎撃して欲しいんだ」
 事件は『除夜のクレーシャ』と呼ばれるビルシャナが、群馬県渋川市のとある寺で除夜の鐘を打ち鳴らすことで始まる。
「人間の六根、好普通嫌、浄不浄、現在過去未来。酉年全ての罪と欲、108の煩悩を解放せん!」
 こうして打ち鳴らされた除夜のクレーシャの除夜の鐘は、日本全国の除夜の鐘に共鳴し始め、各地でビルシャナの襲撃が発生するのだ。
「『除夜のクレーシャ』の討伐は別部隊にまかせて、みんなは信貴山の寺に現れたビルシャナを全力で倒して欲しい」
 ビルシャナが現れる鐘堂は、寺側の協力で予め参拝客が遠ざけられているため、人払いの必要はない。
 とはいうものの、まったくの無人では怪しまれてしまうので、ビルシャナ襲撃を知ってなお残る有志の参拝客が戦闘の邪魔にならない十分な距離をとって鐘堂を囲んでくれている。
「みんなは抽選で受かった参拝客という触れ込みで、鐘をつく列の先頭に並んでいてほしい。最初の突きですぐ、ビルシャナが現れるからね。あ、鐘は守らなくていいよ。ビルシャナは『除夜の鐘の制圧』が目的だから、除夜の鐘を含むお寺の施設を攻撃する事はないんだ」
 ビルシャナは配下となる信者なども連れておらず、戦闘力も弱めらしい。ケルベロスは戦闘に集中できる。それほど苦戦もしないだろう。

「ん、でも折角だし、除夜の鐘をみんなでつきながら戦ってもいいかもね。酉年のビルシャナが起こす最後の事件、さっさと片づけて気持ちよくみんなで新年を迎えよう」


参加者
水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)
エステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557)
ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)
峰岸・雅也(ご近所ヒーロー・e13147)
月詠・宝(サキュバスのウィッチドクター・e16953)
フレック・ヴィクター(武器を鳴らす者・e24378)
キアラ・エスタリン(光放つ蝶の騎士・e36085)
雨野・狭霧(黒銀の霧・e42380)

■リプレイ


 身を切るような寒さの中、晴れ着に身を包んだケルベロスたちは鐘をつく列の先頭にいた。鐘つきの順を待つ一般人たちは少し離れたところで酉ビルシャナ、いや、新年の訪れを待っている。
 鐘つき開始の合図を列の間で待ちながら、水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)はさりげなく辺りを見回した。
 万が一にも、ここにいる人々に被害があってはならない。ビルシャナが現れたなら、素早く対処せねば。
(「しかし、あいつ。自分の事、鳥だって自覚、あるんだな」)
「え、なになに。鬼人なにか言った?」
 寒さに小さく足を踏み変えつつ零した独り言は、しっかりと恋人――ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)の耳に入っていた。
「ん、ああ。ビルシャナのやつ、鳥だって自覚があるんだなって、ふと思って」
「そうだね、ビルシャナが鳥かどうかはともかく、考えてみればデウスクスが『干支』にこだわるなんて変な話だよね」
 まったくである。
「悟りを開く事をよしとするビルシャナって割には煩悩に塗れてるっていうか、なんつうか。巡る季節に輪廻を見出すのが悟りってもんじゃないか? 大体、酉年って日本だけの風習だろう?」
 風習に拘るだけ、日本という地域がデウスエクスたちにとって重要ということなのだろうか。いや、干支の起こりはたしか中国だったはず。いずれにせよ、地球全土に広まっている風習ではない。まして、宇宙には……。
「ねえねえ、それよりも」
 ヴィヴィアンの頭の上で、カチューシャにつけた犬耳がぴこぴこと揺れる。
「二人で考えた協力技。今年最後の二人舞、バッチリ決めてみせようね」
 晴れ着をアレンジした和風ゴシックの衣装、それに負けず劣らずゴージャスな笑顔を向けられて、鬼人は口元をゆるませた。
「あ、ああ、バッチリ決めて新年の幕開けに華を添えよう」
「うぉほん!」
 突然の咳払いにゆるんだ顔を引き締めて前を向くと、こちらの注意を引いたのは寺の住職ではなく、鐘つきの先頭に立つエステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557)だった。
 エステルは白く息を吐きだした。肩越しに低く落とした声で囁く。
「もうすぐ始まりますよ。もう、いつビルシャナが出てきてもおかしくありません。警戒を怠らないように」
 胸の内でデウスエクス嫌いの虫が騒ぐのか、ちょっぴり機嫌が悪そうだ。
 空気がピリっと引き締まったところで、住職がしずしずと頭を垂れ、合掌した。それを合図にエステルが鐘堂の石階段を上がっていく。
 鐘をつく撞木の紐を手に取ったところで、厳かな雰囲気をぶち壊す声が響き渡った。
「ちょっと待ったーッ!!!」
 峰岸・雅也(ご近所ヒーロー・e13147)が振り返った先に、翼をばたつかせながら坂道を駆けあがってくるデカイ鳥の姿があった。
 赤門から律儀に下から駆け上がってきたのだろうか。ビルシャナはたどり着く前から息切れしていた。
「……たく、年の初めと終わりに迷惑極まりねーな」
 雅也は、酉年は終わらせないぞ、と息も絶え絶えわめく鳥に冷たい視線を注ぐ一方で、念のためと一般人たちをもっと遠くへ移動させた。
 同時に縛霊手の祭壇を開いて霊力を帯びた紙兵を散布する。
 月詠・宝(サキュバスのウィッチドクター・e16953)も親友である雅也とともに、一般人たちに協力を呼びかけた。
 ギャラリーがいなくなるのはちょっぴり寂しいが安全第一だ。これで気兼ねなく戦える。
 宝は仕上げに鐘楼堂を囲むようにケルベロスチェインを展開し、守護魔法陣を描いて戦いの場を整えた。
 一方、ビルシャナもようやく息が整ったようだ。
「さて、傍迷惑な大トリを倒して今年を終わらせよう。頼むぞ、白いの」
 宝に頭を撫でられたことが嬉しくて、白いのはナノ~と可愛らしく鳴いた。
「今年一年を締め括るラストバトルだ、サックリ倒して初詣を楽しむぞ!」
 二人からの合図を待っていたエステルは、ビルシャナを見据えながら撞木を片手で抑えつつ、もう片方の手をくい、動かした。
「酉年もお前ももうすぐ終わりだ、来い!」
 挑発を受けて、ビルシャナがトサカを立てる。
 いざ、突撃せんと身を前に倒した瞬間――。

 ゴォォォ~ン。

 除夜の鐘が打ち鳴らされた。
 旧き年からよりよき新しい年へと、祈るかのように鐘の音が響き渡る。
 まだ余韻で空気が微かに震える中、人々の新年を祝う言葉が一斉に上がった。
「待て、待て、まてーっ!! 勝手に祝うな! 酉年はまだ終わってはおらぬわ。百八つ、鐘が鳴り終わらぬうちはまだト――ォォオ!?」
 突然、夜の闇を雷光が駆け抜けたかと思うと、ビルシャナが身にまとう袈裟が引き裂かれた。
 不意打ちを受けた形のビルシャナが、どぅ、と土煙をあげて前から石畳の路に倒れ込む。倒れたはずみで尾に結びつけられていた梵鐘が石に当たり、鐘の音を響かせた。
 事前に出現ポイントの予測を立てていたフレック・ヴィクター(武器を鳴らす者・e24378)が、ビルシャナの登場と同時に気づかれぬよう接近し、抜刀一閃、空亡で切りつけたのだ。
「ビルシャナの悟りは本当に……無差別ね」
 残念ながら先ほどの鐘つきは偶然の出来事なので、発せられた音に破壊力はない。ただの鐘の音、いや、2つめの除夜の鐘だ。
 自ら手を貸した形のビルシャナは、こけー、と悔しがった。
 フレックは酉の背を冷ややかに見下す。
「ねぇ……どうして酉年の終焉を認めようとしないの? 鐘を奪おうと占拠しようと時間の流れは止まらない。そういう意味では貴方達の行動は無駄、無意味」
「うるさい! キャンキャン吼えるな、戌。いや犬! お前たちの年など来ない、酉年は永遠――」

 ゴォォォ~ン。

 腹にまで響き渡る殷々(いんいん)たる音色。
 キアラ・エスタリン(光放つ蝶の騎士・e36085)は三つ目となる除夜の鐘を鳴らし終えると、おもむろに光る蝶の羽を広げた。
「年は終わり、新たな年が来る。そうして一年ずつ成長し前に進むのが地球の皆様方なのです。不死の酉には分からないでしょう、その除夜の鐘の価値も」
 羽根をはばたかせ、呆然とするビルシャナに向けて燐火を放つ。
 小さな炎の欠片は渦巻きながら集まり、キアラの御業によって一つの火弾と成ってビルシャナを撃ちぬいた。
「煩悩共々叩いて消えて頂きましょう!」
 そう言い捨てると、キアラは雨野・狭霧(黒銀の霧・e42380)に紐を譲った。
「ビルシャナの煩悩もこれで祓えればいいんですがねぇ。まあ、私たちの手で悔いなく新年を迎えられる様、キッチリ片づけてあげましょう」
 狭霧は力強く撞木を引くと、思いっきり鐘をついた。
 四つ目となる除夜の鐘の音が、夜の無言(しじま)を思い切り打ち破る。遠くかすかに余韻を残して、再び静寂に立ち戻る。
 ゆらり。
 羽根を逆立たせ、怒りに拳を固めて酉が立ち上がった。
「おのれ! もう、鐘はつかせんぞ、ケルベふぅっ!!」
 ビルシャナは狭霧が放った「清めの音撃」――スターゲイザーを、胸にまともに食らってすっ飛んだ。
 酉、ここまで良いところなし。


「ま、そりゃそうだ。とっくに酉年は終わってるしな」
 この寺の除夜の鐘は、新年と同時に突かれ始める。つまり、エステルが最初に鐘をついた時点で終了していたのだ。
 元日、零時四分。
 他の神社仏閣に現れたビルシャナの大半がすでに、ケルベロスたちによって倒されていた。酉ビルシャナの本尊、クレーシャももしかしたら倒されているかもしれない。
「ウソをつくな!」
「うそじゃない、N○Kの『行く酉年、来る戌年』で速報が出ていた……と、あそこにいる有志市民みなさんからの情報だ」
 だからもうあきらめて、重力の鎖につながれて地獄へ落ちろ。
 恋人たちが打ち鳴らした鐘の音をバックに、星が瞬く天へ飛び上がる。
「大体、出てくるのが遅いんだよ!」
 空気を切り裂き落ちるフェアリーブーツから、美しい虹が広がる。七色の光をまとい、一筋の流れ星となりながら、エステルはデウスエクス目がけて急降した。
「ま、まだ酉年は……終わってはおらん!」
 そうだ、鐘楼堂ごと鐘を壊してしまえばいいのだ。
 ビルシャナが身をぶるりと震わせた。広がった羽の間から無数の、鋭いエッジを持つ小さな氷の輪が飛び出し、ケルベロスたちとその後ろの鐘楼堂につきささる。
 柱が折れ、屋根が傾いて瓦が流れ落ちた。
 落下はかろうじて免れたものの、氷輪が突き刺さった鐘は表面に亀裂が入っている。
 恋人を胸に抱いたまま、鬼人は吼えた。
 グラビティ・チェインを源にするオーラが広がり、破壊の爪痕を覆い直していく。
「てめぇ、いま自分が何をしたのか解っているのか! 建物自体はヒールで直せても、歴史は繰り返せねえんだぞ!」
 ヒールで復元できる、といっても完全に元に戻せるわけではない。修復の跡はどんなに頑張っても残るのだ。
 なにより、もう少しで大切な人が鐘の下敷きになるところだった。
 膨れ上がった怒りは、恋人と一緒にちょっぴり形がキュートに変わった鐘をつくことで発散させた。
「あたしも修復手伝うね」
 ちょっと危なかったけど、二回連続、愛する人と一緒に新年を迎える鐘を鳴らせて幸せだよ。と、ヴィヴィアンが桃色フェロモンを発散させる。
 ボクスドラゴンの『アネリー』も仲のいい二人の間で幸せそうだ。
「くわーっ!! ぼっち酉の前でイチャイチャするなッ……じゃない、その鐘を直すんじゃない!」
 ビルシャナは錫杖を振り回しながら、そこをどけ、と突撃してきた。
「煩悩を捨てよ!」
「煩悩を捨てなきゃなんないのはお前の方だろ!」
 すれ違いざま、肩を殴打されながらも雅也が妖刀【刹那】を振るう。
 痛みを堪えつつ天の月を地に写し取るかのような剣裁きで、酉脚の腱を切った。
「ナノナノ~」
 すかさず白いのが打撲を癒す。
 雅也は痛みが引くとすぐに鐘楼堂へ駆け戻った。
「行くぜ、七つ目!」
 いざ、打ち鳴らさん……とそのとき、別方向から鐘の音が聞こえてきた。
 トラウマを刺激する煩悩まみれの鐘の音、ビルシャナの<浄罪の鐘>だ。
「うわはははっ、先に鳴らしてやったぞ! どうだ、悔しさに打ちひしがれ」
 嫌がらせに自ら除夜を進めるとは。
(「もはや悟りも何もあったもんじゃないな」)
 こうなったら、ただ迷惑で我儘な酉の化け物だ。
 宝は腰に下げた薬瓶に手を伸ばした。
 仲間たちの心の傷に合わせて数種類の薬を素早く調合し、気化させ、戦場に雨雲を作りだす。
「さあ、降れ! 癒しの雨よ」
 親友に代わって撞木の紐を手に取った。
 鐘を鳴らす。
 八つ目の除夜の音が大気を震わせて、汚れを払う雨を発生させた。
 降り注ぐ雨の中、またも氷輪を飛ばそうと体を膨らませたビルシャナに向かってフレックが駆ける。
『ソラナキ……唯一あたしを認めあたしが認めた魔剣よ。今こそその力を解放し……我が敵に示せ……時さえ刻むその刃を!!』
 魔剣「空亡」から放たれた一閃が、雨の落ちる空間を切り取ってビルシャナの体に吸いこまれていく。
 ダイヤモンドの輝きを放ちながら時が繋がり落ち始めると、デウスエクスから袈裟掛けに血のようなものが吹きだし石畳を穢した。
「九つ目……てか、そろそろくたばれ!」
 トラウマから立ち直ったご近所ヒーローが、悪態をつきながら鐘をつく。
「激しく同意します。百八つ鳴らし終えるまでつきあってはいられません」
 快く鐘つきの権利を譲ってくれはしたものの、この寺に参拝にきた人々だって除夜の鐘を鳴らしたいに違いない。いつまでも粘られると、せっかくの新年の始まりにケチがつく。
 狭霧は日本刀を構えた。
「だから『雑に潰しますよ』。ええ、手間をかけてはいられませんからね」
 狭霧の手元で花が一輪、咲いた。
 鐘楼堂を遠巻きに囲んで戦いを見守っていた人々から見れば、それは元日を祝う福寿草のようであった。光沢を帯びた黄色い刃の残光が、薄く幾つも重なってあたかも花のように見えたのだ。
 フレックが十つ目になる除夜の鐘を鳴らした。
 刹那、花弁が散ってビルシャナの羽を細かく切り刻み、落とす。
 いや、すでに切り刻んでいたのだ。乱花は厳寒の空気を震わせた鐘の音が魅せたイメージにすぎない。
 続けてキアラが鐘をついた。
「酉年は終わり。除夜の鐘の音色にて煩悩は打ち払われ、ここにあなたの煩悩も終わりです。さあ、氷漬けになって罪を悔いなさい、この胡蝶達の氷にて!」
 袖より取りだしたお札から、冷たく光る胡蝶が飛び立つ。
 冴え冴えとした銀の光を放ちながら、ビルシャナの回りを舞い飛ぶグラビティの蝶。時々、灯籠の明かりを受け返し、ちらちらと赤い色を濃紺の中に落としていく。
「う、美しい……」
 呟きを最後に、ビルシャナは動かなくなった。

 ――蒼月刀舞、紅華歌舞!

『天に昇る青い月、華の赤と交わり、その破邪の光、刀に宿して敵を討つ。――共に舞うぞ、愛しき人よ!』
『華はどこまでも、深く紅く。天の月に焦がれ、その身さらに艶やかとなる。――舞いましょう、愛しきあなたと共に』
 厳かに。時を送る鐘の音が響き渡る新年の境内。
 右手から三日月を思わせる白刃を手に鬼人が、左手からヴィヴィアンが歌声を深紅の花弁に変えて撒きながら、灯籠の灯で作られた幻想の舞台に上がった。
 月と花は、まだ震えを残す鐘と立ち尽くすビルシャナの前でめぐり合い、静かに結ばれる。
 それは古い年が閉じ、新しい年が開いた、真の瞬間でもあった。


 ビルシャナを倒した後、雅也と宝は戦いで傷ついた鐘楼堂がきちんと修復され、大丈夫なことを確認してからおみくじを引きに来ていた。
「大吉だ!」
 続いて白いのをコートの内に抱いた宝がくじをひく。
「あ、俺も大吉」
 良い結果を引き当てた二人は、御賽銭をはずむとエステルに場を譲った。
「またね」
 二人を見送って、さい銭を投げ込こむ。鈴を振り鳴らし柏手を打って頭を下げたところで、ふと気がついた。
「年は時間によって切り替わるのですから、アイツが鐘を鳴らさせなくしても酉年は終わったのでは……?!」

 ゴォォォ~ン。

 キアラと狭霧、フレックも、せっかくだからと周りの人々に勧められて二度目の鐘つきを行った。
「つかれましたね」
「ええ、でも、せっかくですし、皆さんと年明けを感じてから帰りたいですわ」
 と、キアラ。
「そうですね。夜明けまで境内を見て回りませんか」
 三人が広い境内を回り終える頃、ようやく空が白みだした。
 コーヒーを飲みながら奈良盆地の夜景を眺めて過ごしていた鬼人とヴィヴィアンの周りに仲間たちが揃う。
「初日の出、見えるかな?」
「見えるさ」
 その言葉通り、雲を割って黄金色に輝くご来光が顔を出した。雲の底が山吹色に染まり、まるで金屏風のよう。奈良盆地を縁取る山々の影が風景を引き締めている。
 朝日を浴び、ケルベロスたちは改めて新年を祝う。

 あけましておめでとう!

作者:そうすけ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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