除夜のクレーシャ事件~人生楽ありゃ苦もあるさ

作者:呉川兎男

●光圀公のお膝元
 12月31日、大晦日。
 茨城県は水戸市にある、水戸光圀公の御用達でもあったお寺で、今まさに除夜の鐘つきが始まらんとしていた。
 境内はあつまった参詣客たちで溢れていた。
 年若い友人同士から、恋人、家族、あるいは孫と連れ立ったおじいちゃんおばあちゃんたちまで、老若男女を問わずだ。
「じょやのかねぇ?」
 幼い男の子は、ごつごつとした、でも温かな祖父の手を握りしめて、その顔を見上げた。
「あのおっきな鐘さ撞くとなぁ、ごぉんごぉんておっきな音して、それが身体の中の悪いもん落としてくれんだぁ」
「わるいもの?」
「一年いっぺぇ色んなことあって、それが108つのわりぃもんとして、溜まってんだぁ」
「鐘がキレイにしてくれるの?」
「んだぁ。キレイさなって、また新しい一年をまた迎えんだよぉ」
「エラい鐘なんだね!」
 そうこうしているうちに、本堂からやってきた住職たちが、鐘撞堂の中へと入った。
 梵鐘に合唱。撞木を揺らして、ひとつ、鐘を鳴らす。
 まさに、その時だった。
「クケェーーーッ!」
 どこからともなく現れた鳥人間が、住職をドロップキックで吹き飛ばした。
「酉年を終わらせてなるものかぁ!」
 突然あらわれたビルシャナの横暴により、境内の人々は大混乱に陥った。
「うわああんっ! おじいちゃああんっ!」
「あぁ、ホトケサマ、黄門サマ、お助けくだされ、お助けくだされ」
 抱きしめる祖父の腕の中で、男の子がいつまでも泣いていた。

●ブリーフィング
「茨城県の水戸市のお寺に、ビルシャナが現れます!」
 笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)は可愛らしい顔をせいいっぱい、怖そうにして言った。
「赤鉄・鈴珠(ファーストエイド・e28402)さんたちが言っていたとおりになっちゃいました。このビルシャナは除夜のクレーシャの手下で、『除夜の鐘を占拠して鳴らさせない事によって、酉年が終わるのを阻止する』って本気で思っているのです。だから、鐘だけを狙います。お参りに来たお客さんを襲ったりはしないです。でも、わーってなったお客さんたちが、押したり転んだりして、ケガをするかもしれません。いちだいじです!」
 ねむは両手を振り回して、怒りを露わにしている。
「ビルシャナたちはぜったいに鐘をつかせない! って頑張ってるので、ケルベロスのみんなが鐘をついていても、やっぱり襲ってきます。なので、最初からお客さんたちをいないようにしておいて、ケルベロスのみんなだけで、おびきよせることもできるのです。お寺のお坊さんたちも、いいよって言ってくれました!」
 ねむはぐっとガッツポーズを取る。
「ビルシャナは鐘だけを狙っていて、まわりにはみんな以外、誰もいないので、戦闘に集中できます! ビルシャナは信者とかも連れてきていないので、みんなで、えっと、フルボッコ? なのです! でも、ビルシャナはへんてこな祈りで、ピカーって光ったり、火とか氷を出したり、お経を唱えるので眠くなったりします。あとは、ごーんごーんて鐘を鳴らされると、嫌なこといっぱい思い出して、わーってなるのです。気をつけてください!」
 身振り手振りを交えて、ねむは説明を続ける。
「ビルシャナたちは、除夜の鐘をいっぱい集めて『酉年終わるの絶対許さない明王』を出現させる野望なのです! でも、みんながお寺の鐘を守ってくれれば阻止できます。そして、除夜のクレーシャも他のケルベロスさんたちがやっつけてくれるので、この事件は今回が最後です! 早くやっつけて、みんなで初日の出とかお参りとか行くのです! よろしくおねがいします!」


参加者
四乃森・沙雪(陰陽師・e00645)
燈家・陽葉(光響射て・e02459)
赤星・緋色(小学生ご当地ヒーロー・e03584)
皇・絶華(影月・e04491)
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
渡羽・数汰(勇者候補生・e15313)
ヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046)
巻島・菫(サキュバスの螺旋忍者・e35873)

■リプレイ

●干支を巡る戦い
 大晦日。
 水戸光圀のご用達でも知られる有名な寺院は、大晦日の喧騒に湧く街の中で、ひっそりと静寂に沈んでいた。
 境内をぐるりと囲うように張り巡らせれたキープアウトの鮮やかな黄色が物々しさを醸し出し、まばゆいランプの光によって夜の中でも視野が確保されている。
 その中央地にあたる鐘撞堂には、赤星・緋色(小学生ご当地ヒーロー・e03584)たちの姿があった。
「除夜の鐘を集めて明王召喚、ってなんかビルシャナっぽいよね。でも『なんとか明王』って言うと弱そうって感じちゃう。召喚させて根元から断つとかじゃダメなのかな? 迷惑だから一応は止めるけど……止めるけど!」
 そんなことを言いつつ、緋色は撞木を引くための縄を引く。
「除夜の鐘を突かなくても、戌年にはなると思うのですが……。それとも、今回のビルシャナには何かそういう力でもあるのですかね?」
 機理原・真理(フォートレスガール・e08508)は純粋に疑問を口にした。
 除夜のクレーシャとその一派のビルシャナたちが、酉年を終わらせないために、歳の暮れの象徴たる除夜の鐘を奪う、という狂気ともいえる犯行が予言されている。
 そのため、寺院の関係者と近隣住民らにはあらかじめ事情を説明して、現場から避難してもらっていた。
 本来は夜八時半頃から始まる除夜の鐘つきであるが、今回は時間をかなり前倒ししている。
 ビルシャナたちを早めにおびき寄せて、退治してしまい、あとは例年通りに、住職や一般客たちに鐘つきを楽しんでもらいたい、という配慮だった。
 鐘が鳴る。
 深く、澄んだ響きが夜の静寂に広がっていく。
「除夜とは108の煩悩を払うと言っていたかな……いずれにせよ、どうあがこうと時は過ぎるという物、ならば一つのけじめをつけるべきだ」
 鐘の音を全身で感じながら、皇・絶華(影月・e04491)はしみじみとつぶやく。
 ゆっくりと時間をかけながら、鐘を撞く。
 二つ。
 三つ。
 四つ。
 そして。
「クケェーーーーーッ!」
 奇態な叫び声とともに、黒の法衣に身を包んだビルシャナが飛び出してきた。
「酉年を終わらせてなるものかぁ!」
「酉年を終わらせない? そんな訳にはいかないのです!」
 声高に叫ぶ鳥姿のデウスエクスに、ヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046)が声高に反駁する。
「今年は達成できなかったのですが、来年こそ猫年にするのです! そのためにも、邪魔な鳥にはさっさと退場して貰うのです!」
 ヒマラヤンは決意の灯る瞳で、ぐっと握りこぶしをつくった。
「いいから除夜の鐘をよこすクケェーッ!」
 ビルシャナが怒りの声とともに跳ぶ。
 頭上を抜けて、一気に除夜の鐘へと迫ろうとする。
「ふっふっふ、この技からは、たとえ飛んでも逃げられないのですよ!」
 ヒマラヤンがグラビティを込めた手を、勢い良く地についた。
 大地が鳴動し、石筍の如き直方体が恐るべき勢いで伸びると、ヒマラヤンの足の小指をしたたかに打った。
「コ、コケッ…………!!」
 声なき叫びとともにビルシャナは地へと落ち、ぶつけた小指を押さえてもがき苦しむ。
 四乃森・沙雪(陰陽師・e00645)は間抜けな姿のビルシャナへ油断なく歩み寄り、神霊剣・天の刀身を抜き放つ。
「陰陽道四乃森流、四乃森沙雪。参ります」
 きらめく白刃の上を刀印でなぞる。
「祓い給い、清め給え。槍騎、招来・急急如律令!」
 夜の闇を破って氷の騎士が顕現、ビルシャナへと迫る。
「力を貸してね、阿具仁弓」
 燈家・陽葉(光響射て・e02459)が矢をつがえずに、弦を弾く。
「響け、大地の音色」
 音の波が地を揺るがし、ビルシャナの足元を崩した。
 たたらを踏むビルシャナに、氷の騎士の一撃が見舞われる。
 皇・絶華(影月・e04491)が炎をまとった蹴りで追撃する。
 さらに、機理原・真理(フォートレスガール・e08508)と一輪バイク型サーヴァント、プライド・ワンが、炎をまとって突進、ビルシャナを吹き飛ばした。
「新年の時点で、いわば酉年様も倒されるわけです、貴方も倒してきっちり干支を交代なのですよ!」
「酉年は終わらんケェッ、何度でも蘇るクケェー!」
 ビルシャナは空中で体制を立て直すと、どこかで聞いたセリフを叫んだ。
「トリの焼けるイイ匂いがする。でも、クリスマスはもう終わった。フライドチキン野郎はお呼びじゃないぜ?」
 渡羽・数汰(勇者候補生・e15313)のあからさまな挑発に、ビルシャナは激昂して飛びかかる。
 その一撃を、緋色が阻む。
「ふはははー! 小江戸の緋色、さんじょーうっ! 年末になんやかんや面倒だから、さっさと倒されるのだ!」
 数汰に続いてビルシャナを挑発、鐘から引き離していく。
「確かに、鐘が無ければ鳴らせない……でも、時間は普通に過ぎちゃうんだなあ。現実は非情であるんすよ?」
 巻島・菫(サキュバスの螺旋忍者・e35873)もしみじみとつぶやきつつ、全身装甲から光輝く粒子を放出して、味方の超感覚を覚醒させていく。
「やかましいクケェ!」
 ビルシャナは燃え盛る孔雀の炎を放つ。
 仲間に襲いかかる前に、すかさず真理が身を挺して、それを阻んだ。
「くっ……」
 目にも留まらぬ弓の早撃ちで、陽葉がカウンターを狙う。
「見切れるかな?」
 翻弄されるビルシャナめがけて、数汰も飛び出す。
 氷と雷をまとった拳や蹴りの連撃を容赦なく浴びせていく。
 ヒマラヤンは使い魔の黒の翼猫ヴィー・エフトとともに、徹底的に敵の移動と攻撃を封殺にかかる。
「うっとうしいケェッ!」
 ビルシャナは周囲を薙ぎ払うようにして、氷の輪を放った。
 避けきれない前衛たちは氷の余波を受けるが、菫と緋色がすかさず回復して、大事には至らない。
 陽葉は一足で距離を詰めると、
「せーのっ! 破っ!」
 鋼の鬼と化した拳で、ビルシャナの防御を打ち破る。
「ま、まだケェ、まだ終わらんクエぇッ!」
 またどこかで聞いたようなセリフを叫んで、ビルシャナは不気味な経文を唱えた。
 何人かの意識が持って行かれかかるのを、陽葉の喝が覚醒させる。
「鐘は煩悩を払うためのものだからね。鐘を突かずとも時間は無常にかつ無情に流れて年が明け、戌年が来るんだ。だから、君達の行為に意味は無いんだよ」
「鐘を集めれば永久に酉年なのケェッ! エラい人にはそれが分からんのクエッ!」
 ビルシャナは血走った目で口角に泡を飛ばしながら、飛び上がる。
「鬼魔駆逐、破邪……火之迦具土神!」
 沙雪が素早く刀印で九字を切る。
 燃え盛る破魔の炎がビルシャナを撃ち落とした。
 さらにヒマラヤンがタンスの角で小指を追撃する。
 ビルシャナはすでに封殺されていた。
 陽葉の鳴弦に足場を乱され、絶華の流星のごときローな飛び蹴りで脚はガクガク、ヒマラヤンの執拗な小指への攻撃に悶え苦しみ、果ては菫がばらまかれた濡れ雑巾で足を滑らせる始末。
「祓い給い、清め給え。禁縄、禁縛。急急如律令!」
 ダメ押しとばかりに、沙雪の呪が身動きを封じた。
「我が手に宿るは、断罪の雷霆。その身に刻め、裁きの鉄槌を……!」
 数汰の拳に、紫電が宿る。
「轟け! 俺のグラビティ!」
 轟雷の一撃を受け、ビルシャナは地面へと沈む。
「ク、クケ……酉、年を……鐘を……」
 死の淵にありながら、ビルシャナは狂気の様態で、なおもあがいていた。
「貴様がそんな事を言うのは、過去に捉われ未来を生きる力を失ってしまったからだ」
 ほのかな哀れみを含んで、絶華が語りかける。
「貴様は不安なのだな、一年の節目を迎える事が。だが、それは貴様に乗り越える為のパワーが足りないからだ」
 ビルシャナは虚ろな瞳を絶華に向ける。
「そんな貴様に、圧倒的パワーを与えてやろう。これは私が全身全霊、真心をこめて作った完全栄養強壮チョコレイトだ。体から溢れるパワーに酔いしれ、一年を超える力をその身に発現させるといい。さあ、食え。さあ……さあ……さあっ!!」
 死に体で首を横に振る鳥野郎の口に、チョコレイトを無理やり押し込んで飲み込ませる。
 カッと目を見開いたビルシャナは、ガクガクと全身を激しく揺らすと、口から血の噴水を吐いた。
 身体はみるみるうちに膨れ上がって、ついには爆散する。
 見事な血の華を咲かせた。
「………あれ?」
 他意はなかった絶華は、はてと首を傾げる。
「これにて年末の大掃除の仕上げ、終わりっすな」
 菫がうーんと伸びをする。
 沙雪は弾指とともに九字を解くと、静かに納刀した。

●ゆく年と、くる年と
 戦闘の余波で傷ついた境内を手分けして修復する。
 ひととおり終わったところで、封鎖を解除して、住職や一般客にもう危険はないことを説明した。
 あらためてお寺に参拝をして、無事に再開した除夜の鐘を背に受けつつ、一行は街へと繰り出した。
 数汰の発案で、年越しで賑わう屋台を見て回ることになっていた。
「あ、私、おしることか食べたい! やっぱり寒いもん」
 緋色はすかさず屋台の列に並ぶ。
 皆も思い思いに食事をとり、小腹を満たす。
 やがて108つ目の鐘が無事に鳴り、無事に年を越した。
「……初日の出、見に行こっか」
 陽葉の提案に、誰も異論はなかった。
 一行は海へと向かった。
 真理が準備をしておいた使い捨てカイロをみんなに配っていく。
 沙雪はホットドリンクを、菫も秘密がいっぱいつまった豊かな谷間からドリンクバーを提供する。
「いいっすねぇ。若い男女が大勢で夜を明かす、意味深じゃない意味で……おっと、ドリンクが欲しいからって、セルフサービスはダメですよ? 胸元にいきなり手を突っ込まれたりしたら、恋の予感より先に事案の予感がとまらない☆」
 菫は自身もドリンクバーからマカ&ガラナを取り出して飲み干す。
「くぅーっ! 眠気も吹っ飛ぶ、ビンビン覚醒フレーバーだぜ! 今年は危うく、お店の皿割り記録を塗り替えて歴代トップエースに並ぶところでした。あ、でも、もう年は変わったから大丈夫☆ 今年はもっといい年になりますように! ……しまった、マネーギャザ用意して皿割り分の補てんに充てればよかった……まぁ、今更だけどなー」
 不思議がいっぱいの谷間から新たなドリンクを取り出しつつ、菫は上機嫌に夜明けを待つ。
 やがて、夜の帳に一条の光が刻まれた。
 海と空を分かつ光の水平線は、次第に燃え盛る炎のように赤く染まっていく。
 まばゆい光が兆した。
 ご来光が、海の上に姿をあらわす。
 世界をあまねく光で染め上げていく。
「……こうして見る初日の出も、いいものだよね」
 陽葉がしみじみとつぶやいた。
「こうして、酉年も終わり、無事に戌年を迎えることができたのであった!」
 緋色が劇がかった口調で、歓喜の声を上げる。
 隣でヒマラヤンがハッとした顔をした。
「今年も猫年にできなかったのですよ……」
 がっくりと地面に膝と両手をついてうなだれる。
 が、次の瞬間には、すわと立ち上がった。
「まだ、なんとかなるかもしれないのです!」
 そう言い残して、どこかへと走り去っていく。
 真理はプライド・ワンのエンジン部分に寄り添って暖を取りながら、ご来光をまぶしげに眺めていた。
 片目をつぶると、アイズフォンで恋人へと電話をかける。
「ん、私です……あけましておめでとう、ですよ。マリー……ええ、そうです……いえ、こちらこそ……安全な一年とはいかないかもですが……頑張れる一年にしたいですね」
 軽く仮眠を取っていた絶華も、すでに起きてご来光に手を合わせていた。
「あけまして、おめでとうございます」
 熱心に祈るのは、一族の再開。家の復興。そして、家族と仲間の無事と健康。
 今年は激動の一年といって良かった。
 一つ間違えれば、日本、そして地球はどうなっていたか。
 来年もまた、同じようにこの日を迎えられるよう、全霊を尽くさねばならない。
「この当たり前を、私達は守っていかなければならないのだな……」
 絶華は胸に秘める決意を新たにした。
「そうだね。今年もまた、良い年でありますように」
 沙雪も、ご来光を前に手を合わせて祈るのだった。

作者:呉川兎男 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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