除夜のクレーシャ事件~撞木の黙示録

作者:土師三良

●除夜のビジョン
 雪降る大晦日の夜。
 とある寺に参拝客の小さな行列ができていた。
 大晦日以外には(ここを遊び場にしている近所の子供たち以外には)滅多に顧みられることのない無名の寺だ。貧窮のためかか、あるいは怠慢のためか、境内は荒れ果てているが、その荒れ具合が雪化粧とあいまって、なんともいえない趣を醸している。
 そんな趣ある情景に参拝客たちは目を楽しませていた。
 それに耳も楽しませていた。
 除夜の鐘で。
 だが、しかし――、
「これ以上、撞かせはせん! 撞かせはせんぞぉーっ!」
 ――情緒ある鐘の音は耳障りな咆哮にかき消された。
 そして、異形の影が境内を走り、釣鐘堂に飛び乗った。
 僧衣をまとったビルシャナである。
「行かせてなるものか、我らが酉年を! 来させてなるものか、忌むべき戌年を!」
 鐘を撞いていた参拝客の襟首を掴んで釣鐘堂から放り出すと、ビルシャナはただでさえ大きな声を更に大きくして、正気とは思えぬ宣言を響かせた。
「干支は酉のままだ! 来年も! 再来年も! 百年後も! 千年後もぉーっ!」

●音々子かく語りき
「大晦日だというのにビルシャナどもが騒ぎを起こすようですよー」
 寒風が吹きすさぶヘリポートでヘリオライダーの根占・音々子がケルベロスたちに語り始めた。
「いえ、『大晦日だからこそ』と言うべきですかね。除夜の鐘を狙うビルシャナが現れるかもしれない――そんなことを赤鉄・鈴珠(ファーストエイド・e28402)さんたちが予想していたんですが、それが現実のことになっちゃったんですよ」
 件のビルシャナの名は『除夜のクレーシャ』。彼とその一党は各地の寺院の梵鐘を占拠し、除夜の鐘を鳴らさせないつもりでいるらしい。
 酉年を終わらせないために。
「幸いなことにビルシャナたちは参詣客の虐殺をおこなったりしません。目的はあくまでも鐘を制圧することですから。とはいえ、ビルシャナがいきなり現れたら、参拝客の皆さんがパニクって逃げ出して将棋倒しとかになっちゃう危険性もありますよね。ですから、各お寺に協力を要請し、事件が起きる時間には一般人の立ち入りを禁止してもらいます」
 一般人の立ち入りが禁じられたからと言って、境内が無人になるわけではない。住職や参拝客に代わり、ケルベロスたちが寺の鐘を撞く。
 そして、鐘の音に誘き寄せられたビルシャナを迎撃するのだ。
「皆さんに撞いていただくのは、岐阜県高山市にあるお寺の鐘です」
 と、音々子は言った。
「かなりくたびれた感じのお寺なんですけど、鐘はとても立派なんですよー。あ、だからとって、その鐘やお寺の施設を守ることを優先する必要はないと思います。さっきも言ったようにビルシャナの目的は鐘の制圧であり、お寺を破壊することではありませんから」
 ケルベロスは戦闘に集中できる。しかも、そのビルシャナは戦闘能力が低く、配下となる信者なども伴っていない。さして苦戦することはないだろう。
 最後に音々子はちょっとしたお得情報(?)を皆に伝えた。
「現場の近くに小さな神社がありまして、参拝客に温かいお雑煮を振舞ってくれるそうですよ。任務が無事に終わったら、初詣に行ってみるのもいいんじゃないでしょうか。もし詣でるなら、私の分も拝んでおいてくださいね。主に良縁とか」
 冗談めいた口調ではあるものの、『良縁』という言葉には力が込められていた。除夜の鐘をどれだけ鳴らそうと、彼女のこの煩悩だけは消せないかもしれない。


参加者
立花・恵(翠の流星・e01060)
姫百合・ロビネッタ(自給自足型トラブルメーカー・e01974)
ライゼル・ノアール(仮面ライダーチェイン・e04196)
イリス・フルーリア(銀天の剣・e09423)
玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)
岩櫃・風太郎(閃光螺旋のガンカタ猿忍・e29164)
園城寺・藍励(深淵の闇と約束の光の猫・e39538)
常祇内・紗重(鬼神丸・e40800)

■リプレイ

●年の瀬に梵鐘を撞け!
 知られざる名鐘以外に見るべき物のない、荒れ果てた古寺。
 立ち入り禁止の札が山門に掛けられているにもかかわらず、境内には十数人の男女がいた。
 そう、ケルベロスである。
 ビルシャナを誘き寄せるため、鐘を撞いているのだ。
「一般人の代わりに撞くんだから、しっかりと心を込めないとな」
 立花・恵(翠の流星・e01060)が撞木の縄を引き、鐘の音を響かせた。
「……うん。風格ある佇まいに負けない良い音だ」
 目を閉じて静かに頷いたのは人派ドラゴニアンの常祇内・紗重(鬼神丸・e40800)。肩の上ではボクスドラゴンの小鉄丸が同じように目を閉じて頷いているが、主人を真似ているだけであり、音の善し悪しが判っているわけではないだろう。
「一度、やってみたかったんだよね、これ!」
 恵に代わって、オラトリオの姫百合・ロビネッタ(自給自足型トラブルメーカー・e01974)が釣鐘堂に上がり、力いっぱい鐘を撞いた。
「うわー! 思ってた以上に楽しいぃー!」
 興奮を抑えきれずに飛び跳ねながら(何度も連続で撞きたいという衝動を必至に抑えつつ)、ロビネッタは同種族のイリス・フルーリア(銀天の剣・e09423)に場所を譲った。
「では、撞かせていただきます」
 イリスは勢いよく撞木の縄を引いた。
 数度目の鐘の音が冬の夜気を揺らす。
 その音の残響がまだ消えぬうちに――、
「来ました!」
 ――警戒にあたっていた玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)が叫んだ。
 半秒ほど遅れて、別の声が皆の耳朶を打った。
「これ以上、撞かせはせん! 撞かせはせんぞぉーっ!」
 言うまでもなく、声の主はビルシャナだ。雪煙を盛大にあげ、ラガーマンよろしく釣鐘堂に突進してくる。
 だが、トライを決める前に爆発音が轟き、孤高のラガーマンは吹き飛ばされた。ユウマが発射した轟竜砲を真正面から喰らって。
「銀天剣、イリス・フルーリア……参ります!」
 イリスが名乗りをあげ、スターゲイザーで追い討ちをかけた。銀色のエアシューズがビルシャナの胸を抉る。ほぼ同時に弾丸も命中していた。ロビネッタの愛銃『シェリンフォード改』から撃ち出された時空凍結弾だ。
 宙にいる間に二度の追撃を受けてなお、華麗に着地する――そんなことができるほどの体術をビルシャナは心得ていなかったらしい。無様に落下し、走っていた時よりも盛大な雪煙を巻き起こした。
 そこに恵が飛び込み、第二のスターゲイザーの傷跡を敵に刻みつけ、雪煙が収まると同時に離脱した。
 彼に続いて動いたのはライゼル・ノアール(仮面ライダーチェイン・e04196)。
「変身!」
 バトルベルトの『プリズムファクター』に鍵を差し込んで変身し、猟犬縛鎖を繰り出す。『ヴュルゲンクローネ』の名を持つ赤いケルベロスチェインがビルシャナに絡みつき、締め上げた。
「ええい! くそ!」
 鎖を必死に振り解こうとするビルシャナ。
 その間にクララ・リンドヴァルが『病魔殺し召集Ⅲ』で後衛陣の命中率を上昇させた。
 すぐにジャマー能力も増強された。玉榮・陣内が『キジムナーの悪戯』を用いたのである。
 そして、前衛陣にもエンチャントがもたらされた。新条・あかりのライトニングウォール。
 さすがにその頃にはビルシャナも鎖から逃れて立ち上がっていたが、釣鐘堂に再突進することはできずにいた。
 行く手を阻まれたからだ。
 釣鐘堂の屋根から飛び降りてきた岩櫃・風太郎(閃光螺旋のガンカタ猿忍・e29164)に。
「エイプ&――」
「――ファイアー、推参!」
『エイプ』たる風太郎(彼はニホンザルの獣人型ウェアライダーだった)の後を引き取り、『ファイアー』であるところのベルベット・フローもビルシャナの前に現れた。
「なにがエイプだ! エテ公なんぞ、お呼びでないわ! 所詮、申年は酉年の前座よぉ!」
「前座? 負け惜しみにしか聞こえないでござるよ」
 怒鳴り散らすビルシャナに向かって、風太郎は拡声器型の赤いバスターライフル『AMATERASU』を突きつけた。
「なにせ、酉年は申年の後塵を拝することしかできぬウスノロでごるからな」
 次の瞬間、『ウスノロ』めがけてバスタービームが発射された。その後をフクロウ型のファミリアロッドが追う。ベルベットがタイミングを合わせて投擲したのだ。
「うぉぉぉーっ!?」
 バスタービームに体を貫かれ、ファミリアシュートのジグザグ効果で状態異常を悪化させられて、ビルシャナは嘴から悲鳴を迸らせた。
 だが、傷だらけの体から飛び出したのは悲鳴だけではない。反撃のグラビティ――氷で構成されたいくつかの円形の刃も発射されていた。
 標的となったのは前衛陣だが、五人のケルベロスに加えて二体のサーヴァントまでいるので、ダメージは減衰している。人型ウェアライダーの園城寺・藍励(深淵の闇と約束の光の猫・e39538)に至っては無傷だった。ユウマが咄嗟に庇ったからだ。
 藍励はユウマに目顔で感謝を伝えると――、
「時解、弐之型『三攻』……トライアングル・ストライク」
 ――大型のゾディアックソード『ビヴロストバスター』を動かし、切っ先で三角形を描いた。目の前にいるビルシャナを囲むように。
 描き終わると同時に三つの頂点からビルシャナに向かって光が収束し、三角形が三角錐に変わった。そして、すぐに消えた。粉々に砕け散るという形で。
「――!!」
 三角錐の破片を全身に浴びて、またもやビルシャナが悲鳴をあげた。だが、誰にも聞こえていない。砲声にかき消されたのだ。発生源は紗重のドラゴニックハンマー『鬼神太夫』。
 紗重は着弾を見届けると、ヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)に指示を送った。
「『ブラッドスター』で前衛をキュアして!」
「俺、歌よりもギターのほうが得意なんだけどなぁ」
 こぼしつつも、ヴァオは『ブラッドスター』を歌い始めた。必要もないのにバイオレンスギターを奏でながら。
 もちろん、人数が多いためにヒールの効果も減衰している。その穴を埋めるべく、小鉄丸がユウマに属性インストールを施した。
「小鉄丸、ガンバ」
 小さな戦士を応援しつつ、ルエリラ・ルエラがペトリフィケイションを発射した。

●年越しに魔鳥を討て!
「ライダーパンチ!」
 ライゼルが戦術超鋼拳をビルシャナに叩きつけた。オウガメタル『メタル・チェインボルト』を纏った拳によって、肉がひしゃげ、骨が砕かれる。
 その拳が離れる間もなく、別の拳がビルシャナの体にめり込んだ。イリスの恋人の神無月・明人が『天地拳』を放ったのだ。
 戦闘開始からさして時間が経っていないが、ビルシャナは既に虫の息だった。ポジション効果による命中率と回避力の上昇も無意味なものと化している。元の能力が低い上に状態異常が蓄積し、おまけに見切りが生じているからだ。
「こんな煩悩まみれの輩には除夜の鐘はうってつけかもしれないね」
 ライゼルの独白に鐘の音が重なった。
 ビルシャナを苛立たせるため、藍励が鐘を撞いたのである。
「ほらほら、戌年がもうすぐ来るぞぉ!」
 挑発の言葉をぶつけながら、恵がビルシャナに肉薄した。『T&W-M5キャットウォーク』の銃口を相手に密着させ、ゼロ距離からの射撃『スターダンス・ゼロインパクト』を見舞う。
 くぐもった破砕音が聞こえた。ビルシャナの体内で弾丸が炸裂したのだろう。
「いや、戌年は来ない! 俺が阻止してみせる!」
 激痛を激怒に変えて、酉年の使徒は絶叫した。
 その悲壮(?)な姿を釣鐘堂から見下ろしつつ、藍励が首をかしげる。
「除夜の鐘を撞かなくても……絶対に酉年は去るし、戌年は来る……と、思うんだけど……」
「ですよね」
 と、イリスが頷いた。
「酉年を終わらせないために除夜の鐘を撞かせないなんて……実にビルシャナらしい発想です」
 半ば呆れ、半ば感心しながら、絶空斬を放つイリス。斬霊刀『紅雪』の刃がビルシャナの傷を斬り広げていく。
 そして、すぐに新たな傷が生まれた。しかも、複数。ロビネッタが『名探偵ロビィ、参上!(イニシャルシュート)』を披露して、銃弾の雨を降らせたのだ。その名が示すように自らのイニシャルを弾痕で記すグラビティなのだが、本人が思い描く理想と実際の技量の間にあるギャップは埋め難く、イニシャルというよりも梵字に見える。
 その出来栄えを気にすることなく、ロビネッタも敵を挑発した。
「ちなみにあたしは酉年生まれ! あと数分間は年女だよ。でも、鳥より犬のほうが好きかなー。犬は可愛いし、かっこいい警察犬とかもいるし、それに犬のキャラクターの名探偵もいるしね!」
「がおー!」
『そうだ、そうだ』とでも言うように吠えたのはオルトロスのイヌマル。眠たげな瞳がビルシャナに向けられ、パイロキネシスの炎が燃え上がる。
 しかし、ビルシャナの嘴から悲鳴が漏れることはなかった。漏れる寸前に――、
「戌年は必ず来ますよ! 地獄の猟犬という水先案内人がいるんですから!」
 ――ユウマが鉄塊剣『エリミネーター』を顔面めがけて振り下ろしたからだ。あるダモクレスの部位から作られたその大きな刃は地獄の炎を帯びていた。ブレイズクラッシュ。
「今夜は……一年の大切な節目……」
 藍励が跳躍した。
「……希望の未来のために……おとなしく倒されて」
 彼女のスターゲイザーを受け、ビルシャナの両膝が地面に落ちた。
 すかさず、紗重が脇腹に旋刃脚を突き入れた。膝立ちのビルシャナがぐらりと揺れる。だが、まだ倒れない。
「と、酉年は永え……」
「酉年、大儀であった!」
 万感の想いが込められているであろうビルシャナの言葉を風太郎が無情に断ち切った。
「今年最後の鐘の音は!」
 ベルベットが叫び、『雷速木兎撃』をビルシャナにぶつけた。
「貴様の命で鳴らせ!」
 風太郎もまた叫び、『伽羅倶熾威菩来刀忍者擂沛螺流怒雷刃(ギャラクシーブライトニンジャスパイラルドライバー)』を発動させた。『AMATERASU』が同型のバスターライフル『TSUKUYOMI』と合体し、そこから放たれた光の螺旋がビルシャナの左胸を打つ。
 そして、百七回目の鐘が鳴った。
 ビルシャナが釣鐘堂に吹き飛ばされ、鐘にぶつかったのだ。
「クラヴィク、道を作ってくれ!」
 ライゼルの声に応じて、ライドキャリバーのクラヴィクがビルシャナにデットヒートドライブを仕掛けた。
 それによって生じた炎の軌跡に沿うようにしてライゼルも突進し――、
「ライダーキック!」
 ――『救いて勝せよ偽腕の蹴鎖(フィアンマジャンブ)』なる蹴り技を放ち、生きた撞木となったビルシャナから『生きた』という部分を取り除いた。

 そして、年が明けた。
 避難していた住職が境内に戻り、百八回目の鐘を撞く。
 その音を耳と心で味わいながら、クララが至福の笑みを浮かべた。
「自分たちの手で守った鐘の音が響くなんて、なんだか誇らしいですよね」
「うん」
 藍励が小さく頷き、仲間たちに労りの言葉を送った。
「皆……おつかれさま……」

●年明けに雑煮を食え!
 小さいながらも、どこか荘厳な雰囲気を湛えた神社。
 そこにケルベロスたちの姿があった。戦場となった寺のヒールを済ませて(荒れ果てていたので、どこまでが戦闘による被害なのか判り辛かったが)初詣に訪れたのである。
「ホント、去年はいろいろとあったなぁ」
 拍手を打って一礼した後、恵がしみじみと呟いた。
「でも、まあ、こうやって新しい年の始まりを無事に迎えることができたんだから、よしとしようか……ところで、クララはなにを祈願したんだ?」
 同じ旅団に属するクララにそう尋ねると、彼女は微笑を返した。
「ふふふ。秘密ですわ」
 知名度の高い神社が近場にあるためか、あるいは夜が明けていないためか、一般の参拝客は多くない。それ故にケルベロスたちが人混みにもまれることもなかった。
 もっとも、人混みの有無に関係なく、鳥居の手前で立ち往生している者もいたが。
「困ったなぁ。自分、お参りの作法とかよく知らないんですよ」
 ユウマである。
「ヴァオさん。御存知でしたら、教えていただけませんか?」
「えーっと……音々子に貰った参拝マニュアルによるとだな。まず、鳥居の前で一礼する。でもって、手水舎で手を清めるんだと」
 手作りの冊子に目を通しながら、ヴァオがユウマに(その実、自分自身に)レクチャーした。
「どうしても手を洗わなくてはいけないのかな? 水が冷たそうなんだけど……」
「冷たくても我慢しましょう。作法はしっかり守らないと」
 ライゼルが難色を示したが、ユウマは真面目な顔をして鳥居に一礼し、手水舎に向かった。しかたなしに後に続くライゼルとヴァオ。
 そんな彼らの横を、一足先に参拝を終えたあかりと陣内がすれ違っていく。
「どんなお願いをしたか、当ててみせようか?」
「当てるもなにも……陣に判らないわけないでしょ。二人とも同じ願い事をしたに決まってるんだから」
 はにかむように微笑む赤毛の少女。
 その顔に優しい眼差しを向けて、陣内はなにか言おうとしたが――、
「新年早々、激甘空間に浸ってんじゃねえぞ、ゴルァー!」
 ――手水舎に向かっていたはずのヴァオが割り込んできた。
「神聖な場所でイチャコラしてっと、罰が当たって爆発すんぞ! おい、イリス。このバカップルになんとか言ってやれ……って、おまえもかぁー!?」
 ヴァオは身を仰け反らせ、ブレスを吐かんばかりの勢いで絶叫した。
 そう、イリスも明人にぴったりと身を寄せていたのだ。
「初詣なんて、ガキの頃以来だなぁ。イリスはなにお願いしたんだ?」
「無難に『今年も良い一年になりますように』ですよ」
 笑顔を交わす明人とイリス。哀れなヴァオ(離婚歴あり)は『爆発してしまえ!』などと叫び続けているが、二人の耳には届いていない。
「あたしにとっての『良い一年』は『楽しく過ごせる一年』という意味だけど――」
 と、仲間たちに語っているのはロビネッタ。初詣にあたり、オレンジの振袖に着替えている。
「――皆と一緒でなければ、楽しく過ごせないよねー。だから、『皆が無事で健康でいられますように』って神様にお願いしといたよ!」
「それは良いことでござるな。戦友との絆はなによりも大切でござるゆえ」
 頷きながら、風太郎が絵馬に筆を走らせた。『より多くの固い絆に恵まれますように』と。
 彼の横でベルベットも絵馬に願い事を書いていた。内容はシンプル。『家内安全』と『商売繁昌』だ。前者は自分のため、後者は相棒たる風太郎のための願いである。
「例年通り、私は自分と家族の健康を祈願しようかな」
 と、紗重が誰にともなく言った。
 それから少し間を置き、小声で呟いた。
「今年は『学力向上』も付け加えておくか……」

 境内の一角では澄まし仕立ての雑煮が無料で振舞われていた。
「さあ、遠慮するな! たんと食え! たんと食え!」
 と、ケルベロスを含む参拝客たちに雑煮を(押し付けるように)配っているのは総髪の老人。この神社の後援者であり、町内会の会長であり、近所の空手道場の師範でもあるという。
 彼だけでなく、ルエリラも手製の雑煮を配っていた。常日頃から芋煮の地位向上に尽力しているため、雑煮も芋煮風だ。
「このお雑煮……家で食べるのとは違う……」
 ルエリラの雑煮を一口すすり、藍励が感想を述べた。
「こういうのもあるんだ……ちょっと違った風味で……うん、美味しい……」
「ふむ。この出汁は……」
 うどん屋を営む風太郎が澄まし仕立ての雑煮についてなにか言おうとしたが、総髪の老人がそれを遮った。
「おっと! たとえケルベロスといえども、秘伝の出汁の詳細を教えるわけにはいかーん!」
「いや、べつに教えてくれなんて頼んでないでござるよ」
 過剰な反応に風太郎が苦笑していると、老人の弟子らしき若者が近寄り、そっと耳打ちした。
「師範はあんなことを仰ってますが、実は秘伝でもなんでもなくて、市販のめんつゆを薄めただけなんですよ」
「そんなことだろうと思ったでござる」
 苦笑を深くする風太郎。
 一方、ユウマとロビネッタは老人の言葉を真に受けていた。
「秘伝というだけあって、美味しいですね」
「うん。おいしー! あったかーい! なんだかホッとするねー」
「こういう場所で食うってのも――」
 と、明人が言った。
「――オツなもんだな。悪かねえや」
「そうですね」
 幸せそうな顔をして、イリスが頷く。ヴァオの願いも虚しく、爆発する気配はない。
 そんな二人の横で紗重も大切な相手と芋煮風の雑煮を味わっていたが、その相手というのは恋人ではなく、小鉄丸だ。
「餅を喉に詰まらせるなよ。それに芋もな」
 小鉄丸のために芋を箸で割る紗重。
 ふと足下を見ると、イヌマルと目が合った。
「そういえば、おまえも一応は犬だったな」
 紗重は腰を屈め、イヌマルにも雑煮を差し出した。
「主役の年だな。おめでとう」
「がおー!」
 そのイヌマルの喜びの咆哮に合わせるかのように――、
「ほー……」
 ――恵が雑煮を食べ終えて、息をついた。
 そして、ともに戦った仲間たちに向かって、これからもともに戦うであろう仲間たちに向かって、そして、今ここにはいない仲間たちやいつか仲間になるかもしれない多くの人々に向かって、改めて挨拶した。
「今年もよろしくなー!」

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 1
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