病魔根絶計画~動けなくなる恐怖

作者:神無月シュン

 重病患者を集めた病院のフロアに、声が響き渡る。
 死にたくないと呟く者。大切な人の名前を呼ぶ者。只々苦しみにうめく者。
「母さん……かあ……さん、もう体が動かな……いよ。このま……俺、死んじゃ……の……かな」
「タクヤ、しっかりして! きっと、きっとよくなるから……」
 病気で苦しんでいる、高校生の息子に声をかけ続ける母親。少しでも症状の進行を和らげようと、石のように硬くなった足や手をマッサージする。手の皮がむけ赤くなってしまっていても構わずに、ただひたすらに。
 それでも病気の進行は止まらない。死へと向かって硬化は続いていく……。

「今回は、皆さんに病魔を倒してもらいたいのです。というのも、病院の医師やウィッチドクターの努力で、『メデューサ病』という病気を根絶する準備が整ったのです」
 集まったケルベロス達に向かって、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が説明を続ける。
 現在、この病気の患者達が大病院に集められ、病魔との戦闘準備が進められている。
「皆さんには、この中で特に強い、『重病患者の病魔』を倒してほしいのです」
 今、重病患者の病魔を一体残らず倒す事ができれば、この病気は根絶され、もう、新たな患者が現れる事も無くなるそうだ。勿論、敗北すれば病気は根絶されず、今後も新たな患者が現れてしまう。
「デウスエクスとの戦いに比べれば、決して緊急の依頼という訳ではありません。ですが、この病気に苦しむ人をなくすため、ぜひ、作戦を成功させてほしいのです」

「この病魔は石化攻撃を得意としています。ですが、この病魔への『個別耐性』を得られると、戦闘を有利に運ぶことができます」
 個別耐性は、この病気の患者の看病をしたり、話し相手になってあげたり、慰問などで元気づける事で、一時的に得られるようだ。
「個別耐性を得る事で、『この病魔から受けるダメージが減少する』ので、戦闘が楽になると思います」
「患者の身体をマッサージしてほぐしてあげたり、動けない事への恐怖やストレスを和らげてあげたり、方法は皆さんにお任せします。これから病魔と戦うケルベロスの頼もしいところを見せて安心させてあげるのも、いいかもしれませんね」

「この病気で苦しんでいる人を、どうか助けてあげてください」
 セリカは資料を閉じると頭を下げた。


参加者
大神・凛(ちねり剣客・e01645)
倉橋・若葉(藍華の刄・e03625)
据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)
ロウガ・ジェラフィード(金色の戦天使・e04854)
バジル・サラザール(猛毒系女士・e24095)
田津原・マリア(ドラゴニアンのウィッチドクター・e40514)
レッヘルン・ドク(怪奇紙袋ヘッドクター・e43326)
橘・雄一(不器用なガジェット・e44268)

■リプレイ


 重病患者を集めたフロアへとやってくると、悲鳴、うめき声、すすり泣く声、慌ただしく動き回る看護師たちの声。どの音も負の感情で満たされている。
 周りを見渡せば、どのベットにも患者が寝かされていて、苦しんでいる。その傍らには患者の親、兄弟、恋人、誰かしらが付き添っている。
 ずっと動き回っているのだろう。看護師達にも疲れが見える。
「手遅れという言葉で終わらせたくないものです」
 据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)が呟く。
「苦しむ人を減らすために、絶対に成功させるわ」
 呟きに頷きながら答える、バジル・サラザール(猛毒系女士・e24095)。
 そして、一人の青年の元へ。
「はじめまして、うちらはケルベロスです」
 田津原・マリア(ドラゴニアンのウィッチドクター・e40514)が微笑む。
 マリアが挨拶を交わしている間に、赤煙が軽く病気の進行具合を確認していく。
 倉橋・若葉(藍華の刄・e03625)は近くにあった椅子を引き寄せ腰を掛けると、患者の青年――タクヤへと話しかける。
「辛かったですわね。不安、でしたわね。でも、安心してくださいませ。私達が、必ず治しますから」
 そっと微笑み、安心させるように柔らかく、優しく言葉を紡ぐ。
「元気になったら、何かしたいこと、見たいことはありますか? 冬を過ごして、春が来て……楽しいこと、綺麗なことが沢山待っているわ。だから、もう少しだけ頑張って。大丈夫よ」
「元気になったら好きなことが出来ます。諦めないで下さい」
 生きる気力を取り戻して貰おうと、励ます橘・雄一(不器用なガジェット・e44268)。
 話をしている間もマッサージを続けていた母親の元に近づくと、レッヘルン・ドク(怪奇紙袋ヘッドクター・e43326)は母親へと声をかけた。
「私もマッサージをしましょう。ご家族の方は少しおやすみになってください」
 レッヘルンが代わりにタクヤの手足のマッサージを始める。
「この日までよう頑張りましたね。あなたの支えでこの日を迎えることができました、ありがとうございます」
 マッサージを代わっている間に、マリアが用意してきたハンドクリームを取り出すと、母親の手へと優しく塗りこんでいく。
「不安だったこと、怖かったこと、よかったら聞かせてもらえるかしら」
 バジルの言葉にタクヤがポツリポツリと、抱え込んでいた不安を話し始める。身体が動かない辛さ。母を悲しませている事。死への恐怖。
「よく頑張ったわね。私たちに任せて」
「本当に、辛かったのだな。だが、それももう終わる」
 タクヤの話を黙って聞いていた、ロウガ・ジェラフィード(金色の戦天使・e04854)が口を開く。
「やりたいことも、絶対に出来るようになる。絶対に大丈夫だ。共に闘おう。苦しみの時間を終え、幸福の未来を掴むために」
 勇気を与えるように力強く。
「そうそう。私たちにまかせて。必ず病魔を倒してみせるから」
 大神・凛(ちねり剣客・e01645)はニコリと微笑んだ。


 タクヤとその母親が落ち着いたタイミングで、赤煙が今回の根絶計画について説明を始める。
 『メデューサ病』という病名。症状。同じ病気の人達をこの病院へと集めたこと。そして、病魔として呼び出し、この病気を根絶する準備が整ったこと。
「……医学的に治療法が確立されていない病気ではありますが、現代では、病魔召喚によって病気を『退治する』ことができます。この根絶計画が成功すれば、再発の心配もありません」
 ですから、と一呼吸置き――。
「安心して、私達ケルベロスに任せてください」
 赤煙は断言した。
 患者達への説明をしている間、レッヘルンとバジルの2人はフロア内の医師、看護師へとこれから病魔を召喚することを話す。
 そして一緒に避難経路を確認すると、病魔召喚後の避難を行って貰えるようにお願いした。
「タクヤさん、貴方と歩む未来を願う人のためにも、うちらが貴方を治します」
 ベットの横に立つマリア。そして、病魔の召還を始める。
 タクヤの身体から黒い煙が立ち上ると、集まって大きな塊になり、やがて形を変える。
 髪の毛を蛇にした、人のような頭が宙に浮かび、赤い瞳はこちらを見据えている。
 病魔の召還に成功したことを確認した瞬間に、雄一、若葉、赤煙の3人は意識を失っているタクヤを乗せたベットを急いで運び出すと、看護師へと託す。
「まだ動いてくれるなよ」
「今動かれると困るんでね」
 避難中の人達に目が行かないよう、視界を遮るロウガと凛。
「何とも不気味な姿ですね」
 避難を任せ戻ってきた雄一が病魔を見て呟く。
「アアアアアアアァァァァァアアアア!」
 言葉に反応したのか、それとも戦闘態勢に変わっただけなのか、突如病魔が雄たけびをあげる。
「斬らないと。絶対に。こんな、人を苦しめるもの」
「病魔よ、ここで消え去ってもらいますよ!」
 若葉とレッヘルンが武器を構えると、続くように他のケルベロス達も戦闘態勢に入った。
 メデューサ病根絶作戦――開始。


「我が祖は生命の勇者、邪を焼き払う者!!」
 ロウガの拳から放たれたドラゴンの幻影が病魔を焼く。
「護りは多いに越したことはないですね」
 霊力を帯びた紙兵を仲間の周りへと配置する赤煙。
「ガアアアアッ!」
 バジルの飛び蹴りを受け、病魔が呻きをあげる。反撃にとバジルを睨みつけ、病魔の瞳が光を放つ瞬間――。
「やらせないよ」
 バジルと病魔の間へと立ちふさがる凛。病魔の視線を浴びて、体が重くなるのを感じる。
「っ!?」
 ……まだ動ける。患者達はこの数倍の状態なのだと考えると、これくらいで止まるわけには行かない。
「横ががら空きですよ」
「いきますわ」
 病魔の横から放たれた、レッヘルンの斬撃が弧を描き病魔を斬り裂く。空の霊力を帯びた若葉の斬撃がそれに続く。
「凛さん、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ」
 その隙に雄一が凛へと駆け寄り、状態を緩和する為に桃色の霧で凛を包み込む。
「タクヤさん達、患者さんの未来は、もうやらへんよ!」
 マリアがライトニングロッドを病魔へと向けると、杖の先から雷がほとばしる。雷は真っ直ぐに病魔へと向かい、撃ち貫いた。
「星々の刃、為す術の手足を断つ!!」
 スターゲイザーを放つロウガ。上空からの蹴りを受け、病魔が床へと叩きつけられる。
 その間に、何度となく受けた病魔の攻撃による異常を吹き飛ばそうと凛が叫ぶ。
「祝福の矢です」
「赤煙さんありがとう。さあこの一撃、受けられるかしら」
 援護を受け、バジルの音速を超える拳が放たれ、病魔の身体を吹き飛ばす。
 吹き飛ばされながらも病魔は空中で体勢を立て直す。そして、髪から無数の蛇が這い出てくる。床へと着地した蛇は、真っ直ぐに襲い掛かってくる。
 蛇は床を這い、先頭に立っていたケルベロス達の脚に、腕にと次々喰らいつく。あまりの蛇の多さに動きが鈍る。
「蛇が邪魔ですが、動けないわけではないです」
 蛇に喰らいつかれながらも、レッヘルンはレゾナンスグリードを放つ。捕食モードへと変形したブラックスライムが病魔を捕らえる。
「このチャンス、逃しませんわ」
 蛇に絡まれている仲間の横を抜け、若葉が神速の突きを繰り出す。
「フローレスフラワーズ」
「メディカルレイン」
 雄一とマリアの放つグラビティが、蛇の群れから抜け出した仲間へと、花びらのオーラとなり、薬液の雨となり降り注いだ。


 耐性を得ているおかげで、多少の攻撃は気にせずに病魔へとダメージを与えていく。病魔も回復を試みるが既に限界が近い。
「毒を盛って毒で制す、なんてね」
 病魔の視線を浴びながらもバジルが見つめ返す。『石化の魔眼』――病魔を見つめるその眼は紅く光っていた。
 日本刀を構えるレッヘルン。下から上へと振り上げ、斬撃が三日月を描く。
「これがケルベロスの力……流石ですね」
 周囲の仲間達の戦いぶりに思わず声を漏らす雄一。自分も負けじと攻撃を繰り出す。
「さぁ、愉しみましょう?」
 微笑みひとつ、若葉が刃を振るう。刃から伝う毒が病魔を蝕む。
「ライトニングボルト」
 休む暇も与えずに、マリアの放つ雷撃が病魔を襲う。
「我が母は光齎す者、闘いの愛し子――その羽は刃、その血脈は正義、地球<ガイア>の生命護る者――!! 太陽の剱が、裁きを下す!!」
 詠唱と共にロウガの周りに光の剣が生み出されていく。詠唱が終わり、放たれる『輝魂魔法―星剣―』。
「病魔は生物ではありませんが、グラビティチェインの流れさえ読めれば……!」
 赤煙が打撃を与え、体内を巡る気のバランスを崩す。
 凛のライドキャリバー、ライトがガトリング砲を掃射。銃弾の雨の中、凛は病魔へと距離を詰める。
「石化が使えるのはお前だけではないぞ! 私の技を受けてみよ!」
 『白楼丸』『黒楼丸』、白と黒の刀が病魔へと襲い掛かる。
「アアア……アァァ……」
 病魔はボトリと音を立て地面へと落ちると、砂の様に崩れ消滅した。
「私もいつか必ず、皆さんのように強くなってみせます……」
 仲間達の戦いぶりを間近で見て、もっと強くなろうと決意する雄一。
 タクヤの容体を念入りに確認すると、赤煙は微笑む。
「最後までよくぞ耐えてくれましたな。もう心配はいりませんよ」
「ここから先はリハビリなどになると思います。長い戦いになるかもしれませんが、病院の皆さん、そして患者さん達、ご家族の皆さん……どうか諦めないでください」
 レッヘルンがこの場に居る人達を励ますように声をあげる。
 そんな中、ロウガは戦闘で壊れた個所を探してはヒールしている。
 病院のいたるところで喜びの声が上がっている。患者とその家族や恋人、看護師や医師も嬉しそうに笑う。喜びを分かち合うため、タクヤも笑顔で母親と抱き合っている。久しぶりに浮かべるみんなの笑顔はとても輝いていた。
 その様子を遠くから眺め、邪魔しないようにとケルベロス達は病院を後にした。

作者:神無月シュン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月5日
難度:やや易
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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