●
「アキト、怖いよ、やだ、怖いよ……」
ベッドに横たわる娘は泣いていた。その足は石のように硬くなり、もはや自分の意志で動かすことはできない。
「大丈夫だよユキネ、……大丈夫、俺がついてるから」
アキトは愛しいユキネの硬くなった足を優しくマッサージしながら、必死に励ましの言葉をかける。ユキネの病は無情にも進んでおり、その手でアキトの手を握り返すことも出来なかった。
「怖い、やだ……まだ死にたくない……」
「ユキネは死なないよ、クリスマスは間に合わなくても……初詣も一緒に行くだろ? それに、それに……そうだ、年明けは温泉も行こうよ。楽しい事を考えよう……」
絶望に飲まれないよう、不器用な笑顔でアキトはそう言うしか、できなかった。
●
「今回はね、皆に病魔を倒して欲しいんだ」
秦・祈里(豊饒祈るヘリオライダー・en0082)は、バインダーから視線を上げるとそう切り出した。
「えーと『メデューサ病』というのがあってね、この病気を根絶する準備が整ったんだよ。現在、この病気の患者達が大病院に集められ、病魔との戦闘準備が進められている。皆には、この中でも特に強い『重病患者の病魔』を倒して貰いたいんだ」
今、重病患者の病魔を一体残らず倒す事ができたなら、この病気は根絶される。もう、新たな患者が現れる事も無くなるというのだ。勿論、敗北すれば病気は根絶されず、今後も新たな患者が現れてしまう。
「デウスエクスとの戦いに比べれば、決して緊急の依頼という訳ではないけど……」
祈里は予知した様子を思い出し、そして祈るように手を組んだ。
「この病気に苦しむ人をなくすため、作戦を成功させて欲しいんだ」
だんだんと体が動かなくなり、それが内臓に達して死に至る病。その恐怖は筆舌しがたい、と祈里は目を伏せる。
「メデューサ病の病魔は、石化の視線を向けてきたり、喰らいつく蛇群をけしかけたり、生気吸収で回復したりするよ。油断ならない相手だね」
でも、と祈里は続ける。
「今回は、この病魔への『個別耐性』を得られると、戦闘を有利に運ぶことができるんだ。皆が出会う患者さん……ユキネさんの看病をしたり、話し相手になってあげたり、元気づける事で、一時的に『個別耐性』が得られるんだよ。個別耐性を得れば、この病魔から受けるダメージが減少するからね」
ダメージどうこうがなくても、ユキネさんが少しでも安心してくれたら嬉しいよね、と祈里は首を傾げる。
「特に、この病は体が上手く動かせない事のストレスが凄いと思うんだよ。だから、マッサージしてあげたり、ストレスを発散させてあげられたらいいよね」
絶対に病気を治してあげる、病魔を倒す! って決意を見せるのも、きっと安心してもらえる要素のひとつになるんじゃないかな、と付け足し、祈里は立ち上がった。
「さあ、病魔に苦しんでいる人を助けるためにも行こう。……頼んだよ」
参加者 | |
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エレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027) |
ベルカント・ロンド(医者の不養生・e02171) |
日生・遥彼(日より生まれ出で遥か彼方まで・e03843) |
シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131) |
シエラシセロ・リズ(勿忘草・e17414) |
白銀・夕璃(白銀山神社の討魔巫女・e21055) |
明星・舞鈴(神装銃士ディオスガンナー・e33789) |
アグニス・ディーヴァ(火神の歌姫・e39384) |
●
「こわい……いやだ……こわい」
うわごとのように繰り返すユキネの病室の扉を、ケルベロスたちはそっと開いた。
(「ひたひたと近寄ってくる死の足音……というのは、恐怖よね」)
怯えきっているユキネの顔を見て、日生・遥彼(日より生まれ出で遥か彼方まで・e03843)はきゅっと胸が締め付けられる。
(「今まで意識せずとも行えていたものが出来なくなる……少しずつ、自分の体が自分の物ではなくなっていくそれは、正気を保っていられなくなる程に悍ましく」)
なれば、その苦しみから解き放ってあげたい。そっと、歩み寄った。
「あなた達は……?」
おずおずとユキネが問うのに、丁寧にベルカント・ロンド(医者の不養生・e02171)が答える。
「私たちはケルベロスです。病魔を根絶するべくここに」
「え……」
治るの? とユキネは不安げに問う。
「必ず元気な身体に治すよ。だから笑ってね、大好きな人と一緒にさ」
ベルカントの傍らからひょこりと顔を出すと、シエラシセロ・リズ(勿忘草・e17414)はにっこり笑って見せた。本当? と泣きそうな顔をするユキネに、白銀・夕璃(白銀山神社の討魔巫女・e21055)が頷く。
「病気で動けなくなることは……長引けば長引くほど辛い、でしょうね」
こくん、とユキネはまだ動く首を縦に振る。
「……でも、もう大丈夫……私たち皆で……必ずなんとかしますから……!」
アキトが大きく頭を下げた。
「どうか、よろしくお願いします……!」
任せて、と一同、しっかりと頷いた。
看護師に許可を取り、シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)は持ち込んだ香をここで焚いて良いか二人にも問う。
「諦めてしまうのはどうか、もう少しだけ待って頂けますか? 私達が必ず、お二人が何処にでも行ける様に致しますから」
優しく落ち着いた声色でそう告げながら、リラックス効果の高い香りをそっと室内に焚き染めれば二人の表情がほっと和らいだ気がした。治ったらどこへ行きたい、なんて話を、ぽつり、ぽつり話し始める。
「温泉も素敵ね、年明けなら雪見露天なんてどうでしょう?」
温泉に行きたい、といったユキネに、シアはうなずいてそんな提案をする。
「いいですね、きっときれいなんだろうなぁ」
大丈夫、あなたの足で見に行けます。おふたりで。そういうと、ユキネはくすぐったそうに笑った。
アグニス・ディーヴァ(火神の歌姫・e39384)は、その傍らで皆を見守っている。エレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027)が脚に触れても良いか問うと、少し照れくさそうにユキネは一つ頷いた。
「……今まで大変でしたね。でも、それも今日までです。私たちが絶対に貴方に憑く病魔を祓って見せます」
「信じて、いいんですよね」
もちろん、と答えて、
「……少し時間はかかるかもしれませんが、行きたい場所にも行けるようになりますし、やりたい事も出来るようになります。私たちも諦めません。だから、貴方も諦めないで」
優しく下肢をマッサージしながらそう励ますと、ユキネはやっと涙を拭いて困ったように笑ってくれた。
●
そのときだ。
もふんっ。
ふわふわのウイングキャットが、ユキネの膝に乗ったのだ。
「わっ……?」
「ラズリも元気になってほしいんですね」
ラズリ、と呼ばれたウイングキャットは、動かないユキネの手のひらにぐりぐりとほおずりする。
「ふふ、かわいい……」
(「握り返す事も出来ない手に感触は残っているのかしら……」)
彼氏の手を握り返すことも、すり寄ってきたウイングキャットを撫でることも叶わずにだらりとおろされた腕を見て、遥彼は考えてしまう。夕璃は、アキトに頼んで足のマッサージを手伝うことにした。
「……大丈夫。私たち、こう見えて幾つかの難しい病気、根絶してきたんです」
自分が関わった病魔根絶の話をしながら、ゆっくりと足を摩る。
「必ず、治して見せますから……」
「はい……」
「治ったら、こんなに貴女を想ってくれた彼氏さまとの……」
「え?」
「素敵なデートの様子等も、お話伺えたら……うれしいかしら、なんて、ね?」
ユキネの顔を覗き込み、そしてアキトへ視線を移す。二人の顔がほんのりと桃色に染まった。
「え、あ、はい、その面白い話ではないかもですけど」
「ふふ」
ベルカントが、そっとユキネの手を握り、そして目をまっすぐに見つめて誓う。
「大丈夫ですよ、私たちは必ず勝ちます」
それは、つまり。
「初詣にも温泉にも、笑顔で行けるようにしてみせます。どうか、お二人は我々ケルベロスを信じて待っていて下さいね」
新しい思い出をたくさん作れるようにするから。その誓いだ。
「病気が治ったらしたいことってある?」
シエラシセロが切り出した。未来への希望を彼女の口から語らせるために。
「えと……旅行もしたいし……その……」
ちら、とアキトの顔を見て、そして気恥ずかし気にうつむくのだった。
「それきっと叶えよ!」
まずは旅行だね! というシエラシセロに頷くユキネ。シエラシセロは、なるほど、とおもった。そして。
「やっぱり元気になったら2人は結婚するの?」
ズバリ、問うてみた。
「は、あわ! はわあ!」
ユキネは口をパクパクさせて、アキトのほうを恐る恐る見遣る。アキトは少し恥ずかしそうに頬をかきながら、
「プロポーズはまだ待ってね」
と小さな小さな声で答えた。なんとこんなところでアキトの言質をとってしまった。
「ドレスで自分の足で歩いて大好きな人の隣を歩くってステキだよね」
ああ、その日を迎えることができるのだ。――ケルベロスたちが、この病を治してくれるのだから。ユキネの胸に希望が膨らんでいく。
「今まで怖かったね。でももう大丈夫。ボクらに任せて」
きっと幸せな未来が待ってるからね。そう笑うケルベロスたちに、ユキネはやっと素直に笑うことができたのだった。
「この舞鈴様が来たからには結果はもう決まったようなもんよ。ゆっくりベッドで彼氏くんとイチャつきながら待ってるといいわ。素敵なお年玉をもらうのをね!」
さりげなく隣人力を発揮していた明星・舞鈴(神装銃士ディオスガンナー・e33789)はそういうと、視線をベルカントへ投げる。さあ、召喚のときだ。
「……貴方は、まだ触感が残っている所に触れて……少しでもその温もりを伝えてあげて、ね?」
遥彼は、ストレッチャーに移されたユキネを気遣うように寄り添うアキトにそう告げて、優しく微笑む。
ベルカントがユキネの体に手をかざした。
すると、ずるり、ずるりと、おぞましい姿の『メデューサ病』が姿を現したのであった。
●
「メデューサ「病」、ねぇ……」
遥彼はすぅっと目を細める。
「広く彷徨い続けるお姉さんのように身軽なのは良いことだけれど、あまりオイタは駄目よ? もうどこにも往けないように……私がきちんと、縛ってあげるわ?」
「あとは任せて!」
シエラシセロはアキトにユキネを連れて逃げるよう促し、病魔の前へ躍り出る。
(「絶対に、守りきるよ」)
それにさ、治してくれるでしょ? 信じてるよ。婚約者であるベルカントへと目くばせすると、そっと自分の指輪に口づける。
「病に……怪異にこれ以上勝手は……、ユキネ様へ、アキト様へ辛い思いは……させないんだから!」
夕璃は、最前に立つ仲間に、破魔の力を持つ光の羽衣を纏わせる。シアは狙いを定めると前方に躍り出、うごめくメデューサ病めがけてウイルスカプセルを放った。
「許しませんわ」
「アア、ア、アアアアア!」
続き、エレが前を守る仲間たちへスターサンクチュアリの光を浴びせる。
ギロリ。前線に立つアグニスを、メデューサ病がにらみつけた。
「いけない……!」
咄嗟に飛び出したシエラシセロは、その視線を受けて足を縺れさせる。
「っ……」
彼女に及ぼうとする次の攻撃を防いだのは、ラズリだった。ふわふわと舞い飛びながら、翼の加護を授ける。なおも思うように動かない足にシエラシセロが眉をひそめると、遥彼が謡うように祈りを捧げる。
「嗚呼、どこまでも悲劇のヒロイン。死して尚怨まれ、疎まれる病にまでその名を付けられる救われぬモノへ」
……その憎悪を、私が愛してあげましょう。その悲哀を、私が愛してあげましょう。
見る間に、シエラシセロのこわばる足がもとに戻ってゆく。
「絶えた祈りの名の通り。これは貴女へと向けられた慈悲の祈り」
「ギ、ギギ……ッ」
悔し気に呻き、メデューサ病はしゅるしゅると蛇群をケルベロスへと伸ばす。前線に立つケルベロスは蛇に食らいつかれ歯を食いしばった。アグニスは傷ついた己に幻夢幻朧影を施す。次の攻撃へと移ろうとする病魔へ、ベルカントが勢いよくエアシューズで迫った。見事群れる蛇の頭に命中させると、星のきらめきがあたりにはじけ飛ぶ。
「そいじゃ……パーフェクトでクリアしてあげるわ!」
舞鈴が、手の中でリボルバー銃をくるくると回した。そして、病魔へと突きつける。
『クリティカルシューティング!!』
ドライバーからの力を収束させたエネルギー弾がメデューサ病にあたってはじけると、さらさらと崩れるようにメデューサ病は姿を消したのだった。
●
「あ……れ?」
病室の外で待っていたユキネは、ゆっくりと手を握って、開く。
「ユキネ……!」
手が動いてる! とアキトは声を上げる。
「うん……! うん、すごい、動くよ!」
よい、しょ、と上半身を、起こす。その時、病魔を退治し終えて病室から出てくるケルベロスたちと目が合った。
「あ、皆さん……!」
すごいの、動く! とユキネはたどたどしく腕を上げた。
「当然よ。アタシ達がついてたんだからね」
舞鈴は胸を逸らすと、にかっと笑う。
エレはほっと胸を撫でおろした。そうだ、このために……苦しんでいる人を少しでも救うためにウィッチドクターになったのだから。
「すごいすごい! ねえ、アキト! さっそく……わあああっと!」
ユキネはいきなり立ち上がろうとしてよろめく。無理もない。立ち上がるのは久々なのだから。
「駄目だよいきなり立ち上がっちゃ!」
アキトに制され、ケルベロスたちに宥められてユキネは苦笑しながら待合のソファへ腰かけた。
「でも……本当にすごい……治るなんて……本当に治るなんて」
半ば興奮冷めやらぬユキネに、エレはカモミールティーをそっと差し出した。
「良かったら、此方はいかがですか? 心が落ち着きますよ。マッサージ後に水分を摂ると、良くない物が体外に出やすくなるので良いですよ」
元気良くうなずき、ユキネはカモミールティーを一口すする。だいぶ、感覚が戻ってきている。これならば、近いうちにきっと二人で出かけることも……。
「これまで、辛かったですね。でも大丈夫ですよ。これから楽しいことは何でも出来ます」
ベルカントはやわらかく笑むとこう続けた。
「明るい未来を、どうか楽しめますように。お二人を応援しています」
それでは、と背を向け彼が向かうは外であろうか。自分をも元気づけるための『大丈夫』に、根拠が伴った瞬間であった。
大切な人と歩む未来を。
生きる希望を。
取り戻せたことに安堵し、ケルベロスたちは病院を後にするのであった。
作者:狐路ユッカ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年1月5日
難度:やや易
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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