失伝救出~断つべし! 悪夢輪廻

作者:秋津透

「う……夢か……」
 目を覚ました青年が、顔を顰めて低く呻く。
「嫌な夢を見た……デウスエクスが襲ってきて……」
「闘って皆、死ぬんでしょ? 見飽きたわよ、そんな夢」
 傍らで身を起こした少女が、つっけんどんな、どこか疲れた口調で応じる。
「その夢がホントにならないように、デウスエクスが襲ってきても勝てる力を得られるように、皆で修行してるんじゃないの」
「ああ、そうだよ。その通りさ」
 だけど、夢の中では、俺たちは力を得てデウスエクスに勝つんだけど、力を使った代償で死んじまうんだ、と、青年は言いかかったが、少女の顔を見て口をつぐむ。
「それじゃ、今日もまた修行に励むか」
「そうそう、悪夢なんかに構っちゃられないわ」
 少女がそう言った時、表から血相を変えた壮年の男性が飛び込んできて叫ぶ。
「大変だ! エインヘリアルが襲ってきた!」
「えっ!?」
 青年と少女は顔を見合わせたが、すぐに表へ飛び出した。

 表では、凄惨な虐殺が行われていた。
 三体のエインヘリアルは、鎧もまとわず腰に布をまいただけの姿で、手にした大剣を無雑作に振るっていたが、普通の人間を撫で斬りにして殺すには充分すぎる暴威だった。
 修行をともにしてきた仲間、年端もいかない子供たちが、なすすべもなく泣き叫びながら斬り殺されていく。その光景を見て、青年はぎりと歯噛みした。
「力を! 奴らを倒せる力を俺に!」
 一瞬、悪夢が脳裏によみがえるが、青年は構わず禁断の呪を叫ぶ。
「阿・頼・耶・識! 覚醒!」
 それは、彼を光輪拳士に覚醒させる呪。しかし、修行の満ちていない彼が使えば、自分の身体を焼き尽くして自滅する結果になると警告されている。
「構うもんか! このままこいつらに殺されるぐらいなら!」
「そうよね! 阿・頼・耶・識! 覚醒!」
「阿・頼・耶・識! 覚醒!」
 青年に続いて、少女が、壮年の男性が呪を叫ぶ。自滅覚悟で、彼らは光をまとい、エインヘリアルに向け突撃する。
「ガアッ!」
 壮年の男性が一体のエインヘリアルの顔に飛びついて焼き溶かす。しかしそこへ、別のエインヘリアルが剣を振るい、同族もろとも壮年の男性を両断する。
「こんちくしょう!」
 少女が、エインヘリアルが剣を持つ腕に飛びつく。しかし三体目のエインヘリアルが、拳で彼女の頭を叩き潰す。
「うおおおおおおおおお!」
 青年は、三体目のエインヘリアルの顔に飛びつく。腕を焼かれた二体目は剣を振るえず、彼は三体目の目を潰し顔を焼き溶かす。しかし、同時に彼自身の肉体も焼き溶かされていく。
「まだだ! まだ、あいつを……!」
 残った一体のエインヘリアルを見据えながらも、彼は自分の意識が薄れるのを感じ、歯噛みする。だが、すぐにすべてが暗黒に呑まれる。

「う……夢か……」
 目を覚ました青年が、顔を顰めて低く呻く。
「嫌な夢を見た……デウスエクスが襲ってきて……」
「闘って皆、死ぬんでしょ? 見飽きたわよ、そんな夢」
 傍らで身を起こした少女がつっけんどんに言った時、表から血相を変えた壮年の男性が飛び込んできて叫ぶ。
「大変だ! エインヘリアルが襲ってきた!」

「皆さんの健闘のおかげで、寓話六塔戦争は勝利に終わりました。ドリームイーターのゲートは閉められてしまって壊せなかったものの、東京を狙うジュエルジグラットの手は切断されて落ち、囚われていた失伝ジョブの人達の救出にも成功しました」
 勝利を祝いながらも、ヘリオライダーの高御倉・康は緊張を隠せない表情で続ける。
「しかし、まだ囚われたままの失伝ジョブの人たちが大勢いることも判明しました。その人たちは、ドリームイーター『ポンペリポッサ』が用意した特殊なワイルドスペースに閉じ込められ、大侵略期の残霊によって引き起こされる悲劇を繰り返し体験させられています。彼らの心を折り絶望に染めることで、デウスエクスの下僕、反逆ケルベロスにするのが、『ポンペリポッサ』の作戦だったようです。そうなってしまう前に、急ぎ、救出しなくてはなりません」
 そう言って、康は集まった一同を見回す。
「困ったことに、特殊なワイルドスペースは、失伝ジョブの人々以外の人間は出入りする事が不可能であるようです。そのため、この作戦に参加できるのは、このたび新たにケルベロスとなった、失伝ジョブを持つ皆さんだけとなります」
 そう言うと、康はプロジェクターに地図と画像を出す。
「皆さんに突入していただきたい特殊なワイルドスペースの入口は、ここ、長野県長野市の郊外、善光寺近くの山中です。ここには、失伝ジョブ『光輪拳士』の方が三名、囚われています。彼らは、仲間とともに隠れて修行しているところを三体のエインヘリアルに襲われ、勇敢に戦うものの敗北、自滅してしまう、という悪夢を繰り返し見せられています。実際には、敵であるエインヘリアルも修行仲間も残霊なのですが、彼らには、それがわかりません。皆さんには、残霊エインヘリアル三体を倒し、修行仲間の残霊を解放し、失伝ジョブの方を救出していただきたいのです」
 そして康は、画像を切り替えて続ける。
「残霊エインヘリアルは巨大なゾディアックソードを所持し、その武器グラビティを使ってきます。ポジションは、三体ともクラッシャーと思われます。残霊なので本来のエインヘリアルよりは弱いですが、連携などをしてくるかもしれないので油断はしないでください」
 たかが残霊、されど残霊です、と、康は真顔で言う。
「それから、特殊なワイルドスペースに長く居ると、閉じ込められている人々と同様、皆さんも悲劇に飲み込まれて、自分が過去の人物であると誤認させられてしまう可能性があります。戦闘終了後は、速やかに撤退するようお願いします」
 ワイルドスペースである以上、何処かにワイルドハントが居る筈ですが、捜索する時間は残念ながらありません、と、康は最後に言い添えた。


参加者
田苗・香凜(妄信狂の正義・e44456)
愚呂地・ケイ(破滅を求める者・e44606)
ウル・ヴォレス(ウェアライダーの妖剣士・e44690)
歌河・邦絵(妖怪絵師・e44781)
死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)
小倉・夏帆(零式絡繰対神忍・e44879)
井之原・雄星(サキュバスのガジェッティア・e44945)
帰天・翔(地球人のワイルドブリンガー・e45004)

■リプレイ

●それぞれの想い、それぞれの闘い
「あれか」
 長野県長野市の郊外、善光寺近くの山中から特殊なワイルドスペースに入った愚呂地・ケイ(破滅を求める者・e44606)は、不意に目の前に広がった空間の先に、半裸の人間三人の背を認めて呟いた。
「そうですね……遠近感がおかしくなりそうですが、けっこう遠いですよ。つまり、あの男たちは大きい」
 目をそばめながら歌河・邦絵(妖怪絵師・e44781)が応じ、死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)がうなずく。
「エインヘリアル……の残霊ですね。ヘリオライダーの予知通り」
「エインヘリアル……デウスエクス……っ、ろす……ころす、ころすコロスコロスコロスころす……ッ!!!!!!」
 小倉・夏帆(零式絡繰対神忍・e44879)が狂おしい声をあげ、猛然と走り出す。
「ああ、殺すさ、殺すとも。私たちは正義を行うんだ。折角だから楽しもう!」
 アハハハッ、と、こちらもどこか狂った感じの笑い声をあげ、田苗・香凜(妄信狂の正義・e44456)が走る。
 更にウル・ヴォレス(ウェアライダーの妖剣士・e44690)が、むっつりと黙りこくったまま、少女二人のすぐ後ろを走る。
「あいつらに……デウスエクスの残霊に、好き勝手はさせない……ここに囚われている人たちは、絶対に僕らが助ける! 僕は、ケルベロスに希望をもらったんだ……だから、今度は僕が……希望になる!」
 ここに来た使命を改めて口にして、帰天・翔(地球人のワイルドブリンガー・e45004)も懸命に走り出す。
「……」
 その刹那、ケイは走り出した者たちをひどく醒めた目で見やったが、すぐに自分も走り出す。邦絵と刃蓙理は、一瞬顔を見合わせたが、ケイに続く形で走る。
 そして一番最後から、井之原・雄星(サキュバスのガジェッティア・e44945)がどこか余裕を持った態度で続く。
 他の七人が、十代前半から二十代前半までの若者なのに対し、雄星は酸いも甘いも噛み分けるというか、少々(?)特殊な人生経験をたっぷり積んでる四十歳。
 男性のサキュバスで、失伝ジョブの家系でもないので、なぜ自分が覚醒したのかはわからないが、実の息子が以前からケルベロスとして活動しているので、ケルベロスとデウスエクスの闘いについては知識がある。
(「正直言うとね、自分が失伝の力に目覚めたの、まだ実感がわかないんだ。でも、目覚めた力を役立たせるのには、ちょうどいい初陣だね。頑張ろうか」)
 言葉には出さずに呟きながら、雄星はエインヘリアルたちの背中を見据えて走る。
(「しかし、ぐっとくる背中だなぁ……腰布を燃やしてお尻を見られないか、試したら怒られるかな……」 )
 ……あの、雄星さん? あなたが男好きだというのは設定に明記してありますし、それは男性サキュバスにとってごく普通の趣味だというのも分かりますが。
 頼むから、純真な青少年に悪影響を及ぼすような真似は、控えてくださいね?

「油断しきっているね……地球人がデウスエクスを害することなどできるわけがない、と思い込んでいるのかな」
 三体のエインヘリアルが光輪拳士たちの修行場に乗り込む寸前、獣除けに巡らされた柵を無雑作に壊しているところに追いついて、ケイが呟く。
「このまま背後から攻撃してもいいけど、それでは救出対象の人たちに、ボクらの行動が見えずらいね。前に回って割り込もう」
「ちょ、それって……」
 危なくないですか、と邦絵が言いかかったが、ケイはごく無雑作に、エインヘリアルたちの脇を走り抜け、壊された柵を乗り越えて、修行場の側に入り込む。
 そして、恐怖と絶望のためか、逃げもせずに呆然とエインヘリアルを見上げる人々……おそらくは残霊に向かって淡々と告げる。
「ここはボクらに任せて。ボクらは、デウスエクスを倒す力を持つ者、ケルベロスだ」
「デ、デウスエクスを、倒す……?」
 耳にした言葉の意味がわからない、という感じで聞き返す相手に構わず、ケイは振り返って、柵を壊して入り込んできたエインヘリアルを見上げる。
 そして彼は、オリジナルグラビティ『雷撃指弾(ライゲキシダン)』をいきなり放った。
「……貫け」
 ケイの指先にコイン程度の大きさの金属片が乗せられ、指で弾かれた瞬間、凄まじいばかりの雷を帯びる。
 落雷にも等しい閃光と轟音を放ちながら、金属片はエインヘリアルの顔面に叩き込まれ、眼球に食い込む。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
 片手で顔を押さえ、エインヘリアルは絶叫してのけぞる。いったい何が起きた、という感じで他の二体のエインヘリアルが前に出てくる。
 そこへ、ケイに続いてエインヘリアルの前側へ回り込んでいた邦絵が、魔法のかかった墨汁を派手にぶちまける。
 魔法の力で、墨汁はエインヘリアルたちの足に絡みつき、動きを鈍らせる。
「今のうちに、下がって。下がってください。近くにいると、巻き添えになりますよ」
 邦絵が警告し、続いて強い殺気を帯びた刃蓙理が前側に抜けてくると、その場に居た人々は建物の方へさがっていく。
 更に刃蓙理が二つの宝珠を使い、獅子と山羊と蛇のキマイラを召喚すると、人々は顔を引き攣らせて更にさがる。
(「死魂合成獣の召喚、人避けにはいいのかもしれませんね……こっちもデウスエクスなんじゃないかと疑われそうでもありますが」)
 エインヘリアルに容赦なく襲い掛かるキマイラを見やり、刃蓙理は声には出さずに呟く。激痛にあえぎながらもエインヘルアルは応戦、キマイラは寸断されて崩れ倒れるが、間髪を入れずウルが喰霊刀を振るって、鋭い弧を描いた斬撃を叩き込む。
「グオ……グブッ……」
 顔を押さえていた手もろとも頭部から喉にかけて斬り下され、エインヘリアルは力なく膝をつき、そのまま尻餅をつく。
 そこへ突っ込んできた夏帆が、前に回り込むこともせず、背中側から後頭部へと続けざまに拳を打ち込む。
「ころすコロスコロスコロスころす……ッ!!!!!!」
「ギ……グ……」
 呻き声とともに、エインヘリアルは前に倒れ、地面にぶつかった頭部が血泥と化して砕ける。
 馬鹿な、信じられん、という表情で立ち尽くす二体のエインヘリアルの片方へ、翔が荒い口調で叫びながら襲い掛かる。
「オラオラオラ! 次は、てめぇだあっ!」
「ガッ!」
 染み付いた血を硬化させ、槍の如く鋭くした血染めの包帯を腹に突き込まれ、エインヘリアルは憤激と苦痛の声をあげる。
 そして、バスタードソードを盛大にぶん回しながら突っ込んできた香凜が、二体のエインヘリアルの両方を続けざまに斬る……というか、当たるを幸い剣でぶん殴る。
「斬って殴ってぶっ壊す! シンプルに正義を楽しもう!」
 続いて雄星が発火のグラビティが籠った矢を射るが、これは外れた。
(「グラビティを矢に籠めるというのは、意外に難しいね」)
 難しい表情で、雄星は言葉に出さずに呟く。彼は弓道の有段者であり、普通の弓で、この距離、この大きさの的ならまず外しはしないのだが、グラビティを矢に籠める動きを弓射の中に挟むのがけっこう厄介で、なかなか命中率が出せない。ちなみに、妖精弓は独自の意志を持ち照準をつけるとも言われ、普通の弓は全然扱えなくても、ケルベロスとしてハイレベルなら易々と百発百中を出すこともできるらしい。
 そして、この時。建物の扉が開いて、数人の人が表へ出てきた。おそらくその中に、救出対象の三人……光輪拳士の失伝ジョブを持つ、ケルベロスたちと同じ時代の人もいるのだろうが、多少距離がありはっきりしない。
 向こうから近づいてくるなら、下がるように言おうと思ったが、幸い、彼らは驚いた表情で戦闘を見ているだけで、敢えて近づいては来ない。
「ああ、見ていてくれ。今は、見ていてくれればいい。力を使うのは、本当に必要なときだけでいいんだ」
 救出対象者への声掛けというよりは、むしろ独言のように呟き、ケイは翔が包帯を突き刺したエインヘリアルへと雷撃を飛ばす。
 続いて邦絵が踏み込んで筆を振るい、達人の一筆でエインヘリアルの腕を凍りつかせる。
(「敵は混乱しているようですね……」)
 まあ、一方的な虐殺しか考えてなかったところへ、いきなり乱入されて痛撃を受けたのですから、まともな対応はできませんね、と、呟きながら、刃蓙理は敵の死角に回り込んで斬撃の蹴りを入れる。
(「それに……本来、敵は生前の行動を繰り返す残霊。過去と違う対応をされたら、反射的な行動しかできない……と、決めてかかるのも危険ですが」)
 冷静に思考を巡らせ、刃蓙理はケイを見やる。
(「それにしても愚呂地さん……心にもないことを適当に口先で言っていると、私にはわかるけれど、他の人たちにはきっとわからないし、それでいいのでしょうね」)
 ケイと刃蓙理は呪われた魔法を扱うブラックウィザードで、一見冷静に見えるが、実は夏帆や香凜とは別の形で狂い、病んでいる部分がある。
 そしてウルが、内心をいっさい見せることなく、ただ無言で喰霊刀を振るって激しく斬りつける。しかし、その動きは意外に単調で、エインヘリアルに見切られ紙一重で躱される。
「ナメル……ナアッ!」
 エインヘリアルが咆哮し、ウルに向かって剣を振るう。躱しきれず斬られたか、と見えた瞬間、ディフェンダーのケイが飛び出して庇う。
「ボクがしっかり仲間を守って何とかするよ。信用を得たいね」
 大剣の斬撃を受け止め傷を負いながら、ケイは何事もないような口調で告げる。庇われたウルは、そのまま身を躱して飛びのく。
 すると、もう一人のエインヘリアルが、今度は傷を負ったケイを狙って剣を振るうが、これは邦絵が飛びだして庇う。
「……」
 ケイが再び、ひどく醒めた目で邦絵を見やったが、彼女は気づかない。一方、夏帆が傷の深い方のエインヘリアルへ向って、侵食する影の弾丸を打ち込む。続いて翔が、ワイルドスペースで補っている腕を砲に変形、混沌の弾丸を撃ち放つ。
「ギ……アッ……」
「アハハハッ! 死ね死ね死ね死んでしまえ! 悪い奴は正義の力の前に滅びるのが定めなのさ!」
 狂躁的な陽気さで言い放ちながら、香凜がオリジナルグラビティ『叩き斬る(タタキキル)』を発動させる。
「小細工なんていらないねー!」
 翔と同様、ワイルドスペースで補っている左腕を巨大化し、バスタードソードを握って力任せに叩きつける。何もかもシンプルにまとめ上げた彼女らしい一撃をまともに受け、エインヘリアルの頭が粉々に砕ける。
「アハハハッ! アハハハハハッ! こんなにも楽しいのは私が正しいからだね!」
「ああ、たぶんその通りだろう」
 正義は必ず勝つ、なぜなら正義は必ず勝った者の側にあるからだ、と少々皮肉っぽく呟きながら、雄星が最後に残ったエインヘリアルに、トラウマを引き起こす矢を射かける。今度は命中し、エインヘリアルは顔を引き攣らせ、低く呻く。
「グ……ガガガ……」
「残り一人か。治癒をしないと死ぬというほどの傷でもないし、ここは畳みかけようか」
 淡々と言い放つと、ケイは触れたものすべてを消滅させる不可視の「虚無球体」をエインヘリアルに向け放つ。エインヘリアルは本能的に危ないと察して身を躱したが、「虚無球体」はビームなどと違い、敵が躱した方向へ針路を変えることができる。
「ギャアアアアアアアアアアア!」
 どうやら肩口に「虚無球体」が命中したらしく、ざっくりと肉と骨が抉られ腕が落ちる。凄まじい量の血が噴き出るが、エインヘリアルが剣を天に掲げると、剣に刻まれた星座の紋章が光り、出血が止まる。
「剣の治癒力を使ったのですね。ですが、確かそれは列治癒だったはず……応急手当以上のものにはなりますまい」
 ここは攻め時、と、邦絵も自分のダメージを棚上げにしてオリジナルグラビティ『妖怪画『脛擦り』(スネコスリ)』を発動、攻撃に出る。
「妖怪絵師、歌河・邦絵が一筆『脛擦り』を食らいなさい!」
 気合とともに邦絵が虚空に筆を走らせると、描かれた妖怪が実体化して敵を襲う。『脛擦り(すねこすり)』は猫のような姿をした妖怪で、相手の足下にまとわり付き転ばせたりする。
「すねすねすね、こすこすこす、にゃ~」
「ウーワー!」
 脛擦りに脛を擦られ、エインヘリアルは派手に転倒。せっかく出血を止めた肩の傷口から、衝撃のせいか、またもどばっと血が出る。
「……とどめは譲ります」
 抑えた口調で言い、刃蓙理はオリジナルグラビティ『禁断の処方箋(ダーティーループ)』を発動、邦絵を癒す。
「穢れた円環……Dirty Loop」
 強力な癒しのグラビティだというのに、術の名は妙に怪しげで、唱える刃蓙理の口調もどこか物憂げ。
 それもそのはず、このグラビティは本来、人を生贄に、泥から人を生み出す暗黒の転生術から生まれたものだ。その試みは未完成に終わったが、術そのものは、対象の自然治癒が及ぶまで生体パーツを補う泥の治癒術として威力を発揮している。また、ブラックウィザードの魔術すべて、なぜか生贄が必要なくなっている。
 そして、邦絵のダメージは回復可能な分については全快し、瀕死のエインヘリアルにはウルが襲い掛かるが、これは見切られて躱される。
「当タラナケレバ……ドウトイウコトモ……」
「なら、当ててやるっ! 殺してやるっ! 死ねえっ!」
 呪詛のような叫びとともに夏帆が電撃を放ち、最後に残ったエインヘリアルは沸騰した血を盛大にぶちまけながら倒れる。
「死ねえっ! 死ね死ね死ね死ねえっ! 死ねえっ!」
「いや、もう、とっくに死んでますよ」
「落ち着いてね、ほら、チョコレートあげるから」
 死体に向かって延々と電撃を放つ夏帆を、邦絵と刃蓙理が二人がかりで宥める。
 一方、香凜はワイルドスペースの空に向け、高らかに笑う。
「やった! 勝った! 奴らは死んだ! 私は生きている! 私は正義! 奴らは悪!」
 そして翔が、はあはあと荒い息をつきながら唸る。
「……勝ったんだ……僕でも……戦えたんだ……!」
「じゃあ、さっさと救出にかかろうか」
 軽い口調で言い、雄星は集まってきた人々に告げる。
「皆さん、私たちはケルベロス。デウスエクスを倒す力を得た者です。この場所、この空間では、人はデウスエクスに勝てませんが、私たちが来たところへ脱出すれば、デウスエクスを倒せる者が大勢います。私たちとともに、そこへ移動しましょう」
「何と素晴らしい! 連れて行ってください!」
 壮年の男性が、感動した表情で言う。はて、この人は救出対象者だったかな、と、雄星は内心首をかしげたが、たとえ残霊であっても、ここから逃がすことはできる。
(「その後は、成仏するのか消滅するのか……いずれにしても、ここで延々とエインヘリアルに殺されているよりはずっとマシだろう、たぶん」)
 声には出さずに、雄星は呟いた。

作者:秋津透 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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