●
「塗りつぶせ! 行くぞ!」
バケツを持った少年が高らかに叫ぶ。3人のゴッドペインター達は、攻性植物が蔓延る森を駆けて行った。一体、二体、色とりどりの塗料をぶちまけて着々と攻性植物を倒していく。
「はぁっ、……はぁ、よし、次ッ!」
少女は笑顔で巨大な絵筆を振る。飛び出したグラビティの塗料が、びしゃり、と樹木にかかった。
「ヒッ、……ああああああ!」
耳をつんざく悲鳴。それは、攻性植物に取り込まれた被害者の声であった。思わず、少女がビクリと肩を揺らす。
「だめっ……! 笑顔でいなきゃ! 楽しい事だけ考えるんだよ。被害者の事は構ってらんない!」
絵筆を振りながら、少女は叫ぶ。その顔は笑顔のままだ。――ゴッドペインターは、楽しむ心を失っては戦えないのだから。
「ああ、こんな時に『彼ら』がいてくれたらな」
「彼ら?」
「……? 変なの。デウスエクスを倒せる存在なんていないのに……」
「しっかりしてよ。さ、行くよ!!」
彼らは走り出す。被害者の断末魔に、苦しみながら、笑顔のまま。
●
「寓話六塔戦争で、ケルベロスが勝利したおかげでわかったことがあるんだ」
秦・祈里(豊饒祈るヘリオライダー・en0082)は先の戦争の勝利を祝福し、そして早速だけど、と付け足した。
「囚われていた失伝ジョブの人たちを助けることができて……救出できなかった人たちの情報も入ってきたんだよ」
それで、と祈里は目を閉じる。
「情報と……僕が見た予知で、失伝ジョブの人たちは『ポンペリポッサ』が用意した特殊なワイルドスペースに閉じ込められているってことがわかったんだ」
そのワイルドスペースの中で、失伝ジョブの人々は、大侵略期の残霊が引き起こす悲劇を何度も何度も繰り返させられているのだという。
「なんのためにそんなこと、って僕すごく悲しくなったんだけど……これは、失伝ジョブの人たちを絶望に染めて、反逆ケルベロスにしようって魂胆なんだね」
攻性植物の蔓延る森林を駆け、攻性植物を駆除する。それに取り込まれた被害者が残霊であるという事にも気づけぬまま、自分たちが『人殺し』に加担する罪悪感に苛まれ、ゴッドペインターとして戦うため『楽しむ心を持ち続ける事』を強いられ、心がすり減っていく、そんな彼らを。
「ケルベロスの皆が戦争に勝ってくれたから……彼らが反逆ケルベロスになる前に救出することが出来るよ。どうか、これ以上の悲しみを繰り返させないで……閉じ込められた人たちを救ってあげて欲しいんだ」
そして、祈里は顔を上げる。
「この特殊なワイルドスペースは、失伝ジョブの人たち以外は出入りできなくなっているんだ。だから、この作戦に参加できるのは失伝ジョブを持つケルベロスだけ。……まだ戦いに慣れないうちだと思うけど、ちゃんとできることはあるよ」
そこにいる攻性植物は残霊だ。3人のゴッドペインターでも太刀打ちできる程度の戦闘力なのだから、それほどの強敵というわけではない。しかし、問題なのは『一般人の残霊』を取り込んでおり、その断末魔を響かせることなのだ。
「皆が森に乗り込むのは、ちょうど森の攻性植物が一つに集まって数十名の被害者を取り込んだ強大な攻性植物になった状態にゴッドペインター達が対峙しているところだよ。そこで、お願いしたいんだ」
ゴッドペインター達は、きっとその状況に絶望しかけている事だろう。――こんなにたくさんの人を今から殺すんだ、と。だから、その攻性植物をヒールしながら撃破し、取り込まれた一般人の残霊を助け出すことが出来たなら。きっとゴッドペインター達を絶望から救い出すことができる。
「過去に起きた悲劇であることは変えられない……でも、今苦しんでいるゴッドペインターの皆を助けることはできる。そうでしょう?」
救出対象者の3人以外は、全て残霊だ。それを本当の意味で救う事は出来ないけれど、今は前だけを向いて。そう言うと、祈里はヘリオンにケルベロス達を案内するのであった。
参加者 | |
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アトシュ・スカーレット(シャドウエルフの妖剣士・e44333) |
シャルファ・テイパー(きみのゆめ・e44374) |
黒津木・弥唯(忌まわしくも幼き魂・e44376) |
ロータス・マアトカラー(夜咲睡蓮・e44415) |
小鳩・啓太(シャドウエルフのブラックウィザード・e44920) |
夢山・橙花(ゲイジュツ的な混沌・e44947) |
四方守・結(精神一到・e44968) |
雉丘・太郎(レプリカントのワイルドブリンガー・e44971) |
●
「……なんだか、嫌な感じだな。長居はしたくねぇな」
アトシュ・スカーレット(シャドウエルフの妖剣士・e44333)はワイルドスペースに入ると、眉をひそめた。
洗脳されていないとはいえ、この空間は好ましい空気とは言えない。そこに長時間囚われている仲間がいるのならば――。
(「今から俺たちが向かうところにいる人らは助けられる前の俺たち……なら、助けないと」)
「勝手に思考を変えられるなんて気持ち悪いよねえ」
洗脳だけはなにがなんでも嫌だ、と、シャルファ・テイパー(きみのゆめ・e44374)は歩みを進めた。
3人のゴッドペインターたちは、ワイルドスペースの森の中で立ち尽くした。その眼前には、わさわさと寄り集まって大きくなった攻性植物が立ちはだかり、その幹に取り込んだ被害者たちの悲鳴を響かせていたのだ。
「なに……これ……」
がくり、と少女が膝を着く。
「だめ! 戦うんだよ……! 笑おう! 笑って勝って、帰ろう、みんなで……」
もう一人の少女が、筆を握る手に力を込め、声を震わせながら叫ぶ。それでも、そんな彼女の顔からもすでに笑顔は消えかけていた。絶望に塗りつぶされようとした、その時だったのだ。
「絶望するには、まだ早いっすよ! 援軍、到着っす」
雉丘・太郎(レプリカントのワイルドブリンガー・e44971)の声が、高らかに響く。
「え……?」
「大丈夫か!! 加勢する!」
降り立つ、アトシュ。
「キミ達を助けにきた、もう大丈夫だ」
はっきりと大きな声で告げたのは四方守・結(精神一到・e44968)だ。立ち尽くすゴッドペインターたちを守るように、攻性植物の前に立つ。
邪魔が入ったと気づいたかのように、攻性植物はその蔓を蠢かせる。
「助けに……?」
少年が顔を上げたところに、伸びた蔓。それを、長い髪をなびかせて割って入ったロータス・マアトカラー(夜咲睡蓮・e44415)が受ける。
「はい、そのケルベロスですヨ」
そして、笑顔をゴッドペインターたちへ向けた。
「ける……べろ……?」
「あのっ、助けに来ました!」
小鳩・啓太(シャドウエルフのブラックウィザード・e44920)はその後ろからおずおずと歩み出る。目の前の敵が怖くないわけではない、それでも。
「君達と、君達が諦めていた未来を、救いに来ました……!」
とぎれとぎれでも、伝えたい言葉、気持ちがある。啓太は振り絞るように告げた。
「お、オレ、まだ新米で……たいした力は無いけど、デウスエクスって地球の敵と戦う術を授かった、君達の仲間だよ! 君達にも『ケルベロス』って言う世界の希望が有る事を知って貰いたいんだ。あの人達を助ける方法だって有る、だから……前を見て!」
お願い。啓太は必死に紡いだ言葉のあと、大きく息を吐く。
「どんな苦しい状況でも決して諦めない意思に私達は導かれましタ。微力ながら手を貸します、あの敵を倒して貴方達が『心から笑える』様ニ」
締め上げられた左腕を強くふるって攻性植物から逃れたロータスは、圧縮したエクトプラズムの霊弾を敵へと叩き込む。
「ギャアァァッ!」
人の悲鳴と思えぬほどの声が響き、思わずゴッドペインターたちは耳を塞ぎたくなった。
「心から……笑う……?」
こんな声を聞かなければならないのに? この人たちを殺さなければならないのに? そう言いたげな3人に、ロータスは問うた。
「彼らの魂を救いたいですカ?」
真摯な瞳を向ける彼に、おずおずと少女がうなずく。すると、シャルファが仲間たちに黄金の果実の光を浴びせながら告げた。
「敵に捕らわれた人を助ける……それが出来たら、いちばん楽しいよねえ」
「そんなこと」
できないよ。と言おうとした少女を遮るように、
「その方法、おれ達が教えてあげよう。だから、絶望するのはまだ早いよ?」
シャルファは笑顔を見せた。
「なーんて、おれも最近知ったばかりだし、偉そうなことは言えないんだけどね」
そんな会話をしている間にも、攻性植物に捕らわれた人々のうめき声が聞こえる。そこへ、夢山・橙花(ゲイジュツ的な混沌・e44947)が混沌を振るい、癒しの力を与えた。
「こんな風に戦えばあの人達を助けられます! なので、希望を捨てないでください!」
「まさか……」
みれば、ぐったりしていたはずの被害者たちの顔に少しだけ生気が戻っている。
「自分達の力で誰かを守れれば、自然に笑顔になれるはずです!」
●
ゴッドペインターたちは、まさか敵を回復させるなどと思ってもみなかったのだろう。驚きに目を瞬かせる。
「……なぁ、あんたら、あの人達を『楽しませよう』と思わないのか?」
アトシュはそう言いながら、攻性植物に手加減攻撃を叩き込む。
「楽しませる……?」
「だって、その方がいいだろう? 自分も楽しんで、助けたい人も楽しませる! それっていい事なんじゃね?」
反撃から逃れるように戻り、背中越しにそう告げるとゴッドペインターたちは大きくうなずいた。
「そう……そうだよ、みんなが楽しければ私だって嬉しい」
「被害者を助ける方法はある」
結が、捕食形態の触手を八獄で受けながらはっきりと断言した。噛みついてきた敵をぐん、と押し返すように踏み込む。
「きずつけないで、たたかうほうほうもある、です」
黒津木・弥唯(忌まわしくも幼き魂・e44376)は続くようにそう言いながら、攻性植物に喰霊刀で斬りかかった。
「大丈夫」
安心していい。結は再度、そう付け足した。
ゴッドペインターたちは不安そうに顔を見合わせる。そして。
「教えて、……どうしたら、笑える!?」
「僕たちも、あの人たちも笑顔になれる方法……!」
ケルベロスたちに、教えを、救いを請うたのだ。
太郎はしっかりと頷く。
「さぁ、笑うっすよ」
己を構成する混沌の水の一部を霧に変え、攻性植物に取り込まれた人々――残霊に吹き付けて癒す。
「こうやって……、取り込まれている人を癒すっす」
「そんなことしたら、敵も回復しちゃうよね……?」
不安げに問う少女に、太郎はにこっと笑って見せた。
「大丈夫っすよ」
「俺たちはケルベロス。デウスエクスを」
殺せる。
アトシュの力強い声に、ゴッドペインターたちは筆をとった。
(「終わらない悪夢……凄く、怖いけど……」)
啓太はまだ慣れぬ感覚に戸惑いつつ、ネクロオーブに気を集中させる。
「夢なら必ず覚める。その悪夢はオレ達が断ち切る……!」
放つは、ディスインテグレート。また、残霊の悲鳴が上がった。
びくん、とゴッドペインターの少女が肩をこわばらせる。
(「ずっとひとがくるしむのをみながらたのしまなきゃいけないなんて、かわいそうすぎる、です……かならずたすけださないと、です」)
弥唯は、ギュッと得物を握り直し、ルナティックヒールを攻性植物に施す。彼らを救い、『彼ら』を救う。その目的を、果たすために。
「痛くしてスイマセン、後少し我慢を……必ず開放しまス!」
ロータスは、鉄の鬼と化した拳を、一般人の残霊を避けた個所に叩きつけながらそう宣言する。
もちろん、ゴッドペインターたちをも安堵させるために。
「共に感じ、共に笑い合う世界を取り戻す信念に攻撃を載せるのですヨ」
「……絶望ってのはよく知らないけど、いまの状況はむしろ最高じゃない?」
シャルファは、そう言って笑う。
「最高?」
首を傾げたゴッドペインターたち。
「ピンチの時に味方が駆けつけたんだ、ここで笑わないでどうするの?」
ハッとした顔で、うなずく。
「そっか」
「だよね……! 君たちがいてくれたら」
なんだか、勝てる気がするんだ。
ゴッドペインターたちは、各々立ち上がって攻性植物へ向かっていくのだった。
●
伸びてくる蔓を、結の剣が受ける。払う。埋葬形態をとった攻性植物により負傷した仲間たちに歩み寄り、啓太は記憶紡ぎによって陽の魔力を引き出し、癒した。
「お、オレに、力を貸して……!」
力を使うことへの戸惑いはあれど、これで仲間を救えるのならばそれ以上のことはない。
「私達で彼らをゲイジュツ的に助け出してあげます!」
橙花は赤の混沌と黄の混沌を合わせ、巨大な拳を作り出す。
「アアアアアッ!」
被害者を避けた部位を狙っても、そのダメージはすべてに及ぶ。けれど、まだ死んではいない。
それは、ケルベロスたちが取り込まれた人々を救うために、ダメージのバランスを考えながら戦っているおかげだ。
攻性植物自体は、着実に回復できないダメージを蓄積していた。このまま続ければ、勝てる。
自然、ゴッドペインターたちにも笑顔が戻りつつある。
「……いそぐ、です……!」
もう一息、と弥唯が刀を振るう。また、攻性植物から悲鳴が上がった。
「回復、しておくねえ」
すかさず、シャルファが気力溜めを施す。太郎が放ったカオスキャノンを避けた先で、アトシュが絶空斬を放つ。体制を崩した攻性植物へと、橙花が迫った。
「いきますよ!」
降らせるは、無数の心を抉る鍵。
鍵の雨に葬られ、攻性植物は消えていった。解放された人々が、ぐったりと脱力はしているものの無残な死を遂げたわけではないことにゴッドペインターたちは安堵のため息をつく。そして、
「よかった、誰も……死んでない」
心からの笑顔を見せてくれたのだった。
結は一般人の残霊たちを思い、黙祷を捧げるとすぐにゴッドペインターたちの傷を癒す。
「……つぎがくるまえに、はやくかえる、です……!」
弥唯はこの空間からの撤退をゴッドペインターたちに促した。
「え? 次……?」
残霊について詳しく話している暇はないが、きっとこの空間から抜け出せば、これが悪夢であることに気付けるはずだ。
「長居すると、この空間に取り込まれちゃうっすからね、さあ、いくっすよ」
太郎がゴッドペインターたちの背をそっと押した。
「行くって……どこに?」
「外、だ」
結が光を指さす。その一点をめがけ、一行は走り抜けた。
●
「っ……」
無事、全員がワイルドスペースの外へ出たことを確認し、啓太は気が抜けたのか、へたりとその場にしゃがみ込む。
「あれ……」
己の服装が変わったことに少し驚きながら、ゴッドペインターたちはきょろきょろとあたりを見回した。それは、日常。それは、あのスペースにとらわれる以前の空。
悪夢は、醒めたよ。
啓太は無事でよかった、とつぶやくと、気合を入れなおすように自分の頬をぺちり、と叩いた。
「おかえりなさい、そして、ようこそ……!」
泣き出しそうな笑顔で、ゴッドペインターの3人を迎え入れる。その手を、3人はしっかりととった。
「ただいま!」
「助けてくれて、本当にありがとう」
口々に礼を言う彼らに、アトシュは答える。
「礼なら、あんたらを助けに行けるようにしてくれた人たちに頼むよ」
「って、いうと……?」
ケルベロス達。簡潔に答えれば、新たに覚醒したゴッドペインターたちが笑顔になる。
「そっか。はやく先輩方にお礼を言いに行かなきゃ」
「私にできることで、恩返ししたいね」
「俺も、無性に描きたい気分だよ」
シャルファは、
「あとでおれ達の雄姿を描いてもらいたいものだねえ」
と、笑った。
ぽつり、アトシュがつぶやく。
「……これで、あの人たちに近づけたかな……?」
憧憬を、込めて。
きっと、その背は決して遠いものではないだろう。これからも、彼らは絶望を希望へ塗り替え続けるのだから。
作者:狐路ユッカ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年1月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 0
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