失伝救出~歩き出す為の希望

作者:そらばる

●強かに生き、虫けらのように殺される
 そこは、ダモクレスに支配された街。
 ガス灯がぼんやりと照らし出す古めかしい街の中を、種族も性別も年齢も様々な6人が駆け抜ける。
 彼等は薄汚れた服を着て、蒸気仕掛けの靴や籠手を装備して、両手にはめいっぱいの食料品を抱えて、複数のダモクレスに追われていた。
「――逃げ込め!」
 6人は追ってくる銃撃を嘲笑うように、次々にマンホールの中に飛び込んでいく。
 下水道に身を隠し、6人はしてやったりの笑顔を交わし合った。
「今日も大量だな」
「早く帰ろうよ。皆に戦利品を見せてあげなきゃ!」
 勝手知ったる下水道の帰り路を進む6人。
 が、ほどなくして、その行く手に轟音が鳴り響いた。
「戦闘!? 地上じゃない……」
「嘘だろ……隠れ家の方からだ!」
 6人は足を速めて隠れ家へと急いだ。戦いの騒音は、徐々に激しさを増していく……。
 彼等が駆けつけたその時には、下水道の一角に築かれていた拠点は、とうに業火に巻かれていた。
「そんな……っ!」
 舐めるような炎の中、鉄杭に胸部を貫かれた死体が、いくつもいくつも、まるで見せびらかすようにあちこちに飾り付けられている。きっちり、拠点に残っていた仲間達の人数分。
 鉄杭を撃ち出し、砲弾を炸裂させ、炎を噴射していた四足歩行のダモクレスが振り返る。一つ目型の大きなレンズに、6人の姿が映り込んだ。
「ここはもうダメだ――逃げるぞ!!」
 絶望的な声を上げながら、6人は一心不乱に逃げ出した。どこに逃げればいいのか見当もつかぬまま。
「こんな時、彼らがいてくれたら……」
 息せき切らして逃げ惑いながら、一人が呟いた。そうして、自分で自分の言葉に絶望する。
「彼ら……? デウスエクスに勝てる存在なんて、いるはずないじゃないか……!」
 乾いた自嘲は、やがてくつくつと湿った狂気を帯び、やがて罅割れた哄笑となって下水道に響き渡っていった。

●ガジェッティアの檻
「我々ケルベロスは、寓話六塔戦争に勝利しました」
 イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)は煌めく瞳を見開いて、誇らしげにケルベロス達に微笑みかけた。
「皆さんのお力の賜物です。そして同時に、この戦いで囚われていた失伝ジョブの人達を救い出し、未だ囚われたままの人達の情報を得る事にも成功しました」
 得られた情報とヘリオライダーの予知により、失伝ジョブに関わる人物達の現状が浮き彫りになった。
「彼等は、『ポンペリポッサ』の手による特殊なワイルドスペースに閉じ込められ、大侵略期の残霊によって引き起こされる悲劇を繰り返し体験させられています」
 悲劇のループを何度も経験させ、失伝ジョブの人々を絶望に染め、反逆ケルベロスに仕立て上げる……それが敵の作戦だったようだ。
「しかし、我々が寓話六塔戦争に勝利した事により、彼等が反逆ケルベロスになる前に救出する手筈は整いました」
 大侵略期の幻を繰り返す特殊なワイルドスペースに乗り込み、繰り返される悲劇を消し去る事で、閉じ込められた人々を救出する事が出来るだろう。

 特殊なワイルドスペースは、失伝ジョブの人々以外は出入り不可能となっている。
「つまり、今回の作戦に参加できるのは、失伝ジョブを持つケルベロスだけとなります」
 今回救出対象となるのは、ガジェッティアの6人。大侵略期でのよくあるレジスタンス活動をトレース体験させられているようだ。
 ダモクレスに支配された街から生活必需品を盗み出し、下水道に隠した拠点に持ち帰ろうとした所で、拠点がダモクレスに襲撃されて仲間達が全滅しているのを目の当たりにする――そんな悲劇を繰り返している。
 ガジェッティア達をループから解放し救出するには、ケルベロスがダモクレスに打ち勝つ力を見せて、拠点を守り切る事で、希望を与えてやるしかない。
「閉じ込められている6人に皆さんの戦いぶりを見せなければ意味がありません。ですので、6人が拠点に戻ってくるまで戦闘を長引かせるか、何人かが先にガジェッティア達と合流し、素早く拠点に連れてくる必要があります」
 倒すべき敵は、拠点を襲撃してくるダモクレスの残霊。四足一つ目の重機型ロボットを中心に、二体のアンドロイドタイプが脇を固める小規模部隊だ。
「特殊なワイルドスペースに長く居続けると、ケルベロスであろうとも悲劇に呑み込まれてしまう可能性があります。戦闘が済んだ後は、速やかな撤退をお願いします」
 繰り返される悲劇は、全てが残霊によるもの。襲撃される仲間達もまた残霊である。
「救出対象者以外を救出する事は出来ませんが、たとえ残霊であっても、6人にとっては希望そのもの。隠れ家と仲間達を守る姿を見せて、6人のガジェッティアを悲劇から解放してあげてください」


参加者
ケイティ・ラスト(猫・e44146)
佐藤・一美(サキュバスのガジェッティア・e44171)
新城・瑠璃音(相反協奏曲・e44613)
イリス・アルカディア(レプリカントのパラディオン・e44789)
ノエル・ジュブワ(レプリカントのガジェッティア・e44911)
牙国・蒼志(ウェアライダーの鎧装騎兵・e44940)
烏賊流賀呑屋・へしこ(の飲む黒いコーヒーは苦い・e44955)
広瀬・友(水底のアクイラ・e44962)

■リプレイ

●悲劇に終止符を
 ガジェッティア達が囚われているというワイルドスペースの内部には、十九世紀英国や大正浪漫の情緒ある市街地が広がっていた。
 そしてその地下には、暗く湿った下水道が迷宮然として張り巡らされている。
「悲劇のループに囚われる……想像するだけで嫌な感じがするね、気が滅入るよ」
 闇に沈む隧道を見渡し、イリス・アルカディア(レプリカントのパラディオン・e44789)は小さく身を震わすように吐息をついた。
 その傍らに並び、烏賊流賀呑屋・へしこ(の飲む黒いコーヒーは苦い・e44955)は毅然と進路を見据える。
「あっしらも此間まで同じような状態だったんでさ。さっさと救出に向かいやすぜ」
「受けた恩は返す。其は人として当たり前の事や。私らと同じ様に囚われ敵に利用されようとする仲間を助けんとな!」
 拳を掌で包み、早くも戦闘モードで気合いを入れる佐藤・一美(サキュバスのガジェッティア・e44171)。
「私自身は失伝の末裔ではないが、何かの縁だ。ケルベロスとして覚醒したこの力、存分に振るおう」
 先にケルベロスとして活躍している息子のように、と小さく付け加えながら、同じく戦闘の意気を高める牙国・蒼志(ウェアライダーの鎧装騎兵・e44940)は、顔以外を覆う全身鎧の具合を念入りに確かめる。
 頼もしい仲間達の言葉に、イリスも大きく頷き前を向く。
「だね、ガジェッティア達を悲劇の檻から助け出してあげないとね」
 入り組んだ隧道を進んでしばし。ケルベロス達はガジェッティアの拠点を前方に見出した。
 そこは暗く澱んだ闇の中に唯一灯る暖かな光。木材や鉄骨で組み上げられた、巨大なジャングルジムの如き隠れ家が、魔法らしき光に照らし出されている。蒸気で動くゴーレムが人々と交流し、小動物型の機械達が忙しなく掃除して回る。蒸気と錆と魔法がまじりあう、不思議な雰囲気の場所だった。
「だあれ?」
 友達との追いかけっこに興じていた幼い子供が、ケルベロス達を目敏く見つけて首を傾げた、その時。
 砲撃の轟音が辺りに鳴り響いた。衝撃に壁材が崩れ、ケルベロスをぼけっと見上げる子供の上に降り注ぐ――!
 あわやの瞬間、滑り込んだ広瀬・友(水底のアクイラ・e44962)の腕が子供を攫い、そのまま駆け抜けた。一拍のち、ガラガラと壁材が倒れ込む。
 子供の泣き声が沈黙を割り、拠点は騒然となった。残霊達の動揺が伝わってくる。
「――大丈夫です」
 新城・瑠璃音(相反協奏曲・e44613)の言葉が、凛として響き渡った。
「守ります。それが私たちに出来ることですから」
 相手は残霊。しかしケルベロス達は、同じ人として彼等と相対する。
(「彼らはかつて実在し、デウスエクスに立ち向かった先達だ。彼らがいたからこそ、今、俺たちもここにいるのだから」)
 友は胸中に戒めながら、呆然としている大人の残霊へと、泣きじゃくる子供をそっと預けた。
「絶対に、守り切る」
 大人の残霊は困惑の抜けきれぬまま、しかし小さく頷き返した。
 それを了解とみなし、ケルベロス達は速やかに陣を敷く。
「よし。二人が奴さんらを連れてくるまで耐え凌ぐで!」
 猛虎の如く吼える一美。
 不穏な機械の駆動音を片耳に、友は小さく黙祷する。デウスエクスによる死者の苦しみを思い、その力を引き出すように。
「息子も最初はこうだったのだろうな……」
 手の震えを見下ろして自嘲を零したのち、蒼志は震えを握りつぶすように拳を作り、顔を上げた。
「――来い、ガラクタども。スクラップにしてやろう」
 六人のケルベロスが見据える先には、巨大なレンズの目玉と、二対のアンドロイドの眼差しが、赤く輝いていた。

●示された可能性
 一方、拠点から離れたマンホールの真下。
 両手に溢れんばかりの戦利品を手に湧き立つガジェッティア達の前に、小柄な二つの人影が現れた。
「だっ、誰だッ!?」
 警戒し身構えるガジェッティア達の姿には、悲愴感さえ滲んでいる。
 ケイティ・ラスト(猫・e44146)はシリアスをブチ壊すように、軽薄に肩をすくめてやった。
「自分たちしか生き残ってないとか思ってたかにゃー? ポスアポってんのかにゃ?」
「生き残り……あなた達も?」
「はいぃ、わたし達も失伝者の末裔でぇ、ケルベロスなんですぅ」
 困惑するガジェッティア達に、さらに混乱の種をぶっ込むノエル・ジュブワ(レプリカントのガジェッティア・e44911)。
「ケルベロス……?」
 明らかな動揺が広がった。知らないはずなのに、心のどこかで知っている……そんなざわめき。
「まぁ今は深く考えずにぃ。それより大変なんですぅ、貴方達の隠れ家をダモクレスが襲っているんですぅ」
「なんだって!?」
「今はわたし達の仲間が防衛していますぅ。わたし達は貴方達を助けに来たんですぅ」
 真偽定かならざるノエルの言葉を信じるべきかどうか、逡巡がガジェッティア達に駆け抜ける。
 しかし『ケルベロス』という単語の衝撃が後押ししたか、彼等はすぐさま決断した。
「わかった、拠点に急ごう。あんた達と一緒に」
 男性ガジェッティアの決断に、ケイティは恥じらうように頬を染めてしなを作りながら、手近にいた女性ガジェッティアに絡みついた。
「にゃー、お兄さん頼りになるにゃー。お礼に、帰ったら気持ちいい事してあげるのにゃー」
「って言いながら、なんで私に抱きつくの!?」
「にゅふ、知らなかったのかにゃ? 猫は、お姉さんでも構わず取って食っちまうんだにゃ」
 瞬く間に打ち解けながら、二人とガジェッティア達は拠点へと急いだ。ほどなくして行く手から轟音混じりの戦闘音が鳴り響いてくると、ガジェッティア達の顔色が目に見えて変わっていった。
 それを見て、ケイティが呟く。
「希望ってのは絶望の果てに見る物にゃん。だから、君達に希望を見る資格はまだないにゃん。だって、ねえ?」
 幼い指が示すそこには、大切なものを全て破壊し尽くされた、絶望の光景が広がっている――はずだった。
 ガジェッティア達のデジャヴを裏切って、拠点はいまだ無事な姿でそこにあった。
 仲間達は拠点の隅で蒸気ゴーレムに護られながら、互いに庇い合い、戦々恐々として何かを見守っている。
 彼等の視線の先では、戦いが繰り広げられていた。

●守る力
 戦いの昂揚に体の震えも忘れて、蒼志は笑う。
「どうしたダモクレス、私はここだぞ」
 強気なバスターソードの一撃が、重機型の砲台に罅を叩き込んだ。
 無機質な巨大なレンズがぎょろりと蠢き、狼の獣人を捉えた。と同時、重機型の中央部から鉄杭が射出される。
 素早く割り込み杭を弾き飛ばした一美は、身を守る蒸気を噴出しながら小さく苦笑した。
「失伝で敵に囚われていた期間が長すぎて、体が鈍っているわ」
 その間にもアンドロイド達の銃撃が、広く横殴りに撃ちつけてくる。
「ナ゛ッ!!」
 個性的な鳴き声を上げて射線上に飛び出すナノナノ『メレンゲ巻き』。へしこのおべんちゃらがすぐさま治癒を施す。
「いよっ! 日本一!! ……カラクリ使いの皆様方に希望を持って頂く為たぁいえ、防戦一方って言うのも気分が良くありやせんねえ?」
「ガジェッティア達が来るまでの辛抱だよ」
 イリスはケルベロスチェインで仲間を守護する魔法陣を念入りに描き重ねていく。
「それは失われたのでしょうか、いえ、きっと、ここにある」
 瑠璃音は失われた愛しい想いを歌い上げ、仲間達の傷を癒し、その攻撃精度を高めていく。
 防戦に徹し陣を維持するケルベロス達を、ガジェッティア達の呆然とした眼差しが見つめる。彼等にとって、デウスエクスに生身で対抗するなど正気の沙汰ではない。
 けれど同時に、それこそがあるべき姿なのだと、心のどこかがうずくように納得している……。
 ガジェッティア達の視線を受けながら、案内役を買った二人が戦線に躍り出た。
「お待たせしましたぁ。希望の狼煙、派手に見せちゃいましょ~か」
「ダモクレス、ね。脅かし甲斐が無くてつまんない。ただの鉄屑に戻りにゃよー!」
 各々得意の攻撃でド派手に乱入するノエルとケイティ。
 予定通りの合流に、仲間達は心強い笑みを交わし合う。
「さ、準備も整いやしたし、やりますかねェ……」
 口の端を持ち上げて、ペイントブキを構えるへしこ。
「さァてお立会い。ここにいでたる、我々は、悪霊滅す、ケルベロス、っとくらァ」
 カラフルな塗料が宙を舞い、重機型の目玉を塗りつぶした。
 それを合図に、ケルベロス達は一転攻勢に出た。一美のフォートレスキャノンが重機型を牽制、蒼志は好戦的に笑いながら果敢に重機型へと突っ込み、友は極めて冷静にディスインテグレートでアンドロイドを地道に狙う。
 ダモクレス達は銃撃や砲撃で対抗してくるが、十分に守備や強化を行き渡らせた陣営は、簡単に打ち崩される事もない。
「舞い降りて極北の光幕」
 瑠璃音がオーロラの如き光で仲間達を包み、身を蝕む弱体化もまた付与される端から消えていく。
「まだまだ駆け出し、基本に忠実に……っと」
 イリスは呼吸を整え、奇蹟を請願する外典の禁歌を丁寧に歌い上げて、アンドロイド達を呪縛する。
「しがない編集者が、なんで永いこと囚われていたんか知らんけどなぁ……」
 一美はふと、思い出せない過去を追憶するように目を細めながら、九尾扇を翻す。
「今は兎も角恩返しに、同じガジェッティアをたすけさせてもらうで!」
 扇の羽を多節鞭の如く振るう一美。二体同時に打ち据えられたアンドロイドは氷に覆われ、内一体が氷と共に砕け散った。
 残ったアンドロイドは関節の幾つかをあらぬ方向に外しながら、なおも重機型と連携して砲弾を放ってくる。
 しかしそれらの攻撃も、へしこと友が我が身を盾に防ぎ切り、瑠璃音は憂慮なく戦いの歌に喉を震わせる。
「定められた運命なんてない、未来は自ら切り拓く……」
 解放を求める歌が美しく鳴り響き、敵の力を封じていく。
「ブラックウィザードのグラビティでもぉ……これはオカルト要素薄いからぁ~幾分気楽ですねぇ」
 のんびりマイペースに、けれどそれ相応には真剣に、不可視の虚無球体を放つノエル。
(「大丈夫だ、守れている」)
 初めての依頼にも関わらず思いのほか落ち着いている自分自身を確かめながら、友はエアシューズを駆って敵へと肉薄した。
 流星の煌めき散らす飛び蹴りが、もう一体のアンドロイドの動力を激しく踏み砕いた。

●胸に希望を刻み付けて
 ガジェッティア達は見つめていた。戦いの一部始終を。
「いやらしい猫にオシオキしてもいいんだにゃぁ……」
 ダモクレス相手にもブレずに魅了を仕掛け、生じた隙を逃さず冷徹に狙うケイティの暗殺術を。
「農作物は生命の象徴、生命は希望に繋がる……お祖母ちゃんの遺品から見付けたこのグラビティなら~希望の狼煙には丁度良いかも?」
 九条葱型ガンランスに変形したノエルの祖母の遺品のガジェット、『Libre Agriculteur』による刺撃と光弾の二重攻撃を。
「お目通りは叶いませんなァ。さ、こっちからも行きやすぜ!」
 重機型の火炎放射を押し返すように払いのけながら躍り出たへしこの、大地をも断ち割らんばかりの強烈な一撃を。
「徹底的にやるよ」
 端的なイリスの言葉に合わせて、斬り裂き、弾き潰し、射抜き、焼き払い、打ち砕く――飛行・自立稼働し敵を蹂躙する多種多様な武器群を。
「ペンは何よりも固し! 締め切り間近の編集者の気持ちを受けてみなさい!」
 原稿が上がらない編集者の魂の叫びを宿した一美のペンが、猛虎迅雷の如き速さで雷を放つ悲しき業を。
「自分の傷はどうでもいい……俺はただ、守るだけだ」
 暗い過去と味わった無力感を秘めて放たれる、触れたものすべてを消滅させる友の虚無魔法を。
「……終わりか」
 レンズに罅を生じ、もはや崩壊直前とわかるロボットの懐に潜り込んで、ぞっとするほどにつまらなそうな呟きを零しながら放たれた、蒼志の痛烈な一撃を。
「舞い散れ羽吹雪……」
 純白と漆黒、瑠璃音の背負う二対の翼から放たれ、刃の如く斬り裂き敵の命を奪う、白黒二色の羽吹雪を。
 殺到するケルベロスのグラビティに、ダモクレスがあえなく敗れていくその光景を。
 拠点と、自分達の仲間が、一人残らず救われたその瞬間を。
 彼等は確かに見届け、
 希望と共に、胸に刻み付けた。

「一つ人の世、心を喰らう」
「二つ不埒な、悪霊夜行」
「三つ醜き、浮世の霊を、祓ってくれよう、けるべろす。……ちィとばかり見得を切りすぎた気もしやすね」
 戦いの終幕を、情緒豊かに大見得切って締めてみせるへしこ。そうしてくるりと振り返ると、仲間とガジェッティア達にテキパキとヒールを振り撒き始める。
「さ、こんな所には長居は無用でさ。脱出しますぜ、カラクリ師の方々」
「脱出……」
「その前に、とりあえず治療だけはしとこう。何があるかわからないし」
 イリスは「想捧」を歌い上げ、戦いの傷を念入りに癒していく。
「失伝……ケルベロス……ああ、そうか」
 まだ完全とは言えないまでも、ガジェッティア達にも徐々に理解が浸透し始めているようだった。
「突然すぎて、なんか複雑な気分……」
「深く考えることないにゃん。最低に下劣な生まれ方だとしても、面白おかしく生きられればいいんじゃないかにゃ? とりあえず笑っとけばいいにゃん」
 猫らしく気紛れな慰めの言葉を贈るケイティ。
「皆さんにも私たちと同じことができます、必ず」
 ケルベロスを見つめる視線に少なからぬ羨望を読み取って、瑠璃音は柔らかく告げる。
「行きましょう。貴方たちにも誰かを守る力がきっとある。私たちがしたように」
「そう、だね……」
 答えながらも、後ろ髪引かれるように、六人の視線は拠点と仲間であった残霊達に留められている。偽りであると理屈ではわかっても、すぐには割り切れないのだろう。
「彼らを守る力を得るためにも、俺達と来てほしい」
 丁寧な態度で、静かに呼びかける友。
「此所は過ぎた昔の話だ。前にも後ろにも進まない」
 蒼志もまた淡々と諭す。
「だが、あったことを忘れてはいけない。彼らのことを、忘れないでいてやればいい」
 諦観に沈み始めていたガジェッティア達が、顔を上げ、前を見始める。
「我々は今を生きる者たちだ。悲観せず前に行こう」
 そう蒼志に促され、ガジェッティア達はようやく笑顔を見せ始めた。思い思いに拠点の仲間達に別れを告げ、希望に満ちた瞳で手を振りながら、ケルベロス達と並んで歩き出す。
「余り長居は無用ですし~行きましょうか。――未来に向かってレッツゴーですぅ」
 ノエルのマイペースな声に率いられながら、六人は暗い下水道を抜け出して、希望と光と戦いに満ちた現実へと歩み出す。
 幻の仲間達との思い出を、確かに胸に抱きながら。

作者:そらばる 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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