●未だ空は遠く
硬い足音が、大聖堂に響いた。ひとつ、ふたつ。その数さえ分かるようになってしまったのは何時の頃からだったか。
「……こんな時、彼らがいればデウスエクスなんて」
「彼ら?」
「あ、あれ。何だったかしら」
少年のその声に、パラディオンの女は、は、と顔を上げた。大丈夫かと向けられた視線に、苦笑だけを返す。大丈夫だと言い切るにはあまりに状況が悪かった。
「皆、配置についているわ。広間の様子は?」
「……、泣いている者はいなかった」
パラディオンの少年はそう言って唇を引き結ぶ。きつく握られた拳の意味を分からぬ者などこの場にいるわけもない。
「そう、泣くことさえできなくなったのね」
避難民は身を寄せ合うように奥の広間に集まっている。大広間へと続く扉の守りが、自分たちにできることだった。
「この扉を開かせるわけにはいかないわね」
「……扉といっても壁程度の見た目だがな」
「おや、我らが大聖堂の緑の間を軽んじて貰っては困るな」
二人とも、とパラディオンの男が柔和な笑みを浮かべたまま言った。
「奴が来た」
聖堂が揺れる。奴がーードラゴンが来る。大広間からは悲鳴さえ聞こえず、あぁ、だからこそ折れてはいけないのだとパラディオン達は思った。
「迎撃する。これより先に行かせるわけにはいかない。大広間へと続く扉を閉めろ。俺たちの「歌」はまだ、終わっちゃいない」
「ルォオオオオオオ!」
ドラゴンの咆哮が、響き渡った。赤黒い鱗に、熱を帯びる咆哮が真っ直ぐに向かって来る。
「歌え」
告げたのはパラディオンの少年だった。清らかな『歌』は咆哮の勢いを削ぎ落とす。這うように近づいて来る巨体が聖堂を揺らしていた。床がひび割れる。照明が落ちる。落ちた硝子が、膝をついたパラディオンの手を切った。
血の匂いが濃くなる。熱が、喉を焼かんとする。
迎撃はなっていた。だが、できたのは『迎撃』だけだ。
「ぁ」
崩れ落ちる。その先でも唇に歌を乗せる。せせら笑うようにドラゴンが翼を広げる。受けた傷からではない。この「歌」は『聖王女』の奇蹟をその身に降ろし紡ぐもの。けれど、だからこそ定命の肉体に過ぎた奇蹟を下ろす事は死のリスクを伴うのだ。
「屈しはしない。ここで折れることだけはしない」
歪む視界で、きつく拳を握ってパラディオンの女は言う。仲間は倒れていた。次々と崩れ落ち、その寸前まで歌を紡ぐ。
たとえ迎撃しかできなくとも。倒すことができなくとも。歌うことをやめてしまえば、重なり続ける喪失に耐えきれなくなってしまえば。
「あの人たちを、誰が守ると言うの……! この歌は、届くのよ」
歌が響く。息絶えた筈の仲間がいつの間にか復活してーーまた倒れて行く。重なって行く。そう、だって我らはその「死」を奇跡の対価を恐れぬのだから。
「我らは清浄にして聖なる歌い手……っ」
けれど、それはいつまで保つというの?
パラディオンの声が、初めて泣くように震えた。
●失われたもの
「皆様、お集まりいただきありがとうございます」
レイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)は集まったケルベロスたちに視線を上げた。
「寓話六塔戦争お疲れ様でした。勝利、ですね。この戦いで、囚われていた失伝ジョブの人々を救出した件は皆様の耳に入っていることかと思います」
そして、あの戦いで救出できなかった失伝ジョブの人々の情報を得ることができたのだとレイリは言った。
「この情報と、ヘリオライダーの予知により情報を整理することができました。まず、失伝ジョブの人々が現在閉じ込められている場所です」
場所は、『ポンペリポッサ』が用意した、特殊なワイルドスペース。
ここで、大侵略期の残霊によって引き起こされる悲劇を繰り返させられているというのだ。
「失伝ジョブの人々を絶望に染めて、反逆ケルベロスとする為の作戦だったと思われます。ですが、寓話六塔戦争に勝利した結果、彼らが反逆ケルベロスになる前に、救出する事が可能となりました」
繰り返される悲劇の中、絶望の只中にいる人々へと、手が届くのだ。
「皆様に依頼です。特殊なワイルドスペースへと乗り込み、繰り返される悲劇を消し去り、閉じ込められた人々の救出をお願いいたします。
だが、このワイルドスペースにはある制限があるという。
「特殊なワイルドスペースです。この場所に出入りができるのは失伝ジョブの人々だけです」
それ以外の人間は、出入りすることが不可能なのだ。
「この作戦に参加できるのは、失伝ジョブを持つケルベロスだけとなります」
少し、特殊な作戦になりますね。と言って、レイリはケルベロスたちを見た。
「特殊なワイルドスペースの中は、聖堂となっています。もう、大分ボロボロとなってしまっていますが」
その中、ある悲劇が繰り返されている。
「大聖堂の奥、大広間へと人々を避難させーーその扉を守るように、パラディオンの皆様がドラゴンと戦っています」
多くの避難民には既に泣き叫ぶだけの気力もなく、最後に残った分厚い扉の前パラディオンたちは「歌」を紡ぎ続けているのだ。
「清らかな『歌』でドラゴンの迎撃は行えていますが、その力の代償により次々とパラディオンたちは息絶えていきます」
命をかけた戦いでも、彼らにできるのは迎撃であり倒すことはできない。
息絶えるパラディオンは残霊であり、救出対象のパラディオンたちは息絶えてはいつの間にか復活し、そしてまた息絶える仲間の姿を見続けているのだ。
「その、心が折れるまで」
す、と息を吸い、レイリは顔を上げた。
「終わりにしましょう。その絶望を」
倒れずに崩れずに、折れずに歌を響かせる人々に大丈夫だと告げに行きましょう。
「敵は、赤黒い鱗を持つドラゴン。相手は残霊なので、仲間になったばかりの失伝ジョブのケルベロスの皆様でも問題なく戦っていただけます」
戦って、勝てる相手だ。
通常のデウスエクスより弱体化しているのだ。
「炎のブレスのほか、鋭い爪による攻撃、炎の球を連続して吐き出すなどしてきます」
戦場となるのは扉の前の廊下だ。
広く、大きな空間で戦うのに十分な広さだ。
「注意がひとつ。特殊なワイルドスペースに長く居ると、閉じ込められている人々と同様、皆様も悲劇に飲み込まれてしまう可能性があります」
悲劇の登場人物のように誤認させられてしまう可能性があるのだ。
「戦闘終了後は速やかに撤退をお願いいたします」
救出対象者は3名のパラディオンだ。
「ワイルドスペースの中で発生している悲劇は、実際に起きた過去の悲劇が残霊化したものと思われます。救出対象者3名以外の一般人は全て残霊となります」
助けることはできないのだ、とレイリは言った。
「ですが、手が、届く相手がいます。勝ちましょう」
そして、無事の救出を。
「では、行きましょう。皆様に幸運を」
参加者 | |
---|---|
チェルシー・グッドフェロー(花咲谷の雫・e44086) |
根住・透子(炎熱の禍太刀の担い手・e44088) |
和道院・柳帥(流浪の絵師・e44186) |
出雲・八奈(赤瞳・e44210) |
妙篷煉・鳳月(うつろわざるもの・e44285) |
不動・大輔(風来忍者・e44308) |
鷹崎・愛奈(天の道を目指す少女・e44629) |
コロル・リアージュ(ふりーだむぺいんたー・e44660) |
●不可逆舞台と終焉者
砂と焼けた鉄の匂いがした。血の匂いが遠い。だが舞い上がったまま漂い続ける砂埃が戦いの気配を濃く残していた。
(「おばあちゃんが言っていた「人間はデウスエクスよりも弱いけれど、デウスエクスよりも強い」失伝者の人たちも、きっと駆けつけるまでには持ちこたえてくれるはず!」)
だから、と鷹崎・愛奈(天の道を目指す少女・e44629)は顔をあげる。調停者だった祖父母の話を聞いて育った少女の赤い髪がふわ、と揺れた。
(「待っててね!」)
終わらせる為に来たのだ。この襲撃を、迎撃を。悪夢を。
「……こんな酷い事、一刻も早く止めないと」
唇を引き結び、娘は前を見る。瞬間、弾けるような赤がーー炎が見えた。見えました、と根住・透子(炎熱の禍太刀の担い手・e44088)は言う。踏み込んだ足に、そのまま体重を駆ける。
「……行きます!」
黒の双眸が捉えたのは、赤黒い鱗。鈍い色彩が熱をーー帯びた。
「ルォオオオオ」
「炎」
短く、紡いだのは出雲・八奈(赤瞳・e44210)であった。身を前に、倒すように地を蹴る。炎に照らし出された世界で、影を踏む。その場所ですらチェルシー・グッドフェロー(花咲谷の雫・e44086)に熱を伝える。
(「人を守るために、敵を倒すためにケルベロスになったんだ」)
己の宿業を知らぬまま生きて来た娘は、だが、踏み出すことを悩まなかった。吐き出された火球の行き先を見ていたから。
(「役目を全うしなければ」)
床を蹴る。足音が轟音にかき消される。今更、と声が聞こえた。こちらからではない。パラディオン達だ。
「今更、臆すると思ったか!」
少年の叫びは、咆哮に似た。炎の先、ドラゴンを見据えての叫びは旋律へと変わる。迫る炎を前に背けられることの無かった赤い瞳が、ふいに見開いた。
●声は届き今、満ちる
「ケルベロスだ! 希望を届けに来たぜ!!」
「え……?」
それは、炎を切り裂く声であった。同時に眼前、迫る筈の炎が飛び込んできた『何か』に防がれた。否、何かではない。人だ。抜き払った武器を前に、黒髪が揺れている。
それは、思えば初めて起きた変化だった。そう、変化だとパラディオンの少年は思う。
「貴方、達は……?」
問いかける声は、果たしてちゃんと紡げていたのだろうか。
仲間は誰も倒れてはいない。それは、長く続いた悪夢にあって初めて訪れた『変化』であり『光』だった。
「ここは引き受けます! 私達に任せて一度下がって怪我の手当てを! 早く!」
「待ってくれ、あれは倒せるようなものでは……!?」
「こっからはわしらに任せて、お前さんたちは避難してきた人の傍についててやれ。その方が、彼らも安心だろうよ」
和道院・柳帥(流浪の絵師・e44186)は笑った。柳帥の御技がドラゴンを確かに捕えたの少年は息を飲む。
「我らが同胞達よ! よくぞ耐えてくれた。あとはこのケルベロスに任せてお前たちは次に備えよ!」
阿頼耶識から放たれた光が、ドラゴンを撃ち抜いた。爆ぜた光の中、パラディオンの青年が驚いたように妙篷煉・鳳月(うつろわざるもの・e44285)を見た。
「次……。この先を? 君たちは一体……」
「あぁ、次だ」
鳳月の言葉に青年は一瞬、目を瞠る。ならば、と先を紡ごうとした青年と、未だ驚きの中にある少年を呼ぶ声がした。
「フリオ、ラティス、いったい、何が……!?」
騒ぎに気がついて、やってきたのだろう。パラディオンの女性は、ふいに息を飲んだ。
「あなた、は……」
「よくここまで我慢できました。花マルをあげます」
瞳は空を見据えていた。そこにいたのは、アルティメットモードでその姿を変えた愛奈であった。
「ここからはバトンタッチです。あなた達は下がっていてください」
愛奈は告げる。昔の調停者ーーむしろ、聖王女になった気分で。
「この、戦いに……」
パラディオンの女の声が震えていた。意味が、と彼女は言う。意味があったのですね、と。
「届いたよ――あなたたちのいのちの歌」
あなた達の歌は繋がった、と出雲・八奈(赤瞳・e44210)は言った。
「私達に繋がったんだ!!」
八奈たちの在る未来に。
「ーーッ」
「さぁ、此処は私たちに任せてみんなを安心させてあげて。あなた達の歌は、きっとみんなを笑顔にできるから!」
「……はいっ」
彼女の声をかき消すようにドラゴンの咆哮が響いた。
「無視してるな、ってことかな」
ドラゴンくん、とコロル・リアージュ(ふりーだむぺいんたー・e44660)が視線を向ける。
「……その邪魔をするなら――ドラゴンだって私達が討ち果たす」
赤黒い瞳が、こちらを向いた。臆することなく、八奈は言う。
「そのために、私たちはケルベロスの力を携えてきたんだから!」
「あぁ。ここは俺たちに任せて、後ろに下がっていてくれ」
不動・大輔(風来忍者・e44308)はそう言って、武器に手をかけた。
「勝つつもりなのだね」
パラディオンの青年に、チェルシーは頷いた。
「大丈夫。必ず、あのドラゴンを倒しますから。任せてください」
「あぁ」
一度目を伏せ、青年は言った。
「聖王女の加護を」
告げる声は重なるように響く。離脱するパラディオン達を追うようにドラゴンが視線を向けた。
「それはだめだって!」
ぶん、とコロルがペイントブギをドラゴンへと向けた。心配するように、一度足を止めたパラディオンの少年にコロルは笑みを見せた。
「大丈夫、あたし達は負けないよ! まあ、見てて!」
息を吸い、まっすぐに敵を見据えてコロルは言った。
「地獄からの使者、ケルベロスッ! 天の御遣いじゃなくてごめんねー!」
声は明るく。引く気なんて一欠片もなく。
ケルベロスたちは、炎熱の戦場に踏み出した。
●未だ空は遠くされど
「グルォオオ!」
ぐん、とドラゴンが身を起こした。進む足が大きい。突破する気か、と透子は一気に間合いへと踏み込んだ。
「行きます」
静かに告げた少女の斬撃に、だがドラゴンは身を逸らす。これでは命中が足りないか。それならば、と透子は一度足を引く。
「……これがドラゴン。なんて大きな……、私に倒せるの……?」
いや、透子は唇を引き結ぶ。大丈夫、と。
「私だけじゃない……皆もいる、……大丈夫、大丈夫」
自分に言い聞かせ、息を吸う。ルォオ、と呻くドラゴンの視線が一度、こちらを向いた。離脱するパラディオン達ではなく、こちらに。
(「……これで」)
これでいい。
鼻先がこちらを向く。巨体が、赤黒い瞳が完全にこちらを捉えた。
「……来る」
「あぁ」
応じた鳳月が拳を握った。
「お前たちの絶望は、今こそ、終わりを迎える!」
諦めるな、と告げる先は、遠ざかる足音に。
「目を逸らすな! 我らの奮闘を、その目に焼き付けよ!」
迷い無く駆け出す音が完全に遠ざかればーーやるだけだ。
「皆の者、始めようか!」
「カッカッカ! なぁに、抜かせるわけもあるまい」
口の端をあげた柳帥が、その手に霊符を落とす。ば、と展開する符に、ドラゴンが大口を開けた。
「グルォオオ!」
だん、と巨体が踏み込んだ拍子に、床に皹が入る。脅すような動きと共に、炎を零す口元がにぃ、と笑うように上がった。
逃した事実を、立ちはだかった事実を、すぐにでも退かしてみせるとでも言うように。
「もう、私たちは無力じゃない」
けれど、だからこそ八奈は言う。今、確かにこの悪夢を打ち砕くために。
「私はヤナダ、出雲のヤナダ――」
八奈の瞳が、その色彩を変えていく。自らを覆うグラビティ・チェインを瞳に集中させ、短期行動予測力を上昇させるのだ。ぼう、と鬼灯の如く瞳は赤く染まった。
「さぁ、呑まれたいのは、どいつからだ!!」
「ルォオォオ!」
その声に、ドラゴンの意識が向いた。踏み出した巨体に、チェルシーが飛び込んでいく。伸ばす手が、ぶわりと混沌の水を纏いーー斬る。
キン、と高い音が響いた。一拍を置いて、ドラゴンの足から炎がこぼれ落ちる。血に似たそれに、苛立ちを見せるように巨大な尾が揺れた。
「チェルシーちゃん」
コロルの声に、チェルシーはた、と地を蹴り上げる。追いかけるように向いた視線に返すのはほんの僅かな笑み。本能が高ぶったかのように攻撃的になった彼女の唇が弧を描いたのは、踏み込む仲間の姿を見ていたからだ。
ガウン、と重い一撃が、ドラゴンの胴に沈んだ。その衝撃に、巨体は叩き込んだ者を知る。
「折れない意思がある限り、希望はあるってことを教えてやるぜ」
身を横に飛ばし、その手に次なる武器を落として大輔は呟く。衝撃に、踏み込んで来ようとしたドラゴンの胴に変色が起きる。石化だ。
「無限に繰り返す悪夢も、最後の最後で打ち砕かれるものってね!」
さぁ、とコロルは唇に旋律をのせる。向かう先は、前衛へと。立ち止まらず戦い続ける者たちの歌を奏であげる。歌は癒しと、加護を紡ぐ。
「ループ物のお約束、あたし達が見せちゃおう!」
だって絶望を終わらせる為に、終わらせると決めて来たのだから。
●禍
炎と咆哮が、大聖堂へと続く廊下に満ちていた。戦いの流れは、未だどちらにも傾いていない。制約によってその動きを、多少阻害できてはいるが攻撃を阻害し、鈍らせるには至ってはいない。ーーだが。
「動きは……捕まえられます」
愛奈は行く。た、と一気に距離を詰めれば、接近に気がついたドラゴンが炎球を放った。叩きつけられた炎が、一帯を熱で染め上げる。視界が歪んだーーそれでも、止まる気も、崩れ落ちるつもりも少女には無かった。
「行きます……!」
勢いよく赤黒い鱗へと一撃を叩き込む。
「グ、ルォオオ!」
苛立ちを見せるようにドラゴンは暴れた。ごう、と唸る熱が廊下を包む。床がバキ、と音を立てて割れた。弾け飛んだ破片を、飛び越えて大輔と鳳月が行く。振り下ろされる鳳月の一撃が、氷を呼び込めばドラゴンの熱とぶつかり合って一瞬、煙が生まれーーかき消すように冷気が鱗を包む。
このまま、と鳳月は息を吸う。倒す、と。失伝者救出はこれで二度目だ。今回も助けてみせる。そも、相手はドラゴン。
(「対峙するのは初めてではないからな」)
加速する戦場は剣戟を高く響かせていた。敵の炎を避け、時にその身で受けながらもケルベロス達は動き続けた。
怪我も、流す血も覚悟して来ているのだ。
唯一の中衛である鳳月、次は盾役のメンバーのダメージが多くーーだがどちらも膝をつく程のことではない。
「それに、傷だってもらってばっかじゃないよ」
コロルは顔をあげる。叩き込まれた分、こっちだって叩き込んでいる。ぱたぱたと落ちる地は床を染めたけれど、敵からこぼれ落ちる炎も一緒だ。
「後少し……。回復するよ!」
コロルが告げたその瞬間、ぐん、とドラゴンの顔がこちらを向いた。
「!」
回復を嫌ってか。ぐわり、と開いた大口にーーだが、透子が踏み込む。
「透子ちゃん!」
「ーーっ大丈夫です」
赤黒い炎を、真正面から受け止めて少女は息を吐く。落ちた血を、正しく認識して選ぶはこの状況で最善の手。た、と透子は前に出る。炎を受け、尚動いた相手に驚いたようにドラゴンが身を逸らす。だがーー透子の方が、早い。
「……うう、熱いよ。でも私がやらないと…!」
自らの精神力を火口に、少女は刀に魂喰いの炎を纏わせる。唸る音は一瞬に。素早く、火焔野太刀を突き刺した。
「ル、グ、ァアアア!?」
劫火の名を持つ刀身がドラゴンに沈み、その内部から焼き尽くさんと炎が暴れる。嫌がるように翼を広げ、距離を取り直そうとする巨体に黒が、落ちた。
「黒で隔てば、皆別つ!」
それは黒の染料。
柳帥が引いたその線が、ドラゴンの翼を両断したのだ。
「グァアア!」
「やはりな。こいつが弱点か」
巨大な筆を担ぎ、柳帥は言った。先の一撃、最初に捉えた一撃も含め、奴に随分と響くのはーー。
「理力だ」
「ルォオオ!」
「カッカッカ! 図星か?」
ぶん、と暴れるように腕が振られた。とん、と軽くそれを避けた先で、柳帥は笑った。
「さぁて、もういっちょ助け出してやろうかぁ! わしらはケルベロス! 絶望を塗りつぶす者だ!」
「うん。っと、まずは回復!」
よいしょ、とコロルが透子に回復を描く。その、何とも独特な絵を視界に、大輔は身を前に倒す。己の両足と右腕にグラビティを集中させ、踏み込みと同時にーー爆発させる。
「全ての力を集中し……ただ一点を…抉り、貫け!!」
それは突撃であり、穿ち貫く一撃でもあった。
一直線、穿つ一撃は間合いに入られて仕舞えば最早避けきれはしまい。抉るように鋭く、回転させた鉄爪がドラゴンを貫いた。
「グルァアア!」
叫びは、怒りに似ていた。だん、と地面を踏みしめ、炎を零すドラゴンが身を前に飛ばすーー筈だった。
「ガ!?」
「いかせると?」
巨体を縫い止めていたのは地を潜り足元より貫く大蛇の尾。八奈の背ーーワイルド化された翼は伸縮自在の大蛇の頭。その身に待とうは大蛇の尾。
大地を貫き砕く槍は、恐慌の主を逃がしはーーしない。
「邪悪な竜に聖王女の制裁を!」
「ーー!」
それは愛奈の紡ぎ出した光。
聖王女をイメージとした光の巨人が、刃を振り下ろす。竜に一撃を防ぐ手など無く、せめての反撃か口が熱を帯びる。それをチェルシーは見逃さなかった。ドラゴンの首めがけて、飛び込む。振るう腕が一閃、刃となってドラゴンを引き裂いた。
「ルォオオオオオ」
炎が、溢れた。ぐらり、巨体が傾ぎーー床につくよりも前に燃え尽きて行く。それは長く続いた悪夢の終わりであり、嘗て起きた悲劇への手向けとなった。
「ここが……偽物の、世界」
愛奈の言葉に、パラディオンの女性は小さく息を飲んだ。
「だから外に出て、本当の困ってる人達を助けて欲しいの」
「うん。ここは過去を延々と繰り返すだけの世界」
だけど、とコロルは言った。
「かつて確かにそこに居た人達の為にも……一緒に帰ろうぜ、現代へ!」
「いつからか俺たちはこの絶望を当たり前と思ってしまいそうになってたんだな……」
少年がぽつり、とそう言った。淡い光が、法衣から学生服へとその服を変える。
「ありがとう」
そう言った少年に、透子は静かに微笑んだ。怪我の治療も必要はなさそうだ。安心させるように、一般人について話をするつもりではあったがーー今の三人ならば大丈夫だろう、と透子は思う。
「絶望に負けないでくれて、ありがとうございました。さあどうぞ、手を」
そっとチェルシーは女性へと手を差し出した。
「帰りましょう。こんな所から、さっさと出なきゃ」
「カッカッカ! さあ、帰るか!」
柳帥の言葉にやはり、とパラディオン達は笑った。貴方方は奇跡でもあるのでしょう、と。
「この地が偽物であったとしても。あれを倒し、その先を教えてくれたのですから」
感謝を、と告げる声が重なる。そうしてケルベロス達は失伝者の三人と共にワイルドスペースを脱出した。
作者:秋月諒 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
|
種類:
公開:2018年1月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|