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大聖堂へと逃げ込んだ人々は震え、恐れるように窓の外を見る。
窓の外には巨大なドラゴン――その前に立ちはだかるのは、5名のパラディオン。
清らかな歌が爪を押しとどめ、吐き出されるブレスから人々を守る。
……しかしその力の代償として、一人二人とパラディオンは倒れていく。
「うっ……こんな時、あの人たちがいてくれたら……!」
一人のパラディオンの呟きに、もう一人が首を傾げる。
「あの人たち? デウスエクスに勝てる人たちなんて……」
首を傾げた方に爪がかかり、倒れる。
先程まで共にいた仲間の命が今はない……心臓が冷えるような思いを抱きながら、残されたパラディオンは歌う。
――ドラゴンは倒れる様子がなく、倒された仲間はいつの間にか復活してはまた息絶える。
永遠に終わることのない戦いは、パラディオンたちの心が折れるまで、続く――。
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「寓話六塔戦争での勝利、本当におめでとう」
高田・冴(シャドウエルフのヘリオライダー・en0048)はそう微笑んだかと思えば、表情を引き締める。
「この戦いによって、囚われていた失伝ジョブの人々を救出し、救出できなかった人たちの情報を得ることも出来た」
失伝ジョブの人々は、『ポンペリポッサ』の用意した特殊なワイルドスペースの中にいるようだ。
ワイルドスペースの中では、大侵略期の残霊によって引き起こされる悲劇が繰り返されている――ドラゴンを相手取る絶望の戦いが、続いている。
「彼らを絶望させ、反逆ケルベロスとするためなのだろう」
だが、今ならば反逆ケルベロスとなる前に彼らを救い出せる。
「繰り返される悲劇を終わらせて、閉じ込められたパラディオンを救出してほしいんだ」
今回のワイルドスペースは少々特殊で、失伝ジョブを持つ者しか出入りすることが出来ない。
「失伝ジョブを持たない者が、ワイルドスペースに入ることが出来ないようだね」
ワイルドスペース内では5名のパラディオンが、人々をドラゴンから守るべく戦っている――しかし、人々もドラゴンも残霊。
「パラディオン5名では刃が立たず、倒されてはいつの間にか復活する、ということが繰り返されている」
パラディオンたちの心が折れ、反逆ケルベロスとなるまでこの戦いは続くだろう。
残霊だからこそ、ドラゴンも弱体化している。残霊のドラゴンを撃破することで、パラディオンの心を折る作戦は阻めるはず。
「これは大侵略時代、実際にあった過去の悲劇の再演だ。残霊である避難民を救うことは出来ないが……パラディオンの心を、救って欲しい」
戦いが終わった後は、悲劇に呑まれる前に速やかに撤退する必要がある。
そう告げて、冴は失伝ジョブを持つケルベロスたちを見送るのだった。
参加者 | |
---|---|
アリア・レヴェナント(天墜のレゾナンス・e44073) |
深園葉・星憐(天奏グロリア・e44165) |
スプリナ・フィロウズ(慈愛の泉・e44283) |
禍憑・緋墨(罪斬魔穿姫・e44371) |
麦隴・骸(マッドドッグデスロード・e44507) |
遠之城・珠生(ねなしぐさ・e44589) |
シグナ・ローゼット(届かぬ天・e44598) |
クオーレ・ピエタ(レプリカントのブラックウィザード・e44768) |
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パラディオンたちの歌声をかき消すかのようにドラゴンは吼える。
「……っ!」
間一髪のところで攻撃をかわす者、攻撃を受けて倒れる者も、形勢逆転の一手を打つには至らない。
背後から伝わる人々の恐怖が、眼前のドラゴンの威容がパラディオンたちの心を蝕む毒となる。
勝利への道筋は断たれたかのように思えた――だが、彼らの前で、ひと筋の流星が煌めく。
「え?」
流星はシグナ・ローゼット(届かぬ天・e44598)の足元から伸びるもの。
シグナの身に着けるアリアデバイスが、仲間であることは分かる……しかし、と戸惑いを隠せないパラディオンたちへ、シグナは告げる。
「俺達はデウスエクスに勝てる者……ケルベロスだ」
「ける、べ……?」
『大侵略期』の悲劇の中に立つパラディオンは言葉の意味を拾い損ねて首を傾げる。
何か尋ねようにも、今はドラゴンの猛攻の中。パラディオンの唇は質問のためでなく、戦いの為に使われた。
全身に刻まれた傷を目にしたスプリナ・フィロウズ(慈愛の泉・e44283)は痛ましげに視線を伏せ、凍てつく波動を敵へと放つ。
「此処は悪夢のような場所……お救い致します。どうぞ、皆様は彼らを守ってください」
「……いえ」
呟いたのは、先刻まで倒れていたはずのパラディオン。
「私たちも、力を持っています。力があるなら、戦わないと」
呼吸は荒く、足元は覚束ない。
それでも頼もしい言葉に、麦隴・骸(マッドドッグデスロード・e44507)は息を吐いて。
「生きて帰るぞ……!」
大地を蹴ってドラゴンに肉薄、鋭い眼差しを恐れることなく、骸は吶喊。
「オウガ君固まれ! 殴るぞ! 戦術超鋼拳ッ!」
犬の俊敏さでもって拳を打ちつける。
――夢の啓示が解き放ったこの力。そこに宿るものを求めるように、骸は幾度も拳を振るう。
ライドキャリバー『マニ』のタイヤがドラゴンの表皮を抉る音にも負けず、遠之城・珠生(ねなしぐさ・e44589)は声を張った。
「あなたがたの祈り、歌はわたしたちを勇気づけます。共にドラゴンを倒しましょう!」
攻性植物に果実を実らせ、実る輝きが痛みを和らげる。
共に戦うことをパラディオンたちは選択した――ならば、勝利を与えたい。
禍憑・緋墨(罪斬魔穿姫・e44371)はドラゴンの鼻先で刃を閃かせ、左腕のみの軽やかな斬撃で魂を啜る。
傷痕から溢れ出る鮮血が緋墨の白磁の肌を濡らす……それでも緋墨と、緋墨の喰霊刀が止まることはない。
「私達の牙……必ず、あのドラゴンに突き立てて見せます」
深園葉・星憐(天奏グロリア・e44165)はパラディオンたちに伝え、二つのアリアデバイスを携え歌を口にする。
ケルベロスに助けられ、ケルベロスとなった――ならば、為すべきことはひとつ。
敵の姿も絶望的な状況も、躊躇う理由にはならない。救出のために、星憐は声を上げ続ける。
重なる歌声はアリア・レヴェナント(天墜のレゾナンス・e44073)のもの。二人の声に触発されたかのようにパラディオンは立ち上がり、更に歌声を重ねていく。
勝てない戦いにうつむいていたパラディオンたちは顔を上げている。
ここへ駆けつけた時には倒れている者もいたが、今は全員が立っている――そんな変化も嬉しくて、気付かないうちにアリアの口元には笑みが浮かんでいた。
クオーレ・ピエタ(レプリカントのブラックウィザード・e44768)の手にしたネクロオーブから伸びるのは黒の鎖。
数えきれないほどの鎖がドラゴンへと殺到し、その身を戒める。
ドラゴンは低く呻いて身をよじるが、狙い澄ました鎖は的確にドラゴンの動きを阻害した。
口すら封じられたドラゴンの呻きは地の底から這い出たように恐ろしい。
それでもクオーレは臆することなく、ドラゴンを正面から見据えて。
「これ以上、好きにはさせないわ」
●
このドラゴンは残霊――実際のドラゴンよりも遥かに弱体化はしている。
それでもケルベロスとしての活動を始めてから日が浅い彼らにとっては油断ならない敵であり、パラディオンたちも警戒の表情を解かない。
ドラゴンがブレスを吐き、あるいは攻撃を行うたびに背後からは逃げてきた人々の悲鳴が連なる。
「思い出してくれよ、地球にゃ俺達ケルベロスがいるってさ」
骸は呟き、パラディオンたちの様子を窺う。
何度かの癒しによってパラディオンが倒れることはなくなり、彼らの歌声は響き渡っている。
目の前で繰り広げられる戦いは、もう終わったもの。
人であり人ではない者たちは今ではケルベロスと呼ばれ、数多の辛い戦場を乗り越えて、ここに立っている。
「だから、負けるなよ! 生きて帰るんだ!」
彼らのために、骸はアリアデバイスを展張。
全力全霊の歌声は、全身から噴出するようだった。
「蒼穹が俺達を見てるゥゥゥゥ! 明日を創れェェェェ! 匠の様にィィィィ!」
「共に歌ってください!」
「あんたらの力も必要だ……共に歌ってくれるか?」
珠生とシグナの呼びかけはほぼ同時。
ふと目が合った――ずっと気になっていたことを、シグナは口にする。
「遠之城……確かそういった名の歌手の娘がいたな」
「ええ、鞠緒はわたしの娘よ」
そうか、と頷くシグナが思い起こすのは歌手である自身の娘のこと――うっかり口を滑らせると、珠生は彼の姓が、娘からの手紙に出てくる友達と同じであることに気付く。
「カトエトの話は娘から手紙で良く聞いているわ」
「すまんが、俺のことは娘さんには黙っててもらえるか? 表に出るわけにいかない身でね」
「でも何故? 訊いても良いかしら」
――沈黙をかき消すかのように、咆哮が響く。
「そうだな……父親としてはまだまだ弱過ぎるから、かな」
翼は機械仕掛けでも、そこから広がる癒しはサキュバスのもの。
護れるほどの力があるかと懸念するシグナの言葉に、珠生も静かに頷いて。
「そうね、わたしも未だ決心がつかないわ……」
あの子たちを守るだけの力が、自分に備わっているのか――それでも、とマインドリングを掲げる珠生。
淡い光はマニの纏う光輪と同化して、ひとつの大きな盾と化す。
「あなた、たちは……どうして、戦ってくれるの?」
最低限の癒しだけでない護りをも得て、パラディオンは問いかける。
そこに怪しむ様子はなく、ただ純粋な疑問だけがあるようだった……アリアは浮かぶ笑みを悪戯っぽいものにして、答える。
「そう、ですね。デウスエクスに対抗する為の……いえ、敢えて言うなら強きを挫き弱きを助く、正義の味方みたいなもの、です?」
笑いかけてからドラゴンへと顔を向ければ、赤のセミロングが白い頬にかかる。
アリアが放つのは虚無魔法。不吉な球体がドラゴンの爪に触れた瞬間、ドラゴンの指先がぽっかりと消失する。
切り落とすでもなく消滅したから、痛みは感じなかっただろう――だからこそドラゴンは恐怖を覚え、残された爪でケルベロスたちをかき回した。
星憐が、骸が庇いに走るが、全員を守ることは難しい。爪を受けたクオーレは、新鮮な思いでその痛みを味わった。
(「昔は痛みなんて感じなかったのに……!」)
鮮烈な痛みは受けるだけで頭の中が白くなり、胸に宿る戦いへの意志とは無関係に身体は痛みを拒んで固くなる。
これが痛みというもの……内面をよぎるものはたくさんあったが、それらを表情に出すことはなく、クオーレはドラゴンへと肉薄。
唸る腕を突き立てた――レプリカントとしての本領発揮。
深く突きこんだ腕が肉を掘削すればドラゴンは悲鳴を上げ、身をよじる。
攻撃どころではなくなった様子を確かめて、星憐はその隙にと歌声を上げる。
傷付いた者を癒すための歌。堅牢な守りにパラディオンたちは希望を取り戻し、歌声に力が宿されていく。
「その希望に、応えて見せましょう!」
アリアデバイスが小さく震えたかと思えば、歌声は更に増幅していく――調べは力強く、だというのに優しい。
「……一刻も早くお救いしませんと」
ドラゴンも満身創痍、こちらとしても戦いを長引かせることは本意ではない……スプリナは独りごちて、地を蹴る。
痛みも苦しみも悲しいだけ。心身を傷付ける悪夢があるなら、早く覚めてしまえば良い。
駆けるスプリナの耳元、落涙の蒼は眼差しの軌跡のように。
後頭部へ回り込んで、ドラゴニックハンマーで打ち据える――衝撃に地へ伏せるドラゴンの元へと歩み寄る緋墨の右腕は、地獄の焔に包まれている。
「希望は 消させ ない、その 絶望 を 灼き 尽くす……煉獄怨嗟・禍憑神!」
心臓部へと捩じ込まれた右腕。
怨嗟の呪詛もまた、心臓部へと注がれる……煉獄の焔が身を焼き、垂れ流しの呪詛が精神を狂わせる。
精神と肉体、先に限界を迎えたのはどちらだったのか。
いずれにせよ、全てが壊れてしまった後では関係のないことだった。
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「勝利 です。ワイルドスペースから 撤退を……」
刃を納めた緋墨が言うと、骸もうなずく。
「全員生きてる……死なずに済んだか」
『生きて帰る』ことを強調し続けていた骸にとって、言葉通りの結末となったことが何よりも嬉しいことだった。
「ありがとう、あなたたちのお陰ね」
珠生はパラディオンたちに声をかけ、マニと共に出口を目指す。
初めての戦い――攻性植物はしんと動かず、マインドリングの光も止んだが、それらが動き、輝いたことを彼女は知っている。
(「ケルベロスになったのね……」)
改めて、そんな実感が湧くのだった。
シグナは無言で、手に入れた己の力に想いを馳せる。
ケルベロスになるために修行は重ねてきたが、突如として目覚めた力に折り合いはついていない。
迷ってはいられないと戦いに繰り出したが――それが正しいことだったのかを知るには、まだ時間が必要そうだった。
「もう、大丈夫だよ。この悪夢から脱出しよう?」
クオーレはパラディオンの手を取って、取り残される者がいないように気を配りながら進んでいく。
悲劇は終わり、戦場は静けさを取り戻した。
残霊であってもドラゴンは脅威であり、人々を救いたいと願ったパラディオンの想いは本物だった。
その想いを守ることが出来て良かったとアリアは安堵し、星憐も微笑を浮かべている。
「参りましょう」
スプリナが手を差し伸べれば、パラディオンはおずおずと手を取る。
「ありがとう、ございます……どうして、助けてくださったのですか?」
問われると、スプリナは柔らかな視線をパラディオンに向け。
「同じ奇蹟に目覚めた者として、何より人として、お救いせねばならぬと思ったのです」
あるいは、聖王女様の導きがあったのかもしれない――そんな思いを胸に、ケルベロスたちはワイルドスペースから脱出するのだった。
作者:遠藤にんし |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年12月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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