失伝救出~おわりなきうた

作者:長谷部兼光

●雷鳴とともに
 重傷を負い、最早呻くばかりで動くこともままならない若者。
 老人達は自身の最期を悟り、念仏を唱え、
 年端も行かぬ幼子は力尽きた母の亡骸に縋りつき、ただひたすらに慟哭する。
 最後の砦、最後の希望であるはずの聖堂内は、しかし絶望に満ちていていた。
 大丈夫ですよ、と、少女達は皆に言う。
 その言葉の本質は、空虚だ。何の慰めにもならないことを発した少女達自身が良く知っている。
 それでも。定められた未来を、諦観を吟じる訳にはいかない。
 ――その身が奇蹟を歌う、パラディオンであるならば。

 だが。現実は残酷だ。
 雷鳴一つ轟くと同時、聖堂の天井が崩落し、縦長の瞳が地を覗く。
 その正体は……巨きく、強大な、嵐の主――ドラゴン。
 年長のパラディオンの指揮の下、十数名の女性達は歌う。聖歌の力で、竜に抗わんと。
「……愚かな騒音だ」
 憐憫交じりに竜が嘲笑う。
「その歌を以って我を退ける事能わず。その身を以って民衆の盾となる事叶わず。命の浪費に過ぎぬ。哀れな道化ども。貴様らを死に至らしめるのは、貴様らが敬愛する聖王女よ」
 竜が吐き出す言葉の通り、その奇蹟は人の身に過ぎた力。
 奇蹟の代価は即ち命。しかし幾ら命を削ろうとも、眼前の竜には微風程度の損害しか与えられぬ。
 一人、また一人と仲間が息絶えるさまを間近で看取りながら、それでも少女たちは歌い続ける。
 諦める訳には行かない。
 例え声が枯れ、命が尽きようとも、決して――。

●ロール
「『諦めない限りこの惨劇は無限に続き、しかし遂に諦め心が折れたその時、少女達は闇に堕ちる』……そういう仕組みだ。全く、忌々しい」
 ザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)はそう毒づく。
 ケルベロスは寓話六塔戦争に勝利した。
 その際に失伝ジョブの救出と、未だ各地に囚われている残りの失伝ジョブ達の情報を得ることが出来た。
 その情報を元にヘリオライダーが予知をして明らかになったのは、寓話六塔の一柱・『ポンペリポッサ』の企み。
 反逆ケルベロスを生み出すため、ポンペリポッサは失伝ジョブの素質がある人々を特殊なワイルドスペースに閉じ込め、大侵略期の残霊によって引き起こされる惨劇を繰り返し彼らに体験させているのだという。
「先の戦争以前のケルベロスなら、ポンペリポッサの企みを察知していたとしても打つ手がなかっただろう。このワイルドスペースに侵入するための『鍵』が無かったからな」
 だが今は違う、と、ザイフリート王子は集まったケルベロス達を見る。
「そうだとも。今回の事件を解決出来るのは、唯一、失伝ジョブの力をその身に宿すお前達だけだ」
 ポンペリポッサの特殊なワイルドスペースに出入り出来るのは『失伝ジョブ』のみ。
 必然、新顔同士でチームを組むことになるだろう。
「『惨劇』についてだが、これは幻であるとも言えるし現実であるとも言える。過去、実際にあった事件が丸ごと残霊化したものがその正体だ」
 竜の襲撃も、パラディオンたちの抵抗も、全ては史実である、と。
「そして抵抗むなしく竜が全てを呑み込み、この事件に関わるあらゆる痕跡が今の今まで『失伝』していたのも、な」
 この惨劇に囚われているのは、六人のパラディオン。全員が十代の少女であるという。
「それ以外は残霊だ。若者も、老人も、子供も、竜も。六名以外のパラディオンも、文字通り全てな」
 放置すれば防衛戦は無限に続く。残霊のパラディオン達に悪気があるわけではないが、残霊であるがゆえに、息絶えた彼女らはしばらくすると息を吹き返し、歌い続けてまた息絶え……そんな挙動を繰り返す。
 この大規模な残霊を内包したワイルドスペースには、失伝ジョブの人間に『自分は大侵略期に生きている』という認識と役割を持たせる効果がある。
 彼女達を救出するためには、大侵略期には有り得なかった奇跡を起こすしかない。
 すなわち、竜の撃破だ。
 大侵略期にケルベロスは居なかった。しかし、彼女たちが生きていた現代にはケルベロスが存在する。
 彼女たちがケルベロスと言う名の希望を見出すことができれば、封じられていた現代の記憶と認識を取り戻せる筈だ。
「ただし気を付けろ。ワイルドスペースの効果が『失伝ジョブ』に影響を与えるものである以上、その効果はお前達にも問答無用で及ぶ」
 戦闘しその後脱出する程度の時間なら然して問題はない。だが、ワイルドスペースを探索するだけの猶予はないと王子は断じた。
 仮に長時間留まった場合、ミイラ取りがミイラになる結果が訪れるのは想像に難くないだろう。
「加入早々の大役になるが、その力で惨劇に囚われている人々を助け出して欲しい。頼んだぞ」


参加者
藍川・夏音(死塗れの悪逆・e44239)
槙島・蒼依(蒼穹の心・e44292)
槙島・藍漸(メタルシュヴァルツリッター・e44297)
朝比奈・昴(狂信のクワイア・e44320)
霧郷・千晴(晴天を望む金狐・e44393)
石動・真吾(ウェアライダーの光輪拳士・e44539)
添木・松虫(絶望堕ちしモノ・e44587)
クロナ・ベルベディア(くろねこのパラディオン・e44621)

■リプレイ

●その名は
 天を覆うのは、稲光を孕む黒い雲。
 雷達はさながら餓えた獣の如く唸り、主である竜の命を待つ。
 後はただ、指図一つで破滅が訪れるだろう。
 ……だが、その時。パラディオンの少女たちは見た。
 決して見えぬはずの、流星の煌きを。
 流星――クロナ・ベルベディア(くろねこのパラディオン・e44621)は黒雲を裂き、雷光よりも迅く竜を蹴撃する。
 時を同じくして、共通のコートを羽織った七名の男女が聖堂内へ侵入を果たす。
 思いも寄らぬ衝撃に竜は身悶えると姿勢を崩し、見下していたはずの地上へと落ちる。
 それでも竜は威厳を保とうと、宙へ留まる為に巨翼を広げ……刹那、そうはさせじと槙島・藍漸(メタルシュヴァルツリッター・e44297)が勇猛果敢に組み付いた。
「ダモクレスか。おのれ、心無くば他者の狩場を侵す愚も知らぬか」
 縦長の瞳が、鋼鉄の黒機士然とした藍漸の姿を睨む。
「違うな。私はダモクレスではない。歴としたレプリカントだ。そして、心があるからこそ私は此処に居る!」
 藍漸がそのまま竜を投げ飛ばす。
 猛りに呼応し明滅する空。聖堂内に吹き荒ぶ風。漆黒の鱗。
 地上へ墜落した竜の威厳は、しかし一片の陰り無く、たとえその身が残霊であったとしても、激戦を予感させた。
「私達は……この地球の人々の盾であり、デウスエクスを狩る剣である!」
 ワイルドスペースに飲まれはすまい。
 藍漸は大盾を掲げ、竜と、少女達へ高らかと宣言した。
「そうですにゃ! あなたたちは絶対に助けますにゃ! ぼくたちのことを信じて、安全な場所まで下がってくださいにゃー!」
 少しでも記憶を取り戻す切っ掛けになればと、クロナはスタイリッシュモードを発動させ、少女と残霊達に退避を呼び掛ける。
 クロナの誘導に従いながらも、状況が飲み込めぬ少女達へ、朝比奈・昴(狂信のクワイア・e44320)は歌を贈る。
 それは、希望の為に走り続ける者達の歌。
 昴が彼女たちと同じパラディオンであると、味方であると示す証でもある。
「我々が誰から奇蹟を賜っているのか、思い出すのです」
 落ち着きを取り戻し始めた少女達へ、昴は諭すように語り掛ける。
 パラディオンが起こす奇蹟の源は聖王女。少女達は昴の言葉を受け奮い立つが、昴の目論見とは違い、『自分が大侵略期の存在である』と言う認識が剝れることはなかった。
 余程ワイルドスペースの洗脳効果が強力なのか、それとも――。
「やせた頬、真っ赤な目、辛かったでしょう……わるい、夢……醒ましてあげる、わ……」
 槙島・蒼依(蒼穹の心・e44292)は一番憔悴していた少女を柔らかく抱きしめると、目尻を濡らす涙を払う。
「……ここは、私達に……任せて」
 昴の歌は少女達を十分に癒した。ならばここは藍漸(おっと)に続くべきだろう。
 蒼依はエクトプラズムを圧縮して砲弾に加工し、竜へと撃ち出す。
 霊弾に足を取られた竜の眼前、少女達へと真っ直ぐ続く射線の中央、藍川・夏音(死塗れの悪逆・e44239)は遮るようにそこへ立つ。
「十分に危なくないとこまで下がった? ……そう。なら……恐ろしくないなら あたしたちの姿を見てなさい」
 転臨せよ、忌まわしき彼方の君よ。
 深呼吸一つ後、藍川・夏音(死塗れの悪逆・e44239がそう唱えると、褐色の全身に白き傷痕が走る。
 タトゥーにも似た痕跡は淡く輝いて隆起し、そうして力を得た夏音の姿は何処か歪で、悍ましい。
 だが、今はそれがいい。人知れずの緊張も、呪いが全て喰らってくれた。
「やるからには全力で行くわ。正直虫唾が走るけど、生きて帰るためには……――始めるわよ?」
「面白い。竜を前に生還する腹積もりであるとはな」
 夏音の言葉を宣戦布告と受け取ったか、竜は再び翼を広げる。
 一度羽搏けば大気が混ざり、二度羽搏けば風が起こる。三度羽搏けばそれは禍つの嵐に成長し、四度の羽搏きと同時、嵐は前衛を飲み込んだ。
 しかし、嵐の直後、オーロラの如きヴェールが前衛を包み、竜の瘴気を遮断する。
 癒す光の源は、添木・松虫(絶望堕ちしモノ・e44587)だ。
 松虫は竜を見る、が、睨めつけ返され思わず目を伏せた。
 最初の相手がドラゴンとは、ただの奴隷だった自分には荷が重い相手だと今でも思う。
 だが、退く訳にはいかない。卑屈と諦めに染まった奴隷にだって矜持はあるのだ。
 誰かがこんな地獄の如き監獄で絶望を永遠に味わうなどと、そんな真似は見過ごせない。
「回復ならお任せください……というか、これくらいしか私には出来ないのです……出来の悪い奴隷で申し訳ございません……」
 言いながら、松虫は軽く周囲を見回すものの、特に有益そうな情報は見当たらない。
 戦闘のみに意識を向けた方が得策か。
「これくらい、何てとんでもねぇ! お陰でこっちは十二分に戦える!」
 オーロラを吸収した石動・真吾(ウェアライダーの光輪拳士・e44539)の光背、阿頼耶識は一層眩く輝いて、その閃きは竜の身を焦がす。
 閃光の終わり、真吾は救出対象である少女達に意識を向ける。
 彼女たちが、未来の仲間であり、こちらと同じ『失伝者』。
 年頃も真吾とそう変わらない。自分達が来るまで、よく耐えてくれたと心底思う。
「夢も希望も行くべき道も見えないのなら、俺が照らしてやっからよ! だから……絶対に諦めんな!!」
 垂れ込めた暗雲を吹き飛ばすように、真吾は少女達へ快活に笑んで見せた。
「ふん。竜種を前に希望を騙るとは無知蒙昧の輩どもよ。余程消し炭になりたいか」
「騙っちゃいねえ。こちとら本気だ。何故なら……!」
 真吾の言葉の続きを織り成すように、糸が伸びる。
 傀儡糸は竜の大きな躰に絡みついて自由を封じた。
 信じられぬ、と言った様子で少女と残霊達は状況を見守る。
 定命の身にてデウスエクスに抗うもの。大侵略期には存在しなかった、不死なる者の天敵。
「あたし達は――」
 傀儡糸の始点、霧郷・千晴(晴天を望む金狐・e44393)の声に呼応して、聖堂に乱入した男女達は遂にそれを口にする。
 即ち、その名。
「『ケルベロス』! デウスエクスに滅びを与える者!」
 ケルベロスコートをはためかせ、千晴は糸を繰る手に力を込める。
 例え相手がどのような威容を誇ろうとも、乗り越えて行くまでだ。
 今度は、自分達が誰かを助ける番なのだから。

●霹靂
「貴様らの素性など、知らぬ。だが、我等に仇成すものであるならば、容赦はせぬ」
 どうやら竜の残霊も、そのまま再現されたものであるらしい。未来の知識は持ち合わせていないようだ。
「それはこちらの台詞です。ともに聖王女の奇蹟を賜る身同士。これ以上、彼女達を傷つける事は許しません」
 自身の纏う、露出度の高いシスター服が風に任せて靡くさまを気にも留めず。昴の左腕に渦巻くワイルドウェポンはごぼり、と気泡を噴いて波打つと、巨大刀に変じ硬化する。
 液状刀が漆黒の竜鱗を引き剥がし、それを確認した真吾はチェーンソー剣の鋸刃を高速回転させた。
「こんな所に閉じ込めて、心が折れるまで延々苦しめて……ワイルドハントの野郎、絶対許さねえ! 待ってろ。俺たちが絶対助けてやっからよ!!」
 黒幕への怒りも動力に込めて、真吾が露になった竜の皮膚目掛け鋸刃を振るえば、竜は大きく嘶いて、後退る。
「ああ、もう。むやみやたらにでかいわね……」
 腕を鳴らし、夏音がボヤく。
 抗う術が無いのなら、この竜の存在そのものが死の象徴だ。
『大侵略期』というフィルターを通してみれば猶更だろう。
「昔はこんなひどいことがたくさんあったんだにゃ……」
 当時の状況を考えれば、クロナの気持ちも沈む。
 しかし……現在は昔とは違う。
 今ならば、当時成し得なかった悲劇の回避も出来るはずだ。
「その証明に必要なのは、結局コレよね」
 夏音がぐい、と拳を握る。
「だからさっさとドラゴン倒して、皆で帰るわよ!」
「なのですにゃ。ぜったいぜったい、六人全員助けてみんなで帰りますにゃー!」
 クロナが竜の足下に喚び出した溶岩が、勢い余って竜の巨体を打ち上げる。
 尋常ならざる怪力を秘めた夏音の腕(かいな)が宙を舞う竜をつかみ、膂力のままにその肉体を毟り、引き裂く。
 直後、竜が天を仰ぎ、咆哮すると、黒雲は数度轟いて、雷の槍を放出する。
「あたしがいる限り、誰一人倒れさせたりはしないよ!」
 雷槍が真吾に接触する直前、千晴が射線に割って入り彼の盾になった。
「受け止めきれない攻撃じゃない……削り切れない相手じゃない……だから……!」
 千晴は聖堂内に居る全ての者を鼓舞するように言葉を紡ぐ。この戦い、最も重要なのは生還を諦めない気持ちの強さだ。
 血染めの包帯を投げ飛ばし、宙で解れた包帯は、後衛――松虫へたどり着き、彼女の傷を癒す。
「モード技能を持たない私の様な奴隷が何を上から目線で……と言われるかもしれませんが……一言だけ」
 包帯が繋ぐ想いの歌。松虫は後衛へ送る『想捧』のメロディに合わせて、パラディオン達への激励を吟じる。
「……貴方達は今この場で無力感を抱えつつも必死に抗っている……守るべき者の為に歌うその輝きは何よりも尊く……希望に満ちてます。あのトカゲもどきは私達…ケルベロスが倒します。だから、諦めないで。絶望しないで。私は……貴方達を尊敬します」
 絶望にその身を浸しているからこそ、こちらに来てはならぬと戒めを語ることも出来る。
 松虫の歌を聞いた残霊達は、パラディオン達は、再び立ち上がり、奇蹟を謳う。
「藍漸……あの子たち……歌って……いるわ」
 彼女達を護ってあげて、と蒼依はたどたどしい口調で、そうっと呟いた。
 ああ。だが、と、藍漸は無骨な単眼で蒼依の表情を除く。
 彼女の身を案じるのは護衛機だったころからの宿縁で、夫婦となった今では絆そのものと言えるかもしれない。
「大丈夫……私も、今は……戦える、わ……」
 妻の瞳に決意は満ちる。こうなれば、いかに屈強な藍漸と言えども敵わない。
「わかった。だが無理だけはしないでくれ」
「あなたも……ね」
「問題ない。全てを護るのみだ」
 先ほど展開した環境適応装甲は極めて好調で、そこに蒼依のボディヒーリングが加われば、最早恐れるものなど何もない。
 藍漸が万感の力を込めて降り下ろしたバスタードソードは、竜の右目を跡形もなく粉砕した。

●幕間
 奇蹟の歌が満ち満ちる聖堂内で、竜が哭く。
 やめよ、やめよ、無意味な足掻きだ、歌を止めよと。
「どうですにゃ? 歌はむりょくみたいなことを言ってたみたいですけど、それは絶対違いますにゃ! 歌は、みんなに希望をあたえて、絶望をうちくだく力があるのですにゃー!」
 歌が奇蹟を呼ぶのなら、願わくばあの時の奇蹟をもう一度――。
「おおぉ! 雑音よ。この聖歌、有り得ては……!」
 クロナが歌うは、あおぞらのうた。
 青く、果てなく広がる蒼穹の光景を、にゃあにゃあと、ネコの鳴き声に隠された詩が奏でた。
 そしてその光景は、黒雲の主たる竜の心を激しく揺さぶる。
「そう、ね。この子達、が、見上げるべきは、雷、立ち込める暗雲でも……モザイクの空……でも、ない」
 澄んだあおぞらこそが相応しいだろう。
 蒼依は道を開くため、腕先を超高速回転させ、竜の漆黒を穿つ。
「この歌を雑音呼ばわりとは、耳がおかしいんじゃないですか?」
 松虫の顔に浮かぶ、激情。
 自身が謗られる事には諦観の域で慣れているが、仲間を貶めるのであれば話は別だ。
 あまり奴隷を舐めるなと、情動のままに乱れ舞うのは緋色の桜。
「たかがドラゴン一匹が私の仲間を貶すとは……身の程を知れ、トカゲもどきが」
 桜吹雪が竜を灼き、夏音の喰霊刀・朋喰丸はその一部始終を刀身にありありと映す。
 夏音は一時、目を瞑る。自身から全てを奪ったこの刀が、誰かに光を齎すことが出来るだろうか。
 その答えは未だ解らない。
「だから……最後の最期まで付き合ってもらうわよ! 朋喰丸!」
 朋喰丸が奏でる呪詛は美しい軌跡に乗り、
「残霊風情が! そろそろ頭が高いのよ! 頭を垂れなさい!!」
 竜の片翼をもぎ取った。
 竜の部位が脱落する度、少女達の目に生気が戻る。
 悲劇は終盤、何もかもをもひっくり返し、辿り着くべき結末は定まった。
 千晴の美貌の呪いに耐え切れず、もう片翼が爆ぜ散る。
「ドラゴンみたいな敵でも倒せることができるって教えてあげる!」
 ……故にこれが千晴が彼女たちに示す、最初で最後、そして唯一の事柄になる。
 今度は、彼女たちが誰かを助ける番になるのだから。
「……テメェみたいなハリボテ野郎に、俺が……俺達が負けるものかよ!!」
 序盤、蒼依が真吾に施したエクストラ・アームズが活性化し、真吾の火力を飛躍的に増大させる。
 強化された狼拳は目にも止まらぬ速さで容易く竜の体を貫通し、竜はどす黒の液体をまき散らしながらのたうった。
 それでも残霊の竜は残った力で大口を開け、鋭利な牙を剥き出しに、昴に食らいつこうとする。
 が、寸前藍漸が身を挺し竜の牙を受け止めた。
 大きく開いた口の奥。今まさに渦巻く光が迸らんと遡り、竜のブレスはゼロ距離で、藍漸の形全てを覆いつくす。
「なんの! 私の盾も、この躯体も、破られはせんぞ!」
 全身の装甲が軋み、悲鳴を上げるも凌ぎ切り、
「ドラゴンと言えど……残霊であれば、大した相手ではない!」
 藍漸は竜の左眼に剣を突き立てた。
「聖なるかな、聖なるかな。聖譚の王女を賛美せよ。その御名を讃えよ、その恩寵を讃えよ、その加護を讃えよ、その奇跡を讃えよ」
 竜には最早、昴の変化を確かめる術はない。
 混沌の水が昴の肢体をすべて侵食し、黒く淀んだスライム状の半獣、『聖獣態』が顕現する。
 指一本動かすだけでも全身を駆け巡る激痛を、昴は試練と受け入れ狂信(りせい)を以って抑えつけ、牙を突き立て爪を走らせ、あらゆる全てを切り裂きながらも信仰を歌い続ける。
 強烈な侵攻の後に残ったものは、竜だったものの芥と塵だった。

●過去から未来へ
 霧散した筈の塵芥が急速に寄せ集まって、再び竜の容を形成する。
『諦めない限り地獄は続く』。
 ケルベロス達は、悲劇と悲劇の境目に、僅か幕間を作ったに過ぎないのだ。
 朧のまま動き出した竜を、残霊のパラディオン達は聖歌で拘束する。
 無意味だ。少女達が欠ければ微風程度の奇蹟すら起こせない。なのに。
 道があるならお行きなさい。年長の残霊はそう言った。
 ――ああ。この光景は、命を厭わぬ献身は、幻ではなく、確かにあったものなのだ。
「……帰ろう。俺達のいるべき場所に」
 真吾が正気を取り戻した少女の手を引いて、十四名の失伝者達はワイルドスペースの脱出を目指す。

『諦めない限り歌もまた続く』。
 ケルベロスが折れぬ限り、歴史の狭間に消えた彼女達の遺志(うた)はおわらない。
 だから。
 今はただ。
 前へ。

作者:長谷部兼光 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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