失伝救出~禁呪の生む螺旋

作者:つじ

●必要な犠牲
 天空から降り注いだ『牙』が、白色の鬼へと姿を変える。
 ――竜牙兵。
 剣や斧を手にしたそれらの正体を悟り、茫然としていた人々は悲鳴を上げてそれぞれの方向へと逃げ始める。
「収穫の時ダ! 悲嘆ヲ、憤怒を、絶望ヲ捧げヨ!」
 歪な髑髏のような頭を揺らして、竜牙兵達は口々に歓声を上げた。
「我等のタメニ! ソシテ我等が主ノためニ!」
 現れた8体は、各々が殺戮の風となって人々を追う。舞い散る鮮血と、絞り出される断末魔が、夜の街を暗く、彩っていく。

「……そこまでだ!」
 暴風を遮ったのは、地から生じた黒い鎖だった。それを皮切りに、姿を現したブラックウィザード達は竜牙兵に挑みかかった。
 水晶の炎が空間を切り裂き、死霊術によって呼び覚まされた死者たちが竜牙兵に殺到する。傷つき、苦戦しながらも、彼等はやがて最後の一体を闇に葬ることに成功した。
「やった、か」
「ああ」
 しかし、勝利を収めたブラックウィザード達の表情は暗いままだ。
「……こんな戦いに、何の意味があるの?」
 彼等の振るう禁呪には、トリガーとして生贄が必要となる。
 「そこまでだ」と遮って、竜牙兵と戦う前。彼等は、竜牙兵が人々を蹂躙するのをずっと『隠れて見ていた』。
「だが、俺達が戦うには、こうするしかないんだ」
 仲間に、そして自分に言い聞かせるようにそう言って、彼等はまた次の戦場へと向かった。
 

「皆さん、寓話六塔戦争お疲れさまでした!!」
 ハンドスピーカーを手に、白鳥沢・慧斗(オラトリオのヘリオライダー・en0250) が労いの言葉を口にする。この戦いの成果により、囚われていた失伝ジョブの人々を救出できただけでなく、他の失伝ジョブの人達の情報も得ることができた。
「それで分かったことなのですが、失伝ジョブの人々は、『ポンペリポッサ』が用意した、特殊なワイルドスペースに囚われているようなのです!」
 そこでは囚人を絶望に染め、反逆ケルベロスとするために、大侵略期の残霊によって引き起こされる悲劇を繰り返し体験させ続けているのだという。
「この状況が判明した以上、放っておく理由はありません! 戦争直後でお疲れでしょうが、皆さんには彼等の救出をお願いしたいのです!!」
 高らかに、ヘリオライダーは一同にそう呼びかけた。
「さて、このワイルドスペースですが、失伝ジョブの方以外は出入りできない特殊なつくりとなっています!」
 既存のケルベロスの介入を防ぐため、『ポンペリポッサ』の施した措置だったのかもしれないが、失伝ジョブのケルベロスが加わった今ならば、攻略は可能だ。
「ワイルドスペース内部では、残霊によって大侵略期の悲劇が繰り返されています。囚われた人々は、『当時のブラックウィザード』だと思い込まされているようですね!」
 シーンとしては、『竜牙兵との闘い』である。ただ、当時のブラックウィザードは、力を振るうために生贄が必要となっている。禁呪が使えるようになるまで、始まった殺戮を逃げ隠れしながら待つしかない、そんな悲痛な戦いだ。
「さすが、心を折る事が目的なだけはありますね。当時の戦いを思うと心が痛みますが……それを終わらせるのが、皆さんの役割になります!!」
 このワイルドスペースに乗り込み、『一般人を守りながら竜牙兵を掃討する』。囚われたブラックウィザード達に代わり、悲願を達成することができれば、彼等も解放されるだろう。
 戦う相手は8体の竜牙兵。半数が日本刀相当の剣を、そして残りの半数がルーンアックス相当の斧で武装している。数は多いが、敵はデウスエクス本体ではなく悲劇のために再現された『残霊』だ。ケルベロス8名で十分対抗は可能である。
 また、今回の敵は連携を取る様子が全くない。その辺りを突けば戦況を有利に運べるだろう。
「周りに居る一般の方々も『残霊』ではありますが……『悲劇を終わらせる』ためには、こちらに被害を出さないこともまた重要です! 囚われた人々、そして当時戦った先達のためにも、各人の奮闘を願います!!」
 最後に鼓舞するようにそう言って、慧斗はケルベロス等をヘリオンへと導いた。


参加者
天瀬・水凪(仮晶氷獄・e44082)
チェルシー・グッドフェロー(花咲谷の雫・e44086)
藤林・絹(刻死・e44099)
七海・浬魚(飛翔する魚・e44241)
シャルロット・ノースバルト(黒衣の魔剣士・e44263)
名雪・玲衣亜(不屈のテンプレギャル・e44394)
ティリル・フェニキア(死狂刃・e44448)
陸堂・煉司(地球人の妖剣士・e44483)

■リプレイ

●繰り返される悲劇の中へ
「け、ケルベロスとしての初陣……うう、緊張してきた……」
 空気を大きく吸って、吐いて。チェルシー・グッドフェロー(花咲谷の雫・e44086)が顔を上げる。今回この場を訪れたチームは、所謂『失伝ジョブ』に就いた者達。彼女のように初の戦闘となる者も居るだろう。
「ケルベロス、あまりしっくり来ないわね。失伝者というのも何だか呼ばれ慣れないし……」
 とはいえ、その感触は人それぞれ。そう口にしたシャルロット・ノースバルト(黒衣の魔剣士・e44263)は気負った様子もなく、周囲へと視線を走らせた。
 それは、過去に在った光景。ワイルドスペースに踏み込んだ一同は、揃ってそれを目の当たりにする。幻に過ぎないのかも知れないが、そこには確かに人々の営み、息遣いが感じられた。
「……ここで彼らを助けるのが今回の任務か」
 天瀬・水凪(仮晶氷獄・e44082)が光の翼を広げる。探索、というほどの状況にはならないだろう。目標地点、予知にあった集会所はおおよそ目の前だ。そして予知の通りなら、この場所は程なく、竜牙兵に蹂躙される。
「繰り返し繰り返し、辛い記憶を体験させられ続けるのは、一体どれほどの苦痛なんでしょうか……」
「想像するだけで胸糞悪いな。……本業じゃないっつっても、私もブラックウィザードの端くれ、助けを求める声には応えてやるさ」
 足を急がせながらのチェルシーの言葉に、悲劇の繰り返しに囚われた『同業者』を思い、ティリル・フェニキア(死狂刃・e44448)が頷いて返した。
 そして最後尾を行く一人が敷居を跨ぐタイミングで、建物の天井を八つの牙が突き破る。
「何か良くわかんないケド鬱展開のリピートとか超ダルいよね」
 轟音と土煙、髪に乗った建材の欠片を払いつつ、彼女は自らの得物――ガジェットを展開。
「ま、やれるだけやってみるかー」
 悲鳴が聞こえる。竜牙兵の耳障りな哄笑が届く。鼻歌交じりに、名雪・玲衣亜(不屈のテンプレギャル・e44394)はこの道に一歩を刻んだ。

●救援
 悲劇の出だしは刃の一振り。そして鮮血が散るはずだったその場面に、白い髪の少女がその身を割り込ませる。
「……ッ」
「アア……?」
 竜牙兵の刃を受け止めた七海・浬魚(飛翔する魚・e44241)に続き、藤林・絹(刻死・e44099)が制止の声を上げる。
「それ以上、好き勝手はさせません!」
 肌に刻まれた紋様が熱を帯び、それと共に地面から黒い鎖が沸き上がった。暗黒縛鎖。絡みつくそれらを上から押さえるように、舞い降りた水凪もネクロオーブを掲げて見せる。
「……ここに」
 展開されるは煉獄の光景。解き放たれた冷気の刃が敵前衛に襲い掛かった。
「グオオッ!?」
「何ダ、貴様等ハ」
「私達はケルベロス! 知らなかったら覚えてね? 貴方達の天敵なんだから!」
 予想外の反撃に呻く竜牙兵達に、刃を蹴り飛ばした浬魚が名乗りを上げる。
「かなりの使い手とお見受けする。丁度8対8だ、是非手合わせ願うぜ?」
「古よりの死の御業。その力を持って、貴方達を倒して見せましょう」
 ティリルと絹がそれに続き、竜牙兵へと得物を向ける。シャルロットもまた、十字剣の切っ先側の包帯を解き、その刀身を露に。
「我等ニ歯向かうトイウのか、愚カナ」
「身の程知ラズが、ソノ気勢がドコマデ続くカ、見物ダ」
 ケルベロス達の挑戦的な言動に、竜牙兵等は歯を打ち鳴らして笑って見せる。
「ダガ、みすみす見逃ス理由モ無イ」
 挑戦に乗って来た者が大半、だがまとまりのない敵の中で集団と別の選択をした者が一体。手近な、逃げ遅れていた市民に向けてその刃を振り下ろした。
「させません!」
 回り込んだチェルシーがそれを阻止。そして動きの止まった竜牙兵の側面から、轟竜砲が撃ち込まれる。
「――テメェらは敵、だな」
 見立てを終えて、ワイルド化した右目が敵を映す。揺らめく砲煙を従え、進み出た陸堂・煉司(地球人の妖剣士・e44483)がチェルシーに並び立った。
 そちらに一度視線を送って、チェルシーもまた濡れた右目を敵へと向ける。
「というわけで――あなた方がどれだけ強いのか、試してさしあげます」
「ここから先はテメェらが餌だ。……欠片一つ、残せると思うなよ」
 不遜とも言える言葉に咆哮を上げた敵達を、ケルベロス等が迎え討つ。

「あー、はいはい落ち着いて、出口はこっちねー」
 割り込みヴォイスで誘導をかけつつ、最後尾に位置した玲衣亜は群衆へと目を向けていた。
「手近な建物に避難して。扉はしっかりと閉めるのよ」
 人々に言い含めるシャルロットの付近に、『魔法』に反応を見せた者が二人。
「まさか、今のは……」
「暗黒魔法だと……?」
「分っかりやすいわー、そこの二人はアタシらの後ろに来てくれる?」
 それはほぼ間違いなく、ブラックウィザード……今回の救出対象だろう。
「後は、ここで食い止めるだけね」
 シャルロットの目を向けた先では、斧と剣を手にした竜牙兵達が前衛へと襲い掛かっていた。
「そんなチカラじゃ、わたしは壊せません!」
「ここから先には行かせないんだから!」
 その幾つかを体で止めて、チェルシーが敵の一体を蹴り飛ばす。同時に浬魚も手榴弾を投げつけ、迸る冷気で敵後衛を牽制。
「カカカ、いつまで保つかな?」
「くっ……」
 跳躍して振り下ろされる斧に、弧を描いて足元を狙う剣。敵に連携する気は一切無いようだが、八体居れば自然と攻撃も重なる。『近くの敵しか攻撃できない』という装備状況も、前衛へのダメージ蓄積を助長させていた。
「煙幕張るよー、とりま、下がって」
「お願いします!」
 玲衣亜の爆破スイッチによる援護に合わせ、チェルシーが敵との距離を取る。
「……ちっ」
 状況に歯噛みする煉司に目配せし、ティリルが喰霊刀の切っ先を揺らす。描いた軌跡に従うように、生じた冷気が氷剣を生み出していく。
「起点が欲しいんだろ? 任せな――氷獄の剣よ、私に従えッ!」
 シゼヴァルシア。刃で作られた顎が、敵数体を巻き込み、閉じる。
「ガァア!?」
 殺到する凍刃の群れ。そうして切り裂かれた一団の中に、機を逃さず二人の猟犬が飛び込んでいた。
「動かないください?」
「運の無さを呪え。まずはテメェだ」
 白い吐息と共に、両側から喰霊刀が突きこまれる。狙いは『氷の刃を捌き切れず、最も深い傷を負った個体』。絹の達人の一撃が膝を砕き、煉司のそれが胴を貫く。
「グォ、オノレ……!」
 刃を素早く引き抜き、反撃を断った二人を追えぬまま、竜牙兵が呻く。喰霊刀による凶太刀。刃と共に送り込まれた呪詛が、敵の胴を蝕んでいた。

「浬魚さん!」
「大丈夫、こっちはボクが……!」
 声を掛け合って固い壁を形成し、チェルシーと浬魚が共に自らの傷を癒す。そこに迫る追撃の刃を、シャルロットが打ち払った。
「少しは遠慮しなさい」
 反撃に突きこまれた剣を半身で避け、その場で踊るようにして、振り切った刃をもう一度旋回させる。十字の剣が月を描き、竜牙兵の肩から先を奪い取った。
 バラバラに行動する竜牙兵達と違い、ケルベロスの動きは統率の取れたもの。方針もまた明確であり、役割分担はあるものの、多くを巻き込む攻撃の中で弱った個体を叩く、という形は周知されていた。
 ゆえに。
「まずは、一つ」
 膝と胴を穿たれ、腕まで失った個体に、水凪のナイフが殺到する。切り刻まれたそれは断末魔をあげる暇もなく、大小の破片となって床に落ちた。
「何ダト、我等ノ同胞ガ……!」
 負けるはずがないと踏んでいた状況に一矢が放たれ、竜牙兵達が揺れる。気勢を上げる者も居れば、目標を変えようとする者も居る。特に、二番目に傷を負った個体などがその筆頭だったが――。
「ほら、正々堂々真剣勝負だ。他の奴らによそ見するなよ?」
 凶暴な笑みを浮かべたティリルが、既にその目の前に。
「――ガァッ!!」
 振り上げられた斧に、月を描く喰霊刀が振り下ろされる。

●証明
 続く集中攻撃の末、シャルロットが次の個体にとどめを刺す。これで敵の頭数は二つ減った。未だ予断を許さない戦況ではあるが……。
「ほら、あいつら強いっしょ? 心配しなくても無事帰れっからさ」
 大丈夫なのか、という問いかけを遮るように、玲衣亜が前を向いたまま『救助対象』に声をかける。ケルベロス達の働きにより、一般人の犠牲は出なかったが、そのため彼等は禁呪で戦闘に参加することができないでいた。
「すいません……」
「私達にも、力があれば」
「あー、この状況が続くなら超鬱だよねー。でもひょっとしたら、代償ナシで誰かの力になれる日がくるかもよ」
「それは、どういう……?」
「とりま、諦めないで」
 言い置いて、玲衣亜は傷付いたチェルシーを蒸気の壁で包み込む。
「もっかい下がる?」
「いえ、まだいけます!」
 誰かではなく、仲間を守るために。その使命感からか、それとも胸に秘めた昏い感情からか、気丈に応えたチェルシーは自らに混沌の水を浴びせる。
「全部、消し飛ばすっ!」
 血を、傷を洗い流し、彼女はもう一度敵の動きを押さえるべく動き出した。
 続く猛攻を、壁役が凌いでいる間に、攻撃手達が術を練り上げていく。壁役にせよ、当時のブラックウィザード達にせよ、彼等の雌伏に報いるのが自らの仕事であると、ティリルの刃が吠え猛る。
「あいつらの代わりに、私がコイツを使ってやるよ!」
 薙がれた喰霊刀に合わせ、湧き出た黒鎖が後列に居た竜牙兵を絡め捕った。後衛が足を取られたことで、残りの二体が突出する形になるが。
「死の、抱擁を」
 絹の体から染み出た呪詛が、黒い顎となって敵を食む。そして高く掲げられた水凪のオーブから、不可視の球体が発射された。
「消え去るが良い」
 体の大半を抉り取られたように失い、二体の竜牙兵はその場に崩れ落ちた。
「やった、勝てるぞ……!」
「ああ、この人達さえ、居れば……」
 禁呪を使う同胞が、敵を屠っていく。それを目の当たりにし、ブラックウィザード達が歓声を上げる。だが内容とは裏腹に、その表情は硬く強張っていた。
 犠牲も無しに力を振るうケルベロス達は、彼等にとって希望の光となり得る。だが、同時に考えざるを得ないのだ。犠牲を受け入れるしかなかった自分達の戦いは、一体何だったのか。
 揺らぐ足元に、ブラックウィザード達の視線が落ちる。だがその首根っこを、後衛で戦う煉司が捕まえた。
「意味のねぇ戦いなんざあり得ねぇ。少なくとも、お前らは抗うために戦ったんじゃねぇのか」
「――ッ!」
 思わず、といった様子で睨み返してくるブラックウィザードの視線を受け、彼はその手を放した。
「だったら前向いて構えてろ」
 言葉で語るのはここまで。後は姿勢で示すのみ。

「ほら、これでいけるっしょ?」
「ああ、十分だ!」
 ケルベロス達の攻勢は続く。玲衣亜のブレイブマインに背を押され、哄笑と共にティリルが敵の一体に迫る。叩き付けられた大振りの一撃に合わせ、シャルロットが防御の空いた首を狙う。
「あなたたちが蹂躙するだけの時代は終わりよ。失せなさい」
 力強い筆に流麗な線、二つの月が竜牙兵を両断した。
「退ケッ!」
 そこに、踏み込んだ別の個体がティリルに一撃を加える。姿勢を崩したそこに向けられた追撃は、しかし。
「痛……ッ!」
 浬魚が、再度受け止める。跳ねた血が床を、壁を、窓を汚す。その向こうに、こちらを覗き見る人g影を認め、浬魚は目を見開いた。
 囚われの失伝者は全部で三人。ならばこれが、最後の一人か。
「ブラックウィザードの皆!」
 彼等は現状では戦えない。だが逃げてもいない。それを認識し、彼女は口を開いた。
「今まで辛かったよね。でも聞いて、信じられないかもしれないけど、此処は敵が仕掛けた罠なんだ!
 貴方達は誰も見殺しにしてないし、これからもしなくていい! その力はただ守る為に使えるよ!」
「馬鹿ナ、一体何ヲ」
「今から! コイツらを倒して証明する!!」
 決意を込めて、浬魚が眼前の敵を睨む。足元で沸き立つグラビティが、敵の動きを縛り――。
(「――そうだ、俺達は」)
 失伝者の末裔、だが同時にケルベロスでもあるのだから。もう、指を咥えて黙ってるだけの存在ではないのだと。
 ――見開いた煉司の視線の先で、集中した気が眩く爆ぜた。

 爆発に身体と思考を揺さぶられ、竜牙兵が距離を取るように跳ぶ。体勢を立て直そうという腹だろうが、結局のところ、それは叶わなかった、
「そこも、間合いの内です」
 絹の示した指先から、真っ直ぐに黒い糸が伸び、その喉首を貫いた。
「オオオォッ!」
 倒れ行く仲間に、恐慌を起こしたような個体が駆ける。
「ちょっとそれはダルいわ」
 じゃらり、と変形したガジェットが、玲衣亜の手の打ちで鞭と化す。
「逃がしませんッ」
 硬質の鞭に足を引っかけられ、つんのめった竜牙兵をチェルシーのフォーチュンスターが捉えた。顔面から地に叩き付けられ、力無く崩れた胴体が転がる。
「――あ」
 その砕かれた死体を踏み越え、最後の一体が玲衣亜へと迫る。タイミングが良くない。身を躱す事は可能だろうが、後ろには戦えないブラックウィザード達が居る。ならば。
 当然のように踏みとどまった彼女の目の前で、大斧が振り被られる、が。
「前向いて構えてろ、とは言ったけどよ」
 感心するような、呆れるような、そんな声音。追い付いた煉司の喰霊刀が、それをその場に縫い留めていた。
「グォ……オォ」
 竜牙兵に向けられた玲衣亜の視線が、上から下へ。ひゅう、と吐息が気の抜けた口笛になって、静寂を揺らした。

●ようこそ、新たな番犬達
「皆、無事でよかった」
 ケルベロスとして勝ち取ったもの、救助対象の三人を見て、浬魚が顔を綻ばせる。とはいえ、それは彼女らだけの成果ではない。傍らのティリルもそう付け加える。
「よく頑張ったもんだ。今回の戦い、君らの心の強さの勝利だ」
「どゆこと?」
「いや、だから……」
 何でお前まで聞いてくるんだ。驚愕の目で玲衣亜を見つつ、説明しようとする彼女だが。
「ここに長く居ると、私達まで影響を受けてしまう」
 水凪が静かにそれを留める。
「アナタ達が死ぬべきは今ではありませんでした。さあ、生者のあるべき場所へ戻りましょう」
「今はまだ、分からないかも知れませんが……どうか、この手をとってください」
 絹とチェルシーの差し出した手を、救われたブラックウィザード達が躊躇いながらも手に取る。
「……ありがとう」
 それは悲劇の中にあった当時の戦士と、今の失伝者、その両方の言葉として、一同に贈られた。

作者:つじ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。