失伝救出～霧の街の終わらない悲劇

■リプレイ

●ワイルドスペースへ
　予知された場所へケルベロスたちは急いでいた。
　ワイルドスペースに侵入するのは、おそらく全員が初めての経験だっただろう。
　だが、恐れている時間はない。
「ここにも……望まぬ戦いを強いられている者たちがいるのだな」
　九条・カイム（ヴァルキュリアの妖剣士・e44637）が言った。
　ヴァルキュリアの青い瞳が、モザイクで隠された空間を見据える。
「何度も繰り返される悲劇……それも今日で終わりっす。反逆ケルベロスになんてさせないっすよ！」
　霧隠・佐助（ウェアライダーの零式忍者・e44485）が白虎の尻尾を揺らす。
「その通りです。同じガジェッティアの同胞を見すてる訳には行きませんわ！」
　ガンナーズハットをかぶり、アナ・セルリア（少女銃士・e44131）が気勢を上げる。
「さあ、ガジェッティアのみんなを助けに行くよ！」
　牛のウェアライダーの少女が気合を入れた。苫北・舞火（ミサイルガール・e44710）の胸が、大きく揺れる。
「ならばそろそろ始めるとしよう。ボクたちの物語をね」
　スチームアーマーを身に着けたドラゴニアンの九曜・彗（技能継ぎの少年竜・e44594）が、仲間たちに告げる。
　８人のケルベロスたちは、恐れることなくワイルドスペースに踏み込んでいく。
　わずかな時間の後、彼らの前には大侵略期の風景が広がっていた。
「神か……ちょっと悪趣味過ぎやしないだろうか？」
　少女とみまごうばかりの外見をした、狐耳の少年が呟く。
　藏敷・四十万（狐狗狸啾啾・e44917）は周囲を見回して、行くべき場所を確かめていた。
　予知された２つの地点へ、ケルベロスたちは二手に分かれて向かうつもりでいた。
　佐助と彗、カイム、四十万の４人が襲われているガジェッティアたちの元へ走っていく。
「終わらない悪夢を終わらせましょう。私達の手で、断ち切らないと」
　リアナ・ディミニ（一人ぼっちのアリア・e44765）が走っていく４人に背を向けた。
　漆黒のポニーテールがふわりと浮く。
　残る４人の行く先は、残霊が虐殺される下水道の隠れ家だ。
「ああ、終わらせる。これが、使命なれば」
　死んだような無表情のままでジン・ユウ（燕去水・e44938）が告げる。
　アナや舞火と共に、残った４人もまた行くべき場所へと向かった。

●たどり着いた救いの手
「この町の空気、好みだな。スチームパンクの冒険活劇みたいだ。けど、ずっと頑張ってる人たちの物語は、もっと希望に満ちたものがいい」
「いいこと言うっすね、彗くん。オレもそう思うっすよ」
　走りながら彗と佐助が言葉を交わす。
　移動中、古い町並みに傷跡が残っていることがはっきりとわかった。
　そしてその原因に、ケルベロスたちはすぐにたどり着く。
　響くダモクレスの銃声と、逃げている５人のガジェッティアたち。
　彗はガトリングガンの銃口を向けられた１人へと、魔導金属片を含んだ蒸気を飛ばす。
　放たれる銃弾が、蒸気のバリアで減衰される。
　ドラゴニアンの翼を羽ばたかせて、彗はそのまま敵と救出対象の間に割り込む。
「――『デウスエクスに勝てる人なんてどこにもいない』？」
　自分へと向けられたダモクレスの武器を、少年の茶色い瞳は恐れず見据える。
「否、これより始まるは番犬が神を打ち倒す物語！」
　手にしているのは重厚な機械匣。その金色はくすみ、輝きはすでに失われていたが、年月を経た物しか持ちえぬ美しさをたたえている。
「あんたは……いや、あんたたちは、何者だ？」
　ガジェッティアの１人が問いかけてくる。
　蒸気匣ロマンスミスの周囲には、先ほど飛ばした蒸気の残滓がまだたゆたっている。
「ボクはガジェッティアのケルベロス。君達と同じ力で戦う、神殺しさ！」
　蒸気を吹き飛ばすほどの声で、彗は名乗った。
　四十万が派手に咆哮を放って近づいてくるチェーンソー剣の敵を吹き飛ばす。
「君たちとは力は違うが……失われた力を使っている点は、一緒だ」
　そう告げて、彼は微笑みを浮かべて見せた。
「オレたち、助けに来たっすよ！　さ、早く仲間たちの元へ向かうっす」
　声をかけながら、佐助がダモクレスをブラックスライムで捕食する。
「手伝いに来た、詳しい説明は後でする」
　カイムも彼らに声をかけている。彼の作り出した疑似肉体が、傷ついている者たちを癒していた。
「先に……説明してくれ。本当に味方なのか？　騙そうとしているんだろう！」
「けど、この人たちは確かに助けてくれたじゃないか」
「味方の振りして、情報を聞き出そうとしてるのかもしれない」
　５人のガジェッティアたちが言い合いを始めた。
　彼らはケルベロスが存在しない時代に生きていると思い込まされているのだ。見知らぬ誰かが助けに現れることがありえるのだということを今は忘れている。
　必ずしも彼らの信頼を得る必要はなかったが、信頼させることができていれば彼らの動きはもう少し早かっただろう。
　ケルベロスたちは彼らを守るための工夫は十分に考えていたが、救出の目的は彼らを守ることではなく、到着を早めることだ。
　そちらについても考えている者はいたが、しかし全体としては求められる作戦の方向が多少違っていたのかもしれない。
　ともあれ、ダモクレスの攻撃が再開してしまえば、言い争いを続けていることはできなかった。とりあえず彼らはケルベロスたちの言葉を信じることにしたようだ。
　予知で聞いていた通り、下水道に飛び込んでダモクレスの目をくらます。
　敵を連れたまま移動すればもっと時間を短縮できただろう。誘導しながら守りきる算段はしていた。
　しかし、事情を説明せずに敵を隠れ家まで連れて行くことを、ガジェッティアたちに承諾させるのは難しかった。
「センパイがたの隠れ家まで、最短ルートで向かうっすよ」
　佐助はここに来るまでの移動中に、救出地点と隠れ家の位置を再確認していた。
　ガジェッティアや仲間たちを先導して、彼はそのルートを通って移動する。
　隣にはシベリアン・ハスキーのオルトロス、クノが並んで走っている。
　相棒である彼女がそばにいることを、佐助は頼もしく感じていた。
「修行の成果を出せる機会っす。全力で戦うっすよ」
　笑みを見せると、八重歯がわずかに口元から覗いた。

●隠れ家防衛戦
　一方、残霊たちが立てこもる隠れ家にも、ケルベロスたちはたどり着いていた。
　舞火は迷うことなく、ダモクレスの前に立ちはだかる。
「皆、離れてて！」
　近づいてくる１体へと、先手を取って鋭い蹴りで切り裂いた。距離を取っているもう１体には、リアナが怒りを雷撃に変えて叩き込んでいる。
　動きが鈍ったが、それでも止まらずチェーンソーがうなりをあげて振り下ろされる。それを、舞火は正面から受け止めた。
　豊満な肢体をぴっちりと包むボディスーツに裂け目ができて、色黒の肌が露出する。
　ガトリングガンの連射がさらに舞火とリアナを撃つ。
「皆のコトは、ボク達が守るから！」
　痛みに負けず、決意を込めて、舞火は宣言した。
　ジンの心霊手術が傷ついた舞火を回復してくれる。
「できれば一ヶ所にまとまって、守りやすいようにしていてください」
　アナは位置取りをしながら、残霊たちに声をかけている。
　４人はここで、仲間たちがたどり着くまで持ちこたえなければならない。
　ワイルドスペース内で通信ができない以上、どこまで近づいてきているのかを確かめる手段はない。
　回復の技と、そして敵を弱体化させる技で時間を稼ぎつつ、４人は攻撃をしのぐ。
　ジンは無表情に回復を続けていた。
　後衛にいる彼には一般人たちの姿が目に入っていた。彼らが何度も殺されていることを考えれば、それは悪夢としか言いようがない。
「ああ、嫌なことを思い出す。無機質な白い壁は嫌いだ。悪夢なぞもっと嫌いだ」
　呟きながら……しかし、移動中はまるで死んだようだったジンの瞳には、今や強い意志が宿っている。
　残霊たちの攻撃は、平均的なデウスエクスの攻撃からすれば弱いのだろうが、しかしケルベロスたちも覚醒したばかりでまだ十分な実力があるとは言えない。
　積極的に攻撃を引き受けている舞火や、それにリアナはその中では錬度が高い方だ。
　そうでなければ、待っている間に倒されてしまっていたかもしれない。
　ずっと病院にいた彼が、頼るべき仲間と共にこうして戦っていることは、ジンにとって嬉しいことだった。
　ガトリングの音がまたケルベロスたちを薙ぎ払う。
「混沌の水よ、皆を癒したもう」
　ジンは舞火とリアナに混沌の水を浴びせ、暴走時の肉体を与えて癒していた。

●希望の戦い
　金属製の扉が大きな音を立てた。
　下水道からつながる扉が開いたのはどれだけ時間がたってからだったか。
　隠れ家の４人全員が立っている間に、ガジェッティアたちを連れた４人が到着した。
「待たせたっす！」
「お前の相手はこっちだ！」
　佐助やカイムの声が響いたかと思うと、彗がばらまいた塗料が隠れ家に飛び散る。
「お疲れ！　待ってたよ！」
「これで、後は倒すだけね」
　傷だらけの舞火が仲間たちへ笑顔を見せた。リアナも血を流しながら顔に笑みを浮かべている……もっとも、そちらは戦いの高揚で浮かんだ笑みであったが。
　ジンも無表情に治療を続けつつ、仲間やガジェッティアへ視線を送る。
　四十万は到着してすぐに、エクトプラズムの弾丸をダモクレスへと放った。
「俺たちの前には出ないようにしてくれ。必ず、守りきってみせるから」
　できるだけ明るい声を出してガジェッティアたちに微笑みかけて見せる。
　もっと笑顔を見せたいところだが、これが限界だった。
　きっと、仲間たちになら笑顔を見せられるだろう。ヘリオンで移動しながら、作戦のことをいろいろ話して、打ち解けられた気がする。
　助け出して、そして仲間になれたなら、彼らにも笑顔を見せる機会があるだろうか。
　考えながらも、彼はダモクレスへと狙いをつける。
「１体ずつ、確実に仕留めますわ」
　伏せたまま告げたアナの声に、仲間たちが頷く。
　ガジェッティアたちがたどりついたからには、後はダモクレスの斬霊を倒すだけ。
　ケルベロスたちの攻撃はダモクレスの斬霊を削っていった。
　とはいえ、甘く見ていると痛い目にあう可能性もある。特に隠れ家で持ちこたえていた者たちの傷は浅くない。
　舞火の体を、幾度目かチェーンソーが切り裂いた。
　さらにガトリングの銃口が彼女へ向く……。
　カイムは弾雨が放たれようとした瞬間、その前に飛び込んだ。
　銃弾が連続で体に食い込んでくるが、守りを固めた彼を打ち倒すほどではない。
「大丈夫か？」
「ありがと。まだまだ大丈夫、ボク達は負けないんだから！」
　小柄な少女は傷だらけでも辛そうな表情を見せなかった。
　カイムもまた、痛みに負けず血の色に濡れた妖刀を敵へと向ける。
「俺の剣も、人ではなくデウスエクスを斬りたいと囁いている」
　一点だけが銀色に輝いている刀を、彼はもう一方の妖刀とともに暴走させる。
　チェーンソーを装備した敵へと踏み込み、呪われた刀の奥義は敵を切り裂いていた。
「斬っても昔みたいに心が苦しくならない……お前達が人類の敵だからか、残霊だからなのか」
　反撃に備えつつ、カイムは呟いた。
　舞火の体力は危険な状態に近づいていたが、ジンの回復に支えられながら、カイムや彗が攻撃を防いでいた。
「お前らは燻されてたほうが格好いいぜ。さあ、ボクの世界を見せてあげよう」
　ガジェットを小さな機械竜に変化させた。宙に描き出した機械の動物や空想の冒険者たちと共に、敵へ襲いかかって行動を阻害する。
　チェーンソーを振り上げる敵の動きが止まったところに、佐助が接近した。
　禍々しい紋様に身を包んだ青年は、パイルバンカーに螺旋力を込めて突進した。
　杭が敵を貫いたところに、クノも霊剣でラッシュをかける。
　アナは机の陰に伏せて敵を狙っていた。
「狙うのは頭では無く、胴。この口径なら体のどこにでも当たりさえすれば！」
　ガジェットが対物狙撃銃形態に変化した。１人と１体が飛びのいた瞬間引き金を引く。
　一瞬、ドワーフの少女の小柄な体が浮きあがった気がした。
　大口径の対物徹甲弾は傷ついたダモクレスの傷口に吸い込まれ、爆散させる。
「これ、すっごい反動ですのね……改良点かしら。でも、精度は思ったよりイケてますわ」
　素早く別の物陰に移動しながら、アナは呟いた。
　もう１体の敵に、ケルベロスたちはたたみかける。
「よっし、あと１体！　このまま一気にやっちゃおう！」
　舞火が降魔の拳で敵の体力を奪い取ったかと思うと、四十万の美貌が呪いをかける。
　余裕ができたところで、ジンも殺神ウイルスで敵を侵していた。
　見る間にボロボロになったダモクレスが、それでもガトリングで薙ぎ払うが、それで倒れた者は誰もいなかった。
　リアナは籠手に取り付けたリールから、極細の糸を敵に絡みつかせる。
「奏でましょう、私とあなたのアンプロンプチュ。カデンツァの終わりへ」
　鉄爪を装備した拳が、フェアリーブーツをはいた足が、連続してダモクレスのパーツを削り取る。
　あなたと言いつつ、敵を即興曲に合わせさせようとする様子はない。
　奏でるのはリアナ自身と、そして彼女の身に着けた武器のみ。自分が笑みを浮かべていることには、おそらく気づいていない。
　連撃を繰り出しながら彼女はオーラをためていた。
　気弾の一撃を至近距離から叩き込むと、ダモクレスの残霊は砕け散り、そして消えた。

●帰還
　ダモクレスたちが倒れると、歓声が上がった。
「無事に終わりましたわね」
　ガジェットを手にしたアナが立ち上がる。
「この戦いが、皆の希望となれていればいいのですけれど」
　リアナは生真面目な表情に戻っていた。
　歓声にガジェッティアの声も含まれているのを確かめ、ケルベロスたちは彼らに近づく。
「皆辛かったよな。でも、もう大丈夫だ」
　彗が言葉をかけると、彼らは泣きそうな顔で頷く。
「生きていてくれて、よかった」
　ジンが小さく、けれどはっきりと聞こえる声で告げる。
「本当に、君たちが生きていてくれてよかった。ありがとう」
　四十万も深く頷いていた。
「治療できない傷も、あるだろう。だが、希望はある。それを忘れないでくれ」
「あ……ああ。ありがとう」
　意味はまだ分かっていないようだが、ガジェッティアの１人は頷いた。
「ここは危険だ、早く逃げよう！」
「そうだな。長居は無用だ」
　カイムの呼びかけにジンが頷く。
　ケルベロスたちが隠れ家を出ていく。
「さあ、一緒に行こう」
　舞火が差し伸べた手を取って、ガジェッティアたちも走り出した。
　最後に扉をくぐり、佐助は隠れ家を振り向く。
　かつてここで死んだのであろう残霊のため、彼は花を手向ける。
　そしてクノとともに彼も走り出した。
　希望を取り戻した者たちを連れて、ケルベロスはワイルドスペースを脱出した。

作者：青葉桂都	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年12月31日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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