失伝救出~機械仕掛けの時計は時を刻まない

作者:八幡

●絶望の世界
 霧深い街の大通りを三つの影が駆けている。
 三つの影は、それぞれ手にいっぱいの肉やら袋やらを抱えて、冷たい霧に覆われる闇夜を只駆ける。
 そして、より一層薄暗い裏路地に飛び込んだところで、手慣れた動作でマンホールの蓋をこじ開けると、その穴の中に身を投げ込んだ。
「やったね!」
 それから間髪入れずにマンホールの蓋を内側から閉じてから、三つの影……一人の女性と、二人の男性は顔を見合わせて、親指を立て合った。
「ああ、これで暫くは食うものに困らない。それに、これを見ればあいつらも元気になるだろう」
「おうよ、今日のは特上品だ!」
 頭に付けていた機械仕掛けのゴーグルを外しながら戦利品を確認すれば、その中には食べきれないほどのソーセージがある。これを見れば腹を空かして待っている拠点の仲間たちは歓喜することだろう。
 デウスエクスがこの地に来てから数百年……人間に、自分たちのようなガジェッティアですらデウスエクスに抵抗する力は無く、こうやって奴等の備蓄をくすねて抵抗するしかないのがもどかしいが、こうやって抵抗を続けて行けば、何時かは、何時かはきっと、
「何時か……勝てるのかな……」
 それが虚しい抵抗であることは十分理解している。だが、それでも抵抗を続けなければならない、勝てると信じなければならない、人が生きるには希望が必要なのだから。
 拠点へ向かって歩き続けるも、この暗闇に閉ざされた地下道と同じように、先の見えない未来に女性は不安気に俯く。
「当たり前――」
 そんな女性に男性が声を掛けようとして……彼らの向かう先、拠点の方から何かが爆発したような音が聞こえた。
 その音が聞こえた瞬間、三人は持っていた戦利品を投げ捨てて、拠点へ向かって駆け出す。

 駆け出すこと数分、地下に作られた拠点……仲間たちが待つその場所に戻った三人は炎に包まれる、それらを見て呆然と立ち尽くす。
 そして拠点の中から這いずるように出て来た少女が、三人の姿を確認し、
「た――」
 何かを言葉にしようとして、その口を自分の手で押さえた。
 もう助からない……もう助からないから、他の人を巻き込んではいけないと、肩を震わせ、救済を求める声を押し殺し、只目を閉じて運命を受け入れようとする。
 そんな少女に男性が駆け寄ろうとするが、もう一人の男性がその手を掴み、強引に元来た道へと引き摺って行く。
 引き摺られながら男性が見た光景は、少女の背後から現れたダモクレスが、地面に伏して震える少女に向けてバスターライフルから光線を放ち……焼け落ちる拠点の中では彼らの作った機械仕掛けの時計が、崩れ落ちる姿だった。

「……なぁ」
「あ?」
 力無く問いかける男性に、もう一人の男性が不機嫌そうに答える。
「何で俺たちには、あの人たちみたいな力が無いんだよ……そうすればデウスエクスなんて」
「誰のことだよ……デウスエクスに勝てる奴なんて居ないだろ」
 それから夢物語のようなことを口走った男性に対して、もう一人の男性は冷たく現実を突きつける……そうだ、この世界にデウスエクスを滅ぼし得るものなど存在しないのだ。
 だから、そんなものに縋ったところで、現実は何も変わりはしない。
「……そうだな、夢でも見ていたのかな」
「夢じゃ無ければいいのにね……」
 けれど……それが夢だったとしても、そんな存在が居て欲しいと願わずには居られない。
 何回も、何十回も、何百回も、あの機械仕掛けの時計が崩れる様を見続けて来た……何時かあの時計が本当に壊れるまで、この悪夢は終わらないだろう。或いは、観測者が壊れるまで終わらないだろう。
 ああ、そうだ、救済者の居ないこの世界は、いずれにしても壊れてしまう――だから、この世界には絶望しかなかった。

●希望の灯を
「寓話六塔戦争お疲れ様でした。見事な勝利でしたね」
 イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)はケルベロスたちの前に立つと、そうやって話を切り出した。
「寓話六塔戦争の中で、囚われていた失伝ジョブの人たちが救出されました。そして、救出できなかった失伝ジョブの人たちの情報も得ることができたのです」
 イマジネイターの説明にケルベロスたちは頷く。戦争に勝利したことにより、芋づる式に情報が得られたと言うところだろう。
「そして、得られた情報と僕たちヘリオライダーの余地によって、失伝ジョブの人たちは『ポンペリポッサ』が用意した、特殊なワイルドスペースに閉じ込められて居ることが分かりました。そのワイルドスペースは大侵略期の残霊によって同じ悲劇が繰り返されています」
 大侵略期……およそ七百年前から四百年前に在ったと言う、デウスエクスによる蹂躙が繰り広げられていたと言う時代。
 今のようにケルベロスが居ない……それはどれだけ恐ろしいことだったろうか。
「これは、失伝ジョブの人たちを絶望に染めて、反逆ケルベロスとするための作戦だったと推測されます。しかし、寓話六塔戦争に僕たちが勝利したことにより、彼らが反逆ケルベロスになる前に、助けることが可能になりました」
 そんな世界に放り込まれれば、どれほど強靭な精神を持っていても何時かは絶望に捕らわれてしまうだろうと、ケルベロスたちはイマジネイターの言葉を聞く。
「ポンペリポッサが用意した特殊なワイルドスペースは、その性質上失伝ジョブの人たちだけしか出入りできないようです。ですので、この作戦には失伝ジョブを持つ人だけで行います」
 自分の言葉を聞く、ケルベロスたちに小さく頷いた後、イマジネイターは説明を続ける。
「皆さんに向かってもらいたいのは、拠点を破壊される悲劇を繰り返すワイルドスペースです。この悲劇は何時も同じ時間に起きます。捕らわれている失伝ジョブの三人は、この悲劇を避けるべく手を変え、行動を変え何度も挑んでいますが、常に同じ時間……日が変わる時間に悲劇が起きてしまいます」
 同じ時間に起こる悲劇。起こると分かっていて防げないそれは、徐々に人の精神を負の色に染めていくだろう。
 だが、ワイルドスペースの時間が現実と同じものである保証はない……そう考えるケルベロスの様子を見たイマジネイターはさらに続ける。
「ワイルドスペースで時間がどのように流れるかは不明ですが、彼らの拠点に機械仕掛けの時計がありますので、それを見れば時間は分かります。また、悲劇を起こすのは一体のダモクレスです。このダモクレスは任務に忠実で、もし立ち塞がるものがあればバスターライフルのグラビティで排除しようとします」
 向こうでの時間確認は問題ないようだ。そして、任務に忠実なダモクレスは、その特性さえ分かっていれば扱い易いことだろう。
 一通りの説明を終えたイマジネイターは、ケルベロスたちを真っ直ぐに見つめ、
「どうか皆さん。閉じ込められた人たちに希望の灯を見せて、救ってきてください」
 そう祈るように言葉を紡ぐと、後のことをケルベロスたちへ託した。


参加者
焚本・果菜(涙目のハテナ・e44172)
上野・イオ(虹描く剣・e44207)
ヴァンサン・トゥールヌソル(売れない油絵画家・e44259)
苺野・花織(猫魔嬢・e44425)
九十九・九十九(ドラゴニアンの零式忍者・e44473)
天月・晶(サキュバスのガジェッティア・e44559)
与那国・未来(ラブアンドジャスティス・e44574)
添木・真夜(復讐悦楽の黒薔薇・e44593)

■リプレイ


 ぐにゃぐにゃと歪み続ける泥の中。
 なんとも息苦しく足元の覚束ない、その泥の中を進んでいくと……不意に視界が開け、霧に包まれた中世の町並みがそこにはあった。
 これがワイルドスペースかと、ヴァンサン・トゥールヌソル(売れない油絵画家・e44259)はワイルド化した両目に、その様子を映す。
 霧に包まれた町は古い小説に出て来た町並みのようで、何処か落ち着くような感覚をヴァンサンに抱かせる。
「派手に暴れて復讐兼人助けといこうじゃないか!」
 ヴァンサンが町並みに目をやっていると、添木・真夜(復讐悦楽の黒薔薇・e44593)が地下拠点へ繋がるマンホールを開けながら不敵に笑う。
 ここはダモクレスに支配された町……正確には、ワイルドスペースと残霊によって再現された町だ。だが、何であれダモクレスを叩き潰すのに遠慮はいらないなぁ? 人助けにもなるし、と真夜は上機嫌な様子だ。
 そんな真夜を追うように地下へ降りてから、ヴァンサンは手にした絵筆を見つめる。絵を描くしか能がなかった自分が誰かの役に立つ……ならば、
「精一杯できる事をやろう」
 そう心を決めて、拠点へと続く地下の道を歩き出した。

 真夜達が地下の道を暫く行くと、奥の方に明かりが見えた。
 そして明かりが大きくなるにつれ、明かりの正体……拠点の様子がはっきりと分かるようになる。
 その拠点は煉瓦を基本に作られた家に、大小様々な歯車がついており、時折その歯車から蒸気のような白い煙が放出されている。それぞれの歯車に何らかの意味があるのだろうが、その機構までは一見しただけでは解析できなかった。
「おやおや、良くいらっしゃったのう。さぁさぁ、中にお入りなさい」
 これは何かしらと、天月・晶(サキュバスのガジェッティア・e44559)が興味深そうに歯車を見つめていると、中から人のよさそうな老人が現れて晶達を迎え入れる。
 あまりにもあっさりと迎え入れる老人に晶は思わず、上野・イオ(虹描く剣・e44207)と顔を見合わせるが、
「上野イオ、ゴッドペインターです。この世界に希望を描きに来ました!」
「にひひ、楽しい物はあるかな?」
 イオは元気いっぱいに拠点の中へと入って行き、与那国・未来(ラブアンドジャスティス・e44574)も頭の上で手を組みつつ中へ入って行く。
 晶は一瞬躊躇ったものの、イオと未来に続いて拠点の中へと足を踏み入れれば……そこは山小屋のように大きな一つの部屋で、十人程度の人々が各々の時間を過ごしていた。
「ガジェッティアが作ったのかしら」
 その中でも晶と未来の目を引いたのは稀に白い煙を噴き出しながらてくてくと可愛らしく床を歩き回るブリキの人形のようなものだ。それを追いかけている子供の姿と相まって、中々に微笑ましい光景になっていた。
 それから部屋の奥の壁にかかっている機械仕掛けの大きな時計……日が変わるまでにはまだ時間があると教えてくれる、その時計を晶と共にヴァンサンも確認する。
「あんた達も、何かできるのかい?」
 老人に変わって厳つい男が外は危なかったろう。よく無事についてくれたと晶達を歓迎した後に、そんな事を聞いてくる。
 ダモクレスに支配された町を抜けて移動してくる……それ自体がとても危険な行為であり実行できるのは特殊な力を持っているか余程運が良いかなのだろう。それにイオがゴッドペインターと名乗った事から、何らかの力を持っている方だと判断されたようだ。
「僕達は、みんなを助けに来たんだ!」
 何かできるのか? と言う問いの裏にどんな意図があるのかは分からない。それに本当の意味で残霊であるこの人達を助ける事はできない……それでもイオは笑顔で答え、
「近場でデウスエクスらしき影を見たわ」
「だから皆には安全な場所へ避難してもらいたいの」
 イオの言葉に目を丸くする人々に晶が、この場所に危機が迫っている事を告げ、焚本・果菜(涙目のハテナ・e44172)が避難するように訴えかけた。


「どう? 凄いでしょ」
 果菜達が大人達とデウスエクスについて話し合っている中、未来はガジェットを使って子供達の相手をしてやる。
「ねぇ、おねえちゃん」
「え? な、なに?」
 そんな未来と子供達を拠点の隅で眺めていた、苺野・花織(猫魔嬢・e44425)に一人の女の子が抱き着いてきて、いきなり抱き着かれた花織は反射的に抱き返して……しろどもどろな対応をする。
「おねえちゃんも強いの?」
 吃驚した拍子に尻尾を逆立てる花織にお構いなしに、女の子は花織を見上げながら質問する。唐突な質問に花織は興味本位かな? と、女の子の目を覗くが、その目はとても真剣で、背中に回した手からは女の子が震えているのが分かって……花織は小さく頷いた。
「あのねあのね! おにいちゃん達を連れていってほしいの!」
 頷いた花織に目を輝かせた女の子は、そんな事を伝えてくる。おにいちゃん達とは救出対象であるガジェッティア達の事だろう。
「どうして?」
 何時の間にか傍に来ていたイオが女の子の頭に手を乗せて訊ねる。何故自分達をではなく、彼らをなのかと。
 訊ねられた女の子はくすぐったそうに目を細めた後に、あのねあのねと話し出した。
 彼らが今まで助けてくれた事、人形や道具を作ってくれた事、一緒に遊んでくれた事、でも最近は自分達の顔を悲しそうに見ている事がある事、元気を出して欲しくて女の子達が色々とした事。
 その言葉からは女の子が彼らが大好きな事が伝わってくる。
 けれどもしも自分達が彼らにとって重荷になっているのなら、強い人達と一緒に居る事で彼らが救われるのなら、彼らを連れ出して欲しいと女の子は願う。
 女の子は震えていた。別れは寂しい。それが大好きな人ならなおさらだ。だが、その気持ちは痛いほどに伝わってくる。
「方針が決まった」
 女の子が話し終わったあたりで、九十九・九十九(ドラゴニアンの零式忍者・e44473)が花織達を呼びに来た。鬼の仮面を被った異様な風体の九十九に女の子は花織の後ろに隠れるも、意を決したように花織から手を離して九十九の前に出てくる。
「君の願いは彼女達が叶えてくれる」
 女の子があのねと話を始める前に視線を合わせるように膝をついた九十九が宣言し、女の子が後ろを振り返れば、花織とイオが大きく頷いていた。

 嬉しそうに手を振る女の子を後に、九十九達は拠点の出口へ向かう。
「ここを除いて安全な場所に心当たりが無いから、避難は出来ないとの事だ。だから、このまま拠点に籠ってもらいつつ自分達が外でダモクレスを迎撃する」
 その途中で九十九は手早く理由と結論を説明し、それから子供達を一度見やって、
「後は、もしもの時はガジェッティア達を連れて逃げてくれとも言っていた」
 彼らはもう十分に自分達を助けてくれたからと、自分達の事は自分達で何とかできるからと、苦しそうに決断をくだした大人達を九十九は思い出す。
「……助けましょう」
 そんな九十九の言葉を聞いた花織は小さく拳を握り締めて、短く言い放つ。
 気の良い老人達。震えながら他者を想う子供達。恩義には恩義を返そうとする大人達。人々を救えず絶望の淵に立つガジェッティア達。
 それら全てを救う方法がある……ダモクレスに勝つ、たったそれだけで全てが救われる。
 イオと九十九は花織の言葉に頷き、各々の準備を始めた。


 拠点の人々から情報を聞いた九十九が立ってから数分。
 拠点の中にある機械時計を見やれば、もう間もなく日が変わる時間になろうかと言う頃。地下道の奥から機械が駆動するような音が聞こえてくる。
「そもそも、こういうやり口にはイライラするのよね。陰湿ったらありゃしないわ」
 ずっと拠点の外を見回っていた晶がいち早くその音に気付き、小さく悪態をつきながら仲間達へ合図を送ると、
「大丈夫。オレ達が絶対に守るから、そこに隠れていて!」
 未来は拠点の人々に隠れるように指示を出しながら武装をプリンセスモードに変形させる。こうする事で少しでも勇気を与えられればと未来は考えたのだ。
 未来が人々に勇気を与えている間に、悠然と歩いてきたダモクレス……敵の前に果菜が身を躍らせ低い姿勢から組み付く。
「は、離さないんだからぁ」
 いきなり組み付いてきた果菜を敵は振り回して振りほどこうとするが、果菜は涙目になりながらも必死にしがみ付く。
「さぁ、戦場に彩を添えよう」
 先陣を切った果菜の後ろからヴァンサンが敵の足元に塗料を撒き散らすと、足元を絵の具に捉えられた敵が体勢を崩し、それを見計らったように果菜は敵の脚を蹴って距離をとる。
 そんな果菜の鼻先をかすめるように飛来した竜砲弾が敵へ直撃し……砲弾が来た方向を見やれば、そこには砲撃形態に変形したドラゴニックハンマーを手にした花織の姿があった。
「この先には通さないわよ。進みたいなら私達を倒してみたら? できるならね」
 鼻先を押さえてさらに涙目になりながら自分の横まで下がった果菜に向けてガジェットから魔導金属片を含んだ蒸気を噴出しつつ、晶は敵を挑発する。単純な挑発ではあるが乗ってくれれば上等くらいなものであるが……敵はバスターライフルを晶へ向けて迷わずにその引き金を引いた。
「させないよ」
 思わず手で顔を庇った晶の脇を抜けたイオが、放たれた魔法光線をゾディアックソードで受け止める。
 剣によって防がれた光線が霧散する中、イオは地面へ守護星座を描き、描かれた守護星座が放つ光によって果菜達に守護を与える。
「さあさあアンタみたいなのろまな機械如きにここの連中をやらせる訳にはいかねェんだよ! そこんとこ覚悟して貰おうか、ダモクレスさんよ」
 そして、光線を発射した体勢のままの敵へ真夜が激しい雷を纏った右手を突き出すと……雷が敵を貫いた。

 真夜達が敵を足止めしているとき。丁度地下に降りて来たガジェッティア達の前に、九十九が現れる。
「デウスエクスの襲撃だ! 急げ!!」
 唐突に現れ行き成りの警告を発する九十九だが、彼らは疑う事なく拠点へ向かって駆け出した。
 彼らが九十九を疑わなかったのは、デウスエクスでないものからの警告だからか、予感めいたものがあったからか……否、単純に少しでも危険があるのなら放って置けない。それだけ拠点の人々は大切な仲間だったのだろう。
「今回こそ、君達の願いが叶う。だから、急げ」
 それはこの世界が架した彼らの役割でもあるが……九十九は小さく呟いてから彼らの後を追って駆け出した。


「あいつら殺したきゃ、私らの屍を超えてゆくんだね!」
 真夜に向かって放たれた凍結光線を果菜が受け止め、その後ろから真夜は敵を挑発し続ける。
「うぅ、痛たい……」
 そして泣きそうになりながらも挫ける事の無い果菜に、イオのボクスドラゴンであるレイが属性を注入していると……、
「さぁーー機械仕掛けの神よ、地獄に堕ちろ」
 敵の背中を超高速の斬撃が切り裂いた。斬撃が来た方向には零式鉄爪を振り下ろしたままの姿の九十九と……ガジェッティアの三人の姿があった。
「おら、呆けてないで気張りな! 仲間を助けに来たんだろ? あの機械仕掛けの時計を壊されたくなきゃ、お仲間の元に行きな!」
 その姿を見た真夜が零の境地を拳に載せて敵に打ち込みながら、早く仲間に顔を見せてやれと口の端を上げる。
「君達も大切な人を守れる、英雄になれるから」
「俺達がいれば大丈夫だ! もう悲劇は繰り返させない!」
 真夜の言葉を補足するようにイオが声をかけ、ヴァンサンが意識を極限まで集中させて敵の頭部を爆破する。
「さあ、ミライを楽観しよう!」
 頭部を爆破されて揺らぐ敵を他所に未来は、不思議な立方体型ガジェットミライキューブに癒しと希望、そして楽観の性質を注ぐ。すると微小に分解されたキューブが広範囲に拡散し、ミライを楽観する気持ちからなる希望を味方に分け与えた。
 ――愛する皆の笑顔に満ちたなら、きっと世界は、今よりもっと愛おしい。
 そう願う未来の気持ちは彼らに届いただろうか? 誰もが手も足も出なかったデウスエクスを確実に追い詰めていく、未来達を拠点の人々とガジェッティア達が固唾を飲んで見守っているのが分かる。
「しっかりと見ていなさい。デウスエクスくらい、もう大丈夫よ」
 そんな彼らの前で、晶がガジェットを拳銃形態に変形させて魔導石化弾を発射し、花織が触れたもの全てを消滅させる不可視の虚無球体を放つと――体の大半を抉り取られた敵はゆっくりと地に伏したのだった。

「どうだい?」
 完全に動きを止めた敵を背に、にやりと笑う真夜を先頭にケルベロス達が戻ってくる。
 始めは茫然と見つめていた拠点の人々だったが……それが現実だと理解すると、歓声と共に真夜達を出迎えた。
「俺達はケルベロス……っていうんだ。デウスエクスと戦うために、俺達と来てくれないか?」
 そんな中、安堵したようにその場に座り込んだガジェッティア達へヴァンサンが手を差し伸べる。
「……ケルベロス」
 デウスエクスを倒す存在、何処か懐かしささえ感じるその名前を名乗ったヴァンサンの手をガジェッティアは握り返す。例えそれが茨の道だとしてもデウスエクスを倒す希望の灯と成れるのならば、この絶望を終わらせる事ができるのならば、その手を掴まない理由が無い。
「ありがとう、おねえちゃん達!」
 ガジェッティア達の様子を見ていた女の子が再び花織に抱き着き……顔を伏せたまま、お別れなんだねと小さく呟いた。
 周りを見回せば老人達も大人達も少し寂し気で、それでいて門出を祝うように、頷いていた。
 この人達は残霊だ。だから共に生きる事はできない。でも、嘗て存在したこの世界でも約束できる事はある。
「大丈夫。世界は必ず守るから」
 誰ともなく、そう約束すると……機械仕掛けの時計が最後の時を刻み、日が変わった事を告げるように蒸気を噴き出した。

 それから一行がワイルドスペースから抜け出すと、三人の姿が寝間着や制服になる……どうやらワイルドスペースに連れられる前の姿に戻ったようだ。
 彼らが見ていたのは、残霊達が見せる夢。しかし、それは、嘗て本当にあった出来事だ。世界の記憶にしか残っていなかった本当のお話だ。
「君達が諦めなかったから、自分達が間に合った。君達が足掻き続けてくれたから我らは辿り着いた」
 それらを噛みしめて俯く彼らに九十九は声をかける。
 今、拠点に居た人々に思い出す事ができるのも、君達が諦めなかったからだと。だから自分は君達を称賛すると九十九は言う。
 そうだ、快く迎え入れてくれた老人の顔を、苦悩しながらも恩義に報いようとした大人達を、ありがとうと言った女の子の顔を思い出す事ができる。
 今の世界の礎となった人々に想いを馳せる事ができる。
 九十九の言葉に一行は頷き……星空の中に出会った人々への想いを描いた。

作者:八幡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 6/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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